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内藤怪談 〜 ツンの様子がおかしいようです 〜

(^ω^)
「もしもし、内藤か?」
僕の携帯に電話がかかってきたのは大学一年生の夏、九月上旬の、高校と違いまだまだ続く夏休みのある日だった。
昼を過ぎ、気温も湿度もますます高くなり、外に出る気にならなかった僕はその時、蝉の声を聞きながら家の中で本を読んでいた。
携帯に表示されていた着信の番号は登録されておらず、その番号に心当たりも無かった。
「そうだけど、誰だお?」
僕の質問にその明朗な女子の声が答える。
「久しぶりだな。同じクラスだった高岡だ」
「高岡かお!?」
僕は驚き、声を上げる。
というのも、高岡が僕に電話をかけてくるのが意外だったからだ。
高岡は僕にとっては、僕の友達のドクオと、それから僕の幼馴染のツンの二人の友達、という二人きりでいるにはちょっと微妙な関係だったからだ。
廊下でもどこでも、会えば話したし、お互いに良く知った間柄ではあったが、僕と高岡は最後まで直接の繋がりを持つ事は無かった。
「久しぶり、元気かお?」
そして、高岡は遠くの大学へ進学して、この県を離れてしまったので、僕はもう高岡と話をする事は無いんだろうなと思っていたのだ。
「私にそれを聞くのか?」
僕の挨拶に高岡はそう言って笑った。
その物言いと笑い声に僕は思い出す。かつての学友、ハインリッヒ高岡を。
 言われてみれば、高岡の元気の無い姿なんて見た事が無かった。高岡の周りはいつでも明るく、笑いが溢れていた。
高岡は陽気で前向きで、その行動は常にみんなを惹きつけた。――いや、みんな高岡から目が離せなかった。
 モットーは「勝ち取れ」。
高岡は独特の正義感に基づいた行動論理でどんな時でも常に勝ちに来た。体育祭でも、球技大会でも、その他どんな事でも。
勝つためには手段を選ばず、時には反則ギリギリ、いや反則に一歩踏み込んでいるであろう手も使っていたが、高岡の中では一つの信念に基づいた行動だったらしい。
 例としてあげれば、ある日こんな事があった。
その日、四時間目の授業の終わり、すなわち昼休み開始の鐘が鳴ると同時に高岡を筆頭にクラスの男女合わせて5人が、一斉に三階の教室の窓から飛び降りた。
まだ教室を出ていなかった女性教師はそれを見て悲鳴を上げて倒れ、教室は騒然とした。
 三階の窓から飛び降りた高岡達。その理由はただ一つ。プリンの為だった。
購買で販売されるものの個数が少なく、いつも入手困難だったプリン。僕たちの学校では、昼休みには毎日、プリン争奪戦が繰り広げられていた。
そして、そのプリンを手に入れる為に高岡は自分の教室から最短距離で購買を目指すことにし、結果、三階から飛び降りる事を選んだ。
勿論、高岡とてそこまで無謀な奴じゃない。飛び降りた高岡達が目指したのは地上にあった渡り廊下の屋根、つまりは二階の床の高さの位置だった。
一階分ならば飛び降りても平気だろう。そういう高岡の発想に乗ったというか巻き込まれたのが一緒に飛び降りたその他四名だった。
そうして、高岡達は思惑通りプリンを手に入れた。
ほくほくの高岡だったが、周囲はただではすまなかった。教室で倒れた先生一名、二階の教室にいて上から人が落ちて来た事にパニックになった下級生数名。そして、一緒に飛び降りたものの、渡り廊下の屋根に着地した際に足を滑らせて転落し腕を骨折した男子一名。
当然、教師達にこっぴどく怒られることになった高岡曰く、「だって、どうしても手に入れたかったんだもん」。
 そんな感じで、とにかく自分勝手な理論で常に前向きで、やることなすこと、はちゃめちゃだったが、高岡はとても人気があり、そして高岡は常に笑っていた気がする。
「おっおっおっ、確かに、愚問だったお。高岡はいつも元気で、そしてはちゃめちゃな奴だったお」
そんな高岡を思い出し、僕は笑ってそう言った。
「ひどいなぁ」
そう言いながら高岡も笑った。
「それで? 今日はどうしたんだお?」
「ああ、それなんだが……」
僕の問いに高岡の声のトーンが急に落ちる。
「ここ何日か、ツンと連絡が取れないんだ……」

(^ω^)
「そうなのかお?」
僕がそう聞き返すと高岡もまた聞き返す。
「そうなのかお、って内藤も知らないのか?」
「知らないお。最近、あんまり会って無いし」
僕は正直にそう答えた。
「そうか……」
すると高岡はそう呟き、しばらく沈黙した後に僕に言った。
「――それじゃあ、頼みがあるんだが」
「なんだお?」
「ツンの家に行って、様子を見て来てくれないか?」
何だか心配で、と高岡は呟くように言う。
「ツンの家にかお?」
僕は答えた。
「そりゃあ、近くだからいいけど……」
――ツン。高岡の一番仲の良い女友達。そして――
そして僕の幼馴染。
小学校三年生の時にこの町に引っ越してきたツンと僕は友達になり、その後、僕たちは中学・高校と同じ学校に通った。さすがに大学までは同じにはならなかったが、ツンと僕はそんな筋金入りの幼馴染だ。
ツンは、容姿端麗、成績優秀、しかし、――性格には若干の難あり。
小さい頃からツンはかわいかった、そして数年前からは「かわいい」に「きれい」がプラスされ始め、ふと視界にツンが入ると思わず見蕩れてしまうくらいだった。
成績も良かった。僕が必死で勉強してどうにかギリギリ入った数ランク上の大学にツンは余裕で入った。
そして、性格。これは、何と言うか……。
「――頼むよ」
言葉を継がない僕に高岡が懇願する。その弱々しい声に、僕は電話の向こうで不安そうな顔をしている高岡を想像してしまった。
「わ、わかったお! じゃあ、行ってみるお」
そして僕は思わず即答した。
「そうか! ありがとう、内藤」
ぱっと明るくなる高岡の声。
「いいんだお。じゃあ、また後で電話するお」
その声にほっとして僕はそう言うと電話を切った。
「ふぅ……」
僕は一息ついた。
本当は、ツンは夏休みだし、ただどこかに旅行にでも行ってるんだろうと思っていた。
だけど高岡のあの声を聞いた時、僕はふと昔見たある光景を思い出してしまった。
 高岡は常に笑っていたと言ったが、一度だけ、僕は笑っていない高岡を、いやそれどころか寂しそうな高岡を見た事があった。
あれはいつの放課後だっただろうか? その時、僕が見たのは、夕暮れの教室で珍しくたった独りで机に座っている高岡だった。
その初めて見る独りきりの高岡はとても寂しそうで、そして、その時、僕は高岡にこんな表情をさせてはいけないという何だか罪悪感にも似た気持ちになり、慌てて高岡に声をかけた。
『た、高岡、帰らないのかお?』
『おー! 内藤!』
僕の声に高岡の表情がぱっと明るくなり、そして僕も何故かほっとしていた。それから僕たちは刻一刻と薄暗くなっていく教室で何か取るに足らない話をした。
「――さて、と」
あの時と同じで、僕は何だか不安そうな顔をしている高岡を想像してしまい、高岡にそんな顔をさせまいと、ツンの家を見に行く事を引き受けてしまった。
「行くかお」
僕は声に出して言うと、開いたままになっていた本を閉じ、服を着替えてツンの家へと向った。

(^ω^)
 一応、出かける前にツンの携帯にかけてみたが、高岡の言った通り、繋がらなかった。
それから家の電話にもかけてみたが誰も出ず、留守電もただいま留守にしています、というだけでどこに行ったかまでは教えてくれなかった。
 諦めて玄関を出て、真夏の空の下を歩き出す。ツンの家までは歩いて15分程度。
だが、歩き始めて数分、僕はすでに汗だくだった。
空は雲っているので直射日光にこそ当らないものの、外は蒸し暑く、少し歩いただけでも汗がふき出した。
こんな暑い中、外を歩こうなんて思う人間は僕だけらしく、通りは何処まで行っても無人だった。
暑さで頭がくらくらする。車一台、通らない無意味な信号待ちで僕は自分が何をしているのか分からなくなりそうだった。
どこかの電柱に停まった蝉が、一匹だけ鳴いていた。
 そうして、何とか倒れる前にツンの家に辿り着いた。
ツンの家は車庫には車が無く、表から見える範囲の窓は全てカーテンが閉められていた。
やっぱり家族でどこかへでかけているのだろう。
念のため、呼び鈴を押してみたが、鐘の音が響き渡るだけで、他に反応は無かった。
僕は溜め息をつき、暑さに耐えながらふらふらと再び自分の家へと歩き始めた。
 そうして歩きながら、僕はふとずいぶんと長い事ツンと会っていなかった事に気が付いた。
子供の頃はお互いに用が無くてもとりあえずは会い、それから何をして遊ぶか考える、と言った感じだったが、さすがに中学ぐらいからはそんな事はしなくなった。
それでも、高校を卒業するまではなんやかやと頻繁に会っていたが、さすがに大学が別れてからはめっきり会う回数が減っていた。
そして、一度疎遠になってしまったせいか、たまに会っても会話が長続きをせず、夏休みに入ったらもう少し会うようになって、会話の感覚も戻るかと思ったがそんな事も無かった。
僕は心の中で、このままいずれツンとは縁が無くなるんだろうな、と漠然と感じていた。

(^ω^)
 夜、高岡から電話がきた。
「どうだった?」
高岡の質問に僕は答える。
「暑くて死にそうだったお。もう二度と行きたくないお」
「そんな事はいいから。どうだったんだ?」
僕の苦労話にこれっぽっちも興味を持たず、高岡はもう一度聞いてきた。
「……車も無かったし、きっと、家族で何処かへ行っているんだお」
高岡に僕はそう答えた。しかし僕の答えに納得しないようで高岡は不満そうな口調で僕に変な事を言った。
「でも、内藤にも何も言わずに何処かに行くなんてありえないだろう?」
……どうしてツンがどこかに行くのにいちいち僕に言うんだろう? 近所だからか? 僕は高岡に言い返した。
「そんな、どこかに行くのに近所だからってわざわざ僕に説明したりはしないお」
すると高岡は呆れたように言う。
「馬鹿だな、そうじゃないよ」
「どういう事だお?」
僕の質問に高岡が僕に言った。
「ツンは――、お前の事が好きなんだよ」
「どどど、どうしてそうなるんだお!?」
突然の高岡の言葉に僕は驚き、聞き返す。
「そんなの、ツンを見てれば分かるさ」
高岡がそう言い返し、ごにょごにょと続ける。
「そういえば、最近会って無いとか言ってなかったか? あーあ、ツン、さぞかし焦ってるだろうなぁ」
僕はそれから更に言い返す。
「いや! そんな事は絶対に無いお。だって――」
僕はツンと自分の関係を考えた。
だって――、ツンは僕のやる事をことごとく否定し、怒鳴り、文句を言い、暴言を吐く。
ツンが僕を好きだって? いや、どちらかと言えば嫌われているんじゃないか?
たまに、本当にごくたまに、しおらしくなる事もあったが、それ以外、ツンの口から僕に向かって発せられる言葉は殆ど全てが暴言と言っても差し支えが無かった。
『馬っ鹿じゃないの?』『あんたなんか――』『はぁ? 何言ってんのよ――』『冗談じゃないわよ――』
ツンに本当に悪意がある訳じゃあ無い事は分かっていたし、小さい頃からそんな扱いを受けていたので慣れてしまってはいたが、それでもやっぱり時には落ち込む事もある。
「――だって、何だ?」
聞き返す高岡に僕は話題を逸らした。
「そ――、それよりも高岡はどうだったんだお? 噂がいっぱいだったお。それとも、そっちで彼氏とか出来たのかお?」

(^ω^)
「――そうだな。内藤には話してもいいか」
話題を逸らす為に投げた問いだったが、高岡は意外にも真面目な声で話を始めた。
「私にも高校の時、好きな人がいたよ」
「そうなのかお!?」
初めて聞く話に僕は驚いた。高校の時、高岡を好きな人の噂はそれこそ山のように聞いてきたが、高岡が誰かを好きだという噂はついに一度も聞いた事が無かった。
もしかして、そんな話を聞いたのは僕が始めてなんじゃないか?
「結局、出しはしなかったがラブレターまで書いた。私がラブレターだぞ? 笑っちゃうだろ?」
高岡はそう言って自虐的に笑い、それから、だけど、と続けた。
「――だけど、私は告白するのを躊躇っていたんだ」
「どうしてだお?」
僕の質問に高岡はひっそりと言った。
「告白する事でその人に嫌われてしまうんじゃないかと恐れていたんだ。それに、その人には片思いとはいえ、想い人がいた」
「そうなのかお……」
僕はそれ以上、何を言っていいのか分からなかった。しかし、高岡がおちゃらけた様に言う。
「ところが私ときたら、未練たらたらでな。その、出せなかったラブレターはこっちにまで持って来るし、実際、今でもまだまだその人が好きなんだ」
それから、ふと真剣な声で独り言を呟くように、自分自身で確認するかのように言った。
「そして、こうなって気付いた。やはり私にはその人しかいなかった。出来る事なら一生、いや、死んでからも添い遂げたいと思っている」
高岡が言葉を続ける。
「だから――」
「だから?」
その言葉に僕は反応し、期待を込めて聞く。
「もう躊躇ったりしない」
高岡が力強く言った。
「結果は問題じゃあ無い。――うん! そうだ、最低でも今付き合っている相手がいるなら別れさせて、今でもその片思いの相手の事が好きなら両思いになる事を全力で阻止してやる。――私は、この愛を勝ち取るんだ!」
「おっおっおっ」
そんな言葉を聞いて僕は思わず笑いがこぼれてしまった。
「高岡、恐いお」
しかし実に高岡らしい発言だった。久々に聞いたその高岡らしい発言に嬉しくなり、僕は言う。
「でも、それでこそ高岡だお。がんばれだお」
僕の応援に高岡はふっと笑った。
「ありがとう内藤、力強い応援だよ。それじゃあ、君にも手助けしてもらおう」
「お安いご用だお」
「――じゃあ、まずは」
高岡がそう前置きをして言った。
「もう一度、ツンの様子を見て来てくれないか?」
「わかったお! ……って、あれ?」
思わず了承していたが、考えてみたら前置きと話が繋がっていない。……しまった、はめられた。この暑い中、またツンの家を見に行くだと?
「ちょっ、たかお――」
「すまないな」
僕が文句を言う前に高岡がそう詫びた。
……やられた。
だけど、そんなやりとりさえ楽しく、僕はやれやれ、と小さく息を吐くと高岡に言った。
「わかったお。じゃあ、明日また行ってみるお」
そうして、僕は電話を切った。
通話の切れた携帯を見つめ、僕はふと考えた。
――それにしても、あの高岡が死んでからでも添い遂げたいと思う程の相手って誰なんだろう? もしかして、ドクオだったりするんだろうか?

(^ω^)
 翌日、今度は僕はツンの家を見に行くのを夕方にした。
遅ければ遅いほどツンが家に帰って来る可能性が高くなるからだ。
――なんて。それは自分に対する言い訳で、本当はただ単に昨日の暑さに懲りただけだった。
 夕刻になり、昨日よりはいくぶん涼しい道程を経て、僕はツンの家に着いた。
車庫には今日も車が無く、家からは何の音も聞こえてこなかった。
僕は携帯を取り出し、ツンの携帯にかける。
スピーカーから聞こえるのはいつまでも呼び出し音のままで、ツンの携帯は留守電にさえならない。
鳴り続けるコール音を聞きながら、僕はツンの家を見上げ、呼び鈴を押してみた。
ピンポーンと音が響き、それでもやはり誰も出て来ない。携帯は呼び出し音が続いていた。
「やっぱり、留守かお」
そう呟き、立ち去ろうとしたその時、ガチャリと音を立ててツンの家の扉が開いた。
「――内藤?」
中から出て来たツンが僕を見て驚く。
だけど、もっと驚いたのは僕だった。
「ツン――? いたのかお?」
「昼からいたけど、……誰と電話してんの?」
ツンが携帯を耳にあてたまましゃべる僕を見てそう言った。
「……あ」
僕は携帯を持った腕を下ろすと通話を切った。
「ツンに電話をしたらいなくて、それで――」
「それで、直接来たの?」
僕はこくこくと頷いた。
「携帯、忘れて来ちゃったのよ……」
ツンが説明をしてくれた。
一週間前、父親の田舎に家族で行ったのだが、その時に携帯の充電器を持って行くのを忘れツンの携帯はやがてバッテリーが切れてしまった。
そして、今日、家に帰って来たら、今度は携帯を田舎に忘れて来てしまったらしい。
「明日にはこっちに届くわ」
ツンがそう言って話を終えた。
「そうだったのかお」
僕がそう返事をすると、そこで何となく会話が途切れてしまい、僕はツンに手を上げ、言った。
「じゃあ、これで――」
「まっ、待ちなさいよ!」
背後からツンが僕を呼び止める。
振り返るとツンが僕をじっと見て言った。
「今、わたし、晩御飯作り始めたところなのよ。それで、今日は親が帰ってこなくて、自分一人だと余っちゃうから……」
そうして、そう言ったきり、僕から目を逸らし沈黙するツン。
ツンの意図を理解し、僕は答える。
「……分かったお。ありがたくご馳走になるお」
いつもの事とは言え、どうして普通に「ご飯食べて行きなよ」とか「一緒に食べようよ」と言えないんだろう?
そんな事を思いながらツンを見ると、ツンは僕の顔をじっと見ていた。
「あのさ、内藤……」
ツンが思い詰めた様な表情で僕に何かを言おうとする。
「あの……、えっと……。――その。あ、あ…………」
だが、結局は黙り込んでしまい、くるりと振り返ると家の中に入って行ってしまった。
僕は溜め息をつくとツンの後を追って家に入った。

(^ω^)
 ツンの家にあがるのは久しぶりだった。
いつ以来だろう? 考えたが思い出せなかった。
そのせいだろうか、何だか知っているのに知らない場所みたいに思え、違和感みたいなものを感じていた。
「ツン、もう電気を点けた方がいいんじゃないかお?」
その頃には外も薄暗くなっていて、更に薄いカーテンが引かれた家の中はとても暗かった。
「……ツン?」
僕の言葉にキッチンにいるツンは何の反応しない。
その時、ツンが「あっ」と声を上げた。
「どうしたんだお?」
聞きながら僕はキッチンに入った。
そこで僕は驚き、息を飲んだ。
 ツンの手から真っ赤な血が流れていた。
流れ出した血は白いまな板の上をじわじわと広がり、置いてあった食材がその血に浸った。
ツンは痛いとも言わずにただそれを見つめている。
「ち、血を止めないとだお……」
僕がおろおろとそう言うとツンは切れた手をスッと上げ、流れる血を舐めた。
伏し目がちに流れた血を見つめ、傷口を咥えるツン。
その仕種はまるで自分の血を吸っているようで、僕はぞっとした。
「……と、とにかくこれで」
僕は近くにあった清潔そうな布巾を取り、ツンの腕を掴むとツンの口から手を剥がし、布巾で傷口を覆った。
じわっと赤く染まる布巾。
僕もツンも黙ってそれを見ていた。
「ご、ごめんだお。僕が声をかけたから……」
沈黙に耐えられず、僕はツンにそう言った。
てっきりいつものように「そうよ、あんたが悪いのよ!」とか怒鳴られると思ったが、ツンは静かに言った。
「違うの。切れない包丁でそのままやってたから……」
ツンの言葉はそこで消え、沈黙が再び僕たちの間を流れる。
「――きょ、今日はもう料理しない方がいいお」
またも沈黙に耐えられずに僕は言葉を継ぐ。
「僕は家に帰って食べるけど、ツンも来るかお?」
そう聞くとツンは首を振った。
「何か調理しないで食べられる物はあるかお?」
ツンがこくりと頷いた。
「そ、そうかお」
見れば、血も止まったみたいだった。
「じゃあ、もう一回ちゃんと消毒して、バンドエイドでも貼っておくんだお」
僕の言葉にツンはもう一度こくりと頷いた。
そして帰ろうとする僕にツンが言った。
「――明日」
「え?」
「明日の夜、また来て」
「明日の、夜?」
「ちゃんと、ご馳走するから……」
「う、うん。じゃあ来るお」
「……絶対ね?」
切望するように僕を見つめるツン。
「わかったお、じゃあまた明日……」
僕は初めて見るツンのそんな眼に怯みながら返事をし、ツンの家を後にした。

(^ω^)
 帰り道の途中で、ちょうど高岡から電話がかかって来た。
「ツン、いたお」
僕は開口一番、そう言い、それからツンが田舎に行っていた事、今は携帯が手元に無くて繋がらない事を高岡に話した。
「そうか。安心したよ。――ツン、何してた?」
嬉しそうにそう言う高岡に僕は答える。
「夕飯を作ってたお。それで、一緒に食べて行けって言われたお」
まぁ、結局食べなかったんだけど、と言おうとする僕に高岡が言った。
「だから言っただろう? ツンは君を狙っているんだ」
またこの話か、と僕はとぼけて答える。
「狙っているって、命をかお?」
「……馬鹿か、お前は」
高岡はぷっと笑い、しかし直後にふと真剣な声で呟くように言った。
「いや、待てよ……? 本当に、命を狙っているのかもしれないな」
「ど、どういう事だお……」
自分のボケから、思わぬ方向に進んでしまった話に怯み、僕は聞く。
すると高岡は秘密話をするかのように声をひそめて言った。
「いや、去年の夏に部室の整理をしていたらそんな本が出て来たんだ」
「本?」
「ああ、脚本だよ。何年前に書かれた物か分からないかったが、表紙も中も擦り切れてぼろぼろだったよ」
そういえば、高岡は演劇部で部長を務めていたんだった。
「ど、どんなのだお?」
「所謂、昔話なんだが、あらすじとしてはこんな感じだ」
そうして高岡は話を始めた。
「昔、ある女の人が旅の途中で事故に遭い、死んでしまう――」
演劇部の本領発揮と言ったところだった。高岡の平坦な中に微かに抑揚を付けた話し方はまるで死んでしまったその人が語っているかのようだった。
空はすっかり暗くなり、さっきまでうるさかった蝉も何時の間にか鳴き止んでいて、僕の耳に聞こえてくるのは自分の歩く足音と携帯から響いてくる高岡の声だけだった。
「死んでしまった女はこの世ならざるものになってしまい、ある男を道連れに殺そうとした。女は色香を漂わせ男を誘惑し、男はその誘惑に負けて女の家に行く。――だが、女はふいと部屋を出て行き、いつまで経っても戻って来なかった。痺れを切らした男は部屋を出て女を探しに行った」
僕は歩くのを止め、携帯を耳に押し付けるようにして高岡の話に聞き入った。
「そして、男が見たのは台所で包丁を研ぐ女の姿だった。男は女に何をしているのかと問うた。すると女は振り返り、薄っすら笑った。男がもう一度、何をしているのかと問うと、女は包丁を振り上げ、そして男を一突きに――!」
包丁と、そしてそれによって破壊された人体。僕はさっきツンの家で見た、広がり続ける血溜りを思い出した。
「……そ」
僕はごくりと唾を飲み、聞く。
「それでどうなるんだお?」
高岡はふっと息を吐くと続きを教えてくれた。
「だけど、男は先に気付いていたんだ。その女が既に自分の知っている女では無いとな。自分の知っている女はそんな誘惑をするような性格では無かったんだな。そして、この世ならざるものになってしまった女を救うためにも男は女を殺す事を選んだ」
「それで?」
「最後に女は男に返り討ちにあい、消滅してしまう」
「そ、それで?」
急かすように聞き返す僕に高岡は何の抑揚も無い声で言った。
「それで終わりだ」

(^ω^)
 しばらくの沈黙の後、僕はやっと言葉を発した。
「……く、暗い話だお」
「そうだな。だが、日本の昔話にはこんな、何の救いも無い話が意外と多くあるぞ」
まぁ、そのあまりの暗さにその本は再び戸棚の奥に仕舞われる事になったんだがな、と高岡は言い、それから再びあの幽霊のような声で僕に言った。
「――だから、それと同じだよ」
「な、何がだお?」
携帯を握りしめ、僕は恐る恐る聞き返す。
「ツン、だよ」
「ツン……?」
「そう、ツンは君の命を狙っているんだ。ツンは既に死んでいて、君を道連れにするつもりだ。今日、君が会ったツン、それはもうツンでは無い別な何かだ――」
「そ、そんな筈はないお」
高岡の声に負けないように僕は強く言い返す。
「別に今日もいつも通り僕に怒鳴って――」
僕の言葉はそこで途切れた。
怒鳴って――? いないじゃないか。それどころか今日は文句の一つも言われていない。
背筋がぞっとした。まるで、背骨に冷水を注ぎ込まれたように体の内側から震えが来た。
僕の頭の中で考えが回る。
――あれは、ツンでは無かったのか? ツンでは無い、この世ならざるものなのか? いや、でもそんな。――だけどやっぱり。
混乱する僕の耳に高岡の言葉が響く。
「――死んでしまった彼女はこの世を離れるのに独りでは寂しいから、だから大好きだった君と一緒に逝きたいんだよ――」
その声がまるであの世から聞こえてくるような気がして、僕は本気で恐怖した。
その時、街燈の影から黒い何かが飛び出し、僕は体を硬直させて叫んだ。
「うわあああああぁっ!」

(^ω^)
「あーっははははっ!」
受話器の向こうから高岡の笑い声が聞こえてきた。
「あはははは、驚かしてしまったな。すまんすまん、冗談だよ」
高岡のいつもの調子のその声に僕はほっとする。だが心臓はドキドキと早鐘のように鼓動していた。
見れば、物陰から飛び出した黒いものは猫だった。
猫は僕の叫び声に身じろぎし、こちらを見ていたが、やがて壁をかけ上りどこかへ行ってしまった。
まだ声の出せない僕に高岡が聞いて来る。
「どうした内藤、大丈夫か? 安心しろ、幽霊に人を殺すような力は無いよ」
そう言って高岡はもう一度大きく笑った。
「も、もう! 縁起でも無いお! というか縁起でも無い演技力だお!」
本当に冗談じゃなく恐かった。僕は怒りと安堵と恥ずかしさで高岡にそんな文句を言った。
さすが演劇部部長、そして県の演劇大会で賞を貰った事もあるだけはある。
 高岡はこんなふざけた奴だったが、その演技力は本物で、舞台に上がるとまったくの別人だった。
よく、高岡の舞台を見て感動して泣いた人が、後で素の高岡を見て「あんな奴に泣かされたのかと思うと悔しくて別な涙が出る」という褒めているのか貶しているのか良く分からない感想をもらす、と聞いた事がある。
でも、事実その演技力は演劇素人の僕が見ても分かるほどに段違いで、1年生の時には既に他校の上級生からも「高岡ハインリッヒ、恐ろしい子……!」と白目で言われて程の実力の持ち主だった。
 そして、高岡はその身長の高さとそれから主にその性格ゆえに男役を演じる事が多かった。
舞台上の高岡はそこら辺の男以上に男らしく、その姿は理想の男性像として多くの女子の心を掴んだ。
特に下級生女子からは憧れの先輩ナンバーワンの称号を得ていて、ファンクラブまで設立されていたらしい。
去年、僕達が3年生の時の「人気男子投票」で女子である高岡が堂々の一位に輝いたのは今や学校の伝説になっている。
そして、そんな異例の授賞式で高岡は演劇部特有の良く通る声で「俺もかわいいお前達が大好きさ」とニヒルに笑ってみせた。
高岡は本当にエンターテイナーだった。
そういえば、あの投票、ツンも高岡に投票したって言ってたなぁ。
僕はふと思い出し、それから関連して別な事を思い出し、高岡に謝った。
「高岡、ごめん」
「何だ?」
「ツンに、高岡の事を話すのを忘れていたお」
「そうか」
意外にも高岡はあっさりとそう答えた。だが、僕は何だか気まずくて、慌てて高岡に言った。
「で、でも明日には携帯が届くって言ってたから、電話すれば大丈夫だお」
何が大丈夫なのかよく分からないが……。
だが、僕の言葉に高岡は少し考え、それから言った。
「そうだな。――いや、でもどうせもうすぐ逢えるんだ、電話はしないでおこう」
「お、帰って来るのかお?」
僕の質問に高岡はふふふ、と意味ありげに笑った。

(^ω^)
 翌日の夕方、ツンの家へ向かった。
約束の時間よりも早く家を出たのはツンが集めていた漫画を見せてもらおうと思ったからだった。
 九月とは言え、外はまだ十分暑く、夏はまだまだ健在と言った感じだった。
それでもやっぱり、日が落ちるのはずいぶんと早くなった。
空は真っ赤な夕焼けで街灯はまだ点いておらず、赤い風景の中、所々に逆光で真っ黒になった電柱や建物、鬱蒼と生い茂った木々が立っていた。
曲がり角の向こうに伸びる路地裏は暗く、まるでどこか別な世界につながっているような気がした。

「――ずいぶん早いじゃない」
ツンがそう言って僕を出迎えた。てっきり、その後いつものように文句を言うだろうと思っていたが、ツンは口は開いたが何も言わずに、ただ僕から目を逸らし「あがって」と落ち着いた声で言った。
「今、飲み物を持って来るから漫画読みたいならそれ読んで、ここで待ってて。呼ぶまでこっちに来ちゃだめよ」
ツンはそう言って、僕を二階の自分の部屋に閉じ込めた。
僕は部屋を見回し、驚きと感心が入り混じった溜め息を漏らした。
突然、部屋にあげてもらう事になったのにも関わらず、ツンの部屋はとてもきれいに片付いていた。
小さい頃からツンはきれい好きで部屋もいつもきれいにしていたが、今日は異常な程に整頓され、まるで生活感が感じられ無い程だった。
 ただ一つ、その綺麗な部屋の中に異質な物が混ざっていた。
それは机の上に置かれた鋏とゴミ箱に捨てられた血の付いた包帯だった。
昨日、ツンが手を切った時に使ったやつだろうか? でも、それにしては新しい。――もしかしてツン、また料理中に手か指を切ったのか?
そんな事を考えながらゴミ箱を見つめていると、突然、背後から声が聞こえた。
「お待たせ」
僕は驚き振り返る。するとそこには何時の間に部屋に入って来たのか、ジュースの入ったグラスをトレーに載せたツンが立っていた。
窓から入る夕焼けでツンが真っ赤に見える。
僕はツンの手の怪我が増えていないか確認しようとしたが、ツンの手はトレーの影になっていて見えなかった。
「……じゃあ、これでも飲んで待ってて。おかわりが欲しかったら呼んでくれればすぐに持って来るから」
ツンが抑揚の無い声でそう言って僕の前を通り、窓際に置かれた机にコップを置いた。
「待たせて、ごめんね」
その言葉を聞いて、僕は言い様の無い不安にかられた。
待ってて? 呼んでくれれば? すぐに持って来るから? それに、ごめんね?
今までツンがそんな態度を取った事があっただろうか? いや、まったく無かったとは言わない、でも――、それにしても――。
――僕の頭を昨日の高岡の話がよぎった。
「君は――」
そして、僕はツンに聞いた。
「君は、本当にツンなのかお?」
だが、ツンは僕の質問に何も答えない。窓を背にしたツンの顔は逆光になって見えず、その表情さえまるで分からなかった。
しばらくして、黒い影になったツンの頭がふらりと揺れた。
「――何を言ってるの?」
ツンはそう言って首を傾げ、それからすいっと部屋を出て行った。
「じゃあ、待っててね」
そう言ってツンはドアを閉めた。
普通なら怒鳴り返すような僕の訳のわからない質問にツンは怒りもしなかった。

(^ω^)
 やっぱり気のせいだ。そう気を取り直し、僕は漫画を読みふけった。
だけど、それでもやっぱり気になり、せっかく読んでいる漫画の内容がちっとも頭に入って来なかった。
そうして、どれくらい経ったのだろうか、窓際でグラスの氷がカランと音をたてて崩れ、ふとそちらを見れば窓の外はすっかり真っ暗になっていた。
気が付けば僕のお腹もぺこぺこで、ツンの料理はどうなっているのだろうと、僕は部屋を出た。
 階段を降りて、一階に向かう。
途中から僕の耳に何かの音が聞こえて来た。シャーッ、シャーッと一定のリズムで聞こえて来るその音は何かを擦るような音だった。
階段を降りきって一階に着くとその音は一層大きくなった。どうやら一階のどこかから聞こえてくるらしい。
 廊下を抜け、リビングに入る。
するとリビングはほの暗かった。電気が点けられていなかったのだ。暗いリビングに微かな明かりを与えているのはテーブルに置かれたコップに浮いた蝋燭の炎で、そして部屋の何処からかお香のような匂いがした。
リビングを抜け、キッチンへ向かう。シャーッ、シャーッというあの音は更に大きくなってきた。
そして、ダイニングのカウンター越しにキッチンを見た時、僕の心臓はドクンと大きく収縮した。
「今日こそは……、今日こそは……」
キッチンでツンが呟いていた。
そして、呟きながらツンが手に持った包丁をシャーッ、シャーッと音を立てて研ぎ続けていた。
「――っ!」
もれそうになる悲鳴を押し殺し、僕はダイニングを後にし、息を殺し足音を忍ばせながら二階のツンの部屋に戻った。
後ろ手で部屋のドアを閉じると突然、静寂を破る音が鳴った。
「ひぃいっ!」
思わず声をあげる。
だが、それは僕の携帯の着信音だった。
尋常ではない速度で鼓動する自分の心臓を感じながら、僕は携帯を開いた。
着信は高岡からだった。
「も、もしもし!」
焦って電話に出る僕に高岡がツンの料理はどうだったなどと呑気な事を聞いて来る。僕は高岡の言葉を遮り、訴える。
「高岡! どうしよう!? ツンが……、ツンが包丁を、包丁を――!」
それだけで全てを理解したらしく、高岡は僕に言う。
「やっぱり、そうか。内藤、お前」
そして、ほんの僅かに間を置くと、淡々とした口調で高岡は、言った。
「――殺されるよ」
その言葉は、僕の全身を冷たくさせ、頭の中を空っぽにした。
そして、その空っぽの頭に残ったのは純粋な《恐怖》だった。
《恐怖》――。死にたく無い、と思った訳では無かった。死が恐いのでは無く、自分の理解を超えた、何だか分からないものが恐かった。
あそこにいるのはツンのようでツンでは無い、僕を殺そうとしている何か。僕にとっては恐怖そのもの。
そして、僕はその恐怖からひたすらに逃れたかった。

(^ω^)
 高岡の話を思い出した。
自分を殺そうとした女の亡霊を返り討ちにした男の話を。
そして、そんな僕の思考を読んだかのように高岡が僕に問う。
「それで、内藤。――お前はどうするんだ?」
だが、自分にそんな事が出来るだろうか? いや、きっと無理だ。僕は高岡に答えた。
「に、逃げるお……」
「逃げる? どうやって?」
「つい二階に逃げて来ちゃったけど、ここから走って降りて玄関を目指すお。あ、足には自信が――」
「無理だな」
僕の答えを遮り高岡が言った。
「ど、どうしてだお?」
「どうしてだって? 内藤。お前――、本当にそんな事で逃げられると思うのか?」
高岡が言う事の意味は理解していた。亡霊、怪異から逃げるという事はそういう意味では無いのだ。
そして、高岡がそれを言葉にした。
「お前が本当にそれから逃れる為に取るべき手段はたった一つだよ、内藤」
「……わ、分かったお」
そして僕は決意し、その恐怖から逃れる為、そう、ただ自分のためだけに、僕は机の上にあった鋏を手に取った。
「や、殺るお」
僕の言葉に高岡が言う。
「そうだな、内藤。それしか手は無いな」
そうして、耳に注ぎ込まれる高岡の言葉が僕の狂気を加速させる。
「あれはもうツンでは無いんだよ、内藤」
「この世ならざるものだ」
「それがお前の命を狙っているんだ」
「だったら、お前はそれを消滅させないといけないだろう? あの男の様に」
「でも、苦しませてはいけない。絶対にだ! さもないと、私はお前を地獄に落としてやる」
途中からもう僕は高岡の言葉なんて聞いてはいなかった。――あれを殺さないといけない。僕は頭はそのことだけに囚われていた。
鋏を手に再び階段を降り、そしていつしか僕はツンの背後に立っていた。

(^ω^)
 呼吸が浅くなる。視界が狭い。手に持った鋏がやけに重い。
僕はツンの背後に立ち続け、ツンは僕に気付かず、一心不乱に包丁を研いでいる。
「…………」
戸惑い。
その姿はどう見てもツンだった。背後から見える、細い首と華奢な肩、きれいなうなじとそして絹のような滑らかな髪。どうしてもツンにしか見えないこれを、僕は殺せるのだろうか?
だが、もう片方の手に握った携帯から響く高岡の声が僕を圧す。
「さぁ。 ――内藤! お前なら出来る!」
高岡の声を受けながら、僕は鋏を振り上げ、ツンのその細い首を目指して一気に振り下ろす――その時。
携帯が、鳴った。
「――え?」
着信を知らせるランプを点滅させならが、僕の携帯が鳴った。
高岡と繋がっている電話が鳴った。
――どういう事だ? 今、僕の携帯は高岡と繋がっているのに、どうして着信するんだ? そんな機能、つけた事は無い。通話が切れた? いや、着信音は高岡の声と同時に聞こえたじゃないか。 どうしてそんな事になるんだ? 僕の携帯は今、誰と繋がっていて、今、誰と繋がったんだ?
混乱する僕。そして、その音でツンが振り返った。
僕は咄嗟に鋏を背中に隠す。
そして、僕に気付いたツンがビクリと体を震わせた。
「……び、びっくりした。何だ内藤か、どうしたの?」
「え? あ、いや、あの……」
ツンが普通の様子で話し掛けて来るのに僕は戸惑い、言葉を濁らせる。
そんな僕にツンが言った。
「電話――、鳴ってるよ?」
「あ、ああ、うん」
携帯を見れば、着信はドクオからだった。
僕は訳の分からないまま通話ボタンを押す。
「――も、もしもし」
「内藤か?」
「そうだお」
電話の相手はやっぱりドクオで、そしてドクオは僕の返事に、何の前触れも無く言った。
「おととい、高岡が事故で死んだ」

(^ω^)
 翌日、葬儀場で、僕は高岡の遺影を見ながら考えていた。
――高岡が好きだった相手、死んでからも添い遂げたいと思っていたのはツンだったんだ。
高岡の部屋からツンに宛てたラブレターが見つかったらしい。
他のみんなはそれを高岡の冗談だと思っていた。だがそれが冗談では無い事を僕は知っていた。
だって高岡は、僕にツンを殺させ、この世を離れるのにツンを一緒に連れて行くつもりだったんだ。
あの時、昔話の途中で高岡が言った言葉。
『――死んでしまった彼女はこの世を離れるのに独りでは寂しいから、だから大好きだった君と一緒に逝きたいんだよ――』
あれはうっかり洩らしてしまった高岡自身の想いだったんだろう。
そして、『幽霊に人を殺すような力は無いよ』、高岡はそう言った。だから、自分では出来無いから、僕にツンを殺させようとしたんだ。一緒に連れて逝く為に。
死して尚、ツンを想い、そしてあの世への道連れにしようと考えた高岡。
だが、不思議とひどいとは思わなかった。
『殺したいほど愛してる――』
高岡ならあっさりとそう言うだろう。
 そう言えば一つ、高岡が正しかった事がある。
ツンの事だ。
高岡が言った通り、ツンは僕の事が好きだったらしい。
だが、高校を卒業して僕と疎遠になってしまいツンは焦った。ツンもこのままではいずれ僕と縁が切れてしまうと感じていたのだ。
そしてあの日、ツンはこのまま関係が自然消滅してしまうくらいなら、と思い切って僕に告白をする事にしたのだと言う。
いつものように怒鳴ったりして雰囲気が悪くならないようにとツンは気を使い、結果、ひどく緊張したツンが僕の目には様子がおかしく見えたのだ。
 だが結局、僕とツンが結ばれる事は無かった。
それは、僕の罪悪感が消えなかったからだ。
 陽気で前向きで、その行動で常にみんなを惹きつけた高岡。
――いや、違うな。
僕は気付いた。
みんな、高岡のやりたい事に巻き込まれ、振り回されていたんだな。
高岡を中心に巻き起こった数々の騒動と、それに巻き込まれた人々の行方を思い出し、僕はふっと笑った。
今回も高岡は自分の気持ちを成就させる為に、僕とツンを巻き込み、ツンは命が危うく、そして僕は殺人犯になるところだった。
「まったく――、死んでもはちゃめちゃな事をする奴だお」
でも、それでもなお高岡を憎めない僕。そして、宣言通りにツンと僕が両思いになる事を阻止した高岡。そう、結局これは――
「君の、勝ちだお」
僕はそう呟き、窓から空を見上げた。
何時の間にか秋になっていた空の上で、高岡がしてやったりと笑っている気がした。


2009.9.4掲載


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