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内藤神社でバレンタインデーのようです

(^ω^)
 その日は土曜日で学校も休み。いつものように内藤神社へ行くとまたもブーンが御札を書いていた。
ブーンはこの内藤神社の神主の息子で、神社生まれというだけあって法力がある。
そして、こうして自分で作った御札にその力を注ぎ込むと様々な不思議な現象を引き起こす事が出来るのだ。
「今日のは何の御札だよ?」
俺の質問にブーンが御札から顔を上げた。
「ドクオ、今日が何の日か知らないのかお?」
「…………」
俺はその質問には答えない。
するとブーンが俺に言って来た。
「じゃあ、教えてあげるお。今日は――」
「知ってるよ」
ブーンの言葉にかぶせるように俺は答えた。
「バレンタインデー、だろ?」
「そうだお」
ブーンがにっこりと笑う。
そう、今日はバレンタインデー。
でも、それが何だって言うんだ。
他のみんながどうか知らないが少なくとも俺はそんな日だからって何か特別な日だったりはしない。
――まぁ、つまりは誰からもチョコレートを貰える当てが無いのだ。
「お前はいいよな」
俺はブーンに言う。
「どうせツンさんに貰えるんだろ?」
ツンさんというのは近所の寺のお嬢さんでブーンの幼馴染。年齢は俺達の2つ上の高校一年生。
そして――、どういう訳かこの二人は婚約しているのだ。
「ドクオはくれる人はいないのかお?」
「いる訳ねーだろ」
ブーンの質問に俺はふてくされながら答えた。

(^ω^)
「そんな時は――」
俺の答えにブーンが言った。
「そんな時には『ギブミーチョコレート』と唱えるといいお」
「何それ? ここ、戦後?」
俺の突っ込みにブーンはにこにこと言う。
「知らないのかお? ギブミーチョコレートはチョコレートが貰える呪文だお。何でも昭和21年にバレンタイン少佐が――」
「はいはい、鳥坂センパイ鳥坂センパイ」
俺は再び突っ込み、それを聞いたブーンが残念そうに言う。
「――なんだ、知ってたのかお」
「それぐらい知ってるよ。俺の雑学知識をなめんなよ?」
「そんなのは雑学知識とは言わないお」
「なんだと?」
「じゃあドクオ、これは知ってるかお?」
「何だ?」
睨む俺にブーンが得意気な顔で聞いてきた。
「2月14日はバレンタインデー、3月14日はホワイトデーだお。じゃあ――」
「うん?」
「4月14日は?」
「――――っ」
俺は答えに詰まる。4月14日? 何だそれは、お菓子業界の新たなる謀略か?
「はい! 時間切れだお〜」
「はえーよ!」
あまりにも短い回答時間に抗議する俺の声をまるっきり無視してブーンが答を言う。
「正解は《オレンジデー》でしたー」
「何だそりゃ?」
聞いた事の無い単語に俺はブーンを見つめる。
「それ、どんな日なんだ?」
「そんなの知らないお」
ブーンは平然とそう答え、それから続けて言った。
「でもきっと忠義を誓う日だお。2月に告白して3月に返事して4月にお互いの忠義を誓うんだお」
「はいはい、ジェレミアジェレミア」
俺は呆れながらも三度目の突っ込みを入れた。

(^ω^)
「――それで?」
「なんだお?」
「結局、何なんだ? その御札」
「だから、バレンタインデー用の御札だお」
そう言って、ブーンが得意気に見せる御札を見ながら俺は考えた。
バレンタインデー用? つまりはチョコレートが貰える御札って訳か。成る程、そいつはいいぞ。
でも――、神社でバレンタインとかいいのかよ?
しかしこの際、そんな事は些細な疑問だ。
俺はそわそわとブーンに聞く。
「で、どうやって使うんだ?」
「相手に見せれば効果を発揮するお」
「効果持続時間は?」
「急ごしらえだから夜には切れるお」
相変わらず長続きはしないのか。まぁいい。とにかく、これで俺もチョコレートが貰えるって訳だ。
「よし! 早速――」
女の子を探して試してみようぜ、と言おうとする俺の声を遮ってブーンが叫ぶ。
「よし、早速ドクオで試してみるお!」
そして、言い終わるやいなやブーンは俺に御札を差し出し、法力を込め始めた。
「ふぉぉぉぉっ!」
「――ちょっ! 待っ……」
制止しようとする俺を無視してブーンは気合を込めて叫ぶ。
「はぁっ、お!」
慌てて目を閉じ、御札を見ないようにしようと思うが時すでに遅し。御札は眩く光り輝き、その効力を発揮する。
嗚呼、これで俺はブーンにチョコレートをあげたく――
「………………………………あれ?」
――なってない。
俺は恐る恐る目を開ける。
目の前ではブーンがにこにこと笑っていた。

(^ω^)
 御札は効果を発揮しなかったんだろうか? まぁ、こいつのやることだしそれくらいはあるか。いずれにしても失敗で良かった。
ほっとする俺にブーンが聞いてくる。
「どうだお? 何か言いたくなったんじゃないかお?」
は? 何言ってやがるんだ? こいつは。
「ブーンは――」
だが次の瞬間、俺の意思とは無関係に口が勝手に喋り出した。
「おっおっおっ、早速効果が現れたお」
喋り出した俺を見て一層にこにこと笑うブーン。
そして、俺は言った。
「ブーンはいつ見ても、おもしろいゆかいな顔だなあ」
「そんな事、思ってたのかお……」
そう。これは決して口にした事は無いが俺が思っていたブーンに対する思いであった。
俺の言葉に表情は笑っているがどう見ても怒っているブーン。
しかし、俺の口は止まらない。
「そのフォルム、ある意味芸術的ですらある」
「余計なお世話だお……」
「最近じゃあ、こう、あごの辺りのぷよぷよ感が――」
「ほっといてほしいお……」
「それに何と言ってもその口――」
俺は口にしたことは無いが密かに思っていた事を次々とブーンに浴びせ掛け、やがて俺の数々の言葉にブーンは音を上げた。
そして、俺の口はひとしきりの言葉を吐き終えると何時の間にか止まっていた。
「――――――ハッ!」
自分の口が止まっている事に気付き、俺はブーンに怒鳴るように聞く。
「ちょっと待て! 何だこれは!?」
「御札の力だお……」
俺の言葉に打ちのめされたブーンは力無くそう言い返す。
「御札の力だって?」
俺は驚き、聞き返す。
「この御札は、相手に見せるとチョコレートをくれるとかそういうのなんじゃないのか!?」
「……違う、全然違うお」
まだうなだれたままのブーンは俺に今回の御札の効果を教えてくれた。
「これは、見せた相手が素直になる御札だお」
見せた相手が素直になる? ――ああ、それで俺はブーンにあんな事を言ったのか。
「今はちょっと手加減したけど、全力で使ったら自分が素直になってる事さえ自覚しないお」
あれで手加減だと? 何と恐ろしい。

(^ω^)
「ふーん、そうか。でも――」
俺は納得し、そして直後に生じた新たな疑問をブーンにぶつける。
「何でバレンタインデー用でそんな物作ったんだよ?」
俺の質問にブーンは顔をあげて説明する。
「毎年、ツンはバレンタインデーにチョコレートをくれるお。だけど――」
「だけど?」
ちょっとだけ、こめかみの辺りがぴくぴくとしたけれど俺は黙って続きを聞いた。
「いつも、その前の話が長くて、中々チョコレートを渡してくれないんだお」
「それくらい我慢しろ」
「それに――」
「それに何だ?」
俺の再度の問いかけにブーンは肩をすくめて言う。
「それに毎回、『あんたの為に作った訳じゃないんだから』って渡すんだお」
「……ああ、ツンさんらしいと言えばらしいな」
俺は頷く。ツンさんは何かあるとすぐに照れて自分のブーンへの気持ちを否定する。それがどんなにバレバレだったとしてもだ。
「でも――」
ブーンが言った。
「バレンタインデーはもっと愛に満ち溢れてるべきだと思うんだお」
……あほか、まったく。こちとらバレンタインどころか好きな女子の一人もいやしないってのに。
俺は呆れて呟く。
「まったく、くだらない御札作りやがって。どうせなら、ギブミーチョコレートと唱えたらチョコレートが貰える御札でも作りやがれ」
「そんな物、ぼくには必要ないお」
俺の言葉にそう言い返してにんまりと笑うブーン。
くそっ! 羨ましいやつ。だがここで僻んだら負けを認めた事になる。俺はぐっと言葉を飲んで――
「くそっ、うらやましい。――――おわっ!?」
俺の口から意に反して言葉が漏れる。しまった、素直になっていやがる。
「おっおっおっ。その内、ドクオにもチョコレートをくれる人が現れるお」
「うるせー……」
俺にはもう、口をAの字にして拗ねる事しか出来なかった。

(^ω^)
「ブーン、いるー?」
そうこうしている間に内藤神社への階段を登って来る声が聞こえてきた。
「ツンが来たお」
ブーンが俺を見て再びにんまりと笑う。
やがて、階段を登りきったツンさんが境内に姿を現した。
「あら、ブーン。いたの?」
「いたんだお」
にやにやと締まりの無い顔で返事をするブーン。その理由はツンさんの手の中にあった。
「ふーん、そっか、いたんだ。ふーん……」
何を言うでも無く、でも何かが言いたい様子で辺りをうろうろとするツンさん。
「ツン、今日はどうしたんだお?」
ブーンも分かっているだろうにわざとそんな事を聞きやがる。
「え? 別に?」
「そうなのかお……」
「えーっと……、今日は良い天気ね」
「……うん」
「でも、良い天気の定義って何なのかしらね? ブーン分かる? それはやっぱり過ごしやすいって事なのよ」
「こ、答える隙が無いお……」
「じゃあ、過ごしやすいっていうのはどういう事かというとね――」
そうして、どうでもいい話を話し始め、それを延々と続けるツンさん。
でも、ツンさんが何を語らずともツンさんの手の中にあるかわいいリボンの付いた小さい箱が、ツンさんがここに来た理由を雄弁に物語っていた。
「――だからわたしは思うわけ、カレーが飲み物ならばカレーパンはどういう扱いになるのかって」
ツンさんの話はどうでもいい話からわけの分からない話になっていて、そして相変わらず手の中の箱はブーンには渡されない。
「ツン!」
その時、話を続けるツンさんにブーンが呼びかけた。
「な、何?」
ツンさんが話を中断してブーンを見る。
呼びかけたブーンの手にはさっきの御札があり、そしてブーンは振り返ったツンさんにその御札を見せた。
「――――!」
ツンさんの目がその御札をとらえた瞬間、あるいは御札がツンさんの目を捉えた瞬間、御札はまばゆく光り輝き始め、その光りがツンさんを包み込んだ。
光りは徐々にその強さを増し、光の中、ツンさんの結ばれた髪がまるで突風にあっているかのようにはためく。
そして光の強さが最高潮に達し、全てが真っ白い光りで包まれた直後、パンッという音と共に光は消え、ツンさんがまるで何かに操られているかのようにブーンに向き直った。
「――はい、ブーンこれ」
そしてツンさんは手に持った箱をブーンに差し出す。
「バレンタインデーのチョコレートよ」
ブーンは満面の笑顔で手を伸ばす。
「ありがとうだお!」
しかしその時、ツンさんが言った。
「言っておくけど――」
「?」
チョコレートを手に持ったままツンさんはブーンを真っ直ぐに見つめて言う。
「あんたの為に作った訳じゃ無いんだからね」

(^ω^)
「………………あれ?」
ツンさんから発せられたその台詞に戸惑うブーン。
「効いてないのかお?」
「何言ってるのよ?」
ブーンは改めてツンさんを見つめ、言う。
「ツン、素直になっていいんだお?」
「?」
今度はツンさんが戸惑う番だった。
「だから、何の話?」
その表情は本当に不思議そうで、とても照れたり恥ずかしがっている様子は無かった。
試しに俺はツンさんに聞いてみる。
「ツンさん。ブーンの顔ってどう思います?」
「え? うん、そうね。いつ見ても、おもしろいゆかいな顔だと思う」
「……ツンもそんな事思ってたのかお」
「それに、最近は――」
「も、もういいお……」
ブーンが慌てて制止する。
ふむ、どうやら御札の効果はあるらしい。
だとするとツンさんのさっきの言葉は本心で、素直になったから言った言葉だって事だ。
「ねぇ、ツンさん。そのチョコレート――」
どういう事か分からなくなり、思わず俺が聞いてしまった。
「ブーンの為じゃないって、じゃあ、どうして?」
ブーンも俺の言葉に乗っかりうんうんと頷きながらツンさんに振り返る。
すると、ツンさんは俺達から目を逸らし、俯き加減に答えた。
「――欲しいものがあるのよ」

(^ω^)
「欲しいもの?」
「そう」
俺が聞き返すとツンさんはあっさりと頷いた。
欲しいものがあるからチョコレートをあげる。つまりはホワイトデーのお返し目的か。
「女は――」
俺は慌てて自分の口を押さえ、心の中で密かに思う。
女はこえーなー。
愛に満ち溢れたバレンタインデーを望んだブーンと一ヶ月後の見返りを求めたツンさん。
男と女の間には海よりも広くて深い川があるって言ったのは誰だっけ?
ほんと、住んでる世界が違うんだな。
ブーンはツンさんの言葉にがっくりとうなだれる。
「わ、わかったお……。あんまり高価な物じゃなければ……」
しょげるブーンにツンさんが微笑む。
「やさしいのね、ブーン。わたしがあなたの中で一番好きな部分よ。でもね――」
ツンさんはブーンを見つめ、言った。
「それは物じゃないの」
「げ、現金かお!?」
「違うわよ! 馬鹿……」
ブーンはしばらく腕を組んで考えていたが、やがて首を傾げて聞いた。
「分からないお。ツンが欲しいのは一体何なんだお?」
ブーンの質問にツンさんは優しく微笑み、真っ直ぐにブーンを見つめると、言った。
「あなたの愛よ」
ツンさんの瞳がブーンを捉えて離さない。
「――いつまでも、わたしを好きでいて」
「ツ、ツン――」
「…………結局、こうなるのかよ」
うっかり口に出してしまったが、つまりはブーンもツンさんも二人共、バレンタインデーに愛を望んでいたって事か。何だかなぁー。出来すぎだよ。
俺は悔し紛れに、ふん、と鼻で笑う。
でも、そんな俺には目もくれない、ブーンとツンさんは二人の世界。

(^ω^)
「あげるお! ぼくの愛ならいくらだってあげるお! それに、来月のホワイトデーだってちゃんとお返しをするお! そして再来月には忠義を誓うお!」
「――うん」
満面の笑顔で叫ぶブーンと頬をピンクにしてにっこり笑うツンさん。
まったく、何が――
「何が忠義だ。うらやましいでございました!」
俺の口がそう叫んだが、俺の言葉なんかまるで耳に届かず、二人はじっと見つめ合う。
そしてそんな中、ふとツンさんが言った。
「でも、本当は――」
「何だお?」
でれっとした顔でブーンが聞き返す。
素直モードになったツンさんは更に秘めていた想いをブーンに打ち明けるらしい。はぁ……
「はぁ……。もう、勝手にいくらでもやってくれ」
俺の呟きに続き、ツンさんがブーンに打ち明ける。
「本当はね」
「うんうん」
期待に目を輝かせるブーン。そして、ツンさんが言った。
「本当はあんたにチョコレートなんかあげたく無いのよね――」

(^ω^)
「どどど、どうて……、いや、どどど、どうしてだお!?」
混乱して取り乱すブーン。
そんなブーンにお構い無しにツンさんはしばらく思案していたが、ふと視線を上げ、ブーンを見る。
「――そうだ。やっぱりあげるのやめよう」
そして、決意したようにそう言うと、ツンさんは手に持っていたチョコレートを引っ込めた。
「だ、だからどうしてだお!?」
「だって……。さっきも言いかけたんだけど、最近のあんた――」
「うんうん、ぼくがどうしたんだお!?」
焦って聞くブーンにツンさんは静かに言い返す。
「太ってきて無い?」
「――――ッ!」
「わたし、ブーンの事が好きだし、大抵の事は気にしないわ。――でもね、どうしても肥満体型だけはダメなの」
何も言い返せないブーンにツンさんは淡々と話を続けた。
「もうこれは気持ちの問題じゃないの。それにもし、これから先、いよいよって時に服を脱いであんたのお腹がぽにょんとしてたらわたし、一気に冷めて婚約破棄も視野にいれて考えちゃうかもしれないわ」
さすが素直モード。こんな台詞でさえも言い淀む事も無しにまるで何でもない事のようにツンさんはさらっと口にした。
「チョコレート一つ位でどうにかなるとは思わないけど、逆に考えるとチョコレート一つでも我慢するべきだと思うのよね」
そしてもう一度ブーンに告げる。
「そんな訳でこれは今年はチョコレート無しね」
そして、そのままくるりと振り返ると内藤神社から出てゆく階段に向かった。
「じゃあ、わたし帰るわ」
「ちょっ、ちょっと待ってお……」
階段を降りて行くツンさんとそれを追うブーン。
「何よ、あげないって言ってるでしょ!」
「で、でもでも……」
「しつこいわね。あんたの為でもあるんだから我慢しなさいよ」
「じゃ、じゃあそれを最後のチョコレートにするから……」
「だ・め・よ!」
そんな言い合いをしながら二人は階段を降りて行き、やがてその姿は見えなくなった。
――まぁ、ツンさんブーンに甘いし、結局夜には元に戻って貰えるんだろうけどさ。
「……さて、俺も帰ろうかな」
一人ぽつんと取り残された俺は傾いてきた太陽を見て呟いた。
そうして、家に帰る為に内藤神社から降りる階段に辿り着き、そこを降り始めた頃、
「ツーン! ギブミーチョコレート!」
遠くからそう叫ぶブーンの声が聞こえて来た。


2009.3.3掲載


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