| −日記帳(N0.229)2002年 6月 4日− |
| 日本、Wカップ初得点! |
その瞬間、全国の津々浦々で歓声がこだましました。我が家でも、隣の家でも、仕事中の人も、今までサッカーに全く関心の無かった人も、殆どの日本人が現場の競技場で、現場以外の競技場のオーロラビジョンで、そして茶の間のテレビでこの瞬間の喜びを分かち合ったことと思います。 後半34分、サポーターが自然発生的に、あの「凱旋のマーチ」を歌い始めると、ゴール裏から始まった合唱は徐々に広がり、ついにフィールド全体を包みました。3日の練習後、中田が小野が稲本が歌った「凱旋のマーチ」、もう日本代表の応援歌になったその歌は途切れてはまた始まり、終了まで続きました。 ロスタイムが2分を過ぎ、ついに笛が鳴ったその瞬間、歌は歓声に変わり、3つ歓喜の輪ができました。ベンチ前ではトルシエ監督を中心に選手が群がり、中田はサミア・コーチに飛びつかれ、その外側には選手たちの1番大きな歓喜の輪ができました。 かって、東京の悲劇、ドーハの悲劇で日本はWカップへの道を閉ざされ、やっとの思いで初出場したフランス大会でアルゼンチンに、クロアチアに零封されて完敗、ジャマイカにゴンの日本最初のゴールをしたものの惜敗して世界の壁の高さを思い知らされて4年、ついに日本が初勝利しました。それも、強豪ロシアに勝って。 6万6000人余の大観衆で埋まった横浜国際競技場でロシアと激突した日本は、戦前のロシア有利の予想を覆して、MF稲本潤一がベルギー戦に続いて決勝ゴールを決め、1―0で快勝しました。 前半は日本の早いパス回しにロシアはついてゆけず日本が圧倒的にボールを支配して日本優勢のまま終了、後半に入って6分、DF中田(浩)がクロスを入れ、DFの混戦の中でFW柳沢がMF稲本の位置を確認して稲本にフワーッとした柔らかいダイレクトパスを送り、これを受けた稲本が落ち着いて相手GKの位置を確認して一呼吸おいてから右足で狙い澄まして蹴り込んで、W杯2試合連続ゴール。実に美しく、スピードの有る見事なゴールでした。 稲本も凄いですが、やはりこの勝利はイレブン全員のチームワークとそれぞれの立場で自分の役割を十二分に果たしたこととトルシエ監督の人材配置と時間と相手の状態を読んだ見事な采配、そしてサポーターの盛大な声援だったと思います。稲本、中田(英)、小野の外国移籍のMFトリオ今回も素晴らしい活躍を見せたし、残りMFの戸田の果敢なスライディングクリア、明神のタイミングのいいカットで何回ピンチが回避されたことか、またFWの柳沢、鈴木もワンツーで何回か相手ゴールを脅かしましたし、フラット3の一角、DFの中田(浩)と松田も頑張りました。 しかし、その中でも特に今回はGK楢崎とDF宮本の守りが抜きんでて素晴らしかったと思います。 背番号12の守護神楢崎がロシアのシュートをことごとくセーブして日本のゴールを90分間守り切り、歴史的勝利を告げる 笛が鳴った瞬間、両手を上げて絶叫しました。フラット3の要の森岡を欠いて不安がるDF選手たちを落ち着かせるため、最後方から常に声を張り上げて激励して攻めの姿勢を貫きロシアの攻撃を完ぺきに抑えました。 前半44分には頭から滑り込んで、後半31分ホウロフ、38分のシチョフの強烈なシュートを球筋を読んで正面でセービング、特に、前半32分、ゴール前で相手FWピメノフと交錯して左足を強打したものの歯を食いしばってピッチに立ち続け、その直後DF陣の判断ミスで無用なスペースが開いた大ピンチには果敢に飛び込んでセービング、更に後半13分に楢崎が前に出過ぎて予選の得点王FWベスチャスニフにかわされ決定的なピンチ招いた以外はノーミスで守り通しました。そのピンチの際にもDF中田(浩)がゴール左隅に素早く走り込んだためベスチャスニフはより左隅を狙わざるを得なくなりここにも見事なチームワークが見られました。 |
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