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6月17日

神のかたち

コロサイ1:15
武安 宏樹 牧師

15-20節は詩形式で、17-18節を重心に前半は創造で後半は救いの並行法で、新約キリスト論の最重要箇所として、三位一体論&人間論も跨がっています。パウロは創世記を意識しつつ、かつてパリサイ人として神を追い求めた末に、聖霊体験から御子と出会い、「神のかたち=キリスト」信仰へ邁進したのです。

① 存在としての神のかたち
最初の人アダムは創造主が性質を模し、知情意&宗教性を持つ存在に造り、自由意志をもって喜んで従いつつ、創造主の栄光を現わすべき存在でしたが、結果的に不従順から堕落、以降の人類子々孫々神のかたちが毀損されました。その回復は信仰によらなければならず旧約期に始まるも、顕著になったのは、キリスト誕生後です。「われわれ」(創1:26)は三位一体の表象と言われますが、パウロは父&御子&聖霊に包囲されるように、キリストとの邂逅を得ました。彼の理解する三位一体は動的です。キリストを傷つけて自分を傷つけていた、その悔い改めから聖化=回復が始まり、本来の神のかたちが現われてきます。

② 交わりにおける神のかたち
前項は神人のタテでしたが、私たちは人相互のヨコの交わりにも生きます。パウロは夫婦/親子/主従関係全てに、主の介在の必要を訴えます(エペ5-6:)。平和とは言えない関係の間に、砕かれた心に聖霊が働かれ、いやしが波及し、信頼関係が構築されます。そのように家族に教会に神のかたちが現われます。自分からへりくだって腹を割って語り合って、交わりの主導権を握りながら、まずやれることをやって後は委ねて祈る。十字架上の主イエスがそうでした。バルトは、1)隣人を仲間として見る、2)互いに語り聞く、3)互いに助け合う、4)これらを喜んで行う。以上四点がイエスの人格の研究から学べるとします。

③ 働きにおける神のかたち
人の創造の直後に統治支配権(創1:28)が来ることから、その行使によって、神のかたちが現わされる見方がありますが、①→②→③の流れが合理的です。注目すべきは以上六日目の御業の先に、七日目の安息日(礼拝)があることで、存在→交わり→働きで一旦退いて、振り返り神のかたちを確認することです。「すべて疲れた人、重荷を負っている人は・・」(マタ11:28)休む主体は私も時間も造られた主の下に来ることです。様々な側面から神のかたちを捉えましょう。