Mic-Pre Technical Study & Information マイク・プリ技術情報
インピーダンス・マッチングとトランスの周波数特性

トランスの周波数特性 その昔、平衡タイプのマイクロフォンを使う業務用のマイクアンプでは、トランスは昇圧というありがたい機能がある一方で、必要悪という側面があった。トランスを使わない限り、平衡入力を扱うことができなかったからだ。半導体回路があたりまえになり、差動回路を使ったOPアンプが普及すると、誰にでも容易に平衡入力が実装できるようになった。おかげで、トランスなどという厄介者をお払い箱できるようになったのだ。全く、OPアンプを使えば、10倍(20dB)だろうが1000倍(60dB)だろうが、10000倍(80dB)だろうが、きわめて低歪みで帯域特性の優れたマイクアンプが安価に簡単に作れてしまう時代になった。

はっきりいって、オーディオ用トランスの需要はどんどんなくなってきている。日本で業務用トランスメーカーといえばタムラ製作所がよく知られているが、2004年になって大幅な生産縮小が行われてしまった。コストが高くつくわりに数が売れないトランスは不採算部門なんだね。しかし、レコーディング業界でトランス付きの真空管式マイクプリとかコンソールはどちらかというと高級機材の部類にはいりるというのだからヘンなはなしだ。高くても使いたい、という人がいるということなのだ。

トランスという部品は、実に気まぐれで気難しいオーディオデバイスであり、これを生かして使うには少々の電気的な知識があった方がいいと思う。というわけで、タムラ製のトランスを使ってトランスの癖なるものを学習しておこうというのが本章の狙いである。

以下の一連のグラフは、代表的な入力トランスであるTAMRA製TK20の実測データである。マイクロフォンなどの信号源インピーダンスが600Ω、300Ω、100Ωそれぞれの時、トランス2次側に負荷として与えたインピーダンスの値によって、伝送周波数特性がどのように変化するかを精密に測定したものだ。TK20は、入力(1次)側が600Ωのバランスで、出力(2次)側は10kΩ負荷が標準的な使い方とするように設計されている。インピーダンス比が600:10,000なので、巻き線比はその平方根である1:4.08のステップアップ型である。カタログ・スペックは以下のとおり。

Catalog No. Matching Impedance(Ω) Frequency(Hz,dB) Power Level Trans Ratio
TK20 600CT:10K 20-20K ±0.5 10dBm 1:4.08


信号源インピーダンスが600Ωの時

最初のデータ(下のグラフ)は、信号源インピーダンスが600Ωの時のものである。TK20は、2次側を10kΩで終端した時に、1次側の入力インピーダンスが600Ωになるが、10kΩだけでなく、×2倍の20kΩ、×3倍の30kΩ、×5倍の50kΩ、×10倍の100kΩ、そして開放のそれぞれの場合について測定している。この時の入力インピーダンスはそれぞれ、600Ω、1.2kΩ、1.8kΩ、3kΩ、6kΩ、開放になる。

信号源:600Ω

いずれの場合も、150kHz付近にピークがみられる。トランスの多くは、このように50kHz〜200kHzくらいの範囲のどこかに最低1個の固有のピークを持つのが普通である。開放時に、60Hz以下でわずかな減衰がみられる。帯域特性は、600Ω(×1)の時が最も良く、10Hz〜100kHzを-3dBでカバーしているが、3kΩ(×5)では10Hz〜70kHz(-3dB)となり、開放では10Hz〜55kHz(-3dB)まで変化する。可聴帯域の20Hz〜20kHzは十分にカバーしてはいるが、見えない(聞こえない?)ところではこのような変化が生じており、トーンキャラに微妙に影響を与える。

かつて、ニーブのマイクプリで、マイク入力トランスの2次側に取り付けるべき負荷抵抗を忘れてしまったユニットがあり、そのために60kHz付近に見えないピークが生じたところ、それがサウンドに微妙な変化を与えて話題になった、という事件がある。いいもわるいもそういうことなんである。


信号源インピーダンスが300Ωの時

2番目のデータは、信号源インピーダンスが300Ωの時のものである。最近のマイクロフォンのインピーダンスは、600Ωのものは滅多になくほとんどが300Ω以下なのでこのような値での測定をしてみた。いずれの場合も良く似た特性だが、1.2kΩ(×4)以上の時では60kHz付近でわずかながらも0dBを越えて上に出っ張っている。0dBを越えるピークが生じると、音にすくなからず色がつく。

信号源:300Ω


信号源インピーダンスが100Ωの時

3番目のデータは、信号源インピーダンスが100Ωの時のものである。最近のコンデンサ・マイクロフォンは出力インピーダンスが低いOPアンプを使っているので、ほとんどのものがこれに該当する。一見してわかるように3つのケースで70kHz〜80kHzでピークが生じており、そのうちの2つはかなり顕著である。また、150kHz付近のピークは0dBよりも下だが条件によってはかなり鋭い形状をしている。可聴帯域外のできごとであっても、こうなってくると明らかに聞いてわかる程度に音に色がつく。超高域にピークが生じていると、どことなくざわついた落ち着かない芯のない音になる。

信号源:100Ω

インピーダンスのバランスひとつでこのような著しい変化が生じるので、インピーダンスが低いマイクロフォンの信号をトランスを使ったマイクプリで受ける場合は注意がいる。このことは、トランスを内蔵したマイクロフォンの信号を、入力インピーダンスが1kΩ以上の電子式のマイクプリで受ける場合(こんなことはごくあたりまえに起きるね)にもあてはまる。

マイク・プリの入力インピーダンス設定 これまでのポイントを踏まえて、マイク・プリの入力インピーダンス設定法を整理してみる。

<入力トランス式マイク・プリ>

スタジオ等で使用しているマイクロフォンのほとんどはインピーダンスが50Ω〜200Ωの間のどこかにあるのが普通である。この場合、マイク・プリ側の入力インピーダンスはマイクロフォンのインピーダンスと同じか2倍程度で設定して音を確認してみる。これが最も大人しい、禁欲的な音だと思う。徐々にインピーダンス値を高くしてゆくと、音に元気がでてくるか、ヒャラヒャラと耳につく音がするようになってくる。耳で聞いて明確に音が変化した場合は、ほぼ確実に超高域でピークが生じている。安定した周波数特性を得たいのであれば、マイクロフォンのインピーダンスの2倍〜4倍程度の入力インピーダンスで受けてやれば間違いないだろう。

<電子平衡式マイク・プリ>

現代のほとんどのマイク・プリの入力は電子平衡方式である。トランスを使わないで、抵抗負荷で受けるように設計されている。抵抗負荷で受けた場合は、音の変化はわかりにくくなるものだが、それでもわずかながらに入力インピーダンスを高くしてゆくにつれて音の芯がなくなってくるのが普通でである。

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