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ツンが同じ日をループしているようです

(^ω^)
 わたしの前にある、この桜は散ることを知らない。
でもそれは、この桜が異常というわけではない。
異常なのは、今のわたしの世界。
あの日以来、わたしの時間は進まない。
何度でも、何度でも、同じ日が繰り返されるだけ。
わたしはいつまでこのループにいるのだろう。

(^ω^)
 その前日、わたしは長年付き合っていた彼と別れた。
彼は同じ会社の上司。いわゆる不倫の関係だった。
彼とは何年付き合ってきたんだろう?
不倫に対する罪悪感はまったくと言っていいほど無かった。
相手が結婚しているなんていうのは、背が高いだとか、髪が短いだとかいう特長のひとつに過ぎないと思っていた。
彼と一緒にいるのは楽しかった。でも、それはきっと恋愛と呼ぶには程遠い関係だっただろう。
彼はわたしを「愛している」と言った。
それでも、彼と結婚出来ないことは分かっていた。「都合のいい女」で構わなかった。
もしかしたら、彼は誰でも良かったのかもしれない。
たまたま選ばれた私。そして、何も得るもののない、お互いに何の見返りも求めない、ただその場の寂しさを埋めるだけの関係。
このまま続けても何も変わらないのは分かっていた。でもそれがいいとさえ思っていた。
もし、彼が本気でわたしを愛してくれたとして、わたしは彼を本気で愛せただろうか?
愛なんて、言葉でしかない。そして、自分はそんな愛しか築けない人間なんだ。そう思っていた。
 そんな彼との関係も昨日で終わってしまった。
突然の分かれ話。
「君はぼくがいなくても、一人でやっていけるだろう」
そう言って彼はわたしに部屋の鍵を返した。
わたしは泣くこともなく、鍵を受け取った。

(^ω^)
 翌日、4月3日。
わたしはいつも通りに起きて、仕事に行く準備をする。
テレビのスイッチを入れる。
いつもの占い、今日の運勢は「恋愛に積極的になるが吉」。
……昨日、フラれたばかりだと言うのに。
仕度を整え、テレビのスイッチを切って仕事に向かった。
電車と徒歩で40分の道のり。
会社のビルに着くと、入り口には彼がいた。
彼はいつものように、わたしに歩調を合わせて入り口を抜け、一緒にエレベーターに乗った。
二人きりのエレベーター。
昨日まで、この二人だけの箱は甘い時間で満たされていた。
だが、今日は違う。
彼はわたしに今までのことを謝り、残りの時間を沈黙で埋めた。
オフィスのある12階に到着しエレベーターを出ると、わたしと彼は分かれそれぞれの部署へ向かった。
もう、彼とエレベーターに乗ることは無いだろう。
そう思っても、涙の一粒も出ない。
わたしと彼は別れた。それだけの事。
その日、わたしはいつもと何一つ変わらぬ一日を過ごし、家に帰った。

(^ω^)
 翌朝、やわらかい日差しで目が覚めた。
テレビのスイッチを入れる。
「恋愛に積極的になるが吉」
占いは昨日と同じ。手抜きか、さもなくば、わたしに対する嫌がらせか。
仕度を整え、テレビのスイッチを切って仕事に向う。
ビルの入り口には、また彼がいた。
彼は再び、わたしと一緒のエレベーターに乗った。
「やり直そう」彼からのそんな言葉を期待する。
だが彼の口から出てきたのは、またも謝罪の言葉だった。
「もういいわよ。そんなに何回も謝らなくても」
そう、わたしが言うと彼は不思議そうな顔をしたが、それ以上何も言うことも無くエレベーターが12階に着くのを待った。

(^ω^)
 その事に気が付いたのは、仕事を始めようとパソコンを起動した時だった。
フォルダを開くと、昨日作った書類が全て消えていた。
パソコンの故障なのか? わたしはパニックになった。
その時に感じた違和感。何かがおかしい。
ふとパソコンの日付を見る。4月3日。
おかしい。今日は4日ではないのか?
わたしはオフィス内にある新聞ホルダーへ向かった。
全ての新聞の日付を見る。
――4月3日。
記事も全て、昨日読んだものと同じ内容だった。
「今日の新聞はまだ来てないの?」
近くを通った、しぃに聞いてみる。
「今、ツンが見てるじゃない」
しぃはそう言って通り過ぎた。
わたしがおかしいのだろうか?
混乱しながらも二度目の書類を作り、その日は早くに家に帰った。
テレビを観ても、昨日観た番組ばかり。
「これは夢なんだ」
わたしはベッドに入り、自分にそう言い聞かせて眠りについた。

(^ω^)
 翌朝、目が覚めるとすぐに携帯電話の日付を見た。
――4月3日。
自分の目と頭を疑いつつ、テレビのスイッチを入れる。
全て昨日、一昨日と同じ内容。
占いも「恋愛に積極的になるが吉」。同じだった。
どうなっているのか?
もしかして、わたしは頭がおかしくなってしまったのだろうか?
恐怖と混乱の中、わたしは会社へ向かった。
ビルの入り口にはまたも彼がいた。
わたしは恐る恐るエレベーターへ向かう。
一緒に乗ってきた彼は、やはりわたしに謝った。昨日、一昨日とまったく同じ台詞で。

(^ω^)
 エレベーターを降りたわたしは何も考えられなかった。
いや、何を考えたらいいのか分からなかった。
頭が混乱し、吐き気がした。
その時、後ろから声が聞こえた。
「大丈夫かお?」
声の方を見ると、そこには同期入社の内藤がいた。
「内藤、――今日は何月何日?」
内藤に聞いてみる。
「今日は4月3日だお。それより、ツン、大丈夫かお? 顔が真っ青だお?」
やっぱり同じ日だ。
どうなっているの? 何なのこれは?
考えても考えても、導き出される答えは一つしかない。
――わたしは同じ日に何度も戻っているのだ。
だが、本当にそんなことがあるのだろうか?
でもこの状況はそうとしか説明出来ない。
「そんなはずはない。でもそれしか考えられない」
考えが同じ所をぐるぐる回っていた。

(^ω^)
 内藤が再び、わたしを呼んだ。
「大丈夫なのかお? ツン!」
「うるさいわね! ちょっと考え事してるんだからあっちに行っててよ!」
反射的に言葉を返す。
内藤はいつでもわたしを苛つかせる。
自分でも、何故こうも内藤に対して苛つくのか分からない。
あの、いつでもニコニコしているような感じだろうか?
それとも、間の抜けた話し方だろうか?
とにかく、わたしは内藤が好きではないらしい。

(^ω^)
 それから、家に帰って寝るまでの全ての出来事が昨日、一昨日と同じ状況だった。
同じ仕事、同じテレビ、同じ事件。
つまりは同じ日。
どういうことなのか。
考えても分かるはずもなかった。
そして今、それ以上にわたしを不安にさせているのは、明日も同じ日なのかという事。
わたしは不安を抱えたままベッドに入った。
「大丈夫。明日こそはちゃんと明日が来る」
自分で口に出して言い、わたしは眠りについた。

(^ω^)
 翌朝、やはり明日はやってこなかった。
4月3日。今日もまた4月3日だ。
それでもわたしは会社へ向かう。
「今までのことは夢なんだ」そう思いたかったからかも知れない。
ビルの入り口まで来た時、待ち構えている彼を見て、わたしは底の無い真っ暗な穴に落ちた気分だった。
エレベーターに乗ると、やはり彼は謝ってきた。
しかし、わたしの頭は別なことでいっぱいだった。
そして、彼の四度目の謝罪を聞きながら、この事態を受け入れる覚悟が出来ていた。
そうだ、別に明日が来なくてもいいじゃないか。
考えてみれば、いつもと変わりない。
わたしは毎日、明日が来るのを楽しみにしていただろうか?
そんな事はない。
だったら、このままいつまでも同じ日を過ごすのだって、いつもと同じこと。
――もともと、わたしは明日に希望を持って生きていたわけではないのか。
そんな事に気付いてしまった。
そうか、わたしはそうやって生きてきたんだ。

(^ω^)
 エレベーターを降りたわたしは、向かいのエレベーターから降りた内藤と目が合った。
内藤はわたしを見ると微笑んだ。
ちょっとした気まぐれから、わたしは内藤に質問をしてみた。
「ちょっと内藤」
「ツン。おはよーだお」
「もし、彼女と別れたら彼女になんて言う?」
「ちょっ、ぼくは彼女なんていないお?」
「そんな事は知ってるわよ。もし、仮定の話としてよ」
「それなら、ぼくは――」
内藤は仮想の彼女と別れた事を想像しているようだった。
「ぼくはきっと泣きながらお礼を言うお」
「お礼?」
謝罪でも、彼女を非難する訳でもなく、お礼?
何故、お礼なのか? わたしは訊ねてみた。
「だって、きっと彼女とは楽しい日々を過ごしたはずだお。そんな楽しい日々を一緒に過ごせたことに感謝したいんだお」
何でこんな事が言えるんだろう?
「ばっかじゃないの」
わたしは精一杯の否定をして自分の部署に向かった。
一人、置き去りにされた内藤はわたしの後ろで「あうあう」言っていた。

(^ω^)
 翌日、今日も4月3日。
《いつも通り》わたしは今日も会社へ向かった。
ビルの入り口で彼は待っているはずだ。
そして、今日も謝ってくる。
五回目の謝罪――。さすがにうんざりしてくる。
わたしは後ろからやってきた内藤に歩調を合わせて、エレベーターに乗った。
彼は少し迷ったようだが、ドアの閉まる瞬間に一緒のエレベーターに駆け乗って来た。
何か言いたそうにチラチラとこっちを見る彼。
わたしはそんな彼の態度にイライラし、内藤に話をふった。
「ねぇ、内藤。不倫ってどう思う?」
「ちょっ、いきなりどうしたんだお?」
動揺する内藤。しかし、それ以上に動揺していたのは彼だろう。
「いいから、答えてよ。ねぇ、どう思う?」
内藤は少し考えていた。
それから、わたしの方を見ると言った。
「見返りを求めない愛なんて愛じゃないお」
その時、エレベーターが12階に到着した。
「それ、どういう意味なの?」
わたしが質問する前に内藤は「じゃあ、仕事がんばるお」と言い残して行ってしまった。
どういう意味だったんだろう? あんな言葉、初めて聞いた。

(^ω^)
 さすがに同じ仕事を五回もやっていると効率は良くなるが飽きてくる。
というよりも、この仕事が明日にはまたリセットされるのかと思うと、空しくもなる。
溜め息をつくと、背後から内藤が声をかけてきた。
「ツン、どうしたんだお? 大丈夫かお?」
空しさと苛立たしさから、わたしは内藤をにらむ。
「あんたに関係ないでしょ」
八つ当たりもいいとこだ。
「今朝も急に変な事聞いてきたから心配だったんだお」
「何よ、知った風な口聞いて」
わたしのそんな口調にも内藤はめげなかった。
「心配事があるなら、ぼくが相談に乗るお!」
意気揚揚と言う内藤。
わたしは再び溜め息をついた。
見上げると内藤がにこにこと待っている。
放っておいて欲しかったが、内藤の顔を見ていると、何を言っても無駄な気がした。
わたしは少しだけ間を置くと、内藤に言った。
「明日が来ないのよ」
何の事か分かるはずがない。
それなのに、内藤は返事をくれた。
「それはきっと向いてる方向が悪いんだお。ちゃんと明日の方を向いてないといけないお」
内藤はにこにこしながら続けた。
「でももし、それでも明日が来ないんだったら。自分から向かって行けばいいお」
「何よそれ、かっこいい事でも言ったつもり!?」
やっぱり、わたしは内藤に突っかかる。
それでも、内藤の言葉には正しいところもある気がした。
わたしは明日を向いていたんだろうか?

(^ω^)
 その後の数日、とは言っても全て《4月3日》なのだが、は会社に行かなかった。
その日の情報が分かっているのを利用して、競馬で儲けてみたり、ネットに予言を書いてみたりした。
しかし、どんなにお金を儲けても、どんなに人に注目されても、それは一日だけの事。
翌朝、目覚めると全てが無かったことになっている。
 寝ずに翌日を迎える事も試してみた。
しかし、どんなに頑張っても、いつの間にか眠ってしまう。
結局、わたしは何回の4月3日を過ごしたのだろう?
わたしの明日はいつ来るのだろうか?
いや、わたしに明日は来るのだろうか?

(^ω^)
 会社に向かう途中に大通りを渡る横断歩道がある。
いつも通り会社に向かう途中、赤信号で待っている時にふと考えた。
わたしは今、死ぬとどうなるんだろう?
何事もなかったように翌日の朝に目覚めるのだろうか?
昔、観た『世にも奇妙な物語』ではそうだった。
でもわたしは?
そんな事を考えていると、いきなり後ろから手を引かれた。
「ツン、そんなに前に出ると危ないお」 
わたしを引くその手は内藤のものだった。
「ばっ……、平気よ!子供じゃないんだから!」
「ご、ごめんだお。でも……」
内藤はわたしを見つめて言った。
「今日のツンは何だかおかしいお? 大丈夫かお?」
「平気よ。それより手を離してよ」
わたしの手は内藤に繋がれたままになっていた。
「あぁっ!ご、ごめんだお!」
気が付いた内藤は、自分から手を繋いできたのに、顔を真っ赤にしてわたしの手を離した。

(^ω^)
 いつまでたっても、わたしは《明日》を迎える事が出来なかった。
わたしだけが世界から拒絶されてる気分だ。
何だか少し疲れてきた。
あれから何回も、横断歩道で内藤に手を引かれた。
別に死ぬつもりがあったわけではないが、内藤は毎回わたしの手を引いた。
でも、何度も同じ事を繰り返されても、うんざりしたりはしなかった。
正直に言うと、内藤に手を引かれるその瞬間、ホッとするようになっていた。
内藤がわたしと世界をつなぎ留めていてくれる気がした。
そんな何回目か。手を離す前に、内藤が聞いてきた。
「本当に手を離して大丈夫かお?」
わたしは思わず内藤に言った。
「じゃあ、このまま何処かへ連れて行ってよ」

(^ω^)
 わたし達は会社をさぼって出かけた。
行く宛てがあるわけではなかったが、内藤は文句も言わずに付き合ってくれた。
歩いていると、どこに行っても桜があった。
普段は気が付かなかったけれど、こんなに桜があるのか。
視界のあちこちに薄いピンク色があった。
サクラサク。
そして次に、散るときはもっと多くのピンク色がわたし達の視界を埋め尽くす。
しかし、今のわたしの世界ではこの桜たちは散ることが無い。
「散らない桜、か」
「何だお?」
わたしのつぶやきに内藤が声を返した。
わたしはまたつぶやいた。
「散らない桜は美しい? 桜は散るからこそ美しい?」
「ツンは難しいことを聞くお」
内藤は無い頭を絞って考えているようだった。
わたしは内藤の答えを待たずに続けた。
「でも、桜は散って終わるから美しいのよね。きっと」
「それは違うお」
めずらしく、内藤が即答してきた。
「何よ、どういう事?」
わたしは内藤に質問した。
「桜が散るのは終わりではないお。桜は花が咲いている間は恋をしているんだお」
内藤は桜を見上げて言った。
「だって、花にはオシベとメシベがあるって小学校でならったお。それから、花が開くとお互いがお互いを求めるんだお。それはつまり恋をしているって事だお」
桜からわたしへ、視線を移して言う。
「そして、花が散る時には二人は結ばれているんだお」
内藤は続けた。
「だから、桜は散ってからがスタートなんだお! 終わりじゃないんだお。それに……」
「それに?」
「散った桜には今度は愛があるんだお」

(^ω^)
 わたしは内藤に聞いた。
「じゃあ、愛って何よ。そういえば前に『見返りを求めない愛なんて愛じゃない』なんて言ってたけど、あれはどういう意味?」
「そんな事、ツンに言ったかお?」
そうだ、あれは内藤には存在していない「今日」の事なのだ。
「い、言ったのよ! と、とにかく、『愛は見返りを求めないもの』じゃないの!?」
わたしの質問に内藤は、これはぼくの考えだお、と言って話を始めた。
「『愛は与えるものであって、求めるものじゃない』なんて言うけど、そんな事はないと思うお」
たぶん、恥ずかしいのだろう。内藤は再び桜を見ながら話していた。
「ぼくは好きな人のためだったら命を捨てられるお」
「嘘ばっかり。そんなの映画の中だけの話よ!」
わたしは本気で否定した。けれど、そんなわたしの言葉にも動じないで内藤は続けた。
「うん。でもそれはきっと、その人にぼくの事を好きでいて欲しいからなんだお。
 その事で相手からも愛を返して欲しいからだお。
 人に愛を与えたら、その見返りにその人からも愛が返って来ないと、いつか自分の愛が空っぽになってしまうお」

(^ω^)
 内藤は話続けた。
「『愛を与えたら、それ以上の愛を返してもらえる』
 そういう関係を続けていれば、相手に与えられる愛はどんどん増えるお。
 そうして、お互いがお互いにとっての一番になるんだお」
「お互いの一番? 『ナンバーワンより、オンリーワン』じゃないの?」
わたしは内藤に返した。
内藤はあうあうすることもなく、落ち着いてわたしに答えを教えてくれた。
「そうだお。でも、オンリーワンになれるのは、お互いが相手をナンバーワンだと思った時からなんだお。
 自分が人生で何かを体験する時。
 その時に一緒にいたいと思う人が一番好きな人だお。
 そうして、お互いに一番好きな人と一緒に色んな体験をして、未来を作っていきたいと思う。
 その、未来を作っていきたいと思う相手こそがオンリーワンなんだお。
 世の中には二股とか、不倫とか、色んな『一番にはならない』関係があるお。
 それでもその場は楽しいかも知れない。でも、そんな関係では未来は作っていけないお」

(^ω^)
 胸が痛かった。わたしは今までの自分の生き方を否定された気がした。
でも、内藤のニコニコした顔と、間の抜けた話し方のせいだろうか。頭には来なかった。
それでもつい、わたしは内藤にいじわるをしたくなる。
「あんた、誰かとつきあった事あるの?」
内藤はわたしの質問の本当の意味に気付いただろう。
あなたの話しているのは、頭の中で考えてるだけの《愛》なのではないのか、と。
「そ、それは……。あうあう」
内藤は口をパクパクさせた。
そして、しばらくするとそのパクパクさせている口から言葉を発した。
「……でも、好きな人はいるお」
それから堰を切ったように話し始めた。
「だから! そのおかげでぼくはすごく前向きだお! 明日が来るのがうれしいお! ぼくにはまだその人にあげられる愛がいっぱいあるし、そうしていたら、明日にはその人に好きになってもらえるかもしれないからだお!」
その後、長い間沈黙が続いた。
沈黙の後、わたしは内藤に尋ねた。
「あんたの好きな人って誰なの?」
「ぼくが好きなのは――」
内藤はごくりとつばを飲むと言った
「ツン。君だお」

(^ω^)
 ――しまった。
最初にわたしが思ったのはまさにこの一言だった。
このシチュエーション。考えてみれば、わたしが内藤を好きと誤解する条件が整っている。
そして、こんな状態で、内藤がわたしを好きならば、告白しようと思うに違いない。
それでも、わたしは考えていた。
――もしかしたら、この人ならば、わたしに多くの愛を与えてくれるかもしれない。
――でも、わたしは彼に与えられる以上の愛を返すことが出来るのだろうか。
――いや、そもそも、内藤が言葉通りにわたしに愛を与えてくれるかも分からない。
――口先だけの人間。そんな人間は沢山いることを知っていた。
わたしはしばらく考えて内藤に言った。
「返事は明日する」
そう、わたしに明日は来ない。わたしは内藤への返事をしないのだ。
明日など来ない。
わたしは明日へは進めない。
それに――、今さら自分の生き方を変えるなんて出来るはずがない。

(^ω^)
 翌朝、4月3日。
今日も同じ日が始まる。
昨日、内藤に告白された事も今日の事。内藤にはまだ告白されていない。
わたしは今日も会社へ向かった。
そして、いつもの横断歩道へ差し掛かった時だった。
一台の車がわたしの方へ暴走してきた。
あっ、と思う暇もなかった。
ドンッ! と体に強い衝撃を感じ、次の瞬間、地面に倒れていた。
しかし、どうやらほとんど無傷らしい。痛いのは倒れた時にアスファルトに擦った手と膝だけだ。
周りを見回すと、暴走してきた車はわたしの一メートル後方に止まっていた。
そして、その車の後ろに人だかりが出来ている。
わたしはふらふらと立ち上がると、人だかりに向かった。
人だかりの中心には人が倒れていた。
事故を見ていた一人がわたしに興奮した口調で話し掛けてきた。
「あの人が、両手を広げて駆けて来ると、君を突き飛ばして、代わりに車にはねられたんだよ」
わたしは胸騒ぎがした。両手を広げて駆ける者には心当たりがあった。
倒れている人に歩み寄る。
その人は――内藤だった。

(^ω^)
 誰かが呼んでくれた救急車にわたしは内藤と一緒に乗り込んだ。
内藤は両足骨折に頭と全身を打っていて意識が混濁していた。
「ぼくは、空を、飛んだお。やっぱり、ブーンは、空も、飛べるお」
などとうわごとの様にしゃべっていた。
そう、確かに内藤は空を飛んだ。車に跳ね上げられたのだ。
それから、「ツン。ツンは無事かお」と聞いてきた。
わたしは内藤の手を握り、「わたしは大丈夫だよ」と告げた。
内藤はうっすらと目開けてわたしを見つめると「よかったお。君のためならぼくは何だって出来るお」と言った。
「わたしにはそんな価値はないよ……」
そう言ったわたしの頬に内藤は手を添えて言ってくれた。
「そんなことはないお。君はたったひとりしかいないんだお」
わたしは救急車が病院に着くまでの間「内藤、ありがとう」と言い続けた。
気が付くと、目から涙が溢れていた。
一度流れ出した涙は、今まで流れる事が出来なかった分も合わさり、止まる事を知らなかった。

(^ω^)
 病院に着いて、内藤は手術後、病室に移された。
足と首と頭が包帯でぐるぐる巻きにされていたが、命に別状は無いようだ。
わたしは改めて、内藤にお礼を言った。
内藤は、そんなのいいんだお、と言った。
「それにしても」
わたしは話を続けた。
「あなたは本当に言葉通りの人なのね。もしかして他のことも全部そうなの?」
内藤は訳がわからないという顔をしていた。
それはそうだ。内藤が昨日までにわたしに話した、まだ話していない事なのだから。
わたしは病室の窓から外を見た。
病院の庭にも桜が咲いていた。
「でも、そんなあなたを認めるって事は、今までの自分を否定する事になるのよ」
わたしは小さく溜め息をついた。
「何のことだお?」
内藤は困った声を出した。
それから、「でも――」と言い、明るい声でわたしに言った。
「それでもいいじゃないかだお」
わたしは内藤の方へ振り返った。
「それで前へ進めるんだったら、それを認めて次へ進めばいいんだお。それが今までの自分にもこれからの自分にも一番いい事だお」
内藤は相変わらずにこにこしていた。
「スタートはいつだって出来るんだお」

(^ω^)
 そうか、そんな簡単なことなんだ。
わたしは完全にやられた気分だった。
「あはははは!」
「何だお? ぼく、おかしい事言ったかお?」
思わず笑い出したわたしに内藤は不思議そうな顔をした。
よし!
わたしは決心をした。
「内藤。返事、明日するね」
内藤の頭には?マークが3つぐらい浮かんでいるに違いない。
「返事って…、何のだお?」
「いいから、いいから。明日を楽しみにしててよ!」
そう言ってわたしは病室を出た。
そう、明日になったら内藤はこの事を知らない。
でもわたしは内藤に返事をしよう。
明日、わたしが突然告白したら内藤は驚くだろうな。
わたしは内藤が驚く顔を思い浮かべて、一人微笑んだ。

(^ω^)
 わたしの不思議な日々はここで終わり。
翌朝、目が覚めたわたしには《翌日》が来ていた。
窓の外では、南からの強い風に桜の花が散り、空を舞っていた。
何度も過ごした4月3日は何かの意味があったのだろうか?
あったとすれば、それは「前へ進め」と言われ続けていたのだろう。
今日の占いは「新しい事にチャレンジするのが吉」となっていた。
昨日、わたしは新しい自分を手に入れた。
これからは、自分とその愛に正直に生きていこう。
愛をいっぱいもらおう。そして、それ以上の愛を返していこう。
まずは今日、わたしは包帯でぐるぐる巻きの内藤に告白をする。
どうなるかは分からない。
でも、内藤ならばわたしの気持ちをぶつければ、きっと何かが返って来る。
そうして、わたし達は変わってゆくのだ。
変わってゆく新しい自分が最後にはどうなるのかは分からない。
でもそれは楽しみでもある。
未来に向かって歩いて行く。
わたしは、スタートしたばかりなのだ。


2006.4.4掲載


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