
「最暗黒の英国及び出路」計画

世界最大の大型客船タイタニック。処女航海の船客名簿2228名中、英国人W・T・ステッドの名があります。新聞『評論の評論』記者ステッドは1892年、客船の貧弱な救命ボートのために氷山との衝突で多数の犠牲者が出る短編小説を発表していました。自らの死を予言したかのように、20年後の1912年4月14日、ステッドは北大西洋上に消えます。
このステッドは、救世軍の知恵箱でありました。彼こそ救世軍社会福祉事業の影の立案者であったのです。
景気の後退局面に入った19世紀末の英国は、三百万人が失業、貧困、アルコールと薬物依存、児童虐待、売春、ホームレス等の境遇に苦しんでいました。当時は自由放任経済でしたから、そもそも政府に福祉政策を打つ発想がありません。マルクスやエンゲルスはスラムをつぶさに観察し、境遇が悲惨であればあるだけ暴力革命のエネルギー源になると考え、熱を冷ます慈善事業を批判しました。
三百万人をどう救うか? 救世軍創立者ウイリアム・ブースは、W・T・ステッドと研究を重ね、1891年に『最暗黒の英国及びその出路』計画を発表しました。イエス・キリストの贖罪愛を具体的実行に投影したその構想は、おおむね次のようになっていました。
《第一段階 市中植民》
◆職業紹介所で就労斡旋。
◆ホームレスにシャワー、ベッド、衣服、食物を提供。
◆マッチ工場、紅茶販売、サンドイッチマンなど雇用機会の創出。
◆売春婦の更生のための婦人ホーム。
◆自殺未遂者への支援。
◆虐待を受けている子どもを保護する児童ホーム。
◆未婚で妊娠してしまった少女が安心して子どもを生み育てられる母子ホーム。
◆刑務所の囚人への訪問と出所後の世話。
◆無料で法律相談。
◆貯蓄、保険、簡易年金による長期の生活設計支援。
《第二段階 農場植民》
◆郊外の農場で寝泊りしながらの農業訓練を提供。
◆訓練終了者への土地貸付。
◆自給自立の生活を支援。
《第三段階 海外植民》
◆移民船を仕立てて希望者を英国の植民地に運び、海外農場での新生活を支援。
地球規模の大きさを持つこの「骨太の方針」は、民間から十万ポンドの賛助金を得た救世軍によって実行に移されました。英国のみならず世界各地の救世軍でも進められ、さらに、各国政府が自国の政策に、ブースとステッドのアイデアを積極的に採用しました。職業紹介、雇用創出、海外移民、法律相談、簡易年金などは、その例です。
タイタニック号と共に沈んだW・T・ステッドは、救世軍の行く末を見ることはありませんでしたが、彼の描いた構想は、今日世界108か国における、九千か所におよぶ救世軍の社会福祉・医療・教育事業を通して、今も脈々と生き続け、毎年一千三百万人が、救世軍の助けを受けています。
そうしてこの働きは、ブースとステッドの構想通り、今なおその多くを一般の方々の善意の寄付でまかなわれています。
キリストの贖罪愛が世界を救う日まで、救世軍は今日も同じ道を進み続けます。

タイタニック号沈没を報じる『ときのこえ』1912年4月27日号
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小隊および分隊(教会) アルコール依存症関連施設 |
15669ヶ所 158ヶ所 |
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出典
Year Book of The Salvation Army - 2000
, The Salvation Army International Headquarters, London, 2000.
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