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第二部「ライター編」#111〜#150ヘ





■某Aさんのエロゲークリエイター体験記151

「そうでしょうか…」
Aさんは、社長の言葉に同意しかねた。
ある程度のドラマ性はあってもいいと思う。エロゲーといっても物語を作ってるんだから、
物語を物語として収めるには、登場人物たちの感情に多少の起伏があったほうが、収まりがいいのではないだろうか…。
Aさんが首を傾げながら、社長にどう反論しようか考えていると、
「A君。僕等は、商品を作ってるんだよ。ユーザーが求めていないゲームを作ったって、ご飯は食べていけないよ」
その言葉は、Aさんの胸に深く突き刺さった。
「僕等は、ユーザーさんあってこその存在だからね。ゲームが売れなきゃ会社も維持できないし、みんなの給料も払えない。
それに…いま僕等は、かなり危機的な状況だからね。このゲームが売れなきゃ、会社は倒産だ。
だから、いままで以上に、ユーザーの方を向いてゲーム製作にとりかかるべきだと思うのね」
「…………」
社長の言葉に、Aさんは反論することができなかった。
結局、社長のいうとおり、プロットに手を加えることになった。
「そこもいらない。その代わり、ヒロインとデートにいくイベントをいれよう。で、夜は主人公の部屋でエッチ。これだ」
「え? でも、このシーン変えちゃうとイベントCGが…」
「そのイベントCGは、まだ出来ていないでしょ? だったら、発注しなおせばいいよ」
社長の言葉どおり、Aさんはプロットに手を加えていく。
社長の言葉は、確かにAさんにも理解できた。いまは、物語がどうだとか作家性がどうだとか、言ってる場合じゃない。
このゲームが売れなくちゃ、背骨ソフトは倒産してしまうのである。
しかし…Aさんの胸にはどこか釈然としないものがあった。

――ここも削るとなると…本当に起伏のない単調な話になっちゃう。本当にこれでいいのか?

社長の指示で変更したプロットは、どうみても面白くない。
ただ、Hシーンと、萌えシチュエーションがならんでいるだけの、なんの意味もないストーリー。
これじゃあ、プレイしたユーザーは、なんの感情もいだかないし、たんなるヌキのおかずとして終ってしまう。
だが、社長はこれでいいといってる。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記152

Aさんも、エロゲーのエロが濃いことは賛成だった。
この会社に入る前は、エロの薄いエロゲーなど、どれだけ感動しようがなんの価値もないものだと思っていた。
しかし、深魂込めて折角作ったゲームがただの抜きゲーとして終ってしまうのは、なんとなく面白くない気がした。
どうせ作るんだから、ユーザーの心に少しでも残ってもらいたい…。
Aさんのこの心境は、Aさんだけじゃなく、H子さんもIちゃんも、L氏やE氏も、作り手が等しく持ち合わせている感情だった。
が、社長はそれがいけないのだという。
「エロゲーはあくまでも商品。買ってくれるユーザーがいてこそ成り立つ商売なんだ」
商品に、作り手の意向を反映させるのはいいことだが、それも全てユーザーのためであるべきであって、
作り手側の一方的な意地や思い込みを介入させるべきではない。
昔のAさんだったら、社長の言葉に素直に同意しただろう。
無駄なシーン入れるより、一つでもHなシーンを入れるべきだと、主張しただろう。
しかし、作り手側に回ったAさんは、いとも簡単に、昔抱いていた「エロゲーとはこうあるべき」という原理を見失ってしまっていた。
エロいシーンよりも、作品としてユーザーの心に残って欲しい物を作りたいと思うようになっていた。
それはそれで間違いではないと思う。Aさんの心情、社長の心情、どちらも間違っているとはいえない。
一ついえることは、どちらの意見が正しいのかを選ぶのはユーザーである。ということ。
最初のプロットどおりドラマ性を盛り込み、それで評価が受ければ、社長の言ってることは間違っていたことになる。
エロを増やして、単なるヌキゲーとして終っても、ユーザーがそれを支持してくれれば、その選択は正しかったことになる。
どちらも正論…ではなく、ユーザーに支持されたほうが正論なのである。
これ以上、明快な判断基準はない。
しかし、どちらの意見がユーザーに支持されるか判明するのは、ゲームが出てからということになる。
「うん。いいんじゃないかな。これなら、5000、いや6000本は売れると思うよ」
修正したプロットを見て、社長は満足そうに呟いた。
「L氏降板の穴を、これで少しは埋められればいいのですが…」
プロットに目を通した、F氏とJ君も納得の表情を浮かべた。
この二人が同意すると言うことは、ユーザーはこのプロットを支持する可能性が高いということなのだろうか…。
果たしてユーザーはこの決断にどういう判断を下すのか…それは、発売後になってからでないとわからない。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記153

H子さんに変更になったイベントCGの発注を掛けなおし、
それからAさんはシナリオの執筆作業に入った。
すでに1ルート書いているので、文体や、キャラ同士の掛け合いの温度など、
基本的なことは心得ている。あとは、兎に角手を動かすだけ。
「うぉぉぉぉ!」
と、叫びはしなかったが、まさにそれぐらいの勢いでAさんはシナリオを書き始めた。

まず始めに、メインヒロインのルートから書き上げようとAさんは考えた。
メインヒロインの設定は、水泳部のコーチとして赴任してきた主人公の従妹であり、
他のヒロインの中で唯一主人公の過去を知っている。
性格は、明るく、やや気が強め。コーチと生徒という関係よりも、生意気な妹と頼りない兄、
といった感じのやりとりがメインヒロインと主人公との間で交わされる。
だが、二人の関係に発展はほとんどない。
社長が主人公とヒロインの間で起こるストーリーをほとんど削ってしまったため、
二人の関係は――肉体同士の関係以外では――ゲームが始まってから終るまで、一切変化はなかった。
ストーリーとしては、凄く中途半端。というより、ないに等しい。
だけど社長はそれがいいという。
「ヒロインと主人公は、いつまでも、ぬるま湯のような関係を続けていくのが理想」
それが、ユーザーの求めている物だ。と、言われてしまえば、Aさんはうなずくしかない。

永遠に発展しない、一昔前のラブコメ漫画。要約してしまえば、その一言で収まる。
漫画と一つ違う所は、所々で主人公とヒロインがHすること。
それもなんの必然性もなく…。
「うーん」
ふと、書く手を止めて、Aさんはうなった。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記154

――どうかんがえても、前のプロット(L氏が考えた)のほうが話としてはちゃんとしている。

社長の命令で手を加えたストーリーは、シナリオとはいえない…。
ただ、Hシーンと日常シーンを交互に繋ぎ合わせただけの散文だ。
途中まで書き終えたシナリオを読み返しながら、Aさんは納得できない顔で、ずっとうなっていた。
L氏が降りる前に書いたヒロイン5のルートはL氏のプロットをそのまま使ったので、まだ、シナリオに起伏があった。
ヒロイン5は、ほとんどお遊びのような水泳部の中で唯一真面目に部活に取り組んでいるヒロイン、という設定だ。
後半では、Hシーンそっちのけで、選手権出場を目指すヒロイン5と、彼女にほだされたダメコーチの主人公が、
二人三脚で夏休みの終わりに開催される県大会に向けて猛特訓を開始する。
といった感じの、ちょっとしたスポ魂物になっている。
こちらのほうが、まだ真面目にシナリオを書いているという気がしたし、なによりも面白いとAさん自身思っていた。
「う〜ん…」
二つのシナリオを読み比べてみて、もう一度Aさんは唸った。
そこに、H子さんと広報素材の打ち合わせをしていたJ君が、難しい顔をしているAさんを見つけ、近づいてきた。
「Aさん。そんな怖い顔してどうしたんですか?」
「いや…。実は――」
Aさんは、いま悩んでいることを全てJ君に打ち明けた。
ユーザーがなにを求めているのか、一番ユーザーに近い立場で仕事をしているJ君ならよくわかっているだろうと思い、
正直な意見を聞いてみたかったのだ。
「そんなことで悩んでいたんですか?」と、呆れた顔をしてJ君が言う。
「そんなの考えることじゃないですよ。いまの僕等のゲームがユーザーの目にとまるには、
HシーンのCGをバンバン雑誌やHPにUPして、無理やりにでもこちらを振り向かせるしかないんです。
うちのHPを開いてください」
言われたとおり、Aさんは背骨ソフトのHPを開いた。そして、「ゲーム紹介」の中の「ギャラリー」のコンテンツに入る。
「いまの所6枚ですね。紹介しているHCGの枚数は。これを発売直後までに、12枚まで増やす予定です」


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記155

J君が言うには、発売前に紹介するCGは全てHCGのみにする方向で、今回の「スクール水着」は「萌え」から「萌えエロ」ゲームへと
営業方針を転換させたんだという。
「L氏の抜けた穴を埋めるのはこれしかないんです。H子さんの絵を全面に押し出し、なおかつエロが充実してますよと、
アピールする。これ以外にユーザーを獲得する手はありません」
だから、J君的にはもっとHなシーンを増やしてもらいたいぐらいだという。
「いっそのことHCG率80%! と、広告にデカデカと打ちたいぐらいですが、
それだと流石に詐欺になっちゃうんでやめました」
だけど、ゲームを売り込みに行くJ君たちからしてみれば、そのぐらいわかりやすいセールスポイントがあったほうが、いいと言う。
いまの苦境から逆転を狙うにはそれしかない、と。
「でもさ、J君。これ見てよ。社長に言われるがまま、Hシーンを増やしたためにストーリー性が全くなくなってるんだよ。
いまのプロットには。このプロットは、正直言ってまともなストーリーだとは思えないんだけど…」
Aさんの発言に、J君は少し驚いたような表情を作った。そして、一度咳払いしてから凄くいい辛そうに、
「あの…Aさん。こういっちゃぁなんですけど…」
「…?」
「L氏が降りた時点で、僕等のゲームにストーリー性なんて期待しているユーザーさんなんていませんよ。
多分、買ったお客さんのほとんどは、Hシーン以外はスキップしちゃうと思うんで、そんなに難しく考えることないと思いますよ…」
「ス、スキップ…?」
Aさんは、J君の言葉を疑った。
だが、冷静に考えてみればそうである。
初めてシナリオを書いた自分の文章をお客さんがまともに読んでくれるわけない。考えが甘かった。
お客さんは全部ちゃんと読んでくれるものだと勝手に思い込んでいた。しかしそうじゃない。Aさんにだって経験はある。
抜きゲーで、Hシーン以外のところはほとんどスキップして飛ばしてプレイした経験が…。
「でもまあ…全く無駄だとはいいません。日常的なシーンだってゲームの一部分なんですから、
力入れて書いてもらう分には一向に構いません。だけど、当然Hシーンのほうが重要ですから、そこだけちゃんと押さえて置いてくださいね」
そういってJ君は開発室から去っていった。
「…………」


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記156

一ヵ月後。マスターアップの二ヶ月前。

G先生からシナリオが送られてきた。
まだ、一人目のヒロインだけだが、こちらの注文どおりの分量と内容でキチンと最後まで上手く収まっていた。
なんの迷いもなく、与えられた仕事を淡々とこなす――G先生のシナリオを読みながらAさんは初めてプロのシナリオに触れたような気がした。
だが、いつものG先生節は健在だ。
「あのさA君。手が空いたら、このHシーン書き足しといてくれないかな?」と、10クリックで終っているHシーンを示して社長が言う。
「わかりました。もう一本のルートのほうも、送られてきたら書き足しておきますね」
「悪いね。G先生もこれがなけりゃ、いいライターだと思うんだけどね…」
うんうん、とAさんは激しく社長の言葉に同意した。

先生と同じく、Aさんも昨日メインヒロインのルートを書き終えた。
色々と苦悩はあったが、J君の言葉で逆に吹っ切れることができた。
「うーん。A君のシナリオもさっき読んだけど、中々よく出来てるね。さすが僕が見込んだけのことはあるよ」
と、珍しく社長からお褒めの言葉をいただいてしまった。
なにしろ、社長の指示どおり、あの起伏のないプロットのまま書いたのである。不満に思われる点など生まれるはずもない。
「この調子で、もう一人のヒロインのほうも頼むよ」
「任せといてください」誉められてちょっと余裕が生まれたAさんは、自信たっぷりにそう答えた。

そして、更に一ヵ月後――。シナリオの締切日がきた。
「よし、これで全部だね」
G先生のシナリオと合わせて、全部で1Mちょい。当初の予定よりは少し分量が減ったが、全てのルートのシナリオは無事揃った。
後はこれを台本化し、音声を収録し、スクリプト化してゲームを完成させるだけである。
「ふう〜」
とりあえず、Aさんは一息ついた。本来だったら、Aさんの担当するシナリオは1ルートだけだったのだが、
予想外のハプニングにより3ルートも担当する羽目になった。
しかし、それも今考えてみるといい経験だったように思う。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記157

収録のためシナリオを台本化しなくてはいけない。
Aさんは書き上げたシナリオを会社にあるコピー機で印刷しながら、深いため息をついた。
「いったいどれだけ紙使うんだよ…」
会社にあったコピー用紙1000枚使ってもまだ終らない。
単純に1Mといっても、それらを全て台本化し印刷して吐き出すだけで、とてつもない量になる。
一部1200頁。
それが人数分だから…使用するコピー用紙は一万枚を超える…。
考えるだけで気分が悪くなってくる。
しかし、この作業が終れば音声の収録である。
声優とかあまり興味のないAさんだったが、そういう現場に行ったことがないので多少楽しみではあった。
「ふう。やっと終った…」
紙の束を抱え、Aさんは開発室に戻った。

「で、収録のスケジュールですが、現場に行くのは社長とAさんですか?」
「そうなるね。G先生も時間が空けば同行するって言ってた」
J君と社長が、打ち合わせをしていた。
「社長か、Aさん。どちらか一人スクリプト要員で残っていただけないでしょうか?」
「うーん。そっか。デバックの時間を取らなきゃいけないから、スクリプトは早めに終らせておく必要が
あるね」
社長が腕を組んで考える。
「あ、A君。ちょうどよかった。来週から音声の収録が入ってるんだけど…
A君は、スクリプトのため残ってもらえないかな?」
「はあ…」
台本の束を抱えたまま、Aさんは気のない返事を返す。
「今後のためにもスクリプトの勉強はしといたほうがいいよ。J君が全部教えてくれるから」
「では、収録は社長とG先生にお任せしましょう。Aさんは僕とスクリプト作業ということで」
なんだかしらないが、強引に決められてしまった。楽しみにしていた音声の収録作業は、おあずけとなった。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記158

「いてて…肩が凝った」 Aさんは、キーボードから手を放し、肩を回した。長時間同じ姿勢での作業は、流石に堪える。
J君からスクリプトを習いながら、一つ一つシナリオに打ち込んでいく。
タグを覚えてしまえばあとは簡単。ちょっと複雑なHTMLみたいだった。

開発はいよいよ大詰めである。このスクリプト作業が終れば、後はデバックをし、完成となる。
マスターアップまでの1ヶ月弱、この期間にどれだけの完成度まで高めることができるかが勝負である。
ここ一週間。Aさんだけじゃなく、従業員全員が会社に泊まりこんで、作業を続けていた。
「ん?」
ふと、AさんはIちゃんたちのほうを見た。二人とも、まるで死人のような顔で机の前に向かっている。
どちらも、ここ半月ほど一度も家に帰っていない。理由は、H子さんの作業が遅れていることにあった。
「…ごめん。ちょっと夜風にあたってくる」
握っていたシャーペンを放り出し、H子さんはイスから立ち上がる。
「ダメですよ! さっきもそういって、一時間以上も外出してたじゃないですか!」
開発室から出て行こうとするH子さんを、Iちゃんが身体を張って止めた。
「…じゃあ、ご飯食べに行ってくる」
「さっき食べてましたよね? そんな嘘はいいですから早く作業を続けてください」
H子さんは、なにかと理由をつけて開発室から出て行こうとしてる。それを必死で止めるIちゃん。
H子さんがテンパッてる理由は、原画の遅れにあった。二ヶ月開発を延期した分、すでに終ってなくてはいけないのだが、
運の悪いことに、背景をお願いしていた外注スタジオが先ほど突然倒産してしまったのである。
そのせいで、出来上がっていない背景原画がH子さんの所に回ってきてしまい、H子さんの作業はどっと増えた。
「お願い、五分でいいから」
「ダメです。早く作業に戻ってください」
二人の微笑ましいやりとり(?)を目の当たりにし、本当に間に合うのか不安になってきた。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記159

スクリプト作業も大詰めに入り、Aさんは今日も会社に泊まりこみで作業を続けていた。
時計は、夜中の四時を過ぎている。
「…くー」
Aさんは机に突っ伏したまま眠っていた。連日の作業で、疲労はピークに達していた。
「……うん?」
突然肩に毛布を掛けられて、目を覚ます。
「あ…ごめんなさい。起こしちゃった?」
「H子さん…。あ、いえ。ありがとうございます」
見渡すと開発室には誰もいない。Iちゃんも、今日は久しぶりに家に帰ったようだ。
Aさんは眠い目を擦りながら、机から身体を起こした。暗い開発室。
「H子さんは、まだ作業続けていたんですか?」
「ええ。今終ったところよ。眠ろうと思ったんだけど、目が冴えちゃって」
と、ポットのお湯をカップに注ぎながら、H子さんは答えた。
「原画のほうはなんとかめどが付きそうよ。A君にも迷惑かけちゃってごめんなさいね」
カップに注いだお茶を、H子さんは差し出す。Aさんはそれを受け取り、
「迷惑だなんて…」
「私、あまり書くの早いほうじゃないから、いつも周りに迷惑かけてばっかりなのよね。
一々フォローしてくれるIちゃんには申し訳ないと思ってるわ」
そういって、お茶をすすった。
「前から訊こうと思ってたんだけど、A君はどうしてライターになろうと思ったの?」
「俺ですか? 俺は…特に理由はありません。なんとなく…ですかね?」
と、頭を掻きながら曖昧に返答する。特にはっきりとした目標があってライターになったわけじゃない。
ただ、コンビニのレジを打つバイトに飽きたから…。理由と言える理由はそれぐらいだろうか。
「そう。私も似たようなものよ。はっきりと、原画家になろうと思ったわけじゃなく。
漠然と絵を描いて同人誌を作ってたら、いつの間にかこうなってたわ」
「そうなんですか。ちょっと意外ですね」


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記160

「そうかしら。皆とは言わないけどだいたいの人はそうなんじゃないかしら?
ただ、絵を描くのが好きでとか、文章を書くのが好きでとか。
そういう人じゃないと、こんな仕事に就いたところで続けていけないと思うしね」
H子さんは、傍にあった布団に目をやった。
H子さんも、もう一月以上泊り込んでいる。ろくに家にも帰れないような仕事を「好きだから」という理由だけでは、
続けていけないと思うが…。
「やめようと思ったことはありませんか?」
今度はAさんが、訊いた。まともな生活を遅れないこんな仕事、いやになるときもあったはず。
H子さんは、カップを見つめながら苦笑した。
「毎回思ってるわ。締め切りが間に合わないときとか、思うように描けないときとか…。
実はね、前回の開発が終ったときも、本気でやめようと思ったの。でもそのたびに思いとどまってるわ」
そういて、H子さんは立ち上がり、押入れの中からはがきの束を取り出した。
「これ、前回のゲームのアンケートはがき。A君は見たことないか」
はがきの束を受け取ってAさんは目を通す。40枚ほどあるはがきには、ゲームの感想が書き込まれていた。
「前回の開発の後、私がやめずに続けたのはそのはがきのお陰なの。ほとんどが手厳し意見ばっかりだけど、
中には誉めてくれる人もいて…そういうのを見ちゃうと…ね」
H子さんの言うとおり、40枚あるはがきのうち、肯定的な意見がかかれているはがきは2、3枚しかなかった。
「ありきたりだけど、作ってる側としてはこういうのが一番“利く”のよ。
十人に否定されても、たった一人誉めてくれる人がいれば、その人のために『がんばろう』って思えちゃうのよね。
自分でも、なんて単純な思考回路してんだろ、って思うけど、そういうものなのよ…」
「なんとなくわかるような気がします…」
はがきに目を通しながら、AさんはH子さんの言葉にうなずいた。
「今回のゲーでも、一人でも多く買ってよかったと思ってくれる人がいれば、いまの苦労なんてたいしたことじゃないって思えてくるわ」
「だといいですね…」
H子さんの言葉にうなずきながら、果たして自分たちの作ったゲームがどう評価されるのか、Aさんは心配になってきた。
それこそ、一人も評価してくれないかもしれない。逆に、大絶賛される可能性もある。
そして、Aさんたちはマスターアップの日を迎えた。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記161

マウスをクリックする音が開発室内に響く。みな疲れきった顔で、パソコンの画面を睨んでいる。
社長がふと顔をあげて時計を見た。
「時間だ。…みんなお疲れ。ここまでだね」
ふう、とみんな一斉に魂が抜けたようにイスの上で脱力する。
マスターアップ。
八ヶ月にも渡る開発からようやく解き放たれたみんなの顔は、疲労の中にも晴れ晴れとしたものがあった。
「お疲れ様でした。みなさんよくここまで頑張ってくれました」
と、F氏がみんなの労をねぎらう。
「あー眠い。私ももう年かしらね」
と、H子さんが早くも帰り支度を始めた。
「マスターは、僕とFさんが会社に持っていきますので、社長も今日は休んでください」
「うん。頼むよ。J君も、お疲れ」珍しく社長が、J君に優しい言葉をかけている。
「それにしても、今回は重大なバグがなくてよかったですね」
「まだわからないよ。けど、デバックの時間もちゃんと取れたしね。前回みたいなことはないんじゃないかな?」
自信たっぷりに社長は言う。一通りのOSで試したところ、ゲームの途中でいきなり落ちてしまうなどというバグはなかった。
恐らく大丈夫であろう、というのがみんなの見通しである。
「さ、みんな今日はゆっくり休んで。次回の開発に備えて」
「もう社長、終ったばかりで次の開発の話なんてしないでよ」
そう言って、H子さんはそそくさと帰宅した。J君たちも、焼いたマスターを届けに会社を後にする。
残ったのは、Aさんと社長とIちゃんだけ。
「A君、次の企画のことなんだけどさ。なんかアイディアない?」
と、社長はすでに次回作のことで頭が一杯のようだ。その後ろで、Iちゃんがまだデバックを続けていた。
「Iちゃん、もう帰っていいよ。二週間も泊り込んでるからお母さん心配してるんじゃない?」
「あ、はい。でも、ちょっと気になることがあって…」
「気になること?」
「はい。実は…この回想シーンなんですけど、最後のHシーンを何度見ても表示されない気が…」
「え?」Aさんと社長は、同時に表情を強張らせた。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記162

10分後…。
「やっちまった…」
Iちゃんのいうとおり、最後のHシーンだけ回想シーンに映らない。単純なスクリプトミスだった。
「いまから修正は無理なんですか?」と、Aさんが社長に訊く。
「無理だね。多分もう、J君たち向うに着いちゃってるよ…」
「修正パッチを出すしかないですね…」はあ、と社長は深いため息を吐き出した。
結局、回想シーンの件は諦めるより他なかった。それ以外に目立ったバグは特になかったのが唯一の救いだ。
Aさんは、その日久しぶりに家に帰り、疲れた身体を布団の上に横たえた。

その日、Aさんは夢を見た。
終ったばかりの修羅場に、再び身を投じている夢である。
作っているゲームは、Aさんが企画し、シナリオを書いた背骨ソフト第三段「トラック娘」
みんな死に物狂いで、それぞれの作業に没頭している。
それをすべて指揮しているのは、Aさんである。
気が狂いそうなほど忙しかった。だけど、みんなの顔に疲労や焦燥はみられなかった。
前作のスクール水着が評判を呼び、背骨ソフトは一躍中堅メーカーに踊り出た。
今回の第三段「トラック娘」は背骨ソフトが社運を賭けて発売する大作アドベンチャーゲーム。
前評判も上々で、この一作がもし売れれば、背骨ソフトは一躍大手メーカーの仲間入りを果たす。
目が回るような忙しさの中で、Aさんは充実した日々を送っていた。
背骨ソフトの従業員同士、喧嘩し時には励ましあいながら、ひとつの目標に向かっていくことの楽しさ。
ゲームが完成したときの喜びや、達成感を分かち合う人がいることの幸せ。
辛いことも多いが、それ以上に毎日が充実していた。

「…………」
しかし、それは夢である。
目を覚ましたAさんは、なんだ夢かよ…と落胆しながら布団の上で肩を落とした。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記163

マスターアップから二週間後。
昨夜家で考えた次回作の企画のアイディアを持ってAさんは出社した。
今回のゲームで、萌えというものが多少理解することができた。きっと、社長も自分のアイディアに賛成してくれる
だろうと期待し、開発室のドアを開いた。
「おはようございます…。ってあれ?」
開発室には誰もいなかった。もう、出社時間は過ぎているはずなのに…。
ふと、会社のホワイトボードが目に入った。
「出社した者から全員、事務所に集ること」
なんだろう、と首を傾げながらAさんは事務所に向かった。

事務所内では、社長とJ君、そしてF氏が暗い顔をして座っていた。
その時点で、Aさんはなにがあったのか理解した。
やがてH子さんとIちゃんも出社して、ミーティングが開かれた。
「……それじゃあJ君」と、社長は隣にいたJ君をうながした。J君はうなずき立ち上がる。
「はい…。えー、みなさん。昨日、スクール水着の受注本数が決まりました」
と、切り出すJ君の言葉は酷く力ない。
「……」
みんな一斉に息を飲む。この受注本数が5000本を下回れば、今回のゲームは赤字。
上回りはしなくとも、5000本のラインに到達してくれれば、次もまたゲームを作ることができる。
J君は、手に持ったメモを読み上げる。メモを持つ手が震えているのが、Aさんの目に入った。

「に…2500本。これが、リミットだそうです」

事務所の中の空気が凍りついた。
「嘘…………」と、H子さんの口から言葉が漏れる。
「もうしわけない!」J君の隣にいたF氏が、床に額を擦りつけんばかりの勢いで頭を下げた。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記164

2500本。 それが、お店や流通が提示した「スクール水着」の評価だった。
Aさんたちの努力も空しく、5000本というペイラインの半分もクリアできなかったわけである。
みんな死んだように固まっていた。
「まだ…発売前だけど…。従業員のみんなを、今日で解雇させてもらいたいと思ってるのね…」
「そうですね。後始末は、我々取締役が行うとしてA君やIちゃんには、申し訳ないのですが…」
ペイラインに到達しなかったということは、今回の開発につぎ込んだお金が返ってこないということである。
会社の経済状況は、黒字から一気にマイナスへと転じた。
その中でAさんたちの給料など払う余裕はどこにもなかった。
「今日中ですか?」
と、Aさんは社長に訊いた。
「そうだね。私物は全部今日のうちにもってかえってくれるかな」と、事務的な口調で社長は答えた。

開発室に戻ったAさん。まだ、解雇されたという実感が湧かなかった。
一緒に戻ってきたIちゃんは、一言も言葉を発さず、机の上を片付け始めた。
「……」
Aさんは黙ってIちゃんを見つめていた。やがて、Iちゃんが机の上のPCを開きながら涙をこぼした。
その涙を見て、…本当に終わりなんだなとAさんは実感した。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記165

Aさんはパソコンを開いて中のデータを整理し始めた。なんともあっけない幕切れである。
鞄の中にある次回作の企画のアイディアが凄く虚い物のように思えた。
「Aさん」
と、荷物を整理していたIちゃんが近づいてきた。
「あの…お疲れ様でした。お先に、失礼します」
「え? Iちゃん荷物それだけなの?」と、肩から下げた鞄を指差して訪ねる。
「大きい荷物は、夜に車で取りにこようと思います。あのこれ…」
といって、以前H子さんのサークルで出したCG集を手渡された。
「もしよかったら貰ってください」
「ありがとう。Iちゃんはこれからどうするの?」
「私は…多分、H子さんと一緒に同人に戻ると思います」
「そう。そうだよね…」
「今度、イベントに参加するときはAさんにも知らせますので、遊びに来てください」
Iちゃんは、もう一度ぺこりと頭を下げて開発室から出て行った。
入れ違いに、H子さんが開発室に入ってきた。
「あ、A君。ごめんね。こんなことになっちゃって」
「いえ…。仕方ないですよ」
「本当は就職の斡旋とかしてあげればいいだろうけど、こっちもそれどころじゃなくって」
「…気にしないで下さい。こうなったのは、俺にも多少は責任あるんですから」
H子さんは、申しわけなさそうに目を伏せた。
「A君。シナリオ…これからも続けるんでしょ?」
Aさんは首を振った。
「わかりません」
「同人でもいいからやりなよ。たった八ヶ月でライターやめるなんてもったいないわよ」
考えてみますと、Aさんは答えた。H子さんはうなずいて、手を差し出した。
「お疲れ様でした」
硬い握手を交わして、H子さんと別れた。


最後の握手


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記166

「あ、Aさん。まだ残っていたんですか?」
ダンボールを抱えながら、J君が入ってきた。
「J君も、いまから片付け?」
「はい。僕は、荷物が少ないので楽なんですが…。H子さんたちは大変でしょうね」
と、開発室の中を見渡した。ここにあるPCや機材は全て会社を立ち上げたH子さんたちが持ち寄った物だ、
とE氏が言っていた。
社員の給料が払えないということは、ここの家賃も払えないということである。
「ねえ、J君。どうして2500本しか、発注が来なかったのかな?」
と、Aさんは思っている疑問を素直にぶつけた。
「う〜ん。むずかしいですね。一番大きかったのは、L氏降板でしょうが、それ以外にも原因はあるような気がします」
「企画が悪かったとか?」
「それもあるかもしれません…。でも、いま、エロゲー業界に限らずどこも景気が悪いですからね。
一昔前だったら、こんなことにならなかったのかもしれませんが、いまは…ね」
J君も、発注本数が半分しか満たなかった原因がよくわからないようだった。
「この業界、先行きくらいですよ。背骨ソフトようなメーカーはこれからどんどん増えていくでしょうね」
「……」
「あ、そうだ。言い忘れてましたけど、今回のAさんの書いたシナリオ。僕は好きでしたよ。
エロに固執してるところなんか特に…」
にやり、とJ君はいやらしい笑みを浮かべる。
固執しているといっても、あれは社長の命令で書いただけで、自分で書きたくて書いたわけじゃない。
「こんなことになるのなら…自分の思い通りに書かせもらいたかったな」
と、Aさんは今更ながらそんな本音を漏らした。
「気持ちはわかります。ですが、好きなように書いて食っていける人なんてほんの一握りですよ。
大方のプロのライターは自分を殺して物を作っているんです」
「たった、八ヶ月のプロだったけどね…」背骨ソフトに入社してから今日までの日を思い返すようにAさんは呟いた。
「また、機会があれば再会できる日もくるでしょう。それまでお元気で」
H子さんの時と同様に、J君とも硬い握手を交わして、Aさんは開発室を後にした。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記167

最後の挨拶を済ませるため、Aさんは隣の事務所へ顔を出した。
「A君…」
社長とF氏が申しわけなさそうな顔で、Aさんを見た。
「ごめんね。こんなことになっちゃって。折角A君に入社してもらったのに、たった八ヶ月で解雇しちゃうなんてね…」
「A君が、一番頑張ってくれたのに…こういことになって、本当に…」
と、二人ともかなり憔悴した様子で、言葉を紡ぐ。
そんな二人を見て、Aさんの心の中にあった怒りや不満、というものはあっさりと払拭された。
「いえ…こっちこそ、至らない所ばかりで。ご迷惑をおかけしました」
「A君が謝ることないよ。こういう事態を招いたのは、全部僕等の責任だ」
「A君に罪はありません」二人が口を揃えて言う。
そう言ってもらうと、多少なりとも胸のうちがすっきりした。
「あ、そうだ」
と、なにかを思い出したように社長が一度奥に引っ込んでいった。そして、ゲームを一本持って来た。
「これ、今回のゲームのサンプル。一本しかないけど、A君にあげるよ」
「いいんですか?」
「うん。A君のデビュー作だからね。記念に…」
デビュー作…。Aさんは躊躇いながら、社長の手から「スクール水着」を受け取った。
ずしり、と重い。他のゲームと中身はたいしてかわらないはずなのに…どうしてこんなに重たいのだろう。
「今日までの給料はちゃんと振り込んでおくから心配しないでください。
あと、失業保険の手続きのための書類を後日送りますので、届いたら最寄のハローワークに行ってください」
「わかりました。それでは、どうもお世話になりました」
頭を下げて、Aさんはその場を後にした。
「……」
振り返って、出てきたばかりの木造アパートを見上げる。
F氏とE氏に案内されて、初めてここに来た時のことを思い出す。あれから八ヶ月…。
もう、二度とここに来ることはないんだなと思うと…本当に、終ったんだなという実感が湧く。
あまりにもあっけない幕切れだった。
まだ、心の半分で担がれているんじゃないかという思いがある。しかし、背骨ソフトが解散したのは事実である。
Aさんにはどうすることも出来なかったし、いまの事態を招いたのは自分にも多少責任がある。

未練を断ち切るようにAさんは、その場から立ち去った。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記168

それから…。
Aさんは実家のある岡山に帰っていた。
背骨ソフトが解散したあと、ライターとしてこのままでは終われないと思い、他社に応募しようと頑張っていたが、
その願いは叶わなかった。
ゲーム製作に対する意欲はあった。
しかし、業界が低迷している中で、Aさんのような半端な経験者を雇ってくれるところなど、見つからなかった。
他の就職口も見つからず、Aさんは諦めて実家に戻り、地元の小さな工場に勤めた。
Aさんの部屋には、社長からもらったスクール水着のサンプルと後で届いた製品版が、並んで机の上に飾られていた。
背骨ソフトのOHPも閉鎖してしまった今、Aさんがエロゲークリエイターだった証は、それしか残っていない。
「あー、疲れた」
慣れない仕事から帰ってきたAさんは、自分の部屋の机の前に座った。
カレンダーを見ると、いつの間にか三月になっていた。もう、あれから一年も経つんだなと、感慨深げに天井を見上げる。

――みんな何しているんだろうか…。

実家に戻ってきてからというもの、エロゲー、または業界に関する情報を意識的に遮断していた。
ゲームもほとんどプレイしていない。新しい仕事に追われ、そんな時間がとれなかったということもあったが、
なによりも、いまだライターという仕事に対する未練があった。
その未練を断ち切るように、Aさんはこれまであえてエロゲーに関する情報を遮断してきたのである。

たった八ヶ月…。完全燃焼できたわけではない。
できれば、もう一度ライターとしてどこかの会社に就職したいという思いはある。
しかし、現実問題Aさんは岡山に居て、新しい仕事に就いてしまっている。


岡山の工場にて


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記169

色々と(実家の)事情があるため、おいそれと上京するわけにもいかないし、上京したからといってツテがあるわけでもない。
せめて、ライターとしての腕は鈍らないよう毎日コツコツと作品は書いているものの、
いまの仕事に追われ、どれも今ひとつ物になっていなかった。

何気なく、ネット上を徘徊していると、ふとAさんたちが作ったスクール水着のレビューが目に入った。
それはAさんがいままで特に意識して遠ざかってきた情報だった。
だが、ユーザーがあのゲームに一体どういう評価を下したのか、気にならないといえば嘘だった。
しかし、たとえ良い評価を受けていたとしても、背骨ソフトはもうない。
暫く悩んだのち、Aさんはためらいながらレビューの項目をクリックした。
「……」

「スクール水着 背骨ソフト」
総合 55点
絵  60点
シナリオ 50点
音楽 60点
システム 60点
総評:可もなく不可もなく。絵が可愛い。シナリオも、システムも平均点かそれ以下。

悪くはなかったが、特にいいところもなかったというのがそのレビューサイトでの評価だった。
あれほど社長が「ユーザーのため」と言って、増やしたHシーンも、このレビューサイトの管理人には効果がなかったみたいである。
Aさんは他にもスクール水着をレビューしているサイトを見て回った。
が、どこの評価もほとんど同じだった。
一昔前なら、萌えに特化したゲーム。エロに特化したゲームは「鉄板」といわれ、ある程度のレベルに達していれば、
それなりの評価を得ていたはずである。Aさんの目から客観的に見ても、スクール水着はそれほど酷い出来ではない。
しかし、陵辱ゲームや萌えエロゲーが「鉄板」と呼ばれていたのは、昔の話。
いまのユーザーは、そんな一元的なゲームでは飽き足らなくなっている。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記170

業界が低迷している。と、J君は言っていたが、低迷しているのは業界ではなく、作り手側なのかもしれない。
ユーザーの要求に応えられるもの。ユーザーから評価を得られるもの。
それら、8800円という値段に本当に見合った質のゲーム作り出せないクリエイターは、
Aさんたちのように淘汰される時代に来たのかもしれない。
約一年ぶりに外にいる者の立場から見たエロゲー業界は、いま重大な岐路に立たされている。
そんな時に、なす統べなくネットで情報を得るしかない自分の立場をAさんは酷く悔やんだ。

――J君たちは、いまもどこかでエロゲーを作っているんだろうか。

ますます、他のみんなの動向が気になった。
が、もう分かれてから一年が経つ。その間、Aさんの方から連絡するようなことはなかったし、向こうから連絡が来るようなこともなかった。
背骨ソフト最後の日に貰ったH子さんたちのサークルのCG集に書いてあるHPのアドレスに接続してみた。
「……あれ?」 だが、HPは既に閉鎖されており、H子さんたちのサークルはすでに解散した後だった。

――もしかしてH子さんたちも、自分と同じように、諦めて別の仕事に就いたのか…。

考えたくはなかったが、その可能性は十分にありえた。
自分はともかく、背骨ソフトの中ではH子さんが唯一、プロとしてやっていくだけの腕と資格があると思っていた。
そのH子さんがまさか…。
きっといまもどこかで外注の原画なり、同人活動なりしているはずだと、Aさんはその夜血眼になってH子さんたちの行方を追った。
「見つからない…」
唯一、H子さんの絵に似たそれらしい人がある同人サークルのゲームの絵を描いていたが、PNが違う。
それに、そのサークルは背骨ソフトでやっていたころのカラーとは全く正反対のゲームを作っていた。
「『天瑶海百』和風伝奇物か…。ようやく製作に取りかかったばかりみたいだな」
H子さんの絵によく似た絵描きさんのいるそのサークルは、つい一月前にHPを開設したばかりのようだった。


■某Aさんのエロゲークリエイター体験記171

翌日、2ちゃんねるを見ていたAさんは、ある噂を目にした。
元背骨ソフトの原画だった、Hがいま同人で活動しているらしいと…。
やっぱり、あのサークルはH子さんたちがやっているサークルだったのかとAさんは、確信した。
「頑張ってるな…」
恐らくIちゃんもH子さんにくっついてサークルに参加しているのだろう。HPのTOPに飾られている絵の彩色は、
どう見てもIちゃんの塗りだった。
Aさんはなぜか無性に嬉しくなった。しかし、嬉しくなる反面、ますます実家で燻っている自分が情けなく思えた。

その時、ふとある2ちゃんねるのスレッドが目に入った。
それはエロゲネタ・業界板にある「業界関係者に質問しよう♪ その12」
そこには、一年と八ヶ月前のAさんのように、これからエロゲ業界を目指そうと燃えている顔も知らない誰かが、
熱心に就職に関する疑問を住人たちにぶつけていた。
一連のスレを見て、Aさんは思い立った。
自分が会社に勤めた経験を「体験記」という形に文章にまとめれば、
これから業界に入ろうとしている若い人たちの参考になるのではないだろうかと。
脳裏にその思いが過ぎると同時、Aさんの指は自然とキーボードを叩いていた。
誰もいない部屋で一人、熱心にキーを打つAさん。一年前、体内で燃えていた情熱が再びAさんの体を覆う。

画面の中のテキストエディターに映る、第一行目。
それは、これからAさんが書き出そうとしている体験記のタイトルである。
Aさんは、背骨ソフトに初出社したときにJ君が業界にいる人々を皮肉って言った、あの蔑称を自戒と尊敬を篭めてあえてタイトルに使った。


 ――某Aさんのエロゲークリエイター体験記


                        [完]







某Aさんのエロゲークリエイター体験記 あとがき

彼らは、ただ絵を描くことが好きで、文章を書くことが好きで、ただゲームが好きなだけの普通の人間でありますが、
ゲームを作ることで、クリエイターという輝かしい衣を纏うことができるのです。
エロゲーごときでクリエイターなどと笑う人もいるかもしれませんが、
彼らが『エロゲー』という物を全くの無から創造していることは確かなのです。

この体験記は、いまなおゲーム製作に携わりつづける愛すべきクリエイターたち全員に捧げます。

前1◆TJ9qoWuqvA ことAさんより。




1◆TJ9qoWuqvA
450@無職
◆EpHrMeUAE6