武蔵 滝山城



ファイルNo2035

八王子城前身の城。遺構は八王子城よりよく残る。

                       堀切     

@ たきやまじょう 
  別名 

A住所:八王子市高月町〜舟木町3丁目
B目標地点:滝山自然公園
C形式:山城  D比高:60m 
E現況:山林・自然公園

F遺構等:郭・土塁・堀・堀切・碑・説明板
G時代/人物:期/北条氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  20分

J撮影・訪問時期:2009年02月

  

道案内 

中央高速自動車道の八王子インタを下り、国道16号線に入り、北上します。1km先の左入町の信号を直進し国道411号線を越えます。さらに2km先の拝島橋南の信号で左折し、1.5km先の滝が原運動場まで行きます。運動場を越えた先が滝山公園でここから登ります。または、左入町の信号で国道411号線(滝山街道)に入り、3kmの舟木町三丁目の信号手前の右側にも入り口がありますが、駐車場はありませんので、注意ください。

訪城備忘録

丘陵の広い範囲を城域とし、深い堀が複雑に入り込んで作られています。各郭も広く、拠点の城としての風格があります。畝堀、障子堀などはないようですが、小机城・松山城、鉢形城などと同様、深い堀を巡らせた北条の城という感じを堪能させてくれます。三の郭手前の土橋を伴う折れの入った虎口、二の郭の食い違い虎口と二の郭を巡る深い堀、ちよっと分かりにくかったですが広い馬出し郭など見所は満載の城跡でした。

城址碑
歴史

永正十八年(1521年)に山内上杉氏の重臣で武蔵の守護代である大石定重が築城し高月城から移ったとされます。北条氏康は、天文十五年(1546年)の河越の夜戦で扇谷山内氏を滅ぼし、山内上杉氏の勢力を上野に後退させたため、定重の子の定久は、氏康の三男の氏照を娘婿として養子に向かえました。氏照は永禄元年(1558年)頃に滝山城を大改修したとされます。永禄十二年(1569年)に小田原城攻撃に向かう武田信玄の軍勢2万に攻められ落城寸前まで追い詰められたため、氏照は滝山城の防御不備を感じ戦略上有利な八王子城を築き天正十五年(1587年)頃移りました。

滝山城の遺構
現地案内板より         二の郭堀      
   主郭                  中の郭からの眺望
  
舟木町側の堀と登城道
土橋          三の郭付近         空堀
二の郭付近                  主郭枡形虎口
もうひとつの主郭虎口
信濃屋敷手前土橋               刑部屋敷付近の土塁
池跡付近
馬出し郭

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