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Good King Wenceslas |
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聖ウェンセスラスのステンドグラス 英語詞 Good King Wenceslas looked out, "Hither, page, and stand by me, "Bring me flesh, and bring me wine, "Sire, the night is darker now, In his master's steps he trod, |
英国のクリスマスカロル ウェンセスラスはよい王様 19世紀の英国で作曲された「ウェンセスラスはよい王様」は、とてもハッピーでリズミカルな、ぼくの大好きなクリスマスカロルです。そこに出て来るウェンセスラスは、10世紀のボヘミア(今のチェコ)の王様で、敬虔なクリスチャンであり、心優しく慈善にも熱心だったそうです。 降る雪つもる夜の山道を、家臣をひきつれ踏み進み、辺鄙な里の貧しい農夫に「肉とワインとたきぎ」のプレゼントを届けに行く、奇特な王様。あまりの雪に「王様、これ以上は進めません!」と音を上げる家臣に、王様は「ぢゃあ、わしが先頭を行くから、わしの足跡を踏んで参れ。そうすれば、少しは歩きやすいぢゃろ?」と、みずから道を作って行った……そういう歌です。これは、ぼくたちにお手本を示してくれた昔の聖人様をならって、その足跡をみんなでたどってついて来なさい、というメッセージなのですね。 日本語詞 ウェンセスラスの王様 宴で見た 「これこれ家来 わしに話せ 「おまえと共に そこへ行こう 「夜道けわしく 風はげしく 主人のあとに したがううち ウェンセスラス1世について 907年頃、プラハ近郊のStochovで誕生。 敬虔なクリスチャンであった祖母の聖ルドミラのもとで育てられ、薫陶を受けましたが、異教徒で野心家の母ドラゴミールは、ルドミラを殺してしまいました。ウェンセスラスは924年頃に若干17歳でボヘミア候に即位し、祖母の信仰を受け継いで、神と共に歩み、生涯の貞潔を誓いました。また、ボヘミア地方のキリスト教布教のために、ドイツから宣教師を招きました。彼の熱心な努力によって、キリスト教が広まりましたが、そのために異教徒から強い反感を抱かれるようになりました。 929年にドイツから侵入を受け、ウェンセスラスはドイツのヘンリー鳥捕王に臣従を誓いますが、これを怒った貴族たちはひそかに暗殺の陰謀をめぐらします。そそのかされたウェンセスラスの弟のボルズラフが実行者となり、ミサに出かける途中を弟に呼びとめられたウェンセスラスは教会の正面玄関前で殺されてしまいます。ところがその後、ウェンセスラスの墓で奇跡が頻繁に起こり、驚いたボルズラフは932年に遺骸を聖ヴィトゥス教会に移し、手厚く葬ります。この聖ヴィトゥス教会は巡礼の一大中心地となり、中世全期にわたって民衆の信心を集めました。 暗殺されたほとんど直後から、ウェンセスラスはボヘミアの守護聖人とみなされるようになり、国難の際には聖ウェンセスラスが家臣の騎士団を率いて救国にかけつける、と信じられています。社会主義政権が倒された東欧革命の際にも、プラハの聖ウェンセスラス広場や聖ヴィトゥス大聖堂に集結した民衆によって民主革命がなしとげられたという、シンボリックな性格を今日も有しています。
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ウェンセスラスのメッセージ クリスマスをよろこび祝う日に、どうして暗殺されみじめな死を遂げた無力な王様のことなど、歌にして キリストの恵みの世界では、しばしばこのような逆転現象が起こります。 負けたひとが、永遠の世界で勝者となる。 いったいどうして、こんなおかしなことが、起きるのでしょう? それは、あの日に、始まったことなのです……
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