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エルサルバドル地震に対する救世軍の救援活動
エルサルバドルで2001年1月13日(土)午前11時35分(日本時間14日(日)午前2時35分)に強い地震が発生し、現地14日(日)午後のエルサルバドル政府公式発表では、死者340名、負傷者779名、家屋喪失者1,336名、行方不明者1,400名以上の被害が報告されています。 地震発生後48時間以内に避難民キャンプと食料配給所が設置されました。リバーダッド県のサンタテクラでは救世軍が毎日6000人分の暖かい食物と医療を提供しています。この避難キャンプは最大規模の地滑りが発生したラスコリナスの丘に最も近い場所で、約1キロ離れた公園に設置されています。街区を一つ隔てると立ち入り禁止地区になっています。この仮設キャンプは地方政府によって設置されました。 政府軍は水の配給と治安を確保し、救世軍が暖かい食事と医療と寝具を提供しています。避難民は、大サンサルバドル地域で最も困窮しています。食料の配給は制服を着用した救世軍人によって行われており、グアテマラから救援チームとして来たムノズ大尉が指揮を取っています。 救世軍は大きなテントを診療所として設置し、地元の医師に提供しました。現在最も治療を要するのは子ども達の胃腸障害と脱水症です。調理スタッフはコレラ予防作業にも加わっています。 緊急を要する人々の身体的必要を満たすと共に、全人的働きとして、スタッフたちは毎日子ども集会や子ども達との活動を行い、夜には木の下で地域住民の集会を行っています。 サンサルバドル市中心部は被害がひどく、サンサルバドル中央小隊は食料倉庫及び食料集積センターに使用されています。救世軍兵士と地域のボランティアは家族用の食料品詰め合せを4時間毎に1000個のペースで作っています。詰め合せには、米、豆、とうもろこし粉、粉末ミルク、パスタ、砂糖、塩、魚の缶詰、スープ、コーヒーが入っています。詰め合せは1個8キログラムの重さがあり、六人の家族が四日間食べられる量があります。この食料品の90パーセントは現地で調達し購入したものです。 食料配給事業は他にウスルタン、グアラチェ、オツラタン、サンチャゴデマリアでも行われています。統計によると、避難キャンプ合計で1万1千人が毎日三度の食事を受け取っています。それに加え、食料品詰め合せを受け取った人々が自分で調理して食事をしています。最新の数字では、救世軍は毎日1万8千人に食事を提供していますが、地方政府の要請に応えるため、これを毎日3万人分に増やすことが期待されています。 食料、医薬品、寝具、運送、通信のために毎日約40万円が必要です。 (1月19日 万国本営ニュース配信) 救世軍万国本営のマイケル・オルセン少佐(万国本営緊急災害支援担当)とセツ・ル・ロイ少佐(万国本営開発計画担当)は、エルサルバドルで救世軍が設置している救援事業を視察しました。 最初訪れたのはウスルタンの救世軍の小隊と幼稚園です。小隊長グティレツ大尉は自ら被害に遭いましたが、地震で家をなくした人々のために小隊と幼稚園を食料配給所としました。配給を待つ1000個の食料品詰め合わせが置かれ、グティレツ大尉夫人の指揮により、教会の婦人たちが毎日500人分の食事を調理して、家庭団書記の家で避難民に提供しています。 調査チームが調べた結果、女性ホームが夕食の配給を必要としていることが判明しました。このホームは一人部屋と二人部屋から成り、建物は相当な被害を受けていました。居住者は運び出した少ない身の回り品を木の下に置いて、野外で生活していました。食料配給所から調理した食物(米、魚、スープ、トルティーリャ)をプラスチック容器に入れて、ホームに運びました。汚染された水や廃棄物が引き起こす病気やコレラへの脅威が強く感じられました。 次にチームはサンサルバドルから140キロの箇所にあるグアラチェを訪れました。調査チームは、テセパン山の急斜面に救世軍が設置した96軒のコンクリートブロック家屋から成る村を視察しました。これは、二年前、ハリケーン災害の際に作られたものです。地震の直前、20軒が完成しており、38軒がほぼ完成しつつありました。完成した家の約20パーセントが相当な被害を受けていました。建築中の家屋と屋根の支え柱が不充分な家屋は、ほぼすべて破壊されているか、解体する必要がありました。救世軍の新しい地域センターの建物は、壁工事が30パーセント進んだ段階でした。これらは再度解体して一から建築工事を始めなければなりません。 村の住人は野外でバナナの木の下で生活しており、野外調理場で救世軍が提供した食料を調理して食べています。食料品詰め合せは農村地帯であるテセパン山近辺の集落に配給されています。調査チームは、火山性の山であるテセパン山に大規模な地滑りが起こるのを目撃しました。幸運にも、救世軍の村が在る場所は、谷間によって山の上の斜面から隔てられていたので、被害を受けませんでした。 次に最も深刻な被害を受けた地域を視察しました。グアテマラから派遣されているヘルナンデス大尉は、最悪の被害を受けた高地地方の村落を調査しました。その報告によると、小さな町サンチャゴデマリアは、80パーセントの家屋が破壊され、居住不能の状態だということです。また、サンオーガスチンから徒歩で避難してきた住民から聞いた話しから、そこがおそらく最悪の被害を受けたであろう、ということでした。 調査チームは橋の倒壊と道路の通行不能のためサンオーガスチンに行くことは出来ませんでしたが、サンチャゴデマリアには車で入ることが出来ました。町は倒壊し、道路は瓦礫で埋め尽くされていました。5万人の住民のうち、二人が死亡し、数千名が負傷しています。非難キャンプが運動公園に設置されていました。グアラチェ小隊長のラミネツ曹長はすでに445世帯の家族が食料の配給を必要としていることを見出していました。 サンチャゴデマリアには組織立った救援活動が行われておらず、国際的な非政府組織も入っていないようでした。 住民達は、水販売業者から水4リットルを約50円で買わされるという搾取を受けていました(これには容器は含まれません)。水約150リットルが約200円で売られていました。これは山間の農村では、大変な額です。救世軍は次の二ヶ月間、この地域で食料配給を隔週で行うことにしました。サンオーガスチンへも交通が回復し次第、食料を配送する予定です。 サンサルバドルでは、救世軍が提供したテント診療所で医療活動をしている医療担当者にオルセン少佐が面談しました。毎日150人がこの診察所で診療を受けています。治療を要するのは、空気中の塵芥を吸い込むことによって引き起こさる呼吸困難や、胃腸障害、下痢です。伝染病を防止するために、大量の移設用トイレが導入されています。救世軍は浄化水を提供し、これに電解質の粉末を加えて、子どもたちに脱水症の緩和のために飲ませています。救世軍から提供された医薬品はほとんど使い尽くしましたが、現在は厚生省から配給される医薬品で十分足りています。今後は遠隔地域に医薬品を送る必要があります。この診療所にはまた、社会福祉省から派遣されたカウンセラーが被害者のカウンセリングに当たっています。 (1月22日 万国本営ニュース配信)
インド地震に対する救世軍の救援活動 1月26日(金)午前8時46分(日本時間26日(金)午後0時16分)ごろ、インド西部のグジャラート地方でマグニチュード7.9の強い地震が発生しました。インド政府のフェルナンデス国防相は30日(火)、最終的な犠牲者数は最大10万人に達するかもしれない、との見方を明らかにしました。これは、震源地となった西部グジャラート州の被災地を国防相自ら視察した上での推定数字です。死者数については2万人などの数字が浮上していますが、国防相の見方が正しければ、史上最悪級の震災になる可能性があります。インド政府は、最終的な犠牲者数の判明は数日後としており、現在は6000人以上が死亡との判断を示しています。 救世軍アメーダバード連隊の連隊長ギデオン・チャガンラル大佐補は震災後直ちに救援活動の準備に着手しました。アメーダバードから南方約80キロに位置する アーナンドから、救世軍エメリー病院の医療チームが出発し、アメーダバードで他の医療チームと共同で医療活動に当たっています。 死亡した救世軍人は現在のところいないようです。第一報によると、救世軍の建物は無傷のままであるようです。 地震は、予定されていたインド西部軍国司令官T・G・スンダラム中将とスセラ・スンダラム中将の引退式の前日に発生しました。指導者が交代するちょどその時に重なりましたが、書記長官N・J・カルナカラ・ラオ大佐補と他の幹部士官たちは直ちにムンバイの本営から出発し、グジャラート州の被災地を視察して、救世軍に出来る救援活動について調査しました。 万国本営緊急災害支援担当のマイケル・オルセン少佐も現地調査を行うためにロンドンの万国本営を出発する準備をしています。 (1月29日 万国本営ニュース配信) グジャラート州ブジから衛星電話による万国本営緊急災害支援担当マイケル・オルセン少佐の報告です。 オルセン少佐は救世軍インド西部軍国とインド統括事務所に協力して、必要な支援について調査を進めています。パキスタン国境から約24キロの地点では、救世軍の二つの医療チームが活動しており、一日に120人の治療をしていますが、中には深刻な重症患者もいます。インドの救世軍病院とキリスト教医療協会から救援チームを派遣する手配がなされました。 震災直後、デリーの救世軍からテント250張が提供されました。さらに救世軍パキスタン軍国からテント1000張がアメーダバードへ届く予定です。ケニヤからもテントを送る手配がなされています。テント村が設立された後は、救世軍の小規模の国際的支援チームがサポートする予定です。 救世軍パキスタン軍国は震災直後最初に財政的支援を行う旨を発表しました。パキスタン国内でも今回の地震の影響を受けています。 (2月2日 万国本営ニュース配信) インドのチェンナイの救世軍からテント1000張、ニューデリーの救世軍から500張が送られました。さらに2月9日にパキスタンの救世軍から家族用テント500張が、グジャラート州の州都アメーダバードに送られます。これには6人から8人の家族を収容することが可能です。テントは震災の被害が最も大きかったブジ周辺で配布されています。多くの家族が倒壊した自宅のすぐそばにテントを立てることを希望しています。それにより、地域社会の人々と一緒に居ることが出来るからです。さらに、パキスタンの工場に対してテント1000張の発注をしました。 バングラデシュの救世軍の毛糸製品工場からは、4000着のセーターが送られました。その費用は、ノルウェー、アイスランド、フェロー諸島の救世軍が負担しました。 万国本営緊急災害支援担当のマイケル・オルセン少佐は、ブジからロンドンに帰国しました。その報告です。「救世軍がおもに活動しているブジ近郊の村落は、周辺から極度に孤立してしまっています。空気は重く埃が舞っており、火葬が続けられています。日中は暑いのですが、夜間は摂氏20度まで気温が下がります。ボランティアたちも夜は毛布の中に体を寄せ集めて暖め合っていました。」 「おもに問題となっている病気は、清浄な水の不足による下痢です。また、回収されずに積み上げられるゴミの山が日に日に大きくなり、それが病気の原因になりつつあります。」 「パキスタン国境から24キロの地点で活動している移動診療チームは、一日に数百人を診察していますが、中には重症患者がいます。診療基地から二台の車を使って活動していますが、これにより診療を受けられない人々の所まで到達することが出来ます。」 「現在チームには地元の25人のボランティアが加わっていますが、そのなかに、近郊のアーナンドの救世軍病院から派遣された2名の医師と14名の医療スタッフがいます。数週間中に人数を35人以上に増やし、テントの配布と組み立ての手伝いも出来るようにしたいと考えています。インドの救世軍病院や他のキリスト教系医療機関に派遣の要請を済ませたところです。」 「米国救世軍のSAWSO(救世軍世界奉仕機構)から、パトリシア・キッドー大尉がインド入りするために準備を進めています。大尉はボスニア、モザンビーク、ケニヤ、アンゴラ等で経験を積んだ緊急支援活動の専門家です。大尉は、救世軍インド西部軍国のコンサルタントとして、グジャラート州での援助活動の監督をすることになっています。」 「人々の声は、『わたしたちは服もあるし、食べ物もある。必要なのは家だ』と言っています。それで、わたしたちは食料や衣服の支援ではなく、財政的支援をアピールすることにしました。必要な物資は現地で調達する方が良く、お金もかかりません。他の地域から空輸するのでは、時間もかかり過ぎますし、費用もかさむのです。」 「すでに予算の100万ドル(約1億円)の半分近くの必要費用が得られました。世界的にはさらに募金を呼びかけて行きます。」 (2月8日 万国本営ニュース配信) 救世軍よりグジャラート州へ3000張以上のテントが送られています。さらに追加の1000張を注文しており、間もなく到着します。 調査チームによる組織的な分析によって現在救世軍の救援活動が調整され、救世軍の担当に割り振られた村落にテントが到着しています。調査の実施にあたっては、救世軍の社会発展事業部門と地方政府の行政官が全面的に協力しました。当局からは当初7つの村落が救世軍に割り当てられましたが、現在10の村に拡大され、その人口は約3万人と見積もられています。 テントはデリーとチェンナイから届けられました。パキスタンからは、万国本営緊急災害援助部門の手配により、テント1000張が空輸されました。テントの通関に際しては、特にパキスタン・ラホールからのチャーター便に対して通関当局が必要な手続きを取ってくれ、大変助かりました。万国本営緊急災害支援担当のマイク・オルセン少佐は、これまでのコソボ、トルコ、モザンビーク、エルサルヴァドルでの体験を踏まえ、「これはここ数か月で、最もすばらしい出来事でした」と述べています。 救世軍人と士官たちは、アメーダバードからブジに向かうテント輸送トラックに随行し、荷の積み下ろしの安全確保と監督、テントの配布と設置にあたっています。司令官モハン・マシ中将は自ら救援チームを訪れて全般的な指示を与え、「救世軍インド西部軍国の対応はすばらしいものでした」と述べています。 インドの行政当局からは、今回の震災で両親を失ったり、体に障害を負ったりした児童を、最大100名まで救世軍で養護して欲しい、との要請が来ています。救世軍はすでに10年間児童養護の働きを行っており、ブジに応急的に設置された児童ホームで最初の子どもを受け入れる準備が整いました。これはインド全土で救世軍の給食事業と児童ホームを支援して来たドイツ系団体「インディアン・ヒルフェ」(インド救援機構)との連携により実現したものです。「子どもたちはアメーダバードに疎開していますが、現在ブジに帰還する計画を立てています。ガブリエル・クリスチャン大尉とインドゥマティ・クリスチャン大尉をこのためブジへ任命し、児童ホームの運営と、今後発展する支援計画の監督にあたらせます」とマシ中将は述べました。 「調整委員会との協力が欠かせません。しかし、わたしたちは自分たち独自の働きもある程度維持しており、国際社会から提供された救援物資をすぐに扱い、管理することが可能です。必要な場所に確実に供給したいと考えています。救世軍の対応能力に対して、行政当局からの信頼が増していることに、わたしたちは喜んでいます」とマシ中将は述べています。 万国本営災害支援コンサルタントのパトリシア・キッドー大尉は2月13日(水)にグジャラート州に飛び、インド西部軍国の指導者に助言を与え、また、支援に用いられている大切な資金を監視するため手伝います。 救世軍の建物は、最初の地震による被害は免れましたが、余震による被害が大きくなっています。その中には、救援医療チームを派遣したアーナンドの救世軍エメリー病院の建物も含まれています。 (2月13日 万国本営ニュース配信) 救世軍万国本営: http://www.salvationarmy.org/
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