←Back

[Home][旅日記INDEX][レクチャー準備編][レクチャー現地編][持ち物リスト][ガイドブック][疲れない歩き方][スタート地点までのアクセス]

[Map][意味と象徴][役立つLINK集][-先達からのMail-Essay][なんちゃってカタカナ・スパニッシュ][アルベルゲ]

エル・カミーノ巡礼紀行
サンティアゴ巡礼日誌(ル・ピュイ・ルート編)
kikiさん

          10 11 12 13 14 15 16 あとがき

 

6/30(月)、7/1(火)
サンティアゴ巡礼日誌(ル・ピュイ・ルート編)
ル・ピュイ・アン・ヴレイへ!

午前中は仕事に出掛けた。午後3時過ぎに自宅に帰る。
時間がない。準備も途中で、あれこれできないまま夜8時に出発。
チェックインはかなりの行列。
恐れをなして宮ちゃん(主人)は早々に帰る。

機内持ち込みの荷物は、サイズがOKでも重量は5kg以内の制限があり、
私の荷物はみごとに却下されてしまった。なぜなら
10kgを越えていたのだ。さちこ(娘、11歳)の荷物は5kgでOK!

機内では周りに中学生くらいの団体がおり賑やかだったが、
私達はずっと寝ていた。私は時々目を覚ました。
6時間45分のフライトの後Lyonリヨンに到着。
飛行機がうまい具合に着陸すると、件の若者達から拍手が上がった。
私は自分の初海外旅行を思い出した。当時も拍手したもんだ。
リヨンは薄曇り。町並みはオレンジ色がかったかわいい家と
小麦畑と思われる麦わら色にもこもこした緑がまじる。
カナダとはまるで違う印象だ。

入国審査で2人だけ少し待たされた。
そりゃそうだ。カナダ人に混じってカナダから日本人がやって来たわけだ。
怪しいかも知れない。でも無事にフランスに入国できた。
バスのカウンターを探そうと急いだが、
案内に従って進んでいくと外にバスが見えた。14時発のバスに飛び乗り、
リヨンのSNCFの駅に向かう。バスの中で乗る予定だった列車の
出発時刻が過ぎてしまう。このチケットをインターネットで
購入した後に飛行機の時間に変更があったのだ。駅に着いたらチケットを
変更してもらわなくてはならない。雨が降り始めた。どしゃぶりだ。

14時40分ころ駅に到着。チケットカウンターに走り込む。
長蛇の列だ。乗りたい列車は15時04分。時間がない。
ぎりぎり14時51分に順番が来る。TGVの追加料金2ユーロ50を払い、
ホームへ駆け出す。丁度乗る列車が到着したところ。
でも、コンポスターが見つからない。この機械でチケットに穴を開けないと
検札のときに罰金を取られる。慌てて2人の係員に尋ねる。
3人目の検札係りにパンチを入れてもらいほっとする。

席は2階の進行方向逆向きの席。ホタテをリュックに付け、
ショルダーバックのやぶけたたすきを修理しているうちに、
サンテチエンヌに到着。
TER在来線に乗り換えだ。先頭車両を2つつないだだけの小さな列車。
既に巡礼風の人達が大勢居る。列車は麦わら色と緑と赤い屋根を
どんどん追い越し、いくつもの川を巡ってル・ピュイに向かった。

ル・ピュイに辿り着く。駅を出て左方向へと他の巡礼者風の人達を追って行く。路上の案内板でCentre Ville(中心街)へと進む。
途中で絵葉書3枚(0.35ユーロ/枚)を買い、市街地図をもらう。
写真屋を見つけてアダプターのコードがあるか尋ねる。私のデジカメは日本製で、ヨーロッパでバッテリーを充電するには専用のコードが必要だった。それに気が付いたのが出発の3日前。カナダの田舎の村では売っていないし、日本に頼むには遅すぎた。これから1ヶ月に及ぶ旅でバッテリーが切れるのは必至だ。
困ったものだ。取りあえずメモリーカード62Mを40ユーロで買って出る。

ツーリスト・インフォーメーション(以後TI)で
ジット(簡易宿泊施設)の場所を教わり、
フランス語の巡礼ガイドブックを一冊(13ユーロ)買って
迷いながらジットへ向かう。不揃いなごつごつとした重量感のある石畳の
道が町中を巡っている。街全体がひとつの丘なので、至る所に急な坂道、
階段がある。既に荷は重く、足も筋肉痛になりそうだ。

たった数十分でこれでは先が思いやられる。やっとジットに辿り着く。
なかなか予約が取れず、2度も断られ、感じが悪いなと不安だった。
ところが、ディレクトリスと思われる女性が着くやいなや笑顔で迎えてくれ、
建物内のこと、ミサのこと、丁寧に説明してくれた。
建物はきちんと案内してくれ、テラスからのマリア像の素晴らしい眺め、
上の階から明日進む道などを見せてくれた。
明日からの道中の不安を和らげてくれる本当に感じの良い人だった。
私達より先に2組の日本人が既に訪れていた。
彼らがゲスト・ブックに書いていったことを訳すと非常に喜んでくれた。

部屋はホテルのようだ。ツインの部屋でゆっくりできる。
荷物を降ろして夕食をかねて散策に出る。観光スポットはもう閉まっていた。
あちこちうろうろして、結局、ディレクトリスお勧めのレストランで
スペインの素材を使った料理を食べた。ジャガイモのオムレツと
カレー風味のドレッシングのサラダが絶品だった。
ついでにスペインのビールも飲んでみた(笑)。

ジットに戻り、明日の水筒の用意をして、
再びライト・アプされたカテドラルの撮影に向かう。あまりうまく撮れなかった。
ジットに戻りシャワーを浴びると既に夜11時を回ってしまった。
明日からしっかり歩けますように!

『さちこの一言日誌「ル・ピュイはレースでゆうめいなところだった。」 』

 

7/2(水)
1er etape Le Puy en Velay 〜 Montbonnet
ル・ピュイ・アン・ヴレイ〜モンボネ

明け方目が覚め、眠れず日記を書いたりしていた。
さちこも朝4時頃起きてしまい、マンガを読んでいた。
重いのにこんなもの持ってきて仕様がない人だ。3冊も持ってきている!
多分時差惚けだろう。目覚ましもないので起きれるかどうか不安で
うとうとするだけで6時半になってしまった。

キッチンに行き、おいしいフランスパンを一切れづつ、バターと杏のジャムを付けて食べた。
さちこはショコラ・ショ(ホット・チョコレート)、私はコーヒーを飲む。
セルフ・サービスだ。既に先客が3名。一人は昨日サンテチエンヌでル・ピュイ行きの列車かどうか尋ねた相手だった。
どうりで彼の答えは「そうだといいね」だったわけだ。行き先が同じル・ピュイだったのだ。どこまで行けるか行けるだけ行くらしい。ばりばりのカトリックと見た。胸に大きな十字架のペンダントの俳優の陣内さんに似た清潔感のある男性。銀行員ぽい気もする。あとの2人は私より年上だと思うが女性で、St-Privat-d'Allierサン・プリヴァ・ダリエまで行くと言っていた。
キッチンの中の食堂が小さいので私達は外のテラスに朝食を持って出た。ところが寒いので慌てて食べた。食器を片づけ部屋に戻る。

7時を過ぎている。急いでカテドラルへ向かい、ミサに出席する。
どこの宗派なのかな?御ミサの間に歌問答が入る。
グレーのコスチュームのシスター方も7〜8人いらっしゃる。
主の祈りのフランス語版を書き写してくるのを忘れた。
出だししか覚えていない。7時半過ぎに御ミサが終わり、
巡礼への祝福が始まる。とても心根のあたたかそうな司教様だ。
少しも高ピーなところがない。巡礼者全員にどこから来たのか?
どこまで旅をするのかを聞き、一人一人にはなむけの言葉を述べて下さった。
そして、巡礼の先輩達のメッセージが書かれた紙と
ル・ピュイの黒マリア様の聖母子像のメダイユ(メダル)が配られた。

解散して、クレデンシャルに最初のスタンプを押してもらう。
お布施をしてホタテ貝もゲットする。
中世の巡礼地図を10ユーロで買い、一旦、ジットに戻る。
荷物を背負って昨日の写真屋さんで従業員の人のもっているコードで
バッテリーを充電してもらう。その間、郵便局に行き、
買った地図を家に送ろうかと思った。
23ユーロもするので持って歩くことにした。
絵葉書様に切手を買おうとすると、10枚一パックの切手付き封筒の方が
安いというので2パック購入。
フランスの友人や宮ちゃんに電話を入れたりうろうろしているうちに
水筒を一個壊してしまった。
  

 

 

■サンティアゴ巡礼日誌(ル・ピュイ・ルート編)
1er etape(その2)
7/2(水)Le Puy en Velay 〜 Montbonnet
      ル・ピュイ・アン・ウ゛レイ〜モンボネ

電池のチャージが終わったのが10時過ぎだった。
さちこは再び来れるとしても、この年齢だから
自分は二度とこの地を踏むこともないだろうと思う。
そう思うと貪欲にあれもこれも見たくなる。
出発前にル・ピュイの名所を訪ねたい。
まず、高さ82mサン・ミッシェル岩山の頂上にある
サン・ミッシェル・デギル礼拝堂を目指す。麓の入り口で
名所4カ所を回れる割引チケットを7ユーロで購入。
チケットを買った売店に荷物を預け、階段を上る
(某ガイドブックによると268段あるそうだ)。かなりぜいぜいした。
足が筋肉痛になってしまった。しかしながら、頂上からの眺めは素晴らしい。
なぜなら、この岩山は突然平地に突出している溶岩の山で、
その周りに広がるル・ピュイの街並が遙か下に見下ろせるのだ。
この礼拝堂は、天使サン・ミッシェル(日本の守護天使)に
捧げられたものだ。フランス人で初めてサンティアゴ巡礼を
成し遂げた司教ゴデスカルクが建造した。日本の安全と発展を
思わずお祈りしてしまう。売店でホタテの絵が彫られた杖を発見、
4ユーロ60でゲット!さて、時間があまりない。急いで山を下り、
今度はル・ピュイにある2つの岩山のうちの
もう一方のコルネイユ岩山に向かう。
この頂上には、クリミヤ戦争のおり、ロシアから奪った大砲を
つぶして作った高さ16mの「フランスの聖マリア像」がある。
ここでも、さちこは売店に荷物を預けたが、
私はたいした距離でもないだろうと背負って登り始めた。大失敗だった。
さっきの階段より急ではないが、坂と階段が延々と続き息切れする。
マリア像の中には細い螺旋階段があり、上に登っていくことができる。
途中何カ所か小さな覗き窓があり、街が見下ろせる。
慌てているので感動している間もない。次は、回廊だ!
11〜12世紀に建てられたロマネスク様式の建築だという。
とても興味深いが、とにかく時間がない。さちこはあれこれ見学するため、
出発前に既にかなり歩き回ったことにうんざりして不機嫌だ。
12時15分ようやく出発。マークと地図を頼りにG65を辿る。

ル・ピュイの坂道を下り、大通りを渡って郊外に出るが、
しばらくは上り坂だ。かなり上の方に上ってル・ピュイを仰ぐ。
懐かしい2つのモニュメントとカテドラルが見えた。
ジットのディレクトリスが新しく着いた巡礼さん達に私達が歩く道を示して、
「明日はあそこを歩くのよ」と説明しているかもしれない。
丘の頂からはしばらく平らな砂利道が続き、
やがてアプダウンしながら漬け物石よりもう一回りも大きい石が
ごろごろする道を辿る。歩きにくい。
この辺りの砂利や石の色は火山岩のせいか赤紫色をしている。
職場の仲間が土産に小石を欲しがっていたので拾う。
まだまだ元気で冗談など言いつつ歩く。2時間ほど歩くと疲れてきた。
アップダウンとでこぼこと家畜の糞だらけでうんざりしてくる。
出発前に友人が言っていた1〜2日は楽勝だなんてうそっぱちだ!
途中のラ・ロッシュ La Roche の村で、
昔できた火山のクレーターと思われるすり鉢の底を眺めつつ、
ル・ピュイで買ったツナサンドを一切れずつ食べて休む。
クレーターを横目に高台の細道を進む。壮大なながめだ。
近所の山とは違う。パリからオーブラックを目指すカップルと
前後しながら歩く。木々が多くなる。
サン・クリストフ・ドレゾン St-Christoph-dolaisonで
ケベックから来た巡礼カップルと少し立ち話をしてお先に失礼する。
家畜の糞が多くなる。草地に苔むした大石が現れ出す。
小さな部落を幾つか越え、残すはあと5km。
リヤック Liac と リック Lic の2つの村の間での1kmで時間を計る。
3時52分〜4時07分。と言うことは1kmを15分のペースだ。
あと75分。例のケベックのカップルが追いついてきた。
ベアトリスとクロードの二人とおしゃべりをしながら進む。
気のいい人達だ。疲れたと愚痴りながら
「小さな赤い悪魔がプールやエステに誘惑するのよね」
と冗談をいうのはベアトリス。晴れたり曇ったりしていたが、
雨雲が見えてくる。ようやく今日の目的地モンボネ Montbonnet に到着する。
ジットに着き、早速シャワーを浴びて休息。お腹が空いた。
夕食は7時半からだという。8時ちょっと前にサロンの長いすで
うつらうつらしているところを呼ばれる。ニンジンの千切りサラダ、
マッシュポテトと挽肉の料理(大きな四角いグラタン皿から
切り分けてもらうが、すごく美味しい)。
9時過ぎに巡礼手帳にスタンプを押してもらい、宿代を払った。
もうすぐ寝てしまおう。

『さちこの一言巡礼日誌:朝ご飯がおいしかった。』

<<Back  Next>>

 

         10 11 12 13 14 15 16 あとがき

 

[Home][旅日記INDEX][レクチャー準備編][レクチャー現地編][持ち物リスト][ガイドブック][疲れない歩き方][スタート地点までのアクセス]

[Map][意味と象徴][役立つLINK集][-先達からのMail-Essay][なんちゃってカタカナ・スパニッシュ][アルベルゲ]