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加藤徹自選創作漢詩文

漢詩篇

1997年10月22日開設  最新の更新2018年4月12日
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目次(創作年代順)
  • はじめに (ここの右)
  1. 七言絶句「戊戌春
  2. 五言絶句「戊戌正月
  3. 七言絶句「猿猴捉月の図に題す
  4. 七言絶句「轣轆追羊多少年
  5. 五言絶句「寒風鳴万岳
  6. 七言絶句「精衛 枝を啣みて已に幾春ぞ
  7. 五言絶句「飄々として宇宙を征けば
  8. 七言絶句「皮簧に沈酔して二十年
  9. 七言律詩「草堂 穀雨 我 来り尋ぬ
  10. 詞・如夢令「佳節 遊観 人衆く
  11. 詞・憶江南「福海に遊べば
  12. 七言律詩「景物 冬に入りて孰れか最も哀しき
  13. 七言絶句「哀怨は詩家の訴陳する所
  14. 七言絶句「虫声 露を帯びて草中に深し
  15. 五言絶句「蓬窓 蟋蟀を聴く
  16. 七言律詩「書肆 軒を連ねて酒亭を雑ふ
  17. 七言律詩「閑居尽日来客無し
  18. 七言絶句「独り坐す疎灯雪案の前
  19. 七言絶句「鳥啼き猿嘯きて蝉よりも静なり
  20. 五言絶句「翠竹青苔の逕

はじめに

 ぼくが漢詩を作り始めたのは、1978年春、中学3年生だったときNHKテレビの大学講座「杜甫詩抄」(故・吉川幸次郎)を見て感動し、中国語と平仄(ひょうそく)を独学したのがきっかけです。
 中年になったいま、少年だったころからの旧稿を読み返すと、稚拙で幼稚な表現も目に付きます。が、青春時代のささやかな「記念」の意味で、あえて当時の旧稿を一字一句変えずアップロードすることにします。

 本サイトは、作品本文のみインターネット界のタブー(?)「縦書き」で書いてあります。

 ご感想、ご叱正等をeメイルでお寄せくだされば幸甚に存じます。




七言絶句 2018年4月「戊戌春」
連作四首(未定稿)
漢詩,自作,新作,加藤徹,七言絶句,桜,戊戌春,KATO Toru,kanshi,kansi,漢文
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 其一
雨去春光新緑肥 風来杯影万紅飛 名桜名酒如唐宴 太白鬱金楊貴妃
雨去春光新綠肥 風來杯影萬紅飛 名櫻名酒如唐宴 太白鬱金楊貴妃
雨去春光新绿肥 风来杯影万红飞 名樱名酒如唐宴 太白郁金杨贵妃
雨去りて 春光 新緑肥ゆ。風来りて 杯影 万紅飛ぶ。
名桜と名酒と 唐の宴の如し、太白 鬱金 楊貴妃。
 アメ サりて シュンコウ シンリョク コゆ。カゼ キタりて ハイエイ バンコウ トぶ。メイオウとメイシュと トウのエンのゴトし、タイハク ウコン ヨウキヒ。
yu3 qu4 chun1 guang1 xin1 lv4 fei2 / feng1 lai2 bei1 ying3 wan4 hong2 fei1
ming2 ying1 ming2 jiu3 ru2 tang2 yan4 / tai4 bai2 yu4 jin1 yang2 gui4 fei1
【漢音直読】
う上 きよ去 しゆん平 くわう平 しん平 りよく入 ひ平
ふう平 らい平 はい平 えい上 ばん去 こう平 ひ平
めい平 おう平 めい平 しう上 じよ平 たう平 えん去
たい去 はく入 うつ入 きむ平 やう平 き去 ひ平
【自註】 〇杯影:「杯影蛇弓」 〇桜樹種名有「太白桜」「鬱金桜(又名「黄桜」)」「楊貴妃桜」等、酒名亦有「太白」「鬱金香」「楊貴妃」等。
【大意】雨が去り、春の光に新緑がつやつやと輝く。風が来て、杯の中の酒に桜吹雪が映る。名高い桜も、名高い酒も、銘柄は唐の宴会のようだ。太白、鬱金、楊貴妃。みな桜の種類の名であると同時に、酒の銘柄にもなっている。

 其二
碧渓花散粉紅浮 水往風来漂不流 私願衆生能若此 今来古往暫羈留
碧溪花散粉紅浮 水往風來漂不流 私願眾生能若此 今來古往暫羈留
碧溪花散粉红浮 水往风来漂不流 私愿众生能若此 今来古往暂羁留
碧渓 花散じて 粉紅浮ぶ。水往き風来れば 漂ふも流れず。
私かに願ふ「衆生も能く此の若く、今来 古往 暫らく羈留せよ」と。
 ヘキケイ ハナ サンじて フンコウ ウカぶ。ミズ ユき カゼ キタれば タダヨうもナガれず。ヒソかにネガう「シュジョウもヨくカクのゴトく、コンライ コオウ シバらくキリュウせよ」と。
bi4 xi1 hua1 san4 fen3 hong2 fu2 / shui3 wang3 feng1 lai2 piao1 bu4 liu2
si1 yuan4 zhong4 sheng1 neng2 ruo4 ci3 / jin1 lai2 gu3 wang3 zan4 ji1 liu2
【漢音直読】
へき入 けい平 くわ平 さん去 ふん上 こう平 ふ平
すい上 わう上 ふう平 らい平 へう平 ふつ入 りう平
し平 ぐゑん去 しゆう去 せい平 のう平 じやく入 し上
きん平 らい平 こ上 わう上 さむ去 き平 りう平
【自註】〇碧渓:御茶ノ水、昔文人墨客称之曰「茗渓」又「小赤壁」。〇粉紅:薄紅色、又指水上一面散花如粉。〇私願衆生:『三帰礼文』偈曰「自帰依仏、当願衆生、体解大道、発無上心」。王安石「望江南・憶江南」詞「三界裏、有取総災危。普願衆生同我願、能於空有善思惟。三宝共住持」。此云「私」願衆生者、自知反於大道、非正思惟也。
【大意】緑の谷底の流れに桜の薄桃色の花びらが粉のように浮いている。水に流される向きと風に吹かれる向きがたまたま逆なので、水面(みなも)に漂う花びらたちは、そこに止まっているように見える。
 ふと、こっそりと願った。諸行無常の教えには反するけれど、私たち衆生もちょっとでよいので時の流れの旅を休めますように、と。
 其三
携壷暫忘老将来 日本桜花到処開 自罰挙觴吾羨子 分身億兆永能回
攜壺暫忘老將來 日本櫻花到處開 自罰舉觴吾羨子 分身億兆永能囘
携壶暂忘老将来 日本樱花到处开 自罚举觞吾羡子 分身亿兆永能回
壷を携へ暫し忘る 老の将に来らんとするを。「日本桜花」到る処に開く。
自ら罰し觴を挙げん 吾は子を羨む、身を分くること億兆 永く能く回る。
 ツボをタズサえ シバしワスる オイのマサにキタらんとするを。ソメイヨシノ / ニッポンオウカ イタるトコロにヒラく。ミズカらバッし サカヅキをアげん ワレはシをウラヤむ、ミをワくることオクチョウ ナガくヨくカエる。
xie2 hu2 zan4 wang2 lao3 jiang1 lai2 / ri4 ben3 ying1 hua1 dao4 chu4 kai1
zi4 fa2 ju3 shang1 wu2 xian4 zi3 / fen1 shen1 yi4 zhao4 yong3 neng2 hui2
【漢音直読】
くゑい平 こ平 さむ去 ばう去 らう上 しやう平 らい平
じつ入 ほん上 おう平 くわ平 たう去 しよ去 かい平
し去 はつ入 きよ上 しやう平 ご平 せん去 し上
ふん平 しん平 よく入 てう去 ゑい上 のう平 くわい平
【自註】 〇携壷:杜牧「九日斉山登高」詩「与客携壷上翠微」「牛山何必独霑衣」〇老将来:『論語』述而「発憤忘食、楽以忘憂、不知老之将至云爾」。杜甫「江畔独歩尋花七絶句」詩「只恐花尽老相催」〇日本桜花:桜花樹種約六百、其中「染井吉野」最普遍、漢人称染井吉野曰「日本桜花」「東京桜花」「吉野桜」等。〇自罰挙觴:斉景公遊於牛山、惜生厭死、潸然流涕。晏子笑之、景公乃慚、「挙觴自罰」。見『列子』力命、『韓詩外伝』巻十。〇分身億兆永能回:染井吉野、以挿枝(今人称「克隆(クローン)」)著聞、此人工育種、不能自然繁衍、三百年来、插枝移植、元祖一木、遂為億兆木、世世回春回生也。
【大意】花見酒で一時的に忘れよう、老いがもうすぐやってくることを。中国人が「日本桜花」と呼ぶソメイヨシノが、いたるところで咲いている。
 地球上に存在する幾千万のソメイヨシノの木は、たった一本の木が挿し木で増えてきたものだ。つまりクローン。ヒトは桜の花の命は短いと言うけれど、ソメイヨシノはクローンという手段で何度でも若返り、何度でもこの世に戻ってこれるのだ。
 私は一瞬、ソメイヨシノを羨んでしまった。「牛山の嘆き」の故事にならい、まずは罰杯として一杯ゆこう。
 其四
烈日繁霜枝幹堅 五風十雨簇花燃 楽桜応是知桜楽 青赤白玄皆好天
烈日繁霜枝幹堅 五風十雨簇花燃 樂櫻慶是知櫻樂 靑赤白玄皆好天
烈日繁霜枝干坚 五风十雨簇花燃 乐樱应是知樱乐 青赤白玄皆好天
烈日繁霜 枝幹 堅し。五風十雨 簇花 燃ゆ。
桜を楽しむは応に是れ 桜の楽しみを知るべし、「青赤白玄 皆 好天なり」と。
 レツジツ ハンソウ シカン カタし。ゴフウ ジュウウ ソウカ モゆ。サクラをタノしむは マサにコれ サクラのタノしみをシるべし、セイセキ ハクゲン ミナ コウテンなりと。
lie4 ri4 fan2 shuang1 zhi1 gan4 jian1 / wu3 feng1 shi2 yu3 cu4 hua1 ran2
le4 ying1 ying4 shi4 zhi1 ying1 le4 / qing1 chi4 bai2 xuan2 jie1 hao3 tian1
【漢音直読】
れつ入 じつ入 はん平 さう平 し平 かん去 けん平
ご上 ふう平 じふ入 う上 そう去 くわ平 ぜん平
らく入 おう平 よう平 し上 ち平 おう平 らく入
せい平 せき入 はく入 くゑん平 かい平 かう上 てん平
【自註】 〇五風十雨:王充『論衡』是応「風不鳴条、雨不破塊、五日一風、十日一雨」。〇知桜楽:『荘子』外篇第十七「安知魚楽」〇青赤白玄:青春、赤夏、白秋、玄冬。
【大意】ギラギラ照りつける熱い日差し、痛いほど冷たい霜は、枝と幹を堅固に鍛える。五日ごとの風、十日ごとの雨は、たくさんの花を色鮮やかに咲かせる。
 ヒトは晴れの日に花見を好む。でも、晴れの日だけでは桜は育たない。
 桜を楽しむなら、桜の身になって桜の楽しみを知るべきだ。青い空、赤い空、白い空、暗い空。どんな天気も桜にとっては良い天気なのだ。



五言絶句 2018年1月の年賀状用
漢詩,五言絶句,加藤徹

(日本漢字)戊戌正月。鶏鳴初日上,犬吠竹扉開。闃寂東籬下,百虫待一雷。
(繁體字)戊戌正月。雞鳴初日上,犬吠竹屝開。闃寂東籬下,百蟲待一雷。
(简体字)戊戌正月。鸡鸣初日上,犬吠竹扉开。阒寂东篱下,百虫待一雷。
戊戌の正月。ボジュツのショウガツ。
鶏鳴きて初日上り、(トリ ナきて ショジツ ノボり)
犬吠えて竹扉開く。(イヌ ホえて チクヒ ヒラく)
闃寂たり東籬の下、(ゲキセキたり トウリのモト)
百虫、一雷を待つ。(ヒャクチュウ イチライをマつ)

【大意】平成三十年、戊戌の年の正月。昨夜まで酉年でしたが、ニワトリが鳴いて朝日が昇りました。今日から戌年ですが、誰か来たのか、イヌが吠え、庭の粗末な竹の扉が開きます。ひっそり静まりかえる東側のまがきの土の中では、冬眠中の虫や小動物たちが、啓蟄(けいちつ)の「虫出しの雷」を待っています。

【自注】拙宅の新年の実景ではなく、観念的な作。★東籬=日当たりよい東側の「まがき」。花を植えることが多い。陶淵明の漢詩「飲酒」の名句「菊を采(と)る東籬の下、悠然として南山を見る」。★一雷=ひとたび雷が鳴る、または、その雷。土の中で冬眠している昆虫やトカゲ等の小動物は、二十四節気の一つ「啓蟄(けいちつ)」の前後、「虫出しの雷」の気に感応して地面の穴からはい出てくる、とされる。韋応物の漢詩「観田家」に「微雨、衆卉(しゅうき)新たなり。一雷、驚蟄(けいちつ)始まる」とある。中国では避諱(ひき)の関係で「啓蟄」を「驚蟄」と書く。
→[年賀の頁 2018]
三野豊浩先生から戴いた漢詩 戊戌正月次韻加藤先生
舊嵗匆匆去 新年肅肅開 徒歡春酒好 四海滿風雷
※結句の「風雷満つ」の典故は、三野先生によると、『北斗の拳』の二神風雷拳のライガとフウガ、彼らの弟のミツであり、世界が「鬼の哭く街」とならぬよう祈りをこめた漢詩であるとのこと。




七言絶句 2016年1月の年賀状用
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(日本漢字)題猿猴捉月図。水涵月影皎於真。展転獼猴尽喪身。我不愚蒙窺井底、遥看悪相是何人。

(繁體字) 題猿猴捉月圖。 水涵月影皎於眞。展轉獼猴盡喪身。我不愚蒙窺井底、遙看惡相是何人。

(简体字)题猿猴捉月图。水涵月影皎于真。展转猕猴尽丧身。我不愚蒙窥井底、遥看恶相是何人?


加藤徹,漢詩,七言絶句,猿猴捉月図 猿猴捉月の図に題す
エンコウソクゲツのズにダイす
猿猴捉月の絵に書き付けた漢詩

水 月影を涵せば 真よりも皎し
ミズ、ツキカゲをヒタせば、シンよりもシロし
水に映る月は、本物よりきれいだ。

展転せる獼猴 尽く身を喪ふ
テンテンせるビコウ、コトゴトくミをウシナう
愚かなサルたちは幻の月に手を伸ばし、一蓮托生で自滅した

我は愚蒙ならず 井の底を窺ふ
ワレはグモウならず、イのソコをウカガう
おれはそれほどバカじゃない。で、井戸の底をのぞいた

遥かに悪相を看る 是れ何人ぞ
ハルかにアクソウをミる、コれナンピトぞ
ん? 遠くに凶悪な顔が見える。あいつは誰だ?

【自注】★獼=獣偏に弓に爾。HTMLユニコードでは「&#」のあとに「29564」で表示する文字。★展轉獼猴=『僧祇律』「…展転相捉、小未至水、連獼猴重、樹弱枝折、一切獼猴堕井水中」 ★窺井底=『呂氏春秋』「…列精子高因歩而窺於井、粲然悪丈夫之状也」
参考 Yahooブログ 年賀状用に、新作の漢詩(七言絶句)を作ってみました(2015/12/26(土) 午前2:09)




七言絶句 2015年1月の年賀状用
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未年述懐。轣轆追羊多少年。回頭大道已茫然。下車攘臂君無笑、唯是老夫初志堅。
未年述懷。轣轆追羊多少年。回頭大道已茫然。下車攘臂君無笑、唯是老夫初志堅。
未年述怀。轣辘追羊多少年。回头大道已茫然。下车攘臂君无笑、唯是老夫初志坚。


[乙未年の年賀状]
未年(ひつじどし) 懐ひ(おもい)を述(の)ぶ
轣轆(れきろく) 羊(ひつじ)を追(お)ひ(い)て 多(た)少(しょう)の年(とし)ぞ
多岐亡羊の研究生活。もう何年目だろう。

頭(こうべ)を回(めぐ)らせば 大(だい)道(どう) 已(すで)に茫(ぼう)然(ぜん)
学問の原点。何だったっけ。

車(くるま)を下(お)りて臂(ひじ)を攘(かか)ぐ 君(きみ) 笑(わら)ふ(う)無(な)かれ
馮婦(ふうふ)のひそみにならい、腕をまくって車をおりても、笑わないでくれたまえ。

唯(ただ)是(こ)れ 老(ろう)夫(ふ) 初(しょ)志(し) 堅(かた)きのみ
まだ若い時の情熱のかけらが、残っているのですよ。

*[] 『列子』:大道以多岐亡羊,学者以多方喪生。
 『孟子』:晋人有馮婦者、善搏虎、卒為善士。則之野、有衆逐虎、虎負嵎、莫之敢攖。望見馮婦、趨而迎之。馮婦攘臂下車。衆皆悦之、其為士者之。



五言絶句 2014年1月の年賀状用
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甲午新年。寒風鳴万岳、桟道足冬雷。安得生諸葛、能教流馬来。
甲午新年。寒風鳴萬岳、棧道足冬雷。安得生諸葛、能教流馬來。
甲午新年。寒风鸣万岳、栈道足冬雷。安得生诸葛、能教流马来。

寒風(かんぷう)、万岳(ばんがく)を鳴(な)らし、
寒い風に山並みが鳴っている。

桟道(さんどう)、冬雷(とうらい) 足(た)る。
ひとかげの絶えた桟道には冬の雷鳴と稲光ばかり。

安(いづく)にか生(い)ける諸葛(しょかつ)を得(え)て、
どこかで生きている諸葛孔明を探し出して、

能(よ)く流馬(りゅうば)をして来(きた)らしめん。
この難局を乗り越えるための木牛流馬を発明してもらおう。





五言絶句 1978年(中学3年)9月、修学旅行で京都・祇王寺をたずねて
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翠竹青苔逕、烟山踏跡稀。祇王何処泣、尋思雨霏霏。
翠竹青苔逕、煙山踏跡稀。祇王何處泣、尋思雨霏霏。
翠竹青苔迳、烟山踏迹稀。祗王何处泣、寻思雨霏霏。
  翠竹(すいちく)青苔(せいたい)の逕(こみち)
  青い竹と緑の苔蒸す細い道

  烟山(えんざん)踏跡(とうせき)(まれ)なり
  霧深き山には訪れる人も少ない

  祇王(ぎおう)何処(いづく)にか泣く
  祇王が涙した場所は どこだろうか

  尋思(じんし)すれば雨(あめ)霏霏(ひひ)たり
  思いをめぐらしていると、彼女の涙のような霧雨がふってきた


*[] 祇王 : 『平家物語』に出てくる悲運の女性の名。

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七言絶句 1980年(高校2年)8月、家族旅行で青森県十和田湖(とわだこ)に遊んでの作
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鳥啼猿嘯静於蝉。空翠環湖嶺拄天。独泛扁舟窺水底、透明千尺老龍眠。
鳥啼猿嘯靜於蟬。空翠環湖嶺拄天。獨泛扁舟窺水底、透明千尺老龍眠。
鸟啼猿啸静於蝉。空翠环湖岭拄天。独泛扁舟窥水底、透明千尺老龙眠。

  鳥啼(な)き猿嘯(うそむ)くも蝉(せみ)よりも静かなり
  鳥の声 猿の叫びも ここでは蝉の声より静かだ

  空翠(くうすい)湖を環(めぐ)り嶺(みね)天を拄(ささ)
  山々の緑が湖を取り囲み 稜線が大空をささえている

  独(ひと)り扁舟(へんしゅう)を泛(うか)べて水底を窺(うかが)へば
  ひとり小舟に乗って 深い湖底をのぞきこむと

  透明 千尺 老龍眠る
  30メートルも透き通った水の底に 年老いた龍が眠っていた

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七言絶句 1982年(18歳)春、一浪決定のときの作
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独坐疎灯雪案前。時疑父母未成眠。風飄夜雨知春急、苦学明朝又一年。
獨坐疏燈雪案前。時疑父母未成眠。風飄夜雨知春急、苦學明朝又一年。
独坐疏灯雪案前。时疑父母未成眠。风飘夜雨知春急、苦学明朝又一年。

  独(ひと)り坐(ざ)す疎灯(そとう)雪案(せつあん)の前
  ひとり、呆然と暗いあかりのもと、机のまえに坐っている

  時に疑ふ 父母の未(いま)だ眠りを成さざるかと
  隣の部屋の両親も、まだ、眠っていないのだろうか

  風 夜雨を飄(ひるが)へし 春の急なるを知る
  窓の外では強い夜風が雨粒を吹き飛ばす、もう春だというのに

  苦学 明朝 又 一年
  明日からまた一年、受験勉強の日々がまた続くのだ

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七言律詩 1982年(19歳)夏、浪人中、東大に現役合格した友人に送った「暑中見舞」
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閑居尽日無来客、独愛吟詩愛読文。門外犬眠人漫漫 、庭前蝶舞草芸芸。措書伸体憐啼鳥、休筆展眉仰暮雲。但恨参商難会面、遥思駒場復思君。
閑居盡日無來客、獨愛吟詩愛讀文。門外犬眠人漫漫 、庭前蝶舞草芸芸。措書伸體憐啼鳥、休筆展眉仰暮雲。但恨參商難會面、遙思駒場復思君。
闲居尽日无来客、独爱吟诗爱读文。门外犬眠人漫漫 、庭前蝶舞草芸芸。措书伸体怜啼鸟、休笔展眉仰暮云。但恨参商难会面、遥思驹场复思君。

  閑居(かんきょ)尽日(じんじつ)来客無し
  自宅にこもる浪人には訪問客も無い

  独(ひと)り詩を吟(ぎん)ずるを愛し文を読むを愛す
  ひとり漢詩を詠(よ)んだり漢文を読んでうさを晴らす

  門外 犬眠りて 人 漫漫(まんまん)
  野良犬が眠りこける道は 暑さで通行人もまばら

  庭前 蝶舞ひて 草 芸芸(うんうん)
  蝶が舞う庭は 草のにおいでいっぱい

  書を措(お)き体を伸べて啼鳥(ていちょう)を憐れみ
  朝、参考書を置き体を伸ばし、窓べでスズメのさえずりを聴き

  筆を休め眉を展(の)べて暮雲(ぼうん)を仰(あお)
  夕方、筆をやすめて眉をあげ、遠くの空の夕焼け雲を見上げる

  但(た)だ恨むらくは参商(しんしょう)会面すること難(かた)
  残念ながら、君とは季節のちがう二つの星座のように会えないけれど

  遥(はる)かに駒場(こまば)を思ひ復(ま)た君を思ふ
  はるかに東大駒場キャンパスを思い、そこで学ぶ君を目標に頑張ることにしよう

*景天・・・わが畏友の「あざな」。「哀景天文」参照。

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七言律詩 1982年(19歳)秋、お茶の水、駿台(すんだい)予備校にて浪人中の作
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書肆連軒雑酒亭。都城不夜茗渓青。群楼影動霓灯点、独客襟寒半夢醒。聖哲橋高思聖哲、幽霊坂急念幽霊。江湖潦倒誰相似、失纜孤舟一隕星。
書肆連軒雜酒亭。都城不夜茗溪青。群樓影動霓燈點、獨客襟寒半夢醒。聖哲橋高思聖哲、幽靈阪急念幽靈。江湖潦倒誰相似、失纜孤舟一隕星。
书肆连轩杂酒亭。都城不夜茗溪青。群楼影动霓灯点、独客襟寒半梦醒。圣哲桥高思圣哲、幽灵坂急念幽灵。江湖潦倒谁相似、失缆孤舟一陨星。

  書肆(しょし)(のき)を連ねて酒亭を雑(まじ)
  書店が軒をつらねる中に居酒屋がまじる学生街

  都城 不夜 茗渓(めいけい)青し
  眠らぬ大都会 暗く沈む神田川

  群楼(ぐんろう) 影動きて霓灯(げいとう)点じ
  ビル影は黒い巨神兵の群れのごとく ネオンのまたたきを乗り越え

  独客 襟(えり)寒くして半夢(はんむ)(さ)
  よそ者ひとりさまよう えりにしみる寒風によろめきつつ

  聖哲(せいてつ)橋高くして聖哲を思ひ
  聖橋(ひじりばし)の高さに有名な者たちとの隔絶を思い

  幽霊坂急にして幽霊を念ず
  「ゆうれい坂」の急傾斜 いっそこのまま底知れぬ闇底に沈もうか

  江湖(こうこ) 潦倒(ろうとう) 誰か相ひ似たる
  盛り場をうろつく俺 何にたとえよう?

  失纜(しつらん)の孤舟(こしゅう) 一隕星(いちいんせい)
  ともづなをなくした迷い舟 足を踏みはずしたくず星
・・・・・・・・・
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五言絶句 1982年(19歳)秋、自宅の勉強部屋での作
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蓬窓聴蟋蟀、疑是促吾鳴。露落花初謝、風吹月更明。
蓬窗聽蟋蟀、疑是促吾鳴。露落花初謝、風吹月更明。
蓬窗听蟋蟀、疑是促吾鸣。露落花初谢、风吹月更明。

  蓬窓(ほうそう) 蟋蟀(しっしゅつ)を聴く
  コオロギが鳴く 今秋も窓べで鳴く

  疑ふらくは是れ吾(われ)を促(うなが)して鳴くかと
  「もう秋だよ 時間が無いよ ぼくも君も」と鳴いている

  露落ちて 花初めて謝し
  夜露の接吻をうけ 名残の花は顔を閉じ

  風吹きて月 更に明らかなり
  秋風に吹かれ 月は輝きをます

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七言絶句 1982年(19歳)秋、東京での公開模擬試験の帰り、千葉市稲毛の夜道での作
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湿
















虫声帯露草中深。双杵空郊似谷音。一路遥看青湿処、月浮雲海照松林。
蟲聲帶露草中深。雙杵空郊似谷音。一路遙看青濕處、月浮雲海照松林。
虫声带露草中深。双杵空郊似谷音。一路遥看青湿处、月浮云海照松林。

*この詩に詠んだ一本道は、宅地造成のため、この詩を詠んだ数年後に姿を消しました。

  虫声(ちゅうせい)露を帯びて草中(そうちゅう)に深し
  草むらの奥で鳴く虫の声までもが、夜露にうるおう

  双杵(そうしょ)空郊(くうこう)に谷音(こくいん)に似たり
  ひとけ無い郊外に、砧(きぬた)を叩く音がこだまする

  一路遥かに青の湿(しめ)れる処(ところ)を看(み)れば
  一本道の行く手に、水のように濡れた深い青があふれだした

  月は雲海に浮びて松林を照らす
  よく見ると、雲の海から顔を出した月が松林を照らしたのだった

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七言絶句 1987年9月(24歳)、桜林詩会に初参加した時の作
加藤徹,漢詩,漢文,日本,加藤彻,汉诗,古诗,古文,旧诗








































謹応 桜林詩会詩題「七夕」而作詩。哀怨詩家所訴陳。 銀河璀璨鵲橋新。未知夜夜紉針意、却憫寿張百忍人。
謹應 櫻林詩會詩題「七夕」而作詩。哀怨詩家所訴陳。 銀河璀璨鵲橋新。未知夜夜紉針意、卻憫壽張百忍人。
谨应 樱林诗会诗题「七夕」而作诗。哀怨诗家所诉陈。 银河璀璨鹊桥新。未知夜夜纫针意、却悯寿张百忍人。

*この詩は石川岳堂(忠久)先生主催「桜林詩会」例会の詩題「七夕」にあわせて読んだもの。漢文篇「上石川岳堂先生書」参照。

  哀怨(あいえん)は詩家の訴陳(そちん)する所
  詩人たちは、牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)の悲しみばかり詠(うた)うけれど

  銀河 璀璨(さいさん)として 鵲橋(じゃくきょう)(あら)たなり
  年に一度、銀河にかかる橋は、永遠に新しい

  未(いま)だ知らず 夜夜 針を紉(じん)するの意
  毎夜、遠い牽牛を思いつつ針仕事をする織女は、案外、幸せかもしれない

  却(かえ)って憫(あわ)れむ 寿張(じゅちょう) 百忍(ひゃくにん)の人
  少なくとも、「忍」の字を百も書いた寿張のあの老人(注)よりは


(注) 昔、寿張というところに、張という「九世同居」の大家族が住んでいた。斉・隋・唐の歴代の王朝は、家族道徳を重んずる儒教の立場から、代々、張家を表彰した。唐の高宗(武則天の夫)は、寿張に行ったとき、張家を訪問し、張公芸(ちょうこうげい)に「同居する秘訣は何か」とたずねた。張公芸は「忍」という字を百余り書き、高宗に奉った。高宗は感心し、褒美の品を賜った(『資治通鑑』巻二百一、麟徳二年十一月条)

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七言律詩 1987年(24歳)冬、東京大学大学院在学中、本郷キャンパスでの作
加藤徹,漢詩,漢文,日本,加藤彻,汉诗,古诗,古文,旧诗













殿

滿









































【日】景物入冬孰最哀。残黄凜冽守庭栽。紫茎自直有人折、金粟猶香無蝶来。 殷地羽声風到陌、満天余暎日沈臺。憐君内美堪為殿、不与蘭桃一処開。
【繁】景物入冬孰最哀。殘黃凜冽守庭栽。紫莖自直有人折、金粟猶香無蝶來。殷地羽聲風到陌、滿天餘暎日沈臺。憐君內美堪爲殿、不與蘭桃一處開。
【簡】景物入冬孰最哀。残黄凛冽守庭栽。紫茎自直有人折、金粟犹香无蝶来。殷地羽声风到陌、满天余暎日沈臺。怜君内美堪为殿、不与兰桃一处开。

*この詩は石川岳堂(忠久)先生主催「桜林詩会」例会の詩題「菊」にあわせて読んだもの。漢文篇「東京大学憐菊詩」参照。

  景物 冬に入りて孰(いず)れか最も哀しき
  季節が冬に入って一番ものがなしいのは

  残黄(ざんこう) 凛冽(りんれつ)として 庭を守りて栽(う)はる
  くすみかけた菊の花が最後まで花壇に立つ姿であろう

  紫茎(しけい) 自ら直ければ 人の折(たお)る有らんも
  りんとして真直ぐな茎を折って持ち帰る不心得者はいるかもしれない

  金粟(きんぞく) 猶(な)ほ香(かんば)しきも 蝶の来(きた)る無し
  だが、まだ芳香をはなつ金色の花を愛(め)でにくる蝶はもういない

  地に殷(どよも)せる羽声(うせい) 風 陌(はく)に到り
  大地のむこうで響く冬のうなり 風が町に吹いてきた

  満天の余暎(よえい) 日 台(だい)に沈む
  空いっぱいを悔恨の赤に染め 老いた太陽はビル街に沈む

  君を憐れむ 内美(だいび)の殿(しんがり)と為(な)るに堪(た)ふるがゆゑに
  菊は、一年の花たちの中で最後を飾る運命を負った花

  蘭桃(らんとう)と一処(いっしょ)には開かざるを
  あたたかい春の光のもと蘭や桃の花と一緒に咲くことはできないのだ

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詞 1990年(北京大学留学、27歳)9月、北京大学近くの円明園の灯会を見て
加藤徹,漢詩,漢文,日本,加藤彻,汉诗,古诗,古文,旧诗






 
 


















 
 




 
 
 
 








憶江南、円明園灯会。遊福海、夜夜賽元宵。嚠喨絃歌環海遠、輝煌噴水射天高。金碧恁多驕。
憶江南、圓明園燈會。游福海、夜夜賽元宵。嚠喨絃歌環海遠、輝煌噴水射天高。金碧恁多驕。
忆江南、圆明园灯会。游福海、夜夜赛元宵。嚠喨絃歌环海远、辉煌喷水射天高。金碧恁多骄

  福海(ふくかい)に遊べば
  円明園の湖でやっている灯会を見ると

  夜夜 元宵(げんしょう)と賽(くら)
  毎晩 元宵節(げんしょうせつ)にまさるとも劣らぬ賑やかさだった

  嚠喨(りゅうりょう)たる絃歌 海(みずうみ)を環(めぐ)りて遠く
  管弦楽と歌声が 夜の湖水の周囲に響きわたり

  輝(て)り煌(かがや)く噴水 天を射て高し
  光のソフトクリームのような大噴水は 闇夜高く吹き上がる

  金碧(きんぺき)(かく)も多(なん)と驕(おご)りやかなる
  黄金とエメラルド色の光の、傲慢なまでの競演


*「詞」ci は唐宋以降流行した詩型。日本で作る人はまれだが、中国では根強い人気がある。
*「憶江南(おくこうなん)」は題名ではなく、詩形を表わす「詞牌(しはい)」。
*円明園は清朝の離宮のあった場所。19世紀半ば英仏連合軍によって破壊され、今は公園になっている。
*「灯会」deng huiは、電気照明による巨大な灯篭や山車(だし)を楽しむ中国独特の風物詩。日本の「ねぶた祭り」にやや似ている。


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詞 1990年(北京大学留学、27歳)9月、天安門前広場にて
加藤徹,漢詩,漢文,日本,加藤彻,汉诗,古诗,古文,旧诗








 
 
 
 



 
 
 
 



滿







 





















如夢令、人民英雄紀念碑。佳節遊観人衆。国慶菊為鸞鳳。驟雨洒黄昏、花潤満場紅重。如夢、如夢。血涙与伊相供。
如夢令、人民英雄紀念碑。佳節游觀人眾。國慶菊為鸞鳳。驟雨灑黃昏、花潤滿場紅重。如夢、如夢。血淚與伊相供。
如梦令、人民英雄纪念碑。佳节游观人众。国庆菊为鸾凤。骤雨洒黄昏、花润满场红重。如梦、如梦。血泪与伊相供。

  佳節(かせつ) 遊観(ゆうかん) 人衆(ひとおほ)
  秋、内外の行楽客で賑わう天安門前広場は

  国慶(こっけい) 菊(きく)もて鸞鳳(らんぽう)を為(つく)
  建国記念日を祝う巨大な菊人形と花束の山で埋められていた

  驟雨(しゅうう)黄昏(こうこん)に灑(そそ)げば
  夕方 一陣のにわか雨が降り注ぐと

  花潤(うるお)ひ満場に紅重し
  花は濡れ 広場ぢゅう一面の濡れた赤にしずむ

  夢の如(ごと)し 夢の如し
  夢のようだ 夢のようだ

  血涙(けつるい) 伊(なれ)に相(あ)ひ供(そな)
  大自然が血と涙を犠牲者に捧げるとは

 *「如夢令(じょぼうれい)」は題名ではなく、詩形を表わす「詞牌(しはい)」。

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七言律詩 1991年(北京大学留学、27歳)4月、四川省成都市・杜甫草堂(とほそうどう)にて
加藤徹,漢詩,漢文,日本,加藤彻,汉诗,古诗,古文,旧诗


















































草堂。草堂穀雨我来尋。花洗青潭水癒深。剥落金泥遺古額、朦朧樹色潤人襟。無辺竹葉指風顫、不尽新蝉伝世吟。男子蓋棺情未朽、杜詩千載待知音。
草堂。草堂穀雨我來尋。花洗青潭水愈深。剝落金泥遺古額、朦朧樹色潤人襟。無邊竹葉指風顫、不盡新蟬傳世吟。男子蓋棺情未朽、杜詩千載待知音。
草堂。草堂谷雨我来寻。花洗青潭水愈深。剥落金泥遗古额、朦胧树色润人襟。无边竹叶指风颤、不尽新蝉传世吟。男子盖棺情未朽、杜诗千载待知音。

  草堂 穀雨(こくう) 我 来(きた)り尋(たづ)
  私が「草堂」を訪ねたのは、二十四節気の「穀雨」の時分

  花 青潭(せいたん)に洗はれ 水 愈(いよ)いよ深し
  色あざやかな花びらが、青く静かな水に散り、水の色は深まる

  剥落(はくらく)せる金泥(こんでい) 古額を遺(のこ)
  古い額のかすれた金文字に、先人たちの杜甫への思いをしのぶ

  朦朧(もうろう)たる樹色 人の襟(きん)を潤す
  木々のしたたるような緑色に、わたしの服は襟元まで涙のように濡れる

杜甫草堂   無辺(むへん)の竹葉(ちくよう) 風を指して顫(ふる)
  一面の竹林、無数の葉は感動した指先のように震える

  不尽(ふじん)の新蝉(しんせん) 世を伝へて吟(ぎん)
  一面のセミ、その命を振り絞るような合唱は今年も更新される

  男子 棺(かん)を蓋(おほ)ひて 情 未(いま)だ朽(く)ちず
  杜甫は生前「棺桶(かんおけ)のふたを閉じれば万事おしまい」と詠(よ)んだけれども

  杜詩(とし) 千載(せんざい) 知音(ちいん)を待つ
  彼の不滅の詩情は、千年たった今も、知音の友を待ち続けている


*唐の詩人・杜甫は晩年の一時期、家族とともに四川省の成都に住んでいた。杜甫が四川を去ったあと、一家が住んでいた質素な草ぶき屋根の家(草堂)も消失した。杜甫の生涯は不遇だったが、死後数百年を経て「詩聖」(中国最高の詩人)という評価を得た。現在の「草堂」は、後世、杜甫をしたう人々の情熱によって復元された記念館である。緑ゆたかな敷地内には、詩聖をしたう歴代の文人墨客が捧げた詩句や聯(れん)がかかげられている。
*第1行は、清(しん)の何紹基の「工部祠聯(こうぶしれん)」の「錦水春風公占却、草堂人日我帰来」をふまえる。
*第5・6行は、杜甫の七律「登高」の対句「無辺落木・・」「不尽長江・・」をふまえる。
*第7行は、杜甫の詩「自京赴奉先県詠懐五百字」中の名句「棺を蓋へば事、則ち已(や)む」をふまえる。


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七言絶句 2002年(39歳)冬、拙著『京劇』書後に題す
加藤徹,漢詩,漢文,日本,加藤彻,汉诗,古诗,古文,旧诗






























【日本漢字】 題拙著書後。沈酔皮簧二十年。鏗鏘鑼鼓九根絃。曲終寂寞鬼門道、好録群優万古伝。
【繁體字】題拙著書後。沈醉皮簧二十年。鏗鏘鑼鼓九根絃。曲終寂寞鬼門道、好錄群優萬古傳。
【简体字】题拙著书後。沈醉皮簧二十年。铿锵锣鼓九根絃。曲终寂寞鬼门道、好录群优万古传。

  皮簧(ひこう)に沈酔(ちんすい)すること二十年(にじゅうねん)
  京劇(きょうげき)に耽溺(たんでき)して二十年

  鏗鏘(こうそう)たる鑼鼓(らこ) 九根(きゅうこん)の絃(げん)
  にぎやかな鳴りものや多彩な絃楽器の音色に夢中になってきた

  曲(きょく)(おわ)れば寂寞(せきばく)たり鬼門道(きもんどう)
  芝居が終われば、役者たちは橋懸(はしがかり)を通って冥界(めいかい)へ去り、あとにのこるのは沈黙のみ

  好(よ)し群優(ぐんゆう)を録(ろく)して万古(ばんこ)(つた)へん
  せめて本を書き、彼らの記憶を末永く伝えることとしよう


京劇 *拙著『京劇 --「政治の国」の俳優群像(中公叢書)第24回サントリー学芸賞を受賞。2002年11月28日、東京会館での贈呈式の「受賞者あいさつ」で、選評委員の大岡信(おおおか・まこと)先生(詩人)はじめ来賓を前に披露・朗詠した漢詩。
*皮簧=京劇(ペキン・オペラ)の旧称の一つ。「皮黄」とも書く。
*九根絃=旧時、京劇の伴奏楽器である京胡・月琴・南絃子の総称。
*鬼門道=中国式舞台の登退場口の古称。ここでは役者が「鬼籍(きせき)に入(い)る」=死ぬイメージにもかける。

[釈字] =[竹/黄]、竹カンムリの下に「黄」という字、音「コウ」。鏗鏘=[金堅][金将]、金ヘンの右にそれぞれ「堅」「将(の旧字体)」という字、音「コウ」「ソウ」。


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五言絶句 2003年(39歳)5月、長男誕生
加藤徹,漢詩,漢文,日本,加藤彻,汉诗,古诗,古文,旧诗




















詠我児。飄飄征宇宙、九點碧煙吹。欲暫遊塵世、蘧然作我児。
詠我兒。飄飄征宇宙、九點碧煙吹。欲暫游塵世、蘧然作我兒。
咏我儿。飘飘征宇宙、九点碧烟吹。欲暂游尘世、蘧然作我儿。



素材:Web Toy Box 深夜恒星講義
  飄々(ひょうひょう)として宇宙(うちゅう)を征(ゆ)けば
  宇宙をプワプワと旅してると

  九点(きゅうてん) 碧煙(へきえん)(ふ)
  ふと、青い水と白い雲の星が目に入った

  暫(しば)し塵世(じんせい)に遊(あそ)ばんと欲(ほっ)
  ちょっと人間の世界で遊んでゆこうと思い

  蘧然(きょぜん)として我(わ)が児(こ)と作(な)
  パッと変化して、うちの子供になった

[自由訳] 宇宙ヲ旅シテテ 青イ星ヲ見ツケ 遊ビニ立チ寄ッタ天使ナンダネ 君ハ

*九点 碧煙吹く=李賀の漢詩「夢天」の句「遙かに望む斉州九点の煙」をふまえる。
*塵世(じんせい)=わずらわしい人間関係の世の中。
*蘧然(きょぜん)=『荘子』太宗師篇「成然として寐(い)ね、蘧然として覚(さ)む」(造化と大冶の寓話)、同・斉物論篇「則(すなわ)ち蘧蘧然(きょきょぜん)として周なり」(胡蝶の夢の寓話)をふまえる。

[釈字]  「草かんむり」の下に、「劇」の字の左側と「しんにょう」。艸部十七画。ユニコード番号8627。日本漢字音「キョ」。中国語音「qu」の第二声。

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七言絶句 2004年(41歳)秋、拙著『漢文力』書後に題す
加藤徹,漢詩,漢文,日本,加藤彻,汉诗,古诗,古文,旧诗






























題拙著書後。精衛啣枝已幾春。滔滔碧海瀲波新。楚呉辺邑多蚕女、誰学超凡戴晋人。
題拙著書後。精衛銜枝已幾春。滔滔碧海瀲波新。楚吳邊邑多蠶女、誰學超凡戴晉人。
题拙著书後。精卫衔枝已几春。滔滔碧海潋波新。楚吴边邑多蚕女、谁学超凡戴晋人。

  精衛(せいえい)(えだ)を啣(ふく)みて已(すで)に幾春(いくしゅん)
  小鳥が大海をうずめようと努力する「精衛填海(せいえいてんかい)」の伝説があるけれど

  滔滔(とうとう)たる碧海(へきかい)瀲波(れんぱ)(あらた)なり
  両国のあいだに広がる海は今も深く、新たな波風が絶えない

  楚(そ)・呉(ご)の辺邑(へんゆう)蚕女(さんじょ)(おお)
  草の根レベルの経済交流がこじれて国どうしの戦争になった例もある

  誰(たれ)か学(まな)ばん 超凡(ちょうぼん)の戴晋人(たいしんじん)
  今から誰か、世に平和を訴えるための勉強をしておかないか

漢文力

*この詩は拙著『漢文力(中央公論新社)の巻末に手書きで書きつけた詩。
*精衛填海=『山海経』に載せる伝説。昔、炎帝の娘が東海に遊んで溺死した。娘の魂は「精衛」という鳥に生まれ変わり、自分を溺死させた大海をうずめるため、白いくちばしに小枝や小石をくわえて海に運び続けた(続けている)という。この成語は、中国語では今も、根気よく努力を続けるたとえとして使われる。
*瀲波=さざ波。ここでは「珠海市での日本人集団売春事件」(2003)や「重慶市での反日ブーイング(サッカー・アジアカップ)」(2004)などをはじめとする近年の事件を指す。
*楚呉辺邑多蚕女=『史記』に載せる「卑梁の桑」の故事。楚の平王のとき、呉と楚の国境の村が共同で蚕(かいこ)を飼っていたが、桑の葉をめぐって女たちが喧嘩し、それがエスカレートとして呉楚両国の戦争になった。お互いの国民感情が冷え込んでいるのに経済交流だけ過熱すると、戦争の火種になりかねぬという歴史上の教訓。
*戴晋人=論客の名前。魏の王を舌先三寸で説得して戦争を未然に防いだ。『荘子』の「蝸牛(かぎゅう)角上(かくじょう)の争い」の故事に出てくる。



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漢詩参考リンク



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