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ブーンの梅雨のもう一日なようです

(^ω^)
「好きよ」
ふたりでひとつの傘の下、彼女が言った。
ぼくは驚き、三秒間ほど彼女――ツンを見つめたまま動けなかった。
でもやがて、嬉しさが爆発的に体内を駆け巡り、全身が熱くなって手には汗をかいていた。
そしてぼくはツンに言った。
「ぼくもツンが大好きだお」と。
嬉しかった。素直に単純にとても嬉しかった。

 家に帰ってからも嬉しさは胸に留まり、体の奥からぼくを支配した。
ご飯を食べるのにも頬が緩みっぱなしで元に戻らず一苦労。
テレビドラマを観れば主人公が告白されるシーンで意味も無く叫びそうになるのを抑えるのに必死。
お風呂で髪を洗っていても思い出すのは「だるまさんがころんだ」じゃなくてツンの「好きよ」とその笑顔。
嬉しくて嬉しくて。兎にも角にも嬉しくて。
 そしてぼくは考えた。
そうだ。この嬉しさをスレッドにしてインターネット上に永遠に残そう。
きっとスレは罵詈雑言や釣り乙で埋め尽くされるだろう。だがそれがいい。
ぼくは興奮して急いでお風呂から飛び出ると、まだ半分濡れた体のまま自分の部屋に駆け込みパソコンを立ち上げて某巨大掲示板を開いた。
スレッドのタイトルは何にしよう?
そんな事を考えている間にパソコンは立ち上がり、ぼくはブックマークから目的の掲示板を開いた。
だが、肝心の板に繋がらない。どうやら、サーバーが落ちているらしい。
それから何度か試してみたがずっと繋がらず、結局午前2時に諦めてぼくはベッドに入った。
そして、しばらくは枕に顔をうずめて足をばたばたさせたりしていたが、やがてにやついた顔のままぼくは眠りに落ちた。

(^ω^)
 翌朝、立ち上げっぱなしになっていたパソコンを見ると目的のサーバーは復旧していた。
しかし、スレッドを立ち上げようとすると今度は規制で立てられない。
ぼくは眠い目をこすりながら学校へ急いだ。
 家を出ると昨日とは一転、快晴の青空だった。
ぼくは両手を広げ蒼い空の下、「ブーン」と学校に向かって走った。
 そうして、学校へ着くとぼくはその勢いのまま部室へ向かった。
ぼくの部活はパソコン研究部。
つまり、学校へ早く来たのは、部室のパソコンでスレッドを立ち上げる為。学校からなら規制は無いだろう。
 部室のドアを勢いよく開けると、そこには既にドクオが来ていた。
「ドクオ、どうしたんだお? こんな早くから。朝錬かお?」
ぼくの質問では無い質問にドクオが答える。
「いや、ちょっと昨日の夜、眠くて1時で読むの止めちゃったスレの続きが気になって……」
あれれー? ぼくは驚いたが、話を続ける。
すると、ドクオがぼくに聞いてきた。
「なぁ、これさ、そのスレでの話なんだけど……」
ドクオはぼくに「SNEG?」と聞きたくなるような話を聞かせた。
そして、ドクオがぼくに聞いてきた。
「――これってフラグだと思うか?」
少し考え、ぼくはドクオに聞き返す。
「この話、ドクオとクーの事かお?」
ドクオは必死に否定してきたがぼくは決定的な証拠をドクオに出した。
「昨日の12時前から2時過ぎまでの約2時間、その板のサーバーは落ちてたんですお」
その事実を告げるとドクオは諦め、全てをぼくに話し始めた。
どうも、ドクオはクーが好きで、話を聞く限りクーもドクオが好きみたいだ。
でも、ドクオはその事に自信が無くて、悩んでいる。
 話の途中でドクオがクーとアイアイガサをした事と言った。
――そうだ。
その時、ぼくはふと思い出し、ドクオに聞いてみた。
「ドクオ、アイアイガサってどういう字を書くか知ってるかお?」

(^ω^)
 きっとドクオは《アイアイガサ》の漢字を知らないに違いない。
ぼくの質問にドクオはしばらく考えた後、言った。
「知ってるぜ。《愛愛傘》って書くんだろ?」
案の定、ドクオはアイアイガサの正しい漢字を知らなかった。
ぼくはドクオに不正解を告げた。
しかし、するとドクオがぼくに言い返してきた。
「……でも、クーが言ってたんだぜ」
「え? クーが?」
その言葉を聞いて、ぼくは自信が揺らいだ。
クーと言えば、優等生を絵に書いたような人だ。
成績も優秀だが、何よりもその知識量がぼくたちなんかとは桁違いだ。
そのクーが《愛愛傘》と言ってたって?
ドクオは更に「どうせ、お前が知ってるって言うその知識、ネットで知ったんだろ?」とぼくに追い討ちをかける。
さすがドクオ、ぼくの事をよく知っている。
確かに、ぼくの知識はネットで知ったものだった。
そして、あのクーが《愛愛傘》だと言うのだ。ぼくがネットでちょろっと調べた結果よりも、そっちが正しい可能性の方が断然高い。
いや、きっとそうに違いない。
 多分、ぼくが調べた知識は誰かが嘘か冗談で書いた偽の情報だったんだ。
嘘を嘘と見抜けない人はインターネットを使うのは難しい。
そして今、ぼくはその嘘を見抜いたんだ!
ぼくは自分の誤りを認め、ドクオに向かって言った。
「うん。クーが言ったんだったら、きっと《愛愛傘》が正しいんだお!」
そうだ、今度ツンにも教えてあげよう。
「――それはともかく。どう思う?」
ドクオが再び、そう聞いてきた。
「だから、クーの漢字が正しいお」
ぼくはそう答える。
するとドクオは、そうではなくて昨日ドクオとクーの間で起こった事についてどう思うか、だと言った。
何だ、そっちの話か。それなら答えは簡単だ。
そして、ぼくはドクオに答えた。
「そんなの、ぼくに分かるわけ無いお」

(^ω^)
 だって、そんな事は本人にしか分からない。
それに、そもそもフラグが立っているかどうかなんて関係無いじゃないか。
ぼくはドクオに言った。
「好きなんだったら、自分から伝えればいいんだお」
そう。伝えるべき想いがあるんだったら、伝えればいい。いや、伝えないといけない。
それは、かつてツンを好きになったぼくがそうだったから。

 ――ぼくとツンは幼馴染だった。
ツンに初めて会ったのは小学生の時。
「馬鹿ばっかりね」
まるでバリアーを張っているかのようにツンは周囲に刺々しい態度を取っていた。
そして、ぼくはそんな中でも特にツンに馬鹿にされ、怒鳴られ、きつく当たられた。
 周りの子達はツンのそんな態度にいつしかツンから距離を取るようになった。
でも、ぼくはツンから離れたりはしなかった。
だって、それじゃあツンがひとりぼっちになってしまってかわいそうだと思ったから。
――いや、そうじゃない。きっとぼくはもうその時、ツンの事を好きになっていたんだ。
そんな訳で、嫌がられながらもぼくとツンは二人で一緒にいる事が多かった。
一緒にいる時間が増えても、ツンは相変わらず刺々しかったが、それでもたまに笑顔を見せるようになった。
その笑顔は魔法の様にぼくの心を捕らえ、ぼくはその笑顔を見る度に、どんどんツンの事が好きになっていった。
そしていつしか、ぼくはもう、ツンの笑顔無しには生きていけない気がした。
 やがて、徐々にツンは他の人へ柔らかく接っする事が出来るようになり、一度はツンから離れて行ったみんなも戻って来た。
しかし、そうなってからも、ツンのぼくへの態度だけは変わる事は無かった。
 そんな状況が続いて数年。突然、ツンが海外へ引っ越す事になってしまった。
海外。それはツンとはもう会えなくなる事を意味した。
そんな事は絶対に嫌だった。
けれど、子供であるぼくにはどうする事も出来なかった。
そしてその時、ぼくは考えた。
「ツンに想いを伝えよう」と。
ツンに告白しよう、そして結婚の約束をすればいつかツンは帰って来る。
それは、子供の考えだったのかもしれない。でもその時のぼくは本気でそう思っていた。
 そして、ぼくはそう決意したその日から何度もツンに告白して結婚してもらおうと思った。
しかし結局、ぼくにはツンに自分の想いを伝える勇気は無くて、断られるのが怖くて、ぼくは全てを諦めてしまった。
そしてツンはぼくから去って行き、残されたぼくは自分の弱さを後悔しながら一人だけの時間を過ごした。

(^ω^)
 しかし数年後。ツンは帰って来た。
「またあんたと隣同士? ほんと、うんざりするわね」
ツンは帰ってきてからも相変わらずぼくに怒鳴り、きつく当たった。
そして、そんな以前と同じ関係ながらもぼくたちは再び一緒にいることになった。
 最初、ぼくはそれが嬉しかった。
ツンは以前と変わらずにずっとツンのままだった事、そしてぼくたちの関係が変わらなかった事を喜んだ。
 しかしある時、ぼくは気付いた。
ぼくとツンの関係が以前と変わらないのは、ツンも変わらなかったが、同時にぼくも変わっていないからだ、という事に。
この数年、ぼくは後悔の中を生きてきたというのに何の進歩もしてなかった。
――このままではいけない。
ツンはぼくに会いに帰って来た訳じゃない、たまたま帰ってきただけなんだ。
そして、ぼくたちの関係が今のままでは、いずれまたツンが離れる事になってしまった時、ぼくはまた引き止める事が出来ない。
そんなのは嫌だ。もう絶対にツンとは離れたくない。
 そうして、ツンといつまでも一緒にいる為、自分を進歩させる為、ぼくはツンに告白する事にした。
さすがに子供の頃みたいに結婚の約束までしようとは思わなかった。
それにそもそも告白したところで断られるかもしれない。
でも、それでもぼくの想いをツンに知っていてもらえれば、何かあった時ツンはぼくの事を思い出して、考えを変えてくれるかもしれない。
 ドクオを始め、周り人は告白したって絶対にうまくいかないと言った。
でもぼくにはうまくいくとかいかないとか、そんな事は関係無かった。
ただ、告白をしないとこの先は無いと確信していたのだ。
そうして、ぼくはツンに告白した――。

「……どうせ言ったってダメだよ」
ぼくの言葉にドクオはそう言って肩を落とした。
でも、ぼくはドクオにがんばって欲しかった。
かつてぼくがしたのと同じ後悔をしないために。

(^ω^)
 授業が始まり、ぼくは教科書を開いたまま考えていた。
今日も昨日のツンの言葉を思い出してニマニマするはずだったのが、昔の事を思い出したせいで急に考え込んでしまった。
 ――どうして昨日、ツンは突然ぼくに「好きだ」と言ったのだろう?
実はぼくは付き合って以来、ツンに「好きだ」と言われた事が無かった。
告白の返事もツンは「べ、別に付き合ってあげてもいいわよ?」と言ったが、「好きだ」とは言わなかった。
 でも、ツンはぼくに対してまったく好きだと言わないわけじゃない。
一昨日の喫茶店みたいに、不意にぼくに自分の気持ちを見せてくる。
それは、すごく判り辛いけれどツンなりの気持ちも伝え方なんだ。
 それが、昨日の突然のはっきりした形での告白。
何かあるんだろうか?
ぼくは何だか、不安になってきた。
「好き」と言われた事で不安になるのもおかしな話だが。
もしかして、ツンはああ言う事で、ぼくに何かを求めているんだろうか?
 今までツンがぼくにはっきりと何かを告げるのは、ぼくが馬鹿な事をやった時の非難の声だけだった。
そして、ツンがぼくに「ばっかじゃないの」と怒る回数は、判り辛いとはいえ、ツンが「好き」といった気持ちをぼくに伝える回数より断然多い。
――でもそれはツンが悪いんじゃない。
ツンを「ばっかじゃないの」と呆れさせたり怒らせたりしている原因は他ならぬぼく自身なのだ。
 かつてぼくはツンが離れていかないよう、そして自分を進歩させるため、ツンに告白をした。
でも、無謀だと言われたその告白が成功した事でぼくは気を抜いて自分を甘やかしていたのかもしれない。
確かに、告白する事が出来たぼくはその時、少しは進歩したのかもしれない。
でもその後のぼくは何も変わっていない。ぼくはツンに怒られ、怒鳴られ、呆れられる、何の魅力もない男。
これじゃあ、あの時と同じだ。
ぼくは今までと関係が変わらない事を間抜けにも喜んでいて、自分を変え、ふたりの関係を変えようという努力をまったくしてこなかった。
 もしかして、ツンはそんないつまでも変わらないぼくとの関係にもう見切りをつけようとしているのだろうか?
そして、そんな事を考えている自分自身に言い聞かせるため、最後のチャンスとして、ツンは今まで言った事の無かった「好き」という言葉を口にしたのかもしれない。
 ツンがぼくに見切りをつけようとしている――。
今度はツンは自分の意志でぼくから離れて行こうとしている。
そしたら、ぼくのした告白なんて何の意味も持たない。
ぼくはもうツンを引き止める事は出来ず、ぼくは未来永劫、ツンの笑顔を見ることが出来なくなる。
 ――そんなのは嫌だ。
「ツンと一緒にいたい」
それはぼくの心からの願いだった。
それがぼくの願いの全てだった。
 だからそのために、いつまでもツンと一緒にいるために、ぼくは変わらないといけない。
ツンとの関係を変えられる男になりたい。
ツンが離れていかないような、ツンを惹き付け続ける魅力的な男になりたい。

 ぼくはもっと進歩しないといけない。
いや、もう進歩では足りない。――ぼくは進化しないといけない。

(^ω^)
「先生! ぼくは進化したいお!」
四時間目の授業が終わり、教室を出て行く高岡先生を追いかけ、ぼくはそう叫んだ。
「……お前、私は生物じゃなくて化学の教師だぞ?」
先生は振り返りながらそう言った。
それからぼくをまじまじと見つめて「化学変化ぐらいなら起こさせてやれるが?」と付け足す。
ぼくは先生を真っ直ぐに見つめて言った。
「ぼくは魅力的な男になりたいんだお」
先生は眉間に皺を寄せてぼくに聞く。
「何でそんな事、私に聞くんだ?」
「だって、先生は美人だけど男前だお」
そう。高岡先生は言葉遣いや態度は乱暴だけれど、男子生徒の中に何十人もファンがいるくらい美人なのだ。
そして、それ以上に先生は女子生徒の中に何十人もファンがいるくらいにとても男らしい。
先生のその男らしさを伝える高岡伝説をあげれば枚挙にいとまがない。
曰く、今までの赴任した学校の番長は全て高岡先生が倒した。
曰く、今まで赴任した学校には全て女子による高岡ファンクラブがある。
曰く、今まで赴任した学校は全て、理不尽な校長にドロップキックを浴びせたせいでクビになっている。
「ああん!? 何だって?」
どこまでが本当か分からない高岡伝説の数々を思い出し、ぼーっとしていたぼくに高岡先生が眉間の皺を更に深くして睨みつけるように聞いてきた。
「え? 何がだお?」
「今、何て言った?」
その迫力に圧されたぼくはやっとの思いで言った。
「せ、先生は男前だお……」
「その前だ」
先生が言い返す。
その前? ぼくは何か言っただろうか?
何を言ったか思い出せず考え込むぼくに先生は聞いてくる。
「美人って、そう言ったか?」
そういえば、そんな事を言った気もする。
先生はぼくを見据えたまま顔を近づけ、もう一度聞いてきた。
「美人って言ったのか?」
「……い、言ったお」
ぼくがこくこくと頷くと高岡先生はぼくから顔を離し、腰に手を当ててぼくを見下ろしながら、「内藤、お前なかなか見所があるな」と言った。
それからにっこりと笑うとぼくの手を掴んだ。
「よし! 特別にアドバイスをしてやるからついて来い!」
先生はそう言うと、ぼくを引っ張って歩き出した。
「ちょっ、先生何処へ……?」
「い・い・と・こ・ろ!」
そうしてぼくは先生に科学準備室に連行されてしまった。

(^ω^)
「やっぱりな、立ちはだかる敵を倒してこそ男だぜ!」
化学準備室に似つかわしく無い自分専用のデザイナーズチェアに座る高岡先生は開口一番、そんなひどく偏った意見を言った。
そしてぼくはそんな先生の言葉に呟く。
「……意味が分からないお」
「だからあれだよ。敵の必殺技に対して更に上をいく技で対抗して勝つ! とかそういうの」
やっぱり意味が分からない。いや、意味は分かるのだが……。
「そもそも、必殺技が無いお」
「だろうな」
高岡先生は即答した。
そして、手を口に当てながら何かを考え始めた。
「あ、あれはどうだ?」
しばらくの沈黙の後、高岡先生が言った。
「何ですかお?」
「お前よく、ブーンとか言って走り回ってるじゃん。あれ」
「……全然、必殺技じゃないお」
再びの沈黙。
しかしそれから、「でも、ほらあれだ」と続ける。
「そのブーンってのが何か凄そうって思わせればいいんじゃないか?」
「本当ですかお?」
ぼくは少し期待を込めて先生に聞き返す。
「だめか?」
……いや、質問しているのはぼくなんですが。
「じゃあ、次の作戦だ」
高岡先生は今までの話を一切無視してそう切り出した。
「どんな作戦なんですかお?」
先生の変わり身の早さに戸惑いながらもぼくは聞き返す。
「お前の良さはその馬鹿正直さにあると思うんだ――」
先生はそんな誉めてるんだ貶してるんだか分からない事をぼくに言う。
それから「でもな」とにやりと笑って言った。
「女はな、ミステリアスな男に惹かれるんだ」
「ミステリアス……」
ぼくは考えた。考えたが分からなかった。
「先生、ミステリアスってどうすればいいんですかお?」
沈黙――。
……自分でも分からなかったのか。
「あ、こんな作戦もあるぞ」
先生はぼくの質問に一切答えず、次の話を切り出した。
「…………どんな作戦ですかお?」
ぼくはもう半分くらい諦めながらも一応聞いてみた。
すると先生は得意げにふふん、とぼくを見下ろし教えてくれた。
「お前は馬鹿だと思われているだろう――」
今度はきっぱりけなされた。
そして「だからな」と先生は再びにやりと笑って言った。
「不意に知的な面を見せたりすると、実は出来る男って感じでポイントアップするぞ」
「知的な面かお……」
ぼくはため息混じりに呟く。
「自信――、無いよな?」
高岡先生はぼくにそう聞き、ぼくは頷き、頭を垂れた。
そしてぼく達の間を沈黙が流れた。
「まぁ、あれだ」
しばらくすると高岡先生が口を開いた。
「なんですかお?」
ぼくは最後の望みをかけて先生の話を聞いた。
「――なんとかなる」
高岡先生はそう言い切った。

(^ω^)
 それから午後の授業中ずっとぼくは教科書を開いたまま、どうやって自分を魅力的な男に見せるかの作戦を練り続け、放課後を迎えた。
「ツン、一緒に帰るお!」
ぼくは帰りのホームルームが終わるとすぐに教室を飛び出し、そう言いながらツンのクラスに飛び込んだ。
「――ツンならさっきどっかに行ったわよ?」
しかし教室にツンはおらず、残っていた女子がぼくにそう教えてくれた。
 そして、それからぼくは永い時間、ツンを探し求めて学校を彷徨う事になる。
「ツンならあっちに歩いて行ったよ」
「さっき向こうの階段昇ってた」
「渡り廊下を歩いてたの見たよ」
「昼になら屋上行くの見たけどな」
ツンは何処にいても目立つおかげでみんなが手がかりを教えてくれる。
これがぼくだったらきっと誰もすれ違った事さえ覚えていないに違いない。
でも、これだけの手掛かりがあるにも関わらず、ぼくはツンを一向に見つける事が出来なかった。
ぼくはツンの影を追って階段を昇り、降り、廊下を走り、教室を覗き、窓から対面の校舎の各階の廊下を見渡した。
決して広いとは言えない学校が何だかとてつもなく巨大で、悪意を持った迷路の様に感じた。
 もしかしてぼくはこのまま一生、ツンに逢うことが出来ないんじゃないかと思えた。
いや、それどころか「ツンという存在自体がぼくの妄想なんじゃないか?」そんな事まで考え始めた。
ぼくは不安に支配され、無我夢中でツンを求め、学校中を走り回った。
「ツン? あそこ歩いてるじゃん。昇降口行くんだろ?」
そう言われ、指さされた方向を見ると、廊下の端の角をたった今、曲がって行くツンの流れるような後ろ髪だけが見えた。
ぼくは角に消えて行ったツンの髪を目指して全力で廊下を走った。
だが、角まで来たぼくに見えるのはやはり次の角を曲がったツンの後ろ髪だけ。
次の角に来れば、そこには階段を降りて行くツンの後ろ髪。
 やっぱりぼくはもうツンに会えないのだろうか?
そんな不安を胸にぼくはツンの後を追い、急いで階段を駆け下りる。
しかし、急ぎ過ぎて足がもつれ、ぼくは階段の中程で転んでしまった。階段を転がり落ちて壁にぶつかり、息が止まった。
それでも無理やり立ち上がりぼくは再びツンを追いかける。
だが、そこにはもうツンはいなかった。もうどれだけ走ってもツンの後ろ髪さえ見えない。
ツンがいない、ツンがいない。ツンはいない。
――やっぱりツンはぼくが生んだ幻だったか?
ぼくは不安に押し潰されそうになりながらも必死でツンが向かっているはずの昇降口を目指して走った。
そうして昇降口に辿り着く。
――そこにはツンがいた。

(^ω^)
「ツン!」
自分の下駄箱を開けて靴を取り出しているツン。
ぼくはツンの名前を叫ぶと彼女に駆け寄って行った。
「どうしたのよ? そんなに息切らせて」
ツンはぼくを見て少し驚いたようにそう言った。
「……ツ……い……かえ……」
ツンの目の前に立ち、ぼくは肩で呼吸をしながら答えた。
「何?」
ぼくの言葉にならない言葉にツンが聞いてくる。
「……ツン、……っしょに……る……」
でもぼくはさっき壁にぶつかって以来、ほとんどろくに呼吸していなくて息切れで言葉が出ない。
「……いいわよ。待ってるから呼吸が落ち着いてからにしなさいよ」
ツンはそう言って、取り出そうとしていた靴を下駄箱に戻し、ぼくを待ってくれた。
そしてしばらくするとぼくはやっと呼吸が整い「はぁ〜、お待たせだお」とツンに言うことが出来た。
「まったく。で? 何?」
胸の前で腕を組んでそう言うツンをぼくは改めて見て言った。
「ツンと一緒に帰りたいんだお」
その瞬間、ツンの顔がぱっと明るくなり、そして言った。
「そ、そう? どうしてもって――」
しかしツンはそこで何かに気が付いたようにハッとして言葉を止めた。
何だろう? ぼくに再び不安が押し寄せる。
ツンはそれから少しの間何かを考えて、やがてぼくから目を逸らしながらおずおずと言った。
「――う」
「う?」
聞き返すぼくから更に目を逸らし、ツンは地面を見つめていた。
そして、一度深呼吸をすると顔を真っ赤にしてツンは言った。
「う、うれしい……かも――」
でもそれからふっと顔を上げ、心配そうにぼくに聞いてきた。
「あ……、でも部活はいいの?」
もともと行く気は無かったけれど、ツンにこんな事を言われて部活に行くなんていう選択肢はある訳がないし、例えあったとしても選ぶ訳が無い。
ぼくはツンに答えた。
「いいんだお。ツンと一緒に帰る方が優先だお」
するとツンは再びぱっと明るい顔になって言った。
「そ、そうよね。どうせあんな部活、名前ばっかりだもんね」
そして、笑顔のツンを見てぼくは安心した。
ああ、ツンはぼくの妄想なんかじゃない。
確かにここに存在して、ぼくに笑顔を見せてくれる。
ぼくは、やっぱりツンの笑顔が大好きだった。
――この笑顔を見るためだったら、ぼくは何だってする。

(^ω^)
 ツンの笑顔にぼくは何だかとても嬉しくなって、はしゃぎ回り、ツンの回りを走り回った。
もっともっとツンを幸せにしたい、そう思った。
もっとも、それは半分は自分の為だけれど――。
勿論、本来の目的はツンを幸せにする事だ。ツンの幸せをぼくは願っている。
だけどぼくがツンを幸せする事が出来たら――、ツンはぼくに笑顔を見せてくれる。
そして、こんなにぼくを嬉しくさせてくれる笑顔は世界中探したって他には無い。
だから、ぼくがツンを幸せにする事が出来たら、そこにはふたつの笑顔が生まれる。
それはとても良い事じゃないか。
 幸せにする、と言うのは大げさでも、ツンを楽しませてあげたい。
ぼくは授業中に聞いた話を面白おかしくツンに話して笑い合い、両手を広げてツンの周りを走った。
「ねぇ、内藤」
その時、そうやって走り回るぼくにツンが言った。
「なんだお?」
ぼくは走りながらツンを振り返る。
「内藤ってそうやっていつも走ってるのに、100メートル走とか遅いよね。何でだろうね?」
ツンにしてみれば何気無い一言だったのかも知れない。
でもその言葉でぼくは思い出した。
――そうだ、作戦を実行しないと。
ツンに会えた事で安心して浮かれていたぼくは自分を魅力的な男に見せるという作戦をすっかり忘れていた。
そう、ぼくは今、こんな両手を広げて走り回っている場合では無いのだ。
「……ツン」
足を止め、ぼくはツンに向き直る。
そして真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。
「なっ、何よ?」
ツンは何だか少し赤くなっているように見えた。
ぼくはじっとツンを見つめ、言った。
「――わしのブーンは108式まであるぞ」
言葉の後、その場を支配したのは沈黙。
ツンはぼくを見つめたまま何も言わない。
――しめしめ、これはきっとツンはぼくの凄さに感心してるに違いない。
しかし、しばらくするとツンが眉をひそめて言った。
「……どういう意味?」
「え?」
思わぬ質問にぼくは慌てふためいた。
「あ、あの。つまり……」
作戦は失敗だ。
「……何でもないお」
ぼくは諦めてツンにそう言うと再び歩き始め、校門を出た。

 ――第一の作戦は失敗だった。
ぼくは引き続き第二の作戦、「ミステリアスな男」作戦に入る。
歩きながらポケットの中で携帯を操作し「111」にかける。そしてそのまましばらく時間を置いた後、ぼくは電話を切った。

(^ω^)
 数秒後、ぼくの電話の着信音が鳴った。
ぼくはわざと電話を取らない。ツンが「電話鳴ってるわよ」と言うまで待ち、それからゆっくりと電話を取る。
スピーカーからは「ただいま、着信試験を行っています」という女性の声が繰り返し聞こえてくる。
でもぼくはそれを無視して言う。
「もしもし?」
もちろんスピーカーの向こうの機械の女性は応えてくれる訳は無い。そう、これはただの電話がかかってきて話をしているフリなのだ。
さぁ、ミステリアスな自分を演出する用意は出来た。
そしてぼくは言葉を発した。
「――あぁ、俺だ」
隣りでツンがぷっと笑った気がする。何でだろう?
スピーカーからは相変わらず「ただいま、着信試験を行っています」という女性の声。
ぼくは構わず次の台詞を口にする。
「何っ!? 国連軍が?」
ぼくの言葉にツンがぼくを見る。
でもぼくはそんなツンに気付かないふりを続け、台詞を続ける。
「それが世界の選択か……」
寂しそうにそう呟き、小さく溜息をつく。
機械の彼女は「ただいま、着信試験を行っています」と続けている。
「ロマネスクはどうやら俺達とやる気らしいな」
ぼくは次の台詞を言い、それからしばらく、相手の話を聞いているかのように間を置く。
だが、ぼくに聞こえてくるのは「ただいま、着信試験を行っています」。
適度な頃合でぼくは最後の台詞を口にする。
「あぁ、分かってる。あいつなりの考えだな」
そして別れの挨拶。
「ラ・ヨダソウ・スティアーナ」
ツンの視線を感じながらぼくは電話を切った。
 ――よしよし、これで学生なのにどうやら国際情勢に影響を与えているらしいミステリアスな男という印象をツンに植え付けたはずだ。
後はツンが何かを聞いてきたら寂しそうに「それは……言えないんだ」とか言えば完璧だ。
「ねぇ、内藤?」
ツンがぼくに声をかける。――作戦通り!
「何だお?」
ぼくはツンに聞き返す。
でも、この先のぼくの答えは「それは言えないんだ」なんだお、ツン。
「今の、何語?」
「それは……えっ!?」
思わずぼくは歩みを止め、聞き返してしまった。

(^ω^)
 止まったぼくに振り返り、ツンはもう一度聞いてくる。
「何語なの? 今の」
ツンの質問はぼくの予想の斜め上を行っていて、ぼくは慌てふためいた。
「え、えーっと、英語だお」
「無いわよ。そんな言葉」
しまった。ツンは帰国子女だったんだ。
「じ、実はスペイン語」
「――向こうでスペイン系の友達いたけど、そんなの聞いた事無いわよ」
「ス、スイス語」
「言語自体無いわよ」
「え? どういう意味だお?」
ツンの答えにぼくは驚いて聞き返した。
「だから、スイス語っていうのは無いの」
ツンがそう言って説明してくれた。
「スイスで使っているのは公用語としてはフランス語、ドイツ語、イタリア語、それにロマンシュ語の四つで、スイス語っていうのは存在しないの」
「へぇ〜。そうだったのかお。それに言葉が四つもあるのかお? それはすごいお」
ぼくはすっかり感心してしまった。
そして、ふとツンの顔を見たぼくはツンのその目にゾッとした。
その目は「そんな事も知らないの?」と言っているようだった。
その時、ツンがぼくに何かを言おうとして止めた。
それはもちろん「そんな事も知らないの?」と言おうとしたのだろう。
ぼくはまたツンに呆れられてしまった。
だが、ツンはそれを言葉にしなかった。
もしかして、ツンはもうぼくにそんな事を言う価値すら無いと思っているんじゃないだろうか?
ツンがすーっと遠くへ行ってしまったように感じた。
 ――いけない。このままではいけない。早くツンにぼくの男らしく魅力的なところを見せないと。
ぼくは急遽、作戦を第三の「知的な面を見せる」作戦に変更した。
「ところでツン、知ってるかお?」
しかし、ぼくの知性でとっさにツンを感心させられるような事が言えるはずも無く、ぼくの言葉はそこで止まってしまった。
「何?」
「え、えーっと……。これ、きっとツンは知らないと思うお」
だが、ぼくが知っていてツンが知らない事なんてあるのだろうか?
ぼくは次の言葉が思い浮かばず、何を言おうか必死で考えた。
でも、教えるべき知識は当然のように何も出て来ない。
「だから、何よ?」
早くしなければ、ここで失敗したらもう後が無い。
そう思うと返って焦ってしまい、頭の中は「何かを考えないと」と考える事でいっぱいいっぱいになってしまっていた。
そうして時間ばかりが過ぎて行き、ぼくはツンの機嫌がどんどん悪くなっていくような気がしていた。
もう駄目だ――。そう思ったその時、奇跡的にぼくは今日新しく知った、そしてツンが知らないであろう知識を思い出した。
そうだ。これがあった!
ぼくはツンを笑顔で見つめ、そして意気揚揚と言った。
「ツン、アイアイガサはやっぱり《愛愛傘》って書くんだお!」

(^ω^)
 そう言った瞬間、ツンの冷たい目がぼくを射抜いた。
「何それ? 昨日の繰り返し? それともからかってるの? そんなのにひっかからないわよ」
そして、ツンが言った。
「ほんと――、ばっかじゃないの?」
それはいつものツンの言い方だった。しかしその直後、ツンの表情が激しく変化した。
そして、その表情を見て、ぼくは決定的な失敗をしてしまった事を知った。
ツンのその、何かを後悔しているようなその表情。
ぼくから逸らされた目。
そして舞い降りた沈黙――。
 全てが凍りつき、時間も何もかもが止まってしまったように感じた。
ツンはきっとぼくと一緒に帰った事を後悔しているんだ。
いや、もうぼくと一緒にいる事、ぼくと付き合い始めたこと自体を後悔しているのかもしれない。
もう「でも、クーがそう言ってたんだ」なんていう言い訳も通用しない。
積み上げてきたぼくの失敗の数々がついに音を立てて崩れ、そしてツンはたった今、ぼくに見切りをつけてしまった。
きっともうツンはぼくを赦してくれない。
ぼくにはツンの隣に立つ資格が無くなってしまった。
ぼくにはもうツンの笑顔を見ることは出来なくなってしまった。
――ぼくは頭の中が真っ白になり、何もいう事が見つからなかった。

 凍りついていた時間を再び動かしたのはツンだった。
逸らしていた目を再びぼくに向け、今度は睨みつけるようにじっとぼくを見るツン。
ツンに見据えられ、ぼくは背筋が冷たくなるのを感じた。
ふいに、ツンが口を開いた。
「――明日」
そしてツンは再びぼくから目を逸らせて視線を落とし、言った。
「また、雨が降るといいね」

(^ω^)
 何故、ツンが突然そんな事を言い出したのか、ぼくにはさっぱり分からなかった。
でもぼくにも分かっている事があった。
絶対に、この答えを間違える訳にはいかないという事。
きっとこれが本当に最後のチャンスなんだ。
 三つの作戦は全て失敗に終わった。
もう、ここからは作戦は無い。自分自身の言葉をツンに伝えないといけない。
「――そしたら」
そして、ぼくは答えた。
「雨が降ったら、ツンは傘さすの下手だから――」
「なっ――!」
ぼくの言葉にツンは逸らしていた視線を再びぼくに戻し、そして――、烈火の如く怒り出した。
「何よそれ! やっぱりわたしの事、馬鹿にしてるの!?」
ツンに怒鳴られ、ぼくは泣きそうになりながらも言い返す。
「だって、昨日も風で傘引っくり返しちゃったじゃないかだお……」
「う、うるさいうるさい! あれは風が――!」
引き続きぼくに怒鳴るツン。そんなツンをぼくは大声で遮った。
「ツン!」
ぼくの声にツンはびくっと動きを止めた。
「……大きな声を出してごめんだお」
ぼくは誤り、ツンを見た。
ツンは怒っているというよりも拗ねたような表情で、ぎゅっと手を握り、ぼくを見返している。
「――でも、いいんだお」
そしてぼくは静かにそう言った。
「……何がいいのよ?」
ツンはまだ不機嫌そうに、でも怒鳴ること無くそう言った。
「ツンは傘をさすのが下手でもいいんだお。雨が降ったら――」
ぼくは改めてツンを見た。
たった今まで怒鳴られたはずなのに、やっぱりツンを見ると自然と笑みがこぼれてしまう。
頬を膨らませて怒るツンも何だかとてもかわいく思えた。
そして、ぼくは言った。
「雨が降ったら、ぼくの傘に入ればいいお」
ぼくを睨んでいたツンの目が丸くなり、ボンッと音がしそうなくらいの勢いでツンの顔が赤くなった。
そして、赤い顔のまま頬を膨らませて「そ、それならいいわよ」とツンは言った。
「入ってくれるかお?」
ぼくがそう聞くとツンは腕を組んでそっぽを向きながら言った。
「……そんなに言うんだったら入ってあげるわよ」
「そしたら《愛愛傘》だお」
ぼくがそう言うとツンは再びぼくをキッと睨んだ。
だが、すぐにやわらかい表情になって言った。
「――ほんと馬鹿ね。内藤は」
そして、そのやわらかい表情は微笑みへと溶けた。

(^ω^)
 ツンの、その笑顔が幸せそうに見えたのはぼくの欲目なんだろうか?
でも、そうやって笑う彼女を見ていたら、ぼくは「ああ、ぼくたちの関係はこのままでもいいんだな」と思った。
 ――そうだ。ぼくは別に魅力的な男になりたかった訳じゃない。
ツンの側にいたかっただけなんだ。
ただツンの側にいて、そしてその笑顔を見続けていたかっただけなんだ。
 ぼくが考えた自分を魅力的な男に見せる作戦は全てうまくいかなかった。
でも最後に、ぼくが自分の言葉を伝えたら、怒っていたツンは笑ってくれた。
ツンはなかなか「好き」とは言ってくれないけれど、でもツンは確かにぼくに笑顔を見せてくれる。
その笑顔はいつも本物で、「好き」って言われてその理由を疑うぼくがどうかしていた。
だからぼくはこのままでよくて、ぼくたちの関係はツンがぼくに怒るくらいで丁度いいのかもしれない。
 たしかに、ぼくはよくツンに怒鳴られるけれど、だけど怒鳴られたら、それ以上の回数、ツンを笑顔にしてあげればいい。
そうすれば、きっとぼくたちはいつまでもふたつの笑顔でいられる。
そう。ぼくたちは今、笑っているじゃないか。
 ぼくはツンの笑顔を見て、嬉しくて笑っていた。
そんなぼくの顔を見てツンが噴き出した。
「何よ、その間抜け面」
「ふひひ、サーセン」
ぼくは照れ笑いをしながツンを見つめた。
ツンは微笑みながらその艶やかな瞳でぼくを見つめ返す。
ぼくたちは、ふたりで笑っていた。
「――じゃあ、これからは」
ツンがぼくを指差しながら言った。
「雨が降ったら朝迎えに来るのよ」
「分かったお」
ぼくは微笑みながら頷く。
「帰りも雨だったら部活しないで一緒に帰るのよ」
「コンピューター研究部は雨天中止だお」
「傘は昨日の透明のやつでもいいわ」
「助かるお」
「それからそれから――」

 明日、雨は降るだろうか?
見上げた空はもう初夏の様子で、きっともうすぐ、梅雨明けが宣言されるだろう。
どこか遠くの木では蝉が夏を呼び込むかのように激しく鳴いていた。
でももう少しだけ――、梅雨よ終わらないでとぼくは願っていた。


2007.10.22掲載


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