
『星屑の夢花火』
誰かに呼ばれた気がした―――。 それは、とても小さな声。唸る機械音に紛れて、その声は私だけに届いた。定期的に 動く機械を止めることは、息を止めることにも等しいとされている、偽りの世界。 何もかも冷たく、何も息づいていない。花も虫も植物といったすべての生き物、 そして私すらも「アース」の管理下に置かれている。機械を操作していた手を止め、 ぎこちない様子で上を向いてみる。ぎらりと光るレンズに、灰色の義眼と人工的に 作られたワイヤーのような黒髪の私が映る。このカメラは、二十四時間体制で稼動 しているため、私のようなできそこないを常に監視続けている。そのモニター越しに 私を見つめる複数の目は、私を「個」として見ていない。あくまで「研究材料」 として……。この狭くて息苦しい部屋に入って、もう何億年という時をここで 過ごした。もう、嫌だ―――。首の根元からコードを引き抜いて、硬い椅子に そっと寄りかかると同時に、こと切れた。 ――― ――― また、聞こえた。私を呼ぶのは……誰?うるさい―――。 私には感情がない。だって、そういう風に設定されているから。無様で継ぎ接ぎ だらけアンドロイドは、「アース」にとって今や邪魔以外の何物でもない。 フロアの端から、私と同じ型の試作品が、次々に回収されているのを知ってる。 「アース」に回収されたら、ブラックホール行きの印を押されたのと同じ。 人という概念からいうなら、「死」というものなのかもしれない。指定の回収日、 今度は私が回収されてしまう。 怖い、逃げたい。誰か―――助けて! 刹那、その深い闇に一筋の光が射し込んだ。それは、次第に闇を飲み込んで、 辺りは光に満ち溢れていた。 閉じていても分かるほどの眩い光、私はそっと目を開けてみる。栗色のロング ヘアーの女の子と金髪碧眼の男の子が私を覗き込んでいた。 「あ、起きたみたい」 「死んだかと思ったんだぞ?」 「怪我はない、クルミ?はい」 ふんわりと笑う笑顔が泣きたいほど懐かしく、彼女の優しさが「私」を呼び起こす。 クルミ、そうだ。それが、私の本当の名前―――。 「おい、本当に大丈夫かー?」 さすが、いつまでも茫然自失としていた私を心配したのか、彼もまた首を傾げて そう尋ねた。彼の名前―――?どうして私は、二人を忘れているの?見覚えのある 風景、大きく見える雑草のジャングルは一度入ったら、二度と帰れない。 そうだ。私は、ここを知ってる。 私は、この世界に―――創り物じゃない世界に住んでいた。それは、気の遠くなる ほどの昔だけれど―――。 緑豊かで自然あふれるこの世界に、妖精は確かに存在していた。これからも人と 妖精は共存していくものだと、信じて疑わなかった。だから、私も胡桃の妖精として、 他の妖精と楽しく毎日を過ごしていたんだ。この平和な日々はいつまでも続くと 思っていた。それにしても、目の前にいる二人のことは、何故か思い出せない。 「ごめん、大丈夫だよ」 私がそう返すと、二人は安堵の色を浮かべた。彼女の長髪が、稲穂のように風で なびく。それをそっと抑える仕草、揺るぎないあの瞳、何かの情景が一瞬だけ フラッシュバックされる。あれは―――? 「あ、雨の匂い。そろそろ帰らないと……」 「……うん。だけど、雨と違う―――」 彼は、険しい表情で空を見上げた。私から見たら、普通の空のような気がするけど。 雨雲なんてざっと見た限りでは、存在しない。 「周りの空気がおかしい、一体何が―――」 「と、とにかく急ごう!」 私達は、周辺の異常さに気付いて、走り出した。それと同時に、何もかも 薙ぎ払われた。他の妖精も帰る場所も一瞬で消えた。 何が起こったのか分からなかった―――。 だから、私達も吹き飛ばされてたことにすら気付かなかったし、それを 感じなかった。そのまま死んでおけばよかった、本当にそう思った。 ほんの少し意識があって、吹き飛ばされた二人が、息絶えていくさまなんて 見たくなかった。うっすら開いた瞳から、頬を伝って涙が零れる。 あ、私……泣けるんだ。 今、泣けることが嬉しいだなんて、どうかしてるよね。 視線で二人にそう問い掛けて、瞼を閉じた。次に目を開けた時、これが夢で あることを祈りながら……。 夢じゃなかった―――。現実は夢よりも残酷だった。 目をそっと開くと、目の前には白衣を着た複数の人が私を見ていた。身体が 思うように動かない。ブリキの玩具みたいに、身体全体が重く感じる。 何も出来なかった。忙しなく動く研究員は誰一人、「私」を見ない。 見ているじゃなくて、観察をしているのだ。私からしてみれば、それは監視 というもの。そして、何日か過ぎて研究対象から外れたのか、場所を薄暗い 部屋に移された。そこはとても冷たい場所だった。銀盤がタイルのように 嵌め込んであるだけの殺風景な部屋。そこに映る私は、変わり果てた姿と なっていた。灰色の義眼、黒いワイヤーでできた髪、鎧のような継ぎはぎの体。 さすがに衝撃的だったが、何故か涙は出なかった。私の姿なんて、どうでも良い。 私から奪ったすべてを、返して―――! 耳に付く定期的な機械音が私を覚醒させる。回収者の来る時間まで、 あと少しだけ時間がある。それまでに、手元にあったプログラムだけは完成させる。 それをすることが、私が出来るたった一つの抵抗だから……。手早くパネルを タッチして、滑べるような手つきで一心不乱にキーを叩く。画面に一つの星の図面 が映った。機械で動いている、この星の図面。この星の中心にある核を破壊とか、 そんな無謀なことはしない。その核に繋がるケーブルの一本だけに、ウィルスを 送り込む。そうすれば、この星は消滅する。ウィルスなど、どうやっても手に 入らない。持っている意味などないのだから。でも、私は体内に持っている。 回収される際、無抵抗の状態にさせるため、少しずつ体内に注入していくのだ。 体内に沈殿していく毒。その毒で、すべてを消滅させることができるなんて、 何だか滑稽だ。首の根元にあるコードをコンピュータの本体に差込んだ。 これで全てが終わる―――。二人とも、笑って迎えてくれるかなぁ。 そんなことを考えながら、瞳を閉じた。目の端から流れ出たのは、 涙みたいなオイルだった。 宇宙が震える。爆発した「アース」という機械の星は、意外とあっけなく 消滅した。この星は、地球に住む人々が生き残るために考案した、第二の地球 だった。政府が独自に話を進め、開発した星。地球に住む人々は、それを 知らない。空に咲く花火のような爆発を、二人の目が捉えた。 少女と少年は母親の手を引いて、興味を促した。 「ママー、あれなあに?」 「綺麗な花火ねぇ、でも何だか流れ星みたいね」 「ながれぼし?」 「ええ。二人とも、何かお願いしてみたら?」 「「うん」」 栗色の髪の少女と金髪碧眼の少年は、その流れ星に祈った。別に、何かを 願ったわけではなかった。二人は、ほんの小さな子供すぎない。 ただ、その流れ星が哀しいほど綺麗で、とても儚かった。小さな二人の瞳から、 自然と零れ落ちる涙を見て母親は驚いた。慌てて二人に理由を尋ねたけれど、 二人は一様にして首を傾げ、こう答えた。 ―――悲しかったから――― それは、地球という小さな惑星の日常で起きた、宇宙規模の悲しいお話。 それが、果たして真実だったのか架空の話だったのか、すべては星のみぞ知る。 終 |