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4月22日

キリスト・イエスの中へ

ローマ6:3-11
沖野 毅 師

十字架と復活は、今の私たちにとってどのような意味を持つのでしょうか。バプテスマを受ける人が水の中に入るように、「キリスト・イエスにつく(原文:キリスト・イエスの中へ)バプテスマを受けた私たちは…」(3節)キリスト・イエスを信じ救われるとは、キリストの外にいた人がキリストの中にいるようになるということです。人は生まれながらにして、最初の人アダム以来の古い罪の生き方に支配されています。キリストは十字架の上で、私たちに代わって、私たちのために死なれました。そこで罪の奴隷としての生き方もともに死んだのです。

注意したいのは古い生き方と古い性質の区別です。私たちの古い生き方は十字架で死にましたが、クリスチャンも罪に陥ります。古い罪の性質は救われたのちも残るからです。ここにクリスチャンの戦いがあります。罪の奴隷ではないから、罪と戦うことができるのです。キリストの復活が示すのは、新しい生き方です。

私たちは自分自身をどのように見ているでしょうか。みじめな罪人として見ているとしたら、神の見方と違います。たとえ罪の性質は残っていても、もう罪の奴隷ではないからです。サタンは誘惑します。<おまえはみじめな罪人だ。罪に陥っても神は赦してくれるのだから、古い生き方のままでいいではないか>私は何者なのかを知るのは神の声によってです。「自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい」(11節)神を礼拝することによって、みことばと祈りによって、私はキリストの中にいるのだ、古い生き方とは縁を切り、新しいいのちを生きているのだ。いつもたしかめながら、完成を目指し、前に進んでいくのです。」