| −日記帳(N0.2162)2007年11月30日− |
| ゴン カズ タケの静岡トリオのこと(1) |
| −日記帳(N0.2163)2007年12月01日− |
| 秋の午後の久しぶりの釣りで |
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| 韓国遠征時のFW武田とDF中山(ともに高校3年の17歳) |
中山選手は藤枝市に隣接する岡部町の岡部中学、三浦選手は静岡市の城内中学、武田選手は浜松市の丸塚中学の出身で小・中学生の頃からサッカー選手として知られておりました。そして、1982年(昭和57年)に、中山選手は藤枝東、三浦選手は静岡学園、武田選手は清水東と夫々静岡県のサッカー名門校に入学しましたが、この時点では武田選手の知名度が高く、中山、三浦両選手はさほどでもありませんでした。 ただ、三浦選手は中学時代、進学志望校を問われて「ブラジル」と書いて先生から叱られたエピソードが残っているほどに、ブラジルに行ってサッカーをすることに憧れておりましたので、取りあえずは自宅から通えるサッカー名門校の静岡学園に入学しましたが、ブラジルへの思いが熱く1年で退学し、単身でブラジルに渡ってしまいましたので、高校生としての花形トリオは残念ながら実現しませんでした。 従って、1982年(昭和57年)から1985年にかけて、中山・武田の両選手が静岡県の高校サッカー界の花形選手として県内に留まらず全国にその名を知られるほどの大活躍をすることになりました。中でも武田選手は小学1年からサッカーを始め、中学3年で16歳以下の全日本代表になり、1981年に全国準優勝、翌1982年に全国優勝の黄金時代の清水東高入学の1983年に一年生ながら彼の活躍で全国準優勝するなどして、ライバル中山選手を大きくリードしておりました。 一方、中山選手は小学4年からサッカーを始め、小学6年で県大会優秀選手、地域リーグ優勝し、岡部中学3年の時、東海選抜で全国優勝を経験したものの地区大会で予選敗退したのを契機にコーラス部を掛け持ちしテナーを担当して東日本大会で優秀校になるなどサッカー以外でも活躍しております。藤枝東には一般入試で進学し、同級生にスピッツのリーダー田村明浩、2学年上に俳優の別所哲也が在籍しており、このあたりの事情は今年、名古屋で開催された母校の同窓会で田村明浩君の友人からも聞きました。 藤枝東2年生選手の時、全国大会に出場して憧れの国立の舞台で準決勝島原商にPK戦で敗退したものの、4試合とも無失点を記録し、彼自身もベストイレブン、大会得点王(5点)に輝くなどして、漸くライバル武田選手と肩を並べられるようになりました。しかし、FWとしては武田選手の方が上との見方から県選抜チームでは武田選手が主将・FWを務め、中山選手がDFにまわり鳥取国体で優勝して韓国遠征しておりますので、武田選手の方が一枚上でした。上の写真は、静岡第一テレビの映像から画像に修正した韓国遠征の際の武田・中山両選手のスナップです。武田選手はこの縁なのか、一時、静岡第一テレビに籍を置いたことが有りました。 一方、三浦選手は1982年にブラジルに単身渡航しCAジュベントス留学を皮切りにブラジルを渡り歩き、1985年に静岡放送主催の国際親善試合のSBSカップ・国際ユースサッカートーナメントにキンゼ・デ・ジャウーの一員として静岡に凱旋し静岡高校選抜と対戦し、選抜チームの武田、中山両選手と再会したのでした。そして、翌1986年、武田選手は読売クラブに入団、中山選手は筑波大に進学、三浦選手はサントスFC(カンピオナート・ブラジレイロ=ブラジル全国選手権の古豪)とプロ契約を果たすなど、夫々の道を歩んでいったのでした。 そして、この3人の静岡県出身の選手は、ゴン(中山選手)、カズ(三浦選手)、ノブ(武田選手)と愛称されるトリオと呼ばれるようになり、それから8年後の1994年にW杯アジア予選に日本代表として参加することで再会を果たし、勝てば日本初のW杯出場が決まる最終戦のイラク戦が行われるドーハのアル・アリスタジアムのピッチに夫々に思いを秘めて立ったのでした。カズの先制点、同点にされた1:1の後のゴンの勝ち越し点で、ロスタイムに突入し歓喜の瞬間を迎えようとしておりました。しかし、ノブのサッカー人生の中で忘れることの出来ないプレーがその数十秒後に起るとは・・・・・。 今日は、ここまでにし、次回(2)でその続きを取り上げたいと思います。 |
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釣り友のSさんから電話が有り、大井沖で型のいいアジが1時間も有れば100尾は釣れているとのことでした。 そこで、今年で2回目の船外機ボートによる釣りを今日行うことにしました。現地の大井港に10時頃到着し、現場の海域に11時頃着きました。Sさんの情報に従って、青色の屋根と山の上のホテルが一直線に連なって見え、かつ左側のチッタナポリの本館タワーと洋上灯台が連なって見える位置に山立てしながらボートをポイントに進めていきました。 するとそのポイント内で既に、夫婦連れがアジ釣りしておりましたので、邪魔にならないように右側、つまり東側に15mほど離れた場所にボートを固定しました。その夫婦連れの竿にはコンスタントにアジが掛かっておりましたので、アジがこのポイントに寄っているようでした。早速、アミエビを下カゴに詰めてサビキ仕掛けを投入して当たりを待ちましたが一向に当たりが有りません。アジの群れが夫婦連れの方に偏っているに違いないと考えて、アミエビを海底で撒くことに徹しました。 それでも当たりが有りません。そこで、サビキ仕掛けの針にイシゴカイを刺して投入したところ、直ぐに強い当たりが有りました。上げてみると、なんと20センチ近いカワハギでした。刺身にすると結構美味しいので、しばしカワハギ釣りをしようと思い、30分ほど粘ってみたのですがやや小ぶりのが1枚きただけで全く当たりも出なくなってしまいました。そこで、再びアジ釣りを始めましたがやはり当たりが有りません。魚探では海底付近で魚影が認められましたが、それはカワハギや他の魚である可能性が高いようです。 しかし、夫婦連れは相変わらずコンスタントにアジを釣り上げており、携帯で「アジが入れ食いだ」と話しているのです。多分、アジの群れが小さいのでまだこちらまで群れが届いていないのではと考え、ロープを操作して 夫婦連れのボートから7、8mの距離まで接近して固定してみましたが、それでも当たりが来ないのです。それ以上接近するのは釣り人のマナー違反になりますので、ここでのアジ釣りを諦めて、このポイント付近を魚探を覗きながらアジの群れを探すことにしました。 しかし、中層を中心に上下に点在するアジ特有の魚影が見られませんので、アジ釣りを諦めて望洋沖のキス、ハゼ狙いに切り替えて、ボートを西に向けて走らせました。15分ほどで着きましたので仕掛けを投げ釣り用に代えて早速始めましたがなかなか当たりが有りません。それでも1時間ほどでキス2尾、ハゼ1尾が掛かってきましたが、話にならない貧果ですので、ここも諦めて帰路につきました。 午前中に寄ったアジのポイントの横を通りがかったところ、例の夫婦の姿が有りませんでした。夕暮れまで1時間近く時間が有りますので、そのポイントで再びアジ釣りをすることにしました。夫婦と殆ど同じ位置に固定して仕掛けを投下したところ、直ぐに当たりが有りました。20センチ近い良型のアジが下針に掛かっていました。2回目も直ぐに当たりが有り、2尾掛かっていました。3回目は当たりが有ってから直ぐに上げないで、しばらくその位置で軽く竿を上下させてから上げると、なんと6本の針に全てアジが掛かっていました。 魚探を覗くと、海底付近に明確な魚影が認められました。午前中のポイントでは水深14m前後でしたが、このポイントでは19m程度で深くなっております。午前中、釣れなかったのは、そのポイントが海底の地形上で山の頂上になっているのに対して、このポイントは深場に向かうかけ上がりになってアジの群れの規模が大きくなっていることによるものと理解しました。こうして、日没寸前の4時過ぎまでに54尾の良型のアジを釣り上げ帰港しました。 |
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