丹後 / 宮津八幡山城



ファイルNo1964


                          主郭 

@ はちまんやまじょう 
  別名 猪の岡山城 

A住所:宮津市宮村
B目標地点:八幡神社
C形式:山城  D比高:150m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・石積・説明板
G時代/人物:室町期/一色氏?
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  麓の神社から20分

J撮影・訪問時期:2008年09月

  

道案内 

京都縦貫自動車道の宮津天橋立インタで下り、府道9号線を宮津中心地に向かいます。(4km先の信号が国道178号線です)インタの信号から700m先<大手川に架かる新松原橋の手前100m>の信号で右折します。200m先で北近畿タンゴ鉄道の踏切を越えると道は大きく左カーブです。250m先の右手に八幡神社の鳥居があり、その横に城跡説明板が立っています。
  
訪城コメント

神社鳥居横に駐車させていただき、神社まで登ります。本殿の右手裏手に道があり、100mほど入ると左手に登って行く道があります。分岐点には八幡山城の案内表示が設置してあります。すぐに道の左手に段郭が続きます。説明板には十数段の段郭とありました。途中、大きな盛り上がりの土壇状のところがあり、大土塁に見えますが、土塁上に石組が乗せられており古墳跡のようです。ここから段郭の切岸は高く鋭くなって行きます。主郭下までくるといったん大きな窪みのような箇所に至ります。大堀切なのかもしれません。さらに登ると段郭がまだあり、そのひとつは北に張り出していて、そこから天橋立が望めます。主郭からは木が邪魔をして天橋立は見えませんからここで眺望を楽しみます。すぐに上が主郭です。主郭といっても山の頂上というところで、20m四方程度の平坦地です。主郭周囲下には石が散乱していて、主郭切岸には石積みの痕跡のような感じのところが3ケ所程度あります。たぶんこの主郭は石垣があったと想像します。主郭に対して主殿は東の尾根側と思われます。わりと幅の広い尾根上に平坦地が続きます。先端には浅い堀切が残っていました。また、主郭南側尾根にも数段の段郭が認められますが、全部は見ていません。快晴の城跡は眺めもよく、目的の城跡から天橋立を見るという事も成ましたので、満足でした。

麓の猪岡八幡神社鳥居と城址説明板
歴史

築城時期、築城者は定かではないようです。史料には一色五郎(義清)の居城ともあるようです。天正五.六年(1578.9年)の織田信長方の丹後平定後の天正八年に細川藤孝・忠興親子に丹後が与えられ、この城に入城したとされます。細川親子は平地に新城(宮津城)を築き、八幡山城は廃城になったとされます。

室町幕府が成立後、一色範光が丹後・若狭・三河の守護となってから、丹後は一色氏の本拠(田辺市:建部山城)となったところです。戦国期、一色義道の代に細川氏の侵攻を受け、天正五年(1578年)に一色義道は建部山城を明智・細川氏に落とされ自刀しました。その後、丹後に入国した細川氏と一色氏は和睦をしますが、天正十年(1582年)には義定(義道の子)が謀殺され、義清(義道の弟)は抵抗の末、自刀したとされます。


主郭下から天橋立遠望               主郭から西側の眺望

主郭下切岸の石積み

  
  主郭東側下                        主郭下東側尾根の浅い堀切
西段郭の土塁(古墳?)
西側段郭の切岸
大久保山城から八幡山城遠望           一色義清自刀の地(一色稲荷社)

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