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ドクオの梅雨の一日なようです

(^ω^)
「えっ?」
俺は思わず聞き返し、そしてどもりながらも必死で返事をした。
「あ? あ、あぁ……」
頭の中は嬉しさよりも驚きで一杯だった。
それと言うのも、突然彼女――クーがこんな事を聞いてきたからだ。
「そっちの傘に入ってもいいか?」

 この日、クーと話しをしたのは三ヶ月ぶりだった。
クーは去年クラスが一緒だった友達で、そのクラスには同じ部活のブーンこと内藤と今ではその彼女になったツンがいた。
俺達四人は学校にいる間は大抵一緒にいたし、時間が合えば登下校も一緒にした。
そして、たまに四人一緒にどこかへ遊びに行ったりする。要は仲良しグループ。
 しかし、そんな俺達は今年のクラス変えでバラバラにされてしまった。
クーとツンは同じクラスになったが、俺もブーンも別々のクラス。
そして俺は今まであんなに話をしていたクーと話をする事が無くなってしまった。
たまに廊下ですれ違っても変に意識してしまい、俺は黙ってクーの横を通り過ぎていった。
すれ違った後には決まって溜め息。
俺にとってクーは話相手では無く、溜め息相手になってしまっていた。
 そんなクーが今日、放課後に俺の教室に来ると手伝いを頼んできた。
俺は飛び上がりそうな喜びを隠し、クールに微笑んで引き受けた。
 そうして、三ヶ月ぶりのクーとの時間が始まった。
とは言っても、やってる事は単なるコンピュータへのデータ入力で、その間に三ヶ月のブランクを取り戻すべく話しまくる、とかいう事も無く、二人、黙々と作業をしていた。
けれど、それでもクーと今一緒にいるんだと思うと嬉しくてしょうがなかった。
そして、少ない会話の中でも、俺はクーに信頼されている事を知って喜び、クーの意外な弱点を二人だけの秘密にして他のみんなに優越感を抱いたりしていた。
 この日のクーは何だかいつものクーと少し違っていた。何て言うか、はしゃいでいるみたいだった。
珍しく恋愛の話をしてみたり、ツンの真似をしてみたり。
そして、クーは俺の笑顔についてこんな事を言った。
「その笑顔が、私では無く、別な誰かに向けられたものだとしたら……、きっと私は激しく心を乱されるだろう」
この辺で俺は思い始めた。
もしかして、クーは俺の事が好きなのか? と。
俺は探るように聞いてみた。「クー、はしゃいでいるのか?」と。
するとクーは「そんな事は無いぞ」と答える。
確かに、クーの台詞は思わせぶりな内容だが、クー本人からはとても告白している、という雰囲気は伝わって来ない。
俺は散々悩んだあげくに「うん。まぁ、でもたまにはそんなクーもいいかもな」等という曖昧な返事を返した。
この時、俺の言葉に「こんな私でもいいのか。では、私と付き合ってくれ」という返事を期待していなかったと言えば嘘になる。
まぁそんな事は言われなかった訳だが、この直後、クーは普段では考えられない行動に出た。
クーは「そっちの傘に入ってもいいか?」という言葉と共に俺の傘に入って来たのだ。
――ここで俺の頭はパニックに突入。
それまでも色々と考えていた俺の頭はその一言で完全に許容範囲をオーバーし、それから後は何を話したかなんてまったく憶えていない。
そんな中、俺は何とか返事をし、クーを自分の傘に迎え入れた。
 混乱の中、ちらと隣を見るとクーの表情は複雑だった。
黒い瞳は緊張した様に鋭い。しかしそれとは対照的に口元は嬉しそうに微笑んでいた。
そして、オレはと言えば、クーと同じ傘に入って嬉しく無い訳が無かった。
――俺の視線の先にはいつだってクーがいた。
オレはずっと、クーの事が好きだった。

(^ω^)
 クーとの出会いは突然だった。
ある日、俺が風邪で三日ばかり学校を休み、復活した朝、教室に入るとそこには黒髪の美少女がいた。
整った顔立ち、決して大きくは無いが意思の強そうなその目は深い湖のように静かに光を放っていた。
すっと通った鼻筋。その下には形のいいくちびる。
すらりと伸びた手足は人形の様で、その動きは一挙一動が完成された武術のように無駄が無かった。
そして、少女が動く度にその長い黒髪がさらりと揺れた。
はっきり言って、ものすごく好みだった。
そして、それがクーだった。
 クーはもう当たり前のようにクラスにいて、誰も何も言わず、俺は何だかまるで自分の方が転校してきたかのような孤独感に包まれた。
どうやら俺が休んでいる三日の間に転入してきて、自己紹介や転校生に対する一通りの質問なんかも済んでしまったらしい。
俺は斜め前の席に現れたクーという存在を気にしつつ、タイミングを逃したせいで彼女の情報が一切得られない事を嘆いていた。
 幸運だったのは友人であるツンがクーと仲が良くなっていた事だ。
昼休みになり、俺はいつも通り自分とブーンそしてツンの三人で弁当を食べるべく机を寄せていた。
すると、ツンがクーを引き連れてやって来た。
「ドクオ。こっちはクー。あんたがいない間に転校して来て、一緒にお弁当食べる事になったから」
ツンはそう言ってブーンの向かいに座り、クーは俺の向かいに座った。
「……見かけねー顔だな」
喜びと緊張のあまり、俺はクーにそんな事を言った。
しかし、見かけない顔だったが、その日一番見ていた顔だった。斜め後ろからではあるが。
「あんたが休んでるからじゃない」
「ドクオが休んでるからだお」
ブーンとツンが揃って俺にそう言った。
「うっせ」
俺がそう言って弁当に視線を落とすと、前方から声が聞こえてきた。
「君がドクオか、話は色々と聞いているよ。よろしくな」
それが俺が聞いたクーの最初の言葉だった。
少し変わった喋り方だなと思ったが、その声は容姿に似合った落ち着いた、それでいてよく通る凛とした声だった。
多分、俺はもうこの時には恋に落ちていたと思う。
……いやまぁ、俺、惚れっぽいんだけどさ。
そして、俺が「あ、ああ」とか何とか返事をすると横からブーンが言った。
「クーはこんな変な喋り方だけど、気にしないでいいお」
俺とツンは同時に突っ込んだ。
「あんたに言われたく無いわよ」
「お前に言われたく無ぇよ」
それから三人で顔を見合わせて笑い、それに釣られるようにクーも笑った。
初めて見るクーの笑顔は想像通り、いや、想像以上に眩しかった。

(^ω^)
 そうして、俺達四人の付き合いは始まった。
お昼を一緒に食べ、学校にいる間はほとんど一緒にいた。
そして、たまには放課後や休日に四人で何処かに遊びに行ったりもした。
「やっぱりこの四人で遊びに来ると楽しいお」
「そうね」
「そうだな」
「同感だ」
 クーの喋り方は相変わらずで、更に何か返答に困るといつも以上に言葉遣いが変になったりもする。
そして俺達は初めてクーの笑顔を見たあの時以来、その事をネタにする事が度々あった。
「クー、その言葉遣いは変だお」
内藤がそう言い、俺とツンが突っ込む。そして、いつからかクーも突っ込むようになっていた。
それでも、クーは全然気にしてないみたいで、喋り方を変えたりはしなかった。
それは、密かにあの喋り方が似合っていると思っている俺としては喜ばしい事だった。
 やがて、成績優秀・品行方正・謹厳実直と十二字熟語を完備したクーは先生に信頼され仕事を多く頼まれるようになった。
そんなクーがある日、「ドクオ、パソコンが得意だったよな? すまないが手伝ってくれないか?」と聞いてきた。
俺は二つ返事で引き受け、以来、ちょくちょくクーの仕事を手伝うようになった。
「最近、ブーンのやつ、ツンと一緒にいてばかりで遊んでくれないから丁度いいんだよ」
そんな事を言っていたが、本当はクーと一緒にいられる時間が増えるからだった。
 そうして、俺はクーと多くの時間を過ごして来た。
そして、俺は相変わらずクーの事が好きだった。
だけど、告白しよう何てこれっぽっちも思わなかった。
告白というのは、することによって付き合える可能性があるからするのだ。
絶対に付き合えない事が分かっている相手にしたって、そんなの何の意味も無い。
針もエサも付けないで釣りをするみたいなもんだ。そんなのは釣りとさえ呼べない。
――でも、それじゃあ。
絶対に付き合えないんだったら。一緒にいる事自体に意味が無い。
――でも、それでも。
俺はクーと一緒にいたかった。
告白はしないから、それぐらいはいいだろう? そう、自分に言い訳をしながら。
そうして、俺は無駄にクーとの時間を積み重ね、クーへの想いを積み重ねてきた。
 だが、今年になって俺はクーとクラスが別れてしまった。
そして、クーとの時間を積み重ねる事も無くなった。
廊下ですれ違っても交わす言葉は無く、クーはもう俺の存在なんか気にしていないようだった。
だが、俺のクーへの想いだけは相変わらず積み重なっていた。

 そして昨日、三ヶ月ぶりの会話とそして、もしかしたらと思えるクーの行動。
でも結局、俺はクー何も言えなかった。
クーは俺の事を好きなのかも知れないと思うのと同時に、それ以上の気持ちで自分なんかがクーに好かれる訳が無いと思っていた。

(^ω^)
 結局、全てを曖昧にしたままクーと別れた俺は家に帰ってからも色々と考え込んでいた。
いつも、家に帰ると一番にかじりつくパソコンのスイッチさえも入れず夜を過ごし俺はベッドの上でひたすらに悩んでいた。
そのまま眠れぬ夜は明け、どうせ眠れないならと俺は早めに学校へ向かう事にした。
 玄関を出ると徹夜明けには眩しすぎる晴れ間が広がっていた。予報も今日は一日晴れで、もう梅雨明けも近いような事を言っていた。
俺は朝の爽やかな空気の中を寝不足の重い体で学校へ向かった。
 途中、小さな公園で登校中の小学生達が昨日捨てられたらしい壊れた傘で遊んでいた。
「これがあれば飛べるぜー!」
傘を持った小学生がそう叫び、その傘を広げてジャングルジムに登り始めた。
その姿を見て、俺は自分の小さかった頃を思い出した。
昔は俺もそんな事を思っていた。
傘一本で空を飛べ、スピードがあれば水の上だって走れる。練習さえすればかめはめ波だって出せると思っていた。
――でも今は。
「飛べるわけねーよ」
俺は呟き、公園を後にした。
 学校に着くと一般の生徒はまだ来ておらず、部活の連中は朝錬の真っ最中で廊下には誰もいなかった。
静かな廊下を歩き、職員室を通り過ぎるとがらりとドアが開いて背後から俺を呼ぶ声がした。
「どーくーおー君っ」
振り返るとそこには高岡先生がいて、手招きをしていた。
俺は用心しながら先生に近づく。
「どうしたんだよ、ドクオ。こんな早くから珍しいじゃねーか」
そんな先生の質問に俺は答をはぐらかす。
「いや、たまたま早く起きたんで……」
「ふーん。ま、どうでもいいや。お前、放課後暇だろ?」
聞いておいてどうでもいいのかよ。そして決め付けかよ。
「なぁ、今日も仕事手伝ってくれよ。昨日のクーに頼んだの以外にもパソコンに入力しなきゃいけないのに放っておいたデータがあってさ」
ちなみに、高岡先生はこんな言葉遣いだが女性で、しかもちょっと美人だったりする。
でも、本人には美人だ、なんて絶対に言ってはいけない。そんな事言ったら調子に乗って何をしでかすかわからない。
「えー、今日はちょっと……」
俺が嫌そうにそう言うと先生が言った。
「何だよ。クーがいないと手伝ってくれないのか?」
そしてたっぷり10秒間、俺を見つめる。
「……やりますよ」
負けた。
俺がそう返事をすると高岡先生は「じゃー、放課後なー」と言い残してドアを開けっ放しにしたまま職員室の奥へと消えて行った。
「はぁ」
俺は小さく溜め息をついて、職員室のドアを閉めた。

(^ω^)
 職員室を後にした俺は始業時間まで暇をつぶそうと教室では無く部室に向かった。
部活は、まぁ想像がつくと思うがコンピューター研究部だ。
備品のノートパソコンを立ち上げてニュースサイトを巡回する。
それから、某巨大掲示板へ行き、いくつかのスレに「常考」とかレスを付けて暇をつぶした。
ふと、昨日の出来事をスレを立ち上げて相談しようかと考えたが、すぐに思い止まった。
どうせスレは安価スレになる。でも、そうしたら――。
「俺に安価実行なんて出来る訳無いか」
俺は呟き、掲示板が開いているブラウザーを閉じた。
 その時、廊下の方から「ブーン」という声が近づいて来るのが聞こえた。
どうやら、ブーンがやって来たらしい。
ブーンは本名は内藤ホライゾンというのだが、この「ブーン」と言いながら両手を広げて走る癖がきっかけで「ブーン」と呼ばれるようになった。
――両手を広げて走り、ブーンは言う。「きっと飛べるお」と。
「……飛べねーよ」
俺はいつでもそう返事をする。
そう。人は飛ぶ事なんて出来やしない。そんな事、大人に成った今では嫌と言う程分かっていた。
 がらりとドアを開けるなりブーンが聞いてくる。
「おっ!? ドクオ、どうしたんだお? こんな早くから。朝錬かお?」
……何のだよ?
俺は適当に誤魔化した。
「いや、ちょっと昨日の夜、眠くて1時で読むの止めちゃったスレの続きが気になって……」
「えっ!?」
ブーンは何故か驚き、それから「まぁいいお」と言うと、意表をついて俺の話に食いついてきた。
「そのスレ、面白いのかお? ぼくも見たいお」
「え? あ、いや。そのー、……もう落ちてた」
俺は更に誤魔化しながら話を続け、ついでとばかりにブーンに聞いてみた。
「なぁ、これさ、そのスレでの話なんだけど……」
そうやって、あたかも読んだ事のように昨日の俺に起こった出来事を話してみる。
「これってフラグだと思うか?」
最後にそう聞くとブーンが言った。
「この話、ドクオとクーの事かお?」
……バレてやがる。
俺は必死で弁解した。
「ち、ちげーよ。スレの話だって!」
「昨日、一緒に帰ったってツンに聞いてるお」
「いや、でもこれはほんとにスレの……」
「それに――」
「あん?」
「昨日の12時前から2時過ぎまでの約2時間、その板のサーバーは落ちてたんですお」
「…………バーロー」
俺はそこで嘘をつくのを諦め、正直に全部話した。
「――それで、俺の傘に入って来た時にさ」
「おっ、アイアイガサだお」
話の途中、ブーンが俺の言葉を遮って得意気に聞いてきた。
「そうだ。ドクオ、アイアイガサってどういう字を書くか知ってるかお?」

(^ω^)
 アイアイガサ?
――そういえば、昨日のパニックの時の微かな記憶がある。
クーが「アイアイガサは《愛愛傘》と書くんだよ」とか言ってた気がする。
そうだ。確かにそう言っていた。
俺はアイアイガサがどういう漢字か何て、その時まで考えた事も無かった。
でも、その漢字を聞いて「アイアイガサの落書きも傘の下に好きな奴の名前書くし、ラブラブって事なんだろうな」と、俺は納得して笑った気がする。
あの時はパニックと緊張でろくにクーの顔も見られなかったけれど、俺はうまく笑えていたんだろうか?
そんな事を考えながら俺はブーンに言った。
「知ってるぜ。《愛愛傘》って書くんだろ?」
その瞬間、ブーンが勝ち誇ったような顔で俺に言った。
「そんな訳ないお。ドクオ、思考能力が小学生並だお」
俺はそれを聞いて少しカチンとして言い返した。
「でも、クーが言ってたんだぜ」
それを聞いてブーンが動揺した。
「え? クーが?」
そして、そんなブーンに俺は追い討ちをかける。
「どうせ、お前が知ってるって言うその知識、ネットで知ったんだろ?」
「……そう……だお」
ブーンは少し考えるとぱっと顔を上げて言った。
「うん。クー言ったんだったら、きっと《愛愛傘》が正しいんだお!」
そしてブーンは「ツンにも教えるお」と言いながら笑っていた。
 笑うブーンに俺は再び聞いた。
「――それはともかく。どう思う?」
「だから、クーの漢字が正しいお」
「そうじゃなくて!」
俺はもう一度、昨日の件についてブーンに聞いた。
「そんなの、ぼくに分かるわけ無いお」
ブーンはあっさりとそう答え、続けて言った。
「それに、ぼくがどう思うかとかは関係ないお。重要なのは――」
「何だよ?」
ブーンは真っ直ぐに俺の目を覗き込むと、言った。
「ドクオがどうしたいか、だお」

(^ω^)
「ドクオはクーが好きなのかお?」
ブーンがそのまま真っ直ぐに聞いてきた。
「そっ、そんな事……」
俺は思わず否定する。
「でもフラグだって喜んでるじゃないかだお」
「喜んでなんかねーよ」
再び否定したものの、ブーンは俺の言葉なんかお構いなしに話を続ける。
「好きなんだったら、自分から伝えればいいんだお」
ブーンはあっさりとそんな事を言って笑顔で俺を見つめる。
しばらくの沈黙の後、俺は口を開いた。
「……どうせ言ったってダメだよ」
「じゃあ、今のままでいいのかお?」
ブーンがそう聞いてきた。
――今の関係。昨日の事で浮かれていたが、その前日までの三ヶ月間、俺はクーと一言も口をきいていなかった。
もしかしたら、今日からまたそんな関係に戻ってしまうのかもしれない。
でも、それでも――。
告白して、「駄目だ」という現実を突きつけられるよりは、希望が持てるのかもしれない。
「いいんだよ」
俺はブーンにそう返事をした。
ブーンは俺をじっと見ていたが、何も言わなかった。
 やがて予鈴が鳴り、俺達は部室を後にした。
階段を昇り、それぞれの教室に向かう。
別れ際、ブーンが「ドクオにも飛んで欲しいお」と言った。
「何だよ、それ?」
俺がそう聞くと、ブーンは「いいんだお」と言い、「ブーン」と両手を広げて自分の教室へ走って行った。

 ――このままでは、いつかクーは俺から遠く離れて行く。それは分かっていた。
でもきっと、俺はこのままこうやって過ごして、それでも最後には「やっぱり言わなくて良かった」と思うんだろうな。
自分でも、それが嘘だと分かっていながらも。

(^ω^)
 午前中の授業をだらだらと受け、昼休みになった。
部室で弁当でも食べようかと教室を出ると、そこにはツンがいた。
ツンは腕を組み、仁王立ちで俺を睨みつけていた。
「……なんだよ」
俺がそう聞くとツンはきょろきょろと周囲を気にして小さい声で言った。
「ちょっと、屋上に来てよ。……話があるの」
――こ、これは!?
人目を気にして屋上で話があると言えば、――告白しか無いだろう!
どうしたんだ俺? 昨日といい、今日といい。
 スタスタと俺の前を屋上に向かって歩くツンの後姿を見ながら俺は考えていた。
でも、ツンには悪いけど、ブーンとの友情を裏切る訳にはいかないし。
それに、やっぱり俺が好きなのはクーなんだよな。
 屋上に着くと、ツンはそのまま奥の柵まで歩いて行き、そこで止まった。
そして手すりに掴まり、遠くを見たまま何も言わない。
何かを考えているようだった。
「ツン、悪いけど……」
俺はツンが何かを言うより先に言おうと、そう切り出した。
するとツンが振り向きざまに俺に言った。
「ちょっとドクオ! あんた何でクーに告白しないのよ!」
予想外の言葉とその内容に俺は慌てふためいた。
「なっなっなっ、何だよそれ!?」
そんな俺にツンは言葉を続けて投げつける。
「あんた、クーの事好きなんでしょう?」
何でツンが知ってるんだ? ブーンが言ったのか?
俺は反射的に否定する。
「そ、そんな訳ねーじゃん」
しかし、俺の否定をツンはまったく聞いちゃいない。
「好きになったんなら、ちゃんと責任とりなさいよ!」
ツンが俺にそう迫り、俺は言い返す。
「せ、責任って何のだよ!」
「女の子はね、告白されたいの! 自分からする人もいるけど、本心は告白を待ってるの!」
「だから、何で俺が! つーか、余計なお世話だよ!」
「――!」
「――!」
お互いに段々と声が大きくなっていき、最後には二人で睨み合う形になった。
「……はぁ」
しばらく睨み合っていたが、ふとツンがこれ見よがしに溜め息をつき、がっくりと肩の力を抜いた。
「ドクオ、いつまでも捻くれてる場合じゃないわよ。素直になりなさいよ」
ツンのそんな台詞にこっちも力が抜ける。
「……まさか、ツンにそんな事を言われるとはな」
そう呟く俺にツンが問い掛ける。
「どういう意味よ?」
「ん? いやまぁ……」
お前が一番素直じゃないじゃん、等と言えるはずも無く俺は言葉を濁した。
「わたしが素直じゃない、って言いたいんでしょ?」
そう言って、ツンが俺を見上げた。
「え? うん、まぁ何て言うか……」
やっぱり言葉を濁すしかない俺をツンがじっと見つめる。
そして次の瞬間、怒るかと思ったが、ツンはこっちを見て舌を出して言った。
「わたしは変わるんだもーん」
それから、「とにかく! 今日中に、会ったらすぐに告白しなさいよ!」と俺に釘を刺すとくるりと背を向け、俺を残して屋上から去って行った。

(^ω^)
 さすがに午後の授業は眠くなり、数十分を寝て過ごすはめになった。
そして放課後になり、俺は別な意味で重い足取りで職員室へ向かった。
「まんどくせ……」
職員室の入り口に立ち、このままばっくれてやろうかと思ったら突然ドアが開き、そこに高岡先生がいた。
「おー、ご苦労ご苦労」
先生は満面に笑みをたたえて俺を職員室に引き込んだ。
「今日はこれだけだからさ。すぐに終わるよ!」
そして、そう言いながら俺に書類の束を渡す。
確かにその量は昨日よりは少なかったが依然、山のようにあった。
「じゃあ、ぱっぱっと片付けちゃってな! 頼んだぞ!」
そんな自分勝手な言葉を背中に受けて、俺は昨日と同じく化学準備室へ向かった。
 科学準備室には誰もいなくて、コンピューターのスイッチを入れるとファンの音だけが部屋に響いた。
「はぁ、しょうがない。やるか」
俺は自分自身にそう言い聞かせ、入力を始めた。
 カタカタと自分の叩くキーボードの音がする。
俺が手を止めれば、その音も止まる。
そして、再びファンの音だけが部屋に響く。
「何か……、昨日とはえらく違うな……」
一緒にクーがいた昨日のこの部屋は、そこに何の音が無くてもまるで音楽でもかかっているかのように楽しい空間だった。
でもたった一人の今日のこの部屋は、重苦しいだけのただの作業部屋だった。
……今、クーは何してんのかな?
ふと、クーの事を考える。
もしかして、今この瞬間、俺の知らない何処かで、誰かに告白されて嬉しそうに頷いたりしているのかもしれない。
「はぁ……」
勝手な自分の妄想に俺は溜め息をつく。
――その時、がらりと扉が開いた。
もしかしてクーが!?
そんな何の根拠も無い期待を持って、俺は扉の方を振り返った。

(^ω^)
 だが、そこにいたのはクーでは無くツンだった。
「何だ、ツンか」
思わずそう言ってしまった俺にツンが不機嫌そうに聞いてきた。
「何だ、じゃないわよ。何やってんのよ」
「何って、高岡先生に仕事頼まれたんだよ」
俺は自分の横の机に積まれた書類の山をツンに指し示しながらそう答える。
ツンが俺の顔を見て少し困ったような表情で言った。
「……もう、ほんとに今日、告白しなさいよぉ?」
俺はツンから目を逸らして答えた。
「気が向いたらな」
はぁ、とツンは溜め息をつき、肩を落とした。
それから、ごそごそと鞄の中を探り、何かを取り出す。
「素直になるお守り」
そう言って、ツンは鞄の中から取り出した物を俺に渡した。
「……この、壊れた折りたたみ傘が?」
「そうよ」
それは一度ひっくり返った後に元に戻したが戻りきらなかった、そんな感じの白い傘だった。
俺は渡された傘を見つめたまま沈黙した。
ツンも自分の渡した物の微妙さを分かっているのだろう。少しだけ気まずそうにしたまま黙っていた。
やがて、沈黙に耐えかねたツンが口を開いた。
「いいから! まだクーも学校にいるから、会ったらすぐに告白するのよ!」
そう言って、部屋を出て行こうとするツンに俺は聞いた。
「――なぁ、何で今日中で、しかも会ったらすぐに、なんだよ?」
ツンが振り返って言う。
「だって、早くしないとクーが先に――」
そして、そこまで言ってツンはハッと言葉を止めた。
「何だ? 先に何なんだよ?」
俺がそう聞くとツンは慌てて言い返した。
「なっ、何でもないわよ?」
それからわざとらしく時計を見て言う。
「あ、もうこんな時間。内藤待たせてるんだった。じゃ、じゃあね!」
そして、ツカツカと扉まで歩いて行くともう一度、俺に振り返り言った。
「好きなんだったら、ちゃんと自分から告白するのよ!」
そしてツンはドアをぴしゃりと閉めると部屋から出て行った。
「何なんだよ……」
残された俺は独り呟いた。

(^ω^)
 再び一人きりになった部屋でカタカタとキーボードの音を響かせ入力を再開した。
『クーが先に――』何だろう?
先に誰かに告白されて、そいつと付き合っちゃうって事かもな。
でも、だったらそんなの、俺が先に告白したってしょうがないじゃないか。
 昨日、クーは俺の事が好きなんじゃないかと思った。
でも冷静に考えてみれば、クーが俺の事なんか好きになる理由が無いよな。
 そんな事を考えていると再びがらりと扉が開いた。
「――!」
俺は懲りもせず、クーかもしれないという根拠の無い期待を持って振り返る。
「よぅ、キリキリ働いとるかね?」
そんな台詞と共にそこにいたのは高岡先生だった。
「……働いてるよ」
俺がそう返事をすると先生は「結構結構」と言いながら後ろに手を組み、俺の周りをうろうろと歩き出した。
「何しに来たんだよ?」
無言で背後をうろつかれ、鬱陶しくなった俺はそう言った。
「だって、昨日は全然喋ってくれねーんだもん」
後ろから拗ねたような声でそう言われた。
俺はぼそっと言い返した。
「あんまり話して俺達の関係がバレたく無かったんだよ」
 ――ハインリッヒ高岡。もう一度言うが、こんな喋り方だが、こいつは女だ。
俺の言葉にハインリッヒが横から俺の顔を覗き込んで言った。
「私達の関係、か。いいなその言い方。いやらしくて」
俺は無言でハインリッヒを睨みつけた。
 ――ハインリッヒは女で、そして美人だったりもする。
するとハインリッヒはクスリと笑って「お互いの裸体まで知っている仲、の方がいいか?」と言った。
「やめろよ。誰かに聞かれたらどーすんだよ」
俺はハインリッヒの方には振り向かずモニターを見つめたままそう言った。
「誰かって?」
 ――美人で、そしてハインリッヒは――
ハインリッヒが俺の顔の直ぐ横で、微笑みながら言った。
「――クーの事だろ?」
「なっ!」
驚き、振り返る俺にハインリッヒはニヤリと笑った。
「やっぱりな。お前はいつでも分かりやすい」
それから俺を見上げるような目付きで見て、ハインリッヒは言った。
「それで――、もうクーには好きだって言ったのか?」
「っ――!」
俺はもう声も出せずに、ただハインリッヒのニヤけた顔を見ながら口をぱくぱくさせていた。
「やー、ごめんごめん。黙ってるつもりだったけど昨日のお前達見てたらついつい楽しくて」
ハインリッヒが笑いながら言った。
 ――そしてハインリッヒは――
「やっぱり心配な訳よ、親戚のおねーさんとしては」
 ――認めたく無いが、俺の従姉弟だったりする。

(^ω^)
「で? 結局お前、まだ言ってないのか」
ハインリッヒがつまらなそうな顔でそう言った。
それから俺の前に立って今度は俺を見下ろしながら聞いてくる。
「お前、自分から好きだって言わないで待ってるだけなのか?」
あまりにもストレートなその言葉に俺は何も言えなかった。
そんな俺にハインリッヒは畳み掛けるように言葉を続ける。
「誰かが何とかしてくれるとでも思っているのか? それとも漫画的な展開で何かがどうにかしてくれるとでも思ってるのか?」
そして、きっぱりと言った。
「残念だけどな。誰も何もしてくれないし、例え、廊下の角でぶつかったとしても何も起りゃしないよ」
――それは現実だった。
俺はハインリッヒを見上げる事も出来ずに俯いたまま黙っていた。
 そう。でもそんな事は俺にも分かっていた。この世界はそんな都合よく出来てはいない。
学校がテロリストに占拠されて、その危機を俺が救い、そしてクーが俺に惚れる。
そんな、俺の妄想は現実にはならない。
突如代役を頼まれた文化祭のライブで全校生徒の前で演奏、それがきっかけで芸能界にデビューし、そしてクーが俺に惚れる。
そんな事だって起こりはしない。
――やっぱり、俺に出来る事なんて何一つ無いんだ。
そして、クーが俺に惚れるなんて事は起こりえないんだ。
結局、俺に出来る事はクーが思い出に変わるまで、何も言わず、ひっそりと想い続ける事だけなんだ。
 自分の未来を改めて知り、俺は絶望で自分が世界から隔離されてしまったように感じた。
俺だけが世界から取り残され、俺以外の全員が楽しい人生を送っているように思えた。
――その時、打ちひしがれる俺にハインリッヒが言った。
「でもたった一つ。確実に何かが起る事があるよ」
思わず、俺はハインリッヒを見上げた。
そしてハインリッヒは微笑みと共に言った。
「自分から何か行動してみるんだよ」
――何かが、すとんと自分の体から抜けていった気がした。
ああ、そうか。
そんな事でいいのか。
何故だか分からないがハインリッヒの言葉が自分の心を解き放った。
俺の味わった絶望は自分で作り出したもので、だから自分で壊せばいいのか。
俺の現実に何も起らないのは、俺が現実に何もしないからだ。
現に昨日、何かが起った。でも、俺が何もしなかったから、それは起っていないのと同じ事になろうとしてる。
そうか。そうだったのか。

(^ω^)
 そんな事をまさかハインリッヒに教えられるなんて。もしかしてこいつ案外、本当の意味でいい先生なのかもしれない。
俺は頭の中でそんな事を考えながら、ぼーっとハインリッヒを見ていた。
「いや、実は私もこないだ猛攻撃の末、一人のいい男を捉まえてな――」
ハインリッヒは俺の事なんかお構い無しに話を続けている。
そして、最後に「安心しろ、結婚式には呼んでやる」という言葉と共にハインリッヒは話を終えた。
 俺はまだぼーっとハインリッヒを見ていた。
沈黙が二人の間を流れ、外から蝉の声が聴こえてきた。
すると俺の沈黙の意味を勘違いしたハインリッヒが「まだ分かんないのか?」と、再び話を始めた。
「いいか!? 例えば、あの蝉はなぁ――」
ツカツカと窓に歩み寄り、ハインリッヒは窓を開け放って言う。
「最初に地上に出て奴だって、最後に地上に出た奴だって、大声で鳴くんだよ!」
何を当たり前の事を。そう思う俺にハインリッヒは振り返り、そこから見える木とそこにいるであろう蝉を指差し言った。
「分かるか? 地上にいるのが例え自分だけでも、たった一匹で愛を叫ぶんだよ!」
ハインリッヒの視線は鋭さを増し、まともに見つめ合ったら目を射貫かれそうだった。
そしてハインリッヒは言った。
「そうやって、あいつらはみんな、死ぬまでのたったの一週間を懸命に愛に生きるんだ!」
決めポーズ、なのだろうか? 蝉に向けられていた指は俺に向けられ、もう一方の手は腰にあてられている。その状態のままハインリッヒは動かなかった。
「……先生」
俺はやっと口を開いた。
「ん? 何だい、ドクオちゃん? おねーさんに何でも言ってごらん?」
ハインリッヒがにこにこしながら近づいて来た。
「蝉って実は地上に出て一ヶ月は生きるんですよ」
「えっ?」
俺の言葉を聞いて、何を言っているか分からないというようにハインリッヒが聞き返して来た。
「――あれは、一週間というのは、蝉の成虫の飼育が困難ですぐに死んでしまう事から来た俗説です」
俺がそう続けると、ハインリッヒの笑顔が固まった。
「それに、知ってるとは思いますが幼虫期間を入れたら最大で17年に達し、蝉の寿命は昆虫の中でも上位に入る長さです」
ハインリッヒは固まった笑顔のまま、完全に沈黙していた。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
やがて、ハインリッヒは笑顔から泣きそうな顔になり、口を開いた。
「どっ……」
「ど?」
「ドクオ何て嫌いだ〜!」
そう叫んでハインリッヒは目を拭いながら科学準備室から出て行った。
……まぁ、泣いてはいないだろう。後でけろっとした顔で戻って来るに違いない。
 俺は席を立つと、ハインリッヒが開けっ放しで行ってしまった扉を閉めに行った。
そして扉を閉めて振り返ると、そこには何時の間に追加されたのか書類の山が更に標高を増していた。

(^ω^)
 ――やれやれ。
俺は溜め息をつき、ハインリッヒの開け放った窓に向かった。
「あいつ、あっちこっち開けっ放しにしやがって……」
そう呟きながら、窓の前に立ち、外を見る。
青い空と白い雲、そして緑の木々からは蝉の声が聴こえて来る。
もう、夏はすぐそこだな。
 視線を下に移動すると、そこにはブーンとツンの二人が帰って行くのが見えた。
二人が楽しく話をしているのは、こんな遠くからでも十分に分かった。
ブーンが身振り手振りで忙しくツンに何かを説明し、ツンはそれを聞いて笑っているようだった。
二人はとても幸せそうだった。

――でも、あいつらが幸せそうなのはあいつらが努力してそれを手に入れたからなんだよな。

ブーンとツンに言われた言葉が頭の中に響いた。
『好きなんだったら、自分から伝えればいいんだお』
『好きなんだったら、ちゃんと自分から告白するのよ!』
そしてハインリッヒは『自分から何か行動してみるんだよ』と言った。
「あいつら、そろって同じような事いいやがる……」
俺は呟いた。
 下を見るとブーンが両手を広げて走り回り、ツンが何かを言っていた。
「『ブーン』か」
それを見ていると『きっと飛べるお』と言うあいつの顔が思い浮かんだ。
「……あの時、あいつ飛んだんだな」
俺はブーンがツンに告白すると言った時の事を思い出していた。
 ブーンがツンに告白すると知った時、世界中の人間が無理だと思った。
「絶対に叶いっこない」「ツンがお前を好きな訳が無いじゃないか」「分かってて、わざわざ玉砕するの?」
でも、そんな状況でもあいつは行動し、ツンに真正面から想いを伝えた。
そしてその結果、あいつは幸せを手に入れた。
ブーンは誰もが無理だと思った壁を自分を信じてひょいと飛び越えていってしまったのだ。
 俺はふと、机の上に置かれたツンの傘を見つめた。
『これがあれば飛べるぜー!』
今朝、公園でそう言っていた小学生。
俺も小さい頃は本気でそんな事を言っていた。
――あの頃はもっと自分の可能性を信じていた。
失敗なんて恐れなかった。失敗した後の事なんて考えもしなかった。
 俺は机に近寄り、傘を手にした。
それはふわりと軽く、白くてまるで羽根のようだった。
そんな、羽根のような傘を手にしたまま、俺は呟いた。
「俺も、これがあれば跳べるかな?」

(^ω^)
 その時、がらりと三度目の扉が開いた。
ハインリッヒが戻って来たらしい。俺は傘を机に置き、「入力はまだ終わってないぞ」と言いながら振り返った。
「忙しいのか。邪魔をしてすまない」
そんな台詞と共にそこにいたのはクーだった。
「クー。ど、どうしたんだ?」
俺は驚き、思わずクーにそう聞いた。
「ドクオはここにいるとツンに聞いてな。話があるんだが、忙しいようなら出直そうか?」
俺は大慌てで否定した。
「い、いや! 大丈夫だよ!」
「そうか。良かった」
そう言って、クーは微笑んだ。
――そしてその、何物にも変えがたい微笑みを見た瞬間、俺は自分の想いを伝える決心をし、クーに言った。

「オレもクーに伝えたい事があるんだ」

もしかしたら、ダメかもしれない。
でも、例えそうだとしても、今ここで気持ちを伝えたら、それは終わりじゃなくてスタートになるかもしれない。
そんな事を、あいつらの顔を思い浮かべていたら思うようになっていた。
 そして俺はクーと出会って以来積み重ねて来た自分の想いを伝え始めた。
「あ、あの、あのさ」
「うん?」
「あの、あれよ」
「ふむ」
「あの、あの、あれ」
だが、口から出て来るのは意味の無い言葉ばかり。
クーが困惑の表情で俺に言った。
「困ったな。ちっとも分からないぞ?」
「……ちょっと待った」
俺はクーにそう言い、深呼吸をすると両手を広げて小さく呟いた。
「ブーン」
そんな俺を見てクーが不思議そうな顔で聞く。
「それが私に言いたかった事なのか?」
俺は気を取り直してクーに言った。
「いや、気にするな。準備運動みたいなもんだ」
「そうか。了解した」
それを聞いて俺はその「了解した」という言い方がとてもクーらしくて思わずくすっと笑った。
「何だ?」
「いや、クーらしいなって思ってさ。――やっぱり変わらないな」
俺がそう言うとクーは微笑んだ。
「そうだな。色々と新しい事を知ったが、私という本質は変わらない」
クーの言葉を受け、俺は誰に言うともなく口にした。
「俺は――、変わるんだ」
俺はクーを見た。
静かな光を湛えた黒い瞳。
すっと通った鼻筋とその下の形のいいくちびる。
すらりと伸びた人形のような手足と、その手足が繰り出す洗礼された無駄の無い動き。
そして、動く度にさらりと揺れる長い黒髪。
全部、初めて見た時から大好きだった。そして今は、その喋り方も考え方も全てを含め、出会った時よりもっと好きになっていた。

「クー、俺さ。お前の事が――」
俺はもう一度、クーを見つめた。
俺と目が合ったクーはちゃんと聞いているよとばかりに微笑んでいた。

そして俺は、想いを伝えた――。


2007.9.3掲載


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