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白蛇伝 授業用メモ

最初の公開2015-12-4 最新の更新2016-6-2
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この頁は、加藤徹が担当する「東アジア芸術論」や「日経アカデミア特別講座「京劇を学ぶ」」のための頁です。

【各国語によるタイトル】
日本語『白蛇伝』(はくじゃでん Hakujaden)
中国語『白蛇傳』/《白蛇传》(bái shé zhuàn)
韓国語《백사전》
英語Legend of the White Snake (or,Madame White Snake,The Tale of the White Serpent )

【白蛇伝の登場人物】
上の三角形:法海(高僧)−許仙(凡夫)−白素貞(妖魔)
   許仙をめぐり、法海と白素貞(白蛇の精)が対立。
下の三角形:許仙(夫)−白素貞(妻/女主人)−小青(下女)
   小青は「わたしの大好きなおねえさまを苦しめる許仙が許せない。おねえさまはどうして目をさましてくれないの?」と、許仙を憎む。
 作劇上、小青は
(1)隠れ分身キャラ:「素直、貞淑、上品」なヒロインの心の底にあるもう一つの人格の「肉食系、攻撃的、庶民的」が具現化した分身
(2)本音キャラ:ヒロインは「建前キャラ」なので本音が言えないため、小青を「本音キャラ」にすることで、観衆の心情を舞台上で代弁する
(3)中間キャラ:観衆とスーパーヒロイン(白素貞)の距離をとりもつための、サブヒロイン
 という3つの役割を果たす重要なキャラクターである。
 昔の京劇では「収青」という前日譚があった。「小青はもともと山に住むオスの青蛇の精だった。が、白蛇と戦って敗れ、性転換して少女の姿になり、妹ぶん兼小間使いとして、白蛇に仕えることになった。小青は、体は女だが、心は男である」という内容で、川劇などの地方劇では今もこの演目が残っている。
 いわゆるLGBTではないものの、昔の京劇の白蛇伝には、それに近い隠しテイストもあったが、1955年の「田漢本」以降、こうしたテイストは排除されて今日に至る。

【白蛇伝のテーマ】
 中国語「冤家」(ユアンジャ)…「憎い人、かたき」と「かわいい人、だいすきな人」の2つの正反対の意味をもつ単語。
 劇中の白蛇のセリフとして、クライマックスの場面で出てくる。

「白蛇伝」に含まれる、主な演目
【前日譚】(現在の京劇では廃止。地方劇では残る)
 「下山」(桂枝羅漢=許仙)「収青」
【本編】
 「遊湖借傘」「盗庫銀」「訂盟」「端陽驚変」
 「盗仙草」「水闘(水漫金山)」「断橋」「合鉢」
【後日譚】(現在の京劇では簡素化)
 「祭塔」「仏円」 / 「倒塔」
★前日譚「下山」「収青」は、現在の京劇では「なかったこと」にされている。
 昔の京劇の結末は「合鉢」「祭塔」で、そのあとさらに「仏円」という後日譚があった。
 現行の京劇の結末は「合鉢」「倒塔」。もしくは、その劇団独自の新しい結末。
★民間説話の後日談、「蟹和尚」……「行き場を失った法海は、 上海がに(中国語では「大閘蟹」)の甲羅の中に隠れた。その証拠に、今でも陽澄湖の上海がにを食べると、法海の姿形に似た部位が見つかる」という中国の民間説話。
【中国国家京劇院 2016年来日公演時の「白蛇伝」の2幕10場】(京劇公演事務局・楽戯舎)
第1幕 第1場「遊湖」、第2場「結親」、第3場「説許」、第4場「酒変」、第5場「盗草」
第2幕 第6場「観潮」、第7場「索夫」、第8場「水闘」、第9場「逃山」、第10場「断橋」


【現行の京劇の白蛇伝のあらすじ】
★ 以下はネタバレを含みます。結末を知りたくない人は、飛ばしてください。★
 今から千年前の宋の時代。峨眉山で千年の修行をした白蛇の精は、人間界の恋愛にあこがれた。【遊湖】彼女は、妹ぶんの青蛇とともに、人間の姿に変身して、それぞれ「白素貞(素は「まだ色に染まっていない白い糸のような白さ」、貞は「貞淑である」という意)」「小青(青ちゃん、の意。青妹とも)」という人間の名前を名乗り、風光明媚な西湖を訪れる。【借傘】断橋の近くで人間の青年・許仙と出会い、同じ舟に乗り合わせ、傘を借りてきっかけを作る。【訂盟(結親)】白蛇は自分たちの正体を隠したまま、許仙と結婚する。
 【説許】金山寺の高僧・法海は、法力によって「妖怪が人間と結婚した。自然の摂理が破られた」と察知した。彼は、許仙のもとを訪れ「おまえの妻は人間ではない。五月五日の端午節に、おまえの妻に雄黄酒を飲ませれば、正体を現すぞ」と告げる。許仙は半信半疑になる。(ヒロインの着替えの時間をかせぐための場面)
 【端陽驚変/酒変】雄黄酒は、ヒトには厄除(やくよ)けの薬だが、妖怪や蛇にとっては猛毒である。しかも五月五日は一年で最も「陽」の気が盛んになる別名「端陽節」の日。白蛇はメスで妖怪という二重の意味で「陰」の存在であり、しかも妊娠中というハンデをもつ。彼女が雄黄酒を飲めば、死ぬかもしれない。だが飲まねば、夫に疑われてしまう。飲むべきか、飲まざるべきか。白蛇は悩んだ末、苦渋の決断をくだし、雄黄酒を飲む。その結果、白蛇は昏睡状態になり、正体を現してしまう。その姿を見た許仙は、ショックで心肺停止状態となる。
 【盗草/盗仙草】白蛇は、夫を蘇生させるため、はるか遠くの仙山に行き、貴重な薬草である霊芝を求める。仙山を守る鹿童鶴童は、白蛇と戦う。人間の寿命をつかさどる南極仙翁は、白蛇の思いに感じて、霊芝を与える。
 【観潮】(これは、ヒロインを演ずる役者の着替えの時間をかせぐための場面でもある)白蛇が持ち帰った霊芝のおかげで、許仙は蘇生した。彼は、自分が見た妖怪は錯覚だったのだと思う。再び法海があらわれ「目をさませ」と言い、許仙を自分の寺である金山寺へ連れて行く。
 【索夫】白蛇は青蛇を伴い、舟で金山寺に行く。白蛇が「夫を返してほしい」と懇願しても、法海は許さない。【水闘(水漫金山)】白蛇は「水族」を率いて、寺を守る護法神の軍団と戦う。寺を水びたしにするが、最後は敗れて退く。【逃山】寺の中に軟禁されていた許仙は、妻が自分を探しに来たことを知り、悩んだすえ、寺を抜け出して妻のあとを追いかける。(これも、ヒロインの着替えの時間稼ぎの演目)
以下、ネタバレ注意
 【断橋】金山寺で敗退した白蛇と青蛇は、西湖の断橋まで逃げる。そこへ、許仙が走ってきて追いつく(金山寺と西湖の距離は、東京の浅草寺と静岡県の浜名湖ほども離れているが、それは聞かないお約束)。青蛇は怒って許仙を殺そうとする。白蛇は青蛇をおしとどめ、自分の思いを切々と歌う。最後は和解する。(ここで上演を終わる場合もある)
 【合鉢】白蛇は隠れ家で、許仙の子を生む。その直後、法海らに踏み込まれる。法海は、白蛇を「金鉢」の中に吸い込んで捕えた。その後、白蛇は、西湖のほとりにそびえ立つ雷峰塔の下に封じ込められた。
★ ここから先は、結末が分岐しています。★
古い結末。悲劇ののち「成仏」。
 【祭塔】許仙と白蛇の息子は人間の子として成長し、勉学の末、難関の科挙の試験に合格した。青年となった息子は、母が封じ込められている雷峰塔を訪れ、母の霊と対面する。【仏円】この世のすべては仏陀の思し召しである。煩悩即菩提。愛欲と罪障は、悟りに至る道程であった。時が満ちて、白蛇は仏の慈悲によって塔から解放され、成仏する。
現行の白蛇伝の結末。ハッピーエンド。
 【倒塔】落ち延びた青蛇は、山で修行を積んで、さらに強くなった。数年後、青蛇は雷峰塔を倒壊させ白蛇を救出する。白蛇は許仙と、幼い息子、青蛇と再会する。(終わり)
★参考:民間説話の後日譚「蟹和尚」 法海が白蛇を調伏したあと、民衆は「白蛇があまりにもかわいそうだ。法海は坊主のくせに慈悲の心がない」と憤った。民衆の怒りは天に通じた。天兵天将がくだり、法海を攻めた。法海は逃げ場所がなかったので、苦しまぎれに大閘蟹(日本で「上海がに」と呼ばれる蟹)の甲羅の中に逃げ込んだ。今でも上海がにを食べると、甲羅の中に「蟹和尚」と呼ばれる部位を見つけることができる。蟹和尚は、色も形も、袈裟を着てすわる法海の姿そっくりである。


【「白蛇伝」の物語の舞台】

 「長江流域+浙江省」。中華民国時代の「華中地区」が、白蛇伝の物語の舞台である。
 白蛇が修行した峨眉山は四川省。
 許仙と出会った西湖は浙江省。
 「端陽驚変」の五月五日の端午節の習俗の起源は、楚(湖南省)の屈原の故事。
 「水漫金山」で法海と戦った金山寺は江蘇省。
 京劇の「実家」とも言うべき安徽省と湖北省も「華中地区」に含まれる。
 ちなみに「峨眉山と西湖の距離」は「東京都と大連市の距離」と等しく、「西湖と金山寺の距離」は「東京の浅草寺と静岡県の浜名湖の距離」と等しい。

【「白蛇伝」関連の過去の主な作品】
 馮夢竜の「白娘子永鎮雷峰塔」と方成培『雷峰塔伝奇』は特に重要。
北宋『太平広記』「李黄」唐の時代の怪談。白蛇伝の起源とみなす説もある
南宋『孔淑芳双魚扇墜伝』白蛇伝の原型ないし同系と思われる物語
『西湖三塔記』 清平山堂話本白蛇伝の原型の物語
馮夢竜『警世通言』「白娘子永鎮雷峰塔小説。「古い白蛇伝」の決定版
方成培『雷峰塔伝奇京劇以前の、長編の「白蛇伝」の芝居。過渡期の作品
『義妖伝』弾詞白蛇を正義の味方として描く新しい白蛇伝。語り物
中華人民共和国京劇「白蛇伝」田漢本下記を参照。

 17世紀までの古い白蛇伝は「若者が、白いメスの蛇の妖怪に魅入られるが、仏教の高僧のおかげで救われる」という怪談で、白蛇は悪役だった。
 18世紀からの新しい白蛇伝では、白蛇は愛をつらぬき邪魔をする僧とたたかう正義のヒロインになった。
 清の時代は、京劇も含め、中国各地でさまざまな「地方劇」が勃興し、それぞれの「白蛇伝」が演じられた。
杜近芳さんと。こちらの頁
 1955年、中国政府に直属する唯一の京劇団である中国京劇院(現在の中国国家京劇院)は、旧来の「金鉢記」を書き直した新しい京劇「白蛇伝」の脚本(いわゆる「田漢本」)を上演した。この新しい「白蛇伝」で白蛇(白素貞)を演じたのは、京劇女優の杜近芳氏。2016年の中国国家京劇院の来日公演では、杜近芳氏から指導を受けた若手が新しい「白蛇伝」を演じた。

【日本との縁】
1776年上田秋成『雨月物語』刊行。
『警世通言』の白蛇伝を翻案した怪奇小説「蛇性の婬」を含む。
1956年梅蘭芳(メイランファン)を団長とする京劇団が来日。
白蛇伝の演目「盗仙草」「水漫金山」も上演。
1956年東宝映画『白夫人の妖恋』公開。
出演は山口淑子(白素貞)、八千草薫(小青)、池部良(許仙)、徳川夢声(法海)、他。
1958年東映動画『白蛇伝』(アニメ)公開。
声の出演は、森繁久彌と宮城まり子。


その他、メモ書き cf.youtube検索結果 検索語[白蛇伝] [白蛇傳] [白蛇传] [백사전]

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 白蛇伝は古い歴史をもつ物語だが、「作劇法」の視点から分析すると、21世紀のアニメや映画をもしのぐ洗練された工夫と趣向が凝らされていることがわかる。たとえば――

★アニメテイスト:
 白蛇伝は、ストーリー展開やキャラクター設定が洗練されている。
 アニメの世界的巨匠である宮崎駿氏が、高校生だったときに映画「白蛇伝」を見て衝撃を受け、アニメの世界に身を投じたことは、ファンの間では有名な話である。宮崎氏のアニメ作品に、魔法を使うヒロインや、世界を水びたしにする大洪水のシーンが多い理由も、白蛇伝の影響であると見られる。京劇「白蛇伝」を見る若い人は、ヒロインの魔法戦や洪水のシーンを見て「これは、3次元化したアニメそのものだ!」と驚くかもしれない。

★世代累積型集団創作:
 日本を含む東アジア各地には、古来「蛇女伝説、湖川説話、名刹縁起」の3点セットの説話が分布する。日本でも和歌山の道成寺の「安珍清姫伝説」や、東京の成願寺の「多宝山成願寺縁起」など、蛇に変身する女性と寺にまつわる説話は多い。千年にわたって語りつがれてきた中国の白蛇伝も、江蘇省に実在する金山寺と蛇女を結びつけた世代累積型集団創作の説話だ。古典小説版、地方劇版など、さまざまな白蛇伝が存在する。なかでも京劇版の白蛇伝はストーリーも見せ場も洗練されている。

★異類婚姻譚:
 白蛇伝は、異類婚姻譚という作劇上のギミックを取り外せば、王道のラブストーリーである。ヒロインの白素貞と、許仙の関係は「愛されたい女、縛られたくない男」という永遠の図式を象徴している。

★ダブル三角(ダイアモンドフレーム):
 白蛇伝の人間関係は、二つの「三角関係」がガッチリとつながったダイアモンドフレーム型である。
 まず、白素貞(妖魔)−許仙(凡夫)−法海(仏僧)という三角関係の中で、許仙は揺れ動く。  もう一つの三角関係は、小青(侍女)−白素貞(女主人)−許仙(男)である。小青は
「わたしのだいすきなおねえさま(白素貞)を、こんなに苦しめる許仙が、ゆるせない。おねえさまは、どうして目をさましてくれないの」
 という「隠れ百合女子」的感情をあらわにする。
 実は、昔の白蛇伝には、小青の心はオスの蛇だが体は人間の少女である、という隠し設定があったが、中国共産党の時代になってから……云々の複雑な事情については、話が長くなるので講義の時に説明する。

★神魔逆転:
 本来、正義であるはずの神仏の側が「悪玉」で、悪であるはずの妖魔(自称は神仙)が「善玉」という世界観は、ある意味で近代的である。日本の漫画「デビルマン」と似ている。

★重層的娯楽構造:
 白蛇伝は、妻・夫・子供の家族がそろって楽しめる重層的娯楽構造をもつ。
 子供の観客は、「盗仙草」や「水漫金山」などの戦闘シーンを楽しめる。
 夫は、白素貞の美貌を見て楽しんだりするほか、「驚変」の場面を見て、自分が初めて妻のすっぴんの寝顔を見てショックを受けた時のことを思い出して内心で苦笑するなど、大人の男の目線からリアリティをもって白蛇伝を楽しめる。
 妻は、「断橋」の場面を見て、
「あんなふうに、わたしも自分の旦那に、一言の反論も許さず黙って土下座させて、わたしの愚痴と恨み節をたっぷりと聞かせてやりたい
 と、日頃の鬱憤を晴らすことができる。

 以上は、白蛇伝の作劇法的分析結果のほんの一部である。詳しくは、講義のときに説明する。

サイト内リンク(加藤徹のHP内)
検索語「白蛇伝 site:www.geocities.jp/cato1963/」でネットサーチすると、いろいろヒットします。
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