[ TOP ] > ツンがドクオと再会するようです(仮)第一話:ドクオはストーカーのようです
ツンがドクオと再会するようです(仮)
第一話:ドクオはストーカーのようです

(^ω^)
 灰色だなぁ、と思う。
掃除のごみを捨てに来た学校の焼却炉の前でわたしは空を見上げていた。
夏には空の青や雲の白、そして木々や生い茂る草々の緑などの色で満ち溢れるこの場所も今ぐらいの季節には何だかとても寂しい。
空はうす曇りで、葉の無い幹だけの木々は色も無く、湿った地面は黒っぽい。
灰色の景色。
そして、灰色のわたしの人生。
勿論、この季節であっても街に行けばこことは違って今日のバレンタインデーに合わせて赤を基調とした色とりどりの光で満ち溢れている。
でも、今のわたしにはそんなものは関係が無い。
どこまで行ってもわたしには灰色の景色しか待っていないのだ。
――どうしてわたしだけ。
そんな思いが胸に浮かび、わたしは世界を呪いたくなる。

 内藤がわたしを屋上に呼び出したのは今日の昼前だった。
内藤は近所にすむ幼馴染でわたし達は小さい頃からずっと一緒にいた。
わたしより数ヶ月遅れて生まれたせいだろうか、内藤は何だか頼りなくてわたしはいつでも内藤を見守っていた。
そして、内藤はそんなわたしの後をいつも追いかけて来た。
どこに行くにも内藤は付いて来て、何をするにもわたし達は一緒だった。
小さい頃はわりと足が速かったわたしはよくいじわるをして全力で走り、内藤を置き去りにした。
それでも内藤は泣きそうな顔で両手を広げてわたしの後を追って来た。
今、内藤の足が速いのは、もしかしたらわたしのおかげなのかもしれない。
そうして、わたし達は一緒に育ち、今年からは同じ高校に通い、しかも同じクラスにいる。
その内藤に呼び出され、わたしは胸の内に小さな希望を抱いていた。
「何? どうしたのよ?」
わたしがそう聞くと、内藤は満面の笑みでこう言った。
「うまくいったお! 全部、ツンのおかげだお!」
何の事だか分からなかったが、そんな内藤の嬉しそうな顔を見ていたらわたしも何だか嬉しくなっていた。
「よかったじゃない」
わたしはそう言い、それからしばらく、わたしと内藤は微笑みながらお互いを見つめ合っていた。
内藤がわたしに微笑み、そしてわたしも内藤に微笑み返す。
それはとても幸せな時間だった。
そう。わたしは――、内藤の事が好きだった。
小さい頃からずっと一緒にいた内藤にわたしが好意を持つのはとても自然な事だった。
内藤にその事を言ったことはまだ無かった。
でもきっと内藤も同じ気持ちだと思う。
そして、今日。わたしはバレンタインにかこつけ内藤に自分の気持ちをはっきりと伝えるつもりだった。
学校が終わって家に帰ったら、昨日作ったチョコを持って内藤の部屋に行き、そして自分の気持ちをちゃんと言おう。わたしはそう思っていた。
「――それで? 何がうまくいったの?」
しばらくしてわたしはようやく内藤にそう聞いた。
「だから、渡辺さんがぼくと付き合ってくれる事になったんだお」
「――え?」
わたしの思考は停止し、言葉を失った。

(^ω^)
 内藤の言っている言葉の意味が理解出来ず、わたしは聞き返した。
「え? 何それ? どういう意味?」
「だから、渡辺さんに告白したらオーケーを貰ったんだお!」
「渡辺さん? 何で? え? 告白って……、どういう事?」
わたしは内藤の言うそれぞれの単語の意味は分かるのだが、それを頭の中で繋げる事が出来ず、話を理解する事が出来なかった。
いや、理解出来なかったのでは無い。わたしはその答を理解したくなかった。
 だって、わたしは内藤が好きで――、内藤もわたしが好きなんだと思っていた。
内藤はいつでもやさしくて、いつだってわたしの後を追いかけてきて。
だからいつかきっとわたしは内藤と一緒になるんだと信じていた。
言葉にはしなかったけれど、わたし達はお互いの事を思いあっていると、お互いの心は通じているんだと、そう思っていた。
――でも、そうでは無かった。
内藤が本当に好きだったのはわたしなんかじゃなくて、いつも一緒にいる五人グループの中の一人、渡辺さんだったのだ。
それからの事はあまり憶えていない。気が付くとわたしは一人、誰もいない体育館の裏で涙を流していた。
この高校一年生というたったの十五年しか人生を経験していないわたしにとって、好きな人に振られたという出来事はまさに人生をひっくり返す程の大事件だった。
わたしにとって世界そのものが変わってしまった。
昨日まで、わたしの世界は内藤の事だけを考えていればよかった。――でも今日から、そんな事には何の意味も無くなった。
わたしは人生の目標を失い、何の目印も無い灰色の世界に放り出されてしまった。

 ――過去に戻れればいいのに。

わたしはそんな事を思っていた。
そこにあったのは、ほんの僅かな時間差。
夜に告白するつもりだった自分と、朝に告白していた内藤。
先にわたしがあのチョコレートを渡していれば、その結末は違ったのだろうか?
過去に戻れればもう一度、わたしはその結末を書き変えられる。わたしはそう信じていた。

(^ω^)
 焼却炉に放り込んだごみが炎の中に消えていった。
炎は全てのものをこの地上から消し去ってしまう。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
そんな炎をわたしはじっと見つめていた。
体は冷え切っているのに顔だけが炎の熱で熱くなっていた。
「――さて、と」
わたしは独り呟き、振り返って歩き始めた。
掃除をしていた美術室に戻るために。
しかし、その美術室にはいつものグループがいて、そしてその中には内藤と渡辺さんがいる。
二人が一緒にいるところを少しでも見たく無くて、わたしはとぼとぼと小さい歩幅で歩き、わざわざ遠回りをして体育館の裏を通って帰る事にした。

「――待ってて!」
体育館の裏に差し掛かったその時、聞いたことのない女の子の声が聞こえてきた。
わたしは何だか反射的に体育館の壁を背に隠れた。
壁の向こうで女の子は何かを必死に訴えている。
「絶対に、絶対に逢いに行くから!」
そんな言葉が聞こえてきた。
ぽつぽつと聞こえる声から相手は男の人らしい。
それからも二人は言葉を交わすが、内容はよく聞こえなかった。
別れ話なのだろうか?
女の子はもしかしたら泣いているのかもしれない。
その震える声にわたしは壁のふちからそっと二人を覗き込んだ。
 そこに見えたのはうちの学校の制服を来た女子の後姿とその向こうの一人の男。
男の方は学生では無く、大人で見たことが無い人だった。
そしてその時、男の人と目が合いそうになり、わたしは急いで顔を引っ込めた。
 やがて、二人の声が聞こえなくなり、わたしは再び壁の向こうを覗き込んだ。
そこには走り去って行く少女の後姿と、それを見つめている、リボンがかけられた包みを持って佇む男の人の背中が見えた。

(^ω^)
 美術室に戻ると掃除は既に終わっていて、部屋には誰もいなかった。
しかし、隣の準備室からテレビらしき音と四人の話し声が聞こえてくる。
『――昨日、備府市内の博物館から持ち出された展示品の行方はまだ分かっていません。予定されていた警備の隙をついたもので、警察では内部犯の疑いがあると見て捜査を進めています――』
準備室のドアを開けると備え付けのテレビでは昨日この街で起こった博物館泥棒のニュースが流れていたが、四人は誰一人そんなの聞いていなくておしゃべりに夢中になっていた。
「あ。ツン、おかえり」
「お疲れー」
準備室のドアを開けたわたしに気付き、ショボンと伊藤さんが振り向き言った。
「おかえりなさい〜」
続いて渡辺さんが振り向き笑顔で言う。
「お。ツン、おかえりだお。外、寒かったんじゃないかお?」
そして、その隣にいた内藤も振り返り笑顔で言った。
渡辺さんと内藤。並んだふたつの笑顔を見てわたしは胸が締め付けられる思いだった。
内藤の笑顔。その横にいるのはいつも自分だと思っていた。でも今日から、そこにいるのはわたしでは無く、渡辺さんなんだ。
 内藤はいつから渡辺さんのことが好きだったんだろう?
わたしが内藤を好きで、内藤もわたしの事を好きなんだと思っていた今までの日々。
しかし、内藤の視線の先にいたのはわたしでは無くて彼女だったんだ。
「随分、時間かかったけど一人で大変だった? ごめんね、ツン」
渡辺さんがそう言って、わたしに微笑みかける。
渡辺さんはとてもおっとりした性格で、ひとりにしておくと何かと事件に巻き込まれてしまうようなタイプだった。
だからわたし達はみんなで渡辺さんを世間のあらゆる害悪から保護し、仲間の一人として一緒に過ごしてきた。
そして、この五人の仲間達の中で、ショボンと伊藤さんはずっと前から付き合っていて、次に付き合う事になるのはわたしと内藤だと思っていた。
でも、そうなっても渡辺さんを除け者にしたりはしない、今まで以上に渡辺さんに気を使って仲間としてやっていこう。そう思っていた。
そう思っていたのに、その立場に追い込まれたのはわたし自身だった。
でも、わたし自身ははそんな情けはかけてもらいたくなかった。
「どうしたんだお? ツン?」
思わず黙り込んでしまったわたしに内藤が聞く。
「何でも無い……」
わたしは湧き上がる気持ちを押さえ、精一杯なんでも無いふりをして、今まで通りに二人に接する。
わたしにはもう、そうする事しか出来無かった。
それでも、いつかもう一度、内藤はわたしに振り返ってくれるかもしれないという淡い期待を抱いて。

(^ω^)
 帰り道、校門を出て100メートル位すると、内藤がみんなが気になっていた事を口にした。
「何だか……、臭くないかお?」
「う、うん。私もそう思ってたんだけど〜」
渡辺さんが同意する。そして実はわたしもそう思っていた。
すると、ショボンがおずおずと切り出した。
「ご、ごめん。実は僕なんだ……」
わたしと内藤、そして渡辺さんが驚いて一斉にショボンに振り返った。
「ち――! 違うよ! そうじゃないよ!」
ショボンが慌てて訂正する。
その言葉を継いで伊藤さんが説明をした。
「今朝、学校来る途中で犬の糞を踏んじゃったんだってさ」
「その後、公園で洗ったりしたんだけど、臭い取れなくてさ。ひどいよね、あんな所に糞を放置して行くなんてさ。もしその場にいたら怒鳴りつけてやったのに」
ショボンが眉尻を下げて言った。
「まったく、ついてないよ」
「そういえば、ぼくも今朝はついてなかったお!」
内藤が突然、声を上げた。
「今朝、親戚のおじさんが美味しいお菓子を持ってきてくれたのに妹のやる実に全部食べられちゃったんだお」
そして、それをきっかけに、その日の朝のついてなかった話大会が始まった。
「あ、あたしもついてなかった」
続いて伊藤さんが話を始める。
「今朝、何にも無い所で転んでせっかく作ったネイルアートが取れちゃったよ」
「わ、私も〜」
渡辺さんもおずおずと話し始める。
「今日発売の限定フィギュア買おうと思ったら何故か店員に『一人ひとつまでだから、あなたはもう駄目です』って言われて買えなかった〜。私は買って無いのに〜」
そして次にみんなが期待に満ちた目でわたしを見る。
「ツンは?」
「わたしは――」
わたしは内藤に振られた。告白する事さえ出来ずに全てが終わった。
そして、そのわたしの恋を終わらせた相手は目の前にいる渡辺さんなのだ。
 わたしは内藤と渡辺さんを見た。二人は並んでにこにこと笑い、わたしの話を待っている。
何だかその笑顔が憎らしく思えた。
――ここでわたしがそれを言ったら、二人は別れるだろうか? そして、そうしたら内藤はまたわたしの所に戻ってくるだろうか?
そんな馬鹿みたいな事を考えた。
だけど結局わたしは「別に何も無かった」と言うしかなかった。

(^ω^)
 家に帰り自分の部屋へ続く階段を昇ろうすると、リビングの方から母親が聞いてきた。
「ツン? 帰ってきたの?」
「うん。ただいま」
「おかえり。――あ、ねぇ? 昼前に一度帰って来たの何だったの?」
「え? 何の事? わたし別に帰って来たりしてないよ?」
わたしは階段を昇るのをやめ、リビングに顔を出してそう言った。
嘘では無い。確かに今日、わたしは朝、家を出てから一度も帰って来ていない。
「おかしいわねぇ。確かにあなただと思ったんだけど……」
母親がわたしを見ながら首を傾げる。
そして「まぁ、気のせいだったのかもね」等とのん気な事を言った。泥棒だったらどうするのだ。
わたしは階段を昇って自分の部屋に入ると、一応、部屋の中をぐるりと確認してみた。
すると、机の上に置いてあったはずのリボンをかけた袋が消えていた。
それは内藤にあげるつもりだったチョコレートが入っていた袋で、昨日の夜にわたしが必死に作ったものだった。
わたしは慌てて探し始めたが、次の瞬間、すぐに探すのを止めた。

――あのチョコレートは、もう必要が無いんだ。

それから、のろのろと他の場所を調べたが特に異常は無かった。
無くなったのはチョコレートだけだった。
わたしは制服のままベッドに寝転んだ。
そしてそのまま顔を傾け、何も載っていない机を見た。
チョコレートは消えてしまった、わたしの恋と一緒に。
今頃、内藤と渡辺さんはどこかで二人寄り添いながら笑顔で話をしているのだろう。
そんな事を考え、内藤の笑顔を思い出し、わたしはまた涙を流した。

(^ω^)
 翌日、学校に行くと担任の先生が産休を取るという事で今日から交代する新しい先生が来ていた。
「こちらが私に代わってみんなの授業を見てくれる新しい先生です」
「――ええっ!?」
その新しい先生の顔を見てわたしは思わず声を上げてしまった。
当然のようにみんながわたしに振り返り、先生は「どうしたの、ツン?」と聞いてくる。
「な、何でも無いです。……すいません」
わたしはそう言うしか無かった。
何故ならその新しい先生はわたしが昨日、体育館裏で見たあの男だったからだ。
「みなさん、こんにちは。ドクオです。一週間前からこの街には来ていたんですが良い街ですね。よろしくお願いします」
ドクオ、そう名乗った新しい先生はそんな事を言って頭を下げた。
しかし、そんな挨拶を聞きながらわたしの頭の中はまったく別な事を考えていた。
――あの男、教師だったのか。
そして、昨日一緒にいた女子はこの学校の生徒。
それにこの男が持っていたリボンはわたしがデパートのバレンタインコーナーで買ったのと同じ物だった。つまり、あの包みはチョコレートだったに違いない。
きっと昨日、あの子にバレンタインデーのチョコレートとして渡された物だったのだろう。
――そして、そんなあの子をこの男は泣かせていた。
この学校の中に、こいつに振られて人知れず泣いている女子が一人いるんだ。
 わたしはその子に同情し、それと同時にこの先生に敵意を持ってしまい、いつのまにか先生の事を睨みつけていた。
しかし、先生はわたしと目が合うと微かに微笑んだ。
――え? 何で?
わたしは驚きと焦りで慌てて目を逸らした。
もしかして、昨日、わたしが壁の向こうで見ていた事を気付いていたのだろうか?
いや、だからと言ってそれならばわたしを見たら狼狽するはずだ。
それなのに微笑んでくるなんて――。
何だか少し怖い。
この先生にはあまり関わらないでおこう。
わたしはそう思った。

しかし――、そうはいかなかった。

(^ω^)
 それから、先生はわたしに付きまとうようになった。
何かと理由を付けてはクラスの仕事のほとんどをわたしに押し付け、事ある毎に自分の所へ呼びつける。
そして冗談なのか何なのか「俺の事、『先生』じゃなくて『ドクオ』って呼んでもいいんだぞ」等と言う。
どういうつもりなのか分からないが、気分が悪かった。

「――ねぇ、どう思う?」
ある日の昼休み。わたしはお弁当を持って隣のクラスに行き、そこにいるクーにその事を相談した。
クーは中学からの親友で、彼女は頭が良くて冷静でいつでも的確な判断をしてくれる。
「そうだな。親しみを持っているんじゃないか?」
そんなクーの優等生な意見にわたしは鼻に皺をよせて言い返す。
「あれは、馴れ馴れしいっていうのよ」
すると、クーは「ふむ」と考え込み、言った。
「意外と――、本気かも知れないぞ?」
「えぇー」
わたしは心の底から不満の声を上げる。
そんなわたしにクーは言う。
「いや、あの先生、冗談でそんな事を言うタイプには見えないんだ。何と言うか、冗談めかした本気を感じるよ」
「うー」
わたしは口を尖らせた。
そして、それから少し真面目な声で聞いた。
「――それとあいつ、ストーカーなのかもしれないのよ」
「どういう事だ?」
クーが目を細めて聞いてきた。
「昨日、先生にカマかけて、以前何処かでお会いしましたっけ? って言ってみたの」
「ああ、いつだったかの体育館裏の件か」
クーにはあの時の話を以前にしていた。
「そしたらあいつ、何て言ったと思う?」
わたしの問いにクーは肩をすくめる。
「さぁ? 何と言ったんだ?」
わたしはクーに顔を近づけると声を低くし、先生の真似をしながらクーに言った。
「お前は知らなくても俺はお前の事をよーく知ってるよ、とか言うのよ! 怖くなーい?」
わたしは自分の体を抱き、ぶるぶると震えてみせた。
「それで、ほんとにわたしの事、色々と知ってるのよ」
わたしがそう言うと、クーは少しだけ考えて答えた。
「以前の担任に聞いたんじゃないか?」
「そうかなぁ……」
わたしは釈然としなかった。
「うーん。今のままでは与えられた情報が少なすぎて判断しかねるなー」
クーはそう言って、もう一度肩をすくめた。

「ツン。ところで――」
その後、ずっと雑談を続け、お昼休みが終わり、自分の教室に戻ろうとするわたしにドアの所でクーが言った。
「内藤の事は残念だったな」
「――うん」
わたしはクーと目を合わさずに返事をする。
「私もツンと内藤は一緒になるものと思っていたよ」
「――うん」
再び、返事。
「だけどな?」
クーがそう言ってわたしを振り返らせ、眼鏡の奥からわたしを見つめながら言った。
「いつまでも内藤にしばられていてはいけないぞ? もし、好きかもと思える相手が現れたらそっちに行っていいんだからな」
わたしはそれに返事をした。
「うん。――分かってる」
分かっている。
そう、頭では分かっていた。
――だけど、心が付いて行かなかった。
わたしは今でも、いつまでも内藤の事を考えていた。

(^ω^)
 先生は授業中やホームルーム中によく雑談をした。
最初の頃こそ遠慮がちだったその雑談は、それが受けるとわかると徐々にその回数を増やしていき、今では雑談をしない授業は無い程だった。
ある日、雑談の内容が合コンの話題になった。
「先生! 一番最近の合コンはいつでした?」
話に食いついた男子の一人が質問をする。
「ああ、この街に来たその日のやつだな」
「マジで? 来て速攻合コンとかどんだけぇ!?」
先生の答えに頭の悪そうなリアクションをする男子。どんだけぇ? とは何の量を聞いているのだろうか。
しかし、先生はそんな生徒の反応に気分を良くし、話を続ける。
「すごかったよ。そこはまるで竜宮城!」
「竜宮城って! どんだけぇ!?」
再び騒ぐ男子。だから、何の量なのか。
「いや、ほんと。鯛や平目が舞い踊ってたんだよ」
先生の言葉に男子達が羨望の声を上げる。
しかし、その羨望の声が途切れた次の瞬間、先生は口をアルファベットのAみたいにしてぽつりと呟いた。
「ま、比喩じゃなくて本当に鯛や平目みたいな顔の女ばっかりだったんだけどな……」
そして、そんな先生の話のオチに教室中が沸きかえる。
「何だよ! 魚顔ってー!」
「目ぇ離れ過ぎでしょーよ!」
「ぎょぎょー! この女、マグロですぅー!」
わたしはついていけなくて頬杖をついて窓からグラウンドを眺めていた。
すると先生がわたしに向かって言った。
「おい、ツン! 大事な所なんだからちゃんと聞いておけ! 将来きっと役に立つぞ!」
……こんな話が何の役に立つというのだ。
しかし、そんな先生の言葉に教室は再び沸きかえる。
はぁ、いいかげんにして欲しい。

(^ω^)
 先生の雑談で多かったのが合コンの話ともう一つ、タイムマシンやタイムスリップといった話だった。
英語の授業なのに何故かそんな話ばかりで、しかし一部生徒からは本当の物理の授業よりも面白い物理学が聞けると評判だった。
「――そういう訳で、タイムマシンで過去の自分に会うと宇宙が崩壊してしまうんだ」
教室には感嘆の声が溢れ、わたしはまた窓から外を眺める。
「先生! 会うっていうのはどの位の事を指すんだお? 遠くから眺めただけで駄目なのかお?」
内藤が話に興味を持ったらしく、先生に質問をする。
「いや、お互いに自分だと認識しない限りは大丈夫だ」
「そうなのかお。理屈がよく分からないお」
「つまりな、こういう事だ――」
そして先生は再び授業そっちのけで嘘か本当か分からないような話を続ける。
わたしは窓から外を見ながら考えていた。
 内藤がこんな話に興味を持つようになったのはきっと渡辺さんの影響だ。
渡辺さんはよくSF小説を読んでいた。
内藤が変わっていく。
いずれ内藤はわたしの知っている内藤では無くなってしまうのだろうか?
かつては、わたしも内藤に影響を与えていたのだろう。
でももう、わたしは内藤に何の影響も与える事は出来なくなってしまったのだろうか?
 わたしの視線は何時の間にか斜め前の席にいる内藤に移っていた。
「おい! ツン! 何処見てんだ!」
突然、先生に名前を呼ばれ、わたしはハッと先生を見た。
「また、ボーっとしてるな? ここも重要なところだからちゃんと聞いておけ?」
そう言って先生はわたしに微笑んだ。
「ここ、テストに出るからなー」
教室中が笑いに包まれた。
「いや、そんなテストねーし!」
「大体、先生、科目が違うじゃん!」
そんな笑い声の中、スピーカーから鐘が鳴り始め、授業はそのまま終わってしまった。
先生に雑談ばかりしないで授業を進めて欲しいと言いに行こうかと思ったが、また付きまとわれるのが嫌で結局何も言えなかった。

(^ω^)
 時々、先生はわたしの事をじっと見つめていることがある。
視線に気付き、わたしが先生に「何ですか?」と問うと、先生は「いや、別に」と言って視線を逸らす。
しかし、気付けば先生は再びわたしの事を見ている。
その目はわたしに何かの期待を抱いているような、でもそれが哀しみで封じ込められているような目で、わたしはそれが怖かった。

 ある日、クラスの噂好きの女子がわたしの席にやって来て、いきなり聞いてきた。
「ねぇねぇ。ツン、ドクオ先生とデートしてたってほんと?」
「は?」
訳が分からず、わたしは聞き返した。
「だって、噂になってるよ? 十二日にツンとドクオが一緒にいたって」
その女子は楽しそうにそう言う。
わたしは呆れて言い返す。
「何よそれ? 先生が学校に来る前でしょ? だったらそんな訳無いじゃない」
しかし、それでもその女子は再び楽しそうに言う。
「えー、でも駅前で待ち合わせして、仲良く何処かに行ったのを見た人がいるって」
「わたしじゃ無いわよ。その日の夜は家にいたし」
わたしがそう言っても彼女はしつこく聞いて来る。
「それに、先生って何かとツン、ツン言うじゃない? もしかして――、付き合ってるの?」
「――知らないわよ」
わたしは頭に来て、そう言い残して席を立った。
勿論、わたしにそんな憶えはまったくなかった。
一体、誰がそんな噂を流しているのか。
その時、わたしはふと思った。
――もしかして、先生が自分で噂を流しているのだろうか?
だとすれば、何の為に?
いずれにしても、もういい加減にしてほしい。

(^ω^)
 先生がストーカーなんじゃないかと疑いつつも、クーの言っていた前の担任からわたしの話を聞いていた説を頼りに、わたしはなるべく公平な目で先生を見ようとしていた。
しかしこの日、わたしは本気で先生がストーカーなんじゃないかと疑うようになった。
 それは春休みにある希望制のスキー教室の事を話している時だった。
「ああ、そうそう――」
先生が合宿所での注意事項を説明し、最後に思い出したように付け加えた。
「ぬいぐるみとか持って来るのは禁止だからな。どうしても持ってきたい奴は見つからないように小さいのにしろよ」
そう言って、先生はわたしを見てにやりと笑った。
その歪んだ口元を見て、わたしは背筋がぞっとした。
――先生は知っているんだ。
わたしがこの年になって、未だにぬいぐるみを抱いていないと寝られないという事を。
こんな事はもちろん誰にも話していない。もしかしたら家族でさえ気付いていないかもしれない。
それなのに、先生は知っている――。
どこからか見ているのだろうか?
その日からわたしは家のカーテンを昼でも開けずに過ごす事にした。

(^ω^)
「先生、最近は合コンは行ってないんですか?」
ある日の授業中、一人の生徒が突然そんな話を切り出した。
最近では授業の最後の方に雑談を振って、先生が話しに乗るとそのまま授業が終わるという事で度々そうやって話を切り出す生徒がいた。
「いや、それがさ――」
先生はまんまと話に乗り、チョークを置いて話を始めた。
「あの竜宮城の後に、その中で唯一まともだった子と二人で会おうって話が出たんだよ」
「おお〜」
教室に感嘆の声が響く。
「でもさ……」
先生が肩をすくめる。
その仕種にみんなはもうこの先にいつものようなオチが待っていると期待している。
そして先生が呟いた。
「……すっぽかされた」
教室中が笑いに包まれた。
先生は口を尖らせながらも話が受けた事で笑っていた。
「だからもう合コンは行かね」
そう言う先生にみんながまた笑う。
「それに――」
先生が急に真面目な顔になり、続けて言った。
「今は女子高生の素晴らしさを知ったからもう合コンはいいんだ」
教室はさっき以上の爆笑に包まれ、大受けだった。
しかし、そんな笑い声で包まれた教室の中で先生はわたしの事をじっと見つめていた。
その目は少しも笑っていなくて、わたしはもう、怖くてしょうがなかった。

(^ω^)
 ある日曜日、わたしは自転車に乗って宛ても無く走っていた。
前日の土曜日、わたしにはする事もしたい事も何も無かった。
せっかくの休みだしと、行く場所を色々と考えはしたのだけれど、その場所の事を考えると、そういえばあそこには内藤と行ったなとか、あそこのあれ、内藤が好きだったな、とか考えてしまった。
とにかく、わたしには多くのものが内藤との思い出に繋がっていた。
そして、もう内藤と二人でそれらの場所に行く事は無いのだと思うと悲しくなってしまい、それと同時に、きっと今頃内藤は渡辺さんと一緒にいるんだと思うと悲しいを通り越してやりきれない気持ちになり、とうとうわたしは一日、外に出る事が無かった。
そうして家から一歩も出ずにいたその日の夜、クーから電話がかかってきた。
いつものように取り留めの無い話をし、もうすぐ始まるテストの事を聞き合い、わたしは久しぶりに心からほっとした時間を過ごした。
「家に閉じこもってないで外に出た方が気が紛れるぞ」
クーは最後にそんな事を言って電話を切った。
「さすが、全てお見通しか。まいりました」
わたしは通話の切れた携帯を見ながら独り呟き、よし、明日はどこかに行こうと決意した。
 そうしてわたしは今日、遅い朝食兼昼食を食べ、自転車に乗って走り出した。
空は曇っていて今にも雪が降りそうなほど空気は冷たく、風を切って走っていると顔が痛かった。
そんな中、わたしは思いつくままに道を曲がり、気が付くと町の裏にあるわりと大きな丘の頂上を目指していた。
その丘の頂上には小さな広場があり、春には桜が咲いて小さな広場は人で一杯になってしまうが、今のこんな寒い時期には誰もいない。
そして、実はその広場の奥にある小さい生垣を超えた所に誰も知らないであろうベンチがひっそりと置いてあるのだ。
更に、そこのベンチからは町が一望に見下ろす事が出来きて、そこはわたしお気に入りの秘密の場所だった。
わたしはそこのベンチから見下ろす町の景色が好きだった。
 わたしの脚力でぎりぎり自転車を漕いだまま登れるぐらいの坂が続き、終盤にさしかかる頃にはは少し汗をかいていた。
今は冷たい空気が心地良い。
そして、やっとの思いで頂上に着くと、わたしは自転車を停め、ベンチに向かった。
広場を突っ切り、生垣を超えるとやはりベンチには誰もいなかった。
ベンチに座り、わたしはそこから曇り空の下に広がる街を見下ろした。
 その時、ふと見下ろした今、わたしが登って来た坂を誰かがこの丘に向かって自転車で登って来るのが見えた。
そしてその人が近づいて来ると気が付いた。それはドクオ先生だった。
わたしはせっかく良くなりかけた気分がまた暗くなり、もう帰ろうかと思った。
しかし、今帰ると逆に坂の途中で先生に鉢合わせしてしまう。
まぁ、ここのベンチにいれば先生はわたしに気付かないだろう。
そう思い、わたしはベンチに座り続けた。でも念のため、おしりを前にずらして出来る限り頭が低くなるような体勢になった。
しばらくすると自転車を止めてスタンドをかける音がして、それに続いて声が聞こえて来た。
「ツンー! いるんだろー?」
その声を聞いて、わたしは背筋が冷たくなった。
先生はわたしがここにいる事を知ってやって来たんだろうか? 先生はやっぱりわたしを付け回しているんだろうか?
それでも、このベンチまでは分かるまいと思い、息を潜め、更に姿勢を低くしてじっと座っていた。
口から吐く息が白い。
やがて、がさがさと枯草の中を歩く足音がして、その足音は確実にこっちに近づいて来た。
わたしは怖くて動くことも出来ずにぎゅっと目を瞑って足音が遠ざかるのを待った。
「――いたいた」
しかし、わたしの願いは叶わず、そんな言葉と共に先生はベンチで固まっているわたしに横に立っていた。
「……どうして、ここにいるって分かったの?」
精一杯、先生を睨みながらわたしは聞いた。
「どうしてって? たまたま来たらあっちにツンの自転車があったからさ」
「でも……、このベンチは……」
そう。この町に来て一ヶ月も経たない先生がこのベンチの事を知っているはずは無いのだ。
「え? ここ? だってお前が――」
先生はそこではっと言葉を止めた。
そしてじっとわたしを見つめる。
先生の目が怖かった。笑っているのに、笑っていない目。
先生はわたしを見つめているようで見つめていない。先生が本当に見つめているのはわたしの中の何か別なものだと、その時気が付いた。
「……じゃあ、わたし帰ります」
そう言うと先生は寂しそうな顔になり「そうか。じゃあまた明日な」と言った。
きっと引き止められるだろうと思っていたのに意外だった。
そして、わたしが歩き始めると、先生はもうわたしには興味を失ったようにさっさとベンチに座り町を見ていた。
生垣を越える時、先生の方を見るとポケットから何か青い箱を取り出しそれをじっと見つめていた。
わたしは自転車に乗り、上から見下ろす先生の視線を感じながらもただ前だけを見つめて丘を降りて行った。

(^ω^)
 そうしてわたしが世界を呪いながら過ごして一ヶ月が経った3月13日の木曜日。
放課後になり、わたし達はいつもの五人で美術室の掃除を始めた。
明日14日は創立記念日で休校、そしてその後は土日で三連休になる。
みんな何をしようかと考え浮き足立っていた。
どうせ、ショボンは伊藤さんと、そして内藤は渡辺さんとホワイトデーを過ごすのだろう。
バレンタインデーに告白された男子が休校日のホワイトデーに告白した女子と外で待ち合わせをするのがうちの学校の習慣だった。
 そんなそわそわした雰囲気の中、掃除を始めて間もなく、学年主任の先生がやって来た。
「お前等ちょっとそこへ並べ」
先生は掃除していたわたし達をそんな威圧的な言葉で整列させた。
その口調と態度でみんな、これから自分達が怒られるのだと思っていた。
ただ、その理由は誰も分からなかった。
わたし達は言われるままに各々掃除用具を手にしたまま並んだ。
先生がわたし達を一瞥し、短い沈黙の後、口を開いた。
「ちょうど一ヶ月前、2月13日の午後、河床第二小学校の生徒が校外写生大会の最中に近くの工事現場で積んであった鉄骨が倒壊する事故に巻き込まれた」
唐突に先生はそんな事を話し始めた。
わたし達はみんな、その事故に巻き込まれた子供達を可哀相に思いながらも、その事故と自分達がこうして怒られている理由が繋がらずに何も言う事が出来なかった。
先生はそこで言葉を切り、わたし達の反応を確かめるように間を置いた。
「……それで、その小学生達はどうなったんですか?」
先生と目が合ったショボンがそう聞き返した。
ショボンの言葉に、先生は小さく溜め息をつくと言った。
「ああ、鉄骨がぶつかる前に近くを通りかかった学生達に助けられたよ。だから小学生は誰も怪我をしていない」
みんなの中に安堵の空気が流れた。
「さて、問題はそれからだ――」
そう言って先生はその安堵の空気を再び重いものとし、腕組みをして再びわたし達を見つめた。
「その生徒の担任が生徒達の証言を元に近隣の中学・高校に聞いて回っていて、それが今日うちの学校に来たんだけどな」
「ちょっ、証言って……」
その言葉の違和感に内藤が笑いながらそう言った。
だが、先生はこれっぽっちも笑わずに逆に内藤を睨みつけ、話を続けた。
「そう。『証言』だ。そして、それは助けてくれた高校生について、だ。今からその証言の内容を教えてやろう」
そう言って、先生は内藤を睨んだまま言った。
「まず、『両手を広げて走って来たお兄ちゃん』。――これは内藤、お前だろう」
次に先生は渡辺さんに向き、淡々と言う。
「次に『あれれ〜? と言って泣いていたお姉ちゃん』。これは渡辺、お前だな」
それからショボン、伊藤さんと先生は順番に睨みつけて言った。
「それから『眉の下がったお兄ちゃん』はショボン。そして最後に『口を尖らせてしゃべるお姉ちゃん』は伊藤。お前達だな」
そして先生は最後にわたし達全員に聞いた。
「それで? もう一人の大人の男の人ってのは誰だ?」
わたし達五人は誰も返事をしなかった。いや、何を言えばいいのかが分からなかったのだ
わたし達は誰一人そんな事故に関わった憶えが無かったのだ。
それから長い間、沈黙が美術室に立ち込めていた。
先生は腕を組んだままわたし達を睨み続けている。
「……先生、何だかぼく達、怒られてるみたいな気がするお」
内藤がぽつりと先生に言った。
すると先生はあっさりと言い返した。
「やっと分かったか。そうだ、お前達は今、怒られてるんだ」
そして、語気を荒げてわたし達に迫る。
「お前達なんだろう? 正直に言ってみろ!」
「――し、知らないお」
内藤がそう言い返し、それをきっかけにショボン、伊藤さん、それに渡辺さんもそれぞれに否定した。
「それに! 仮にぼく達だっとしても、子供達を助けたのに何で怒られなきゃいけないんだお!」
内藤が更に言い返し、他の三人もそうだそうだと声を上げた。
「何でってお前等――」
先生が組んでいた腕を解き腰に手をやると再び怒鳴った。
「その時間は授業中だろうが! 学校抜け出して何やってたんだ!」
内藤も負けじと怒鳴り返す。
「ぼく達じゃないお!」
「嘘つくな! どう考えたってお前等だろうが!」
そうして先生と四人は「お前達だ」「ぼく達じゃない」のまるで接点の見つからない言い合いを始めてしまった。
そんな中、わたしは何故か不安にかられ、先生に聞いた。
「先生――?」

(^ω^)
「何だ、ツン?」
わたしのふいの声に先生は少し冷静さを取り戻したようで興奮しながらも落着いた声で聞き返してきた。
「――わたしは?」
「え?」
「わたしも、そこにいたんですか?」
わたしの質問に先生は何故か溜め息を吐き、再び腕を組んで言った。
「あ、ああ。それがちょっと分からないんだが……。髪を両側でしばったお姉ちゃんってのがお前だと思ってたんだけどな――」
「思ってたんだけど? どうかしたんですか?」
先生の歯切れの悪い返答にわたしの中の正体不明の不安は大きくなっていく。
やがて先生は諦めたように小さく呟いた。
「その女子は事故に巻き込まれてしまったらしいんだ……」
そしてわたしから目を逸らして、先生は話を続けた。
「それが結構な出血を伴ってたらしく、もしかしたら――」
目の前が急に暗くなったように感じ、何だかまるで自分の血が失われたような気がした。
「――死んじゃった、の?」
横から伊藤さんが先生に問いただした。
先生は「分からないが……」とだけ呟く。
わたしは視界にあるあらゆる物に視点があわず、自分が違う世界にいるような錯覚に陥った。
「ツン、大丈夫? 顔色悪いよ?」
ふいに横から声をかけられ、肩を支えられたわたしは自分が倒れそうになっている事に気が付いた。
ひどく気分が悪かった。
「先生! ひどいお! ツンが怖がってるじゃないかお!」
内藤の言葉に先生はばつの悪そうな顔になりもごもごと言った。
「子供達もそれを見て怖くて逃げちゃったらしいんだよな。だから特定するのに時間がかかってその後がどうなったのかもはっきりとは分からないんだけど……。それにしてもお前は怪我した様子も無いしなー、うーん……」
それを聞いて、伊藤さんが先生に食って掛かかった。
「ほら! やっぱりあたし達じゃないじゃない!」
そしてショボンが先生を見つめて静かに言った。
「それで? 結局、それが僕達にしろ、そうでないにしろ。どうするんですか?」
「あー……」
先生が何か言おうとしたその時、掃除時間の終わりを告げる音楽が流れ出した。
その音楽をしばらく聴いてから先生はふいに言った。
「――確かに、お前達かは分からないな」
その言葉にみんながほっとした。
しかしそこへ先生は続けて言った。
「だが、お前等である可能性も否めない」
そして更に信じられない事を付け加えた。
「――さらに今日、お前等はここの掃除を完了していない」
「それは先生が――!」
言い返す伊藤さんを睨み付けて黙らせると先生は言った。
「だから明日、罰として登校してここの掃除をすること! いいな!」
突然の処罰にみんなが一斉に不平の声をあげる。
「えー! そんなのひどいお! 掃除が終わらなかったのはぼく達のせいじゃないお!」
「それでせっかくの休みの日に登校!? しかも三連休初日なのに!」
「横暴だよね」
「あれれ〜?」
そんな中、先生は「ちゃんと出て来いよ! 出て来なかったらもっとひどい罰当番させるからな」と言い、わたし達に背中を向けた。
そうして音を立てて扉を閉めると先生は美術室を出て行った。
閉まった扉に向かってみんなはまだしばらく文句をいい続けていた。
わたしは何だか実際に自分が事故に遭ったような感覚が体に残り、まだ少し気分が悪かった。

そして、この事件に本当にわたし達が関わっていると知るのはまだ少し先だった――。

 つづく


2008.02.14掲載


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