病気のこと(小児急性リンパ性白血病)

かんた の発病から治療終了まで。治療方法や治療薬は進歩し続けてますし、詳細は病院によって違うと思いますが、ご参考までに。■最終更新日 2003/ 7/15■

診断

かんたは、3歳2ヶ月で小児急性リンパ性白血病と診断されました。「元気が無い」と近所の小児科を受診したところ、総合病院を紹介され血液検査。結果が出ると「専門の先生がいるので、そちらで詳しい検査を」と、また別の病院を紹介されて骨髄検査をうけました。(当時は分かりませんでしたが、専門というのは血液内科だったんですね) 0歳の げんた を抱いたまま、点滴を受けながら眠る かんた を見ていて不安でいっぱいでした。「検査の結果は出ましたが、お父さんがいらしてからお伝えします」という先生の言葉に、悪い結果だったんだと分かりました。

夕方、夫と一緒に説明を聞きました。「検査の結果、白血病でした。プロトコルに沿った治療をします。しばらくは輸血も必要です。治療を始めるにあたって保護者の同意が必要です。病名を聞かれて驚かれたと思いますが、現在は治療技術が進歩していて8割の子供が治っています」今覚えているのはこれくらい。質問しようにも何もかもが分からない状態でした。プロトコルの表を受け取って、治療や輸血の同意書にサインしました。

●プロトコル:Protocol:定められた治療手順のこと。白血病の治療は、著しい副作用が無い限り、病気の種類や程度に合ったプロトコルに沿って治療を進めるとのこと。

入院

そのまま入院です。母親の私が付添うことにしました。乳児 げんたの世話もあるので、夫は仕事を休む手配をしていました。骨髄検査の麻酔から覚めたかんたは、「うわぁ、ここにお泊まりするの? ママといっしょ? すごいなぁ」と、深夜まで興奮していました。「いつまでお泊まりなの?」と聞かれて、答えに困りました。

次の日から、さっそく治療が始まりました。先生に頂いた治療プロトコルの予定図には、CCLSG Low Risk ALL Protocolとありました。まずは完全寛解という状態を目指し、完全寛解になると次の治療に進めるということ。完全寛解というのは治癒ではないが、骨髄を検査しても白血病細胞が見られない状態になること。これは、2週間後と4週間後に行われる骨髄検査の結果でわかる、ということでした。「寛解が得られなければ予後が悪い」とも聞きました。治療が順調に進むようにと祈るような気持ちでした。

●ALL:(エー・エル・エル)急性リンパ性白血病の略
●CCLSG:日本の小児白血病治療グループの名前、他にJACLSというグループもある

寛解導入

<治療初日に始まったこと>
●朝一番に採血、これは当分の間1日おきに続きました。
●水分の点滴はしばらく続けるということで、そのチューブに治療の薬剤や、輸血の各種成分をつないでいきました。
●各種飲み薬が処方されてきました。(錠剤は飲めないので、すべて散剤・下記にリスト)
●尿の量と回数を調べること。(睡眠中のオムツの分も重さで計測)

子供が点滴を抜かないように気を付けること、薬を忘れずに飲ませること、トイレの回数を書いておくこと。やることができて前夜の茫然自失の状態から、一歩抜け出しました。昼寝のすきに売店で小さなノートを買って、メモをとることにしました。

数日の治療で かんたは元気がでてきて、点滴台を器用に転がしながら病院中を歩き回るようになりました。絵本に折紙、パズルやおもちゃなど、少しでも楽しく部屋ですごせるように工夫するのですが、とにかく歩き回りたい かんたに困りました。ちょっと目を離すと点滴を自分で持って走り出すので、あわてて追いかけると大喜び・・・・・・。

寛解導入の4週間、無事に治療が進みました。そして、4週間後の骨髄検査の結果「完全寛解に入りました」と言われました。ホッとして涙がにじみました。寛解導入で行った治療や服用した薬とその副作用を書いてみます。プロトコルの表に省略名の書いてあったものは、(かっこでくくって)併記しました。
骨髄検査(BM) または マルク
入院時、治療後2週間目、4週間目と計3回しました。腰骨に針を刺し、骨の中の骨髄を注射器で吸い取って、細胞の状態を検査します。入院時は、骨髄の粘りが強くて、なかなか引き出せなかったため、骨に2ヶ所穴を空けたと聞きました。その後は、サラサラした骨髄に戻ったため、1回で採れるようになりました。

暴れると危ないので、全身麻酔で行いました。そのため、前夜から薬も含めて飲食禁止です。プレドニンを飲んでいた かんた は、朝食の時間になると「ぼくのごはんが無いよー」と、泣いてました。
採血
はじめの2週間は1日おきに、その後は、週に1回か2回採血しました。点滴を入れている時は、逆流させるだけなので楽ですが、そうでない時は大泣き。腕を縛るゴムバンドを見ただけで逃げていました。
輸血
その時の状態に合わせて、赤血球、血小板、血しょうを選んで、輸血してもらいました。血小板と血しょうの輸血の時は、アレルギーがでることがあり目が放せません。症状は「じんましん」だったり、セキが続くことだったり・・・・・・「アレルギーかな?」と思った時は、看護婦さんに連絡して対応の薬(ステロイド?)を点滴からいれてもらいました。アレルギーがひどいと、呼吸困難になることもあるそうです。
プレドニン(PDN)またはプレドニゾロン
ステロイド薬。悪い細胞が自分から死ぬようにしむける作用があるとか。粉末状の苦い薬でしたが、水で溶いてそのまま飲ませてました。一度、試しに少しだけ親がなめてみたら本当に苦い!! それ以来全部飲んだ後には、ごほうびでジュースを飲ませていました。(ジュースやヨーグルトに混ぜてもOKとのことでした。)

服用の始めに「とにかく食べるようになりますよ」と聞いていた通り、服用開始後1週間くらいから、一日中「お腹すいたー」。当初は「元気が出て良かった」と、どんどん食べさせていたのですが、あまりの食欲になるべく食べ物以外の楽しみをみつけるように務めました。先生は「好きなだけ食べさせてOK」とおっしゃいましたが、本当に底無しに食べるのです。「食欲が出るというより、満腹感が感じられなくなる」という説明も受けました。お腹と顔がふっくら丸まるとしてきました。また、背中やおでこなどが毛深くなりました。

寛解導入中は、毎日3回服用。完全寛解後は、段階的に服薬量を減らして終了しました。また、寛解後も定期的に服用しました。退院後は、食欲以外にも、いろいろな副作用があった薬です。外来治療のほうにも書いてあります。

注射にはすぐ泣く かんた でしたが、薬を飲むときは「すごく大事な薬だから」と教えると、何種類あっても黙って飲んでいました。やはり、「早く元気になって家に帰りたい」と思っていたのでしょう。すこしでも治療の励みになるようにと、トイレトレ用のポスターを病室に貼りました。「苦いお薬飲んだら小さいシール。点滴や採血したら大きいシール」を貼っていきます。

ビンクリスチン(VCR)
週に1回投与。点滴をしている時は点滴チューブから、そうでない時は普通の静脈注射で投与しました。 漏れて皮膚につくと、炎症になる。
Lアスパラギナーゼ(L-asp)  ロイナーゼともいう
おしりに筋肉注射で投与。細い注射器なんだけど薬を注入するときに痛いそうで、「おしりの注射がある」と聞くと、「先生きらいー」と叫んでました。血液の凝固作用が下がるということで、この注射に合わせて血しょう輸血をしました。退院後は、注射の後が腫れたり痛んだりしましたが、入院中は特に副作用がありませんでした。

ザイロリック
点滴を続けて尿量が増えるので腎臓を守るためにと、治療開始から1週間だけ服用しました。プロトコルの表にはありませんでした。

バクタ
カリニ肺炎という感染症予防の抗生物質。隔日で服用しました。(外来治療終了まで2年以上服用しましたが、普通の風邪の予防には効き目が無いみたいです。)

外泊

寛解になったことで、1週間の外泊許可が出て帰宅しました。プレドニンを減量しながら飲むだけで、注射も採血も無し! 外に出たくてしょうがなかった かんた は大喜びです。「人込みを避ければ普通に過ごしていいです」と言われたので、三輪車に乗ってお散歩に行ったり、ドライブに行ったり。入院中のげんた の世話をしてくれていた、おじいちゃん、おばあちゃんも一緒に楽しい1週間を過ごしました。

また、外泊に先立って、はじめて今後の話を先生達から聞くことができました。
●順調に治療が進めば、退院後は保育園・幼稚園などの集団保育にはいれる
●感染症、特に水ぼうそうとはしかに注意する
●温泉や銭湯、プールには、1年間は行かないように

地固め療法

寛解後の外泊から戻ると、次の治療・地固め療法がはじまりました。4週間単位の治療を3回繰り返しました。(3クールと言うそう) 寛解導入時に比べて副作用の強い治療もはじまる一方、週末に帰宅(外泊)したり、外出許可をもらって1時間ほど院外を散歩したりできるようになりました。

はじめに、治療を3日間お休みしました。木曜に入院し、翌金曜日から治療を開始したため、ずっと治療が金曜日はじまりだったのですが、月曜からのサイクルに修正するためです。「新しい薬をはじめるのに看護師や医師の手薄になる週末よりも、週初めから始めたほうがいいですから。週末の外泊もしやすくなるし。」と説明がありました。 「せっかく順調に進んだ治療を3日も休むの?」と感じましたが、多少の変更は良くあることのよう。この後も、副作用が強く出たり、本人がかぜ気味だったり(一度はこじらせて喉頭炎にもなりました)、医師の出張などで、治療を延期したり順番を入れ替えることが何回もありました。

地固め療法中の治療や薬剤の副作用で印象の強かったことを書いてみます。L-ASP、VCR、PDNについては寛解導入と同じなの省略しました。副作用というのは、本当に個人差が多く、かんた は、副作用の少ない方だったようです。また入院中出なかった副作用が、退院後になってからあらわれることもありました。退院後の副作用については、別にまとめます。

メソトレキセート(MTX)
うすい黄緑色の効ガン剤、点滴に入れて投与。寛解導入では使わなかった薬なので、その強い副作用に驚きました。一番つらかったのは、吐き気と食欲不振。1回目の投与のときから、ベッドでぐったりしていました。食べようと思うと気分が悪くなったり、ちょっと食べてはもどしたり、食べ物の匂いに敏感になったり。つわりのようでした。それまでと味の嗜好も変わったので、食べられそうなものを少しづつ口にしていました。

毎回ではないけれど、口内炎もできました。氷を含んで冷やしたり、スプレー式の薬を吹き付けたりしました。(どちらも効果は気休め程度ですが、なにかしてもらうと気分が落ち着くようでした。)

副作用の脱毛は必須といわれましたが、かんた の髪はほとんど抜けませんでした。毛がパサパサした感じに細くなりましたが、それだけです。先生が巡回の度に「あれ? かんた君まだ抜けないの。おかしいなぁ」と、髪をつまんでいました。

次の髄注で使うのもこの薬剤です。

髄注
  骨髄中の脳脊髄液へ悪い細胞が浸潤していく(こっそり移っていって増える)のを防ぐ治療。脳脊髄液には、血液中の薬が届かないので、直接薬剤を投与するそうです。子供には全身麻酔で行う病院と、大人も子供も部分麻酔で行う病院とがあるようです。かんた の病院は前者。はじめの何回かは近くで見ていたのですが、エビのように横向きに丸まらせ、背骨の間から検査用の髄液を採取した後、MTXを注入していました。

麻酔のせいもあるかもしれませんが、MTXの点滴よりも副作用が強く、一番しんどい治療でした。1週間くらいは、食べ物の匂いだけで吐き気が起こり、本人が「お腹すいたー」と言っても、実際には食べれないことが多かったです。

ロイケリン(6MP)
粉状の経口薬。MTX同様の効ガン剤。空腹時に服用と言うことで、朝食前、夕食前に服用しました。

1回目の服用の後、血液検査の肝臓の数値が異常に上昇したため、2/3に減量しました。重度の肝臓障害とはいえ、見た目には黄疸など出なくてわかりませんでした。

小児慢性特定疾患の手続き
「小児慢性特定疾患の手続きをしてください」と言われました。保健所に申請すると、医療費がゼロになる受診券が発行されるとのこと。考えてみると、入院してから一度も医療費を払っていません。この制度が無かったら、治療に集中できなかったかもしれません。

医療意見書が必要とのことで、主治医の先生が記入してくれました。それまでは、目の前の治療に精一杯でしたが、意見書を読むと我が子の病気を客観的に捉えることができました。下記の病名もはっきり認識したのは、この時でした。治療状況や各種検査の実施状況や結果も書いてありました。なかでも驚いたのは入院時の骨髄検査の結果、腫瘍細胞が90%以上あったと知り絶句。(悪い細胞がいっぱいで骨髄がネバネバしていたとは聞きましたが・・・・・・そんなに多かったとは!)

疾患区分:   01 悪性新生物
診断名:    急性リンパ性白血病 FAB分類:L1
上記の医療意見書と、親の記入する認定申請書・同意書と、保険証・住民票・印鑑を持って保険所に申請に行きました。受診券は、後日郵送されてきました。退院後も毎年年度末に継続申請をしますが、継続の方は保険証も住民票も不要で書類を郵送するだけで済んでいます。

退院そして外来治療(維持療法)の始まり

地固め療法が終わると退院です。「白血病です」といわれた日のことを思うと、信じられない気持ち。このとき、かんたの顔は本当に真ん丸でした。満月顔という用語がぴったり、そしてお腹も丸々と太っていました。かんた は、遊んでくれた他の患者さんや看護婦さんに手を振ってニコニコと嬉しそうでした。でも、「また遊びに来てね」といわれると、笑いながらも「ここ、イヤ!」と答えてました。(実際、この後の外来時にも入院病棟には近づきたがりません。)

退院1週間後から、維持療法がはじまりました。2週間ごとに通院して外来治療を受けます。薬の量が変わるだけで地固め療法と良く似た2種類の治療を、4週間単位で繰り返していきます。予定は2年間。1年目は8週間ごと、2年目は12週間ごとにに髄注も行います。

院外処方
入院時は、病院内で薬が調剤されて看護師さんが病室まで持ってきてくれていました。退院してからは、医師に書いてもらった処方箋をもって、院外の薬局へ薬を調剤してもらいに行くことになります。自宅近くの薬局で処方箋を出すと、プレドニンは薬剤師さんにとっても珍しい薬だったようで、病名や現状を詳しく聞かれました。驚きを隠そうとしつつも、一緒にいた かんた の顔をまじまじとみられ当惑。

この薬局には、「隔離待合室」というガラス張りの小部屋がありました。それをみて、「そうか隣の小児科から、感染症の子ども達もくるんだ」と、ちょっと緊張します。調剤の待ち時間が長いので、すいている時は絵本など見ながらのんびり待ち、混んでいる時には買い物などをすませてから、ササッと受け取るようにしました。

プレドニン
4週間単位の治療の中で、5日間服用しました。服用が終わっても、何日かは影響が残るので、我が家で「プレドニン状態」と呼んでいた状態が、1週間くらい続きます。入院中は、とにかく空腹を訴えるだけでしたが、退院後は食欲がエスカレート。1日3食では、とても足りません。1日5食くらいごはんを作りましたが、きりがないほど。普通食を食べ出した弟 げんたの食生活にも影響するので、悩むところ。

常に空腹だからか精神的にも不安定で、とにかく怒りつづけたり、急に泣き虫になって弟のげんたに何か言われるたびに泣いたり、はたまた笑い出すと止まらないようでゲラゲラ笑いながらダンスを踊って見せることも。また、散発的に身体のかゆみを訴えることもありました。夜中に皮膚のかゆみを訴えて大泣きしながら起きてきて、落ち着くと「朝ご飯を食べたい」とか・・・・・・。

「かんた は治療を頑張ってるんだから」と思いながらも、頭ごなしに怒ったことも一度や二度ではありません。どこまでが、本人の性格や幼児特有のもので、どこからがプレドニンのせいなのか。まったく区別が付かないので、放任したり、叱ったり、毎回試行錯誤しながらの1週間でした。

MTX
1、2時間かけて生理食塩水にいれて点滴します。だんだんと、点滴直後に嘔吐するようになりました。嘔吐すると一緒にするはずのロイナーゼ(L-asp)が中止になります。かんたは「やったぁ。おしりの注射なしだぁ」と喜ぶのですが・・・

Lアスパラギナーゼ(L-asp)  ロイナーゼともいう
おしりに筋肉注射で投与。細い注射器ですが、薬の注入時にかなり痛いらしく、かんたに「病院に行くよー」と言うと、必ず「今日は、おしりある?」と聞かれました。注射の針が刺さるところを自分で見れないのも不安の一因だったのかも。でも、おしりの筋肉が一番痛くないそうです。

外来治療になってから、だんだん注射の跡が腫れて熱を持つようになり、注射の数時間後には歩くのも痛いほど腫れるようになったため、さらにロイナーゼ嫌いになりました。(同じ薬を続けていると、身体が薬を覚えてきて、副作用が増えてくるそうです)上記MTXの副作用が強くて中止することもありました。また、前回の接種の後、膵臓から炎症反応が出たということで、中止になったこともありました。

髄注と髄液検査
髄注の副作用も強くなり、だんだん胃液を戻すようになりました。麻酔のため絶食しているので、空腹を訴えながら胃液を戻していました。「ちゃんと目が覚めてからなら、食べて吐いてもいいよ。その方が楽かもしれない」とも言われ、いろいろ試しましたが・・・、やっぱりつらそう。でも、かんたは「食べて吐く」のが気に入ったようでした。

髄注のときは、丸1日かかるので、弟のげんたは夫と留守番だったり、保育園の一時預かりに預けました。朝髄注をしてもらって、お昼ごろ麻酔から覚めてきて、ウトウトしたり、吐いたり、食べたりしながら、夕方まで外来のベッドで横になっていました。夕方になっても、ぐったりしているので駐車場までおんぶで帰ります。「しんどかったら、一泊だけ泊まってもいいよ」と言われますが、かんた は断固拒否。

突然の治療終了

「あれ、かんた君。もう通院治療おわりだね」カルテを見ながら先生の一言。「次の外来で髄注をして終わりにしましょう」外来治療を2年間続けたある日、次の治療が最終のものになると決まりました。もちろん、かんたは大喜びです。これで、もう注射も服薬も何も無しになるんです。

最後の治療は、最後にふさわしく? 大泣きでした。一時は落ち着いて治療を受けれていましたが、大きくなるにつれて、自分では元気だと思っているのに治療をするのが理不尽に思えて仕方がないようです。「これで治りました。とは言えませんが、治療は終了です。あとは月に1回、検査に来てくださいね」と先生に言われて帰りました。「長い間、良く頑張ったなぁ」と、夫が食事に連れていってくれました。驚いたことに髄注の後なのに、かんたも嬉しそうに食事をしました。

かんたは薬をやめてから、プレドニンの影響が無くなったためか、顔やお腹がすっきりと痩せました。治療終了から数ヶ月、身長は伸びていくのに、体重はすこし減っていきました。痩せはじめはビックリしたのですが、「あぁ、これが本当の顔だったんだな」と思ったりしました。年齢のせいか薬のせいか、性格もだいぶ落ち着いてきました。

検査

外来終了後、毎月血液検査に通っています。1年後には「もう毎月でなくていいですよ。学校の都合のいい時に来てください」と、検査の期間も広がってきています。毎回、検査結果を聞いていますが、数値はその時々です。ヘモグロビンの数値が高い時・低い時、原因不明で白血球数が以上に高い時がつづいたり。なかなか「標準範囲」ぴったりには収まりませんが、細かい値に一喜一憂してもしょうがないと思うようにしています。


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