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クーはツンが気になるけれど自分の気持ちが分からないようです

(^ω^)
 この感情は何なのだろうか?
今、私の横を歩いている彼女に対するこの感情。言葉では表しきれないこの想い。
これは一体何だろう?
 だが実を言えば、私はこの感情が何と呼ばれるか知っている。
過去に二度ばかり人に対してこれと同じ感情を持った事があった。
この感情の名前――、それは『恋』だ。
 これが恋だというのであれば、私はいつもの様にこの感情を抱いている相手に素直にその事を伝え、告白すればいい。
だがしかし、それにはひとつ、大きな問題がある。
私がこの感情を抱いている相手、ツンはとてもかわいい女の子で、そしてこれが問題なのだが、――私も女なのである。

 女である私が女の子に恋をする?
そんな馬鹿な。そんな事はありえない。
だから――、きっとこれは恋では無い。
では、それではこの気持ちは何なのだろう?
分からない。
分からないが、ツンといると落ち着かない。
あらゆる事のペースが乱され、いつもの自分ではいられ無くなる。
思考能力が低下し、正しい判断を下せなくなる。
このままではいつかまずい事をしてしまいそうだ。
 こんな事は今まで経験した事が無い。
もう、自分で自分が分からない。
自分がこんな風におかしくなってしまうこの気持ち、これは一体何なのだろうか?

(^ω^)
 ――きっかけは彼女の笑顔だった。

 ツンは私がこの春から入学した大学で同じゼミになった女の子だ。
彼女はとてもかわいい。
勿論、見た目だってとんでもなくかわいいのだが、それに加えてその振る舞いや考え方その他ありとあらゆる事が本当に女の子らしくかわいい。
喜怒哀楽を全身で表現し、くるくると表情を変える。
そして何よりも素晴らしいのはその笑顔だ。
その笑顔に私は打ちのめされた。
彼女の笑顔を見ていると自分の笑顔なんて偽物か作り物のように思えた。
あんな風に笑えたらと、その笑顔に憧れた。
だが、すぐにそれは無理だと諦めた。
何故ならそれはあまりにも遠く、私の対極にあると言ってもいいものだったからだ。
 女の子らしくかわいいツンとは違って、私はと言えばとてもかわいいとは言い難い。
顔は、まぁ悪くは無いと思っている。いや、造形だけを見れば標準よりも少し上かもしれないと自負している。
だが、それをすっかり打ち消すほどに私には『かわいげ』が無いのだ。
女の子らしい振る舞いなんてついぞ出来ず、私を知る人達からは「話し方が全然女の子っぽく無いし、そもそも言葉遣いからしておかしい」等と指摘されている。
背が高いのも良くなかったように思う。そして、左目の斜め下にぽつんと一つあるほくろだってきっとツンについていればかわいいアイテムになり得るのに、私に限っては何故か冷たい印象を与える効果しか発揮しない。
そして、致命的な事に私は笑うのが下手だった。
ツンのように感情を表に出す事が出来ず、どうにも中途半端に笑う事しか出来無いのだ。
どうにも元々感情表現が苦手なのだ。
そうした中で必死に作りだす笑顔はまさに作り物の笑顔だった。
 でも、そんな中でどういう訳か私は自分の気持ちだけは素直に真っ直ぐに相手に伝える事が出来た。
だが、それも逆効果なようで知人からの評価はもっぱら「よく分からない人、近寄り難い人」だった。
 それなのに。そんな私の近くにツンは入学以来いつもいてくれた。
たまたま入学式で席が隣だったツンと同じゼミになった時、ツンは私を友人として受け入れてくれた。
そしていつでもその眩い笑顔を私なんかに振り撒いてくれる。
 そうして、いつしか私は彼女の笑顔を見ているとドキドキするようになった。
その笑顔をいつまでも見ていたいと思った。
その笑顔は消えてはいけない光のようなものだと思った。
あの光に近付きたいと思った。
その感情はどんどん大きくなっていき、今もこうして隣で私に話しかけるツンを見ていると何か分からない気持ちが心に溢れる。
そしてこの何なのか分からない気持ちが心に溢れる度に、私は何かを叫び出しそうになる。

(^ω^)
「――どうしたの? クー」
横を歩いていたツンがふと私に問い掛ける。
「え? あ、あぁ、すまない。何だっけ?」
はっと我に返り、ツンに問い返す。
するとツンは唇を尖らせ、ぶー、と私を睨む。
「ひどーい、聞いてなかったのー?」
そんなツンがまたかわいくて、私は思わずツンを抱きしめたくなる。
そして、その尖らせた唇が柔らかそうだと気付き、どきどきする。
「――クー?」
ぼーっとする私をツンが再び呼ぶ。
「何だ?」
私はその視線を唇に奪われたまま、上の空で返事を返す。
「クーってば!」
唇に囚われた私の意識をツンの声が引き戻す。
い、いかん。
「――え? あ! す、すまない!」
私は必死で頭から雑念を振り払いツンに振り返った。
「で? 何だっけ?」
「どうしたの? 珍しくボーっとして、何か悩み事でもあるの?」
視線を逸らし、私は返事をする。
「い、いや。何でもない。ただ――」
「ただ?」
ツンが視線を逸らした私の顔を覗き込む。
今度はその瞳に心を奪われそうになりながらも私は返事をした。
「――ツンの笑顔は素敵だな、と思って」
そう思ったその先、――彼女の唇に心を奪われていたという事実は隠したまま。
「え?」
ツンは驚きで目を丸くし、頬を赤く染める。
「や、やだなー、もう突然。照れるじゃない」
そして頬を赤く染めたままえへへと笑い、言った。
「クーったらいつも、すぐにそんな事言うんだから」
そう。私は伝えようと思った事は真っ直ぐに伝えるのだ。
だけど、自分の言葉で赤くなった頬のまま笑顔を向けるツンに私はまたも胸がどきどきし、心を奪われてしまっていた。

(^ω^)
「ツーン! ちょっと待ってだおー!」
その時、遠くからツンを呼ぶ、男の声が聞こえた。
ツンの笑顔がぴくりと固まる。
誰にでも明るく接し、苦手な人なんかいなさそうなツン。
そんな彼女が唯一ネガティブになる相手がいる。
それがこの声の男、内藤ホライゾンである。
 彼もまた同じゼミの生徒だが、ツンは彼とは幼馴染らしい。
小、中学校と一緒で、高校になって学校が分かれ、少し疎遠になったがツンがここ地元の大学に進み、そして彼も同じくこの大学を受け、再び交流するようになったという。
そんな二人だ。当然、仲が良いものかと思いきや、これがまったくなのだ。
ツンは彼に対しては普段の彼女からは考えられないようなものすごい毒舌で、事ある毎に彼を否定する。
そして、そんなやりとりの後、ツンは決まって溜息を吐き、少し落ち込む。
私はいつもそんなツンを見てハラハラし、そして不思議に思っていた。
この男の何がツンをここまで変えるのだろうか?
「――何よ?」
ツンはやってきた内藤君に振り返り、いつも通りの態度で問う。
しかし、内藤君はそんなツンの態度をまったくと言っていい程、気にせずに話を続ける。
そして、ツンも何だかんだと彼と話を続ける。
やはり、これだけ仲が悪く見えても幼馴染というのは特別な存在なのだろうか?
二人の間には何かしら絆のようなものがあるとでも言うのか。
そんな事を考え、何故か暗い気分になってしまう。
そして二人を見ていると何だか心の奥にもやもやしたものが溜まってくる。

(^ω^)
「――しょうがないわね。明日の夜、ご飯食べ終わったら行ってあげるわよ」
何時の間にか二人の間では何か話がまとまっていて、どうやらツンは明日の夜、内藤君の家に行く事になったらしい。
まぁ、二人は近所だし、よくそんな事もあるようだ。
別に二人はただの幼馴染なので、ツンが内藤の家に行ったところで何がある訳でも無い。
無いのだが、そんな二人の関係に私は深い疎外感を感じてしまい、ツンが自分の方を向いてくれないのがどうしてだかとても寂しかった。
「――じゃあ、待ってるお」
内藤君がツンと私に手を振って去って行った。
私は内藤君を見送るツンに振り向き言った。
「ツン、今日、これから私の家に来ないか?」
別に、何か用事があった訳では無かった。
私はただ単に、内藤君よりも一日早くツンを家に呼ぶ事で些細な優越感を得ようとしたのだ。
それは分かっている。
しかし、何故?
私には分からなかった。
何故、彼に対して優越感を得る必要があるのだろうか?
だが、ツンと内藤君の二人を見ていると何だか心が落ち着かなかった。
ツンに私の方を優先してもらいたかった。
ただそれだけの想いだった。
独占欲? それとも嫉み?
この気持ちは一体何なのだろう?

(^ω^)
 ツンを見つめ、返事を待つ私。
やがて、ツンが口を開く。
「ごめん、ちょっと用事が……」
ツンの返事は私の期待したものでは無かった。
「……そうか」
私は暗い気持ちで返事をする。
「うん、ごめんね」
「い、いや。いいんだ」
謝るツンに私はうなだれながら自分も謝る。
「急だったしな。こちらこそすまない……」
私はよほどがっかりして見えたのだろうか?
そんな私を見てツンが慌てて言葉を繋いだ。
「で、でも。すぐに終わるからそれから行くよ!」
私は弾かれるように顔を上げツンを見つめた。
「本当に?」
「うん」
ツンはにっこりと微笑んで私を見つめ返す。
「約束だぞ」
私は指きりをしようとツンに小指を出した。
「約束ね」
そう言ってツンは自分の小指を私の小指に絡めてくる。
そうして小指と小指を絡ませたまま私達は微笑みながら見つめあった。
やがて、ツンが私に言った。
「クーって指きり好きだよね?」
「そ、そうか?」
突然の事に少し狼狽しながらも私は聞き返す。
「そうだよ。だってもうクーと会ってから何度指きりしたか数え切れないよ」
そう言うツンを見ながら私は心の中で返事をした。
――だってこうすればキミと堂々と手を繋げるじゃないか。
「て言うか、大人になってからはクー以外と指きりなんてした事無いよ」
続けてそう言い、笑うツンに私は聞き返す。
「へ、変かな?」
そんな事を聞きつつも、私はいつまでも指をほどこうとしなかった。
「うーん、ちょっと恥ずかしいかもー」
ツンもそう言いつつも指を離しもせずに私に笑顔を見せてくれていた。

――この笑顔は何物にも代えがたい。

私はツンと小指を絡ませながらそう思っていた。

(^ω^)
 それから私は飛ぶように家に帰り、大慌てで部屋を掃除した。
お香でも焚こうかと思ったが、逆にツンが嫌いな匂いだといけないと思い、今度は家中をファブリーズして回った。
そして、心を落ち着かせようと私の冴えない趣味であるジグソーパズルを始めた。
何ピース目かをはめ、全体の周囲がおおよそ出来た所で呼び鈴が鳴った。
そしてそれをきっかけに私の鼓動は大きく速度を上げる。
ドキドキと緊張する自分を抑え、バタバタと玄関に向かう。
そして、ドアの前で一度大きく深呼吸。
それから玄関の鏡で自分の姿を見て、髪をちょっとだけ直すと私はドアを開けた。
「ごめんね〜、遅くなって」
ツンがそう言って私に微笑みかける。
その笑顔に私は必死で返事を考える。
「い、いや。私も今来た所だよ!」
「え? そうなの?」
ツンがきょとんと不思議そうな顔で私を見ている。
間違えた……。これは待ち合わせで使う言葉だった。
どうやら私は自分で思っている以上に緊張しているらしい。
だが考えてみれば、何故私はここまで緊張しているんだ? ただ友達を家に呼んだだけじゃあないか。
「……い、いやまぁ入ってくれ」
気を取り直し、私はそう言ってツンを玄関から奥に行くように促す。
奥とは言っても私の部屋は1Kなのでそんなに奥に行けるものでもないのだが。玄関のすぐ横のキッチンを抜け、部屋にツンを案内する。
「あ、またジグソーパズルやってたの?」
ツンは床に広げられたそれを見てしゃがみこむと山になったピースから一片を取り上げた。
そしてしばらく眉根を寄せて組み上げ途中の絵とピースを交互に見つめていたが、やがて私を見つめる。
私はツンの取り上げたピースを見て、「それはこっちだ」と2つあるジグソーパズルの片方を指した。
ツンは私の指した方のジグソーパズルを見つめ、手に持ったピースをパタリとはめこんだ。
「もう……。多分世界中探してもクーぐらいだよ。2つのパズルを同時に混ぜてやるのは」
ツンがまだ眉根を寄せたまま私に言う。
「でも今回は全体の色がずいぶんと違うから楽だろう?」
そう言って私はパズルの箱を見せ、ツンにその絵柄を教えた。
朝焼けの風景と薔薇の中で笑う少女のポートレート。
「でも今のピースとかの枠の部分は両方とも真っ白で見分けがつかないよ……」
ツンはそう言って口を尖らせる。
「そうだな。でも前回、星空2種類を一度にやった時はもっと大変だったよ」
それはそれで大変楽しかったが、と続けながら私はピースの山を箱に入れ、蓋を閉めた。
「まぁ、とりあえず今は邪魔になるから片付けよう」
そして、私は二枚のパズルをロフトに移動させ、小さなちゃぶ台を出した。

(^ω^)
 それからツンの買ってきたケーキを食べながら他愛の無い話をした。
学校の話、新しい携帯の話、そして今期のテレビドラマの話。
「そういえば、クーはこの前のドラマは何観てた?」
ツンの問いに私は答える。
「前期は結局ほとんど観なかったなぁ。密命ぐらいか」
「密命?」
ツンが首を傾げる。
そうか、あまり有名では無いんだな。私はそのドラマの説明をした。
「ああ、『密命 寒月霞斬り』。佐伯泰英原作の小説の時代劇だ。「寒月霞斬り」とは秘剣の名称で榎木孝明演ずる金杉惣三郎がその使い手なんだ。それで主人公がある密命を受けて江戸に行くんだが、ここで加藤剛が出ててな。どうも観てる間中ずっと、火事始末の親方というのは仮の姿で実は南町奉行なんじゃないかと――」
ふとツンを見ると、私の話にまったく付いて来られないないらしく首が傾いたままだった。
「……あ、後はコードギアスぐらいかな?」
私は慌てて話を切り、次の話題を出す。
「コードギアス?」
ツンが興味を持ったようで聞き返してくる。
今度は分かりやすい説明を心掛けた。
「ああ、『コードギアス 反逆のルルーシュ』。アニメなんだ。主人公が『ふははははっ』って笑う」
しかし、これまたツンは付いて来られない。
「……ま、まぁそんなところだ」
そうして私の話は尻すぼみに終わろうとし、私は何だかやるせなくて目の前のケーキのフィルムをフォークでつついた。
「へぇ、クー、アニメなんて観るんだ」
ふいにツンがそんな事を聞いてきた。
「いや、たまたま始まった日に観たら面白くてな――」
ツンの問いに私は再び顔をあげ、話を始める。
「何だかすごく気になって、勢い付いて前のシリーズも全部レンタルして観てしまった」
私の答えにツンは関心したように言う。
「へぇ〜、そうなんだ。そうだ、アニメだったら内藤が詳しいから聞いてみようかな」
「ああ、そうしてみてくれ」
私は少しほっと救われたような気持ちになり、そう答えた。
するとツンは「そうそう、内藤と言えばね――」と、内藤の話を始めた。

(^ω^)
「――でね、内藤ったらいつもそんなだったのよ!」
何時の間にか話はツンの内藤に対する文句の歴史になっていた。
だが、ツンの顔は話している内容が文句の割には楽しそうで、そして時々、「でも内藤はね」と彼のいい所を言ったりもする。
普段、あんなに仲が悪そうに、と言ってもツンが一方的に彼を虐げているだけなのだが、していてもツンはどこかで彼の事を信頼しているのだろう。
そんな事が伝わってくるようなツンの話し振りだった。
私には幼馴染という存在がいないので分からないが、やはり子供の頃を共に過ごした相手というのは特別な存在なのだろうか。
そうやって育った二人の間には他の人間には分からない何か特別な感情があるのだろうか?
「幼馴染というのは不思議なものだな」
私がそう漏らすとツンが聞いて来る。
「え? そう?」
「――ああ、何だかツンの内藤に対する話を聞いていると普通の男女には無い何かを感じるよ。家族のよう、とでも言うのかな?」
私の答えを聞くとツンはまるで何か懐かしいものを思い出したかのような表情で言った。
「そうね、ほんと」
そして、どういう訳か少し寂しそうな表情で言う。
「何だってあいつと幼馴染なんかなんだろうね」
ツンが何故そんな表情をするのか、私には分からなかった。
彼の事を嫌っている訳では無いのだろう、切なそうなその表情。
その表情を見て私の心には再び、あの言葉では言い表せないよく分からない気持ちが沸き起こってくる。
何故、私はこんな気持ちになるのだろうか?

(^ω^)
「――お腹減ったね」
それからしばらくまた別な話をしているとふとツンが呟いた。
気が付けば外はすっかり暗くなっていて、時間は夕飯にふさわしい時間になっていた。
「何か作ろう。今日は家で食べて行くといい」
私がそう言うと、ツンは両手をあげて「わーい」と笑った。
それから携帯を取り出し自分の家に電話をかける。
「もしもし、お母さん? 今日はクーの家で食べて行くから夕飯要らない。――うん、うん、そう。――うん、分かった、じゃあね」
そんな会話を聞きながら私はキッチンへ向かう。
そして冷蔵庫や食料を入れてある棚をチェックする。
――が、チェックを終えた私は突きつけられた驚愕の事実に呆然とするしか無かった。
冷蔵庫、食料棚、全ての場所をチェックして見つけた物。
それはたった一缶のホールトマトの缶詰だけだった。
〜〜ばかばか、私のばか!
そう言えば、今日は帰りに買い物をしないと何も無いと分かっていたじゃないか!
ツンを家に呼ぶ事に夢中になっていて、そんな事すっかり忘れていた。
それに、掃除の後のん気にジグソーパズル何かしてる場合じゃなかった。こんな事態に備えて買い物に行くべきだった!
私は焦りながら必死で他に食料が無いか確認する。
他にあったのはパスタの乾麺がぎりぎり二人前とニンニクが一片。
私は恐る恐るツンに報告する。
「ツン、実は……」
「何? どうしたの?」
ツンがキッチンを覗き込みながら聞き返してきた。
私は正直に言う。
「実はホールトマトの缶詰とパスタしか無い……」
「そうか、どうしようか?」
そう言いながらキッチンにやってきたツンに私は答える。
「これでも一応トマトソースのパスタぐらいなら作れるが……」
私の答えにツンは驚いて言った。
「え? そうなの? そんな簡単なんだ。家はパスタって全然作らないから知らなかった!」
ツンは驚いた顔もかわいいな。そんな事を思いながら私は答えた。
「ああ、すごくシンプルになってしまうが味は悪くないよ」
するとツンはにっこり微笑み言った。
「じゃあそれ、食べてみたいな」
「いいのか? こんな物で」
私の問いにツンは笑顔のまま答える。
「うん。クーの手料理、楽しみだー!」
その笑顔に私はがぜんやる気が出て来た。
「――分かった。では腕によりをかけて作ろう」
そうして私は棚からホールトマトの缶詰とパスタを取り出し、冷蔵庫からニンニクを、そして大小二つの鍋と包丁まな板、調味料を用意した。
「何か手伝おうか?」
ツンが聞いて来る。
「いや、大丈夫だ」
私は答える。が、実はそもそも手伝ってもらう程やる事が無い。
するとツンが私を覗き込んで聞いてきた。
「見ててもいい?」
そんなツンの瞳に抗うすべがあったら教えて欲しい。私は答えた。
「勿論だとも」

(^ω^)
 そうして、私はかつて無い緊張感の中、かつて無い真剣さでトマトソースのパスタを作った。
すぐ隣でツンが私の調理を見ている、そしてどうせなら最高の味をツンに食べてもらいたい。
 にんにくをみじん切りにし、少量の鷹の爪と一緒にオリーブオイルで弱火から炒める。
にんにくが狐色になったら火を少し強め、ホールトマトの缶詰を一缶まるごと投入。
トマトをつぶしながらかき混ぜ、煮立ってきたら再び弱火にし煮詰める。
その間に鍋に大量の水と塩を入れ、火にかける。
お湯が沸いたらパスタを茹で始める。
その間にもトマトソースをかき混ぜながら塩と胡椒で味を調える。
パスタの茹で具合にも神経を使う。間違っても茹で過ぎてはいけない。目指すは絶対絶妙のアルデンテ。
そうして、何度も何度もパスタを確かめながら最高のタイミングで鍋を火から降ろし、お湯を切る。
ソースもいい頃合だ。味の最終確認をして火を止める。
パスタはそのまま皿に盛り、上から出来上がったトマトソースをかける。
後はツンが好きなようであればパルメザンチーズを山のようにかけてやればいい。
「――よし」
出来上がったパスタを前に私は呟いた。
作業自体は本当にあっという間だったが、緊張で私は既にくたくただった。
「持って行くからテーブルで待っててくれないか」
ツンをちゃぶ台の前に座らせ、恭しくパスタを運ぶ。
ワインでもあれば言う事無しだが、そんな物があるはずも無い。
ペットボトルのミネラルウォーターとコップを一緒に運んだ。
「お待たせ」
そして、渾身の作であるその一皿をツンの前に置く。
「おー、美味しそう!」
ツンはパスタを見るなりそう言って私を見た。
だが、見た目はさして問題では無い。美味しそうか、では無く美味しいか、が問題なのだ。
「ボナペティート――」
緊張でカラカラの喉から声を出す。
「じゃあ、いっただきまーす!」
そう言うとツンはフォークを持ってパスタを巻きつけた。
そうしてパスタの巻きついたフォークをそのかわいい口に近づける。
私はそんなツンの一連の動作を身動き一つ出来ずにじっと見つめていた。
そして口の中の物をゴクンと飲み込むとツンは言った。
「おいしいっ!」
「本当に?」
私は恐る恐る聞く。
「ほんとほんと! すごいね、クー。こんな美味しいのあんなに簡単に作っちゃうなんて!」
ツンはそう答えてまたパスタをフォークに巻き始める。
――ほっとした。
全身の緊張が解け、私はコップに水を注ぐと一気に飲み干した。
「気に入ってもらえて良かったよ」
心の底からそう思った。
そして、ツンが私の料理で喜んでくれたのが心の底から嬉しかった。
「これはご馳走だよ」
ツンがそう言って私に微笑みかける。
「そんな。100円の缶詰だし、作るのだって20分もかかってないんじゃないか?」
私は何だか照れくさくてそんな事を言った。
だがツンはううん、と言う。
「値段や時間は関係ないよ。――これは私にとっては五つ星のご馳走です」
ツンはご満悦だった。
そして、私はといえば、そんなツンの笑顔が何よりのご馳走だった。

(^ω^)
 それから話をしたりテレビを見たりしていたが、そろそろ電車が無くなるという事でツンが帰る事になった。
自転車に二人乗りで駅に向かう。
私が運転し、ツンは後ろのステップに立って乗っていた。
「ツンは軽いな」
ツンを乗せているという負担をまったく感じられず私はツンに言う。
「えー、そんな事無いよー」
ツンが答える。
「これならお姫様抱っこだって楽勝じゃないか?」
私はそんな事を言い、自分がツンを抱いている姿を想像してしまった。
そして、にやにやしてしまいそうになり、慌てて取り繕う。
「あっ、――と、ところで。電車の時間は大丈夫か?」
ツンは後ろでごそごとと時間を確認すると言った。
「あ、結構ギリギリかも」
「じゃあ、少し急ぐぞ」
私はそう言ってペダルを漕ぐ足に力を入れる。
そして「それっ!」とぐっとスピードを上げた。
「行け、クー!」
ツンは上がったスピードを楽しむように声を上げる。
 昼間のじめじめした暑さも消え、風が心地良かった。
肌に受ける風はひんやりと気持ちよく、そして肩に置かれたツンの手があたたかかった。
 駅前のロータリーに自転車で入り、改札の前で停まった。
「じゃあ、また明日学校でね」
ツンが自転車から降り、微笑む。
「ああ、また明日」
私はそう返した。だが、何故こんなにも別れがたいのだろう。ツンの言う通りまた明日すぐに会えるというのに。
「――そうだ、今日はご馳走様。また作ってね」
ツンはそう言って手を振ると、私の想いなんてお構い無しにくるりと振り返って改札をくぐって行ってしまった。
ホームへの階段を駆け上るツンの背中を見ていたが、やがてそれも見えなくなってしまった。
私は再び自転車にまたがり、少しだけ軽くなった自転車を走らせ始めた。
しばらく家に向かって走っていたが、何となくぐるりと回り道をして再び駅に向かってしまった。
勿論、そこにツンがいない事は分かっていた。
そして駅に着き、やはりツンがいないと確認すると私はやっと自分の家に向かって漕ぎ出す事が出来た。

(^ω^)
 ある日、ツンが大量の荷物を抱えてよろよろと校内を歩いているのを発見した。
「どうしたんだ? その荷物は」
私はツンに駆け寄り、聞く。
「あ、クー」
と、私に気付いたツンが説明してくれた。
「これ、教授に頼まれたの。次のゼミで使う資料」
「それを君が一人で運んでいるのか?」
私は驚き、呪いの言葉を吐く。
「まったく教授は何を考えているんだ、ツン一人にこんなに荷物を持たせるなんて。それに、うちのゼミの男共は何をしているんだ」
そしてすぐにツンの手から荷物を奪った。
「手伝うよ」
ツンがありがとう、と微笑んでくれた。

「――ツンの事は私が守るよ」
荷物を持ってツンと歩きながら、私はぽつりとそう言った。
「何? どうしたの、突然」
ツンが驚き、聞いてくる。
「いや、ただそう思ったんだ」
私は正直に言った。
ツンの笑顔は何物にも代えがたい。そして、それは全力で守るべき物だと思った。
そして、その誓いを立てるべきだと思った。
「もう。クーっていつも唐突に変な事言うよね」
そう言うツンは笑っていた。
「変だったか? すまない。私の判断ミスだ」
私はツンに謝罪し、それから改めて言った。
「でも、どうしてもツンを守りたいと思ったんだ」
「うん」と、ツンは微笑みながら私を見つめ、言った。
「ありがとう。頼りにしてます」
その微笑みを前に私は決心した。
 私はきっと命に代えても君を守る。
そして、そっと望んでいた。
 だから、――いつまでも君の側に居させて下さい。

(^ω^)
 気が付けば、最近の私は悩んでばかりだった。
その悩みとは言うまでも無くツンの事だった。
私はいつでもツンと一緒にいたいと思う。
しかし、それは何故なのだろうか?
学校に行けばツンに会えるし、恐らくツンの友人の中でも一番多くの時間を一緒に過ごさせてもらっている。
なのに私はこれ以上、何を望んでいるのだろう?
そして、それほど一緒にいるにも関わらずツンが内藤や誰かと一緒にいるのがたまらなく辛い。
これはどうして何だろう?
私は一体、どうしたいんだろう?
自分の中にツンに対するよく分からない感情が渦巻いている。
 そんな事を考える時、私はよくパズルをする事にしていた。
今、私の前には二つの絵柄のパズルが進行中だった。
一つは荒野の朝焼け。
そしてもう一つは薔薇の中で微笑む一人の少女。だが、まだ組みあがっているのは枠と周囲の薔薇ばかりで少女の微笑みは見られない。
私はふいに箱の中のピースを漁り、その少女の顔のピースだけを探し出し、そこだけを組み立て始めた。
大体のパーツが見つかったが口元のパーツが一つだけ探し出せなかった。
そのため、少女の笑みは不完全なものだった。
だが、私はその笑みをじっと見ていた。
ふと、その少女の目元が少しツンに似ているのに気が付いた。
そして、その目を見ているうちに私はまたツンに逢いたくなっていた。

(^ω^)
「ねぇ、クー聞いてよ! 今日、内藤がね?」
ある日、ツンが学食で私に話しかけてきた。
「また内藤の話か……」
私はうっかり、本当にうっかりそう言って小さく溜め息をついてしまった。
そして、直後に自分のした行為に気付き、慌ててツンを見上げた。
そこにはツンが少し悲しそうな表情で私を見つめていた。
「――もしかして、クー。内藤の事、嫌い?」
「ちっ、違うんだ! 今のは何と言うかその……」
何か言い訳を、と思っても目が泳ぐばかりで口からは何の言葉も出て来ない。
つまりそれは本心だったんだろう。
私は出来る事ならツンの口から内藤の話を聞きたく無かったのだ。
何故ならば、私はきっと――
「多分、私は内藤に勝てないのが悔しいんだ」
「勝てない? 何の事?」
ツンが私の隣に座り、聞いて来る。
「――内藤はツンと幼馴染で、私はそうじゃない。そして私はもう今からツンと幼馴染になる事は出来無い」
私は自分の中の感情を考えながらツンに説明した。
「だから――、私はもう内藤と同じ位置に立つ事は出来無くて、私は内藤には勝てないんだ」
――そうだ。
私がどれだけ望もうともどれだけ多くの時間を彼女と過ごそうとも、私はもう『幼馴染』のような特別な位置にはつく事は出来無いんだ。
ツンと内藤を見ていて感じた特別な繋がり、それを自分は持つことが出来無いんだと気付き、そして、だからこそ当たり前のようにその位置にいる内藤に対して私は嫉妬に似た感情を抱いたんだ。
改めてその事に気付き、私は胸が苦しかった。心が締め付けられるようだった。
涙が出そうで、私はツンから目を逸らして俯き、組み合わされた自分の手を見ていた。
「――じゃあ、大人馴染みになろう」
その時、ツンが言った。
「えっ?」
私は驚き、顔をあげてツンを見た。
「今からじゃあ幼馴染にはなれないけど、これからずっと一緒にいて、大人馴染みになればいいよ」
ツンが私を見て、そう言った。
「大人馴染み?」
私は聞き返す。
「そ、幼い頃からじゃなくて、大人になってからずっと一緒だから」
そう言ってツンは優しく微笑んだ。
私はその言葉をかみしめる。
「大人馴染み――」
「うん」
「なれる、かな?」
恐る恐る、私はツンに聞いた。
「なれるよ」
ツンは一度そう言い、それからもう一度言った。
「――ううん、なろうよ。ね、約束」
そうしてツンは「はい」と私に向けて小指を差し出してきた。
――嬉しかった。
気を緩めたら泣き出してしまいそうな程、嬉しかった。

(^ω^)
 ある日、いきつけの本屋に行くとマンガのコーナーで大騒ぎしている二人の女子高生達がいた。
「あー! あった、あったよー!」
「ちょっ、声大きいよ。自重」
「だってー、ずっと探してたんだもん」
五月蝿いと思ったが、どうやら探していた本を見つけたらしい。
ならばその喜びは分かる。
「良かったー! ネット通販でも売り切れだったんだもん。でもこんな近くの本屋にあるなんてラッキー!」
分かるがここは本屋なのだ、もう少し静かにするかもしくは目的の本を購入したら早々に立ち去るがよい。
「――ギアスのBLマンガの中では最高だって評判なんだもんね」
「ぬ?」
私の呟きに周囲の人々が一瞬、私を見る。私は何でも無いふりをして雑誌を手に取った。
――思わず『ギアス』という単語に反応してしまった。
だがきっとコードギアスの事だ。
二人が立ち去った後、私はそこの台に行ってみた。すると確かにそこにはコードギアスのマンガがあった。
テレビアニメなのにマンガもあるのか。
興味のままに手に取って、他の何冊かの本と一緒に購入した。
 そうして家に帰り、私はさっそく読み始める。
何だかテレビで放送しているのは違うな。そう思いながらも私は読み進める。
やがて、え? この展開はちょっと……と思い始め、そしてとうとうあるページに来た途端、私は驚きのあまりものすごい勢いで本を閉じてしまった。
それから何となくカーテンを閉めて再びそっと本を開く。
ドキドキしながら開いたページ。
そこにはどういう訳かコードギアスの主人公ルルーシュとそのライバルであるスザクが18歳未満には見せられないようなあられもない姿で「仲睦まじく」している様子が描かれていた。
――どういう事なのだ、これは。
私の知っているコードギアスはこんな話では無かった筈だ。
そもそもこの二人は男性同士では無いか。それとも違うのか? コードギアスはこの先こんな展開になるのか?
 混乱した私は何だか気恥ずかしくなりながらもインターネットで調べてみた。
するとこの本はどうやら「BL本」と呼ばれる、既存のアニメやマンガに登場するキャラクターの主に男性同士の恋愛を描いたジャンルの本だという事が分かった。
BLとはボーイズラブの略称で、そう言えばあの高校生達もそんな事を言っていた気がする。
この事が分かった時に私の頭に最初に浮かんだのは自分がこんな本を堂々とレジに持って行って買ってしまったという事だった。
は、恥ずかし過ぎる……。
そういえば、私からお金を受け取る店員の態度が変だった気がする。
ああ、もしかしたらこの本を買ったところを誰か知り合いに見られていないだろうか?
それにしても、こんな、私の知らない世界があの小さな本屋にあっただなんて。
嗚呼……。
 何だか軽く落ち込んだ私はその時ふと「BL」があるのなら「GL」、ガールズラブもあるのだろうか等という事を考えた。
それは私なりの逃避行動だったのだろうか?
だが、逃避のための疑問のままにそれも調べてみる事にした。
すると、こちらはどうやら「GL」では無く「百合」と呼ぶのが普通らしい。
そのまま「百合」で検索をしてみると、花よりも先にこちらの意味が出てくるあたり、世間では常識なのかもしれない。
「百合か……」
私は独り呟く。
そういえば、ツンは花だったら百合かもしれないな。私はふとそんな事を思った。
どこか高貴な感じがあり、凛としていながらも優しさと柔らかさを含んだその雰囲気。
「百合」その花言葉は「純潔・無垢」。
そして、Googleによると「百合 = 18.03900 リットル」であるらしい。
私は最初、この意味がまったく理解出来ず、「人生、宇宙、すべての答え = 42」みたいな物なのかとしばらく考えていた。
そして、その意味に気付いた時、私は思わず苦笑してしまった。まったく、先入観とは恐ろしい。

(^ω^)
 喜びは呼び鈴の音と共にやってきた。

『――ね。今日、クーの家に泊まりに行っていい?』
ある日の学校からの帰り道。ツンが私にそんな事を聞いてきた。
あまりに突然の事で私はツンに聞き返した。
『今日? 泊まりに来るって?』
『うん』
軽く混乱していた私はもう一度聞く。
『誰が?』
『誰って、わたしだよ?』
『ツンが?』
『うん』
何だかそんな会話が続き、私は最終的に確認した。
『つまり――ツンが、私の家に泊まりに来る、と?』
『うん、ダメかな?』
その時、驚きと喜びで私はどんな顔をしていただろう?
そして私は当然のように了承し、それからふと部屋が散らかっている事を思い出しツンに提案した。
『ちょっと掃除をしたいから私が帰ってから30分後に来てもらえないだろうか?』
私の提案にツンが言う。
『うん。どっちにしろわたしも一回家に帰って準備してから行くからそれぐらいになる』
『そうか、それなら丁度いい』
私はほっとしてそう答えた。するとツンが私に聞く。
『あ、でも掃除手伝おうか?』
ツンの提案に私は言う。
『それじゃあ、意味が無い……』
せっかくツンが泊まりに来てくれるのだ、綺麗な部屋で迎えたいでは無いか。
というか、今の散らかった部屋を見られたく無いのだよ。
そうして私は一足先に家に帰りツンを受け入れる準備をした。

「お邪魔しまーす」
そんな声と共に小さな鞄を抱えたツンが我が家にあがった。
「ごめんね、突然。ほんとに大丈夫だった?」
ふと心配そうにツンが聞いて来る。
私は自信を持って答えた。
「勿論だとも」
元々さしたる都合も無かったが、例え何かあったとしても全てを投げ打って君を迎え入れていたであろう。
「よかった。――じゃあ、はいこれ。宿泊料金」
と、ツンはにっこり笑いケーキの箱を私に渡した。

(^ω^)
 ケーキの箱を受け取り、私はツンに聞く。
「どうする? 今食べるか? それとも食後のデザートにしようか?」
そうだねー、とツンが考え聞いてきた。
「夕飯はどうする?」
「――しまった」
ツンの質問に私は絶句した。
またもその事を考えていなかった。しかも今回は夕飯を食べると分かっていたのに――。
私は自己嫌悪に陥った。
だが、何も無い訳じゃあ無い。
ホールトマトの缶詰なら用意してある。
ツンに誉められたあの日以来、またツンが食べたいと言った時の為にそれだけは常に用意されているのだ。
「ねぇ、じゃあピザ取らない?」
私の絶句で夕飯を用意していない事を悟ったツンが提案してきた。
「でも、高くないか?」
私はツンにそう言った。ピザは私の中では高額料理の部類に入る。うっかりLサイズなど頼んだ日には何枚ものお札が消えて行く。
だが、ツンはにっこり微笑んで答える。
「大丈夫、半額券があるの」
「半額? それは凄い」
驚く私にツンが自慢するように言う。
「でしょ? 内藤がバイトしてるから貰ったんだ」
鞄から割引券が留められたメニューをひっぱり出し、ツンはひらひらとそれを振る。
そして、ふと思い出したようにツンが口を開く。
「そうそう、それで内藤ったらバイトでね――」
また内藤の話が始まり、私の胸に寂しさに似た感情が湧き上がる。
この前、内藤に対して嫉妬心を持つ必要は無くなったのだが、どうも心とはそんな事で割り切れるほど簡単では無いらしい。
「――その前に」
私は自分でも意地悪だと思いながらもツンの話を切って言った。
「とりあえず。この時間だと混みそうだから注文してしまおう」
「それもそうね。クーはどれが食べたい?」
そう言いながらツンが私にメニューを見せてくれた。
そこには多種多様なピザが掲載されていたが、私は答えた。
「ツンがお気に入りの奴を私も食べてみたいな」
すると、ツンは「わかった」と返事をし、それから「これ美味しかったなぁ。あ、これも結構好きだな」と一心不乱にメニューに向かった。
やがて「じゃあ、これでいい?」とツンが私に確認をし、私が肯定するとツンはピザ屋に注文の電話をした。
ツンが注文するのを横で聞きながら、私は配達員が内藤では無いといいなと思っていた。

(^ω^)
 予想通り混んでいたようでピザが届けられたのはちょうど夕飯にはいい時間だった。
配達員は内藤では無く、私はそんな小さな幸福を喜んでいた。
せっかくのツンと二人の時間、他の誰にも邪魔されたく無かった。
「何か映画でも観ながら食べない?」
ピザの箱を開け、ツンがそんな事を言った。
ここで前回のテレビドラマの様にひかれてしまう訳にはいかない。私は少し考え答えた。
「少し前にテレビで録ったナウシカならあるが」
「あ! それにしよ! わたしナウシカ大好き」
私の答えは正解だったらしく、ツンは喜んでくれた。
そうして、ピザと飲み物をセットし、私達はナウシカを観始めた。
 久石譲の音楽に乗せて、映画が始まる。
そうして、物語の本当のスタート地点とも言える、主人公のナウシカが恩師であるユパ様に会うシーンでツンが呟いた。
「ユパ様、テトが蟲にさらわれたのを見て人の子と間違えたって、間違えすぎよねぇ? あんな肩に乗るような小動物を人間とは間違えないわよ……」
ツンの呟きに私は答える。
「その発想は無かったな」
「え?」
「いや、私もテレビでやる度に何度目だナウシカ? 等と思いつつも毎回観てしまい、今回もこうして録画してしまったぐらいだが、そんな事は考えた事もなかった」
そうして、感心していた。
「でも、言われてみれば確かに」
「でしょー!?」
ツンが私に体ごと振り向き同意を求めた。
「もしかしてテトの鳴き声が人の声に似てたんじゃないか?」
私は一応、反論を試みてみた。
「似てる?」
そう言ってツンは画面を見る。
そして、画面でキーキーと鳴くテトの声を聞いて私は答えた。
「……似てないな」
「うん。それにそもそもテト、気を失ってたってユパ様言ってたよ」
「ふむ……」
私は考え、そして言った。
「ではきっとユパ様はもともと人では無くキツネリスだと知った上で助けたんだろう」
「じゃあ、何であんな嘘ついたんだろう?」
ツンはそう言い、それから「照れ隠しかな?」と聞いてきた。
「いや、そうは見えない」
私は答え、それから続けて言った。
「もしかして――自己欺瞞。じゃないかな?」
「ジコギマン?」
ツンは聞いた事が無いらしく、首を傾げ質問してくる。
そうして、私はツンに自己欺瞞の説明をした。

(^ω^)
「――つまり、自分で自分の心を欺いていて、自分が嘘をついていると気付いていないんだ」
ふーん、とツンは理解し、それから改めて聞いて来る。
「それってどんな時になるのかな?」
私は考え、自分の意見をツンに伝える。
「そうだな、一つは誰かの為に自分にとってやりたく無い事をやる場合。これは美談だな」
ふむふむ、とツンは頷く。
「だが、大体はもう一つ方だ」
私は説明を続けた。
「自分の為にそれを認めたく無い場合。――それを認めてしまうと自分にとってよくない状況になるとかそう言った場合だな」
なるほど、とツンは大きく頷き、聞いてきた。
「じゃあこの場合は?」
「難しいな。でも後者じゃないかな?」
私が答えるとツンは言う。
「そうかー。でも、何でユパ様が?」
「そりゃあ――」
私は私は答える。
「腐海一の剣士ユパ・ミラルダともあろうお方がキツネリス萌えだなんて言えないんじゃないか?」
すると、そんな私の答えにツンはテトを肩に乗せてくるくる回るユパ様を想像し、お腹を抱えて笑い出した。
私もその姿を想像し、笑っていたのだが、その時ふとツンに言われた。
「――そういえば、クーってあんまり笑わないよね」
そして私をまじまじと見て言う。
「こう、うっすらとは笑うんだけど、クールって言うか」
ツンにまじまじと見つめられ、ひゃ〜、と思っていたが、その言葉に私は諦めて白状する。
「……どうも、苦手なんだ。笑うの」
するとツンが言った。
「でも、そういう笑い方も素敵よ。それに、かっこよくてクーには似合ってると思う」
誉められたのだろうか?
私は少し嬉しかったが、それでもずっと思っていた事を正直に話してみた。
「でも、自分の笑顔が作り物みたいに思えて、それで……、ツンみたいに笑えたらいいなと思っていたんだ」
するとツンが急に張り切り出して私に言った。
「よし! じゃあ今から練習しよう!」
「え……?」
私は手にピザを持ったまま固まってしまった。
「ほら!」
笑う、練習?
「で、でもほら!」私はテレビを指差して言った。「ユパ様も風の谷に戻って来たし、風車も直ったぞ。ほら、続きを観ようじゃないか」
何だかそんなの想像しただけで気恥ずかしい。
ここは誤魔化して諦めてもらおう。
「あ、うん。……じゃあ、また今度ね?」
ツンは、諦めていないみたいだった。

(^ω^)
「いいよね〜、ナウシカ。わたし、ジブリ作品の中で一番好きだな」
映画が終わり、ツンはそう言ってクッションを抱えた。
でもね、とツンは付け足す。
「内藤は天空の城ラピュタがどう考えても一番だろ、常考。とか言うのよ」
「常考、とは何だ?」
私の問いにツンが答える。
「常識的に考えて、の略らしいわよ? あいつ、しょっちゅう変な言葉を仕入れてきては使うのよね」
そうか、そんな言葉があるのか。
「ふむ、私は一番はカリオストロの城だな。常考」
早速使ってみる。
「いやいや、やっぱりナウシカよ。常考」
ツンも真似して使う。
私は言い返す。
「カリオストロだ。常考」
「うーん、確かにカリオストロの城も良いわよね。常考」
「そうだ。常考」
「そうね。常考――。ふふっ」
そうして私達は微笑みながら見詰め合っていた。
しかし、そんな中ツンがふと口にする。
「そうそう、カリオストロの城って言えば内藤ったら――」
そう言って再び内藤の話を始めるツン。
その姿を見ていて気が付いた。
――もしかしてツンは内藤が好きなのだろうか?
私は疑問のままにツンに問う。
「ツン?」
「何?」
「ツンは――、もしかして内藤が好きなのか?」
「えっ!? なっ、どうして!?」
一気に顔を赤くして慌て始めるツン。
その表情はもう答えを言っているも同然だった。
私は何だか悪い事をしたような気になり、呟くようにツンに言った。
「いや、何となくだったんだが、その……、今のツンを見てたら確信してしまった」
ツンは赤い顔のまま私から目を逸らし、私と同く呟くように答えた。
「うん、実はそうなの……」

(^ω^)
「ずっと一緒にいても意識して無かったんだけど、高校を卒業する頃から自分の本当の気持ちに気付いちゃって」
ツンは抱えたクッションをひっぱったりつぶしたりしながらそう言った。
だが、本当なのだろうか? それだったら私には疑問があった。
「では何故、内藤に対してあんな態度をとるのだ?」
内藤が好きならば、何故彼にあんな風に冷たく振舞うのだろうか? 私には分からなかった。
あれでは内藤に想いが伝わる訳が無い。いや、それどころか逆に嫌われてしまうのでは無いか。
ツンは何故想いを伝えないのか。
私は自分の持論をそのままツンに言う。
「誰かを好きになったのならば、その想いは素直に伝えるべきだ」
私の言葉にツンはしばらく黙っていた後、ぽつりと呟くように言った。
「……無理だよ」
「何故?」
私がそう問うと、ツンはすがるような目で私を見つめ、答えた。
「だって、恐いんだもん」
「恐い? 何が恐いというのだ?」
私の再度の問いに、今度はツンは私から目を逸らし、言った。
「クーには分かんないよ……」
そうして抱えたクッションに顔をうずめ拗ねたように頬を膨らませるツン。
私はそれ以上何も言う事が出来ず、二人の間を沈黙が流れた。
「――ねぇ、クー?」
ふいにツンが私を見上げた。
その潤んだ瞳に私はドキッとし、震える声で聞いた。
「何だ?」
ツンはじっと私を見つめ、そして言った。
「内藤との事――、応援してくれる?」
その言葉を聞いた途端、胸が締め付けられた。
――こうなる事は分かっていた。
ツンが内藤が好きだと言った瞬間に、私はいずれツンにその事で頼られるだろうと覚悟していた。
だから、私はこう答えなければいけない事も知っていた。
「ああ――、するとも」
私の答えにツンは喜び、表情を明るくする。
そして、おずおずと切り出した。
「ほんとはね。今日、ずっとその相談をしたかったの」
「そうか」
それでツンは突然泊まりに来たのか。
なら、それはそれで内藤に感謝するべきなのだろうか?
私はそんな事を考えていた。
「でも良かった。クーに反対されたらどうしようかと思った」
ツンがそんな事を言った。
その言葉で私は考える。
私が反対していたら、君はどうしたんだ?
だが、そんな事をツンに言える訳がない。
「大丈夫だ。ちゃんと応援するよ」
私は何とかそう言う事が出来た。

(^ω^)
「大丈夫か? これで眠れるか? 枕が合わないようだったら、クッションもあるぞ」
それから、ケーキを食べ、また他愛の無い話をして夜は更けていった。
明日は学校もあるし、そろそろ寝ようかという事になった。
「うん、大丈夫。これでぐっすり眠れるよ」
私の言葉にすぐ隣でツンが返事をする。
私は広いベッドが好きでセミダブルを使っていたので一つのベッドでツンと一緒に寝ることになった。
やましい気持ちは何も無い筈なのに、どうもツンとくっつくのが照れくさくて私は出来るだけ隅っこの壁側に自分の枕をよせた。
「いいよ、そんな隅っこいかなくても大丈夫だよ」
ツンが私の枕の位置を見てそう言う。
「い、いや。私は壁に寄りかかって寝るのが好きなんだ」
慌てて誤魔化し、更に誤魔化すためにツンに言う。
「ほら、暑いからってタオルケットをちゃんとかけないとだめだぞ」
そうしてツンにタオルケットを掛け直す。
「クーはわたしのお姉さんみたいだね」
ツンが横になったまま私を見上げてそう言った。
「そうか?」
私がそう言うとツンは続けて言う。
「背も高くてかっこいいし、いいなー」
「女子で背が高い事でいい事なんてほとんどないぞ」
私はツンにそう答え、それからふと思い出した。
「あ、でも……」
それから横になったツンを見つめ、私は言う。
「ツンに見上げられるのは好きだな」
「えー、何か馬鹿にされてるー?」
ツンが頬を膨らませ、むくりと上体を起こした。
そんなツンを見つめ、私は言った。
「いや、見上げるツンがかわいくてな」
ぼっと音がしそうな程に頬を赤くするツン。
「なっ……、そんな……何を」
しどろもどろしたあげくにツンは俯き、そして目だけで私を見上げて言う。
「あ、ありがと……」
その表情を見た途端、私を襲ってくる高揚感にも似た喜び。
思わず、二人で見詰め合ったまま動けなかった。
「――お」
程無くして、ツンが私に言った。
「お休み、お姉ちゃんっ!」
そうして、再びばふんと横になり、タオルケットを口元まで上げ、「んふふ」と目だけで私に微笑みかける。
「ああ、お休み」
私の言葉にツンはその目を閉じ、そして私は目を閉じたツンの髪をそっと撫でる。
――眩暈がしそうな程の幸福感。
だが、ふとツンは内藤が好きなんだという事を思い出し、私の心に寂しさが溢れる。
そして思った。姉としてでもいい、君のそばにずっといられるのであればどんなに幸福なことか、と。

(^ω^)
「七夕だねぇ」
七月七日の夜、ツンが呟いた。
「でもあいにくの雨だな」
私は空を見上げ、返事をする。
「これじゃあ、二人は逢えないかなぁ?」
すごく残念そうな声を出すツンに私は言った。
「大丈夫だ。宇宙には天気なんて関係ない」
そうして、私の無理やりな展開に納得してくれたツンが再び元気な声で言う。
「そうか。じゃあ、今頃デート中かな? 織姫と星彦さん」
「ツン。それは彦星だ」
「…………」
私の訂正に沈黙が流れた。
そしてしばらくの沈黙の後、ツンが言った。
「知ってたわよ?」
私はツンを見つめ、微笑むと「そうか」と返事をした。
「本当よ? 本当に知ってたんだからね? そんな普通っぽい名前の訳無いじゃない」
ツンは顔を赤くしたまま、尚も言う。
「うん、分かってるよ。間違えただけだ」
私がそう言うとツンは頷いた。
そしてしばらくの沈黙の後にツンが言った。
「ほんとよ? でも――、星彦って言う地方もきっとあると思うの」
私は笑ってしまいそうになったが、そう言って私を見上げるツンがあまりにも可愛くて、私は見えもしない星空を仰いだ。
「織姫と彦星か」
空を見ながら私は呟く。
「二人は本当に男と女なのかな?」
私は考えていた。一年にたったの一度しか逢う事が出来無い、そんな男女の仲なんて続くのだろうか?
愛があればそんな事は可能だ。そう言うかも知れない。だが、一年に一度しか会えないのであれば、その愛さえ積み重ねる事が出来無いのではないか。
そう、愛しているが故にそれは不可能なように思えた。
だって、それではただの片思いと同じなのでは無いか。
だが、あるいは友達であれば――。
私はツンに一年に一度しか逢えないとしても、いや例えこの先、ツンと逢う事が出来なくなったとしても、わたしは決してツンを忘れたりはしない。
そうだ、もしかして二人は女同士だったのでは無いだろうか?
――そう思った時、ツンがふいに言った。
「何? もしかして男同士だとか?」
「え?」
いや、何故そっちなんだ?
私の反応にツンが言う。
「いや、クーが男同士だったらいいなと思ってるんじゃないかと思って」
「……何故、私がそんな事を思っていると?」
分からない。何故だ?
いぶかる私にツンはそっと言った。
「だって……、実はこないだ私、見ちゃったんだよね。クーの家で」
そして、私を見上げその無垢な瞳で私を見つめ、言った。
「クー。ああいうの好きだったんだね」
ああっ――!
私には思い当たる事があった。
ツンはきっとコードギアスのBL本の事を言っているんだ。
そういえば、ツンが泊まりに来た時もうっかり本棚に入れたままになっていた。最悪だ……。掃除よりも料理よりも何よりも先にあんな物はちゃんと隠しておくんだった。
あまりに唐突な事で私には口をぱくぱくさせる事しか出来無い。
「でも、流行ってるんでしょ?」
ツンがそう聞いて来る。
流行っている? あれが? 本当に?
ツンの言葉に驚いたが、今はそれどころでは無かった。
私は大慌てで否定する。
「ちっ、違う! あれは間違えて買ってしまったんだ! 私にあんな趣味は無い!」
「えー、本当に?」
ツンが笑いながら聞いて来る。
そのツンの聞き方に不自然な程真剣に私は答えた。
「本当だとも!」
そしてツンを見つめ、私は言った。
「――ツンにだけは、嘘をつかないよ」
私のあまりの真剣さに、ツンは一瞬きょとんとしていたがやがて、にっこりと微笑んで言った。
「分かった。信じるよ」
その言葉を聞いて私はほっと胸をなでおろす。良かった、誤解は解けた。
だが、その時、私の心にふと疑問が浮かぶ。
――だけど、今の私の言葉は本当だろうか?
私は本当にツンにだけは嘘をつかないだろうか?
いや、むしろ私はツンに嫌われるような事であれば、何であれ彼女に気付かれないように隠してしまうのではないだろうか?

(^ω^)
「クー! 特訓の時間よ!」
突然、そんな事を言いながらツンが学食に入ってきた。
「ツン? どうしたんだ?」
「さぁ! 特訓開始!」
「と、特訓って、何の?」
戸惑う私にツンは満面の笑みで答える。
「笑う練習よ!」
――まさか、あんな事をツンが憶えていようとは。
「こ、ここでか?」
私は怯み、聞き返す。
ツンの大きな声に何事かと多数の人間がこっちを向いていた。
「そうよ?」
それでも、ツンは何か問題があるのか? と言わんばかりに首を傾げる。
だが、さすがの私もこんな人目のある場所で笑顔の練習というのは無理だ。
「と、といあえずここでは食事をする人々の邪魔になる。だから、移動しないか?」
私は何とかそう提案し、場所を移動する事にした。

「じゃあ、まずはちょっと笑ってみて?」
移動した先、校舎の片隅で私はツンに言われ、ぎこちなく笑顔を作る。
「ずいぶんと硬いわねぇ」
多分、私は「ふひひ」とでも言いそうな顔をしていたと思う。
そんな私の不自然な笑顔を見てツンが言う。
「もっと、口角上げてみて? ……いや、そこまで上げなくていいよ。後は目をもう少し開いて。……ま、まぁそんな感じで」
そうやって、しばらくツンの指示が続いた。
――が、やがて彼女は溜息をついてしまった。
何だかツンに悪い事をしているような気がして、私は謝罪する。
「すまない。……たぶん、私には笑う才能が無いんだ」
「う〜ん」
ツンはあごに手をやり、考え込む。
そして、ぱっと顔を輝かせると、ツンは言った。
「そうだ! ねぇ、クー。何か楽しい事考えて!」
――楽しい事?
言われて私は考える。……私にとって楽しい事って何だろう?
私は質問をしたツンを見返す。
するとツンは私の目の前で私の表情が変わるのをにこにこと待っていた。
まるで子供のように期待に目を輝かせにこにこと笑うツン。
その姿は愛らしく、私は自然と頬が緩むのを感じた。
「うん!」
その時、ツンが言った。
「何だ、全然素敵な笑顔出来るじゃない! やっぱりちょっとクールな感じの微笑みだけどいいよ!」
そう言われて、私は驚いた。そうか、私は笑えているのか。
自分が笑えているという事実と、それ以上に、その事でツンが喜んでくれているという事実で私は嬉しくてしょうがなかった。
だがすぐに私の笑顔は曇り始めた。
ツンの顔を見てまたあの感情が沸き起こり、そして私の中に再び疑問が浮かぶ。
私のこの気持ちは何なのだろうか?
心のどこかにそれがひっかかり、私の喜びを打ち消していく。
「あらら、どうしちゃったの?」
消えゆく私の笑顔に気付き、ツンが問う。
「今は――、うまく笑えない気がするんだ」
答える私にツンが言う。
「どうして? そんな事無いと思うけど。今の笑顔だって良かったのに」
私はツンから目を逸らし、答える。
「何と言うか、きっと自分に自信が無いんだな。今の私は」
ツンに対する訳の分からない気持ち、そして何だか心の奥で今の自分はどこか自分らしく無い気がしていた。
「私は――自分の気持ちが何なのか分からないんだ」

(^ω^)
「何、何? わたし、相談に乗っちゃうよ?」
何だかツンが張り切っている。
「さ、わたしに言ってごらんなさい!」
そう言って、身を乗り出すツン。だがツンにこんな事を言う訳にはいかない。
「その……、うまく言葉に出来無い」
私がそう言うと、ツンは「ふうーむ」と考えた後に何だか嬉しそうに言った。
「それはきっと恋の悩みだね!」
上がりゆくツンのテンションとは逆に私のテンションはどんどん落ちて行く。
「違うと思うんだが……」
そう。これは恋の悩みでは無い。
これは一体何の悩みなんだろうか?
友情? いや、ツンは友人としては申し分無い位置にいてくれている。
では一体?
――やっぱり、分からない。
それでも、私は何か言わなければと思い、口を開いた。
「何というか……は」
「は?」
「はっくしょんっ!」
開いた口から出たのはくしゃみだった。
驚くツンを前に再びくしゃみが出る。
「はっくしょんっ!」
急に寒気がし、気が付けばどうも頭痛もする。風邪だろうか?
「すまない、ちょっと今日はもう帰っていいかな?」
話の途中だったが、止む終えずここで帰宅する事にした。
「うん。でも風邪? 大丈夫?」
突然の事に心配したツンが聞いて来る。
「大丈夫だ。夏風邪は馬鹿がひくって言うじゃないか。私は成績は悪く無いから大丈夫だよ」
ははは、と私なりの冗談を言ってみたが、ツンはまだ心配そうに聞いてきた。
「送って行こうか?」
そんな事をして風邪がツンに染ったら大変だ。私は慌てて拒否する。
「い、いや大丈夫だ! 一人で帰れる。万が一君が風邪をひいたりしたら大変じゃないか!」
私の言葉にツンは「えー」と頬を膨らませる。
「わたしは夏風邪ひく馬鹿だってことー?」
「いっ、いやっ、ちがっ、その。あの……」
私は泣きそうになりながら否定する。
するとツンはにっこり笑って言った。
「冗談よ。分かってるって。じゃあ気を付けて帰ってね」
私はほっと胸をなでおろし答えた。
「ああ、じゃあまた明日」
「うん」とツンは手を振り、それから思い出したように言う。
「何かあったらすぐに連絡してね」
「ありがとう」
私は礼を言うと、ツンに手を振り、家を目指した。

(^ω^)
 電話の向こうでツンが聞いて来る。
「もしもし? クーが学校休むなんて珍しい。どうしたの? やっぱり風邪? 大丈夫?」
私は答える。
「ああ、何でも無いよ」
「ほんとに?」
ツンは再び聞いて来る。そして私は再び答える。
「ああ、……はっくしょん! 明日には……はっくしょん、学校……ごほごほ、行く……はっくしょん! から」
電話の向こうでしばらく沈黙があった。
「……クー」
「なんだ?」
ツンがもう一度聞いてきた。
「風邪でしょう?」
私はそれに平然と答える。
「いや、っくしょん! 違うよ……っくしょん!」
再び沈黙が積もり、それからツンの呆れたような声が返って来た。
「……もう。嘘ついたってバレバレよ」
そうか、バレてしまったか。
私は素直に謝る。
「すまない。実はそうなんだ」
ツンは今度は心配そうな声で聞いてくる。
「ちゃんと食べてる?」
私はベッドの中からキッチンの方をちらりと見て答えた。
「それが……、ごほごほ」
今、家の中にはホールトマトの缶詰しか無かった
ツンは更に呆れた声で私に言う。
「まったく。クーって買い置きする習慣は無いの?」
何だか怒られた気分になり、私は弱々しく言い返した。
「うう……。毎日食べたい物をこまめに買うタイプなんだ、私は」
するとツンが言った。
「まぁ、いいや。分かった。すぐ行くから待ってて」
そうして、電話はそこで切れた。

(^ω^)
 三十分後、ツンが山のような買い物と共にお見舞いに来てくれた。
「夏風邪なんかひいて、クーって馬鹿だったのね」
笑いながらそう言うとツンは私をベッドに寝かせたままベッド脇で買って来た物の説明を始めた。
「これ、レンジでチンするだけで食べられるから」
袋から取り出したレトルトのお粥を私に見せ、それから聞いてきた。
「今は? お腹減ってる?」
「いや、今は食べたくない」
私がそう答えるとツンは「じゃあ後で食べてね」とそれらをキッチンに並べた。
それからカロリーメイトやサンドイッチなんかを私に見せては仕舞い、その場所を伝えてくれた。
「これ、ポカリスエット。喉が渇いたら飲んで、水だけじゃあダメよ?」
最後にそう言ってスーパーの袋が空になり、次にツンはドラッグストアの袋を開けた。
「はい、薬。ほら、これと一緒に飲んで」
そう言って、風邪薬と栄養ドリンクを私に渡すツン。
私がそれを飲むとツンは「ここに置いておくから、後でお粥食べたらまた飲むのよ?」と薬のビンを棚に置いた。
「――それからこれ」
ツンが振り向きざまに私の額にぴたんと何かを押し付けた。
「熱さまシート。気持ちいいでしょ?」
確かに、とても気持ちが良かった。
そこから体を重くしている全ての熱が抜けていく感じがした。
私が気持ちよさにうっとりしているとツンが空になった袋を片付けながら言った。
「まったく私には布団かけて寝ろとか言っておいて自分はお腹でも出して寝てたんでしょ!」
「おっ、お腹なんか出してないっ……」
私は慌てて言い返す。
私の答えを聞いて笑いながら振り返るとふとツンが気付き、言った。
「あれ? クー、すごい汗かいてるじゃない」
私は答える。
「クーラーは良くないかと思って点けなかったんだ」
「そうね。正解」
ツンはそう言うと、部屋をぐるりと見回して聞いてきた。
「タオル、どこにあるの?」
私は棚の上から二段目を指す。
するとツンはタオルを一枚取り出し、キッチンへ持って行った。
そしてすぐに戻って来て私に言う。
「はい、じゃあ脱いで」
「――え?」
ツンの言葉に、私は固まった。

(^ω^)
「ほら、早く」
とツンは私を促す。
「ななな、何で?」
焦る私にツンが言う。
「ほら、お風呂入る訳にはいかないからこれで体拭きなよ。汗かいて気持ち悪いでしょ?」
そうして私にお湯でしぼったタオルを見せた。
――あ、ああ。そういう事か。
「脱ぐの、手伝ってあげようか?」
いたずらっぽくそう言うツンに私は慌てて言い返す。
「だだだ、大丈夫だ。子供じゃないんだから」
ツンはくすりと笑ってタオルを私に渡すと部屋から出て行った。
「脱いだらこっちに頂戴。洗っちゃうから。着替え、あるでしょ?」
ツンが部屋の扉の向こうから私にそう言った。
それから扉を少しだけ開けて「背中とか手が届かないところ拭いてあげようか?」と聞いて来る。
私はまたも大慌てで言い返す。
「い、いやいやいや! いいよ! 大丈夫だ!」
そうして私は体を拭いて着替え、そのタオルと着ていたものをツンに渡した。
「ありがとう。おかげでさっぱりしたよ」
私がそう言うとツンはニッコリと笑った。
「じゃあ、これ洗濯しちゃうね。寝てていいよ。終わったら畳んでこの辺に置いて帰るから」
――そうか、洗濯が終わったらツンは帰っちゃうのか。
風邪のせいだろうか? その時、私は急に気弱になり、ツンに言った。
「あの……、ツン?」
だがツンは私の言葉を聞く前に言う。
「ダメよ! 今日はわたしがお姉さんだからねっ! 言うこと聞いておとなしく寝てなさい!」
「いや、違うんだ――、その……」
私はおずおずとツンに切り出した。
「眠るまで、――傍にいてくれないか?」
するとツンは一瞬驚いた後に、にっこりと微笑み言った。
「なんだ、そんな事か――。わたしはまた、クーが自分で洗濯するとか言い出すのかと思った」
そして、ベッドの横に来ると言ってくれた。
「いいわよ。さ、ぐっすり眠りなさい」
「――我侭を言ってすまない」
嬉しさと照れくささで謝る私にツンが言った。
「いいよ。我侭言われるの、嬉しいよ」
「えっ? どうして?」
私は驚き、ツンに聞く。
するとツンは私にタオルケットを掛けなおしながら教えてくれた。
「だって、我侭を言うって事はその人に甘えたいって事でしょ?」
「そ、そうなのかな?」
そうだよ、とツンは続ける。「それに甘えるって事は頼るって事なんだよ? だからさ、クーに頼られたのが嬉しいんだ」
そして少し寂しそうな表情で私を見て言った。
「だって、クーは何時でも何でも自分で完結しちゃうんだもん。わたしだってたまにはクーの為に何かしたいよ」
それから、再び笑顔になり、ツンは私を見つめ言う。
「だから、我侭言われるのは嬉しいの」
そしてツンは私の手を握ってくれた。
「――我侭を聞いてくれて、ありがとう」
私はツンにお礼を言い、それからしばらくして、暖かい安心感の中で眠りに落ちた。

(^ω^)
 柔らかい日差しで目が覚めた。
安心した私は結局あのまま朝まで寝てしまったらしい。
体はすっかり良くなっているようだった。
上体を起こし、部屋を確認する。
ツンは私が眠っている帰ったのだろう。
ふと額の熱冷ましのシートがぬるくなっているのに気付き、剥がす。
するとそこには「肉」と書いてあった。
きっとツンが私が眠っている間に書いたのだろう。
何たる不覚。
しかし、私は頬が緩むのを感じていた。
「ん……」
その時、私と壁の間から声が漏れ、何かが動き、私は驚いてびくっと身を引いた。
そしてそちらを見ると、そこにはツンが丸まって眠っていた。
「ツ、ツン!?」
私が驚きの声を出すとツンは「んー?」と言いながら寝返りを打って仰向けになったが、そのまま再び眠ってしまった。
カーテンの隙間からは朝日が漏れ、部屋の中にはツンの規則正しい寝息だけが聞こえていた。
私は眠るツンの顔を見ていた。
枕に広がる綺麗な髪、透き通るように白い肌、閉じられた目を縁取る長い睫、小さく形のいい鼻、そして柔らかそうな唇。
気が付くと私はひたすらにその唇をじっと見つめていた。
「う……ん……」
ツンの唇から吐息が漏れる。
そしてそれをきっかけにはっと我に返り、私は愕然とした。
――私は一体何をしているのだ。
私は――、ツンの唇に引き寄せられるように、ツンに――キスをしようとしていた。
「あれ? クー、起きたの?」
その時、ツンが目を覚ました。横になったまま眠そうに目をこすり、私を見る。
「あ、ああ」
私はツンから目を逸らし、視線を下げて返事をする。
「どう? 熱は下がった?」
そう言って、ツンは私の額に手を伸ばす。
「うーん?」
額に手を触れ首を傾げると今度は上体を起こし、その顔を私に近付けて来た。
「ツン?」
何をするのかと顔を上げた私のすぐ目の前にツンの顔があった。
「ツ――!」
そして驚く私の額にツンは自分の額をつけた。
私から数センチの距離にツンの大きな瞳があった。
私はぴくりとも動く事が出来ずに体をこわばらせていた。
やがて、ツンは私から離れ、にっこり笑うと言った。
「もう熱も下がったみたいだね。これなら大丈夫!」
「――あ……、ああ。ツンの看病のおかげだ。ありがとう」
未だに体をこわばらせたまま私はやっとの思いで返事をする。
「どういたしまして」と、私を見つめ、笑うツン。
しかし直後に「あれ? でも――」とツンが私を見て言う。
「まだ顔赤いね。もうちょっと寝てた方がいいかな?」
そうして再び近付いて来るツン。
私は逃げるようにベッドから飛び起きた。
「い、いや! もう大丈夫だ!」
「そう? 良かった」
そう言ってツンは再び微笑む。
その微笑を見ながら、私の頭の中は――罪悪感で一杯だった。

(^ω^)
 やっぱり、私は異常なんだろうか?
いや、どう考えても私は正常とは言えない。
だって私は――眠っているツンにキスをしようとした。
何故あんな事を――。
罪悪感が消えなかった。
 いつか調べた百合の花言葉「純潔」そして「無垢」。
ツンを百合のようだと思いながら、私はそんなツンを汚そうとした。
 あの時――、守ろうと誓った心に変わりは無いのに、私自身がツンを汚そうとしていた。
そんな自分を私は許せなかった。
だが、私には自分を責める事しか出来無い。
自分の罪を贖うには私はどうしたらいいのだろう?
キリスト教徒ならこんな時、告解に行ったりするのだろうか?
だがそもそも何故、私はツンにあんな事をしようとしたのか――。
誰か答を教えて欲しい。

(^ω^)
「ねぇ、クーは犬と猫とどっちが好き?」
ある時、ツンが突然、そんな事を聞いてきた。
「どうしたんだ? 突然」
私がツンに聞き返すとツンが言った。
「ううん、ただ何となく。クーって猫と一緒にいるのも似合いそうだけど、大型犬連れて颯爽と散歩してるのも似合いそうだなぁと思って。で、本人はどっちが好きなのか確かめてみようと思ったの」
「そうか。ふむ、どっちだろうな」
私は真剣に考える。
「決められない?」
しばらく悩み続けているとツンがそう聞いてきた。
「どちらにもそれぞれにしかない魅力があるしなぁ」
私がそう答えるとツンがにこりと笑って「そうかー、それじゃあ」と言い、それから聞いてきた。
「わたしにする?」
「――どっどっど、どうしてそうなるんだ!?」
私は慌てふためき、ツンに聞き返す。
「いいじゃない。どう? わたしにしなよー」
そう言って、ツンはにゃーん、と私に擦り寄って来る。
「ちょっ、ちょっとすまない! 用事を思い出した!」
私はツンにそう言うと急いで立ち上がり、逃げるようにその場を去った。

(^ω^)
 私はどうしたんだろう?
逃げ帰って来た家で独り、パズルを進めながら私は考える。

 以前はツンに逢えないのが寂しかった。
だが、今はツンに逢うのがだんだんと辛くなってきている。
ツンと一緒にいるのがしんどい。
ツンの何気ない行動や言葉にいちいち心をかき乱される。
例えばさっきの、ツンの行動。
以前の私ならば、そんな事を言われたら即座に「そうだな。じゃあ、ツンにしよう」と答えていただろう。
だが、今の私はそんな事を言って返されるツンの返答を考えると、恐くて何も言えない。
「やっぱり、クーに飼われるのなんか嫌」
もし仮にそんな事を言われたら私はどうなってしまうのか?
勿論、ツンのその行動が冗談だという事は分かっている。
だが、そんな時にも私の考えは全て真剣で、私はその無垢な笑顔の前に自分の動揺を悟られない様に振舞うので精一杯だ。

 私の悩みとは無関係にパズルは進む。
だが、パズルがいくら組みあがろうとも私の答えは見えて来なかった。

(^ω^)
 ある日、調べたい事があって授業の後、教授の部屋の本を見せてもらっていた。
「それじゃあ、教授。ありがとうございました」
「ああ、もう暗いから気を付けて帰りなさい」
教授棟を出る頃には外はすっかり暗くなっていた。
 通りかかった学食の前では暗くなって反射するガラスを使って数人が音楽を鳴らしながらダンスの練習をしていた。
そのうち、一組の男女がロボットダンスを始めた。
ダンスはストーリーになっているようで、二体のロボットがお互いを愛するようになる物語だった。
だが、私には分からなかった。
二人のロボットダンスは非常に上手く、ダンスとして見ていれば素晴らしいものだった。
だが何故、愛の物語をロボットで行うのか。
ロボットは果たして誰かを愛するのだろうか?
誰かを愛するとすれば、それは何の為なのか?
ロボット同士が恋愛、いや結婚をしたところで遺伝子を残せる訳では無い。
その愛に意味はあるのだろうか?
そして、彼らの思考であるところのコンピューターは何故、その相手を愛するに至ったのだろうか?
自分が女性型のロボットだとして、その相手は男性型ロボットになるのだろうか?
コンピューターそのものに性別は無い。
果たして、コンピューターが愛する気持ちを得たとして、彼らはどちらの性別に恋をするのだろうか?

(^ω^)
 学校からの帰り道、比較的大きな公園を通り抜ける事になる。
すると、どこからか何か言い争っている声が聞こえた。
「――――!」
「――!」
「――――――!」
私はその声を聞いて心臓が止まりそうな程動揺した。
その声はきっと一生忘れないであろう彼女の声だった。
「やめてくださいっ!」
ツンがそう叫んでいた。
私はそのただ事では無い声に慌ててツンの居場所を探した。
だが、公園は広く、そして木が多く植えられているせいで彼女が何処にいるのかまったく分からない。
そうしている間にも言い争いは続いている。
焦る私は何時の間にか走っていて、それでもツンの居場所は見つけられなかった。
「やめてっ! 誰か――助けて!」
そのツンの叫び声に私は叫び返した。
「ツン! 何処だ! 何処にいるんだ!」
私の呼びかけにツンが返事を返す。
「クー!? こっち!」
ええい! こっち、では分からない。だが、ツンも動揺しているのだろう。
私は一度止まって、耳をすませツンの声が聞こえて来る方向を探った。
「クー!!」
そして、方向を突き止め、私は再び走り出す。

(^ω^)
 周囲をぐるりと木で囲まれた小さな広場にツンはいた。
そして、その広場への入り口、私とツンの間に一人の男がいた。
男は酔っているらしくろれつの回らない口調でツンに話かける。
「いいじゃらいか。ちょっとぐらい付き合ってくれらっれよぅ」
ツンは必死で男を睨みつけているものの恐怖で動けず、そのうち男はふらふらとツンに近寄り始めた。
「――やめないか、この不埒者が」
私は男の背後から声をかけた。
それに気付いたツンが私を見る。
「クー!」
私はツンを安心させるために微笑みかける。
「もう大丈夫だ」
私は距離をとりながら男を迂回し、ツンの前に立つ。
ツンが私の袖をぎゅっと握ってきた。
私はその手を上から握る。
「――さて」
私は男を見据えると出来る限り落ち着いた声で言った。
「これ以上、彼女に絡むのであれば私が相手になるぞ」
そう言うと男が呟いた。
「おー、おもしれーじゃねーか。相手になってもらおうか」
そうして男はふらふらと定まらない足取りのまま拳法のような構えを取る。
もしかしてこの男、酔拳の使い手なのか?
そんな不安がよぎったがここで退くわけにはいかない。
私は全身全霊で男を睨み言う。
「その覚悟はあるのか?」
そして後ろに立つツンを背中で感じ、私は男に言った。
「――私にはある」
そうして私は拳を構える。
男は何も言い返さず、相変わらずふらふらと構えたままこちらを睨んでいた。
そうして睨み合う事十数秒――。
男はふっと私から目を逸らした。
そして、「今日のところはこれくらいでかんべんしてやらー」と言うとふらふらと私達のもとから去って行った。

(^ω^)
 やがて、男が私達の視界から消えるとツンが私に言った。
「すごいっ! クー、気合で撃退しちゃった!」
そして私の前に回りこみ、まだ構えたままの私の手を取り両手で握り、ぶんぶんと上下に振る。
だが、次の瞬間、私はその場にへなへなと座り込んでしまった。
そして私は声を絞り出すように呟いた。
「こっ、恐かった……」
今更ながら膝がガクガクと震え出し、やがてその震えは全身へと広まった。
「あ、あのまま襲ってこられたら――、どうしようかと思った――」
震える声でそう言う私にツンがにこやかに言う。
「大丈夫だよ! クーならきっとあんな酔っ払いやっつけてたよ!」
「でっ、でも……。格闘技なんて、やった事無いし……」
私の言葉に驚くツン。
それはそうだろう。あれだけの啖呵を切った人間がその実まったくの素人だったなんて。
もう終わった事なのに未だに恐怖が去らず、そして気が付けば私は泣き出していた。
「あ、ほらクー。泣かないで。ね? もう終わったから大丈夫だよ」
ツンはそう言って私を慰め、私は頷きながら必死で涙を拭う。
そんな私を見てツンが鞄からハンカチを探し出し私に渡してくれる。
「すまない、ありがとう」
私はお礼を言ってツンからハンカチを受け取った。
するとツンがやさしい声で私に言った。
「ううん、それはこっちの台詞だよ。来てくれて、ありがとう」
私はぐすっと鼻をすすると、ツンを見上げて言った。
「――守ると約束したじゃないか」
するとツンは私にやわらかく微笑み、言ってくれた。
「うん。――クーならきっと約束守ってくれると思ったよ」
そんな言葉が嬉しくて、私はしゃくりあげながらもツンに言う。
「いつだって、ツンのためなら助けに来るよ」
だが、そんな事を言いながらも私はまだ恐怖が収まらずガタガタと震えていた。
「――クー、ほんとにありがとう」
そう言って、ツンは私に覆いかぶさり、私の震える体ぎゅっと抱きしめてくれた。
ツンの体温があたたかかった。
そして、嬉しかった。
自分がツンの役に立った事が。
そして抱きしめられている今の状況が。
しかしその時、私の心の中はと言えば、決して穏やかでは無かった
ツンに抱きしめられているという嬉しさの中、私はそれ以上に「望んでいること」があった。
私は――この少女を自分のものにしたい、そう思った。
この抱擁を受けられるのは自分だけでありたかった。
他の誰も、ツンのこんな近くに居ることが無いように望んだ。
その想いは私の中のどんな感情よりも強く、その望みを叶える為ならばどんな事でも出来るような気がした。
だが、そんな強い思いがありながらも私には分からなかった。
――私は何故こんな事を望んでいるのだろう?

(^ω^)
 ――私はどうしたいんだろう?
家で独り、パズルを進めながら私は考えていた。

 あの時、傍から見ればそれはツンが泣いている私を抱きしめ、そして私はツンに抱きしめられ動けなくなっているだけのように見えたかもしれない。
だがその時、私の心の中は黒い欲望が渦巻き、そして私は彼女に抱きしめられながら、それら自分の欲求に抗うので精一杯だった。
 あの時から自分の中のよく分からない感情が今まで以上に強くなり、私はそれを持て余し始めた。
――昔は、ただ彼女の傍にいられればそれで良かった。
でも今は、いつでも、そしていつまでも彼女と一緒にいたいと私は望んでいる。
そして私は、いつかツンが私以外の誰かと一緒にいる事を選ぶのではないかと不安でしょうがなかった。
そんな事になったら全てが終わってしまうような気がしていた。
だから、そうなる事が無いようにと心のどこかで願っていた。
――でもそれは、ツンの不幸を願う事だとある日気付き、私は自分は何て酷い人間なんだろうと落ち込んだ。
そして、訳の分からない感情を抱きながら、ツンの不幸を願うようなそんな自分がツンと一緒にいる訳にはいかないと思った。
そうして、私はツンを避けるようになった。

『ねぇ、クー』
ツンが私を呼ぶ。
私はツンに言う。
『すまない、ちょっと用事があって』
するとツンは笑顔で私に言う。
『じゃあ、用事終わったらでいいよ』

『あ、クー』
ツンが私を呼ぶ。
私はツンに言う。
『今忙しいんだ、また後にしてくれないか?』
するとツンは笑顔で私に言う。
『そうか、じゃあ後でね』

『クー、今ちょっといい?』
ツンが私を呼ぶ。
私はツンに言う。
『いや、これから行かないといけないところがあるんだ』
するとツンは笑顔で私に言う。
『わたしも一緒に行ってもいい?』

 それでも、彼女は私の思惑なんかお構いなしにいつまでもその笑顔を私に向けてくれる。
そしてツンにそんな笑顔を見せられてしまったら心の弱い私は、悩みながらも今この瞬間を彼女と一緒にいられるという喜びを選んでしまう。
だけど、そんな風にしてツンと会いながら、私はいつも考えていた――。

 ふと顔を上げると、テレビ台に置いた鏡に映る自分がいた。
鏡の中の自分に私はいつも考えている事を問うた。
――お前の本当の望みは何なのか、と。
 同時進行していたパズルの内の一枚、朝焼けの風景のパズルが完成した。
その風景、荒野の朝焼けはここから何かが始まるような印象を受ける。
だが、私には予感している事があった。
私の夜明けはいくら待っても訪れず、きっとこの先、私にはこのパズルのような景色は拓けない。
私の行く先には多分、絶望しか無い。

(^ω^)
 その日、学校の廊下を歩いていると前方にツンを見かけた。
と同時に私に気付いたツンはこっちに走って来る。
「クー!」
私は咄嗟に目の前にあった階段を降りようとしたが、ツンはさらに叫ぶ。
「待って! 行かないで!」
そんな事を言われて、私に動ける訳が無い。
私は目を伏せたままその場に立ち尽くす。
やがて、ツンがやって来た。
「あの……、あのね?」
ツンは軽く息を弾ませながら私に話かける。
「明日、私の誕生日でみんなでちょっと集まってくれるの。それで……」
彼女は一瞬、話を切り、ごくりと息を飲むと言った。
「――クーも来てくれないかな?」
私はしばらく返事をする事が出来ずにいた。
その間、本当はもっと早く誘えばよかったんだけど、とツンは呟く。
そして私は返事をした。
「すまない。明日は都合が――」
「そう、なんだ……」
私に答えに一瞬だけ、ツンの表情が陰った。
しかし、すぐにいつもの明るい表情に戻り、ツンは言う。
「じゃあ、しょうがないよね」
そうしてニッコリと笑うツン。
だが、その笑顔はどこか寂しそうだった。
その、初めて見る一連のツンの寂しそうな表情に私は動揺した。
そして、そうさせているのが自分だと気付き、自分自身を呪い、自分の卑怯な行動を呪った。
「――ツン」
私はツンに問い掛ける。
「内藤は行くのか?」
突然の質問にツンは戸惑いながらも答える。
「え? う、ううん。分からない」
「では内藤が来ないようだったら、彼を呼びたまえ。それが私が行く条件だ」
何故、私はこんな事を言うのだろう?
でも、――内藤がいればツンは嬉しいんだ。
だから、私はそう言う。
私は――ツンの笑顔が見たいんだ。
「――わ、分かった!」
ツンの表情がぱっと明るくなり笑顔になる。今度は本当の笑顔だった。
それから、ふと私を見つめ唇を尖らせて言った。
「あ! でもあれだよ。当日、クーは来ない、とかは無しだよ!」
「ああ、ちゃんと行くよ」
私はツンも見つめ、そう答えた。
「約束、だよ?」
そう言って、ツンは小指を差し出してきた。
「ああ、約束だ」
私はそう言い、ツンと小指を結ぶ。
久しぶりに触れたツンは、いままでと同じくあたたかかった。

(^ω^)
 翌日、私は電車で近くの街まで出た。
ツンの誕生日のプレゼントを選ぶためだった。
そして、それはこの上なく楽しい事だった。
――ツンの喜ぶ顔が見たい。
それだけなのに。
そして、ツンの為に何かが出来るという事に涙が出る程の幸福感を味わっていた。

(^ω^)
 結局、プレゼント選びに慎重になるあまり時間をかけすぎ、約束の時間には間に合いそうになくなってしまった。
途中、ツンが私が約束を破ったかと不安になるといけないと思い、ツンの携帯に連絡して送れる旨を伝えた。
そして、最終的には30分の遅刻で私は会場になっているお店に着いた。
お店への階段を降りて行くと開かれたドアからは何だか店内の喧騒とした雰囲気が溢れ出ていた。
そして、ドアをくぐると、すぐ目の前にツンが私に背中を向けた体勢で立っていた。
「……遅れてすまない」
私はツンに声をかける。しかし、ツンは私に気付かないようでじっと正面を向いていた。
ツンの正面、そこには内藤が立ってこっちを向いている。
「一体、どうし――」
私が再びツンに声をかけようとすると、ツンがツンが内藤に向かって大声で叫んだ。
「あんたなんか知らないっ! もう一生、会いたく無い!」
そして、くるりと振り返ると私にぶつかった。
「――あ、クー」
私に気づいたツンは怒っていた顔を弱々しく笑顔に変えて言う。
「来てくれてありがとう。すごく、嬉しい。でも――」
そして唇をかみ締め、顔を伏せて言った。
「ごめんね。先に帰らせて」
ツンは私の横をすり抜け階段を駆け上って行った。
――そして、その瞳からは涙が溢れていた。

(^ω^)
「さて……」
心配よりも先に怒りがそこにはあった。
そして、目の前にいるツンが涙をながす事になった原因であろう男、内藤ホライゾンを見つめ私は言った。
「話を聞かせてもらおうか――」
私は内藤を店の外に連れ出し、話を聞く事にした。
彼を見据え、私は聞く。
「何があったんだ? ――いや、彼女に何をした? 何を言ったんだ? 返答次第ではただでは済まさない――」
しかし、私の言葉に内藤は言い返す。
「何をした? 何を言った? されたのは、言われたのは僕だお!」
そんな内藤を一睨みし、私は言った。
「言い残す事はそれだけか?」
「ひぃっ!」
内藤が私の目を見て怯え、ぶつぶつと言い訳を始める。
「そりゃあ、売り言葉に買い言葉で僕も色々言ったけど……」
「そうか。お祈りはすませたか?」
そう言って私が一歩近付くと内藤は一歩後ずさり言う。
「でもツンが――」
内藤の態度にイライラし、私は告げる。
「男らしくないぞ内藤ホライゾン。償いたまえ、彼女を泣かせた罪は万死に値する」
そして、この時点で私は自分が元々内藤の言い訳なんか聞くつもりが無かった事に気が付いた。
だがその時、内藤は私の言葉を聞いて動きを止め、呟くように言った。
「ツン、泣いてたのかお……」
動きを止めた内藤に私は言う。
「どうやら覚悟が決まったようだな」
すると内藤は再び後ずさりしながら「ちょっ、まっ」と言い始めた。
「ちょっ、ちょちょちょっ……。でも、最初に言いがかりをつけてきたのはツンだお」
それに、と内藤は続ける。
「大体、僕が彼女を泣かせるような事を自分からする訳が無いお!」
その意外な言葉に私は内藤に聞き返した。
「ほう? 何故、そう言い切れる?」
「だって僕は――」
しかし内藤はそこで言いよどみ、私から目を逸らして黙り込む。
「そうか、分かった。さようなら、内藤君」
そうして私がそう言い、彼に向かって歩き始めると内藤はありったけの力を込めて私に叫んだ。
「――僕はツンの事が好きなんだお!」

(^ω^)
 そうして、内藤は堰を切ったように話始めた。
「そうだお、僕はツンの事がずっと好きだったんだお。なのに、ツンってば僕の事を馬鹿にしてばっかりで!」
私は黙って彼の話を聞いていた。
「――最初は気にしてなかったお。小さい頃からそんな事は良くあったけど、それでも仲が良かったし」
内藤は話を続ける。
「でも、高校を卒業した頃からそれがどんどん酷くなって……」
内藤は話を続ける。
「今日だって、僕がプレゼントをあげた途端に罵倒されたんだお」
そして、両手をぎゅっと握り肩を震わせながら内藤は叫んだ。
「もう、ツンが何考えてるんだか僕にはさっぱり分からないお!」
そうしてただ首を振り続ける内藤。
私にはその時のツンの様子が手に取るように想像出来た。
嗚呼、ツン。君はまたやってしまったのか――。
 しかし、それから私は内藤を見つめ彼に向かって言った。
「――馬鹿者っ!」
「ひいっ!」
私に怒鳴りつけられた内藤はびくっとその動きを止めた。
――確かにツンは分かりづらい。すごく分かりづらい。というかさっぱり分からない。分かる訳が無い。
好きな相手に何故あんな態度を取るのか。
でも、それでも内藤、君は、君だけは分からなければいけないんだ。
そうでなければ、一体誰が彼女を理解してやれるというのか。
「――とにかく、ツンに謝って来い」
私はそう言って内藤を見つめる。
しかし、内藤はぶつぶつと文句を言う。
「どうして僕が謝らないといけないんだお? 元はと言えば――」
そんな内藤に私は聞いた。
「でも、それでもお前はツンが好きなんだろう?」
内藤が言葉を止め、じっと何かを考えるように俯いていた。
そして、私と目を合わさずに呟くように言う。
「そう……だお」
私は内藤に言った。
「では、行け。言って謝って来るといい」
私の言葉に内藤は再び文句を言う。
「でも、僕から謝るっていうのは……」
「……真後ろを見られるようになりたくなかったらさっさと行く事だ」
「ひぃっ!」
私の台詞に内藤は自分の首を守るように押さえた後、言った。
「わ、分かったお……。謝ってくるお」
そうして、私の事を一瞬だけ見ると、内藤はツンを追いかけて夜の街に消えて行った。

(^ω^)
 内藤を送り出した私はお店に戻ってみんなに言った。
「すまない。主役もいないし私も帰るよ」
そうして、店を出て、歩いて帰りながらツンに電話をした。
「もしもしツンか?」
電話の向こうでツンは内藤と喧嘩しちゃった、と呟くように言った。
「どうせ、大した原因では無いんだろう?」
私は笑ってそう言った。
「うん、私が……」
原因を話そうとしたツンに私は言った。
「今からそっちに内藤が行く」
「え? どうして?」
戸惑い、聞いてくるツンに私は言う。
「きっと謝りに行くんだろう」
「そう……、なんだ」
そして沈黙。
「ツン」
私は沈黙を破り、真剣な声でツンに言った。
「いいな、今回だけでもいい、決して拗ねた態度は見せるな」
「で、でも……」
ツンはまだ戸惑い、そして私の言っている意味を理解し迷っている。
「――ツン」
私はもう一度真剣な声でツンを呼ぶ。
「え?」
「約束だ」
「……分かった」
そうして、通話は切れ、私はぱたんと携帯をたたんだ。

「――まったく、手間のかかる二人だ」
電話をポケットにしまうと、私は笑ってそう言った。
そう、笑って言ったつもりだった。――だが、ショーウインドウに映ったその顔は何故か今にも泣き出しそうだった。
おかしいな、何でだ?
 そういえば、いつだったか、5つ年上の親戚に言われた事がある。
涙の通り道にホクロのある人は一生泣き続ける運命にあるんだよ、と。
百合 = 18.03900リットル。それは私の流す涙の量なのだろうか?
人間は生理現象だけで生涯で約30リットルの涙を流すという。
そのおおよそ三分の二の涙を私はツンのために流すのかもしれない。
 でも、これは泣くべき事じゃない。だって、これでツンが幸せになれるんじゃないか。
涙を堪えるように見上げた星空は――高かった。

(^ω^)
 家に帰ったが、眠れずパズルを再開する。
今は何も考えないよう、ただひたすらにピースを嵌めていった。
パタン、パタンとピースを置く音だけが部屋に響く。
 そうして一晩中ピースを嵌め続け、パズルは完成した。
完成したパズルを見て私は独り呟いた。
「――終わってしまったな」
そう、終わってしまった。
全てが――終わってしまったのだ。
 完成したパズルの中で少女が笑っていた。
見つからなかった笑顔のパーツは一番最後に見つかった。
少女の笑顔でツンを思い出し、私は微笑もうとした。
だが、私に微笑む事は出来なかった。
私の笑顔の最後のピースはきっとツンが持って行ってしまった。
私に、この分からない気持ちを残したまま。

(^ω^)
 夜明け間際に携帯がメールの着信音を響かせた。
発信者はツンだった。
私はのろのろと携帯を操作し、メールを開く。
『もし、今起きてたら返信ちょうだい』
私は『どうした?』と返信を打ち、送信ボタンを押した。
すると直後、窓の外で携帯の着信音が鳴った。
私は慌てて窓から外を見る。
そこにはツンがいた。

(^ω^)
 私は慌ててツンを迎えに外へ出た。
空はまだ暗く、空には薄い雲が立ち込めて星空を遮っていた。
「起こしちゃった?」
ツンが私に聞いてきた。
「いや、今日はどうも寝られなくて起きてたよ」
私がそう答えるとツンは「良かった」と微笑んだ。
そして「それ、なあに?」と私の手を指差して聞いてきた。
「あ、あれ?」
そこにはどうしてかツンに渡そうと思っていたプレゼントが握られていた。
「ツン、これを」
私は自分の行動に戸惑いながらもツンにそれを渡した。
「何?」
「渡しそこなったプレゼントだ」
私がそう言うと、ツンは受け取り聞いて来る。
「ありがとう。開けてもいい?」
私は頷く。
ツンがリボンを解き、包装を剥がして中身を取り出した。
「――鏡?」
それは表面に綺麗な細工が施してあるコンパクトミラーで、私はツンを見ながら言った。
「ああ、君の素敵な笑顔が写る」
ツンが手の中のミラーを見ながら微笑む。
「ありがとう、クー」
それからほんの短い間を置き、ツンは言った。
「……内藤に、何だか凄い脅し文句言ったんだって?」
「そうだったかな?」
私はとぼけて言い返す。
「内藤、本気で怯えてたよ」
ツンは笑いながらそう言った。
それから私を見上げて伝えてきた。
「でも、おかげで私も内藤に謝って、仲直り出来た」
「告白は――したのか?」
私は聞く。
するとツンは弱く笑いながらも首を振った。
「ううん。そこまでは無理。でも明日からもっと頑張るわ」
「そうか……」
「うん」
「大丈夫。きっとうまくいくよ」
そう言って、私はぎこちなく笑おうとした。
――でも、そうしたら君は私の前からいなくなってしまうんだな。
心が痛かった。
涙がこぼれ落ちそうだった。
しかし、その次の瞬間。
涙をこぼしたのは私ではなく、ツンだった。
「……クー」
私を見て不安な表情で泣くツン。
その表情は私の心をこんなにもかき乱す。
そしてツンが聞いてきた。
「わたしの事、嫌いになった?」

(^ω^)
 突然の予期せぬ質問に私は驚いて、ただ呆然とツンを見つめていた。
「だって、最近のクー。わたしに逢うと辛そうなんだもん」
「……そんな事は無いよ」
私はそう答えた。だが、そんな私にツンが言う。
「知ってた? クーね。最近、わたしに逢うといつも眉間に皺を寄せてるの」
それは私だけが気付いていないだけで事実だったのだろう。
私は言葉が返せなかった。そして、無言の私にツンが言った。
「このままだとクーがいつか私から離れて行っちゃうんじゃないかって恐かった」
ツンは泣きながら私に問い続ける。
「わたし、自分でも気付かないうちに何かクーに嫌われるような事したのかな?」
潤んだ瞳で私を見上げるツン。
「ねぇ、言って! わたしに悪いところがあるなら直すから」
ツンの言葉に私は罪悪感で一杯になり、再びツンから目を逸らしてしまう。
「……君に、悪いところなんか無いよ」
――そうだ。悪いのは全て私なんだ。
だが、私の言葉をツンは信じようとしない。
「本当の事を言って」
「本当だよ」
「じゃあ、どうして?」
尚もツンは食い下がり、そして私に言った。
「――お願い、嘘はつかないで」
その言葉に、揺らいだ。
そして、私は認めていた。
自分がずっと、――嘘をついてきた事を。

(^ω^)
 私はずっと嘘をついてきた。
私はずっと、ただ誤魔化していただけなんだ。
最初からこの気持ちが何なのかなんて気付いていた。
でもずっと、自分の気持ちが何なのか分からないと誤魔化し続けていた。
だって怖かった。ツンに自分の気持ちを知られてしまうのが。
その時、私はふと気付いた。
――ああ、そうか。ツンのあれもそういう事なんだな。
「ツン。以前、君の気持ちが分からないと言った事があるだろう?」
私はツンに言った。
「え? いつ」
突然の質問にツンは戸惑いながらも答える。
「内藤にどうして冷たい態度をとるのか理由を聞いた時だ」
「――ああ。うん」
そう、ツンが内藤が好きだと私に言ったあの日だ。
あの時は本当に分からなかった。何故、ツンがあんな態度を取るのか。
でも今は――。
私はツンに言った。
「あの時は分からないと言ったが、今なら分かるよ」
そして私は自分に言うように口に出した。
「確かに――、恐いものだな」
――自分が抱いている気持ちを知られたら、その相手は自分に対してどうするのか。
もしかしたら、それがきっかけでその相手は離れて行ってしまうかもしれない。
だったら――、離れられてしまうのであれば、今のままでもいい。
そして、その為には自分の気持ちを知られる訳にはいかない。そう考える事だっておかしくは無い。
それは、例えツンほどの可愛さを持っていても同じなんだ。
 だがもしそこに、「もしかしたら」という希望さえあれば、人はその相手に自分の気持ちを告げる事が出来る。
だからきっとこの先、ツンは内藤に自分の気持ちを告げる事が出来るだろう。
 でも――、それは私には出来ない事。
私の行く先には、絶望しか無い。
私が君にこんな気持ちを抱いているなんて知ったら、君はきっと私から離れて行ってしまう。
だから、私は自分の気持ちに気付いた瞬間、それに気付かないふりをした。
それを認め、その気持ちを伝えたところでどうにもならないと心の奥底で思い、そして、その結末を迎えないためにそれが何だか分からないと言い続けていた。

 だけど、これがその結果。
目の前でツンが泣いている。
これがその結末。
いつも、誰よりも眩しい笑顔で笑っていた少女が泣いている。
そして、少女を泣かせているのは他ならぬ私自身だ。

結果を恐れ、自分を欺き、そして――自分が守ると誓った少女を私は泣かせてしまった。

『――ツンは私が守るよ』
かつて、私は少女に誓った。
そして、少女はわたしを信じてくれた。
『――頼りにしてます』

それなのに、私は自分を信じてくれたその信頼を裏切るというのか。

そんな訳にはいかない。
笑う事も出来無い、人を迎える準備もろくに出来無い、何も出来無い私に出来る唯一の事は自分の気持ちを素直に相手に伝える事だけだ。
だから、私はこうなった本当の原因を、自分の気持ちを伝えないといけない。

 私は知っている、それを伝えればどうなるのかを。
その果てに何がある訳でも無い事、いやむしろ、もうその先には何も無くなるという事を。
この気持ちを伝えたらきっと、もうこの少女とは逢えなる。
だがそれで、もうツンは私のために泣く事など無くなる。
だから、全てを失うとしても、私は正直に伝えなければいけない。

――私はこの少女の泣き顔など見たくは無い、私はこの少女には笑顔でい続けて欲しいのだ。

(^ω^)
「――私も同じなんだ」
私は呟くようにツンに言った。
「え?」
「私が最近、君に冷たい態度を取っていたのはそれと同じなんだ」
驚くツンに私は話を続ける。
「私も君に自分の気持ちを知られるのが恐かったんだ」
ツンはまだ私の言っている意味が理解出来ず、呆然と私を見つめる。
そして、私はツンに告げる。
「私は君の事が――」
「ええっ!?」
その瞬間、ツンが全てを理解した。
「それって――!?」
驚き、私をじっと見つめるツンの無垢な瞳。
その瞳に、私は責められているような気がした。
「――すまない。私は、きっと頭がおかしいんだ」
何とかそう言って、私は俯いてしまった。
そうして、長い長い沈黙が流れた。
全てが終わり、この先に起こる事など何も無い。だから、この沈黙は永遠に続くのかもしれない。
そんな事を思う程長く感じた沈黙。
その時、ツンがぽつりと言った。
「――クーの頭がおかしいのなら」
思わず顔を上げ、ツンを見つめた。
ツンは私を見つめ、言葉を続ける。
「きっと、わたしもおかしいんだわ」
「え?」
今度は私がツンの言っている意味が分からずにいた。
「だって、こんなにも――」
そうしてツンは真っ直ぐに私を見つめたまま、言った。
「嬉しいんだもん」

(^ω^)
 そう言ってツンは微笑んだ。
ツンは私の告白を当たり前のように受け入れてくれ、私の全てを優しく包み込んでくれた。
全てを失うと思った私の危惧はあっさりと消し飛んだ。
そして、改めて自分がどんなに心の狭い人間だったかを思い知った。
「――でも」
しかし、それからツンが寂しそうな笑顔で私を見つめ、そして言った。
「ごめんね。今は内藤が一番なの」
ツンの言葉に私は黙って頷きを返す。
「でも、それでも――」
そんな私にツンは続けて聞いて来る。
「それでもわたしと一緒にいてくれる? 勝手なお願いなのは分かってる。でもこの先、クーがいないなんて考えられないの」
そう言って、ツンが不安そうに私を見つめる。
私は答えた。
「我侭――、嬉しいよ」
私の答えにツンは顔を覆って泣き出した。
私はツンの肩を抱き、引き寄せる。
――大人馴染みになろう。
――ずっと、一緒にいよう。
そうして私とツンはもう一度指きりをした。
私はこの少女とずっと一緒にいる事を誓う。

 太陽が昇り始め、空には朝焼けが広がっていた。
それは荒野に広がるあの朝焼けの風景にも負けないくらい美しかった。

「ツン――」
私は彼女に聞いた。
「最後に言えなかった言葉を言ってもいいかな?」
ツンは驚き、私の顔を見て呟くように言う。
「うん。でも……」
答えは変わらない、それでもいいのかとその瞳が尋ねていた。
「構わないよ」
私は答えた。
だって、もしかしたら私は「この気持ちが何なのか分からない」と自分を偽らないと我慢出来無い程にこの想いを伝えたかったのかもしれない。
そして私はツンのその無垢な瞳を真っ直ぐに見つめ、自分の想いを素直に伝えた。

「ツン、私は君を、――愛している」

私の言葉をツンもまた真っ直ぐに受け止めてくれた。
「――愛してくれて、ありがとう」
その言葉はとても嬉しかったが、同時にとても切なかった。
でも――、決して悲しくは無かった。

 こうして私は失恋してしまった。
私の想いはそれを確信した直後にその意味を失ってしまった。
 生きていれば、人は恋をする。
そして今回、私が恋をしてしまったのは自分と同じ女性だった。
でも、今なら胸を張って言える。あれは、あの感情は確かに恋だった――。
 そして、意味を失ってしまったその想いだが、それに気付けて本当に良かった。
「クー、笑ってるよ」
朝焼けをバックに微笑むツンが私にそう言った。
そう、私は今、心の底から微笑む事が出来た。
自分でも作りものでは無い本当の笑顔で笑えているのを感じた。
――だって、私はツンが好きで
――そしてそれをツンに伝える事が出来たのだから。
きっと、今、私はいつか憧れた目の前の少女のように笑えているに違いない――。


2008.07.14掲載


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