第4部 作・マリン

vol.270 〜夕日の勇者たち〜

「丘野、丘野、丘野」

丘野が手を振りながらサポーター達に応え、守備位置につく。
塚越、山中、中野も・・・、
五関、吉永、野々木、新村、そして東が守備位置につく。

「ついにここまで来たか・・・。
 よし、この回だ。、この回だ」

東が胸に手を当て、天を見る。
羽柴学園の攻撃は2番・高山からだ。

「プレー」

東、プレーのコールと共にモーションに入る。

カキーン!

良い当たり!

バシッ

中野が横っ飛びでキャッチ。

「アウトーッ」

中野のファインプレー。
まずワンアウト。

「あと2人、あと2人」

場内からはあと2人コールが起き始めた。

ベンチに戻ってきた高山。

「監督、東の球威は落ちています。
 今の東なら、石田と明智なら必ずとらえる事は出来ます」

「そうか・・・。それなら石田・明智で最低でも同点になる。
 それで仮に再試合になれば、選手層で上回るうちが勝つ・・・」

吉良はまだ諦めていなかった。

東は・・・、気持ちとは裏腹に、体は疲労でいっぱいだった。
そして球威は、高山の見た通り、確実に落ちていた。

「くそ、何でだ・・・。
 なぜ体が言うことをきかん・・・」

マウンド上の東が珍しく苛立っている。

ポン

「野々木・・・」

野々木がマウンドに近づく。

「東さん、はい、ボール。
 東さん、俺達がしっかりサポートしますから、思っきり投げて下さい」

「野々木、ありがとう」

野々木はそう言って守備位置に着いた。

「3番、サード・石田君」

「石田、頼むで」

「イッタレや」

ここからが怖い史上最強の羽柴ツインパワー。
連発で一挙サヨナラもあり得ないとは言えない。
逆転を信じる羽柴の大応援団。
期待を浴びた石田が風神の構えで打席に立つ。

「石田・・・、行くぞ」

東は体にムチを打ち、石田への初球。

カッ!

風神がバットを振る。

カキーン!

激しい金属音が甲子園にこだまする。
打球は一塁線を襲う。

バシッ!

野々木、長身を生かし、ジャンプ一番。

「アウト」

ワーーーーーッ!

場内が歓声と悲鳴で溢れかえる。

「ふーーーーーっ、野々木、ナイスキャッチ。
 助かったぜ」

野々木が長身でジャンプ力がなかったら、石田のライナーはそのまま上昇し、スタンドに入っていただろう。
東は命拾いした。

「東さん、俺のバスケット経験がここに来て生きました。
 はい、あと1人です」

「ああ、野々木。勝とうな」

「はい」

「4番、ファースト・明智君」

「明智、明智、明智」

スタンドは悲痛なまでの明智コールに変化している。

明智が雷神のオーラで打席に入る。

「来い、東。勝ち負けや優勝がどうのではない。
 俺とお前との1対1の最後の勝負だ」

明智が全ての雑念を捨て、東との勝負に集中する。

グリッ、グリッ

ポタッ、ポタッ

ホームベースに血が落ちている。
明智はグリップを強く握り、余りの握力に手の皮がむけているのだ。

「東、来い。負けるな」

新村が構える。

「東さん」

「東」

他のナインも全神経を集中し、東を見守る。

ガッ

東、ゆっくりとモーションに入る。

カキーン!

機関銃のような打球音が甲子園に流れた。

「ファール!」

打球はファールとなった。
しかし一歩間違えば・・・。

カキーン!
「ファール」

カキーン!
「ファール」
 ・
 ・
 ・

「はあはあはあ」
「はあはあはあ」

東も明智も肩で息をしている。
東は明智に対し14球を費やした。
明智は東の速球をことごとくファールでカットした。
今、東の体力・精神力は限界に達していた。
無理もない。
超強力打線に1人で立ち向かい、延長15回まで投げ抜いて来たのだから。

・・・・・ガタッ!

東の膝がガタついた。様子がおかしい!

「東!」
「東さん」

「タイム」

ナインがマウンドに駆け寄る。

「大丈夫か、東?」

「ああ、済まない・・・、大丈夫だ」

そこへ・・・。

「東、伝令だ」

西野だった。

「この場面、お前自身で決めろ
 と、監督がそう言っていた」

東がベンチの富岡に目をやる。
富岡が小さく頷く。
東が少し考える。

その瞬間、ネット裏・・・。

ガタッ!!

「どうしたの、黒岩君?」

「東!!」

黒岩が放送席で叫ぶ。(ちなみに全国ネットで放送中)

「黒岩」

東が気づく。

「立て。俺との約束、忘れたか」

「は・・・」

千葉県大会決勝で黒岩と誓った約束を思い出した。

「甲子園で羽柴を倒せよな。お前達なら出来る」

「ああ。絶対、羽柴に勝って真紅の大優勝旗を千葉に持ち帰って来るさ」

「そうだったな、黒岩。俺は今、思い出したよ。
 みんな・・・、最後まで投げさせてくれ」

「・・・わかった。お前を信用しよう。
 さあ、守備につこう。あと少しだ。頑張るぞ」

「おう!」

ナインが守備に散った。
東が胸に手を当てる。

「まりや、俺はギリギリまで頑張った。
 だけどあと少しだけ力が足りない。
 俺に力をくれ」

「徹・・・」

まりやが呟く。

今、2人の気持ちが通じ合った。

「プレー」

「行くぞ・・・」

「来い」

東、ゆっくりとしたモーションから右腕をしならせ・・・。

「これが最後だ」

右手から渾身のボールを投げ込む。

ゴーーーーーーーー

グワーーーーーァ

明智が絶叫しながら振り抜く。

バシン!!

新村のミットにボールが収まった。

「ス、ストライク・スリー!ゲームセット!!」

甲子園に一瞬の沈黙。

パタパタ・・・

その時、ハトが上空を舞った。

ワーーーーーーーーーーッ

すぐに甲子園が大歓声に包まれた。

「やった、やったーぁ!優勝だーっ!!」

新村が、丘野が、グランドの全選手、ベンチの控え部員がマウンドに駆け寄る。

「やった、優勝だ」

ナインが東を中心に抱き合う。

「明智」

歓喜の輪を見つめながら石田が明智に声をかけた。

「石田・・・、最後、俺は素晴らしい勝負が出来たよ。しかも甲子園で」

「そうだな。さあ、整列しよう」

「ああ」

数分後、両チームの選手が整列した。

「球史に残る素晴らしい決勝戦でした。
 それでは、ゲーム。礼」

「した」

ウ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

両軍選手達がホームベース上で抱き合い、お互いの健闘を称えあった。

「東・・・、お前との勝負で・・・俺は3連覇以上のものを掴んだ。
 最高だったぜ」

「明智・・・、正直、お前から出されるオーラにいつも圧倒されそうだった。
 お前は本当に凄いスラッガーだよ」

「新村君、優勝おめでとう」

「ありがとう、石田君」

「丘野、ここ1年、俺は公式戦でホームランで打たれた事がなかった。
 その俺からホームランを放つとは・・・、さすがだな」

「いや、初回の二塁打以降、柴田の速球には最後の最後まで
 タイミングが合わなかった。
 いや・・・、最後も運が良かっただけかも知れない。
 今度、別の場所でまた勝負がしたいぜ」

「そうだな」

パチパチ・・・

優勝した東条高校にも、そして惜しくも敗れた羽柴学園にも暖かい拍手が贈られた。

「ご覧ように、4-3で東条高校が勝ち、優勝いたしました。
 只今から、優勝いたしました東条高校の栄誉を称え、
 同校の校歌を斉唱して、校旗の掲揚を行います」

「♪〜・・・
 明朗に文化 尋ねて 
 常に見る 真理と正義
 光搭の輝くところ
 未来みる 遥かな行方
 我ら進み 我等励む
 東条高校 誉れあれ」

大観衆の手拍子の中、東条高校の校歌が流れた。
選手達は満面の笑みを浮かべ歌った。
そして・・・。

「優勝だ」

ナインは全速力でサポーター達に報告へ向かう。

「気をつけ、礼」

「した」

「みんな、よくやった」

「ありがとう」

サポーター達も祝福した。

「まりや、ありがとう」

「徹・・・」

東とまりやがネット越しで会話を交わす。

「よし、監督を胴上げだ」

ナインが富岡を囲む。

「ワッショイ、ワッショイ」

「みんな、ありがとう」

富岡が涙を流している。

「・・・富岡さん、負けたよ。
 あなたが就任して1年足らずで、ここまでチームを押し上げるとは恐れ入った。
 さすが、常勝・羽柴の基礎を作っただけのことはある。
 だが、次は負けませんよ」

吉良監督も悔しさ反面、何かをやり遂げた清々しさも感じた。

「・・・富岡さん、今、初めてあなたを尊敬できる気持ちになりました。
 指導者として、そして・・・、親父として」

スタンドで観戦していた山根一樹監督だった。

「東・・・、俺との約束、見事に果たしたな。
 さすが俺が認めたライバルだ。
 東、お前とまた勝負したいという気持ちが強くなったよ。
 お互い野球を続けようぜ。
 ・・・じゃあ、俺は一足先に帰る」

「黒岩、お前のあの一言で俺は生き返った。
 礼を言うよ・・・」

黒岩と東の甲子園での無言の会話が交わされた。

30分後。
両チームがマウンド付近に整列した。

「優勝校、千葉県代表・東条高等学校」

主将の新村がホームベース上に向かう。
新村が大会会長に一礼した。

「おめでとう、よく頑張ったね」

「ありがとうございます」

次の瞬間、新村の両手にずっしり重い真紅の大優勝旗が渡された。

「これが優勝旗の感触か」

新村が肌で優勝旗の重みを感じた。
江戸川を越え、千葉県に優勝旗が渡るのは1975年の習志野高校以来4度目である。

「優勝盾授与」

今度は東が向かう。

「よく投げたね」

「ありがとうございます」

東がゴールドの輝きを放つ優勝盾を手した。

「準優勝、大阪府代表・羽柴学園高等学校」

石田が堂々と向かう。

「惜しかったね。でも、良い夢を与えてくれた。ありがとう」

「ありがとうございます」

石田がシルバーの輝きを放つ準優勝盾を手にした。

「選手はグラウンドを1周します。
 皆様、暖かい拍手を選手達に贈って下さい」

♪〜雲は沸き光あふれて
  天高く、純白の球、今日ぞ飛ぶ
  若人よいざ、まなじりは歓呼に応え
  いさぎよし微笑む希望
  ああ、栄冠は君に輝く

大会歌『栄冠は君に輝く』と共に両チームの選手達が場内を1周する。
文字通り天高く、どこか秋の気配も感じられる雲が漂っている。
49チームが勢揃いした2週間前のギラギラした真夏の太陽は、1校甲子園を去るたびに夏の終わりを運んで来たかのようだ。

両チームとも達成感あふれる表情で堂々と甲子園のピッチを行進した。

パチパチパチ・・・

夏の選手権は甲子園が拍手の嵐に包まれ、今、ここに閉幕した。

数時間後。
誰もいなくなった甲子園を夕日が照りつけている。
東条高校全部員が甲子園の外野の芝生に集結していた。
部員一人一人が小さな袋を持っている。

「これは、選抜で羽柴に敗れた時に拾った土だ。
 そしてその時に俺達は誓ったんだ。
 夏にここ甲子園に戻り、この土を甲子園に返すって。
 今、部員全員で、甲子園にこの土を返すぞ。
 いくぞ、せーーのっ!」

新村の合図で全部員が甲子園に土を返した。
部員の手から放たれた土は、浜風の乗り、また甲子園に照りつける夕日の光を浴びて甲子園に返って行った。
甲子園の夕日を浴びた東条高校野球部員達の背中が輝いていた。

「甲子園の夕日は最高だな」

穏やかな表情で東がそう呟いた。

< 完 >