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クーも同じ日をループしていたようです

(^ω^)
 この数日間の現象を私なりに考察した。
その結果得られた結論は次の通りだ。
《私は同じ日をループしている》
勿論、そんな事が現実離れしているのはよく分かっている。
だが幾度となく重ねた検証と考証の結果、もはや、どう考えてもこれ以外に説明のしようが無いのだ。
よって、私はこの事を受け入れることにした。
目下の問題はどうしたらこの日から脱出する事が出来るかという事である。
しかしまぁ、慌ててもしょうがないし、特に困ることがある訳でもない。
いや、それどころか、この状態は私にとてもいいモラトリアムを与えてくれる。
この状況ならば、この終わってしまう恋を止めていられる。
ゆっくり考える事にしよう。

(^ω^)
 前述のような事態に陥った私ではあるが、毎日会社に行くことはやめなかった。
その理由は内藤ホライゾン君、ただ一人のためであった。
彼、内藤ホライゾン君は会社における私の後輩である。
そして、自分でも驚いているのだが、私は彼に恋愛感情を持っていた。
しかしながら、私は経験値の低さゆえに恋愛というものが決定的に苦手だった。
自分の想いを持て余してしまい、どうすればいいのかが分からなくなる。
そんな私が恋に落ちてしまった。これはどうしたものか。
――だが、実はどうしようも無いのだ。
何故ならば、私はこれらの不思議な現象の始まりの日に、当のホライゾン君に振られているのである。
そして何の因果であろうか? その日以来、私はホライゾン君の恋愛相談の相手となりはてている。
だが、それでもホライゾン君への気持ちを諦めきれない不甲斐無い私である。

(^ω^)
 自慢にも何にもならないが、私が失恋したのはこれが始めてではない。
三年前、私は数年間の片思いの末に失恋した。
相手は会社の同僚だった。
私が想いをよせていた彼は、私の想いに気付くことは無く、私の同僚と結婚してしまった。
振られてしまった私は、自分でも驚くほどショックを受けた。
小説などで女の子がよく言う「こんな事なら人を好きにならなければよかった」という気持ちを深く理解してしまった。
そしてそれ以来、私はなるべく人を好きにならないように生きてきた。
それなのに、私の前にはホライゾン君が現れてしまった。
彼のことを想う自分を止めることは出来なかった。
そして今、私は振られたような振られていないような事態にいるのである。
しかし、この恋は明日が来れば終わってしまう恋。
私は一体何をするべきなのだろうか?

(^ω^)
 今日も私は会社へ向かう。
仕事で作っているプログラムは数回に及ぶ書き直し(いくら書いても、次の朝には無かった事になってしまうが記憶には残っているので回を重ねる毎に改良出来る)を経てほぼ完璧な物になってきた。
デバッグと動作にかかる時間を検証し、私はひとり悦に入っていた。
「クーさんはすごいお」
突然、背後から声が聞こえた。私を幸福にさせるその声が。
私が振り返ると内藤ホライゾン君が私の頭越しにモニターを見ていた。
「短時間でこんなプログラムを書いてしまうなんて、やっぱり尊敬するお」
彼はそう言って私の方へ振り返った。
彼に見つめられた私は鼓動が早くなるのを感じた。
私はろくに彼の顔を見ることが出来ないまま返事をした。
「いや、大した事ではないよ。数回に及ぶリファインの結果だ」
「今日、初めて作ったんじゃないのかお?」
彼は不思議そうな顔をして私の顔を覗き込む。
鼓動は更に加速する。
「そ、そうだな。数回に及ぶシミュレーション、という事でどうだろうか?」
「ぼくはバグ出してばっかりだお。そうか、シュミレーションが大事なんだ。ここはどうなっているんだお?」
彼はソースコードを見るために、モニターに近づいてきた。その結果、彼の顔は私の顔のすぐ横にある。
更に更に加速する鼓動。
内藤ホライゾン君、君は私を殺す気か?

(^ω^)
 もう少しホライゾン君の説明をしておこう。
ホライゾン君とは入社後の研修で私が講師、彼が受講生になって以来の縁だ。
彼は熱心に研修を受け、数々の質問を私に浴びせた。
研修時間外にも質問をしたい、という彼の申し出で、彼は私の携帯電話の数少ない登録者の一人になった。
そんな事もあって、私は彼と多くの接点を持ち、急速に近づいた。
研修中、彼は大変多くの失態を見せたが、それ以上に多くの笑顔を私に見せてくれた。
そして私は、そんな彼の笑顔にやられてしまったという訳だ。
彼の笑顔を見ていると心に何か暖かいものを感じるようになり、そしていつしか私はその笑顔を探し求めるようになっていた。
そんな自分に気が付いた時、私は自分の中の恋愛感情にも気が付いたが、必死でそれを認めまいとした。
自分の感情を押さえるため、彼へのメールを絶った事がほんの数日だがあった。
しかし、予想変換リストから「ホライゾン君」が消えて行くと、まるで彼自身が私を離れて行くようでとても寂しく感じた。
そして、たった数日でその寂しさに耐えられなくなり、私は諦めて自分の中の彼への想いを認めた。
そして今、私は臆病者になっている。
彼にメールを送信する時、私は何度も何度も文章を書き直す。
一通のメールで嫌われないように。
 そして、この想いに気付かれることがないように。
私に笑顔を見せてくれるホライゾン君。だがしかし、私の様な者に想われていると知ったら、彼は私から去って行ってしまうかもしれない。
――それでも、心の中で密かに想っているぐらいは許されるだろう。
孤独になるくらいなら、永遠の片思いの方がマシというものだ。
今、私は精一杯、何でもないフリをして彼に会っている。

(^ω^)
 そうそう、このループ現象についても説明しておかねば。
始まりは一通のメールだった。
その日、私が仕事をしているとホライゾン君からプライベートなメールが届いた。
彼からのメールは私を幸福にさせてくれる。
その内容が仕事に関係無ければ無いほど、私の幸福度は上がる。
彼からの何気無い「今、何々を食べてるお。おいしいお」等というメールは至福の極み。
そのような報告の相手に選ばれたという事実は身を震わせる思いだ。
そんな訳で彼からの数多くのメールが私の携帯電話のメモリーを圧迫しているのだが、なかなか消去する事が出来ない。
話が多少脱線してしまったが、私にとって、彼からのメールが届くという事はそんな意味を持つ。
緩みそうになる頬を引き締めつつ、開封する。
「クーさん、相談があるんだけど今夜空いてないかだお?」
私はもちろん「空いている」と返信した。
隣の駅になるが、おいしい料理とお酒を出す店があるという。そこでおいしい物でも食べながら相談したい事があると言う申し出だった。
私は彼の提案を了承し、その日の残りの時間を何だか落ち着かない気持ちで過ごした。

(^ω^)
 ホライゾン君は帰り際にバグを出してしまい、私との約束の時間に遅れて登場した。
時間は既に22時を過ぎていた。
「ごめんだお」
そういう彼は、申し訳なさそうな顔の中にも笑顔の成分が混じっていた。
通常ならばそのような成分の混入は許されない事であるが彼の場合は違った。
いや、それが許せるのは私だけなのかもしれないが。
とにかく、彼の笑顔は私には有効だ。
――君の為なら何年でも待つよ。
そんな事を心の中で言いながら私は「気にすることはない。さっ、行こうではないか」と、彼を許し、さっそく店へ行く事を提案した。
 なるほど、確かにその店の料理はおいしかった。それに私の好きな日本酒「一の蔵」もあり、私は大変喜んだ。
何よりも隣にホライゾン君がいて、おいしい物を食べる度に満面の笑顔で私の方を見て「おいしいお!」と言ってくれる。
ああ、ホライゾン君。その笑顔は私には致死量に相当する。
しかし私の幸せはここまで。この後、私は別な作用で死にそうなショックを受けることになる。

(^ω^)
 おいしい料理とお酒、そしてホライゾン君の笑顔を堪能していると、あっという間に時間は経過した。
光陰矢の如し。ホライゾン君が一緒の時、私の矢は秒速30万キロで飛び去って行く。
気が付けば0時近く、ホライゾン君の言葉数が少なくなってきた。
そういえば、今日の目的は彼の相談を聞くことであった。私は幸せのあまりすっかりその事を忘れていた。
「そうだ、ホライゾン君。私に相談があるのだろう?」
私はそう話を切り出した。
今にして思えば、切り出さなければ良かったが……。
ホライゾン君はコップに入っていたお酒をぐいっと飲み干すと、私の方を向いて言った。
「クーさん。実はぼく……、好きな人がいるんだお!」
――正直に言おう。この時、私は彼の台詞が次のように続く事を夢見た。
「それは、クーさん。君だお」
しかし、現実は私の夢の通りにはならず、私は打ちひしがれることになる。
ホライゾン君は台詞の続きを口にした。
「ぼくはツンが好きなんだお」

(^ω^)
 その言葉を聞いた私は、かつて経験した、出来れば二度と経験したくないと望んでいた悲しさを感じた。
その悲しさの正体は「私は選ばれなかった」という《結果》だ。
前回、私が想いをよせていた相手は別な女性との結婚を選んだ。
そして今回、私が密かに想いをよせていたホライゾン君。
彼が選んだのはツンという女性だった。
ツン。私は彼女を知っている。
ホライゾン君とは同期で仕事も出来、そしてなにより、とてもかわいい女性である。
なるほど、どう自分を贔屓目に見ても私に勝ち目は無い。
勝ち目が無いどころではない。そもそも勝負にすらならないだろう。
今回も私の想いはその意味を失ってしまったのだ。
 そして、私の記憶にあるのはそこまでだった――。

(^ω^)
 ――次の瞬間、私は自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。
そして、これがこの現象の始まりだった。
この日以来、私は0時を超えると同じ日の朝に戻るようになっていた。
状況を把握するのに数回のループを要し、その後の数回は翌日に行けるよう試行錯誤を繰り返した。
しかし、結局はどうにも出来ないということで私の中で決着した。
何度も経験する同じ日。
何度も経験するホライゾン君の相談。
そして、何度も経験する失恋。
これが、今現在、私が置かれている状況である。

(^ω^)
 そして今日もまた一日が始まる。
毎日、一日が始まるこの瞬間。今はまだ、私はホライゾン君に振られてはいない。
しかし今日の夜、私は彼に振られることが分かっているのだ。
それでも私はホライゾン君を諦めることが出来ない。
また朝が来れば同じ一日が始まる。そしてその時、私はまた彼に振られていないのだ。
私の想いは永久機関のごとく行ったり来たりを繰り返している。
 会社でキーボードを叩いていると、今日もホライゾン君からメールが届いた。
10秒程、メールの着信を知らせるポップアップを見つめた後、諦めて開封する。
「クーさん、相談があるんだけど今夜空いてないかだお?」
――私は悩んだ末に「空いている」と返信をする。
ホライゾン君はいつもと同じお店を提案してくる。
私は彼の提案に同意し、その日の残りの時間を何だか落ち着かない気持ちで過ごすようになった。

(^ω^)
 お店に着いて料理をオーダーすると、私はさっそく話を切り出す。
「それで、ホライゾン君。相談とは何かね?」
相談内容を知っているのに聞く私は意地悪だろうか?
そして、それ以上に、私は自虐的だろうか?
ホライゾン君は、そわそわしながら「先にご飯を食べてからにするお」と言う。
それから、美味しい料理をいただき、お酒を味わい、ホライゾン君とたわいない話をする。
一番楽しい時間。そして麻薬のような時間。何度繰り返しても楽しく、そしてそれゆえに何度でも求めてしまう。この時間のせいで私はホライゾン君を諦めることが出来ない。
しかし、このままではまた時間が無くなってしまう。
私は再び話を切り出す。
「そろそろいいかね?」
ホライゾン君はコップのお酒をぐいっと飲み干して言う。
「実は、ぼく……、好きな人がいるんだお!」
この先の台詞を、私は知っている。
しかし、出来る事なら彼の口からは聞きたくはない。
精一杯の抵抗の証として、私は自分でその先を言う。
「それは、ツンくんだね」
ホライゾン君は目を白黒させながら言う。
「あうあう。バレてるお……」

(^ω^)
 相談とは言っても具体的に何をどうしたらいいかという類の話では無かった。
ホライゾン君は、ツンくんを好きだという話を延々しているに過ぎなかった。
「クーさんはどう思うお?」
ホライゾン君は私に聞いてきた。
――やめておきたまえ。君には君を見つめ続けている私がいるではないか。
勿論、そんな事が言えるはずもない。
結局「私も同じ状況にある。お互いに頑張ろうではないか」等と彼を応援することになってしまった。
しかし、彼が頑張ると私の失恋は決定的になるのだ。
「クーさんも誰かに片思いをしているのかお?」
――ホライゾン君、それは君だ。
私はごまかして話を続けた。
「ホライゾン君。人は何故、人を好きになるのだろうな?」
「うーん、何でだろう?」
お互いにしばらく無言で考えていた。
しばらくすると、ホライゾン君が言った。
「きっと人だけが人に愛を返してくれるからだお」

(^ω^)
 指定の店のメニューが豊富だったのは幸いだった。私は毎日、様々な料理を試した。
そして私は毎日、愛について考え、私自身の想いについて考えた。
「ホライゾン君、愛とは何だと思う?」
そんな事を彼へ問う。
彼への問いは自分に対する問いでもある。
「恋愛というのはうまくいかない可能性もあるわけだが……」
話の流れで私がそんな事を言うと、ホライゾン君はきっぱりと否定した。
「そんな事はないお! がんばればきっとうまくいくんだお!」
この際、子供っぽいなどとは言うまい、なんて前向きなんだろう。
しかしその後、ふと寂しそうな表情で言った。
「だって、人に振られるのは悲しいお。自分が空っぽになった気がするお」
――君のそんな表情を見ていると《萌え》という感情を理解出来る気がするよ。
私は無理やりホライゾン君の顔から視線を逸らして言った。
「空っぽか。そうだな、そんな感じがするよ」
そう、たしかに失恋は私を空っぽにした。
残ったのはあの時どうするべきだったのか、そして今どうするべきなのかという疑問だけだ。

(^ω^)
 私の独り言の直後、ホライゾン君は突如として目を輝かせて話を始めた。
「そうだよ! きっと愛には量があるんだお」
「量? 愛の量か、面白そうな意見だ。是非、聞かせてくれたまえ」
私がそう言うと、ホライゾン君は伏し目がちになった。
「でも、ぼくは頭が悪いから、間違ったことを言うかもしれないお」
「頭が悪い? そんな事はないと思うが」
「でも、ツンやみんなはぼくを見る度に、バッカじゃないの! とか言うお」
ホライゾン君はますます落ち込んでいるようだった。私はホライゾン君の肩に手を置いて言った。
「自分の事をそんなに卑下するものではない。もう少し自分に自信を持ちたまえ」
――私はそのままの君を好きになったのだから。
そんな事を言いそうになった自分を慌てて制止して話を続ける。
「と、とにかく。私は君の考えが聞きたいのだ」

(^ω^)
 私のリクエストにホライゾン君は話を続けてくれた。
「人を好きになると、その人に愛を与えるお?」
「そうだな。恐らく人を好きになるというのはそういうことなのだろうな」
「だから、好きな人同士は、愛をやりとりしてるんだお」
ホライゾン君はエヘンと言いそうなぐらい意気揚揚と話していた。
「でも、自分が愛を与えた人が他の人を好きな場合もあるお……」
「いわゆる片思いという状態だな」
「この場合は愛が返してもらえないお」
「ふむ。そうすると、与えてばかりの自分の愛はどんどん小さくなっていってしまうな」
「だから、人に愛を与えてばっかりで失恋すると空っぽになる気がするんだお」
「なるほど」
ホライゾン君はそうやって話をしているうちにどんどん色々なことを考えているようだった。
「でも、好きな人同士でそうやって愛をやりとりしてたら、今度は増えるんだお」
「いや、その理屈はおかしい。質量保存の法則に反することになる」
私の反論にホライゾン君はちょっとだけ口を尖らせた。
「クーさん、そんな法則は愛には通用しないお!」
ホライゾン君に怒られてしまった。反省しよう。そうか、愛に質量保存の法則は通用しないのか。
「愛は無限というわけか」
「そうだお。愛はいくらでも大きく出来るお。そしてそれはとても気持ちのいいことだお」
「だから人は自分に愛を与えてくれる人を求めるようになるのか」
私は誰に言うともなく言っていた。

(^ω^)
 帰り道、私は自分の言った言葉の事を考えていた。
「人は自分に愛を与えてくれる人を求める」
しかし、自分に愛を与えてくれと叫んでみても、相手が自分に愛をくれる存在になるとは限らない。
逆にその事をきっかけに自分から去って行ってしまうかもしれない。
それならば、そうなるならば、そんなことは伝えないほうがマシだ。
相手のそばにいつまでもいられたら、いつしかその人が自分に愛を与えてくれるようになる可能性だってあるのではないか。
しかし、今、私が愛を与えて欲しいと思っている人には、その人自身が愛を与えて欲しいと思っているまた別な人がいる。
だが、彼がその人から愛をもらえるかは分からない。
それならば、私が想いを伝えたら――、彼は私からの愛を受け取ってくれるだろうか? それとも、やはり私から去って行ってしまうだろうか?
今の私にとってホライゾン君への告白はシュレディンガーの猫なのだろうか?

(^ω^)
 家に着き、窓から夜空を見上げるとそこには月が見えた。
明日を迎えることのない私が見るこの月はこの先、永遠に満ちる事も欠ける事も無いのだろうか?
そして、私のこの想いも、このまま満ちることも欠けることも無いのか。
今のままなら彼に去られて、心が欠けることは無い。
しかし同時に、想いが満たされる事も無いのである。
明日を迎えない限り、私はいつまでも彼のそばにいられる。
しかし、この状況が終焉を迎えたら? 今まで通りに今日の続きで明日が来たら?
いずれ彼は私以外の人からの愛を与えられるようになるかもしれない。
そうしていつか、彼は私から去って行くだろう。
そうなった時、私の愛は永遠に与える先を失うのだ。
そして、自分の中の彼への愛が空になるまでの永い時間、私は自分の気持ちを引きずって生きて行かなければならない。
彼の笑顔を見ることで幸福感を得られる私ではあるが、私が本当に望むのは、誰にでも向けられる彼の笑顔では無く、彼からたった一人だけに向けられる《愛》なのだ。
――そして、彼が私に愛を与えてくれる存在ではないのであれば、私はいつまでも彼からの愛を望んでそばに立ち続けるべきではないのだろう。
ホライゾン君への告白は確かにシュレディンガーの猫かもしれない。
だが、私はいつかその箱を開けなければならないのだろうか。

(^ω^)
 朝、目が覚めると雨が降っていた。ループが始まって以来初めての雨だ。
久しぶりの雨は少しだけ懐かしく、私を包むその音が心地よかった。
しかし、夜には雨も止み、私はいつも通りホライゾン君と出かけた。
その日はホライゾン君が遅れ無かったために食事を終えて店を出るとまだ少し時間が早かった。
「ホライゾン君、少し散歩しないかね?」
私の提案で私達は二人、雨上がりの夜の街を歩いた。
ふと前方を見ると、ビルの陰になった先で雨に濡れた黒いアスファルトが次々と色を変えて光を放っていた。
私達はそのビルの先へ行ってみた。
光の正体は観覧車だった。
電飾の施された観覧車は色と模様を変えながら回転し、その光が雨に濡れた地面に反射して街全体を次々と塗り変えていた。
流れる様に彩りを変える観覧車を見つめているとホライゾン君が聞いてきた。
「クーさん、乗りたいのかお?」
……実は私は観覧車が苦手だ。
ジェットコースターなどのいわゆる絶叫マシンは好きなのだが、観覧車のようなじっくりと高い所へ向かう乗り物はどうもだめなのだ。
それでも私は「乗りたい」と言った。
ホライゾン君と二人で観覧車に乗る。こんなチャンス、無駄にするのはもったいないではないか。
女性係員の「いってらっしゃい」の声を後に、私達のゴンドラは空へ向けて出発した。

(^ω^)
 観覧車に乗って数秒もすると、ホライゾン君に私が観覧車が苦手だという事がバレてしまった。
私があまりにも力強く手すりを握っていたからである。
「クーさん、ほんとは高い所は苦手なのかお?」
「じ、実は観覧車は苦手なのだ」
私は正直に言った。
「それなのに乗りたいなんて変だお」
――君と一緒にいたかったんだ。
これは正直には言えない。
「け、け、け、景色が綺麗かと思って」
私は精一杯の言い訳をした。
しかし、そんな私のうわずる声にホライゾン君は笑いだした。
「そんな事言って、クーさん、ちっとも外観てないお」
「う、うむ。子供の頃以来なのだが、予想以上に恐い……」
向かいに座っていたホライゾン君が私の横に移動してきた。
「ぼくの方を見ると外が見えて恐いだろうから、クーさんの横に座るお」
彼の移動によってゴンドラが揺れた。
私が今、ドキドキしているのは怖さゆえなのか? 彼への想いゆえなのか?
隣に来たホライゾン君に私は言ってみた。
「て、て、手をつないでもかまわないだろうか?」
私が今、手を繋ぎたいのは恐さゆえなのか? 彼への想いゆえなのか?
ホライゾン君は照れながら「いいお」と言ってくれた。
私は彼と手をつながせてもらった。
そして、私がホライゾン君の手を握ってホッとしたその時、事故は起こった。

(^ω^)
 突然、ゴンドラが大きな金属音と共に激しく揺れた。
私は体がどこかにぶつかる衝撃を感じた後に一瞬、体が浮くのを感じ、そして右手を強く引かれた。
何が起こったのか、どうなっているのか、状況が把握出来なかった。
どうやら私は右手でどこかにぶら下がっているらしい。
はっきりしない頭を振って、周りを見回す。
!!! そこはゴンドラの天井も壁も、そして何より床がなかった。
引かれている右手の先を確かめるべく上を見ると私の手を引いているのはホライゾン君だった。
そして、そのホライゾン君は私たちの乗っていたゴンドラにぶら下がっている。私はさらにその下で彼と繋がれた手でぶら下がっていた。
さっきの衝撃で私達は車外に投げ出されたようだった。
「クーさん! しっかり! 手を離しちゃだめだお!」
上からホライゾン君が叫んでいる。
下を見れば遥か彼方にある黒い地面がぱっくりと口を開けて待ち構えているようだ。
私は状況を把握し、恐怖でホライゾン君の手を強く握った。
 ホライゾン君は彼自身と私の二人分の体重を右手だけで支えていた。
「濡れてて、手が滑るお……」
彼が苦しそうにつぶやいた。
落ちたら私はどうなるのだろう? 死ぬのだろうか?
それともいつもと同じように今日の朝に戻って目覚めるのだろうか?
そしてやっぱり、私に明日は来ないのだろうか。
――いや、例え明日が来ても。
明日が来れば、私は彼に振られる運命なのだ。
あの時と同じように私の好きな人は私を残して去って行く。

(^ω^)
 私はホライゾン君を見上げた。
私の視線に気付くとホライゾン君は「大丈夫、すぐに助けが来るお」と言ってくれた。
ホライゾン君はいつでも前向きだ。
それは恋愛に関しても同様だ。
――それに比べて私はどうだろう?
あの時、そしてホライゾン君、私は何をするべきだったんだろう?
何をするべきだったのか?
何をするべきだったか。何をしなかったのか。
何をしなかったのか?
いや、何かをしたのか?
私は何をした?
私は――、何もしなかった――。
 そうだ、私は何もしていない。
何もしていないではないか――。
あの時も今回も、私は自分の想いを隠して、ごまかして、何もしていなかった。
みんな私のそばにいた、好きな人は私のそばにいた。
それなのに、好きな人がいたのに、私は何もしなかったんだ。
そうだ、みんなが私から去って行ったのでは無い、私が何もしなかっただけなんだ。

(^ω^)
 それからどれくらいの時間が経ったのだろうか?
何時間にも感じられるが、ほんの数秒のことかもしれない。
「おっおっおっ」
ホライゾン君がうめき声を上げ、その手が震え始めた。
恐らくはもう限界なのだろう。
このままでは二人とも落ちてしまう。
「クーさん、落ちたらゴメンだお」
ホライゾン君は私を見て言った。苦しそうな表情だったが、やはりどこか笑顔にも見えた。
ああ、私の好きなあの笑顔だ。
――今、私の目の前には私の好きなホライゾン君がいる。
彼の笑顔を見た私は何も考えることなく口から言葉が出てきた。
「ホライゾン君――。私は、君の事が好きなんだ」

(^ω^)
 ホライゾン君は驚き、目を丸くして私を見た。
そんな彼を見ながら、私は言葉を続けた。その内容は自分でもまったく予想しないものだった。
「だから、君の恋がうまくいくよう応援している。がんばってくれたまえ」
ホライゾン君はまだ驚いていたが、それでも何とか私にこう言った。
「クーさん、言ってる事が矛盾してるお」
ホライゾン君は困ったような顔をしていた。
「そうだな。だが、これが私の正直な気持ちなのだ。――もう自分の気持ちに嘘をつくのはやめたんだ」
私はそう言った。
自分でも不思議だった。何故こんな事を言っているのか。
しかし、本当にこれが自分の正直な気持ちだったのだろう。
そうだ。私は彼が好きで、その彼が望んでいる事があるのだ、私はそれを叶えてあげたいと思う。
「ホライゾン君」
私は彼の名を呼んだ。
「君には、生きていて欲しいんだ」
私の言葉にホライゾン君は眉をひそめた。
「クーさん。クーさんが何を言っているのか分からないよ」
私は微笑んで彼に告げた。
「お別れだよ」
ホライゾン君は困惑した寂しそうな表情で私を見つめた。
そんな表情を見ていたら、切なくなるのは私の方だ。私は彼に言った。
「そんな顔をしないでくれたまえ。私は、君の笑顔に惚れたのだ」
私の言葉で、ほんの微かにだが、彼の顔に笑顔成分が含まれたような気がした。
「内藤ホライゾン君、君を好きになってよかったよ」
私は、ゆっくりと彼の手を離した。

(^ω^)

 落下してゆく浮遊感だけに包まれた中で、私は0時を告げる鐘の音と「ブーン」という声を聞いたような気がした。


(^ω^)
 ――次に目が覚めたのはベッドの上だった。
私は窓から差し込む明るい日差しの中にいた。
また朝に戻ったのだろうか?
しかし、私は見覚えのないベッドに寝ていた。
ここはどこだろうか? 周囲を見渡す。
白い壁や天井、床がまぶしい。
どうやら病院のようだ。何故こんな所に?
その時、ドアが開いて一人のナースが入ってきた。
彼女は私が起きているのを見て「ああ、よかった! 気付いたのね」と言い、ドクターを呼んだ。
「私はどうしてここにいるのだろう?」
私の問いに彼女が答えた。
「あなたは事故で観覧車から落ちたのよ」
その言葉で全てを思い出した。
そうだ、私は観覧車から落ちたんだ。
しかし、どこもケガをしているようには思えない。
どうしてだろうか?
あれからどうなったんだろう?
――そうだ、ホライゾン君は!?
彼はどうしたのだろう?

(^ω^)
 ナースはニコニコしながら話を続けた。
「それで、あなたどうして助かったか憶えてる?」
「いや、あの……」
私はホライゾン君の事が知りたかった。
「ホ、ホ、ホ、ホライゾン君は!?」
焦るあまり、うまく話せない。何ということだ、落ち着かねば。
「そう! 彼!」
彼女は今にも飛び上がりそうなくらい楽しそうな声を上げた。何がそんなに楽しいというのか。
「わたし、もう感動しちゃったわよー!」
彼女は既に私の事などお構い無しに話していた。
「と言ってもわたしも目撃者からの話を人づてに聞いただけなんだけどねー。すごいわよね、彼! まるで映画よ!」
話が見えずに、困惑している私に彼女は聞いてきた。
「もしかして、全然憶えてないの?」
私は小さく頷いた。
彼女はふふっ、と笑う「じゃあ教えてあげる」と、まるで秘密を打ち明けるかのように話を始めた。

(^ω^)
 私が助かった理由はこうだった。
ホライゾン君と手を離した私は、情けないかなその時点で気を失っていた。
だが、ホライゾン君は私が手を離した直後、「空も飛べるお!」と叫ぶと自らも観覧車から手を離し、私めがけて飛んだ。
両手を広げ、鳥の様に、飛行機の様に彼は飛んだ。
私が聞いたあの「ブーン」という声。あれはやはりホライゾン君だったのだ。
そうして、ぐんぐんと私に近づいて来たホライゾン君は目の前まで来ると、手を伸ばし、そして私の手を取った。
私は再びホライゾン君と手をつないだのだ。
手を繋いだまま私達二人は空を飛んだ。
いや、正確には落下していたのだが。
そして、地面まで後少しという所でホライゾン君は私を抱きかかえて近くにあった木に突っ込んだ。
おかげで私は無傷、そしてホライゾン君も両足骨折以外、命に関わるようなケガは無いという。

(^ω^)
 この話を聞いて、私は自分のした事の無意味さを嘆いた。
あの時、私が自ら彼の手を離したのは、決して自暴自棄になった訳ではない。
私という重りさえなければ、彼は助かると思ったのだ。
そこに「自己犠牲」などという気持ちがあったわけではない。
私はただ「彼に生きていて欲しい」と望んでいただけなのだ。
しかし、結果としてそれは何の意味も無かった。
結局は私が彼に助けてもらってしまった訳だ。
何の意味も無い事、空回り。何をしているのだ私は……。
――でもあの告白。
あれには確かに意味があった。

(^ω^)
 もう一つ、私は重要な事を思い出した。
そうだ、あれは昨晩の出来事だ。そして今は翌日。
――という事は!?
「すいません! 今日は何日ですか!?」
私は慌てて聞いた。
ホライゾン君の話で盛り上がっていたナースは私の質問など聞いていなかった。
「え? 何?」
「今日の日付です、何日でしょうか?」
彼女は何故そんな事を聞くのか分からないという表情をした。
「大丈夫よ。そんな何日も意識不明だったりしないわよ。事故は昨日の夜の事。だから今日は4日よ」
その言葉を聞いた私は一瞬、全身がこわばり、それから一気に力が抜けた。
私は――、ループを抜け出していた。

(^ω^)
 人を好きになるという事は、触れれば壊れる水面の向こうだと思っていた。
だが、それは間違いだったのかもしれない。
そこに触れた時、たとえ水面は壊れたように見えても、その中の世界はそのままにあるのだ。
ホライゾン君は私が想いを告げても、私から去って行くどころか、命がけで私を助けてくれた。
勿論、その原動力は彼の致命的なまでのやさしさであり、私への愛という訳ではない事を私は承知している。
ループという魔法が解けた今、次に会った時に私はやはり振られる運命にあるのだろう。
さすがに少しは落ち込んでいる私ではある。
しかし、後悔はしていない。
もう、ホライゾン君のことで未練に思うことは無い。
私は彼に想いを告げ、自分の出来ることはしたんだ。
いや――、もしかしたら私は、ホライゾン君に好きな女性がいると聞いた時点で既に彼の事を諦めていたのかもしれない。
諦めることが出来なかったのは彼の事では無く、誰にも伝えることが出来なかった自分の想いだったのではないか。
私がやっとの思いで開けたシュレディンガーの箱にはもう猫は入っていなかったということだ。
 今回のことで私は過去の失恋からも開放された気がする。
少し落ち込んではいるが、何だかとても気分がいい。そう、恋でもしたい気分だ。
そうだ、私は恋をしよう。
まずはホライゾン君の病室に行って、彼にお礼を言おう。
それから新しい恋をしよう。
そしてこれからは、私は自分の想いを素直に伝えよう。
今まで伝える事の出来なかった全ての私の想い達の分も、真っ直ぐに恋と向き合おう。
 まもなく桜が満開になるだろう。
咲き誇る桜の中で、私は恋をしよう。
自分に誇れる恋を。
満開の桜に負けないぐらいの恋を――。


2006.5.26掲載


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