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内藤神社 ドクオはクーの相棒になるようです

(^ω^)
 時刻は深夜一時。場所は町の片隅にひっそりと建つ教会の裏にある西洋風の墓地。
「うわあぁぁぁー! 出たおぉぉぉッ!」
そこに、ブーンの叫び声が響き渡った。
 夏休みに入ってすぐのその日、俺とブーンはそこで肝試しをしていた。
寺の墓は馴染み過ぎててもうちっとも恐く無い、というブーンの言葉に俺達は今まで行った事の無いその教会の墓地で肝試しをする事にしたのだ。
そして、雰囲気たっぷりの墓地の中をライト片手に歩き出して数分後、俺達の目の前に《怪物》が現れた。
 形こそ人間と同じものの、それはそれぞれの部品全てに「異様」という形容詞が付いた。
異様に小さい頭、そこに目が無く、顔の中央にはぽっかりと穴を空けただけみたいな鼻があり、そしてその下の口の中には牙が見え隠れしている。異様に細い体から生えた異様に長い腕には血管が浮き、足はその逆に異様に筋肉質。色彩は全体的に茶色く、それはまるで血が乾いてこびりついたような色だった。
「ひぃぃぃぃぃ!」
叫び声を上げたブーンは次の瞬間には墓地の入り口に向かって走り出していて、それに気付いた俺もすぐさまブーンの後を追うように逃げ出した。
 そんな俺たちを怪物が追って来る。
怪物の動作はゆっくりで、どう見てもよろよろと歩いている様にしか見えない。それなのにどういう訳か全力で走る俺達と怪物との差は徐々に縮まって来ていた。
「どどど、どーなってんだよ!?」
走りながら聞く俺にブーンが答える。
「わわわ、分からないお! でもきっと何か特殊な妖力みたいなものだお!」
そう答えた次の瞬間、ブーンが突如として足を止め、俺は慣性の法則のままにブーンに激突した。
「――っ、痛たたた。……何だよ!?」
ブーンにぶつけた頭を押さえながら聞く俺にブーンは前を向いたまま、呟くように言った。
「……道が、……無いお」
「えっ……!?」
反射的にブーンの視線の先を見る。恐らく途中で方向を間違えたのだろう、そこには白く、そして高い壁が俺達の行く先を遮っていた。
「ど、どうする……?」
息を切らせながらブーンを見ると、ブーンはポケットから何かが書いてある紙を三枚ほど取り出した。
「――この、対妖魔用の御札を使ってみるお」
ブーンが息を切らせながらそう答える。
「そんな御札で大丈夫なのか?」
「大丈夫、問題無いお。…………多分」
そう言ってブーンは取り出した紙――、御札の最初の一枚に法力を込め始めた。
ブーンは内藤神社の神主の息子で、神社生まれ故の法力を持っている。そして、その法力を御札に注ぎ込む事で様々な事象を引き起こせるのだ。
「はぁっ、お!」
御札が眩く光り輝き、書かれていた文字や記号がまるで生き物の様に御札から抜け出し、空中に漂う。
そして文字達は青く光りながら環状にまとまり、俺達と迫ってくる怪物の間に盾の様に壁を形成した。
次の瞬間、ゴォンと言う大きな音と共に怪物がその文字の盾にぶつかり、動きを止めた。
「や、やった……」
「おっおっおっ、結界だお」
ほっと一安心する俺の横でブーンが笑い、そして二枚目の御札を怪物の足元に向ってすぱっと投げた。
「はぁっ、お!」
内藤が怪物の足元に突き刺さった御札に法力を込める。
今度は黄色く光る文字達がまるで植物のツタの様に細長く伸び出し、一斉に怪物に向って行った。
そして、文字のツタはぐるぐるしゅるしゅると怪物に巻き付き、その動きを完全に封じた。
「よしっ! いいぞ!」
「はぁっ、お!」
ブーンが最後の一枚を怪物の上空に向って投げ、法力を込める。
御札から抜け出した朱色に輝く文字達は巨大な鎌の形を作った。
「ふっふっふ、トドメだお」
ブーンがにやりと笑い、そして叫んだ。
「ダリ・ワオデレコ!」
朱い、巨大な鎌が怪物に向って振り下ろされる。
そして、怪物にその刃が当った瞬間。――朱い鎌はサラサラと崩れてしまった。
「…………お?」
ブーンが首を傾げた。
続いて、怪物の動きを封じていたツタも光を失いながらサラサラと消えていく。
「…………おぉ?」
拘束から解かれた怪物は再び俺達に狙いを定め、俺達と怪物の間にある盾に激しくぶつかる。
「……お、おい。大丈夫なのか? あれ」
「大丈夫だお。いくらなんでも結界は破れないお」
だが、怪物の突進で盾には徐々にヒビが入って来る。
「…………本当に大丈夫なんだろうな?」
「さすがに……、結界は破れないはず……だお」
自信無さげにそう答えるブーン。
だがしかし、その数秒後、パリンというあっさりとした音と共に結界は砕け散った。
「結界が決壊したお!!!」
ブーンが裏返った声でそう叫び、怪物がその勢いのまま俺達に突っ込んで来た。
もう――、駄目だ――。

 その時、目の前が真っ暗になった。
――いや、そうでは無かった。俺と怪物の間に真っ黒な何かが現れたのだった。
そして、激しい激突音と共に怪物の突進が止まった。

(^ω^)
 まず目に入ったのは風にたなびく黒く艶やかな長い髪だった。そして、同じく風にたなびく真っ黒な服。
――それは一人の少女だった。
修道服を着た黒髪の少女がそこにいた。少女は毅然とした表情で怪物を睨み、そして信じられない事にその少女は突進してきた怪物を片手で止めていた。
 少女は怪物の頭を片手で押さえながらもう片方の手に持った本を開き、読み始めた。それに呼応するかの様に大気が震える。
それがどこの言葉なのかは分からなかった。だが、少女が最後に言った言葉、それだけは俺にも分かった。
「――アーメン」
少女がそう発声すると、大気の震えはぴたりと止まった。そして次の瞬間、その言葉と共に怪物は蒸発するように消滅した。
「大丈夫か?」
俺を見下ろす少女がそう聞いて来る。気が付けば俺は地面にへたり込んでいた。そして、隣りいたはずのブーンは俺より遥か後方にいた。――逃げ足の速い奴め。
「あ、ああ、大丈夫……」
そう答えた俺に手を伸ばしてきた少女が俺の顔を見ると一瞬、驚いたように目を見開き、動きを止めた。
「君は――――」
そのまましばらくじっと俺の顔を見る少女。
「――――――――っ」
そして少女が何かを言おうとした時、遠くからまた怪物のものらしい唸り声が聞こえてきた。
少女は声のする方向をキッと睨むとそのまま俺たちに言う。
「……今日はもう帰った方がいい」
そうして少女はこちらを振り返りもせずにそのまま声のする方に向って歩き出した。
俺はよろよろと立ち上がるとブーンと共に慌てて墓地を出て行った。

(^ω^)
「いやぁ、昨日は酷い目にあったお」
翌日、内藤神社で俺とブーン、それにツンさんの三人は西瓜を食べていた。
「どうしたのよ?」
西瓜から目を上げ、聞くツンさんにブーンは西瓜から目を離さずに答える。
「実は――」
そう言ってブーンが昨日の一連の出来事をツンさんに話し始めた。
「――それで、ついに御札で創った結界が壊れちゃったんだお」
そこでツンさんは何それ、とブーンに厳しい口調で言う。
「あんた、書き方間違ってたんじゃないの?」
「いや、きっと外国の幽霊だったから御札に書いてある内容が読めなかったんだお」
しれっと言い返すブーンにツンさんは低い声で言う。
「――そんなの関係無いって知ってるわよね?」
「おっおっおっ」
笑って誤魔化すブーン。
しかしそんなブーンにツンさんは冷酷に言い放った。
「あんた、後で特訓ね。まずは御札の書き取り二百回から」
「……あうあう」
ブーンは口をぱくぱくさせたが結局は抗議をする事も叶わず、食べかけの西瓜を持ったままうなだれた。
「――で? 御札が効かなくて、それでどうなったの?」
改めて質問するツンさんにブーンは西瓜をしゃくりと一口食べて答える。
「もちろん無事だったから、こうしてここで西瓜を食べてるんだお」
「どうしたの? その状態から逃げられたの?」
「いやいや、助けてもらったんだお」
「助けてもらった? そんな結界を壊すような奴から助けてもらったって言うの?」
一体誰に、と聞くツンさんにブーンはにこにこと答える。
「黒い女の人だお」
ブーンの答えに俺は、あいつも『黒い』ってイメージだったのか、と何だかおかしかった。
だけど、ツンさんにそれで通じるはずも無く、ツンさんの顔には戸惑いの表情が浮かぶ。
「何? 黒人の女の人って事? それとも腹黒いって事?」
「違うお。着てる服が黒かったんだお。何か、学ランの長いやつみたいな」
は? とツンさんは更に首を傾げる。
「何それ?」
ツンさんの戸惑いの表情は徐々に苛立ちの表情に変わる。ブーンもそれに気付き、慌てて説明するがやっぱり要領を得ない。
「え、えーとえーと、あのー、そのー、うーん、名前が分からないんだけど、教会で女の人が着てるあれだお、あれ」
そうしてあたふたするブーンがふと横を向き、ぱっと表情を明るくして言った。
「そうそう、これだお! この服!」
「………………」
「「「わぁっ!!!」」」
俺達三人が同時に声を上げた。

(^ω^)
「失礼、驚かせてしまったかな」
そこに立ち、そう言ったのは昨日の少女だった。
昨日と同じ艶やかな長い黒髪に黒い修道服。ただ一つ、違っていたのは眼鏡をかけている事だった。
そしてよくよく見てみれば、彼女はとても綺麗な人だった。その事に気付き、思わずドキドキする。
「き、昨日は――」
ありがとう、と言おうとした俺にかぶせてブーンが言う。
「昨日は助かったお! ありがとうだお!」
「どういたしまして」
彼女はにこりともせずに答える。
その時、俺が思ったのは『もったいない』だった。こんな美人なんだ、笑ったら相当かわいいに違い無い。
そんな場違いな事を考える俺を置いて三人の話が進む。
「今日はどうしたんだお?」
「ええ、実は――」
答えようとする彼女の向かいでツンさんがブーンをつつく。
「ちょっと、ブーン。誰?」
ブーンがにっこり笑って答える。
「今、話してた人だお。昨日、僕とドクオを助けてくれた、えーっと……」
そう言いながらブーンが彼女を見る。
彼女は何故か眼鏡を外して自己紹介をした。
「クーと申します。教会から来ました」
そう言って彼女、クーさんはぺこりとお辞儀をした。
「ブーンですお。ここの神社の人間だお」
「ツンです。えーっと寺から来ました?」
そんな自己紹介をし合っている中、俺は何と言えばいいのか。ドクオです、○○から来ました。さぁ、○○に入る単語を答えよ。
「えっと……」
それでも何かを言わなければと口を開いた瞬間、ブーンがクーさんに聞く。
「それで、今日はどうしたんだお?」
「実は――」
さっきのリプレイが開始される。
するとクーさんは眼鏡をかけ、
「彼を借りたいのですが」
そう言って俺の方を見た。

(^ω^)
 それから十数分後、俺はクーさんの教会にいた。
「――最近、アポカリプティックサウンドに影響されてゴースト達が急激に増え始めたんだ」
目の前には一杯のアイスティーと俺に事情の説明をするクーさん。
クーさんの説明によれば、昨日俺達を襲ったのはゴーストと呼ばれる怪物で実は世界のどこででも出現するものらしい。
ゴーストは普段はクーさん達のような教会の特別な人達が対処しているので一般人の目に触れる事は殆ど無いそうだ。
勿論、夜中に教会の墓地に忍び込んだって同じ事、普通は見られるものじゃない。
だけどここ最近、急激にゴーストがその数を増やし、教会の手が追いつかない状況が発生しているのだと言う。
昨日、俺と内藤が遭遇した奴もクーさんの手を逃れた一体だったそうだ。
「さて、そこでだドクオ君――」
説明を終え、クーさんが改めて俺に向き直る。
クーさんのキラリと反射する眼鏡から視線を逸らし、俺はストローを咥え、アイスティーを飲み始める。
何だか嫌な予感がした。そんな俺にかまわずクーさんは話を続ける。
「単刀直入に言おう」
そして、クーさんは予想通りの質問を俺に問うた。
「――君にゴーストハントを手伝って欲しい」
教会にずずず、とアイスティーを飲み干した音が響き渡った。

(^ω^)
 その夜、俺は再びクーさんの教会の墓地にいた。
『――君にゴーストハントを手伝って欲しい』
昼間、教会で聞かれたその質問に俺は当然、断りの返事をした。
 それなのに何故俺がここにいるのか。
理由は三つあった。
 一つ目は現実的な理由だった。
「今のこの異常事態が終息するまでの間でもいい。…………いや、夏休みの間だけでもいいから」
了承しない俺にクーさんはそう言った。だが、俺は「でも――」といい返事をしなかった。
するとクーさんが一つの提案して来た。
「分かった。夏休みの宿題を手伝ってやろう。毎日、ゴーストハントが終わった後に。――どうだ?」
かなり魅力的な提案だった。
「高校一年の私だ、中学二年の宿題ならば楽勝だ」
「へー、ツンさんと同じか――、っていうか、えっ!? ……ど、どうして俺の歳まで知ってんですか?」
驚く俺にクーさんは人差し指を立てて天を指し「神様は何でもお見通しだ」と言った。
真顔でそう言ったが、多分それは冗談だったんだろう。ブーンの神社を調べてやって来たくらいだ。きっとその時一緒に調べたに違いない。
「どうだ? 悪い取り引きとは思わないが。何だったら読書感想文の代筆をしてやってもいいぞ?」
正直、かなりぐらりと来た。
「で、でも……」
それでもやっぱり決心するには到らなかった。
「俺なんかじゃあ何の役にも立たないと思うけど……」
そう言って断ろうとする俺にクーさんは二つ目の理由になる言葉を告げた。
「大丈夫! 君には才能がある!」
『才能』の一言に一瞬、身震いして喜びそうになるが、ふと冷静になる。
「………………本当に?」
俺をゴーストハントに誘うための単なるお世辞、いやもしかしたら口をついて出た嘘かもしれない。
訝る俺にクーさんは大きく頷き、言う。
「間違い無い。私が保障するよ」
「…………この俺に、才能?」
俺の呟きにクーさんが再び頷く。
信じられなかった。今まで何の特技も持たなかったこの俺に才能があるなんて。しかもそんな特殊な才能――。
「……ゴーストハントの、才能?」
そうしてクーさんが三度目に頷いた時、俺の心は決まった。
「――分かりました。手伝います」
俺はクーさんを真っ直ぐに見て、そう返事をした。
「良かった――。ありがとう、ドクオ」
そうしてクーさんがにっこりと微笑んで言った。
「――じゃあ、早速今晩からお願い出来るかな?」
よく見れば、クーさんの目は全然笑っていなかった。

 そうして俺は今、結局こうしてここにいる。実際にゴーストハントをする為に。
――目の前には早速、一体のゴースト。
昨日のとは違うタイプのようだった。聞けば、ゴーストには様々な種類がいるらしい。人型、動物型、いつも形を変え、正確な形が分からない奴。
眼前のこいつの特徴はと言えば、顔の半分まで裂けたような大きな口。
そしてこいつはその巨大な口から荒い息を吐きながら俺の事をじっと見つめている。今にも飛び掛って来そうな唸り声をあげながら――。

(^ω^)
「――アーメン」
クーさんの言葉と共にその夜現れた最後のゴーストが消滅した。
爆風に髪をなびかせるクーさんの後ろ姿を見ながら、俺のゴーストハント初日は幕を下ろした。
「――お疲れ様。大丈夫か? 恐くは無かったか?」
ポケットから眼鏡を取り出し、それをかけるとクーさんは俺に振り返り、心配そうに顔を覗き込む。
「だ、大丈夫……、ぜ、全然平気…………」
そう返事をしたものの実は全身、汗でびっしょりだった。それは恐怖のせいなのか、緊張のためなのか、それともその両方からなのか分からなかった。
「そうか、良かった。さて、それじゃあ宿題を――」
そう切り出すクーさんに俺は伝える。
「きょ、今日はとりあえず帰ります……」
そう言った俺の様子を見るとクーさんは、その方が良さそうだな、と言った。
「……それじゃあ」
そう挨拶をして俺は墓地の出口に向ってよろよろと歩き始める。
「――ドクオ!」
出口まで来たところで背後からクーさんに呼ばれる。
振り返るとクーさんが心配そうにこっちを見ていた。
「あ、明日も……」
「え!?」
遠くてよく聞こえずに、聞き返すとクーさんは走って俺のそばまでやって来た。
「明日も、手伝ってくれるか?」
そう聞くクーさんに俺はこくりと頷くとそのまま背を向け、再びふらふらと家に向って歩き始めた。

 歩くにつれ徐々に緊張が抜け、最初ふらふらと歩いていた俺は少しづつ普通に歩けるようになっていた。
そして、顔はと言えばにやつきを止める事が出来ないでいた。
『大丈夫か?』だって――?
『恐くなかったか?』だって――?
クーさんの質問を思い返し、俺はひとりにやける。
――大丈夫な訳ないじゃないか。
――恐くなかった訳ないじゃないか。
でも――――
『明日も手伝ってくれるか?』だって――?
「行かない訳が無いじゃないか!」
俺は思わず声を上げる。
だって、これこそがゴーストハントを手伝う一番の理由なのだ。
ゴーストハントを手伝う理由。それはゴーストハントが出来るから。
そう、この時、俺にとっては、目的が理由そのものだったのだ。
 何の代わり映えもしない毎日。昨日の続きの今日。今日の続きの明日。そこには何のドラマも無く、何の特別感も無い。何処にでもある到って普通の生活。
それが俺の生活だった。それは何も劣等感を感じるような事ではない。
 だけど、自分の周りには自分とは違う、普通じゃない生活を送る人間がいた。
それはブーンであり、ツンさんだった。神社や寺に生まれ、術を駆使し、時には妖魔と対峙したりする。
 そして俺はずっと心の何処かでそんな彼らに、そんな彼らの人生に憧れ、そして自分がまるで彼らの人生の脇役のように感じていた。
だけど、それも昨日まで――――。
今まで脇役だと思っていた自分に今日、突如としてスポットライトが当り、役が舞い降りてきた。
そう、それこそがこのゴーストハントだった。
 汗で濡れた服が冷たく感じた。恐怖と緊張で強張らせていた全身の筋肉が悲鳴を上げていた。
でも、身体にはえも言われぬ充実感が広がっていた。
――楽しい夏休みが始まった。
その日、ついに俺は眠るまでにやつきを止める事が出来ないでいた。

(^ω^)
『――アーメン』
毅然とした表情で消え行くゴーストを見守るクーさんの後ろ姿を思い出していた俺は、はっと我に返り現実に向き合った。
俺の現実、目の前の数学の宿題――。
その日の狩りを終え、俺とクーさんは教会に戻って夏休みの宿題を片付けていた。
難しさのあまり逃避していた問題に視線を落とし、格闘しているとクーさんが妙に静かなのに気が付いた。
そーっと視線を上げるとテーブルを挟んで向いに座っているクーさんが俺をぼーっと見つめていた。
「何? クーさん、どうかした?」
「――えっ?」
クーさんは自分でそうしていた事に気付いていなかったらしく驚いた後にこう言った。
「ああ、すまない。君がジョンに似ているんでつい……」
「ジョン――って?」
初めて聞く名前に俺はクーさんに聞き返す。
「ああ、私のかつての相棒だよ」
「かつての、って事はその人はもうゴーストハントは辞めちゃったって事?」
「――――いや」
俺の質問にクーさんは俺を見つめたまま答える。
「ジョンはもうこの世にいない。死んでしまったんだ。一年程前にな。以来、私は一人という訳だ……」
クーさんの寂しそうな表情に俺は心臓がぎゅっと縮こまったように感じた。
「クーさん……」
とりあえず、そう呟いたものの、その先に何と言う言葉をつなげればいいのか、俺にはまったく分からなかった。
今は俺がいるじゃないですか、そんな事が言えるはずも無く、なぐさめてやりたくてもどうすればいいのか分からない。
そもそもジョンが死んでしまった理由すら分からないままで、俺は何を言おうというのか。
「ねぇ、クーさん、ジョンさんはどうして――?」
その理由を聞こうとし――、その時に気が付いた。
――さっきよりも強く心臓が縮こまる。
どうしてジョンは死んだ? 病気なのか? 事故なのか? いや、それとも――――
「もしかして、ゴーストにやられて……」
不安に俺は言葉をつまらせる。
「…………あ。――い、いや、違うぞ!」
動揺する俺に気付いたクーさんが慌てて否定した。
「ジョンはゴーストとの戦いで死んでしまった訳では無いよ!」
「そ、そうなんだ…………」
それを聞いてほっとしたものの、心臓の鼓動はまだ相当に早かった。
そんな中、クーさんがふいにテーブルの上に出ていた俺の手に自分の手をそっと乗せた。
「――大丈夫。確かにゴーストとの戦いは危険だが、君の事は私が守るよ」
「う、うん……」
クーさんの手は温かく、緩みかけた鼓動が再び早くなった。

(^ω^)
「ジョンか――」
クーさんが懐かしそうに話を始めた。
「彼はとても勇敢だった。あらゆる敵に牙を剥いて向って行ったものさ。私もよく助けられたよ」
名前がジョンって事は彼は外国人か。――――俺は想像した。クーさんと、ジョンが格好良くゴーストハントしているところを。
『まずいぞ、ジョン。すっかり囲まれてしまったようだ』
クーさんの言葉に背中合わせのジョンはニヤリと笑う。
『なぁに、これぐらい相手がいた方が楽しくていいさ。――さて、準備運動は終わりだ。一気に撃破するぞ!』
そして、そんな想像の中、ジョンの位置には何時の間にか自分が立っている。
『心配するな、クー。君の事は俺が守り抜いてやるさ』
背中を預けられた俺はさっき言われた事をそのままクーさんに言う。
だってそうじゃないか。男として『守るよ』なんて言われるわけにはいかない。それは自分が言うべき台詞なのだ。
そしていつしか想像は妄想に変わる。
俺はクーさんにそう言ってぱちりとウインクをしてみせる。するとクーさんは俺のウインクに頬をうっすら赤くする。
『さぁ、行くぜ!』
俺は真剣な表情になり――――――
 自分がにやにやと頬を緩ませている事に気付き、俺は必死に真面目な顔を作り、クーさんに向き直って聞いた。
「ジョ、ジョンもクーさんがスカウトしたの?」
幸いにもクーさんは俺がにやけていた事に気付いていないみたいだった。
「そう、彼も私が拾って来たんだ。だけど、実力はすぐに追い抜かれてしまった。ふふ、彼の力は大した物だった」
クーさんが静かに語る。
「――ジョンはいつでも私と一緒にいてくれて、そしていつだってジョンは私を癒してくれたよ」
その時、俺は初めてクーさんが微笑むのを見た。
そしてそんなクーさんの可愛らしい表情を見て俺は、思い出すだけでクーさんにそんな表情をさせるジョンに強い嫉妬を感じていた。

(^ω^)
 人生において「ゴーストハント」という役を与えられた俺。そうして過ごして来た数日間。だが、オチは思っていたよりも早くやって来た。

「やっぱり君がいるとゴーストハントが捗るな」
その日、狩りの後にクーさんがふいにそんな事を言った。
俺は誇らしい気持ちになりながらも様式美にならって照れたように答える。
「そんな、俺は別に何も――――」
していない。そう言おうと思ってふと気がついた。
……あれ? そういえば俺、本当に何もしていないんじゃないか?
慌てて今日までの狩りの記憶、戦いの記憶を遡る。

…………何て事だ。

 俺は愕然とした。
思い返してみれば、俺はゴーストを退治するクーさんを後ろから見ていただけだった。
クーさんと二人で一緒に戦っていたような気になっていたが、よく考えれば俺は戦い自体には一切参加していなかった。
どういう事だ? 俺は考える。何もしていない自分。なのに何故クーさんは俺がいると捗るなんて言ったんだ? いや、そもそも――。何でこんなに役に立たない俺をスカウトしたんだ?
そこで思い出す。クーさんが俺に才能があると言っていた事を。
でも、俺は何もしていない。それじゃあ一体、俺にどんな才能があるって言うんだ?
「……ねぇ、クーさん」
「なんだ?」
俺は答えを得るためにクーさんに問い掛ける。
「クーさん、俺に才能があるって言ってたよね?」
何だか不安になりながらクーさんの答えを待つ。
そしてクーさんは、爽やかに軽やかに俺に真実を告げた。
「――うん。君の囮としての才能はまさに天賦の才能だよ」
「え――――――?」
絶句し、絶望した。
――――囮の才能? 囮? おとり? オトリ? 何だそれ? そんな才能ってありなのかよ? っていうかそれに才能って必要なのか? 何だ俺? 何だ俺? 何だ俺? ナンダオレ――――
一瞬の間に幾多の考えが頭の中を駆け抜けていく。
酷い脱力感が俺の全身に広がり、そして、発作的にもうゴーストハントは辞めようと思った。
「……あのさ、クーさん」
俺はクーさんに声をかける。
「ん? 何だ?」
「――――今日はもう、帰ってもいいかな?」
だけど、それを言い出す勇気さえも無い。
「ああ、大丈夫だ。それじゃあ気を付けて」
また明日、と微笑むクーさんに俺は何の返事も返せなかった。

(^ω^)
 そうして独り、夜道を家に向って歩いていた。
いつかの帰り道を思い出す。にやにやと笑いながら歩いていたあの日を。
まったく、馬鹿みたいだ。浮かれちゃってさ。
俺が与えられた役はただの囮。それなのに、その事に今の今まで気付かないほど浮かれていた自分が本当に惨めに思えた。
クーさんが言うからには確かに才能はあるのだろう。
でも――。
『才能』。
確かに、誰に何の才能があるのかは分からない。そして、才能を持っていたとしても、それは当人が望むものかどうかは分からない。
でも――、こんなのってあんまりだ。
思わず、目から涙が零れ落ちた。

「やっぱり、このままクーさんには何も言わずに辞めてしまおう」

地面に涙を落としながら歩き、そう思った。
でも――、と考えた。

「そしたらクーさんは怒るだろうか?」

そう考えて、思い出したのはクーさんの寂しそうな表情だった。
ジョンが死んでしまったと言った時の、以来ひとりだと言った時の、あの寂しそうな表情だった。

「――――――いや」

それを思い出し、俺は思い直す。
「違う。これはオチなんかじゃない」
俺は顔を上げ、声に出す。
「これはオチなんかじゃない。これはターニングポイント。俺に与えられた役の最初の見せ場なんだ」
一度挫折した主人公がそこから立ち直り、以前よりも強くなる。
そう、これは王道。
確かに、今、俺が持っているのは囮なんていう変な才能かもしれない。だけど、物語で才能を超えるのはいつだって努力のはずだ。
だから、俺はこれから努力する。努力して手に入れる。自分の役を、自分の位置を。
 何故なら――
俺はもう一度決意する。
クーさんにまたあんな表情をさせるわけにはいかない。クーさんを再びひとりにする訳にはいかない。
だから俺は、かつて妄想した通り、ジョンのいた位置に立つんだ。そうして俺もクーさんを助けてやれる、そんな存在になるんだ。
その為に、俺は戦う。こんな俺にだってクーさんのために出来ることがあるはずだ。

(^ω^)
 翌日、俺は早朝から教会のドアを叩き、クーさんに言った。
「俺に、ゴーストハントを教えてくれ!」
力の限りそう頼んだが、クーさんは強固に反対した。
俺はあらゆる方向からお願いをし、クーさんはその全てを跳ね除ける。
それは、言葉のキャッチボールならぬ、言葉のドッヂボールだった。
そうして、俺もクーさんも一歩も引かず、終いには殆ど言い争いみたいになっていた。
「万が一、君に何かあったらどうするんだ!」
そう声を荒げるクーさんに俺は頭に来て怒鳴り返す。
「俺だって! 守られてばかりじゃなくて、いざとなったらクーさんを守るくらいの事はしたいんだ!」
だがその瞬間、クーさんはふいとそっぽを向いてしまい、言い争いが始まってから初めて沈黙した。
どうやら完全に怒らせてしまったらしい。
そりゃそうだよな。本心とは言え、囮としてしか役に立たないような奴にそんな事を言われたら、まぁ、怒るか呆れるかその両方かだ。
俺もそれ以上は言うことが見つからず、沈黙が続いた。
「――どうしてもと言うのなら」
しばらくして、クーさんが呟くように声を出した。
「えっ?」
聞き返す俺にクーさんはそっぽを向いたまま言う。
「どうしてもと言うのなら、遠距離攻撃のみだ。それでいいなら、……手伝ってもらいたい」
意表をついたクーさんの返事に俺はにやつきを越えて歓声を上げそうになるのを堪えて、こちらこそお願いします、とクーさんに頭を下げた。

(^ω^)
 その日から、ゴーストハントの訓練が始まった。
渡されたのは一丁の古いライフルだった。遠距離攻撃用だというそれは銀の銃身に木製のストックという中世の銃みたいでストックの部分には金で十字架の飾りが入っていた。
一見ただの古い銃に見えるそれはしかしゴーストハント用の特殊な銃で、その威力は現代のアンチマテリアルライフルに勝るとも劣らないそうだ。
そして、最初は先込め銃として創られたが途中でマガジン方式に改造されたために九発まで弾が装填出来るようになっていた。
『装弾数には常に注意しろ。弾が尽きたら、命が尽きる時だと思え』
説明をしながらそう言って真っ直ぐにこっちを見るクーさんは今まで見た事がないほどに恐かった。
 そして、その恐さは訓練でも同じだった。
 訓練メニューは銃の取り扱いに始まり、射撃姿勢、すばやい狙いの付け方、再装填の練習、トラブル時の対処法、そして実射と多岐に渡り、クーさんは常に厳しかった。
『死なない為に、死ぬ気でやれ』
『殺るか殺られるか、では無い。殺る一方だけだ。殺られる、という選択肢は常に頭から外しておけ』
『命がけで何かをするな。状況が悪ければ逃げたっていいんだ。命をかけるに値する見返りなんてこの戦いのどこにも無い』
『どんな状況でも決して諦めるな。死ぬかもしれない、と思った瞬間、人は死に取り込まれてしまうものだ』
繰り返される死に対抗する心構え。クーさんの言葉のひとつひとつに殺気すらこもっていた。
 そうして、昼はゴーストハントの訓練、夜には囮として戦いに参加し、クーさんの戦いを見て学ぶ日々が続いた。
正直言って辛かった、何度も辞めようと思った。唯一ほっと出来るのはゴーストハント後、紅茶を飲みながら宿題をする時だけ。まさか自分の人生において、宿題がほっとする時が来るなんて想像すらした事が無かった。
だけど、そんな状況で俺はこれまた人生において想像すらしたこがないほどに頑張っていた。
クーさんの為に。と言えればかっこいいのだが、正直言ってその殆どは自分の為だった。
今までの人生、脇役としての人生、これから先を全て想像出来るような人生、そんな人生にはもう戻りたくないと、そう思っていた。

(^ω^)
 それから数日、いよいよ実戦の時がやって来た。
前日まで『本当にいいのか?』と散々聞いてきたクーさんはこの日何も言わなかった。
教会を出る時、眼鏡を外し、たった一言『さぁ、行くぞ。もう引き返せないからな』と言っただけだった。

 そうして、今までとは違う気持ちでクーさんと夜の墓地を歩いた。
わくわくなんてしていなかった。今まで感じた事がないレベルの恐怖を感じていた。
囮をしている間はゴーストにとって自分は「獲物」だった。ゴーストにしたって絶対に襲わなければいけない相手という訳では無かった。
だが、武器を手にゴーストを狩る立場になった今この瞬間から、自分はゴーストにとっての「敵」になった。
ゴーストは俺を見逃しはしない。何故なら俺を殺らなければ、自分が殺られてしまうからだ。ゴーストが俺に向けるのはハッキリとした「敵意」。
 やっぱり辞めようか――。この期に及んでそんな考えが頭をよぎる。だが、今日クーさんが俺に意思を変えないか聞かなかった事、そしてもう引き返せないと言った事で俺は迷ってはいけないんだと分かった。
迷いがあれば、それは隙につながる。そしてそれは死へと繋がっているのだ。クーさんが言った通り、俺はもう引き返えすことは出来ない場所にいた。
 恐怖と戦いながら俺はクーさんと共に墓地を歩き続けた。
どれくらい経っただろう? ふいにクーさんが無言のまま手で俺を制止した。
俺は黙ったまま、クーさんの視線の先を追いかける。
――そこには三体のゴーストがいた。
一体は人型、残りの二体はまるで腐敗したハイエナの様だった。
クーさんがゴーストを見つめたまま、小声で言う。
「ドクオ、銃の確認をしろ」
俺は言われるままに銃と弾丸の確認をする。
「…………確認完了」
クーさんは小さく頷くと前を見続けたまま言った。
「よし、私が先制する。援護は任せたぞ」
「りょ、了解………………」
俺の声は少し震えていたかも知れない。クーさんが俺に振り返った。
「大丈夫だよ。自信を持ちたまえ。あんなに頑張って特訓したじゃないか」
その一言でずいぶんと気が楽になった。自分には自信が無かったけれど、クーさんがそう言うなら大丈夫。そんな気がした。
俺はクーさんを見つめ返して頷いた。
「――うん」
「じゃあ、行くぞ」
その言葉と共にクーさんはゴーストに向って駆け出した。

 それは正に瞬殺だった。
走りながらの高速詠唱。直後にハイエナ型の二体を詠唱による爆発が襲う。クーさんは爆発のダメージでよろよろとふらつくハイエナ達の内、目の前にいた一体を蹴り飛ばすと、背後の人型からの攻撃をかわし、その頭を押さえる。そして詠唱。――「アーメン」。
人型が昇華する。続いて再びの高速詠唱。二度目の爆発に襲われたハイエナ型一体が昇華する。
 クーさんのそのあまりの手際の良さに、このまま俺の出番は無いんじゃないか、そう思った時だった。
「ドクオ! そっちに一体行ったぞ!」
クーさんに蹴り飛ばされた方のハイエナ型が俺に向って突進して来ていた。
――そいつと目が合った気がした。そして認識する。そこにあるのは純粋な殺意だと。
恐怖に身体が硬直する。
「――撃て! ドクオ!」
クーさんの叫び声が墓地に響く。
 その時、照準を合わせた記憶どころか、敵を見て狙った記憶も無い。
俺はただただ、恐怖に向って引き金を引いただけだった。

(^ω^)
 教会で紅茶を飲んでいると、クーさんが俺を見てクスっと笑った。
「な、何?」
俺が聞くとクーさんが言った。
「そのぶすっとした感じもジョンに似ているな」
「え……?」
確かに俺はその時、ぶすっとした顔をしていたかもしれない。いや、自分ではクールな表情のつもりだったんだけど。
「――でも」
クーさんが話を続ける。
「そんな顔をしつつもあいつはその後ろで尻尾を振って喜んでいたりしたもんだ」
そして微笑みながら俺に聞いて来る。
「実は君もそうなんだろう?」
………………バレていた。
初めてのゴーストハントを成功させた俺は本心、嬉しくて嬉しくて、叫び出したいくらいだった。
自分も何かをやれるんだという事実が、そしてこれでクーさんの役に立てるという事実が嬉しくてしょうがなかった。
でも、それで喜ぶなんて、そんなの格好悪い。成功させましたが何か? 位の自分をクーさんに見せようとクールを気取っていた。
だけど、クーさんはそんな事は全部お見通しだった。
「君は嬉しいことがあっても、表には出さずこっそり微笑んでいたりしそうだ」
クーさんがそう言って笑う。
そう言えば、内藤にもたまに「何ニヤニヤしてるんだお」と言われる事があった。もしかして今までも全然隠せて無かったのか?
「――まぁ、とにかく」
クーさんが俺に手を差し出す。
「おめでとう。これで君もりっぱなゴーストハンターだな」
俺はしばらくクーさんの手を見つめていた。
それからおずおずと手を伸ばし、俺はクーさんと握手を交わした。
「あ、ありがとう」
流石に、この時ばかりは口元が緩むのを止める事は出来なかった。

 そうして、俺はクーさんと一緒にゴーストハントを続けた。
それにしても一緒に戦ってみて、改めてクーさんの凄さが分かった。
ただ必死なだけで無様に戦う俺と違い、クーさんは多種多様なゴースト達に対し、その特性を瞬時に判断し、それぞれに対して最も的確な処理をしていく。
しかし――、俺はふと思う。人間業とは思えないそのクーさんの戦いぶりをも凌いだというジョンに到っては殆ど野生の勘と言っていいだろう。そんな奴のいた位置に立つなんて俺に出来るんだろうか?
――いや。俺は思い直す。弱気になってどうする。大丈夫だ。
毎日、少しづつだけれどゴーストハントが上達しているという実感はある。今はまだ無様に戦っているだけだけれど、いつかはクーさんを越えてジョンのいた位置に立ち、俺はクーさんを助けられる存在になるんだ。

 気が付けば、何時の間にか夏休みの宿題はすっかり終わっていた。最終日よりも前に片付いているなんて俺の人生初の出来事だ。
今日も俺は銃の練習をする為、少し早めに家を出て教会に向った。
途中の坂道で、ふと夏空を見上げる。
見上げた空は果てしなく高く、果てしなく蒼かった。
何もかもが上手くいっている。最高の夏だった。

(^ω^)
 時々クーさんが寂しそうな目で俺を見つめている時がある事に気がついた。
その静かな悲しみを湛えた瞳に俺は戸惑い、理由を聞くことすら出来なかった。
だが、その答えはまもなく知ることになった。
 ある日、クーさんがそんな瞳でこっちを見つめたまま俺を呼んだ。
「なぁ、ジョン――」
言った直後にクーさんもその事に気付き、慌てて訂正してきた。
「すっ、すまない。ちょっと考え事をしていたんだ」
そして、それが全ての答えだった。
 俺は理解した。クーさんが俺の事など見てはいないという事を。
俺を見るクーさんの瞳はその実、俺の事なんて見てはいなかった。クーさんは俺の姿を通して、かつての相棒ジョンを見ていたのだ。
クーさんはきっと、未だにジョンのことを想っているのだ。
 そしてまたある日、狩りの後にクーさんがぽつりと呟いた。
「忘れたと思っていたのに…………」
多分、それは独り言だったんだろう。だが、俺がつい「何?」と聞き返してしまったせいでクーさんはぽつぽつと語った。
「いや、ジョンがいなくなってから独りでやってきて、今までは問題無かったんだがな――」
クーさんがあの寂しそうな瞳で俺を見る。
「君が現れて、それでまた思い出してしまったよ」
その時、俺は何と言葉を返すべきだったんだろう。
「…………じゃあ、また明日」
無言でいる俺にクーさんはそう言うと教会へと戻って行ってしまった。
「――そういえば」
ぽつんと一人、取り残された墓地で俺は声に出して言う。
「最近、クーさんとお茶飲んでないな」
夏休みの宿題が終わってからもしばらくは、ゴーストハント後にクーさんとお茶を飲んだりしていた。
だがこのところクーさんはゴーストハントが終わると何かと理由をつけて、すぐに教会へと戻って行ってしまい、何時の間にかそんな時間は無くなっていた。

(^ω^)
「おっ、ゴーストハンターが来たお」
「どう? 調子は」
久しぶりに立ち寄った内藤神社でブーンとツンさんが並んでアイスを食べていた。
「……やめてくれ」
何だかその言葉が鬱陶しくて不機嫌にそう言う俺にブーンが聞いて来る。
「どうしたんだお?」
「別に……」
そう返事を返す俺にツンさんがアイスを舐めながら言う。
「まぁ、こんな暑い最中にこんな暑苦しい顔見たら、そりゃうんざりもするわよね」
「あ、暑苦しい? 愛らしいと言って欲しいお」
「愛らしい? 阿呆らしいの間違いでしょ」
そんな事を言って笑うツンさん。そしてそんな事を言われているのに笑うブーン。
実は俺はこんな二人の関係が割りと好きだった。
「――ねぇ、ツンさん」
ブーンに舌を出し、再びアイスを口にするツンさんに俺は聞いた。
「何?」
「ブーンと二人で何かしたりする事ってあるんですか?」
「ななな、何かって何!?」
ツンさんが何故か顔を真っ赤にして聞き返して来る。
「……え? そのー、二人で一緒に妖魔と戦ったりとか」
「あ、何だそういう事ね。えーっと……」
何かを誤魔化すようにアイスを二口三口食べてツンさんは答えた。
「そうね、仏道と神道なんてかなり邪道なんだけど、実を言えば何度かあるわよ」
「ブーン以外と組みたいと思った事はありますか?」
俺の質問にツンさんはうーん、と考えそれから言った。
「あんまり思わないかも」
「ツンにはやっぱり僕が必要なんだお」
横からそう口を挟むブーンにツンさんは慌てて否定する。
「ち、違うわよ! あれよ、ほら、あんただったら使い捨てにしても問題無いし。それだけよ!」
「つ、使い捨てかお……。エコじゃないお……」
そう呟いた直後、ブーンは良い事を思いついたという満面の笑みでツンさんに言う。
「そうだお! ツンはエコじゃなくてエゴだお!」
ツンさんが冷たい目でブーンを見る。
「…………今日の御札書き取り、倍ね」
「あ、あうあう」
そんなやりとりを聞きながらも俺はツンさんの内藤に対する台詞はただの照れ隠しだと分かっていた。
こんな二人の決して表には出さないけれど、心の奥で繋がる信頼関係。
 そして、二人を見ながら俺は改めて自分とクーさんの関係を考える。
クーさんの目的はゴーストを倒す事。そして俺はあくまでもその為の囮としてスカウトされた。
今は俺もゴーストハントに参加しているけれど、それは単に俺の我侭で始まった事であり、クーさんに取っては受け入れたくない事だった。
だから、二人でゴーストハントをしていると思っているのは俺だけで。実際には俺はただクーさんに利用されているだけなのかもしれない。
お茶の時間が無くなったのだってそうだ。宿題を手伝うという契約が終わったから、もうそんな時間は俺には与えられない。
クーさんの俺を見つめる瞳を思い出す。その瞳でクーさんは俺を見てくれない。クーさんが見ているのは俺に似ている過去の相棒、ジョン。――所詮、俺は、ジョンの代わりなんだ。
いつか、ゴーストハントにも終わりが来る。その時俺はどうなるんだろう?

(^ω^)
 俺の人生に役が出来たって? 笑わせるな。主役どころか、脇役どころか、俺の人生、ただの代役じゃないか………………。

「ドクオ! そっちに行ったぞ!」
クーさんの声にハッと我に返る。そこは戦いの最中で、目に映ったのは俺に向って飛んで来る一体の黒く丸い身体に白い顔のゴーストだった。
一瞬、反応が遅れたものの、それは致命的な遅れでは無かった。俺は銃を構えゴーストを狙う。サイトでゴーストを捉え、そしてトリガーを引いた。
カキン――――。
だが、そんな金属音が響いただけで、銃から弾丸は発射されなかった。
「え――――?」
そして俺は自分が犯した致命的なミスを思い出す。ぼーっと考え事をしていたせいで弾丸のリロードをするのを忘れていたという事を。
目の前に白い顔とそして大きく開かれた口があった。
「うそ……、だろ……?」
無数の牙が乱雑に生えた口が俺の視界を覆い尽くし、目の前が真っ暗になった。
「――――!」
誰かが何かを叫んでいた。
そして突然の爆発。爆風が俺の身体を弾き飛ばす。
 気が付くと、俺は地面に倒れていた。
爆発はきっとクーさんの詠唱によるものだろう。
身体は何ともなかった。でも――、俺はすっかり起き上がる気力を失っていた。
「ドクオ! 大丈夫か!?」
地面に倒れたままの俺にクーさんが駆け寄って来た。
「すまない。君に近いのは分かっていたんだが、あのままでは君がやられてしまうと思って………………」
「分かってるよ。うん、大丈夫」
俺は地面に倒れたまま、空を仰いでそう答える。
 確かに、あのままでは俺は確実に殺られていた。だから、クーさん下した判断は正しかった。それは分かっていた。でも――――――
その結果、俺が得たのは「またクーさんに助けられてしまった」という事実だった。
自分の犯したミスに、クーさんの的確は判断に、俺は思い知らされる。
結局、俺はいつまで経ってもクーさんの足手纏いなまま。
ジョンのいた位置に立つ? クーさんを助ける存在になる? そんなの――、俺には永遠に無理だ。そして、俺がクーさんのために出来る事なんて、何も無いんだ。
その思いが、そして事実が俺から起き上がる気力を奪っていた。
「そうか、よかった」
ほっと息を吐いて目を閉じるクーさん。
俺の心にはもう何も無かった。焦りも、苛立ちも、そして希望も――。
「でも――」
俺はクーさんを見つめ、そして言った。
「でも、それでもし俺がいなくなったって、別にどうって事ないだろ…………」
「えっ――――?」
俺の言葉にクーさんが俺を見る。
「それは……、どういう意味だ…………?」
 クーさんをひとりにする訳にはいかないと、クーさんを助けられる存在になりたいと、ずっとそう思ってきた。
だけど、俺は気付いてしまった。そもそも俺自身がジョンの代わり。だから、それは別に俺じゃなくてもいい、俺以外の誰かでもいいんだと。
そして――、むしろ俺なんかじゃあ駄目なんだと。
俺は空を見上げ、クーさんに言う。
「俺がいなくなったって、また誰かを拾ってくればいいさ。そうだよ、今度はもっと有能な――、ジョンみたいなやつをさ……」
「ドクオ、君は何を言っているんだ?」
混乱した顔で俺を見るクーさんを再び見て、俺は言った。
「だって、クーさんにとって俺はただのジョンの代わりなんだろ?」
それは言葉こそ問いの形こそ取っていたが、問いではなかった。ただの確認だった。だから、クーさんがそれを肯定したところで俺はどうという事は無い、そう思っていた。
だが、クーさんから俺に向けられたのはもっと残酷な言葉だった。
「ドクオ――」
クーさんが俺を見つめ、そして言った。
「――君はジョンの代わりにはなれないよ」
一瞬、息がつまった。思わずクーさんを見るが、すぐに目を逸らす。
「そう……か……」
俺はゆっくりと上体だけ起こして地面に座り込み、自嘲する。
そうか、そうだよな。
俺がここにいるのは単にジョンに似ていたから。クーさんが必要としていたのは俺の外見であって、俺自身はまったく無意味な存在。
自分はジョンの代わりだなんて、それは身の程知らずの幻想だった。
結局、俺は主役どころか、脇役どころか、代役にすら成れなかった――。
「――ドクオ」
クーさんの呼びかけに俺は顔を上げる。そこには、いつもの意志の強そうな瞳で真っ直ぐに俺を見つめるクーさんがいた。
「この際だから、君にはっきり言っておこう」
クーさんが俺を見つめたまま言う。
この時、俺はきっと自分がいかに役立たずなのか言われるのだとばかり思っていた。
だが、
「――――今まで私がどれだけ嬉しかったかを」
クーさんから伝えられたのはまったく予想外の言葉だった。

(^ω^)
「ジョンがいなくなって私は独りになった。最初は何をするにも喪失感でいっぱいだったが、いつしかそんな状況にもすっかり慣れることが出来た。日々、独りで戦い、独りでお茶を飲む。そして、慣れてしまえばそれはそれで別に何の問題も無かった。
 なのにそこに君という存在が現れた。そして、私はまた思い出してしまったんだ。『誰かと共に何かをする』という事を、『誰かと一緒にいる』という事を。
 ああ、いや、違うな。
 君が《現れた》訳じゃない。確かに君はあの日突如として私の目の前に現れた。だが、その後ここに止まらせたのは私だ。そうだ、もしかしたら最初に君を誘った事すら、囮として優秀だからなんていうのはただの言い訳で、本当は私が独りには慣れたなどと言いつつまた誰かと一緒にいたいと思っていたからなのかも知れない。
 ――ドクオ、君に分かるか?
 あの日、私の問いに、君が私と一緒に戦ってくれると言ってくれた時、私がどんなに嬉しかったか。
 そして君が自分も戦うと言ってくれて、しかもそれが私のためだと知った時、私がどれだけ幸せを感じたか。
 私は君と共に戦えて本当に嬉しかった。君と一緒の時間を過ごせて本当に幸せだった。
 そして、ドクオ、君は知っているか?
 私がそれが未来永劫、ずっと続けばいいと思っていた事を――
 ――――だがそれは叶わぬ願いだ。
 約束の夏休みはいずれ終わりを迎える。その時が来たら私と君とを結んでいた契約は終了する。そして、私は君と再び別れなければいけない。
 危険を伴う以上、君に強制する訳にもいかない。それに、君に聞いたら断られるかも知れない。
 私はそんなに強い人間では無い。君に断られたらきっと私は落ち込んでしまう。
 それに、君がいなくなった後で私はまた一人で戦うことに慣れなければいけないんだ。
 だから私は、君といられるのが嬉しくて、これからも一緒にいて欲しいと願いながらも、なるべくそれを表に出さないようにして君と深く関わるのを避け、そして期日が来たら最初の約束通りそのまま何も言わずに終わりにしようと思っていたんだ。
 だけど――
 ――――そんな私の身勝手が逆に君を追い込んでしまっていたんだな。
 本当にすまない」

(^ω^)
 そう言って俺に謝るクーさん。だけど、その頃にはもう俺にはクーさんが何を言っているのか分からなくなっていた。
いや、言っている事は分かっていた。だけど、そんなはずは無い、そんなの俺の勝手な妄想だ、と頭が理解する事を拒否していた。
「だから――」
そんな俺に構わずクーさんが話を続ける。
「私はこれから正直に自分の気持ちを君に伝える」
クーさんが俺を見つめる。その真っ直ぐな瞳に俺は思わずたじろぐ。
そうしてクーさんは俺に言った。
「ドクオ、君はジョンの代わりにはなれない。
 確かに私は誰かを求めていた。ジョンを、ジョンの代わりになる誰かを。そして最初、《誰か》だったそれは今では違う。
 ――分かるか、ドクオ?
 いつしか私は君を、誰でもでは無く、君自身を求めるようになっていたんだ。
 だから、ドクオ――――
 君はジョンの代わりとしてではなく、君として、私のそばにいてくれないか?」

(^ω^)
「あ……。あぁ、分かった」
長い長い、クーさんの告白。それに対して俺が返せたのはたったのこれだけだった。
突然の展開について行けず、ありがとう、と安堵の表情でそう言うクーさんをどこか遠いところから見ている気分だった。
「…………ところで一つだけ、確認したいんだが」
そんな中、クーさんがふいに真面目な顔で聞いて来る。
「……な、何?」
俺はなんとかそう聞き返した。
「ドクオ――――」
クーさんが見開いた目で真っ直ぐに俺を見つめ、そして聞いてきた。
「君は犬だったのか?」
「……………………は?」
思わず、そのまま固まってしまった。
ただでさえ回っていない頭で、聞かれた意味がまったく分からず、俺の頭の中にはクエスチョンマークが無数に浮かんでいた。
そんな俺にクーさんはおずおずと言う。
「いや、ジョンの代わりだって言うからもしかしてそうなのかと思って…………」
そうしてそれっきり沈黙するクーさん。
俺も沈黙し、考える。
「……………………えっ!? …………いやいやいや!!!」
俺はクーさんの質問の意味に気付き、力の限り否定する。
「どう見ても俺は犬じゃないだろ! っていうか――――――――」
そしてそこで、再び気が付いた。
「え? 何、犬? え? 犬? え?」
混乱する俺はやっとの思いでクーさんに聞く
「ね、ねぇジョンってもしかして――――?」
「私のかつての相棒、ジョンはゴーストハウンドドッグだよ」
クーさんがさらりとそう答えた。
「え――――?」
絶句し、絶叫した。
「ええええぇぇぇ!!!!????」
俺の叫び声が墓地にこだまし、それから沈黙が訪れた。
自分がずっと嫉妬していた相手が犬だったと知り、自分自身、どうしていいのか分からなかった。
「――――――」
だけど、そんな中で俺は三つ目に気付いた事があった。
…………ちょっと待てよ、するってーと何か? 俺は犬に似てるって言われたのか?
それは一体どこが? 性格が? 行動が? それとも、見た目が?
その事を問い質そうとクーさんに振り返る。
だけど、俺はクーさんを見て、まぁいいかと小さく溜め息をつき、ひそかに微笑んだ。
だって、こっちを見つめて微笑むクーさんの表情はほんとうに柔らかくて、そしてクーさんがそんな風に笑っているのが本当に嬉しくて。
そうだよ、犬だってなんだっていいじゃないか。とにかく俺はクーさんに認められたんだから。俺にだってクーさんにこんな表情をさせられたんだから。
だから今は、この素晴らしい人生を喜ぼう。
 にやけているのをクーさんに悟られないよう、俺は空を見上げる。
蒼くどこまでも深い夜空、そこには幾多の失敗を超え、神となった夏の星座ヘルクレス座が輝いていた。
――俺の夏はまだ始まったばかりだ。


2011.10.10掲載


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