2004年 新潟県中越地震


11月07日 真優ちゃん収容現場(1112変更)

あれから三年。


宣伝:このほど「2004年新潟県中越地震体験記録集 谷高生のさけび」が発行されました。

「・・・地震が発生した後すぐに電気が消えて、非常灯の明かりだけになった。ほこりが天じょうから降ってきた。揺れが少しおさまったら、物の下敷きにならないように、店の中の通路の所へ行って、お母さんと妹と3人でくっついてしゃがんでいた。・・・」(生徒の体験記から引用)
ご希望の方は、ゲストブックに記入、または下記までご連絡ください。
製本:位下印刷(〒947-0054 小千谷市若葉3-137)

中越地震関連リンク集('05/03/07更新)−−−−−−−−−−−−−−−>表紙に戻る

基本的な情報は・・・Yahoo!ニュース - 新潟県中越地震NHKニュースand新潟県中越地震 - Wikipedia
各地の情報は・・・被災中心地たむぎやま日日新聞長岡市地震情報、山古志情報はこちら
学術関係は・・・・・・Hi-net内2004-10-23 新潟県中越地震、地元・新潟大学調査団の報告は  
カマキリは地震も予知してた?・・・・「カマキリ博士」株式会社酒井無線 -GIGA BIT STREAM-

そして来るべき東海地震に備えて・・・紀伊民報AGARA(アガラ)

11月22日 中越地震前兆現象(暫定版)11月29日更新しました。
 
 中越地震の震源に近い小千谷高校で、地震前(後も)の宏観異常現象の有無についての調査結果のグラフを紹介します。今月16〜17日調査、図をクリックすると最新版へ移動します。

2002年度に作成・使用した資料の一部です、10枚のうち4枚分。

 1995年以降、様々な機会を利用して長岡地震の可能性に言及しましたが、今回の震源断層については資料がなく、長岡市が「震災シミュレーション」を作成、公表していた悠久山断層を想定して授業を行いました。被災中心地である小千谷市、川口町、山古志村が震災対策を進めていたかどうかは確認していません。

過去の地震一覧・・・・・・・日本、世界、新潟県の主な過去の地震
地震はなぜ起こる?・・・・プレート運動、活断層、空白域
地震予知の現状・・・・・・・地殻変動、地震の周期性、空白域
地震予知の可能性・・・・・兵庫県南部と日本海中部地震の前兆

2006年10月20日 NHKローカルで「谷高生の叫び」が紹介されました。

2006年9月23日中越地震の死者67人に 新潟日報 NIIGATA NIPPO On Line

>県は22日、中越地震による死者が67人になった、と発表した。長岡市と燕市が、災害弔慰金支給審査委員会の判定を基に、男性1人、女性1人の計2人を認定し、県に報告した。
 県によると、長岡市の男性(90)が地震によるストレスで体力が低下し、肺炎および心不全急性憎悪で2004年12月中旬に死亡。燕市の女性(65)は地震後ショックにより容体が悪化し、慢性心不全急性憎悪、肺高血圧症憎悪により、2004年10月下旬に亡くなった。
−−−−−新潟日報2006年9月22日
 正直「まだやってるんだ」かなあ。でもないか。川口の「和楽美の湯」で、隣の客が地震の思い出を語っていた。ちょうど温泉につかっていたらしい。「揺れる中、なんとか服を探し、みなで朝まで身を寄せ合っていた」と。「帰り道がなかった」とも。あの日、川口は他へ通ずる道路がすべて崩壊し、孤立した。蓬平温泉も同様だったようだ。まだ昔話じゃない、ついこないだの話のように、あちこちで語られている。我が家の壁はあの日から割れたままだ。

2006年7月12日Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - 新潟中越地震:地震後に亡くなった被災者、2人を関連死と判断−−長岡市 /新潟

 死者65人になりました。
 二度目の夏を迎え、それでもまだ復旧工事は続き、朝の渋滞は相変わらずです。妙見の崩壊現場は来春まで通れないのかなあ?片側交互で良いから、早く通れると良いな、でも再崩壊で二次被害は認められないだろう。ところで、明日は水害から二年。

2006年5月2日 NIIGATA NIPPO NEWS「中越地震の余震が1000回に」

 未明の地震が記念すべき?有感1000回目か。っと、長岡市内の我が家は揺れたけれど(直下型の縦揺れではなく、むしろゆっくりと長く)、気象庁発表では長岡は有感じゃないな。この書き込みは、あとで「中越地震のページ」に移します。今日の小千谷は桜吹雪。

2006年3月某日 山古志へ行きました。
 二度目の春、震災以来初めて、旧山古志村に入りました。二度の豪雪で、道路は段差&崩壊だらけ、本格的な復旧はまだ先だなあと思いました。


工事があちこちで

先は崖崩れ、左の車庫は壊れてる

車庫の土台が半分ない

新幹線トンネル付近の崩壊

巨大な岩が

道路の先は妙見の崩壊地

毎冬のことながら大量の雪。

2月1日 Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 中越地震の関連死…新たに8人認定、59人に
 いつまで続くのだろう?


9月16日 Yahoo!ニュース - 共同通信 - 中越地震の死者49人に 長岡市の70歳女性
 去年の今頃、悠久山群発地震があり、その直後に鋸山に登った私は、原因不明の高熱に苦しんだ。稲藁焼きは禁止されたのに、ノドがいがいがする異臭が漂っていた。間もなく一年。

9月2日 防災の日、六本木ヒルズ
 昨日は1923年関東大地震を記念しての防災の日、各地で防災避難訓練が行われた模様ですが、訓練のための訓練では役に立たないことは、実際の災害で確認済。
 それにしても(今さらだが)中越地震で六本木ヒルズのエレベーターが停止、損傷したとは驚いた。東京からは遠方の局地地震、あの程度でこれでは、近くの巨大地震で高層ビルはどうなる?まあ先日の震度Xでも大変だったわけだが。高層ビル住民にとっては、「被災後三日間の生存」の前に、「孤立する上層階」からの避難、あるいは「上層階での孤立」避難生活が問題だ。無計画に都市化が進み、変容する災害に追いつかず、防災対策は遅々として進まない。1828三条地震>>1847善光寺地震、来るべき「隣の」大地震に備えは十分だろうか。勿論(たぶん)その前に宮城県沖地震、そして東海南海巨大地震。

5月10日 Yahoo!ニュース毎日新聞 - 新潟中越地震:震災被害、いまも拡大中 道路陥没、連日10件も−−長岡 /新潟
>◇8割以上が応急復旧個所
 中越地震の被災地・長岡市で道路の陥没被害が頻発している。毎日約10件の被害情報が市に寄せられているという。一度応急復旧した場所が再び陥没するケースが多く、埋設されている下水道管の周囲の土砂が地震で緩んでいるのが原因らしい。19年ぶりの大雪が解け、やっと春を迎えた同市だが、震災被害は今も拡大中だ。【野崎勲】
 ◇下水管の周囲に集中
 同市道路管理課によると、地震直後の道路被害は、市道や農道など市の管理部分だけで合わせて1317路線1922カ所に上った。このうち陥没は1305カ所だったが、市はそれ以外の損傷個所も含め1621カ所の応急復旧を1月末までに終えていた。
 だが、雪解けを迎えた3月末から再び陥没が増え始めた。旧長岡市のエリア内だけで現在約1500路線で被害が確認されている。8割以上が応急復旧後に再び陥没したケースという。数が多いため、市は地点数の把握をあきらめ、路線ごとに担当業者を決め、アスファルトで埋める応急工事を進めている。
 同課によると、陥没するのは下水道管が張り巡らされている場所がほとんどで、地震被害の大きい市東部で目立っている。揺れによる液状化で下水管などの周辺に空洞ができ、気温上昇で軟らかくなったアスファルトが、車の重さに耐えられなくなっているらしい。
 担当者は「本復旧は、下水道やガスなど埋設関係の工事が終わってから。秋口までにはメドをつけたいが、年度内には消化しきれないかもしれない」と話している。

 柏崎から小国経由で越路へ抜ける途中、塚山の手前で国道が渋海川へと崩れて片側交互。小さな陥没はあちこちに、波打つ道路もそのままで楽しい危ないったら。4月23日に「地震から半年だなあー」と言ったら高校生が「えーまだ二ヶ月くらいしか経ってないと思ってたー」と。

4月15日 毎日新聞 - 新潟中越地震:長岡大卒業・阿部さんの卒論、市復興委が活用へ /新潟
>地震直後は、避難場所を探し、食料を集めるのに精いっぱいだったという。電気もなく、ラジオを持っていないため、情報は役場と口コミのうわさ話に頼るしかなかった。発生から4日目に新聞を手に入れ、やっと自分が経験した地震の概要がわかったという。
 その後も情報不足は続く。テレビは大きな被害があった現場のニュースばかりを流し、必要な情報を伝えてはくれなかった。「被災者の感覚とずれている」。情報がないと、今後の見通しも立たない。大きな不安を作り出したこの状況をまとめてみようと思った。

 我が家で停電から復旧したのは24日深夜だったかな?ラヂオもないって、自分も近所も車すらなかった?私は23日〜24日は車のラヂオに頼りました。ラジカセはあったけど、電池がなかった。反省。
 テレビが「必要な情報を伝えてはくれなかった」はそうだな。「感覚がずれてい」たのではなく、何を報道すべきかわからなかった。想像力のある責任者を欠いていた。それにしても、防災教育の遅れを痛感させられた。中越地震が近い将来に起こることも、起これば山が道路が崩れることも、予想されていた。どう備えるべきかもわかっていた。周知徹底する努力が、決定的に欠如していた、私も含めて。この次、近々起こるべきいくつかの地域は、しっかり地震に備えてください。地震を止めることはできないが、心の準備も含め、できることはたくさんあります。

4月7日 震災風化?
 いつの間にやら、Hi-net内2004-10-23 新潟県中越地震の「一日毎の震源マップ」が表示されなくなった。五ヶ月を過ぎた今でも、有感地震は相変わらず一日一度くらいの発生が続いている。無感を含めた地震回数は毎日30回程度で、3月後半に減少していたが4月に入って再び増加しているようだ。このまま隣の地震に突入、なんてないよなあ?

3月17日 中越地震による死者46人に新潟日報
>県は17日、中越地震による死者数について新たに6人を追加し、計46人に修正すると発表した。過労とみられる交通事故で死亡した古志山古志村職員やボランティア活動後に肺炎で死亡した中頚妙高高原町の食堂従業員も認定された。

 ようやく認定されたか、2月19日に「44名じゃないか?」と書いたけど、その後に病死者がお二人追加されてたから、合計46名に納得。もちろん、納得しても犠牲になった方々が蘇るわけもない、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。自分と家族が生き延びている事に感謝。
 でも、本当は震災による過労などで亡くなった方は、もっと大勢いると思います。知人の家族にも、明らかに震災(家屋全壊)のダメージで健康を害した結果、亡くなった方がいますが、震災犠牲者には数えられていません。11月以降、小千谷市などでは毎月の死者が例年の倍くらいになっているらしいから、実は100人を超えているのではないか?

3月2日 関東大震災は中越地震のように余震が多かった鹿島建設株式会社小堀研究室 地震地盤研究部長 武村 雅之
>それから、関東地震はもう一つやっかいな特徴があります。本震の大きさは日本一ではない、もっと大きい地震は幾らでもあると言いましたけれど、実は余震は多分世界最大、最大というのは変ですね。世界で一番多く、規模の大きな余震を起こした地震ではなかったかと思います。次のスライドで、これが関東地震の断層の位置なんですね。こっちからプレートが潜り込んでいて、こっちが深くて、こっちが浅いんですけれど、本震の断層面でよく滑ったところは大体この辺だということがわかっているんです。その周りを囲むように大きな余震があります。マグニチュードを見てください。マグニチュード7クラスの余震が6つです。マグニチュード7クラスというのは、数年前に起こり、阪神・淡路大震災を起こした兵庫県南部地震と同じ規模です。その規模の余震が実に6つも起こったわけです。

 本震M7.9(8.1)の直後にM7級の余震が2回、翌日にM7.6、そして翌年1月15日にM7.3。本震がM6.8、余震もM6級の中越地震とはスケールが違うけれど、強い余震が長く続いたことは共通する。中越余震もまだまだ安心はできないかな?

2月19日 地震被害者42名に(新潟日報朝刊記事)
 南魚沼市と川口町で2名の犠牲者が追加されたという。Webにはまだ見つからず。過労事故死の山古志村役場職員とキノコ工場片づけで病死したボランティアも犠牲者だと思うが、それなら44名。
 今週の気温上昇で雪崩が多発、これは雪害?雪害犠牲者は新潟県だけで20名を超え、県豪雪対策本部が設置された。高柳の雪崩は7.13水害で斜面崩壊、中越地震で地盤が緩み、そして豪雪で発生したという。

1月22日 長岡市立上組小学校
 土曜日に全日参観、を見に行きました。
 上組小学校は一三五年生の建物が大規模破壊で立ち入り禁止、学校再開後しばらくは図書室などを利用してましたが、左画像の仮設校舎が完成して仮設教室を利用中。ちょっと覗いてみましたが、いかにも「仮設」だし、それに溶剤臭がプンプン。化学物質過敏症(シックハウス症)になるのでは?と心配です。とはいえ、この寒いのに窓を開け放つこともできないし、空気清浄機の設置を要望するしかない?ブレーカーが落ちそうだなあ。すきま風は大丈夫?
 仮設校舎がいつまで続くのでしょうか、夏になれば今度は灼熱地獄でしょう。学習空間にはほど遠い姿、まだ「青空教室」の方がマシかも。

1月21日 大雪、再建の難しさ
 先週は大雪で大変でした。電車は走らない、道路は渋滞、山古志や小千谷市東山地区は被災家屋が雪に潰れる。地震による休校で、冬休みが半減したのに、雪による交通麻痺だまた授業カット、まさに踏んだり蹴ったり。新潟県中越地震・雪氷災害調査検討委員会は、震災と雪害の複合災害と位置づけていますが、全くその通り、復興もままならない。
 ところで、小千谷のある書店は、地震で建物全損、一時は廃業を決意したが思い直して再建に向け奮闘しています。壊れた建物の解体に1000万、再建には5〜6000万円くらい必要だそうですが、母屋は半壊認定で、所得制限のため再建支援はたったの25万円。「ゼロどころかマイナスからの再建だ」と嘆いていましたが、たぶん自営業者はどこも似たり寄ったり、それで再建を諦めると中心街はゴーストタウンと化してしまう。何とかならないだろうか?篤志家の投資に期待するしかないのか。


体育館の雪下ろし

周囲の雪は2〜3m

雪に埋もれた中庭のヤツデ

1月6日 新年の小千谷高校
 年末の余震の影響か、校舎のひび割れがひどくなっています。右は特別棟の柱、剪断破壊と思われますが、倒壊の危険はないのでしょうか?

2005年1月05日 川口町長「ボランティアに翻弄されている」?(新潟日報朝刊より)
 最大の激震地の一つ、川口町の町長が、仕事始めの挨拶でボランティアを敵視する発言をくり返したらしい。
 川口町と言えば、町の対応が遅く、全町民を戸外に避難させたり河川増水で移転させたり、いろいろ批判されているらしい。惨状を見かねたボランティアの方々が自主的に「被災地新聞」を発行したりでようやく復旧へ動き始めたかと思えば、この不協和音。知人も自身が被災者でありながら川口ボランティアに関わっているが、これでせっかくのボランティアが手を引くようだと、結局は被災町民が困るだけだと思うなあ。東京から毎週通い、交通費だけで数十万円を費やしている篤志家もいらっしゃるというのに、善意を逆なでする暴言。軋轢があるにせよ、発言は時と場所と内容を吟味してもらいたいなあ。残念!!


2004年12月24日 Yahoo!ニュース - 社会 - 毎日新聞
>新潟県中越地震で被災した川口町のキノコ工場でボランティア活動をし、カビなどの吸入で発症したとみられる肺炎で入院していた男性が24日午前、死亡した。
 ・・・ご冥福をお祈りします。古い鉄筋コンクリート建物で作業や避難で、石綿(発ガン性)を吸い込んでしまった方もいるかもしれない。地震など災害に備えて、ボランティアの「自己責任」に頼るのではなく、高度の専門性を有するチームを用意することは困難なことだろうか?予備役の軍人のように、定期的に訓練を受け、普段は他の仕事に従事し、「いざ」という時は救援隊を結成する。現状では代替としての自衛隊に頼らざるを得ない、消防レスキューではあまりに手薄。国家財政が破綻寸前で公務員削減が提案されているようでは無理か。日本は公務員が少ないのに。

2004年12月23日 震度W
 21時過ぎ、くつろいでいたら大きな地震、他の震源の大地震かと思えば中越余震だった。震央は11月初めに集中した栃尾市と旧守門村の境界付近、長岡市が震度W。11月末から有感地震がすっかり減ったと思っていたが、今週はちょっと復活気味?でも地震回数は確実に減少している。
 ところで、一昨日、山古志村役場の方が自損事故、昨日亡くなった。全村避難以来、激務が続き、上司に「休め」と言われても不眠不休で働いていたようだ、震災関連死じゃないだろうか?復旧に最大限の尽力は尊いが、命を失っては元も子もない。「一日も早く元通りの生活を」と言いたくもなるだろうけど、ゆるゆるとやりませんか?先は長いんだから。

2004年12月19日 山古志の思い出
 地震前の山古志の写真を少しアップしました。年賀状に使うためスキャンしたものです。

12月05日 山古志村避難所の一つ、長岡明徳高校へ行きました。
 ここは連合チームが三泊四日交替で運営支援ボランティア、私は微力ながら地元からの応援。昼まで北海道から六人、ご苦労様でした。台風崩れの低気圧の嵐で帰りの飛行機が欠航、無事帰り着かれたでしょうか?交代で入ったのは関西の三人、北海道勢によると「六人でも大変だった」そうです。他の一般ボランティアの配属はなく、夜間警備が大変だそうです。大阪から?餅つき慰問、そして児童ケアの大学生ボランティア。問題は泊まり込み運営スタッフ、他の避難所はどうかしら?
 物資は十分ありました。自衛隊支給のお昼は意外に?減塩食であっさり味、ご飯はふっくら炊けてるけど日本一おいしい山古志米を食べていた方々にはどうだろう?あの棚田が崩壊したなんて・・・分校時代の教え子に再会、すっかり大人になって驚き、そして「先生の言った通りの地震が来ましたね」に絶句。予測していても止めることはできない。
 避難されている方々は283人だったかな?長期集団生活は大変そうでした。7日から仮設住宅への移動が始まるとのこと、最長二年の期限を心配する声がありますが、過去の災害でも延長が認められているはず。


連合ボランティアスタッフ

受付あたり

壁に掲示の水没地区の様子

自衛隊支給の昼飯

自衛隊

餅つき慰問、大阪から?

12月02日 次の地震
 黙って様子を見ようかとも思ったけれど、そうもいくまいと思い直して。地震予知実績で定評ある、串田さんの八ヶ岳南麓天文台地震前兆観測研究センター公開WEBが次の地震について、予知情報を公開しています。年末から年明けにかけて、北陸周辺で大地震が発生しそうな前兆があるという。外れることを願わずにいられない。大きな地震なら、ここもまたけっこう揺れるな。
 下の画像は小千谷駅前の復興作業と、長岡市ユニオンツールのイルミネーション。

12月01日 余震減衰
 Hi-netの中越地震特集に、一日毎の余震分布図があり、毎日の余震数がわかる。11/26まで毎日100回を超えていた余震が、27日81回、28日95回、29日67回、30日は59回。今日は少し多めみたいだけど、順調に減衰している。1943年鳥取地震のように、忘れた頃?に大きめの余震もありうるけれど、全体的にはもう大丈夫だろう、中越は。

11月25日 震度七川口町の様子
 十日町へ行く用事があり、震災後初めて、川口町を通ってみました。凄まじい被害に絶句。
 魚野川合流点付近を見て、国道17号に戻って堀之内から252号線と思っていましたが、川口〜内ヶ巻〜岩沢線の地割れや崩壊がひどく「ここを戻るのはやだなあ、強い余震で崩壊したらどうしよう?」と悩んでいたら、川井大橋から117号へは出られることがわかったので、そのまま十日町へ抜けました。なるほど、この地域はなかなか自宅へ戻れる状況じゃない、雨や雪で道路が塞がれば真冬に孤立集落が出現する。魚沼橋左岸取付部の陥没が不気味でした。
 十日町市内も散発的に被害あり、長岡市南部に似た状況かなあ?十日町時代に住んでいた町内はまだ避難勧告中、よく食事に行ったぺぺロッソは定休日の看板がなかったけれど営業してない?内ヶ巻駅近くに取り残されたディーゼル車はいつ再走行できるだろう?


小千谷市内ヶ巻、斜面崩壊

あの日のまま、飯山線

上越線復旧現場

信濃川左岸の崩壊

十日町市田川町

十日町シルクモール

11月24日 地震発生からひと月
 昨日23日は地震発生からひと月、小千谷市では合同慰霊祭が行われました。
 それにしても今年は1964年新潟地震から40年、記念行事を行う一方で、次の地震を警戒する動きもあった筈ですが、住民には防災意識が高まらないまま今回の震災となりました。例えば新潟防災まちづくり研究所。もちろん、自然に対して「40周年の節目」なんて偶然以外の何者でもないけれど、防災対策を進めるチャンスだったと思う。不景気を理由にするかもしれませんが、じゃあバブル全盛の30周年で防災対策は?広域消防本部は「1670西蒲地震、1828三条地震、約150年周期の次の地震に備えるべきだ」と、問題意識は持っていたようですが。
 「いつ起こるか分からない直下型地震に備えるのは非現実的」という意見がありますが、M6超級の地震は過去約500年に12回、再来周期は42年。今回の被害額は3兆円だから、毎年700億円。耐震補強や避難態勢の構築に、例えば毎年10億円払えば、被害が半減していたとしたら、どちらがお得ですか?これは「たばこ税の売り上げとたばこ害による医療支払いのどちらが高いか」ってのと同じ。「原発のメリットと再処理や事故の損害のデメリットはどちらが高いか」とか。

11月22日 真黒熊象さん/新潟県中越地震1995・2000時点予測を発見して。
 ネットで確認できる事前予測としては、一番まとまっているので紹介します。右図は上記ページの予測地図を一部抜粋、地名を書き加えました。ごらんの通り、予測震源域の南半分が今回の震源そのままです。とはいえ、同様の予測は他にもあちこちみられましたが。松代群発地震まで遡って関連づけているのは面白い。
 ところで、真黒熊象さんて、あの・・・

11月20日 長農祭(長岡農業高校文化祭)
 地震により延期されていた長農祭が、縮小版ながら実施されました。一度は中止の決定が、生徒の熱意により実施にこぎ着けたそうです。お目当ての酒まんじゅうは早々に売り切れていました。残念!体育館の崩壊した壁が痛々しい。

11月17日 余震活動低下
 11月08日の余震?から活発化していた余震活動も、本格的に低下したようです。今週は穏やか。昨日の中里村の連発も、当初は余震と報道されましたが、その後は違う活動のニュアンスで受け止められているようです。そして今日は下田村。周辺の活発化は、不安要素でもあるのですが。
 なお、週刊現代11/27号に紹介されている電気通信大早川教授によれば、宮城県〜福島県沖の前兆データが出ているそうです。いよいよ宮城県沖地震か?なにしろ「30年以内確率98%」ですから。
 右の画像は11月15日朝、大渋滞の長岡バイパス妙見町付近。悲劇の大崩壊現場はこの先左手です。道路は渋滞、路面は凸凹、来るべき冬の雪道はいったいどうなってしまうのか?それなのに、被災地の学校では冬休みを削る動きがあるようです。「震災休校分の代替」って、被災した上、年末年始も我が家でのんびりすることを許されないなんて!


11月17日 東小千谷小学校校庭

11月14日 犠牲者は何人?
 11日に判明した方を加え、新潟県公式発表は死者40人。ところが、アサヒコムでは41人、なぜ?ところで、災害当初の週刊誌によると、全村避難の山古志村では倒壊家屋の下敷きになったままの人がいるらしい(例えば週刊新潮11/04日号28頁)。これは40人の中に数えられている山古志村の犠牲者2人higai1114_0900のことだろうか。また、長岡市では毎日数人の方々が亡くなっているが、通常の病死なのだろうか?震災の影響はないのだろうか?11日に判明した40人目の方は、10月28日に亡くなり、その後に震災の影響と判定されたらしい。

11月12日 画像の追加
 11/07の撮影画像(ネガからスキャン)を追加しました。


遺体収容後、無惨につぶれている車


遺体の搬送1

遺体の搬送2

崩壊現場上部の巨岩

すこし上流側の地滑り

群がる取材陣など

10/23深夜の月と雲

11月11日 11月07日付福島民報 - 論説について

>先日、佐賀県西有田町の方々と話していると“今度の地震でも水田のあるところでは土砂災害は起きていませんよね”と言われた。確かにテレビや新聞で見る限りではそうである。実はこの西有田町は盛大な棚田をしっかりと守ってきたのである。

 さてさて、筆者は山古志村の惨状を全く見てないらしい。山古志村を筆頭に、今回の被災地では山崩れ・地滑りが多発しているが、それは棚田も例外ではない。今日のYahoo!ニュース - 社会 - 毎日新聞によると、魚沼コシヒカリの水田が、地域によっては9割以上も、被害を受けている。まさか「崩れたのは手入れが悪い棚田だ」と開き直って被災者の気持ちを逆なでするんじゃないでしょうね?
 それでは開発を全く受けていない自然地形なら、崩れないか?まさか!地球誕生以来、造山運動による隆起と、それに対する雨水と川の浸食、および地震など地殻変動による地形の変化により、現在の山と谷が形成された。削られ、崩れたから谷がある。そして平野は、洪水が氾濫するからこそ形成された。大変な災害につけ込んで、誤った論述を展開すること、おれおれサギのハイエナのごとし。

 上陸記録大幅更新の台風、台風以外にも集中豪雨、そして中越地震。今年の災害頻度は、例年に比べてどれくらい「特別」なのだろう。日本国の伝統なら天変地異は天子の不徳、平安の世なら改元するか太政大臣が引退するか。まさかイラク死者10万人の亡霊、じゃないだろうけど。残りわずかな2004年、無事新年を迎えられるか?

11月08日 学校再開、11:16余震M5.9!
 小千谷市、越路町、堀之内町など、最後まで休校の続いていた地域も今日から学校が再開されました。お互いの無事を喜んで一安心。
 と思ったら強い余震、震央はこれまでの震源域の北東端、守門村山古志村栃尾市の境界付近。守門村で生き埋め、栃尾市で園児が怪我。特に揺れの強かった守門村や栃尾市の小中学校は、初めての学校での大揺れでパニックにはならなかったでしょうか?大勢が集まると、「赤信号みなで渡れば・・・」で危険箇所や立入禁止場所へ近寄ることが心配。相手が人間ならワガママも通るかもしれませんが、自然が相手ではワガママは通用しません。くれぐれも用心を。被災地域は、イラク並みに危険です。

11月06日 24時間内に2万人投入…南関東地震に備え自衛隊計画(Yahoo!ニュース - 社会 - 読売新聞)
 災害多発の今年、自衛隊の皆さんには本当にお世話になっています。イラクなんぞへ行く暇がないほど忙しいことと思います。いっそ「災害救助隊」、国際貢献では「国際救助隊」と名乗れば、ロケット弾も飛んでこない?
 今日は天皇皇后両陛下も被災地[長岡>小千谷>川口]を行幸されました。

11月05日 新潟日報一面記事
 地震予知連によると、10月23日1756本震と、1824のM6.5、そして27日1040のM6.2は、それぞれ異なる断層の活動。そして今朝の0800からのテレビ(日テレ系だった?)出演者が解説、「兵庫県南部地震は“本震”中に3つの断層破壊が連続した、中越地震では最初の三十分間を“本震”と考えれば良い」と。昨日の余震はさらに西と思ったが、どうやら本震断層面の深部らしい(Hi-net)。それより、その後の小さな余震?の震源がずっと北の下田村、ちょっと心配。今のところ守門岳は活動の気配なし。
 ところで、同じ日報記事に1998年2月21日M5.2に言及、気象庁は「先行地震だったかどうか分からない」と答えたらしいが、当時の私の日記を紹介します。私は今回の北隣の領域、悠久山断層を心配していた(いる)。小千谷高校はこのときに(も)壁が割れたらしい。
 朝、9時半頃か、地震。学校は震度Vくらい、公式には山古志は震度Wで、他にも魚沼を中心に震度W。震源は、小千谷と川口の境界付近。雪崩があったり、落下物で負傷者が出たり。オリンピック会場でも、有感。問題は、これが予想される長岡地震震源域の隣、ということ。北の隣は、二年前の北部地震。南隣が、今日の地震。これは、明らかな前兆現象だ。怖い。

11月04日08:57 余震M5.2
 月が替わり、そろそろ余震も減って自宅へ戻る人が増えてきた矢先、久しぶりの強い地震、越路町と三島町で震度5+。
 折悪しく長岡市立学校は今日から再開、十日ぶりの学校で再会を喜ぶ暇もない、こどもたちはたいそう驚いたでしょう。小千谷市では、再開を目指して市立学校長会が開かれている最中の余震だったようですが、さて学校再開はどうなった?そして復旧への影響は?
 昨夜から断続的に激しい雨、今のところ(14:43)新たな土砂崩れは報道されていませんが、土砂災害が心配です。

10月31日 発震から一週間
 23日夕刻、突然の縦揺れから始まった中越地震災害もはや一週間、二度目の週末。明日から授業再開の学校も多いようですが、ちょっと不思議なのが長岡明徳高と小千谷西高。近隣他校はまだ再開せず、交通手段も限られているのに、生徒がどれだけ出席できるのでしょうか?「来れない生徒は公欠でよい」なら、そもそも休校の必要はなし。教科書は、制服は、そして昼食の用意は。もちろん、生活の回復した(あるいは避難中でも)生徒には授業再開で友人との再会は朗報ですが。
 ところで。発震翌朝の24日、前夜からずっと続く余震にふらつきながら玄関を開けると(全市停電の暗闇)、いつも通り朝刊が配達されたことには感動しました。でも、台風22号の千葉、23号の大分では新聞配達員が犠牲になったのでは?もしかして「死んでも配達しろ!」って強制されているのなら、なんてひどい強制労働でしょう?

10月30日 画像追加
 原信小千谷駅前店は一階がかなりの被害、復旧は難しそうです。本町通には倒壊家屋もありますが、見たところ大被害ではない様子、車も通れます。そして、避難先の新潟市の平穏な秋を1つ。
 川口町の震度計が計測震度七(6.5)を記録していたことが確認され、1995年兵庫県南部地震以来の震度七、計測震度では初とのこと。でも小千谷市内の小学校でも震度七、山古志も家屋の大半が倒壊しているようだから旧定義の震度七でしょう。「阪神大震災ほどの倒壊率じゃない」と疑念表明の学者さんもいるようですが、あばら屋では3〜6mの豪雪には耐えられない、この地域の山間部の家屋はもともと震度六強なら耐えられるでしょう。それに、新築家屋は「震度七にも耐えられる」と宣伝しています。だから計測震度を導入したんじゃないの?追記。川口役場周辺は全壊率17%、旧定義では30%未満だから震度六。――いや文句言う奴はタイムスリップしててめえが経験しろっての!


原信小千谷駅前店

小千谷市本町通10月29日

新潟市西大畑公園、紅葉風景

10月28日
 一夜明けて、奇跡の救出は再現ならず、母娘は悲しい発見。ライフライン復活など生活再建は進むが、今日も地鳴りを伴う余震が収まらない。「まだ震度六があるんだよね〜」気象庁の余震予測が逆に不安を招いている。「怖くて寝てらんない」

越の大橋左岸の地割れなど、クリックすると拡大します。(他の拡大画像がお望みの方は連絡ください)

左岸の橋真下の地割れ

左拡大、車の底をこすった

同左、全体

橋下路側の泥水噴出あと

遊歩道の泥水噴出あと

川岸の段差

泥水噴出のあと

噴水口、径40cm

噴水口列

小粟田付近
他にも被害画像の追加

小千谷駅前サクライ写真館は無事

アパート倒壊、隣が崩壊。

長岡市長生橋右岸南側

10月27日 10時40分震度六弱
 久々の大きな余震、M6.0、広神村は震度6−、長岡は震度5+。昨日は余震が少なかったけれど、今日は未明から余震が多い。
 小千谷市さくらい写真店が倒壊、桜井さんは無事らしい。昨夜はNHKが越路町の避難所を映したから、救援物資の不公平が少しは解消されるかな?昨日は「そろそろ自宅に戻る人が増えるかな?」と思ったけど、これで逆に避難者が増えるかもしれない。

 午後の母子三人救出中継、固唾を飲んで見ていました。奇跡的に男子生還、でもお母さんはほぼ即死、女子も生体反応なしと。当初は「女性の声が聞こえた」の情報、お母さんが男子をずっと守っていたと思うのは神秘主義でしょうか。午後の余震は長岡の揺れが激しく、ずっと怯えていました。毎晩、寝ようとすると余震が続く、さて今夜は?

2004年10月26日 救援の不公平
 テレビなどの報道に左右され、被災地への援助物資等の供給に不公平が生じているようです。
 小千谷、川口は確かに大変です。長岡も4万人以上が避難していて、山古志村民2000人が加わりました。ところで、長岡の隣、越路町は全町民が避難しているけれど、報道されないからほとんど救援物資が届かないようです、「絵になる情報がない」から。堀之内町、十日町市などはいかがでしょうか?新潟県、あるいは長岡市などが被災地情報を統括することを望みます。県のHPは一方的な発表ばかりで、情報のやりとりができない。また、援助に必要な道路情報も不十分だと思います。

10月26日 「六日町断層」動く? 地震の原因との見方、有力に
(記事引用)新潟県中越地震は、震源の南側にある六日町断層が動いて起きたとする見方が、研究者の間で有力となってきた。余震活動や地殻変動の観測などと矛盾が少ないことが理由。同断層は、政府の地震調査研究推進本部がマグニチュード7級の地震が起きる恐れがあるとして、8月に他の10断層とともに地震発生確率などを評価する断層の候補に加えたばかりだった。(asahi.comより、右図も)

六日町断層か、大きく見ると「新発田〜小出構造線」を形成する断層の一つ、あるいは構造線を構成する地溝の西側境界線断層、ですね。北側延長は月岡断層につながり少なくとも新発田まで、南は塩沢町石内まで。となると、2001年1月4日塩沢地震M5.1は断層南端の前兆かなあ。南への延長、大和町〜六日町は1904年六日町地震があるから、続発を心配するなら北側延長かなあ。1828年三条地震で応力が解放されてるなら、あとはもっと北かなあ。守門岳への影響、はよけいな心配か。
 追記、広神村滝の又地区で連続する段差発見、小平尾断層の活動との情報も。これも六日町断層の北延長。

 死者26人、負傷者3000人ほど。天候悪化で避難者が増え続けており、辛い避難生活で死者はもっと増える心配がある。それから、山古志村などで土砂崩れにより川がせき止められているが、せき止め土砂が決壊して山津波が発生する恐れが高まっている。
 夕刻追記、行方不明だった母子三人の車が上画像の崩落現場で発見された。対岸からはトラックらしきものも見える、車三台が崩落に巻き込まれたらしい。また、新たな病死者を加えて、犠牲者は31人に。


10月26日、近所を回りました。同じ小学区内に崩壊家屋があることを知って驚きました。
脱線した新幹線も学区内ですけどね。我が家の南東に見える金倉山の向こう側は山古志村と小千谷市東山地区、震源域です。

長岡市豊詰

脱線した新幹線

我が家から金倉山、震源は山の向こう

10月23日17時56分 中越地震
 中越地方を震源とするM6.8の大地震、小千谷市で震度6+(7?)、長岡市は震度6−。揺れが収まり、助かったかと胸をなで下ろしたのも束の間、18時12分にM6.0、18時24分にもM6.5など、震度5+以上が既に10回。

発震直後、我が家の室内。縦揺れのため重い家具が倒れずに済み、物が落ちたくらいでした。

居間。寝転んでネットサーフィン中に地震。

こども部屋。ベッドが30cmほど移動。

クロゼット。固定しない棚が落ちた。


長岡市妙見から崩壊現場

道路ごと信濃川へ

ここは信濃川の隘路。増水が怖い

対岸から、右小千谷市、左長岡市

対岸からのアップ

横渡でも崩壊

崩壊現場の取材陣

小千谷駅の北1kmほど

長岡市妙見

長岡市向島新田

長岡市十日町長岡バイパス

小千谷市内

長岡市高島町の液状化

長岡市向島新田

長岡市三俵野

長岡市妙見

長岡市妙見

小千谷市旭町


小千谷高校生徒玄関、生徒がいたら・・・

小千谷高校内

小千谷高校内

長岡市上組小、中央校舎は大破壊