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内藤神社 内藤神社の何でもない夏の一日のようです

(^ω^)
 時刻は昼の一時。場所はいつもの内藤神社。
「うわあぁぁぁー! 出たおぉぉぉッ!」
そこに、ブーンの叫び声が響き渡った。
「――なんか、全然恐くないわね」
ツンさんが冷静にブーンに言う。
「っていうか、この話ってその最後の叫び声で驚かせてるだけだよな」
俺もブーンに突っ込みを入れる。
「……やっぱり、僕の話も駄目かお」
俺とツンさんの言葉を聞いて、ブーンはしょんぼりと肩を落とす。
 夏休みも終わった日曜日、俺とブーン、それにツンさんの三人は怪談話、百物語をしていた。
「昼間とは言え、どうしてどの怪談もちっとも恐く無いんだお……?」
呟くブーンにツンさんが答える。
「うーん、やっぱり普段の生活が生活だからねぇ」
そう、寺生まれのツンさん、神社生まれのブーンは言うに及ばず、つい先日から俺も普段、本物の妖魔やゴーストを見ているのだ。だから、今更そんな怪談話が恐いはず無いわけで俺たちの始めた百物語は残り九十七個で早くも挫折しようとしていた。
「次はまたツンの番だけど、どうするお?」
「うん……、どうしよう……」
考えるツンさんにブーンが言う。
「怪談みたいな作り話じゃなくて本当の幽霊の話にするかお?」
「あんた馬鹿ねぇ」
呆れた様にツンさんが言い返す。
「日常の話してどーすんのよ? それじゃあ余計に恐くないじゃない」
「それもそうだお……」
そんな、普通の人はまずしないあろう会話を交わし、ツンさんは更にブーンに言う。
「まったく。暑さのせい? いつもにも増してボケてるわね」
ツンさんの言葉は厳しいけれど、二人の間に流れる空気は実に穏やかだ。
それもそのはず。この二人は幼馴染で、そして忘れていたけど実は婚約している仲なのだ。
 以前はそんな二人の仲を羨んだりもした俺だが、最近はすっかりそんな事は無くなった。
というのも、婚約者ではないが、俺にも俺の事を一応、相棒と認めてくれる相手が出来たからだ。
その人の名はクーさん。クーさんは二つ年上の女子高生で、町外れにある教会の人だ。
そして、クーさんは《ゴーストハント》という教会の特別な任務についている。
ゴーストハントとはゴーストと呼ばれる、人々を襲う怪物達を秘密裏に倒す教会の秘密作戦。
つまりクーさんは毎夜ゴーストを人知れず倒す狩人で、俺はその相棒というわけだ。
最近では一時期に比べてゴーストの出現頻度も減り、夏休みが終わったという事もあって毎日では無くなったが、それでも週に二、三回は俺もクーさんの相棒としてゴーストハントを手伝っている。
 だけど、そんな中で俺には一つ悩みがあった。
クーさんにはかつてジョンという相棒がいた。だが彼は死んでしまい、その一年後、色々あった末に新しい相棒となったのがこの俺だった。
あの時クーさんは言った、ジョンの代わりとしてでは無く俺自身として自分の傍にいてくれ、と。
その時はとても喜んだが、その後に発覚したある事実により、俺はクーさんのその言葉の真意を量りかね、思い悩むことになった。
だってなぁ……、その比較相手であるジョンがなぁ……、犬だったからなぁ……。
そして更にもう一つ、俺を悩ませるクーさんが言った言葉がある。
『君はジョンに似ている』
そう、俺はジョンに、犬であるジョンに似ていると言われたのだ。それもどういう意味で言ったのか、あれからついに聞くことが出来なかった。
その二つの言葉の意味を、いつか聞こういつか聞かなければと思いつつもなかなか聞くタイミングは訪れず、俺は独りあれこれ考え、思い悩み、時には落ち込んだりもしていた。

(^ω^)
「――なんですって!?」
ツンさんがブーンをジロリと睨む。
どうやら俺が考え事をしている間にブーンがツンさんを怒らせるような事を言ったらしい。
「だ、だってツンがそう言ったんじゃないかお……」
何の話か知らないが、そう言い返すブーンにツンさんは更に鋭い眼光を飛ばす。さっきまでの穏やかな空気は消失、そこには不穏な空気が漂い始めていた。
睨まれるブーン、睨むツンさん。そんな二人を見ながら俺は最近出来たもう一つ悩み事を思い出した。
 最近、俺はよくクーさんに睨まれるのだ。
クーさんは普段、眼鏡をかけている。だけど最近、俺と話す時にクーさんはよく眼鏡を外し、今のツンさん同様の鋭い目つきで俺を睨んで来るのだ。
そして、睨まれるのも問題だが、本当に問題なのは眼鏡を外す方にある。
クーさんが眼鏡を外す時がもう一つある。それはゴーストハントの時だ。
戦闘を始める前、クーさんは眼鏡を外す。そして、眼鏡を外したクーさんは普段の優しいクーさんとは一変、鋭い目つきで鬼神のごとく戦い、ゴースト達を薙倒していく。
これは俺の憶測だけど、多分クーさんは眼鏡をかけたり外したりする事で人格をスイッチして戦闘モードを切り替えているんだろう。
――という事はだ、つまりクーさんが俺に話しかける時に眼鏡を外す、というのは俺に対して戦闘モードになっていると言う事になる。だとすれば睨んで来るのも道理だ。
でも分からないのは一体どうして俺に戦闘モードになるのかという事。そして更に謎なのは、その状態でも話している態度は今まで通りの優しいクーさんだと言う事だ。
どういう事なのか、理由も意味も、俺の置かれている状況もまったく分からなかった――。
あの日以来、クーさんはよく笑ってくれる。眼鏡を外し、俺を睨んでいるその時だって笑ってくれる。でも、もしかして――、クーさんのその笑みは本当の笑みではないのだろうか?
「――はぁ」
思わず溜め息が出る。
眼鏡を外す理由を聞こうと思っても俺は本当の理由を知る事が、自分の予想が正しかったと知る事が恐くてすくんでしまい聞くことが出来ない。
だから、今の俺に出来る事といえば、こうして溜め息をつく事だけだった。
「――そ、そうだお!」
ブーンの声にふと我に帰る。
「ふっふっふ、それなら手を変えるお」
何かを閃いたらしいブーンがにやにやと笑いながらツンさんと俺を見る。
「何よ?」
そう聞き返すツンさんにブーンは胸を張って答えた。
「都市伝説系だお」
「あんた――」
馬鹿ねぇ、とツンさんは言わない。
ツンさんを見れば、ツンさんは聞きたくてしょうがないと言う顔をしていた。
それを見てブーンが言う。
「どうしても聞きたいって言うなら聞かせてあげてもいいお?」
だがツンさんはブーンを見てふふんと言い返す。
「そーね、あんたがどーしてもって言うなら、聞いてあげてもいいわよ?」
そう、ツンさんの聞きたい顔以上にブーンは話したくてしょうがないという顔をしてうずうずしていた。
「あう……」
すっかり主導権を握られてしまったブーンがうめく。
 僅か数分の間に馬鹿にされ、睨まれ、そして最後には握っていたはずの主導権まで奪われたブーン。
でもこんなのはいつもの事で、そして俺は二人のこんな関係が結構好きだった。だけど――。
情けない顔でツンさんを見上げるブーンを見ながら俺は秘かに思う。
俺なら相手が誰であれ、ブーンみたいな事になったりはしない。
馬鹿にされたりしないし、睨まれ……てるけど、これは近々何とかするつもりだ。そして何よりも、絶対に俺は主導権を取られたりはしない。
「――じゃあ、話してみなさい」
決意する俺の横でツンさんがブーンにそう言い、
「じゃ、じゃあ、話させていただきますお……」
そうしてブーンが都市伝説を語りだした。

(^ω^)
「その子は近眼だったお。裸眼での視力は0.1未満。だから高校に入ってからコンタクトレンズを使い始めて、以来もう10年間もずっとコンタクトレンズを愛用していたんだお」
「あ。それ、あれでしょ? 知ってるわよ。レンズが何枚も眼に入ってた話」
ツンさんがそう言うとブーンは違うお、と話を続けた。
「その子は毎日のケアも怠る事なくきちんとしていたお。だからコンタクトはもはや生活の一部で、朝起きて着ける事も、寝る前に外す事も無意識に行うレベルになっていたんだお」
ブーンは一区切りを付けて間を置くと俺達の顔を見て再び話を続けた。
「だけどある日、その子はいろんなきっかけからレーシックの手術を受ける事にしたんだお。――レーシックは知ってるかお?」
知ってる、と答える俺とツンさんにブーンは更に聞いて来る。
「じゃあ、実際にどんな風に手術するか知ってるかお?」
「何かこう、レーザーを眼に当てて屈折率を変えるんでしょ?」
ツンさんがそう答えた。ツンさんも、そして俺も目は良かったのでレーシックの事はその程度しか知らなかった。
「そうだお」
ブーンがにこりと笑って答える。
「でも実際はレーザーは直接眼の表面に当てるんじゃないんだお」
「え? 違うの?」
聞き返す俺にブーンはレーシックの手術方法の説明を始めた。
「うん。まずは目の表面を一部をつなげたまま円形に薄く切ってめくるんだお。えーっと……、そうだお、ぎりぎりまで開けたカップラーメンの蓋を想像してもらえるといいお。そして、その薄い円形のめくった部分をフラップって呼ぶんだお」
「ほうほう」
俺とツンさんはそのフラップと呼ばれるものを想像する。
「フラップを作ったらめくったら、いよいよレーザー照射。そうだお、レーザーは眼の表面じゃなくてフラップをめくった下に当てるんだお。さぁ、これで屈折率が変わるお。そして照射が終わったらフラップを目に蓋をするように戻すんだお」
ブーンはまるで手術を見て来たかのように語る。
「ふーん」
成る程、さっきブーンが言ってたカップラーメンの通りか。蓋を開けて、お湯を注いで、蓋を戻す。違うのはその後、再度蓋を開けない事だな。
俺がそんな想像をしているとブーンが言った。
「フラップを戻したら、はい。これで手術は完了だお」
ブーンがにっこりと笑う。
「……え? それでもう終わりなの?」
早々に終わってしまった説明に驚くツンさんと俺。
「入院とか、しないの?」
「しないお。手術が終わったら数分休んで検査、それが終わったらもう家に帰れるお。手術自体は両目でも10分もかからないし、その後の休憩と検査を入れても1時間もかからないお」
「へぇ〜、すごいな」
そのあまりの手軽さに思わず感心してしまった。
「それに手術直後から効果が現れるんだお。そして、その子も他の殆どの人達と同じく手術直後から視力が回復したそうだお」
「ほんとにすごいのね。――それに、それだけお手軽だときっと手術を受けたって感じもしないわよねぇ」
ツンさんの言葉にブーンが頷く。
「うん。でも――」
声を低くし、ブーンは言った。
「それが悲劇の理由でもあったんだお――」
そうしてブーンは話の続きを語った。
「その子も手術を終えて、夕方には家に帰って来たお。でも、お手軽とはいえ、やっぱり手術前の緊張で疲れてしまって、その子は少し眠る事にしたんだお。
 そうして次に目が覚めたのはもう真夜中だったお。これから何かをするのはもう遅いし、もうその日はそのまま眠てしまおうとその子は決めたお。
 そしてその時、少し寝ぼけていたその子は時計が見えた事と目の乾燥感から思ったお『あ、いけない。コンタクトしたまま寝ちゃった』って。
 だから、その子はいつもの様に寝る前にコンタクトを外そうと洗面所へ向かったお。そして、いつものように手を洗い、いつものようにコンタクトのケースに保存液を入れ、そしていつものように指先で眼の上のコンタクトレンズをつまんだお。
 一瞬、何か違和感を感じたお。けれど、それはいつもの動作。その子の手は何かを考える間も無く指でつまんだそのコンタクトレンズを眼から外したお。
 次の瞬間、ミチっという音と共にその子の目に激痛が走り、その子の視界は真っ赤に染まっていったお――――」
数秒間、沈黙がその場を支配する。
「そ、それって…………」
上ずる声で聞こうとする俺にブーンが言った。
「そう、その子がコンタクトレンズだと思ってつまんでいたのは自分の目のフラップだったんだお…………」
ブーンの声が途切れ、再び辺りを沈黙が支配した。
何とも言えない嫌悪感。まるで黒板を爪で引っ掻いたかのように背筋がゾクゾクした。ささくれが思った以上に深く剥けてしまった時の感覚が眼球上で再現され、その脳が痺れるような不快感に俺もツンさんも声を出す事すら出来なかった。
「………………ううぅぅぅ」
その時、誰もいないはずの俺とツンさんの背後から呻き声が聞こえてきた。
その声に俺は全身の毛が逆立つような感覚を憶えた。――そして直後、悲鳴が上がる。
「キャアアアア!」
「「「うわあああぁぁっ!!!」」」
悲鳴をあげたのはツンさんだったが、俺とブーンはそのツンさんの悲鳴に驚き同時に叫び声を上げた。
三人の声が境内に響き渡った。

(^ω^)
「すまない、驚かせてしまったかな」
そこに立ち、そう言ったのはクーさんだった。
「ど、どうしたのクーさん? あんな呻き声なんか出して……」
暴れる心臓を押さえ込みながら聞くとクーさんはぽつりと言った。
「いや、ブーン君の話があまりにも恐ろしくて。…………私、ダメなんだ、怪談とか都市伝説とかそういう恐い話」
「へっ?」
思わず間の抜けた声が出た。
「で、でも、普段あんな恐ろしいゴーストと戦ってるじゃない?」
そう言う俺にクーさんは答える。
「ああ、だから、戦う時は眼鏡を外してるんだ」
「へ?」
再び、間の抜けた声が出る。意味が、良く分からなかった。いや、俺の質問とクーさんの答えとの繋がりが分からなかった。
「……ど、どういう事?」
聞き返す俺にクーさんは俺を見て答える。
「あれ、はっきり見えると恐いし、なにより気持ち悪いだろ? だから、眼鏡を外してよく見えないようにしてるんだ」
「…………………………」
ゴーストが……、怖いって……? あの、クーさんが……?
想像すらしなかった返答に俺は声を出す事すら出来ず、ただただ黙ってクーさんの顔を見つめていた。
「それにしても私は眼鏡で良かった。これならレーシックをしてもあんな失敗する事は無い。コンタクトにしようと思っていたがやっぱりやめよう、うん、そうしよう」
クーさんは独り言のようにそう言って頷くと、さっきのブーンの話を思い出したのかぶるぶると身震いをして、ううう〜、と涙目でうなる。
――か、かわいい。
胸にそんな感情があふれる。
普段、あんなに凛々しいクーさんが実は恐がりだなんて、そのギャップも含めなんだかとても可愛らしく思えた。
そして俺はほっとしていた。
最近クーさんが俺と話す時に眼鏡を外す理由。それがクーさんがゴーストと戦う時に眼鏡を外す理由と同じなんだとすれば、どうやら俺はクーさんに敵視されている訳では無いという事。――良かった。
――あれ? でも。
疑問が浮かぶ。
その理由だと、クーさん、俺のこと気持ち悪いと思っているって事に…………。
そして――。
もう一つの疑問、俺を睨む理由は未だに分からなかった。

(^ω^)
「それにしても暑いわねー」
ツンさんが手で自分を仰ぎながら呟く。
あれから四人で太陽光線と蝉の声が降り注ぐ中、境内のベンチに座り、何とは無しに話をしていたが、そこは真夏の昼下がり、日陰とはいえやはり暑くてしょうがなかった。
「さっき、背筋をぞっとさせる話をしたじゃないかお」
自慢気にそう言うブーンにツンさんが冷たい目を向ける。
「あんたのはぞっとさせるじゃなくてゾクゾクさせるだったわよ!」
「……何が違うんだお?」
怒られて涙目になりながら聞くブーンを無視してツンさんはクーさんに視線を向ける。
「ブーンの話より、クーの呻き声でぞっとしたわよ」
「そうか、お役に立てたようでなによりだ」
涼しげにそう言い返すクーさんは今日は眼鏡をしたままだった。
「ところでクー」
「何だ、ツン?」
呼び捨てで呼び合う二人。同じ歳の女子高生同士、そしてお互いの特殊な環境。二人が仲良くなるのは早かった。
今では二人はお互いに遠慮無しに何でも言い合えるとても大事な友人のようだった。
「いつもそんな、黒い長いの着てて、暑くないの?」
ツンさんがクーさんの服を指差して聞く。
「ん? そんなに暑くはないぞ。なにしろこの下はこの通りだ、――ほら」
クーさんはそう答えながら胸元のボタンをぽちぽちと外し始めた。
「わああぁっ!」
ツンさんが大慌てでクーさんの開いた胸元を閉じる。
「――なっなっなっ」
言葉にならないツンさんはごくりとつばを飲み込むと叫んだ。
「何してんのよ! あんたは!」
「何って…………」
怒鳴るツンさんにクーさんは不思議そうな顔を向ける。
「大丈夫だよ、ちゃんと下着は着てるから」
「全然大丈夫じゃあないわよ!」
ツンさんが俺とブーンの方を睨み、俺達は慌てて目を逸らした。
次にクーさんも俺達の方を見て、それからツンさんに言う。
「別に裸な訳じゃなし、気にする事ないさ」
「気にしなさいよ!」
ツンさんはまるで自分の下着が見られたみたいに顔を真っ赤にして怒鳴る。
「大体、貞淑にしてないといけないんでしょう!? あんたんとこは!?」
そんなツンさんの言葉にクーさんは意外な返事を返した。
「いや、実は私はまだ修道士って訳じゃ無いんだ」
「――え? そうなの?」
それまでの勢いから一転、ツンさんがきょとんとした目でクーさんを見る。……というか、それは俺も初耳だった。
「そうなんだよ。私の親はこう言った『自分の信じられるものの為に生きろ。自分の思った道を進め』とな。だから私はまだ今のところはどの道に進むか決めて無いんだ」
「へぇ〜」
ツンさんが感心したように声を上げ、クーさんは言った。
「私は好きなように生き、色々な事を学んでいる。でも不思議な事に――」
クーさんが空を見上げる。
「科学や物理など宗教とは相反していると思われるものを勉強すればするほど、神の存在を否定出来なくなっていくんだ……」
「「「ふーん」」」
俺、ブーン、ツンさんの三人が声を揃え、クーさんを見つめた。
そんな中、クーさんはツンさんに振り返り、爽やかに言う。
「ま、そんな訳でこれだって修道服じゃなくて学校の制服だよ。だから、問題無い」
「――――いやいやいやいや!」
クーさんを見つめていたツンさんが力強く否定する。
「だからってあんな事して良いって理由にはならないわよ! って言うかその制服だってミッションスクールの制服じゃない!」
「――ミッション、スクール?」
その単語にブーンが反応した。

(^ω^)
「ぼくの進学先が決まったお」
唐突にブーンがそう宣言した。
「「は?」」
俺とツンさんが同時にブーンに振り返り、ツンさんとクーさんのやり取りはブーンの謎の宣言により終息した。
「何言ってるのよ、あんたは?」
そう聞くツンさんを無視してブーンはクーさんに聞く。
「その学校に入れば、毎日ミッションが与えられるのかお?」
ブーンの質問にクーさんは首を傾げつつ答える。
「まぁ、そうとも言えるかな?」
「……ふっふっふ」
ブーンが不気味に笑う。
「どんなミッションがあるんだお? キャプチャーミッション? 拠点制圧ミッション? 拠点爆破ミッション? スネーキングミッション? レスキューミッション? ――あぁ、毎日が楽しそうだお!」
きょとんと、声すら出せずにただブーンを見つめるだけのクーさんとそしてツンさん。
ああ、二人にはブーンが何を言っているのか分かるまい。だけど俺には分かる。だがブーンよ、スネーキングミッションだって? それを言うならスニーキングミッションだから。メタルギア某ゲームのせいで「スネーク=隠れる」みたいなっちゃってるけど、関係無いから、関係無いから。
そしてブーンよ、お前に一つ言って教えておかなければいけない事がある。
「……ブーン」
「なんだお?」
俺の呼びかけに振り返ったブーンに俺は告げる。
「お前が何を勘違いしているのか、俺にはよーく分かる。だから教えてやろう。ミッションスクールは決して【作戦学校】とは書かない、と!」
「なっ――――!」
ブーンが言葉を詰まらせる。
「……ち、違うのかお!?」
「ああ、違う」
俺の言葉にブーンは肩を落とす。
「せっかく……、進路が決まったと思ったのに……」
そんなブーンを見てツンさんが言う。
「何の話だか分からないけど、大体、クーの学校、男は入学出来ないわよ?」
「そうなのかお!?」
驚くブーンにクーさんが慰めるように言った。
「そうだな。それに先生やシスターは恐いし、あんまり良くも無いぞ?」
「大丈夫だお。想像の中では元軍曹の鬼教官が先生だったお」
ブーンはにこにことそう言った後、再び落ち込む。
「でも……、【作戦学校】じゃないなら、全部意味が無いお…………」
「ま、まぁいいじゃないか」
俺はめずらしく気を利かせて言ってみる。
「西高なんてどうだ? まぁ、お前の成績で行けるかあやしいけど」
だが、俺の提案にブーンはうなだれたまま答える。
「……あそこには鬼軍曹よりもっと恐いのがいるお」
ブーンがそう言った直後、背筋が冷たくなるほどの殺気を感じた。ゴーストハントでも感じた事の無い強く重く黒い殺気。その殺気の放たれる方向を見れば、そこにはブーンを睨むツンさんがいた。
「――それは一体、誰の事を言っているのかしらね?」
西高在校生のツンさんの声が冷たく響く。
「ひっ――――!」
ツンさんの声に顔を上げたブーンの表情が凍りつく。
「……ちょっと、こっちに来なさい」
そうして、ツンさんに引かれるまま二人は本殿の裏に消えて行った。
確かに、鬼軍曹よりも恐いかもしれない……。
「――さて」
二人が消えた方向から時計へと視線を移し、クーさんが立ち上がった。
「そろそろ私は行くかな。《ミッション》もあるしな」
そう言ってクーさんが笑う。
「うん。分かった」
俺も立ち上がり、神社の出口までクーさんを見送る。
「ところで、ドクオ――」
出口まで来た所でクーさんが前を向いたまま俺に聞く。
「なに?」
「今夜のゴーストハント、来てくれるだろ?」
今日は定例のゴーストハントの日だった。
「うん。行くよ」
俺の返事にクーさんは振り返る。そして眼鏡を外し、鋭い眼で俺を睨むと、微笑んだ。

 ――特に、理由やきっかけがあった訳じゃない。あえて言うなら風がクーさんの髪を揺らしたから。
そして、微笑むクーさんを見ながらその傍を離れたくないと思ったから。
「――ねぇ、クーさん」
「何だ?」
困惑と思案の末、遂に俺はクーさんに聞いた。
「どうして俺と話す時、眼鏡を外すの?」

(^ω^)
「――私は眼鏡が似合わないと思うんだ」
予想外の返答に戸惑いながらも俺はクーさんに伝える。
「そんな事無いと思うけど……。むしろ、似合ってるんじゃないかな?」
するとクーさんは再び眼鏡かけて言った。
「それは嬉しい言葉だな。では、以後は君と話す時は外さないようにしよう」
「え?」
唐突に問題は解決してしまった。どうやら気持ち悪いと思われていた訳では無いらしい。でも、じゃあ何故?
混乱する俺をよそにクーさんが言う。
「――つまりはそういう事だったのだよ」
「そういうって?」
「分からないか?」
「うん」
クーさんがうーむ、とうなる。
「……しょうがない。特別サービスだ、教えてやろう」
そしてクーさんはそう言って理由を説明してくれた。
「私は、自分は眼鏡が似合わないと思っていたんだ。逆に言えば、眼鏡をかけていない方が容姿が良いと思っていたんだな。だから君には眼鏡をかけていない自分を見せたかった。つまり――」
「つまり?」
「君にだけは、少しでも良い自分を見せたかったんだ」
そう言って、じっと俺を見つめるクーさんの頬がほんのり赤かった。
――か、かわいい。
胸に込み上げるその感情に流されそうになったその時。
――あれ? でも。
疑問が浮かぶ。
眼鏡を外すのはそうだったとして、じゃあ、俺の事を睨むのは? あれは何だったんだ?
「ねぇ、クーさん」
と、聞こうと思ったその時、ふいに頭に思いついたことがあった。
「ちょっと眼鏡を外してくれる?」
「……いやだ」
俺の頼みにクーさんは拗ねたようにそう言う。
「え? 何で? すぐ済むから」
「……だって、眼鏡かけてる方が似合うんだろう?」
「…………あ」
どうやらクーさんは今度は俺の前では断固として眼鏡を外さないつもりらしい。
「いやいやいやいや!」
俺は全力で否定する。
「クーさんは眼鏡をかけてても、かけて無くてもどっちでも美人だよ」
「……本当に?」
「うん、本当に」
俺にしては非常に大胆な発言だったが、この時はさっき思いついた事を確認しようとする気持ちで一杯だった。
「これでいいか?」
眼鏡を外し俺を見るクーさんに俺は聞いた。
「これ? 読める?」
俺は自分のTシャツにプリントしてあった英文を指差す。
「うん? 良く見えないな」
そう言って、俺のTシャツを見るクーさんの、その表情を見て俺は確信した。
――クーさんは睨んでいたんじゃない。目が悪いのに眼鏡を外したりするからよく見えなくて、それであんな睨むような目つきになっていたんだ、と。

(^ω^)
「ぷっ、くくく――」
思わず笑い出してしまった。
「どうした?」
クーさんがプリントから俺に視線を移す。
だが、笑いが止まらなかった。
「何だ? やっぱり眼鏡してないと変な顔なのか?」
そう言って慌てて眼鏡をかけるクーさんに俺は謝る。
「ごめん、違うんだ。自分のアホさ加減がおかしくて――」
俺は笑い続けた。全ては自分の勘違いだった。クーさんは俺の事を気持ち悪いと思っていた訳でも無く、俺の事を睨んでいた訳でも無かった。俺の悩み事はきれいさっぱり消えた。いや、悩み事は元々存在していなかったのだ。
「ねぇ、クーさん」
「ん?」
何だか悩んでいた事が馬鹿らしくなって、そして妙に晴れ晴れとした気分になって、俺は思い切ってもう一つの疑問をクーさんに聞いた。
「もう一つ、ずっと気になってたんだけど」
「何だ?」
「ジョンと似てるって……、どういう意味?」
犬のジョン。そのジョンに似ていると言われた俺。それは一体どこが? 性格が? 行動が? 見た目が? それとも、それ以外の何か?
そして――、傍にいてくれというクーさんが俺にかけてくれた言葉はどう受け取ればいいのか――。
俺の問いに、クーさんが少し驚いたような表情で俺を見る。
「何だ、そんな事を気にしていたのか?」
そしてクーさんは呆れたように言った。
「馬鹿だなぁ、君は」
「え? ちょっ……、ば……?」
馬鹿に、されてしまった――――。
とは言うものの、そこに蔑みや嘲りは皆無だった。それどころかむしろとても深い親しみを感じた。
見れば、クーさんは静かに微笑んでいた。
自然と頬が緩む。――いかん、このままではまたにやにやしてると言われてしまう。俺は顔を引き締め、改めてクーさんに向き直る。
「それで? どういう意味だったの?」
再び聞く俺にクーさんは言った。
「こっちは秘密だ」
「え?」
驚く俺にクーさんが真面目な顔で言う。
「さっきのは特別サービスだと言っただろう?」
「あ……」
絶句する俺。
「まぁ――」
クーさんは表情こそ真面目にしていたが明らかに楽しんでる風で、絶句した俺に向かって腕を組むと聞いてきた。
「君がどうしてもと言うのであれば、教えてやってもいいが」
その言葉を聞いて、俺は慌てながらも、反射的にそして自信たっぷりに言い返す。
「そうだな。クーさんがどうしてもって言うなら、聞いてやってもいいぜ?」
するとクーさんはくすりと微笑み、俺を見ながら唇に指を当てて言い返してきた。
「――では、秘密だ」
しまったあああぁぁ――――。
俺は頭を抱えて地面に視線を落とす。
主導権を取ったと思いきや、あっさりと引っくり返されてしまった。いや、そもそも慌てすぎてアプローチから間違っていたような気がする。
何とか状況を立て直さなくては、と俺は次の台詞を必死に考えながら顔を上げる。
 だけど、俺はそこでクーさんを見て、まぁいいかと小さく溜め息をつき、ひそかに微笑んだ。
だって、こっちを見つめて微笑むクーさんの表情はほんとうに柔らかくて、そして俺が勝手に疑っていたとは言えそれは確かに本当の笑顔で、それになにより、俺にはクーさんがいて、二人で一緒にこんな風に笑いあえるんだから。
 にやけているのをクーさんに悟られないよう、俺は空を見上げる。
蒼くどこまでも高い青空には大きな入道雲が広がり、その上には太陽が眩しく輝いていた。
――俺の夏は、まだまだ終わらない。


2011.11.09掲載


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