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 1977.6.26

 

1977年6月26日、3度目の日鉄羽鶴線訪問となった。この日は予定の電車に乗り遅れ、葛生駅に着いたのは8:20ごろ。上仙波行のバスは発車した後で、8:25発の秋山行のバスに乗る。このバスは途中から分岐してしまうため、岩崎バス停で下車し、そこから約2kmの道のりを歩き、日鉄葛生鉱業所へ向かった。

構内に入ると「1080」は機関庫からは出ていたが、DLが付いたままの状態でスタッフの方がなにやら心配そうに話し合っている。なにかトラブルが起きたのだろうか。本来なら元気よく構内試運転を繰り返すはずだが...。ファンの間では「コンプレッサが不良」とか「ブレーキ故障」という話をしている。とにかく今日の「1080」は具合が悪いらしい。

「1080」を囲んでなにか話し合うスタッフ(左) / DLに牽かれて転線した「1080(右) ●1977.6.26 日鉄葛生鉱業所

運転に向けて整備が続けられる「1080」(左)/ ファンも心配そうに見守る(右) ●1977.6.26 日鉄葛生鉱業所

しばらくすると「1080」はDLに牽かれ、構内中央付近に移動した。そしてスタッフの人たちによって整備作業を続けられる。今日の運転はどうなるのだろうか。

構内の南端にあるDL庫の脇には怪しい物体が..。 ●1977.6.26 日鉄葛生鉱業所

そうしていると、葛生鉱業所の南端にあるDL庫に何人かのファンが集まりだした。行ってみるとDL庫の脇はにシートを被った怪しげな物体が置いてある。どうみても機関車のようである。しばらくして関係者と思われる人たちがシートを剥がしはじめた。やっぱり、蒸気機関車だ!でもここ葛生で使われていたような感じではなく、どこかから運び込まれたもののようだ。細長い煙突、細いボイラー、連結器は上下に2つ付いている。相当痛んでいるように見えるが、まだ走れるのだろうか?それより、なぜここにあるんだろう?怪しい。周りにいた人から聞いた話だと、七尾から来た機関車だという。

全貌を現わした七尾から来たという蒸気機関車。その後に整備され、火が入るとはとても思えない。 ●1977.6.26 日鉄葛生鉱業所

じつはこの機関車、元・一畑軽便鉄道の4号機関車(コッペル社製)で、住友セメント七尾工場で使用・廃車後、葛生鉱業所で保管されていた。
その後大井川鉄道で「いずも」号として復元され、千頭〜のミニSLとして活躍、現在は
新金谷駅前プラザロコで静態保存されている。

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1973.1.281976.6.271977.8.28

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