[ TOP ] > ある聖バレンタインデーの物語 〜 少女内藤はチョコレートを渡そうとし、少年ツンは断るようです 〜

(^ω^)
「別に要らないよ、お前からのバレンタインデー・チョコレートなんて」
二月に入った最初の日、学校からの帰り道で俺はそいつからの質問にそう答えた。
そんな、俺の淡々とした返事に目の前にいる身長150cmの女子はその大きな瞳で俺を見つめ再び聞いて来る。
「ほんとかお?」
「ああ、勿論」
「後悔しても知らないお」
「後悔?」
どうして俺が後悔しないといけないのか。聞き返す俺にそいつは逆にどうしてそんな事を聞くのかというような顔で更に聞き返してきた。
「そうだお。だって男子はみんなバレンタインデーにはチョコレートが欲しいんじゃないのかお?」
「そうだな――」
俺は正直に、そして余裕たっぷりに答える。
「お前からじゃなければな」
だが、俺からのそんな言葉にそいつは今度は笑って返した。
「ふふふ」
「……何だよ?」
見下ろす俺にそいつはにっこり微笑んで言う。
「ツンはそう言うと思ったお。いつも通りのツンだお」
「――で、でもまぁ」
そう言ったそいつのその余裕の表情が何だかくやしくて、俺はそいつを横目で見ながら口を開いた。
「お前がどうしてもって言うなら貰ってやっても――」
「あ! 猫だおー!」
だが、そいつは俺の言葉を最後まで聞きもせず、道の先に発見した猫に向って駆け出した。
突如置き去りにされ、俺は呆気にとられる。
「……何だよあいつ」
しばらくしてようやくそんな言葉が口から漏れる。
ほんとあいつ、何考えてるか分からないな――。
俺はそんな事を思いながら猫に向って走るそいつの後ろ姿を見つめていた。
「ブーン! ブーン!」
そう言いながら両手を広げ、首に巻いたマフラーをなびかせて走るその少女。彼女の名前は内藤ホライゾン。
同じ学校の隣りのクラスの女子。
そして俺の――。俺の、何なのだろうか?
付き合っている訳でも無いし、その前の段階という訳でも無い。
俺と内藤が交わした約束はただ一つ。「一緒に帰る」、それだけだった。

(^ω^)
 猫と戯れる内藤に俺はゆっくりと近付く。
残り数メートルまで近づいたところで俺に気付いた猫が内藤の腕をするりと抜け、走って逃げて行く。
「あーあ、行っちゃったお」
内藤が俺に振り返り笑って言う。
「ツンが来るといつも猫が逃げちゃうお」
「そうだな」
そう答える俺に内藤がしゃがんだまま俺を見上げ、聞いてくる。
「――それで、どうだお?」
「何が?」
「やっぱり、思い直してチョコレートが欲しくなったかお?」
俺は内藤を見返しながら答える。
「……いや」
「むむむ」
むくれる内藤。そんな内藤に俺は言う。
「大体、バレンタインデーなんてお菓子会社の陰謀だろ? 何でみんな、それを知ってて乗るんだ?」
内藤は俺を見上げ、呆れたように答えた。
「ツンは女の子の気持ちを分かってないおー」
「……ああ、そうだな」
俺は再びそう答え、それから続けて内藤に言った。
「――さ、帰ろうぜ」
俺の言葉に内藤はゆっくりと立ち上がるとぴょんと一歩飛んで俺の隣り着地した。
そして、俺と内藤はいつものように並んで歩き始める。
「ハッピー・ラッキー・ゼッコーチョー♪ 冬はボクの季節だよ〜♪」
やがて、内藤が歩きながらそんなでたらめな鼻歌を歌い始めた。

 内藤と最初に一緒に帰ったのは三ヶ月前の雨の日だった。
「――ツン、一緒に帰るお」
昇降口で、突然降り始めた雨を見上げて途方に暮れていた俺に誰かが話しかけてきた。
「え?」
振り返るとそこには傘を手に持った内藤がいた。
「雨で帰れないんだおね? ボクの傘は大きいから一緒に入って行くといいお」
そう言って、その大きな傘を俺に見せる内藤。
「い、いやでも……」
言葉の続かない俺に内藤が微笑む。
「遠慮しなくていいお」
内藤の事は中学が一緒だったので知ってはいたが、それまで話した事も無かったし、突然の事に俺は遠慮というか戸惑っていた。
「い――、いいよ。止むまで待つから」
やっとのことでしたその返事を聞かなかったかのように、内藤は俺の腕をつかむと扉の外に引っ張って行った。
「きっと、ずっと止まないお。いいから入って行くお。ほらほら」
ぐいぐいと手に持った傘と好意を押し付けてくる内藤を断りきれず、結局、俺は内藤と一緒に帰ることになってしまった。
 帰りの道中、内藤はまるで探知機のように猫を見つけては俺に教えてくれて、時には歌い、そして残りの時間はずっと何かを喋っていた。
そして、実際に傘をさしてみて分かったのは、大きく見えたのは内藤との対比のせいで、実はそれは普通のサイズの傘だという事だった。
さらに俺は小柄でしかもちょこまかと動く内藤が濡れないようにと手に持ったその普通サイズの傘の位置を調整するのに忙しくて、内藤が何を話しているのかなんてさっぱり聞いていなかった。

(^ω^)
「ツン、一緒に帰るお!」
その翌日、昇降口で話しかけて来たのはまたもや内藤だった。
俺は一旦、空を見上げ、それから内藤に視線を戻し、言う。
「今日は傘、要らないけど――」
「何言ってるんだお? これからは一緒に帰るんだお」
内藤の言葉に俺は驚き言い返す。
「か――、勝手に決めるなよ」
「勝手じゃないお!」
内藤が怒ったように言い返してきた。
「昨日、そう言ったじゃないかお。家も近いし、どっちも部活もやってないからって」
「え? あ、そうだっけ……」
昨日、そんな話をしていたのか。
覚えていないのかお? と、内藤が頬を膨らませて俺を見ている。ちょっと気まずかった。
「ツンが一人で帰るのは寂しそうだから、これから毎日ボクが一緒に帰ってあげるおって」
内藤の言葉に俺は反射的に言い返す。
「べ、別に寂しくなんか……!」
「昨日、ツンがそう言ったお」
内藤が微笑みながらそう言った。
「………………」
流石に、にわかに信じられなかった。俺は内藤をじっと見つめ、問い質す。
「……本当か?」
「……嘘だお」
内藤は俺を見つめ返したまま臆すことなくそう答えた。
「…………」
一体、どこまでが嘘なのか。一緒に帰る事になったのは本当なのか、それとも寂しいと言ったという個所だけなのか。
考えあぐねる俺に内藤が言った。
「ほんとはボクが一緒に帰りたいんだお」
そして大きな瞳で真っ直ぐに俺を見る。
「――だから、断られたってついて行くお!」
そう言って、にこにこと微笑む内藤。
そのあまりにも邪気の無い笑顔を見せられた俺に出来る返事はたった一つだった。
「分かったよ。勝手にしろ……」
「うん、そうするお」
俺の返事に内藤は嬉しそうにそう言って微笑んだ。
 そうして、俺たちは日々昇降口で待ち合わせ、一緒に帰る事になった。
内藤と一緒に帰るのは嫌では無かった。話してても結構楽しかったし、内藤の突飛な行動を見ているのも面白かった。
でも正直、それで胸が高鳴るとかいう事は無かった。
何と言っても相手は内藤だったし、それに自分の事を「ボク」なんて言う女子とかありえないと思っていたから。
だから、一緒に帰ってはいたが、俺にとって内藤は完全な『友達』で、それどころか女の子として見てるかさえあやしかった。

「――それにさ」
鼻歌を歌いながら歩く内藤に俺は言った。
「なんだお?」
「貰えない男が可愛そうだとは思わないか?」
「何の話だお?」
内藤は目をぱちくりさせながらそう聞き返して来る。
「何のって――」
俺はちょっと呆れながら内藤に言う。
「さっきの話の続き、バレンタインデーだよ」
「ああ。バレンタインデーの話かお」
すると内藤はにっこりと笑い、そしてきっぱりと言った。
「思わないお」
「でもさ――」
反論しようとする俺の言葉を遮り、内藤は目を輝かせて訴えた。
「だってこれは女の子のためのイベントだお!」
そして内藤は俺の前に回り込むと、後ろ向きに歩きながら意気揚々と語る。
「ついでだから言っておくけど、ツンも含めて男子はみんな根本的に勘違いをしているお。バレンタインデーは《チョコレートが貰える日》じゃないんだお。主役はあくまでもボク達女の子。バレンタインデーは女の子が告白する為にあるんだお!」
そう宣言し、次に内藤は口を尖らせて言った。
「だから、女子がチョコレートがあげられなかった、と嘆くならまだしも男子がチョコレートがもらえなかったと嘆くのはお門違いだお」
そんな話を聞いて、俺に出来る返事はそんなに多くは無かった。
「…………そうか」
少ない選択肢からその言葉を選び、言った俺に内藤が聞く。
「どうだお?」
「何が?」
内藤がぴたりと足を止め、大きな瞳で俺を見上げて聞いてきた。
「この話を聞いて、ボクからのチョコレートが欲しく――」
俺は内藤の言葉を遮って言葉を返す。
「ならないよ」

(^ω^)
 だが、その日から事ある毎に内藤はチョコレートのセールスを繰り返した。
「……寒いな」
曇り空の下、白い息と共に吐き出された俺の呟きを内藤は聞き逃さなかった。
「そんなツンに心温まるバレンタインデーのチョコレートはいかがですかお?」
「……いらないっての」
そう返事をして、俺は内藤を見下ろして聞く。
「昨日も聞かれて、そう返事したろ?」
「気が変わったかなと思って」
ニコニコとそう答える内藤に俺は再び言った。
「か・わ・ら・な・い」
「むー」
内藤はうなり、そして聞いてきた。
「せっかくのバレンタインデーなのに、どうしていらないんだお?」
「だから――、これも昨日言ったろ? お前からだからだよ」
そう言ったものの、それは本当の理由じゃなかった。
本当の理由はただ単に、このやりとりを楽しんでいるだけだった。
内藤がチョコレートが欲しくはないかと聞き、俺が断る。この繰り返しをひとつのゲームのように楽しんでいた。
そして多分、内藤もそれを楽しんでいるんだと思う。
「分かったお。じゃあ明日、ツンを恋に落としてみせるお」
内藤が突然、そんな事を言った。
「は?」
聞き返す俺に内藤は更に付け加える。
「明日の朝、そこの角で待ってて欲しいお。時間は遅刻ぎりぎりぐらいで」
「何だその妙な指定は? 何を企んでる? 何処か行くのか? だったらむしろ今から――」
俺の言葉に内藤が言い返す。
「だめだお、今言った条件が必須なんだお。それに、今は必要な物が一つ足りないんだお……」
「……必要な物って何だよ?」
聞き返す俺に内藤が答える。
「パン、だお」
パンだって――? 俺は考える。パン、朝、遅刻ギリギリ、そして道角――。
「お前、まさか……」
俺は眉間にしわを寄せながら内藤を見つめる。
「お、ツン。ボクの考えてる事が分かるのかお」
内藤が嬉しそうに俺を見返す。
残念ながら、こんなに毎日一緒に帰っていれば、こいつの突拍子無い行動もある程度は分かるようになってきていた。
俺は極めて低いテンションで呟くように言った。
「俺、明日自転車で行く」
「…………それじゃあ、ただの交通事故になっちゃうお」
内藤が笑顔を固まらせてそう言った。
……やっぱりか。
「いや、言っておくけどそれだけじゃあ、絶対に恋とか落ちないから」
俺は内藤にそう告げた。
朝、遅刻しそうになり、朝食のパンをくわえたまま学校に走って行き、途中の角で相手とぶつかって、その後、恋に落ちる。
あんなの漫画の中だけだ。いや、今では漫画の中ですらネタ扱いだ。
「そうか、やっぱり――」
内藤が肩を落として言う。
「転校生じゃないとダメかお。じゃあ、明日には間に合わないお……」
「……お前、あほだろ」
俺はがっかりする内藤を呆れながら見つめる。
その時、俺の背後に何かを発見した内藤の表情がぱぁっと華やいだ。――ああ、それが何か、もう見なくても分かる。
「猫発見だおー!」
案の定、内藤はそう言って駆け出した。
やれやれ。忙しい奴だ。
俺は振り返り、猫と戯れる内藤に向ってゆっくりと歩いて行った。

(^ω^)
 その日もいつも通り、内藤が道で見つけた猫と遊び、俺が近付くと猫は逃げ出した。
「ツンは雑念があるから逃げられるんだお」
内藤が振り返り俺に言う。
「いや、これが普通だろ? 相手、ノラ猫だぜ?」
「えー、でもボクは逃げられた事が無いお」
そう言い返す内藤に俺も言い返す。
「どっちかっていうとお前が変なんだよ。大体普通、あんなに急に近付いて行ったらどんな猫でも驚いて逃げるだろ」
だが、俺の言葉を聞きもせずに内藤はまたも勝手な事を決める。
「よし! 今日はツンと猫が仲良くなる日だお!」
「い、いいよ。そんなの……」
遠慮、というか面倒くさがる俺に内藤は早速、次の猫を見つけ、俺に叫ぶ。
「ほら! いたお! ツン、レッツ・ゴー!」
 そうしてその日、俺は内藤が猫を見つける度に、そいつらに近づけるように挑む事になってしまった。
「――ツンは猫の気持ちが分かってないお。遊んでやるよ、じゃなくて遊んでほしいって思って近づかないとだめだお。あ、それからその手袋。それも外した方がいいお」
内藤は歩きながら俺に猫に近付くコツを教え、同時に猫を探し、違う話をし、時には歌う。
まったく、いつも賑やかな奴だ。
「――でもだいぶ、猫との距離が短くなったお」
結局、内藤の家に着くまでに五匹の猫に挑戦したが、最後まで俺は猫に近付く事は出来なかった。
「別にいいよ。そんな同情なんかしなくても」
「バレたかお……」
俺の言葉に内藤はぺろりと舌を出した。
「じゃあ、また明日だお」
内藤が玄関の前で手を振る。
「ああ、また明日」
そうして内藤と別れ、自分の家に向かう途中、俺は一匹の猫を見つけた。
「べ、別に遊んでやってもいいんだぜ?」
周囲に誰もいないのに、そんな風に言い訳をすると俺は再度猫に挑んだ。
だが、猫は俺と目が合った瞬間に逃げ出してしまい、俺の差し出した右手は空しく寒風にさらされ、赤くなっていった。

(^ω^)
 翌日、いつものように昇降口で内藤を待つ俺の携帯が震えた。
着信は内藤からのメールだった。
『今日は風邪をひいて休んでるお。でもツンがチョコレートが欲しいって言ったら治るお』
「何だあいつ、また明日とか言っておいて……。っていうかあいつも風邪なんかひくのか」
そんな事を呟きながら俺は内藤に『お大事に』とだけ返信した。
直後、携帯が再び震える。
『一人で寂しいからお見舞いに来てほしいお』
俺は返信を打つ。
『感染るからいやだ』
送信して数秒後、またも着信。
『分かったお。じゃあ、今日の帰りは寂しいだろうけど、我慢して一人で帰るんだお』
俺は思わずぷっと吹き出すと返信を打った。
『一人静かに帰れて清々するよ』
そうして、メールを送信すると俺は家に向って歩き始めた。
 一人で帰宅したその日、俺はいつもよりだいぶ早く家に着いてしまった。
そして、何故かと考え、思いつく。そうだ、内藤が猫と遊んで時間をくったりしないからだ。
予定よりも早く帰宅してしまった俺は何だか手持ち無沙汰になってしまい、しばらく本を読んだりゲームをつけてみたりしたが、結局、着替えて家を出た。
そうして、途中のコンビニでアイスを2つ買うと内藤の家に向かった。
「ツン! どうしたんだお!?」
だぶだぶのパジャマを着て、髪をピンで留めた子供みたいな内藤が玄関に出て来た。
「……どうしたって、お見舞いに来いって書いてあったじゃないか」
そう言う俺に内藤は満面の笑みを見せる。
「うれしいお。さぁ、上がって上がって!」
靴を脱いで家に上がった俺は内藤に持っていた袋を差し出す。
「はい、これ。お見舞い」
内藤はさっき以上の笑顔で袋を見つめる。
「メロンかお!?」
「……違う」
袋を受け取り、中を確認する内藤に俺は言った。
「アイスだよ」
そして袋からアイスを取り出した内藤に俺は笑いながら続ける。
「喜べ、チョコレートだぞ! ほら、お前欲しがってたろ?」
「ち、違うお! 欲しがってたんじゃないお! あげたがってるんだお!」
内藤の反応に俺は白々しく言う。
「あれ? そうだっけ?」
「うう〜、ツンのばか〜」
内藤は顔を真っ赤にして悔しがった。
 それから内藤の部屋に行き、内藤はベッドに入って上体だけ起こしてアイスを食べ、俺も内藤の勉強机の椅子に座りながら一緒にアイスを食べた。
「おいしいお」
内藤はアイスを食べながらにへへと俺に笑いかけた。
「――ツン、ありがとうだお」
両手でアイスのカップを持ちながら、熱のせいでほんのり赤い頬をして潤んだ瞳で俺を見る内藤はいつもと違う雰囲気で何だか俺は急に落ち着かなくなってしまった。
「お、お前のために買ったんじゃないよ! あ、暑かったんだよ!」
咄嗟にそう言った窓の外では、灰色の雲が低く立ち込め、雪でも降りそうな気配だった。
「――うん、分かってるお。でも、ありがとうだお」
そう言って微笑む内藤。それを、不覚にもかわいいと思ってしまった。
「あ、あのさ――」
ピピピピピピピ!
何かを言おうと口を開いた瞬間、突然の電子音が部屋に響き、思わず心臓が止まりそうになる。
「あ、加湿器の水切れだお」
内藤が加湿器の点滅するランプを見てそう言った。
「……い、入れて来てやるよ」
俺は加湿器のタンクを外すとそれを持って内藤の部屋を出た。
部屋の外でドアに寄りかかり深呼吸をした。
心臓がまだドキドキしていた。

(^ω^)
「他に何かして欲しい事、あるか?」
加湿器の水を足し、部屋に戻った俺は内藤にそう聞いた。
「じゃあ、ついでだから――」
そう言って内藤はあれこれと遠慮なく俺に指示を出して来た。
氷枕の中身の入れ替え、頭を冷やすタオルの交換、そして音楽プレイヤーの準備から果てはレンタルしたCDの返却まで。
自分で聞いた手前、仕方なくそれらをこなし、俺は内藤に聞く。
「――で、次は?」
すると内藤は声のトーンを変え、少し甘えた調子で言った。
「最後に一つ、特別なお願いがあるお」
ピーンと来た俺は先手を打って内藤に言う。
「言っておくけどチョコレートならもらわないぞ」
「あう……」
どうやら察した通りだったらしく内藤は声を詰まらせた。
だがすぐににっこり笑うと俺に言ってきた。
「じゃあ、ぼくの頭を――」
「頭を、なんだ? 殴るのかお?」
そう聞く俺を内藤が見上げる。
「ひどいお」
内藤がそう言って笑い、俺も笑い返す。
「で? 頭をどうするんだ?」
再び聞く俺に内藤が言った。
「ぼくの頭を――」
たっぷりと間を置いて、内藤は俺をじっと見つめながら続きを言った。
「なでなでするお」
「ばっ――!」
俺は動揺してどもりながら言い返す。
「ばばば、馬鹿言うなよ! な、何で俺がそんな事……!」
「――はい」
だが内藤は俺の言葉なんか聞いてなかったかのように頭を俺の方へ傾げる。
俺は仕方なく、内藤の頭に手を伸ばした。
途中、誰もいないと分かっているのに、一応、周りを見回して確認をし、そして内藤の頭に手を乗せ、ゆっくりと手を動かした。
「ふふふ」
内藤が笑う。
「うれしいお」
内藤の頭は小さく、髪が柔らかくて、何だか猫を撫でているみたいだった。
「ツン、何笑ってるんだお?」
「――え?」
言われて初めて、俺は自分の頬が緩んでいる事に気が付いた。
「わ、笑ってなんかないよ。何を言うんだよ――」
そう言って、俺は内藤から顔をそむけた。
だけど本当は内藤が喜んでいることが嬉しくて、そして喜んでいる内藤を見ていると何だか心が温かくなっていた。

(^ω^)
 翌日の昼。昼食のパンを買う為に購買の前に出来た人垣に飛び込もうとすると背後から服を引っ張られた。
「――――?」
だが振り返るとそこには誰もいない。首を傾げ再び購買に向うと今度は前にも増して強い力で引っ張られた。
「誰っ――」
言いながら振り返ると目の前に弁当箱があった。
「――?」
不思議に思いながら視線を下げるとそこには弁当箱を捧げ持つ内藤がいた。
「……何だ内藤か」
「何だ、じゃないお! 何で最初、無視したんだお!」
頬をふくらませてむくれる内藤。
「え、いや……、視界に入らなかった」
「………………」
俺の正直な答えに無言で落ち込む内藤に俺は聞く。
「で、どうした? 俺、早くパン買いたいんだけど」
購買では有事の際のドルのごとく激しく買いが進み、俺の目的のパンは完売間近だった。
「昨日はお見舞いありがとうだお」
「べっ、別に……」
昨日の出来事を思い出し、思わず照れる俺に内藤は続けて言った。
「それで、お礼にお弁当を作ったんだお。だから今日はこれを食べるといいお。――何だお、その顔は?」
俺の表情の変化に気付き、聞いてきた内藤に俺は答える。
「……お前の手料理なんて食べたら死ぬかもしれないだろ」
そんな俺の言葉にめげずに内藤は言い返す。
「君の為なら死ねる、ぐらい言ったらいいお」
「何で俺が……」
「あ、でもやっぱりダメだお」
突然、内藤が否定する。
「何だよ、突然?」
聞き返す俺に内藤が言った。
「ツンが死んだら悲しいお」
「…………」
いや、言い出したのはお前だが。
だが内藤は次の瞬間、何かを閃き、顔を輝かせた。
「そうだ! でも、ボクならツンの為に死ねるお!」
何がそうだ、なのか分からないが内藤はそう言って俺を見る。
「あ……、ああ、そう」
それぐらいしか返事のしようの無い俺に、だが内藤は再び否定した。
「あ! でもやっぱりダメだお!」
「……今度は何でだよ?」
聞き返す俺に内藤はにこにこと笑いながら言う。
「ボクが死んだら、ツンはきっと寂しがるお。だから、ボクは死なないお」
「……はいはい」
何だか褒めて欲しそうな顔で俺を見つめる内藤を連れて、俺は屋上へ向かった。

(^ω^)
「ごちそうさま」
弁当を食べ終わり、俺は内藤に両手を合わせた。
「お粗末様。どうだったかお?」
「ん、旨かったよ」
意外な事に内藤の作った弁当は美味しくて、俺はまた食べてもいいとさえ思っていた。
「驚いたよ。いつもは食べられないモノまで食べちゃったよ」
「そうかお。良かったお」
そう言って微笑む内藤が突然、目を見開いた。
「しまっただお――!」
「ど、どうした!?」
何か手違いがあったのか。もしかして間違って毒物でも――!?
焦る俺に内藤が言う。
「こっそりチョコレートを入れておけば食べてもらえたお」
「…………」
無言で内藤を見つめる俺に内藤がもう一度言う。
「こっそりチョコレートを――」
「聞こえてるよ」
俺は安堵の息とも溜め息とも付かない息を吐いて言った。
「手段選ばずかよ。まったく、うかうかしてられないな」
「ふふふ」
笑う内藤に俺は聞いた。
「って言うか2月14日じゃなくていいのか?」
「――そういえばそうだお」
内藤は今気付いた、という顔で俺を見つめる。
「ほんとにお前は……」
その時、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
「さ、じゃあ教室に戻るか」
「うん」
内藤は立ち上がり、弁当箱を片付ける。
「じゃあ、また帰りにー」
そう言って手を振って去って行く内藤の後姿を見ながら、俺は密かに来年は同じクラスだといいなと思っていた。

(^ω^)
「それで、髪を伸ばそうかと思うんだお」
帰り道、内藤が突然そんな事を言った。
「何がそれで、なのかさっぱり分からないけど……」
俺の言葉に内藤が説明を始める。
「昨日、ツンが帰った後に鏡を見たら髪が撥ねて変になってたお。後で気付いてはずかしかったお。それで、髪を伸ばしたらそんな事も無くなると思うんだお」
「そうなのか? ――まぁでも、俺はもうお前のお見舞いには行かないけどな」
俺の返事に内藤が驚いて聞き返す。
「な、何でだお!?」
「あれこれやらされるし――」
「ふふふ」
内藤は笑い、それから話を続けた。
「でも、どっちにしろロングヘアーに憧れもあるんだお」
それを聞いて俺は内藤に言う。
「――いや、お前は短い方がいいよ」
「お! ツンはショートヘアの女の子が好きなのかお?」
内藤の質問に俺は答える。
「いや、俺はロングヘアーの子が好き」
内藤が首を傾げて聞いて来る。
「……どういう意味だお?」
「そういう意味だよ」
「ぐぬぬ」
内藤が眉間にしわを寄せて俺を睨む。
にやりと笑う俺に、だが次の瞬間、内藤がふとその表情を柔らかくした。
「――でも、そんな事言うけど、ツンが本当はすごく優しいのをボクは知ってるお」
そして、内藤が突然そんな事を言った。
「そ! そんな事無いだろ!」
慌てて否定するが、耳が熱くなってきていた。
「だってボク見たことあるお」
内藤が俺を見上げながら言った。
「木に登って降りれなくなった猫を引っ掻かれながら必死になって降ろしてあげてたのを」
「なっ――!?」
一気に顔中が熱くなった
「ななな……」
こいつ、見てたのか!? 何処から見てたんだ? しかもあれはいつだ? ずいぶんと前だぞ?
驚きで言葉の続かない俺に内藤は言う。
「それにボクにだって――」
ふと、そこで内藤の言葉が止まっているのに気付き、内藤の方を見ると、内藤は俺の顔をじっと見上げていた。
俺を見つめる内藤に、俺は聞く。
「なっ、何だよ……」
「驚いて照れる顔もかわいいお」
――もう限界だった。
「〜〜〜〜! って言うか見てたんなら手伝えよ! お前だったらすんなり降ろせたろ!」
多分、真っ赤な顔になって叫ぶ俺に内藤はさらりと言い返す。
「ボクじゃ背が届かなかったお」
それから、にっこり笑って内藤は俺に言った。
「あ、そうだ。ツンが肩車してくれれば完璧だったお」
「そ――、そんな事するかぁ〜〜!!」
思わず大声をあげる俺から内藤は笑いながら逃げ、すぐ近くまで来ていた自分の家に駆け込んだ。
「じゃあ、また明日だおー」
そう言い残して内藤は玄関の中に消えて行った。
「くそっ……」
だが、苦々しくそう呟く俺の口元は笑っていた。
 最近、内藤とのこんなやりとりが心地良かった。
俺の言葉や態度に反応する内藤、そしてその豊富なリアクションや俺に返す表情が何だか小動物みたいでとても可愛く思えた。
 ――そういえば、とふと思い出す。
内藤、今日の帰りはチョコレートの事を何も言わなかったな。
そして俺はよしと決意し、口に出して言った。
「今度聞かれたら『貰うよ』と言ってやろう」
内藤からのチョコレートを貰ってやってもいい、いや、むしろちょっと貰いたい、と思っている俺がそこにはいた。
頬を緩め、俺は内藤にそう告げた時のあいつのリアクションを想像していた。

 だが、その日を境に内藤が俺にチョコレートの話をする事は無かった。

(^ω^)
 そうして2月13日、バレンタインデー前日になってしまった。
あれから何故か内藤はチョコレートの話をしなくなり、連休もあったせいで俺も「貰ってやる」と言えないでいた。
流石に前日になり、焦った俺は自分から貰うよと伝えようと思った。
最初、メールでその事を伝えようかと思ったが、内藤の喜ぶ様子が見たくて俺はコートを羽織ると家を飛び出し、内藤の家に向った。
家の前に着き、内藤を呼び出そうと携帯に電話をかける。
長いコール音の後、内藤が電話に出た。
「ツン。日曜日にどうしたんだお?」
俺は努めて冷静に内藤に言う。
「今、お前の家の前にいるんだけど――」
「えっ?」
内藤の声が曇った。
「……今、忙しいんだお」
何だかいつもと違う内藤の反応に戸惑いながらも俺は言った。
「なんだよ。せっかく来たのに、そんな事言うなよ」
「……じゃあ、ちょっとだけなら」
そう言って、内藤は渋々といった感じで電話を切り、玄関から出て来た。
「――何の用だお?」
開口一番、内藤は迷惑そうにそう言った。
その、内藤とは思えない様子に俺は焦り、思わずどもる。
「あ、あのさ――」
その時、内藤の家の中から何か甘い匂いが漂ってきた。
「あれ? この匂い。――もしかして」
家の中から漂ってくるそれはチョコレートの匂いだった。
その匂いに俺はホッとした。
何だ内藤のやつ、チョコレートを手作りしてたのか。
そして、これはチャンスだと考えた。
きっとこれで、チョコレートが欲しいかって聞いてくるに違いない。そしたら言ってやろう。「ああ、貰ってやってもいいぞ」って。
そう思い、微笑んだ瞬間、だが内藤は否定の言葉を口にした。
「違うお」
――違う? 違うって何だ? 何が違うって言うんだ?
内藤の言っている意味が分からず、俺は瞬きして内藤の顔を見つめる。
すると、内藤の頬に何か茶色い物が付いているのに気がついた。
「あれ? 内藤、お前その頬に付いてるの……」
「何だお?」
俺の言葉に内藤は自分の頬に何かが付いているのに気付き、それを手に取って見つめた。
「それ、チョコレートじゃ――」
「違うお」
聞こうとした俺の言葉を遮り、内藤は再びそう否定すると手に取ったそれを無表情にぺろりと舐めた。
「ただの泥だお」
平然とそう言い放つ内藤。
「いや、でも――」
今、食べたよな?
どうしてそんな言動をするのか分からなくて言葉に詰まる俺に内藤が言った。
「心配しなくても――」
「え?」
「心配しなくても、ツンがバレンタインデーのチョコに興味が無いっていうのはもう分かったお」
内藤はそう言ったきり、無言で俺を見つめるだけだった。
――何があったんだ? 俺、何かしたか? いや、心当たりは沢山あるが、それにしても……。
内藤の突然の態度の豹変に何がどうなっているのか分からず、寒空の下にただ立ち尽くした俺は「そ、そうか。……うん、そうだよ」とその場の空気に流された返事をするのが精一杯だった。
「じゃあ、そろそろ」
そう言って内藤は家の中に消えて行った。
俺は閉じられたドアをしばらくじっと見つめていた。

 その夜、俺の胸の中は絶望と後悔が支配し、そして疑問と不安が渦巻いていた。
チョコレートを貰えないのかという絶望と、どうして最初から欲しいと言わなかったのかという後悔。
それに、内藤が作っていたあのチョコレートは一体、何なんだという疑問。
そして、この先、俺たちはどうにかなってしまうのではないか、という漠然とした不安で胸が苦しかった。

(^ω^)
 翌日、2月14日。全国的にバレンタインデー。
朝、下駄箱に内藤からのチョコレートは入っていなかった。
体育の時間が終わって教室に戻って来ても、内藤が机にこっそりとチョコレートを入れたりはしていなかった。
お昼休みになっても内藤はチョコレートを渡しに来たりはしなかった。
そして、帰りの昇降口。
ここでも内藤は俺にチョコレートを渡しはしなかった。
「さ、帰るお」
そう言って、内藤はいつものように歩き始める。
ついに、そしてやっぱり俺はチョコレートをもらう事が出来なかった。
――でももしかしたら、今日はバレンタインデーだという事を忘れているのかもしれない。
何しろ相手は内藤だ、と俺は自分に都合の良い考えをひねり出し、遠まわしに今日がバレンタインデーだという事を内藤に伝えようと試みた。
「ホワイトデーってさ――」
「バレンタインデーに返事が貰えなかった女の子が返事を貰う日だお」
俺の言葉に内藤は瞬時にそう返した。
「え? あ、そうなの?」
その事にも驚いたが、返事の内容にも驚き、俺は内藤に聞き返す。
「でもさ、そうなったらその30日間――」
「28日だお」
「え?」
「バレンタインデーからホワイトデーの間はうるう年じゃなければ28日間で、ついでに言えば同じ曜日だお」
内藤はスラスラとそんな事を言った。
「――そうか」
俺は頭の中で二月のカレンダーを思い出し、それから改めて聞いた。
「で、その28日間だけど、気まずいんじゃないか?」
「うん、でも――」
内藤はめずらしくこっちを見ず、遠くを見つめたまま答えた。
「返事がどっちでも、今までと同じでいられる最後の期間なんだから、その間はそれを楽しむしかないお」
でも、そんなのは――。俺は内藤に聞いた。
「途中で返事したらダメなのか?」
「ダメだお」
内藤は迷うこと無くそう答えた。どうやらこいつの中ではバレンタインデーに関する明確なルールが存在するらしい。
「じゃあさ」
俺は再び内藤に問うた。
「途中で返事を決めた場合、残りの期間は何してればいいんだよ?」
「さぁ――?」
だが、俺の問いに内藤は心ここにあらずといった感じでそう答えただけだった。
「あ、猫がいるおー」
そして、道の先に猫を見つけ、そう言い残して内藤は猫に駆け寄って行ってしまった。
内藤の興味は既にノラ猫に移っていて、あんなに固執していたバレンタインデーの話になっているのにそちらにはもう興味が無いようだった。
ぽつんと一人その場に取り残された俺に一気に不安が押し寄せる。
――内藤が興味が無くなったのはバレンタインデーでは無く、俺自身なのかもしれない。
一度考えると、その不安は急に形を整え始めた。
そうだ――、きっとそうなんだ、内藤の心はもう俺から離れて行ってしまったんだ。
俺はもうすぐ、いや明日か明後日にでも内藤に言われるに違いない。
『もう、ツンと一緒に帰るのはやめるお』と。
そして俺にはそれを止める事は出来ないに違いない――。
 不安で重く感じる足をひきずるようにして、俺はのそのそと内藤に近付いた。
数メートルの距離まで近づいた時、いつものように猫が逃げ、内藤は走って行く猫を見送った。
猫の姿が見えなくなると内藤は俺に振り返り、そして俺を見上げて言った。
それは俺が予想していたよりも早く俺に伝えられた。
「――もう、ツンと一緒に帰るのはやめるお」

(^ω^)
 俺は一人で帰ったあの日の事を思い出していた。
その日、一人で歩く道はいつもより広く感じたが、何だか広すぎて落ち着かなかった。
どこを歩いてもとても静かに感じたが、同時に無言で道を歩くのが味気なく思えてしょうがなかった。
あそこにも、ここにも、今まで気にもしなかったが道端には沢山の猫がいる事に気付いたが、内藤がいないと猫達はとても退屈そうだった。
いつも二人で歩いていた道は内藤がいないだけでまるで色が抜けてしまったかの様にまったく違う風景に見えた。
そして、これから俺はそんな道をずっと歩くことになるんだ、と思った。
「猫、か……」
俺はふとそう呟いた。
そうだ、こいつ自身が猫みたいなもんだったんだ。
俺といたのは単なる気まぐれ。こいつは猫のように、勝手に寄ってきて、勝手に居着いて、そしてある日、身をひるがえして離れて行ってしまう。
「――そうだお、猫だお」
内藤がそう答えた。
「そうだよな、猫だもんな。ふいにどこかへ行ったって仕方が無いよな」
俺は自分に言い聞かせるようにそう言った。
だが、内藤は俺を見つめ、きっぱりと言った。
「ふいに、じゃないお。ツンのせいだお」
「――――!」
その言葉に俺は自分の間違いに気付かされた。
離れる事になった原因、それを内藤のせいにしていたけれど、それは違っていた。
原因は全て自分にあった。
近寄ろうとしてくれていた内藤に、それに気付かないふりをして近寄ろうとはしなかった俺。
そして、ようやく自分から近づこうとしたが、今度はその方法すら間違えていた俺。
全部、自分のせいだった――。
猫にも、そして内藤にも俺は近付く事が出来なかった。
内藤のチョコレートはきっともう俺じゃない誰かの手に渡ってしまったんだ。
俺はもう内藤のチョコレートを手に入れることは出来ないんだ。
そして、俺が本当に手に入れたかったのはチョコレートじゃなかったんだ――。
でも、それに気付いた所でもう遅かった。

(^ω^)
「だって――」
言葉を発する事すら出来ずにいた俺に内藤は続けて言った。
「ツンが来ると猫がみんな逃げちゃうお。だから、もう一緒に帰らないお」
――猫が、何だって?
内藤が言った言葉を俺は反芻する。
俺がいると猫が逃げる? だから一緒に帰らない?
意味が分からず、混乱する俺を内藤が見上げる。
「――ツン?」
そして、眉間にしわを寄せ、考えあぐねる俺に内藤は焦って付け足した。
「い、言っておくけど冗談だお?」
もうまったく思考が追いつかず、ただ黙って内藤を見つめ返すしか出来ない俺に内藤は更に焦る。
「あ、あの…………。そ、そうだお!」
そしてすっくと立ち上がると、内藤は鞄から何かを慌てて取り出し、俺に差し出した。
「ツン。はい、これ」
それはリボンのかけられた小さい水色の小箱だった。
「…………何、これ?」
箱と内藤を交互に見つめ聞く俺に内藤が言った。
「何って、――もちろんチョコレートだお」

(^ω^)
「――驚いたかお!?」
内藤が楽しそうな顔で俺に言う。
「ツンの驚いて照れる顔がもう一度見たかったんだお」
何……だと……?
驚くどころか、照れるどころか、声を出すことも出来ない俺に内藤は続ける。
「昨日もチョコレート作ってるって隠すのに必死だったお。いやー、意外とバレないもんだおね」
いや、それはバレバレだったんだが。でも、それよりも――
「――でっ、でもお前!」
ようやく声を発する事が出来た俺は内藤に聞く。
「今までさんざん俺にチョコレートいるかいるかって聞いて来て、それで、それで俺――」
それで俺は何度もいらないって言っちゃって、昨日だって――
「聞いてみただけだお」
内藤がさらりとそう言った。
「聞いた……だけ?」
思わず聞き返す俺に内藤は真面目な顔で言う。
「そうだお。それに――、この前、言ったはずだお」
「な、何を?」
再び問い掛ける俺に内藤はにこりと笑って言った。
「バレンタインデーは女の子が告白する為の日だって。だから、男子にはそれをいらないとかって断る権利は無いんだお」
「そんな――」
勝手な、と言いかけて思い出した。
――そうだ、こいつは勝手な奴だったんだ。最初に会った時からずっと、俺は勝手なこいつに振り回されっぱなしだったじゃないか。
そして、その身勝手さも相まって、俺は再度思う。
やっぱりこいつは猫みたいなやつだな、と。
あの雨の日、こいつは突然俺の前に現れて、勝手にそばに居続けて、ちょっかい出し続けるのにこっちが近付いたらするりとかわして、そして――、そして何時の間にかすっかり俺の心に住み着いて――。
「――受け取らないのかお?」
チョコレートを差し出したまま、内藤が聞いて来る。
俺はやっと気付いた自分の気持ちを内藤に伝えようと口を開く。
「――――。…………」
だけど、言葉が出て来なかった。何を言おうか、考えれば考える程に分からなくなり俺はますます無言になっていく。
そうして、永遠にも思える時間が経過し、やっと出て来た言葉は、自分でも予想していないものだった。

(^ω^)
「べ、べつにいらねーよ。 お前からのチョコレートなんて……」
多分それは、ほっとした反動だったんだと思う。
変わっていなかった内藤の気持ちに俺は安堵し、そしてつい、いつものような台詞が口をついて出てきてしまった。
慌てて取り繕おうと思ったが、同時に引っ込みがつかなくなった俺が次に内藤に言ったのはこんな台詞だった。
「で、でもまぁ――、お前がどうしてもって言うなら、貰ってやってもいいけど……」
普通、バレンタインデーにこんな言われ方をしたら怒るか泣くかのどっちかだろう。だけど、内藤はそのどちらでもなかった。
「――どうしても、だお」
内藤は笑顔でそう言った。
そして、はい、と俺の手にチョコレートが入った水色の小箱が渡される。
渡されるがままに俺はそれを受け取り、しばらく手の中に納まったそれを黙って見つめていた。
「ツン、ハッピーバレンタインデーだお」
今までに感じたことの無い愛おしさを内藤に感じ、そして、俺はもう一度、内藤に想いを伝えようと内藤の顔を見つめる。
内藤の、大きな瞳が俺を見つめ返していた。
「――――。…………」
だけどやっぱり、どうしても言葉が出て来なかった。
伝えたい想いはあるのに、いつまで経ってもそれを言葉にする事が出来なかった。
「………………あ、あのさ。内藤」
そうして、永い沈黙の末にやっと、最初の一言が出て来た時だった。
「わーい! 猫がいるおー!」
そう言って、内藤が突然、発見した猫に向って駆け出した。

(^ω^)
 何が起こったのかまったく理解出来なかった。
頭の中では考えたく無い答えがぐるぐると回る。
どういう事なんだ? もしかして、これ、ただの義理チョコなのか? 俺からの返事は迷惑だっていう事なのか?
途方に暮れる俺は猫に向って走る内藤を目で追う事しか出来無かった。
 猫に向って走る内藤。
だが、猫は内藤の勢いに驚き、飛び跳ねる様にして逃げ出してしまった。
猫に逃げられた内藤は急速にスピードを落とし、そこからのろのろと猫のいた場所まで歩くとそこに立ち尽くしていた。
そして、その場を動こうとしない内藤に俺はゆっくりと近付く。
「あーあ、逃げられちゃったお」
内藤が猫の去って行った方向を見たままこちらを向かずにそう言った。
「内藤?」
俺の問いかけにも内藤はこちらを向かなかった。
――ここで諦めては今までと同じだ。
俺は心のなかで強く考える。
例えこれが義理チョコだとして、俺から自分の気持ちを伝えれば何かが変わるかもしれない。
そうやって、くじけそうになる心を奮い立たせ、俺は内藤のすぐ後ろに立つと改めて内藤に想いを伝えようとした。
「あ、あのさ」
「ま、待ってだお!」
だが、内藤はそれを遮る。
――やっぱり、駄目なんだろうか? 俺に気持ちを伝えられる事すら、内藤には迷惑なんだろうか?
そう思っていると、しばらくして内藤が弱々しい声が聞こえてきた。
「……き、緊張で、もう心臓が限界だお」
それから柔らかい声で内藤が俺に言った。
「でも、受け取ってもらえて良かったお。すごく嬉しいお」
その背中越しに見る内藤の頬がほんのり赤かったのはきっと、寒さのせいだけじゃないだろう。
俺は心が暖かくなるのを感じ、口からは自然と言葉が零れた。
「お、お前が嬉しいと俺も嬉しいよ――」
そんな、俺のぎこちない台詞に内藤は笑ったみたいだった。
だけど、内藤は相変わらず後ろを向いたままで、その顔を見ることが出来ないのは残念だった。
――でも、いいさ。
俺は思っていた。
今度はもっと嬉しがらせてやろう。今までに見た事がない位、内藤を喜ばせてやろう、そしてその笑顔を見てやろう。
ただ――それにはちょっと練習が必要みたいだ。
だって、さっきから何か言おうとしても全然うまく言葉に出来ない。このままじゃあ駄目だ、下手すれば全てが終わってしまう。
でも大丈夫、すんなりとスマートにそれが出来るように練習する期間が俺には用意されている。それもたっぷり28日間も。
そしてその日は内藤が緊張しようが心臓が限界になろうが俺はあいつを逃がしはしない。
心ゆくまで俺の想いを言葉にして内藤に伝えて喜ばせてやる。
だってその日、あいつのルールで行けばその日は男子のための日で、女の子である内藤にそれを拒否する権利は無いのだから。


2011.2.14掲載


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