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9月23日

満たされていますか

コロサイ2:8-10
武安 宏樹 牧師

「キリストのうちに」生きる対角線上に、「むなしい、だましごとの哲学」と、8節で激烈な口調でパウロは異端を斬り捨てます。その「幼稚な教え」の中に、「世の諸霊」(別訳)の存在と、反キリストの危険性を感じ取ったからでしょう。8節の暗さ&言葉数の多さと比較して、9節では明るさ&簡潔さが特徴です。

惑わしの歴史を辿れば、エデンにおける善悪の木の出来事に行き着きます。悪魔は御言葉と逆でなく、「どんな木からも?」(創3:1)と解釈で揺さぶります。つまり御言葉の否定でなく歪曲で、意識的に御言葉を疑うよう仕向けました。術中にはまったエバは「必ず死ぬ」(2:17)⇒「死ぬといけないからだ」(3:3)と、100%⇒50%に割り引く愚行を犯します。惑わしに付き合ってはいけません。私たちに必要なのは聖書全体&基本教理から、まず知的に全体像を掴みつつ、知識だけでは高慢の陥穽があるので、聖霊に導かれ祈りで撃退することです。

先週の浜名湖シニア聖会講師の津村俊夫師(新改訳2017翻訳編集委員長)は気の遠くなるような改訂作業を終え、意外にも「霊的戦い」に言及されました。この語は実践的な悪霊追放を想像させますが、リベラルな解釈からの挑戦や、心理学や現世利益との折衷主義など、聖書学的にも知的霊的な真理戦であり、語学に精通だけでなく信仰と慎重さ、それ以前に聖霊の教導が欠かせません。師は絶えず惑わし&分裂の霊と戦いながら、御言葉への情熱と謙遜の背後で、「主イエスを信じなさい。そうすれば~」(使16:31)家族が救いに与りました。

アダム&エバには主なる神が見えず、悪魔の可視的誘惑に敗北しましたが、キリストは目に見える肉体の形で、世界史上存在を否定できない事実として、父なる神の性質そのまま満ち満ちて、私たちの前に現われてくださいました。キリストのうちに全ては存します。啓示は旧&新約66巻にて完結しましたが、私たちが御言葉にどう向き合うかで、「キリストの手紙」(Ⅱコリ3:3)とされて、未だ福音を知らない人々に、「神の栄光をあらわす」(WM大教理問答1)のです。キリストの満たし(本書9回)を私たちが受けるには、単純な信仰が必要です。恵みは肉の弱さのうちに十分発揮され(Ⅱコリ12:9)、今日も喜んで戦うのです。