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真空管の音

真空管の音のイメージ 「真空管アンプ」は今でも人気がある。大手オーディオメーカーのほとんどは真空管というデバイスを使ったオーディオ機器から撤退して久しいが、今だ真空管アンプを供給しているガレージメーカーはいくらでもある。コンシューマー用の真空管式オーディオアンプは、2万円の手軽なキットから百万円を超える贅沢なアンプまでよりどりみどりだ。スタジオ・レコーディングの世界でも、真空管式のマイクロフォン、マイクプリ、コンプレッサ、ミキサーが多数製造されている。ギターアンプに至ってはいわずもがな。20年前ではちょっと考えられないくらいの勢いで真空管が復活しているように思う。

半導体がオーディオデバイスとして普及するようになって40年くらいが経つ。トランジスタが普及しはじめた頃の事情を考えると、当時の真空管アンプはごく一部の高級品を除いて決して良い音ではなかった。現在に比べれば部品の質も悪く、いかに廉価に製品化するかに多くのエネルギーが注力されていたからだ。一方、トランジスタは真空管に比べて非常に廉価である、高価で重いトランスがなくても回路が構成できてしまう、低雑音性能が優れている、周波数帯域を広くするのが容易、といった理由によってあっという間に真空管を駆逐してしまった。おそらく、真空管式のアンプもほんとうはいい音がするものがあったんだと思うが、それは庶民の手が届かない非常にハイエンドで高価なものであった。

さて、真空管の音のイメージだが、いろいろな場面で目にする表現の筆頭は「あたたかい音」ではなかろうか。意味がいまひとつ不明確だが「ビンテージ・サウンド」なんていうのもある。おそらく、帯域はそれほど広くないけれど、とげとげしていなくて聞きやすい音のことを言っているのだろうか。真空管に関してあまり聞かない表現というと、「スピード感がある」とか「広帯域である」とか「歪み感のない、透明な、ニュートラルな」などがある。

でも、ほんとうのところ、どうなんだろう?

真空管の音はいいかわるいか 真空管の全盛期、1950〜1960年頃に作られた多くのオーディオ・アンプの周波数特性を調べてみると、そのほとんどが30Hz以下で減衰がみられ、20kHz以上でもすぐに減衰がはじまっているものが多数を占める。これは、12AX7/ECC83のような内部抵抗が高い(メーカー発表値は62.5kΩだが実測すると80kΩくらいある)球を使うことが多かったため、これに合わせるために音量調整ボリュームは250kΩ〜1MΩという高い抵抗値のものが使われたり、回路そのものが数十kΩ以上の高い回路インピーダンスをベースに設計されたことが大きな原因である。また、20Hz以下の超低域有害論もあって、多くのオーディオ・アンプは30Hz以下の帯域をカットするフィルタが組み込まれていた。加えて、低域時定数を決定する結合コンデンサ容量が十分大きなものが作れなかった、という事情もあたと思う。
名プリメイン・アンプで知られるLUX SQ38FDのライン入力〜スピーカ出力間の総合周波数特性は、カタログによれば、真にフラットと言えるのは40Hz〜15kHzにすぎず、20Hzと30kHzで-1dBの減衰が生じている。このアンプの音が悪いとは言わないが、一種独特の角がとれたトロンとした音がするアンプであことは誰も否定しないだろう。いわゆるLUXサウンドというやつだ。
回路インピーダンスが高いと、配線の影響を非常に受けやすくなる。ちょっとシールド線を延ばせばハイ・カット・フィルターになってしまうし、音量調整ボリュームの位置によって回路インピーダンスが大きく変動するために、思わぬところで高域がカットされる。近接した線間で生じる数pF程度の容量で容易に信号が飛びつく。このような現象は、回路インピーダンスが数kΩかそれ以下にできるトランジスタ回路では起こらないものである。

真空管というデバイスは、安易な設計を行うと簡単にアンプの物理特性が劣化する。そして、過去に製品化されたオーディオ・アンプの多くは、現代の水準からみたらいろいろな点で至らないことが多いと思う。そのことが結果的に、どこかなつかしい、刺激の少ない、あるいは味わいのある音を生んでいるのかもしれない。しかし、真空管というデバイスは、真空管全盛期においてかならずしも最適な回路技術に恵まれていたかというとそうでもない。真空管は、製造コストが異常に高く、機能の割りにかさばり、おまけに効率が非常に悪いという欠点を持っている。しかし、一方で半導体では代替できなかった優れた増幅・伝達特性も持っている。決して古臭いデバイスではない。ただ単に、ヒーターなどという熱食い虫がいて、振動に弱くて、ノイズがちょっとだけ多くて、扱いにくい側面があるだけ???なのだ。

真空管には、真空管に合った回路を与えてやることで、従来の真空管アンプでは出せなかった、もちろん半導体アンプでも出せていない世界をつくることができる。

回路設計が音を決める アンプの音は単にいくつかの物理的特性で決まるものではない。異なる設計で同じ周波数特性の2台のアンプを持ってきてその音を比較してみればよくわかるというものだ。一方のアンプは広帯域に聞こえ、もう一方のアンプはこもったような高域が伸びていないように聞こえたりする。低域についても一方のアンプはベースがくっきりとしかも腹に響くように聞こえるのに、もう一方のアンプは存在感のない遠くで鳴っているように聞こえることがある。高域が出ていないように思えても、だからといってそのアンプの周波数特性において高域が減衰しているとは限らない。歪み率特性が0.001%オーダーの超低歪み率アンプと、0.1%のアンプとを比べた時に、後者のアンプの音が濁ったり歪みっぽく感じたりするかというと、そのようなことはない。人間の聴覚と、アンプの物理的特性との相関ははなはだ複雑怪奇であるといわざるを得ない。しかし、アンプが違えば誰でも認識できるほどに音が異なっている。

この違いはひとえに回路設計技術と実装技術の違いだといっていい。そして、回路設計技術とは設計者の音に対する考え方そのものであるともいえる。不思議なもので、熟練した設計者は自分が求めている音が出る回路を設計することができるものだ。というよりも、自然に自分が好んでいる求めている音が出る回路に傾倒してゆくらしい。全く同じ真空管を使い、同じ回路構成を採用したとしても、設計者が異なれば真空管に与えられる動作条件は微妙に、あるいはかなり違ったものになり、選ばれる回路定数にも差が生じる。

たとえば、12AU7を単段で使って14dBの利得が得られる回路を設計したとしよう。12AU7を単段で普通に使うと22dBくらいの利得が得られてしまうので何らかの工夫をして利得を落とさなければならない。あるエンジニアは、通常の1段増幅回路にしてカソード抵抗に抱かせるコンデンサを省略し(いわゆる電流帰還というやつである)て実現するだろう。私だったどうするか。電流帰還が採用せずに、P-G帰還を使うだろう。結果的に同じ利得が得ら、この場合は歪率特性もほとんど同じになる。しかし、出てくる音は全然違ったものになる。

この2つの方式について、真空管回路設計の世界ではどちらがいい、という定説はない。だから、回路設計のプロがどちらを選んでも技術者として非難されることはない。しかし、物理特性がどちらも遜色なくても得られる音が違ってくる以上、結果として回路設計エンジニアの力の差になって現れてしまう。それは、回路設計エンジニアがどれだけ多くの良い音を聞き、彼自身が一体どんな音をゴールに設定しているのかに依存する。ゴールを持たないエンジニアが設計した回路が聞き手の心を打つことはないと思う。

実装が音を決める 全く同じ回路を使って2人のエンジニアにそれぞれ自由にアンプを作らせてみよう。部品も同じものを使わせることにしたとする。さて、出てきた音は如何に?

電子回路には回路図に描かれない部品というのがある。10cmの長さの2本の線が3mmの距離で接近していたら、これは立派なコンデンサになる(浮遊容量という)。1mの長さのシールドケーブルの芯線は100pFから250pFのコンデンサであるともいえる。まっすぐの線であってもインダクタンスを持つのでくるくると巻いてなくても高周波特性に影響を与える(リード・インダクタンスという)。銅線は一定の抵抗値を持つから、電流が流れている10cmの長さの線は、場所によって電圧が異なる。ここに50Hz(あるいは60Hz)の交流が乗っていれば、配線の仕方如何で容易にハムが出る。

だから、1本の抵抗器を取り付けるにしても、浮遊容量やリードインダクタンスのことを考慮して、影響が出ないような実装をするかしないかでアンプの音は違ってくることがある。アースの引き方によっても音が変化する。もちろん、ここで言う音の変化はほとんどわからない程度のこともあるし、明確に測定可能な違いとして現れることもある。同じ回路図を使ったアンプであっても、一方では安定感のある音がするのに、もう一方のアンプは音が出るどころかそれ以前に発振してしまった、という話はいくらでもある。さらに、発振したので安定度を確保するためにコンデンサを1個追加しました、なんていうことになってくるともう同じ音にはならない。

デバイスが音を決める 「真空管の音」というものはあるのだろうか。

一応、ここでは「ある」ということにしておく。では、何故そのように言えるのか。確実に言えることは、真空管回路と半導体回路とでは回路を支配するインピーダンスが大きく異なる。真空管回路の方が、回路インピーダンスがずっと高い。ということは、真空管の方が浮遊容量の影響を受けやすいということだ。逆に、半導体回路はリード・インダクタンスの影響を受けやすい。

いまだに理由は解明されていないが、真空管の種類によって音が異なるということはよく知られている。パワーアンプで良く使われる球にEL34とか6L6GCとかKT88という球があるが、これらはいずれも特徴的な音の傾向を持っている。その音の傾向は、回路方式を変えても失われることがないという点が面白い。誰がどんな回路で製作しても、6L6族の音は6L6族の音であって、EL34の音にはならないという厳然とした壁がある。

6L6は、戦前に開発され、もっぱら米軍で使われた球であり、戦後もジュークボックスやギターアンプに多用された球である。堅牢で信頼性が高く、電力効率が高く、比較的大きなパワーが得られる。私なりのコメントをするならば、6L6は見かけによらず繊細な音がする。そのせいか、オーディオアンプには滅多に使われなかった。EL34は6L6とほぼ同等の規模のパワー管で、欧州で開発された球であり、生い立ちが違う。そして、出てくる音は6L6よりも芯があり、バランスが良い。そのためか実に多くの著名アンプで使われた。しかし、そのEL34もEL34であるとわかる特有の音の傾向がある。

実は、トランジスタ等のディスクリート半導体素子にも固有の音というのが存在する。乱暴な言い方をすれば、音の良いトランジスタというのは存在するのである。1970年代であれば日立が開発した2SC458LGCがその代表であり、その末裔の2SC1775は今でも人気が高い。集積回路であるOPアンプにもそれぞれに固有の音がある。

しかし、デバイスの違いによる音の違いは厳然として存在するものの、回路技術や実装技術なしに、音のセンスなしにいくら音が良いと言われるデバイスを投入しても駄目である。

そこで再度、真空管の音はいいかわるいか 誤解を恐れずに申し上げるとすれば、『真空管は音が良い』を言い切っていいであろう。

真空管が優れている点のひとつは、特別に工夫がなされていない簡単で基本的な回路であっても、聞いて心地よい音を出してくれることである。これはもう半導体にはとうていできない芸だといっていい。2万円程度の廉価な真空管アンプキットであっても、それなりに満足度のあるアンプに仕上がってしまうのである。

一般論であるが、真空管アンプの音には芯がある。中低域のエネルギー感が損なわれにくく、存在感のある音がする。長く聞いていて疲れにくいというか、耳障りな音があまりしない。アンプによっては、太く、厚みのある音が得られる。

しかし、欠点もある。超低域から超高域に至る広い帯域感は得られにくい・・・悪くするとナローな感じになる。ともすると音がダンゴになる。クールさや透明感において半導体アンプに劣る。

私がよく真空管を使うのは、上記のうち特に、『芯がある』、『中低域のエネルギー感』、『全体としての存在感』が得られやすいからである。そこに、『広い帯域感』や『分離の良さ』や『定位の良さ』が得られるような工夫を加えることで、実用的なアンプに仕上げるようにしている。同じことを半導体アンプやOPアンプで実現するのは難しい。

もっとも、真空管というデバイスを使って『広い帯域感』や『分離の良さ』や『定位の良さ』を得ようというエンジニアはあまりお目にかからない。

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