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ドクオの初夏の一日なようです

(^ω^)
「クー、俺さ。お前の事が――」
あの梅雨の日、俺は言った。
「好きなんだ」
 それからのクーが返事をするまでの、永遠にも思える長い時間。
その間、何故か俺は前日にクーから聞いたアイアイガサの漢字の事を思い出していた。
傘の下には愛が二つ。だから《愛愛傘》。
なかなか、素敵な言葉だと思わないか? そうクーは言っていた。
そうだな。ちょっとストレート過ぎるかもしれないけれど、うん、良い言葉だな。
 そうして、俺がそんな事を考えてしばらく後、クーが言った。
「そうか」
と、一言だけ。
それからクーは難しい顔をしたまま黙り込んでしまった。
「あ、あの……」
クーの言葉の意味が読み取れず、思わずそんな言葉が口から漏れる。
するとクーは俺を見つめて言った。
「……残念だな」
――やっぱり、ダメだったか。
目の前が真っ暗になり、ここに立っているはずのクーがどこか遠い所にいるように感じた。
覚悟していた事とはいえ、こうして現実を知らされてしまうとやっぱり辛かった――。

(^ω^)
 やがて、季節は夏になった
今日は期末試験の最終日で学校は午前中で終わり。
惨憺たる状況だったテストの事はさっさと忘れて楽しい午後を過ごそうと、俺は素早く帰り仕度を済ませ、蒸し暑い教室を出た。
「ドクオ一緒に帰るお」
廊下に出た俺にブーンがそう声をかけてきた。
にこにこと笑うブーン。その後ろにはツンとそして、――クーがいた。
 俺はちらりとクーを見た。
クーは俺と目が合うと「ツンに捕まってしまってな」と苦笑いをした。
「そうか……。じゃあ、四人で帰るか」
俺は諦めてそう返事をすると、三人と一緒に昇降口へ向かった。
四人で一緒に帰るのは久しぶりだった。

 昇降口に着くとクーは傘立てから綺麗な水色の傘を取り出し、俺に向かって言った。
「ドクオ、これに一緒に入って行くといい」
最初、それは冗談か何かだと思った。
だが、クーは本気だった。
玄関で傘を広げ、俺をじっと見つめる。
 俺はあれやこれやと理由をつけて断ろうと試みた。
しかし俺がクーに討論で敵うはずも無く、結局俺はクーと一緒の傘に入って歩くことになった。
クーは俺を自分の傘の下に引き込むと、意気揚揚と歩き始めた。
 俺達は道幅が広く、車が来ないのをいい事に右から俺、クー、ツン、ブーンと四人が横一直線になって歩いていた。
そして、歩きながら、俺は考えていた。
――俺とクーの今の状況。
これも《愛愛傘》と言うのだろうか? と。
「なぁ、クー。やっぱりこれはちょっとどうかと思うんだが……」
校門を出て数十メートル行った辺りで俺はクーに言った。
「どうしてだ?」
どうしてだって? だって、《愛愛傘》ってさ――。
「いや、まぁ……」
俺はハッキリと言う事が出来ずにもごもごと口篭もる。
「いいんだ。気にしないでくれ。ところでさ――」
そうして俺はやっぱりクーにそんな事を言う事は出来ずに、たわいも無い話をしながら歩き続けた。
「ほら、傘からはみ出ているではないか。もっと私に密着したまえ」
しばらく歩いているとそう言ってクーが俺に近づいて来た。
密かに少しづつ離れて行ってそのうち傘から出ようと思っていた俺の目論見はあっけなく崩れた。
 ――もちろん、クーに悪意がある訳では無い事は分かっている。
でもこんな状態は少し耐えがたかった。出来ればこの傘から出て、クーとは別々に歩きたかった。
だが、心の奥では喜んでいる自分もいる――。
このままクーの隣にいたい気持ちと傘から出たい気持ちがせめぎあい、俺は中途半端な位置をふらふらと歩いていた。
するとそんな俺に左にいるクーが近づく。結果、俺達は右へ右へと進路をずらすことになった。
 クーのその向こう側ではそんな俺達を見ながらツンが「その手があったか」と呟いていた。
一体、何の事だ?

(^ω^)
「何故、私の手は二本しか無いんだろう?」
歩きながら、クーが突然そんな事を言った。
俺は頭に疑問符を二つ三つ浮かべながらクーの顔を覗き込む。
「これでは、片方の手で傘を持ち、もう片方の手で鞄を持っているせいで君と手を繋ぐ事が出来無いではないか」
そう言って、クーはその艶やかな漆黒の瞳で俺を見つめ返す。
 ――愛しいクー。
どうしてお前はそんな事を言うんだ。
お前は俺から全てを奪うだけでは飽き足らず、俺をお前のこの傘の下に入れて俺を悩ませてもなおも足りずに、俺にそんな事を望むのか?
だけど――。
だけど、この上、手なんて繋いだら――。
 俺の鞄はデイパックで両手が空いていたので、少し無理な体勢になるが右手で傘を持てばクーの望みを叶えてやる事は出来る。
でも結局、俺はこんな状態で更にクーと手を繋ぐなんていう、そんな勇気は持ち合わせていなかった。
俺は静かに目を瞑り、喉まで出掛かった「じゃあ、俺が傘を持つよ」という言葉を飲み込んだ。
 ――決してクーと手を繋ぐのが嫌な訳では無かった。
いや、むしろ心の奥底ではその行為を望んでいた。
そしてクーは、きっと俺のそんな心の奥も知った上でそんな事を言っているのだ。
そうだ、そうだとも。俺はその行為を望んでいる。
俺はそうなる事を望んでいるんだ。
――やっぱり俺はクーには敵わないのか。
初めてクーに敵わないと思ったあの梅雨の日の告白以来、俺はずっとクーに振り回されている。
クーと、クーの、その――
「クー、よかったら荷物はぼくが持ってあげるお」
ブーンの声に俺は急に現実に引き戻された。
そしてぼーっとした頭で今のブーンの言葉を振り返る。
……いや待て、ブーンお前、何勝手な事言ってるんだ。余計な事を言うな。
俺はブーンの方に振り向き、奴を睨みつけた。
「ひゅーひゅー」
すると、今度は背後からそんな声とエンジン音が聞こえてきた。
声の方へ振り返ると、高岡が俺達四人の後ろを車でゆっくりとつけながら俺をニヤニヤと見ていた。
そしてそんな顔でたっぷり俺を見つめた後、俺達が車が通れるように避けると、高岡はそれ以上何も言わずにアクセルを吹かして走り去って行った。
……あいつ、後でうるさそうだな。いや、それより採点とかいいのか? あいつは。
高岡の車が街中に消え、再びブーンの方を見ると、その手前ではツンが自分の傘を鞄から取り出してじっと見つめていた。
……いや、ツンよ止めとけ。
お前はいいかも知れないけど――。
大体それ、違うだろ。

(^ω^)
「ねぇ、クー。その傘、何処で買ったの?」
ふいにツンが言葉を発した。
……買うのか、ツンよ。
「これか? 駅ビルにある傘の専門店だ」
クーの返事にツンは内藤の方を振り返り、言う。
「そっか。……ねぇ内藤。これから買いに行きたいから付き合ってくれない」
「お? 何だお?」
ブーンは携帯で何かを見ていたらしく聞いていなかった。
「人の話聞きなさいよ、もう……。これから買い物行くから付き合ってって言ったの」
ツンがそう言うとブーンが急に顔を輝かせて言った。
「じゃあ、テストも終わったし、みんなで行くお!」
「え? いいの? 二人の邪魔しちゃって」
ブーンの言葉にツンがそう聞き返す。
するとブーンは俺とクーを交互に見つめ、そして言った。
「いいんだお。ドクオとクーがこうなって、また前みたいに、ううん、前よりもっと四人で遊べると思ったのに全然だったお」
そんなブーンの言葉に俺は少し照れながら言い返す。
「……お前等だって、以前は俺とクーの事、放っておいて二人で遊びに行ってばかりだったじゃねーか」
「じゃあ尚更、今日は四人で遊びに行くお!」
そんなよく分からない理論を振りかざして、ブーンは俺達三人を見ていた。
ツンが俺を見る。俺は仕方無く、肩をすくめて了承した。
次にツンはクーに聞いた。
「ねぇ、それでいい? クー?」
「承知つかまつった」
クーの返事を聞いてツンがくすくすと笑った。
「クー、ほんとは四人じゃない方がいいんでしょ」
「何故分かったんだ?」
驚きの声をあげるクー。
……いや、だってクー、お前の癖、直ってないぞ。
今度はツンがクーと俺を交互に見て言う。
「まぁ、付き合い始めはそんなもんよ。なんか――、初々しいわねー」
「そうか、すまない。――だが心配無用。久しぶりに四人で遊びに行くのは欣快とするところだ」
そんな事を言うクーをツンはまだ笑っていたが、あえてそれ以上は何も言わないようだった。
「じゃあ決まりね」
ツンにそう言われ、クーが俺に振り返る。
「ドクオ。今日も二人で放課後を過ごす筈だったが、帰りにツンに捕まってしまった時点でこの計画は破綻していたようだ」
クーはそう言って俺に苦笑いした。
「だが、四人で遊びに行ってもそこに君がいればいいのだ。予定変更。今日のデートはツンと内藤も交えて駅ビルだ」
そう言って、クーは微笑んだ。

(^ω^)
――俺とクーは付き合っていた。

 あの梅雨の日、俺はクーに言った。
「クー、俺さ。お前の事が――」
クーの静かな光を湛えた黒い瞳を見つめ、俺はずっと言いたかった、でも怖くて言えなかった言葉を口にした。
「――好きなんだ」
それからのクーが返事をするまでの時間。それは永遠にも感じた。
でも、後悔は無かった。
その日は朝から何人もの人間が俺に変われと言い、そして俺自信も変わりたいと思った結果だったから。
そして、悠久の時の果てにクーが言った。
「そうか」
だが、言ったのはその一言だけ。それからクーは難しい顔をしたまま黙り込んでしまう。
「あ、あの……、クー?」
そんな情けない声を出す俺をクーは見つめ返し、そして言った。
「……残念だな」
――やっぱり、ダメだったか。
覚悟していた事とはいえ、俺はがっくりとうなだれてしまった。
しかしその時、クーが言葉を続けた。
「私が――」
俺はクーの声に引かれるようにクーを見上げる。
「私が言おうと思っていた事を、先に言われてしまった」
そう言って微笑むクーの姿はいつも通りに凛としていて、そこには恐れも迷いも無かった。
クーは自分の愛に絶対の自信を持ち、真正面から向き合っていた。
片や俺はと言えば、その時は喜びよりも安堵の気持ちで一杯で、しかも緊張から開放されて立っているのが精一杯だった。
そしてこの時、俺は思った。
――クーには敵わないな、と。

(^ω^)
「という訳で、今日はダブルデートだお!」
ブーンがそう宣言すると、ツンは顔を真っ赤にして言い返した。
「なっ、なんでわざわざダブルデートとか言うのよ! ふ、普通に四人で遊びに行くって言えばいいじゃない……」
「え? でもダブルデートじゃないかお」
「わ、私は傘を買いに行くだけよ! ……だから、あんたにはそれに付き合ってもらうだけなんだからね」
それから二人はぎゃあぎゃあと言い合いをしながら歩いていたが、ツンは嬉しそうだった。
微笑みながらブーンと言い合いをするツンはきっとこれから買う新しい傘の事を考えているんだろう。
ツンとブーンは《愛愛傘》が好きだもんな。ここの所いつも二人は雨が降れば必ず《愛愛傘》で帰っていく。
そしてきっとツンは新しい傘でもそうやって帰っていくつもりなんだろうな。
今の俺とクーみたいに。
 でも――。
俺にはやっぱり疑問だった。
これも《愛愛傘》と言うのだろうか?
 その時、俺はふと気が付いた。
ところでこのままだと俺はこの傘に入ったまま駅に行く事になるんじゃないか?
あんな人通りの多い所へ? この状態で?
それはちょっと――、どうなんだ?
俺はやっぱりこの傘から出たくて、最後の抵抗を試みた。
「なぁ、俺やっぱりここから出た方がいいんじゃないかな?」
「何故だ?」
「ほら、俺インドア派だし、その方が身体とかにもいいと思うんだ」
「何を言っているんだ。そんな訳は無いだろう、君はいつの時代の人間だ? どう考えてもこの傘に入っている方がいい」
「いや、でもさ」
「でももへちまも無い。君の健康を考えるのも私の使命のひとつなのだ」
クーはきっぱりとそう言って、俺にはそれに対抗する次の言葉が思いつかなかった。
つまり、俺の最後の抵抗は失敗に終わった訳だ。
――やっぱり、クーには敵わない、か。
 俺は自分の頭上を覆う傘を見上げる。
本当はこの傘の下にいる事が嫌な訳では無い。
否、嫌では無いどころか、クーが一緒に傘に入りたいと思う気持ちも、手を繋ぎたいと思う気持ちもとても嬉しかった。
でも――。
でも、みんなの奇異なものを見るような視線が痛いんですが……。

(^ω^)
 ていうか、やっぱり恥ずかし過ぎる。
クーに告白して以来、梅雨の間に《愛愛傘》は何度もしたんで恥ずかしくは無くなった。
しかしさすがに、こんな事をやっているやつらは他にはいない。
あのブーンとツンですらやっていない。
……いや、ツンはブーンと明日からやるんだろうな。
ブーンの奴はその事に気付いているんだろうか?
明日は俺と同じ運命だという事に。
でももしかしたら、……アイアイガサ好きな内藤なら喜ぶかも知れないな。
 ――《愛愛傘》か。
確かに俺はクーが好きだ。そして、クーも俺を好きでいてくれている。
この傘の下、そこには確かに二つの愛がある。
だけど――。
「なぁ、これも《愛愛傘》なのかな?」
俺はそっとクーに聞いてみた。
クーは俺の方を向き、微塵の迷いも無く言う。
「当然では無いか。《愛愛傘》は一つの傘の下に二つの愛があればいいのだ。それが――」
何度目だろう? クーの瞳に見つめられるのは。だけど、何度見つめられようとも、クーにその深遠な瞳で見つめられる度に俺はドキドキした。
きっと、何千回、何万回見つめられようとも俺はいつだってドキドキするだろう。
クーのこの瞳に比べたら、地球上にある他の全ての物が色褪せて見える。
 そして、クーが言った。
「それが日傘であってはいけない、等というルールは何処にも無いだろう?」
そう言って、クーはにっこりと微笑んだ。
その笑顔は本当に嬉しそうで、そんな笑顔を見たら俺は何だか無性に彼女の願いを叶えてやりたくなった。
――クーはいつだって自分の愛を信じて、真っ直ぐにその意思をつらぬく。
クーに敵わないと思ったあの日以来、俺はずっとクーの、その愛に振り回されて来た。
だけど――、だけどクーのこんな笑顔が見られるんだったら、少しぐらい振り回されたっていいじゃないか。
 俺はそんな事を思い、そしてそんな事を思った自分が可笑しかった。
こんな事を思ってしまうなんて、――やっぱり俺はクーには敵わないんだな。
 俺は観念して、頭上の日傘の端から青空と眩い太陽を見上げた。
 ま、いっか――。
俺はクーから傘を受け取り、もう片方の手をクーに差し出した。
結局、俺がクーに敵わないのは、俺がクーの事を大好きだからなんだ。
そうだな――。クーのこの笑顔が見られるんだったら何でもやってやるさ。
クーが喜ぶのであればこのままどこまでも一緒に行ってやる。
これからもクーが望むのなら日傘に一緒に入って歩いてやる。そして、手だって繋いでやるさ。
だって、その傘の下、俺の隣にはクーがいて、更にその向こうにはきっと同じ事をしているブーンとツンがいる。
そして何より、その傘の下には二つの愛があるんだから――。


2007.11.05掲載


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