特集:all about CAFE 東京カフェマニア  
  新宿DIG DUG物語〜あるジャズ喫茶の歴史  page 2 of 4

 new DUG(ニューダグ)
 ▼Web
 東京都新宿区新宿3-15-12
 B1F(アドホック隣)
 TEL 03-3341-9339


 DUG(ダグ)
 ▼Web
 東京都新宿区新宿3-20-6
 新宿エフエスビルB2F
 TEL 03-3354-7776

 ※日曜と月曜にライブが
  行われています。





中平穂積氏はDIG、渋谷DIG、DUG、new DUGと、新宿で3軒、渋谷で1軒のジャズ喫茶やジャズバーを経営してきました。その歴史は40年以上。思えば私が東京で学生生活を始めた頃、新宿で初めて入った喫茶店もnew DUGだったのです。

私たちがジャズ喫茶という独特の響きからイメージする求道的空間そのものだったのは、今はなきDIGでした。大音量で流れるジャズ、深刻な表情で音に聴き入る(もしくはそのふりをしながら眠る)お客さまたち。紫煙渦巻く、という言葉がふさわしい空間。

「思い返せば、渇きの中で水を求めるようにジャズを求めていたことが確かにあったんですね」
ジャズ好きの知人はそう回顧します。
「あの頃のDIGには、他のジャズ喫茶にはない特別なものがありました」

DIGはすべての面において洗練されていたようです。それまでのジャズ喫茶のコーヒーがまずいことに不満を抱いていた中平氏は、友人の経営するコーヒー問屋に「一番いい豆を」と依頼。一般的な喫茶店のコーヒーの1.5倍の価格でDIGのメニューに登場しました。

そもそも「ジャズ喫茶の壁に古時計」というスタイルはDIGから始まって日本全国に広まったもの。写真に残る若き日の中平穂積氏の姿を見ると、ダンディで心優しい洒落者といった風情が伝わってきます。

ネーミングのセンスも秀逸。DIGはマイルス・デイヴィスのアルバム『DIG』(掘り出す、探求するという意味の動詞)から、DUGはその過去形として命名されました。いくつかの店名候補の中からDIGを選び出したのは植草甚一。彼はDIGの開店当日から毎日のように店に通い、中平穂積氏に宛てた書簡も多数残されています。

東京オリンピックに日本中が湧き帰る頃にはDIGはすっかり有名店となり、午前11時の開店が少しでも遅れると、お店の前に十数人が並んで待っていました。

人気を博した理由はシンプルにお客さまの立場になったことだと、中平穂積氏は本の中で語っています。なじみのお客が来れば、その人の嗜好に合ったレコードをかける。マイルスの好きなお客には、新譜が出れば席まで持っていく。当時のジャス喫茶は「聴かせてやっている」という尊大な態度が一般的だったそうですから、この姿勢は歓迎されたことでしょう。

ジャズ喫茶のお約束といえば、私語厳禁。当時の事情を中平穂積氏はこう語っています。

「それまで、他のジャズ喫茶は『店内ではお静かにお願いします』といった貼り紙がありましたけど、DIGはそんなに堅苦しくしないで、お客と店の者や、お客さん同士がコミュニケーションを取れるようにと思って私語は禁止にしていなかったんです。

ところが、ジャズ喫茶に来る者は私語禁止に馴れていて、他の客が新聞を広げる音にまで嫌な顔をする。そのうち客同士が目で喧嘩をして、小競り合いになって、静かな殴り合いに発展していたりする。

そんな喧嘩が多くなったんで、いっそのことDIGも私語禁止にしようと、お客さんで字の上手い人に『当店はお客様の鑑賞の妨げになるようなことは禁止させていただきます』と貼り紙を出すようになった。

お客さまに静かにしろと言っておいて『いらっしゃいませ!』だの『コーヒー1杯!』もないだろうということになって、従業員の間のブロック・サインが決まりました。人差し指を1本立てれば『コーヒー1杯』。人差し指と親指でCの形をすれば『コーラ』。指で目を指せば『アイスコーヒー』。指でもむ振りをすれば『ミルク』(笑)」
『新宿DIG DUG物語』 中平穂積
DIG DUG 年表
1961 
アート・ブレイキー初来日を中平穂積氏が撮影。
以後、数々のジャズミュージシャンの写真を撮り続ける。
新宿・アカシアビル(現在のスタジオアルタ裏)の3階にジャズ喫茶「DIG」をオープン
ジャズ喫茶ブームの到来。

1963 「DIG」にセロニアス・モンク、ホレス・シルバーらが来店。
モンクのアルバムに収録されている「ジャパニーズ・フォーク・ソング(荒城の月)」は、中平氏がモンクにプレゼントしたオルゴールに入っていた曲。

1967 新宿・紀伊国屋裏にジャズバー「DUG」をオープン
マッチのデザインを手がけたのは和田誠。

1969 スタン・ゲッツ、チック・コリアが「DUG」でセッション。

1972
マル・ウォルドロン、カーメン・マクレーらがアルバム録音を「DUG」で行う。

1977 新宿・靖国通りに「New DUG」をオープン
(DUGが行列のできる人気店となったため)

1981 中平穂積氏の写真集『JAZZ GIANTS '60』発売(講談社)。

1983 「DIG」休業。
(新聞には「ジャズ喫茶の衰退」と書かれたが、実際の理由は前年に起きたホテルニュージャパン火災後、消防署の点検が厳しくなり、アカシアビルが再三にわたって注意されていたため)

1987 「DUG」モアビル4階に移転。
(家電の量販店がDUGの入っていたビルを買収し、大きなビルを建てたため)

1996 「new DUG」バブル経済崩壊のため縮小。
1階〜3階をクローズし、地下1階だけとなる。

2000 「DUG」靖国通りに移転。


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