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自助グループの知恵と力       上岡陽江       *コピー転載を禁じます

自助グループ(セルフヘルプ・グループ)のわかちあいの中で起こること、通い続けることの意味がわかりや
すく説明されています。「ミーティング場は、もう一つの家族」と言われる所以がわかるかもしれません。
グループについて知りたい方は、ぜひご一読を。
上岡さんに掲載のご許可を頂いて、アップしています。許可なく使用しないで下さい。

                      

     出典「虐待という迷宮」春秋社刊 2004年 信田さよ子・シャナ・キャンベル・上岡陽江著


 -自助グループで当事者だけが集うことの意味は、どこにあるのでしょうか
  
   私が12ステップグループのメンバーとして個人的に体験したことですが、同じ問題を持つ当事者だけの
 グループというのは、メンバーは圧倒的に話しやすいのです。自分が何も語れないときに、ほかのメンバ
 ーのストーリーを聞くことで、言葉を獲得していくことにもなります。

  はじめて同じ苦しみを抱える仲間に出逢うとホッとしますが、最初はまったく自分の話なんてできません。
 ミーティングに出てみると、なんだか他人の話を聞いて気分が悪くなって帰ってしまう。そういうことがつづ
 いたときに、「なんで気分が悪いの?話を聞くのがいやなの?」と聞くと、「絶対にいや、ああいう話…」など
 と言う。
  だけどあるとき、すっと話を聞いて、自分以外の人の話しの中に、自分の家族の状況、あるいは自分が
 感じていたことと重なることを見つけるようになる。そうして、時間をかけてだんだんと、おそるおそる自分の
 ことを話すようになります。
  それでもまだ、自分を肯定できるようになんかなりません。だれかから「大変だったね」「底まで自分のこ
 とを責めなくていいよ」と言われる。
  しかし、そのことばだって最初は信じることができません。そこで、「他人のことだから、そんなふうに言え
 るのよ」となったとしても、ポジティブなことばが自分の中にたまってくるようになります。ミーティングに来る
 たびに「よく来たね」「よくやってるね」と言われて、かろうじて、「自分が生きていていいということが、この
 世の中にあるのかもしれない」という疑いめいた感情が芽生えてくるのです。けれども、それでさえ、「信じ
 ていいかもしれない」という危うい感覚です。そうして、今日一日を生きのびることができるようになるので
 す。

 −落ち着いてミーティングに参加できるようになるまで、どのくらい月日が必要ですか。
  
   ミーティングに出て、とにかく座っていられるようになるのに1年、ミーティングの案内を見てホッとできる
  のに3年ほどはかかりました。そうしているうちに、心配してくれる仲間ができて、たとえそこで問題が起こ
  って引きこもるような事態になっても、誰かが電話をしてきたり、「あせらないほうがいい」とか「わたしはこ
  うだった」と言ってくれる。そういう関係性の中で、本当に自分が抱えている問題の要を話せるようになる。
  それまでに5年はかかるような気がします。


 −そのような危うい感覚から、どのように変化していくことができるのでしょうか。

 
  12ステップグループのメンバーになると、ある時点で「スポンサー」と呼ばれる人を選ぶことになります。
 スポンサーとは、同じ経験をした、つまり、依存から自助グループにつながって回復した、いわば自分の
 先を歩んでいる人です。

  何か困ったことがあったとき、たとえばアルコールを飲みたくなった、薬を使いたくなった、寂しくてどうし
 ようもない、というときに、スポンサーにはいつでも連絡をとることができるし、いつでも相談にのってもらう
 ことができます。
  二人の関係を「スポンサー」と「スポンシー」と呼びますが、これは決して師弟関係ではないし、ましてや
 親子関係ではありません。スポンサーシップは、一方的に何かを教えたり、教えられたりという関係でもあ
 りません。ともに歩むというイメージでしょうか。
  スポンシーはスポンサーを自由に決めることができるし、いつでも変えることができる、スポンサーの側
 から降りることもできるという柔軟性をもっています。ただし、二人は同性同士でなければなりません。

 −友だち関係というのともちがいますね。
   
    そうです。友だち関係では言わなくてすむようなこと、踏みこまなくてもいいようなことを、スポンサーは、
  必要であれば言うし、いやがられるとわかって踏みこむこともあります。なにか「危ないな」と感じたときに
  は、いつでも声をかけて、「それはまずい」と伝えなければなりません。 
    スポンサーとの関係から、他人との安全な距離のとり方を学んでいくということもあります。二人のあ
  いだにはある種の緊張感もあって、べったりと近づきすぎてはいけない。長くスポンサーとの関係を続け
  ていくと、信頼感や安心感をもつことができて、よく理解しあえる関係を体験するようになるのです。
   育ってきた家庭で安全な環境が保たれなかったりすると、人とどのような距離をとっていいのかわから
  ない、あるいはそのことがむずかしいという人もいます。スポンサーとの関係の中で、また自助グループ
  の中で、そのような関係を体験しながら、時間をかけてゆっくりと安全な関係に慣れていくようになるので
  す。これには、5年、10年といった長い時間がかかります。それだけの長い時間は、あとから振り返るとな
  ぜかとても豊かな時間と感じられるものです。自分をつくりなおしていくためにかかる時間は絶対的な苦し
  さ、我慢ばかりではなく、あたたかな時間でもあるのです。

 −スポンサーが一方的に与えるばかりというわけでもありませんね。

   そうです。初めのうちは、スポンサーに助けてもらったり、何かをしてもらうと、そのことに対してお返しを
  しなければならないと思いがちです。してもらうばかりでは耐えられなくなる。それで、物やお金で返そうと
 するのです。
   その場合にはスポンサーは、「わたしにではなくて、新しいメンバーにしてあげて」と言います。先ゆく仲
 間にしてもらったことは、新しい仲間に返す。かつてはそのスポンサーも、自分のスポンサーからされてい
 たことで、今は自分がスポンサーとして、伝えたり、与えたりしているのです。そうして蓄積された知恵やこ
 とばがあって、それが自助グループの遺産となって受け継がれているのです。

 −自助グループの中での役割にはどのようなものがあるのですか。

  
   自助グループは12ステップグループにかぎらず、毎日どこかで開かれています。自助グループがミー
 ティングを開くためにはいろいろな仕事があって、受付をしたり、イスを並べたりする。長く参加して慣れて
 くると、そういった役割を担うことになって、自分がされてきたことを、次に来る人に返すことができるように
 もなります。してあげて、それを返されるということが1対1のあいだで行われるだけではなくて、次から来
 る人に伝えられていくということなのです。だれかのために何かができるということは、「生まれてこないほ
 うがよかったのではないか」と疑っているよう人には、とても意味のある経験になります。どこかでだれか
 の役に立てるということは、わたしにとってもとても大きな支えでした。

 −長いあいだミーティングに参加している人と初心者とでは、認識にちがいが生じるということがありま
   せんか。

   グループの中で、ロングタイマー(ここでは、自助グループにつながりながら長く依存症からはなれてい
  る人のこと)ばかり集まっているとつまらない。やはり、ビギナー(自助グループに参加しはじめたばかりの
  人)がいて、「やめられない」「問題ばかり起こる」という話を聞いて、昔のことを思い出して、自分が通って
  きた道を確認するわけです。「自分もああして否認していたな」「でも、そういうときって寂しかったよなあ」っ
  て。それは、渦中にある人を突き放して見ているわけではなく、常に新しいメンバーの話を聞きながら、自
  分のことを見つめること、今日、はまっていないということを確認することでもあるのです。今までしてきた
  ことを悔やんでいるだけでなく、今持っているものや、今できていることを大切にして、苦しみの渦中にある
  人に思いをはせるということもあります。

   たとえ今日、離婚が決まったとしても、子どもが交通事故にあったとしても、親が死んだその日であって
  も、アルコールを飲まず、薬物なども使わず、ギャンブルもせずに過ごせさえすれば、それだけでOKなん
  です。物事が解決していなくても、まずはOKなのです。

   私自身の経験ですが、「どうしよう、こんなことやっちゃった」と思って深く落ち込んでいるときに、ある人
  から電話がかかってきて、彼女からもわたしとはまた別の「こんなことやっちゃった」という話をされたこと
  があります。そうすると、「そんなことはだれでもやるよ」と相手に言いながら、結局は自分が救われてい
  るのです。依存症の中では、「こんなにひどいこと」ということは存在しないんだ、と思いなおして、仲間と
  会って話したり、ミーティングに行ったりするんです。

 −どうしても理解できない人がグループの中にいることもありますか。

   わたしは手首を切ったことがないから、何度も手首を切る人のことはよくわからない。「なんであんな痛
  いことをするんだろう」と思うんです。それで、わかるわけない、と思っていても、あるとき、その手首を切る
  状況とか、ことばではなくて、その気持ち、その人の寂しい気持ちとか、つらさとかが、わかることがありま
  す。にっちもさっちもいかなくて切ったんだなあ、と。それさえわかれば、自分も孤独だった日と重なってき
  ます。

 −いつかこころの痛みがとれるということがあるのでしょうか。

   昔はこころの痛みがとれると思っていましたが、痛みはとれるものではないような気がします。小さくな
  るだけということのようです。それまでにかかる時間は、本人が思っている以上に長くかかるようです。そ
  れを一人で歩むか、みんなと分かちあいながら歩むかというちがいでしょうか。
   自助グループに行くと、知り合いができて、その後の生活が楽になります。いっしょに買い物に行った
  り、食事をしたり、子どものことを相談したりしたという仲間ができる。そこには生活があるのです。依存症
  から回復していくあいだにも生活は続いていくのだから、不安定な毎日の中に仲間がいることは、ほんと
  うに力強いことなのです。本人が安定してくると、不思議とつきあうパートナーに穏やかな相手を選ぶよう
  になるということもしばしば起こることです。

 −何をもって依存症からの「回復」と呼ぶのでしょうか。 
  
   わたしはいま「依存症からの回復者」ということになっていますが、じつは、どこからが回復者で、どこ
  からが回復者ではないと線を引くことはできません。アルコール、薬物などをやめて21年になりますが、
  私自身「アルコールをやめる」「薬をやめる」と宣言してここまで来たわけではないのです。いまだに「や
  める」とは決めていない。ただ、「ミーティングに行く」ということだけは、わたしが選んで決めたことです。
   12ステップを実践していくことで、次から次へと依存症をわたりあるくのではなく、あらゆる依存症から
  はなれていられるようになるのです。

   初めにミーティングに参加するようになったときには「わたしはアルコールも薬もやめることはできない。
  だけど、やめた人といっしょにいたい」と思っていました。だからミーティングには行こう、と。それでも、今
  日はミーティングに行こうか行くまいか、明日は休もう、ミーティングの帰りには「もうやってしまう」と、い
  つも迷ってしまう。しかし、ミーティングに行くと何か気づきがあったり、仲間に「よく来たね」と言ってもら
  えたりして思いとどまってしまう。そんな毎日の積み重ねでした。わたしは21年たって、このことを仕事に
  してしまったけれど、そのことの危うさもあります。だから、自分が閉鎖的にならないように努めています。
  こころを閉じやすい依存症者としては、ときどきむずかしいことですが。


 −自助グループは何をめざしているのでしょうか。

   はじめてミーティングに来たときには、みんなほぼ同じように「なんで(アルコールや薬物やギャンブル
  を)やめなきゃいけないの?」「他人には関係ない」と言うんです。聞いている仲間はそのように言う人を
  見て「わたしも昔はああだった」と思う。しかしそれは決して、冷めた目で「そのうちわかるわよ」と見下す
  ような気持ちになるのではなくて、「自分もあんなふうだったけれど、よくここまできた」「自分では何も変
  わっていないと思っているけれど、少しは変わっているのかもしれない」というような、懐かしいというか、
  とても落ち着いた気持ちになります。
   自分の状態によっては、ビギナーのことを見て、あるいはその話を聞いて、動揺したり怒りを覚えたり、
  その人の話をどうしても聞きたくない、受け入れられないということもありますが、ビギナーの話を客観的
  に聞けるようになると、少しだけ余裕が出てくる。常に自分が来た道を確認しながら進むことができるとい
  うことが、大きな力にもなります。
   新しいメンバーが入って、「また同じような人が来て、同じようなことを言っている」ということにはなりま
  せん。自助グループは、何かを積み上げていって、ある完成されたものをつくりあげることをめざしてい
  るわけではない。そのような意味では、会社や組織、運動体というものでもありません。いつでも新しい
  メンバーを迎えながら生成しているのです。
   やはり、自助グループに参加しながら、普通の生活を続けること、そのことで安心を手に入れられると
  いうことが大きいと思います。これからともに歩む仲間ができることは、やはり素晴らしいことです。