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国策映画ってどんなもん?
(初出:雑記帳 2005/09/05-10/17)


日出づる國 東亞の鎮め
陸軍記念日を祝ふ歌
血染めのスケッチ 軍馬物語 国策短編シリーズ
八十億圓
内閣情報部選定
愛國行進曲
英靈讃歌 靖國神社
戦ふ女性 出征兵士を送る歌 艦隊航進譜 興亜大日本 武器なき敵 生きた慰問袋 北の健兵 学徒出陣
おわりに

本編の画像をキャプチャしましたが、著作権上問題あるようでしたらお知らせください。
(国策映画については画像のみは問題なしとの判断に基づいています)


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[血染めのスケッチ]
(2005/09/10-12)


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解説書より
18分 モノクローム
1937(昭和12年)
振進キネマ社製作
製作 井上麗吉
解説 静田錦波
録音 岩谷サウンド電気研究所
 町の子供たちに愛されていた紙芝居の青年が、出征、子供たちのために描いた戦争紙芝居の下絵―血染めのスケッチを残して戦死した。戦死した青年の妹は、その遺志を継いで紙芝居を完成させ、子供たちに演じて見せるというストーリー。
 製作会社「振進キネマ」の主宰者・井上麗吉は元新派の俳優とあってか、映画の語り口も新派的な色合いが感じられる。


 創作ストーリー、フィクションドラマといった作品です。しかし、作品には盧溝橋事件に対する認識、支那(中国)の捉え方、参戦する男性の意思、そして銃後を守る?女性の美徳・・・当時の日本人の価値観、道徳観がぎっしり込められています。
 興味深いのはこの作品は振進キネマ社というおそらく民間映画会社による製作であることで、スタッフロールには新聞社や文部省、陸軍といった機関名などはみられません。また、製作年が昭和12年とありますから、映画法制定以前の作品、つまり検閲制度のない時代の作品である、ということも注目点でしょう。つまり、権力による意図的なプロパガンダは込められていないだろう、当時の民意が反映された作品と判断できるかもしれません。
 ただ一方で、製作者の井上麗吉が元新派の俳優、というところに政治思想の啓蒙があるのでは、と感じないでもありません。つまり当時の政治、社会情勢に関心を持つ一般人の思想が反映している映画であるということではないかと思われます。



 予備知識として昭和14年の映画法について少々。
 ナチスドイツ下の映画統制を真似て制定された法で、1939年(昭和14年)4月に公布され10月より施行されたとあります。トーホースコープドットコムさまによりますと、文化統制というよりはむしろ事業統制、戦時体制下おける映画業界の協力を強化を目的としていたとあります。シナリオ・企画の検閲、フィルムの配給、電力使用制限などですが、製作する側は、上映するために検閲者のお伺いを立てなくてはならず、結果政府・軍部の意思が作品に強く反映されるようになってしまったというわけです。これをもって戦時下の映画がプロパガンダとセットにされるということなのですが、こうした映画作品に対する検閲、コード、といったものは当時のアメリカ、ハリウッド映画にも存在しています。


 たとえばチャップリンなど思想を持つ役者に対する“赤狩り”は有名ですが、1930年〜1970年代には作品に対するヘイズコードというものがありました。要するに倫理規定のようなものですが、これこそがその国の道徳観、即ち民族のアイデンティティを保つ指標とも言うべきラインを示していると思われます。したがって直接的ではなくとも思想統制に抵触しているわけです。

 現代においても日本には映論、アメリカにはレーティング(G, PG, PG-1, PG-13, Rなどと表記される年齢制限等の視聴判断のための指標)があります。表現の自由とはいっても人として、その国の国民として守らなくてはならないラインは存在するのです。
 倫理・道徳観は個人の思想と密接なものです。したがって実はプロパガンダの定義が非常にあいまいなものであることがお分かりいただけるでしょう。またプロパガンダ = 悪、という図式にも疑問が生じます。
 問題になるのは個人の自由な判断を捻じ曲げることであり、結局多様な解釈を許容するか、強制的な洗脳的な要素があるか、というところに尽きるのではないかと私は思うわけです。


 少々脱線してしまいましたが、昭和12年、まだ検閲制度のない自由な?時代のフィクション映画、民間会社の作品に果たしてどのような価値観が描かれているのかみて行きましょう。


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