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ツンの梅雨の一日なようです

(^ω^)
「うそ!?」
その日の夜、辞書を調べていたわたしは驚き、独り、部屋で叫んだ。
「全然違うじゃない……」
そして絶句する。

 事の発端は昼間、内藤がわたしに言った一言だった。
「アイアイガサって《愛愛傘》って書くと思ってたお」
それを聞いてわたしは言った。
「ばっかじゃないの?」
そして、アイアイガサは《相愛傘》と書くのだと内藤に教えたのである。
しかし、家に帰って来てから少し不安になり、辞書を調べてみることにした。
 わたしの不安は的中していた。
「アイアイガサ」は内藤が思っていたという《愛愛傘》では無かったが、かと言ってわたしの教えた《相愛傘》でも無かった。
あの時、内藤は「そう書くと思っていた」と言った。過去形。ということは内藤はあの時にはもう正しい漢字を知っていたのだろう。
それなのにわたしは得意げに間違った漢字を教えていた。
いや、それどころかわたしはその時に内藤に酷い事を言った。
さきの「ばっかじゃないの?」に始まり「頭は生きてるうちに使いなさい」とまで言ってしまった。
 ――思えば今までも、わたしは内藤にずいぶんと酷い事を言って来た。
今まで何回、内藤に「ばっかじゃないの?」と言ってきたか数え切れないと思う。
 内藤と初めて会ったのは小学生の時。
そして、わたしはその時からずっと内藤に対してきつい言葉を使っていた。
 出逢ったばかりの頃、わたしは内藤の事を本気で馬鹿なんだと思っていた。
言葉の語尾に「お」をつけて喋り、間抜けな事ばかり言っている内藤。
そんな内藤にわたしはイライラして、きつい言葉で接するようになった。
それなのに、内藤はいつでもわたしの近くにいた。
 そしていつしか、内藤の真っ直ぐな優しさと、その包容力にわたしは内藤のことが好きになっていた。
でも、そんな自分の想いに気付いた頃には既にわたしは《内藤の幼馴染》という立場にいて、わたしが内藤へ自分の想いを伝えるには、わたしと内藤の関係は近くなり過ぎていた。
そして、自分の想いを内藤に見透かされるのが怖くて、わたしは内藤への態度やきつい言葉遣いを変える事が出来なかった。
 その後数年間、わたしは親の都合で海外に行く事になり、内藤と離れていた。
しかし、その数年を持ってしてもわたしは自分を変えられなかった。
それどころか、帰って来てからのわたしは、成長した内藤を今まで以上に意識してしまい、結果、今まで以上にきつく接するようになってしまっていた。
その頃のわたしは自分の想いとそれとは裏腹な自分の言葉に悩み、もうどうしていいか分からなくなっていた。
 しかし、その日は突然にやってきた。
その年の文化祭の最終日、わたしは突然、内藤に告白された。
正直、嬉しかった以上に驚いた。
わたしにあんな接し方をされ続けて来た内藤がわたしの事を好きになってくれるなんて夢にも思わなかったのだ。
しかし、そんな喜びの中、わたしの口から紡ぎ出された言葉はこうだった。
「べ、別に付き合ってあげてもいいわよ?」
どうしてわたしはこうなんだろう?
「ありがとう」でも「嬉しい」でも無く、ましてやその時に一番言わなければいけなかった言葉でも無かった。
――そして、その一番言わなければいけない言葉を、以来わたしはずっと、直接には伝えていない。
「好き」
のその一言を。

(^ω^)
 辞書を調べた翌朝、いつも寄って行く内藤の家には寄らず、「先に行く」とメールだけを送り、わたしは内藤を避けるように学校に向かった。
何だか内藤に会うのが怖かった。
今まで、自分がしてきた事とそして、してこなかった事を考えると、内藤がもう自分のことを嫌いなのではないかと思えてしょうがなかった。
休み時間の度にトイレに行き、お弁当は友達の部室で食べさせてもらった。
 そうしてわたしは一日をうつうつとして過ごし、暗い気分のまま放課後を迎えた。
帰り仕度をしながら溜め息をつき、窓から空を見上げた。
空はわたしの気分同様に暗く、暗雲が低くたちこめていた。
「――どうしたんだ? ツン」
その時、背後から声がした。
振り返るとそこにはクーが立っていた。
「今日一日、ここにしわを寄せっぱなしで」
そう言いながらクーは人差し指で軽くわたしの眉間に触れた。
そして微笑みながら言う。
「思わず一日、声をかけるのを遠慮していたよ」
わたしはクーの指が触れた自分の眉間を触った。そう、確かに今日一日ここに皺をよせていた気がする。
「悩み事があるのなら――」
「クー!! ねぇ、どうしよう!? どうしたらいい!? わたし、もう内藤に嫌われちゃったかもしれない!」
クーの言葉を遮り、わたしはクーに向かって泣きついた。
クーはわたしの頭にやさしく手を乗せ、どうしたんだ? と聞いてきた。
「あのね、あのね――」
わたしはクーに昨日の「アイアイガサ」の一件を話した。
「――なるほど。正解を知っている内藤に偉そうに違う答を言ったと」
「うん……」
クーの言葉にわたしは力なく返事をする。
「それで? 内藤は何て言ってたんだ?」
続けて聞いてきたクーにわたしは内藤の答を言った。
「え? うん、内藤は《愛愛傘》だって」
わたしは答えを聞いたクーは、一瞬、動きを止めた。
「……い、いや、そうじゃなくて。ツンが間違えた答を言った時に内藤はツンに何か言ったのか?」
クーはすぐにそう聞きなおしてきた。そうか、そうだよね。そういう質問だよね。
「内藤は何も言わなかった……」
今度はちゃんとクーの求めていた答えを返す。
するとクーはにっこり笑って言った。
「そうか。なら大丈夫じゃないのか?」
「ほんとに? もしかしてわたしの事、呆れて嫌いになっちゃったんじゃないかな!?」
「そんな事は無いと思うよ?」
「でもでも!」
わたしはクーの笑顔にすがりつくように話を続ける。
「わたし、その時に内藤の事、ずいぶんと馬鹿にしちゃったし……」
クーが微笑んだままわたしに言う。
「いつもの事じゃないか」
それは決して厭味では無く、もうそんな事を心配するような間柄じゃないだろう? という事だった。
そう。わたしと内藤は今までにそれこそ数え切れない程そんなやりとりを繰り返してきたし、それが問題になった事は無かった。
でも――。

(^ω^)
「『いままでの事』なのかもしれない」
わたしはクーにそう告げた。
確かに、今まではそうだった。
でも、これからもそうだとは限らない。
むしろ、今まで平気だったのが不思議なくらいだ。
こんな関係が続いていたのは――、わたしが内藤に甘えていただけなんだ。
「……ふむ」
クーが顎に手をやり、考えながら言った。
「しかしまあ、人間の感情も相対的な物だからな」
そしてもう一度わたしに微笑んで続ける。
「普段、二人の間を行き来している愛の量がそれを超えていれば大丈夫だよ」
それを聞いて、わたしは深く溜め息をついた。
「……それも問題なの」
「どうしたんだ?」
クーがその微笑みを消してわたしに聞いてくる。
「わたしは今まで、内藤に自分の気持ちを素直に伝えたことが無いの……」
わたしはそう言い、おずおずと続けた。
「好きって言うのもそうだし。内藤と一緒にいたい、とか近くにいて欲しい、とかも……」
しばらくの沈黙の後、クーが言った。
「……そうか。それは問題だな」
クーの口から改めてそう聞き、わたしは更に落ち込んだ。
クーは続ける。
「例えどんなに想っていても、それだけではその想いの全ては伝わらないからな」
わたしは力無く頷いた。
「――それで? ツンはどうしたいんだ?」
クーが真っ直ぐにわたしに聞いてきた。
わたし!? そうか、わたしはどうしたんだろう?
「わたしは……」
考えた。
わたしは――、もっと内藤に優しくしたい。内藤に自分の想いを素直に伝えたい。
そして何より、そんなことが出来るように自分を変えたい。
「もっと素直になりたい。内藤に自分の想いを素直に伝えたい……」
わたしはクーにそう打ち明けた。
「だったら、そうすればいい」
クーはそう言った。
そしてその澄んだ瞳を真っ直ぐにわたしに向けて言う。
「伝えたい想いがあるなら、伝えればいい。なりたい自分があるなら、少しづつでも変わっていけばいい」
それから、わたしに何か言う間を与えず続けて言った。
「ほら、雨が降り始めた。内藤の傘に入れてもらって一緒に帰るといい。有効なのだろう? そのアイアイガサというやつは」
突然のクーの話にわたしは少したじろいだ。
「……で、でもわたし、自分の傘あるよ」
「そんな物は鞄の奥にでも仕舞っておけばいい」
「……でも昨日、内藤は今日は寄る所があるからドクオと帰るって言ってた」
「ではドクオは私が引き留めておこう」
「……でも」
そこでクーは黙ってわたしの鞄を取り、わたしに持たせると、両肩をつかんでわたしの向きをぐるりと変え、教室のドアまで押して行った。
わたしはそこで一瞬立ち止まり、クーに振り返った。
「わかった。ありがとう、クー」
そして笑顔でそう言うと、わたしは走って昇降口に向かった。

(^ω^)
「ドクオなら来ないわよ」
昇降口にいる内藤を見つけ、わたしはそう声をかけた。
「あ、ツン。今日はどうしたんだお? 何度もツンのクラスに行ったのに全然会えなかったお」
内藤がわたしに振り返り、そう聞いてきた。
「ちょっと……、忙しかったのよ」
「そうだったのかお。――ところで、どうしてドクオは来ないんだお?」
内藤の質問にわたしは内藤から目を逸らして答える。
「ク、クーが頼みたい用事があるからって……」
「そうなのかお」
内藤はあっさり納得すると、わたしに笑顔を向けて言った。
「じゃあツン、一緒に帰るお」
その笑顔と言葉にわたしはどきんとした。
そして、緊張で鼓動を速くしたまま内藤に言う。
「あ……、あのね。――実は傘を忘れちゃって」
「うん?」
内藤が下駄箱から靴を出しながら聞き返してくる。
わたしは更に加速する鼓動を押さえ、もう一度言った。
「だ、だから! 傘を忘れたって言ってるの!」
内藤は上履きを下駄箱に仕舞うと、わたしに振り返って聞いてきた。
「おっおっおっ。つまり入れて欲しいのかお? 昨日といい今日といいツンは――」
内藤と目が合い、ドキドキが限界を超えたわたしは、そんな内藤の言葉にいつもの癖で反射的に言い返してしまった。
「いっ、入れて欲しくなんか無いわよ!」
そして猛烈な勢いで自分も靴を履き替えながら言った。
「自分の傘があるもんっ!」
ついた勢いは止められず、わたしは鞄から傘を取り出す。
「ツン、傘忘れたって……」
「そんな訳ないじゃない!」
わたしは下駄箱の蓋を叩きつけるように閉めながらそう怒鳴っていた。

 そうしてわたし達は二人、別々の傘で歩き始めた。
――ああ、わたしの馬鹿。
せっかくのチャンスだったのに。
どうしてこんなことに……。
 わたしはいつも思っていた。
――もっと内藤の近くにいたい。内藤と腕だって組みたいし、手だって繋ぎたい。
でも、わたしにはそんな事を内藤に言う勇気は無くて、その願いが叶う事はほとんど無い。
ただ、こうして雨が降っていれば、相合傘という手段でわたしは内藤に近づく事が出来た。
なのに、今日はその機会でさえも、わたしは自分の手で壊してしまった。
何だか、どんどん悪い方へ進んで行ってしまう。
結局、わたしはこのまま内藤に嫌われる運命なんだろうか?
 そんな不安に押しつぶされそうになりながら、わたしはとぼとぼと内藤の横を歩いていた。

(^ω^)
 その時、突風が吹いた。
非力なわたしが持つ傘は煽られ、次の瞬間には見事に裏返っていた。
「ああ〜」
わたしは情ない声をあげ、裏返った傘を手に雨の中、その場に立ち尽くした。
壊れた傘と降りそそぐ冷たい雨、そしてうまくいかない自分の行動にもう泣きそうだった。
 その時、ふっと雨が止んだ。
見ると、内藤がわたしを自分の傘に入れてくれていた。
そして「どれどれ。見せてみるお」とわたしに自分の傘を渡して、わたしの壊れた傘を見てくれた。
わたしは内藤の傘を持ちながら、内藤が濡れないように少し傘を傾け、すぐそばで内藤がわたしの傘を直すのを見ていた。
何だか心が温かくなり、ほっとした。
 しばらくして、あれこれ傘を弄り回していた内藤が「これは修理に出さないと直らないお」と言った。
そして、壊れた傘をくるくると巻いてわたしに渡すと、わたしに預けていた自分の傘を持って言った。
「今日はぼくの傘で一緒に帰るお」
「これで?」
わたしは頭の上に広がる内藤の傘を改めて見て聞いた。
「そうだお?」
内藤は不思議そうな顔でわたしを見る。
「だってこれ、昨日のやつでしょ?」
「そうだお?」
内藤の答えにわたしは驚いて聞いた。
「だってこれ、昨日500円で買った使い捨てじゃない。……何回も使って大丈夫なの?」
「ちょっ、500円はそうだけど、《使い捨て》じゃないお」
「えっ!? そうなの?」
わたしは驚き、内藤も驚いた。
「知らなかったのかお?」
そして、内藤が笑いながら言う。
「まったくー、これだからお嬢は困るお〜」
「し、知ってたわよ!」
またも、わたしは内藤に怒鳴る。
そして、そんなわたしに内藤が笑いながら聞いてきた。
「わかったお。それで? どうするんだお?」
「何がよ?」
わたしは不機嫌に聞く。
「この500円の傘でも入ってもらえるのかお?」
内藤はそう言いながら、わたし方に少し傘を傾ける。
「し、仕方ないから入ってあげるわよ」
――ああ、またこんな言い方を。
相合傘が出来るなら晴れの日だって傘を差したいくらいなのに。
「じゃあ行くお」
そうしてわたし達は再び歩き始めた。今度はふたりで一つの傘で。
でも、わたしは今朝からの心配事、内藤がわたしを嫌いになったんじゃないか、というのが気になっていたせいで、喜びで一杯というわけにはいかなかった。

(^ω^)
「ふーん。500円にしては悪くないじゃない。この傘」
歩き出して数分後、わたしはそんな事を言った。
本当は「ありがとう」と言いたかった。
でも、口から出たのはそんな言葉。
――いや、これではいけない。せめてこの500円の傘の事を褒めたりしないと。
そう思い、わたしは精一杯、この傘の良い所を探した。
「……それに、生地が透明のビニールだと明るくていいわよね。わたしの高級傘も白い生地で明るいけど、こうまで明るくはないわ」
わたしの言葉に内藤が答えた。
「そうだお。500円の傘にだって良い処はあるんだお」
――その言葉を聞いて、わたしは混乱した。
内藤のその言葉が皮肉を含んでいるように思えてならなかった。
そして、今朝からの不安に再び支配された。
もしかして、今のわたしが褒めたつもりの言葉が内藤には厭味に聞こえたのだろうか?
もしかして、内藤はこんなわたしに怒っているのだろうか?
そしてやっぱり、内藤はわたしの事を嫌っているのだろうか?
わたしは怖かった。
そして、こんな不安な状態から一秒でも早く逃れたかった。
もうこれ以上、耐えられないと思った。
わたしは恐る恐る口を開く。
「ねぇ、内藤。わたしの事……」
「何だお?」
「……何でもない」
しかしそんな事、とても聞けなかった。
わたしは既に不安に疲れきっていて、もしかしたらこのまま内藤と別れた方が楽なんじゃないかとさえ思えてきた。
そして、そんな恐ろしい考えを頭を振って打ち消そうとしていると内藤がわたしを見て言った。
「ツン、何してるんだお? ほら、濡れるちゃうからもっとこっちに来るお」
「う、うん」
もしかして――、内藤は怒ってはいなんだろうか?
内藤に言われるままにわたしは一歩内藤に近づく。
――内藤がすぐそばにいた。
今、わたしのすぐ横には内藤がいる。
でも、わたしの心は不安でいっぱいだった。
本当に内藤は怒っていなんだろうか?
こんなにすぐ近くにいるのに、内藤の気持ちが分からなかった。
こんなに近くにいても、それだけでは内藤の気持ちは分からない。
内藤はわたしを嫌っていないだろうか? ――まだ、わたしを好きでいてくれているんだろうか?
――その時、わたしの心がざわめいた。
そうだ――。こんなに近くにいても、それだけでは内藤の気持ちは分からない。
そして、――こんなに近くにいても、それだけではわたしの想いは伝わらない。
 クーは言った。どんなに想っていてもそれだけでは伝わらない、と。
そう、それはわたしにも分かっていた。
どんなに想っていても――「言葉にしないと伝わらない」。
 わたしは内藤が好き。
わたしは内藤と一緒にいたい。
わたしは内藤にいつまでもわたしと一緒にいて欲しい。
――でも、そんな想いを、わたしはずっと言葉にはしてこなかった。
 それじゃあ、内藤もどこかで、今わたしが抱えているのと同じ不安を抱えているんじゃないだろうか。
そして、もしかしたら何も言わないわたしの愛に疑問を感じているんじゃないだろうか。
 たった一日、内藤の想いが分からなかっただけでわたしの不安は限界を迎え、一瞬とはいえ、内藤と別れるという最悪の結果さえ考えさせられた。
そして内藤は、わたしのせいでずっとそんな状況にいるんだ。
わたしが耐えられなかったこの状況にずっと。
 だとすれば、例え今はまだ、内藤がわたしのことを嫌いにはなっていなくても、このままわたしが想いを伝えることをしなければ――
内藤は今すぐにでもわたしから離れて行ってしまうかもしれない。
 ――そんなのは嫌だ。
わたしは明日も内藤のすぐそばにいたい。
わたしは明日も明後日もその先もずっと、内藤にすぐそばにいて欲しい――

「ねぇ、内藤――」
「何だお?」
「――好きよ」

わたしの口から想いが溢れた。

(^ω^)
「えっ?」
わたしの言葉に内藤がわたしに振り向く。
そして、そのまま三秒間、わたしを見ながら静止していた。
やがて、やっとわたしの言葉の意味を理解したらしく、内藤は叫んだ。
「ええっ!?」
そうして、内藤がみるみるうちに赤くなっていった。
その変化はすごくて、顔はもとより、手まで真っ赤になっている。
もしかして、こんな内藤を見るのは初めてかも知れない。
そして、そんな内藤を見ていたらわたしも顔が熱くなるのを感じた。
「なっ、何言わせるのよ!」
わたしは思わず内藤に怒鳴ってしまった。
 そしてその瞬間、わたしは蒼ざめた。
――やってしまった。
もうだめだ、これで終わりだ。
一体、わたしは何をしているんだ。
せっかく内藤に素直に気持ちを伝える事が出来たのに、直後にまたこんな態度を取って。
やっぱりわたしは内藤に嫌われる運命なんだ。
明日、わたしの横に内藤はいないんだ……。
わたしが見つめ、わたしを見つめる内藤の目が果てしなく遠く感じた。
わたしは泣きそうになり、内藤から目を逸らそうとした。
その時、内藤が真剣な表情でわたしを見つめなおし、言った。

「ぼくもツンが大好きだお」

 今度はわたしが三秒間、静止した。
そして、停止していた思考が再び動き出し、内藤の言葉を理解した時、わたしは再び泣き出しそうになった。
 ――嬉しかった。とにかく嬉しかった。
内藤はわたしの想いに、自分の想いを返してくれた。
わたしは内藤が好きで、内藤も私を好きでいてくれた。
そしてこうして、わたし達は雨をきっかけに二人で一つの傘の下、お互いの想いを知った。
そこには二人分の愛があり、その一つの傘に入ったわたし達二人はお互いに愛し合っていた。
 世間ではアイアイガサは「相合い傘」なのかもしれない。
でも、わたし達ふたりにとって、それはまぎれも無く「愛愛傘」であり「相愛傘」だった。
 わたしが微笑みながら見つめていると、内藤がへらっと笑った。
その笑顔を見ながら、わたしは思っていた。
これから、少しづつでも自分を変えていこう。
そして、わたし達のこの漢字が変わらないように、内藤に自分の気持ちを伝え続けよう。と。

「ほ、ほら帰るわよ」
わたしは急に恥ずかしくなり、そう言って歩き出し、内藤が慌てて付いて来た。
 それから、わたし達はお互いに何を言っていいのか分からずに、黙ったまま歩いていた。
でも、心地よい沈黙だった。
傘に雨が当たる音だけが聞こえていた。
ふと横を見ると、まだ少し、赤い余韻の残る内藤の手。
わたしは傘を持つ内藤のその手に自分の右手をそっと重ねた。


2007.7.21掲載


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