ラパス市・新市街地・住宅地・アメリカ橋・学生など (ボリビア・ラパス県・2010年・7月)





ラパス市・新市街地・住宅地・アメリカ橋・学生など (ボリビア・ラパス県・2010年・7月)



セントロ住宅街  (2010年 8月24日)

南部のカラコト地区が高級住宅街になっていますが、セントロにも閑静な住宅街が広がっています。



(写真:閑静な住宅街-01)



(写真:閑静な住宅街-02)



(写真:閑静な住宅街-03)



(写真:閑静な住宅街-04)



(写真:閑静な住宅街-05)



(写真:閑静な住宅街-06)



(写真:閑静な住宅街-07:ピザ屋)



(写真:閑静な住宅街-08)



(写真:閑静な住宅街-09)



(写真:閑静な住宅街-10)

中高層の住宅・事務所ビルが多く在ります。



(写真:閑静な住宅街-11)



(写真:閑静な住宅街-12)

どんどんと新しい中高層の建物が建てられています。



(写真:閑静な住宅街-13)



(写真:閑静な住宅街-14)



フランス大使館付近  (2010年 8月24日)

少しセントロに近づきますとフランス大使館があり、付近は何となく欧州を思わせる雰囲気があります。お洒落な店やレストラン、喫茶店が多く歩いている人も何となくフランス風です。



(写真:フランス大使館付近-01)



(写真:フランス大使館付近-02)



(写真:フランス大使館付近-03)



(写真:フランス大使館付近-04)



(写真:フランス大使館付近-05)



(写真:フランス大使館付近-05)



(写真:フランス大使館付近-06)



(写真:フランス大使館付近-07)



(写真:フランス大使館付近-08)



セントロに近い住宅街  (2010年 8月24日)

閑静な住宅街からセントロに近づくと次第に店舗や事務所が増えて来ます。この辺りはソポカチ地区と呼ばれているようです。



(写真:セントロに近い住宅街-01)



(写真:セントロに近い住宅街-02)



(写真:セントロに近い住宅街-03)



(写真:セントロに近い住宅街-04)



(写真:セントロに近い住宅街-05)



(写真:セントロに近い住宅街-06)



(写真:セントロに近い住宅街-07)



(写真:セントロに近い住宅街-08)



(写真:セントロに近い住宅街-09)



(写真:セントロに近い住宅街-10)



(写真:セントロに近い住宅街-11)



(写真:セントロに近い住宅街-12)



(写真:セントロに近い住宅街-13)

美味しいピザの店もあります。



(写真:セントロに近い住宅街-14)



(写真:セントロに近い住宅街-15)



(写真:セントロに近い住宅街-16)



(写真:セントロに近い住宅街-17)



(写真:セントロに近い住宅街-18)



(写真:セントロに近い住宅街-19)



(写真:セントロに近い住宅街-20)



(写真:セントロに近い住宅街-21)



アメリカ橋とその周辺  (2010年 8月24日)

谷のような構造になっているラパス市街地、繁華街の直ぐ横には深い谷があり、アメリカ橋という橋が架っています。



(写真:アメリカ橋-01)



(写真:アメリカ橋-02)



(写真:アメリカ橋-03)



(写真:アメリカ橋-04)

大きな川が流れているという訳ではありません。意外に普通の景色です。



(写真:アメリカ橋からの眺め)

橋下らしい住宅が建っていました。



(写真:アメリカ橋下の住宅)

橋の隣の路地には労務者風の人が集まっていました。



(写真:アメリカ橋横の路地)

次の通りも何となく雑然とした雰囲気ですね。



(写真:アメリカ橋近くの通り)

エジプト風の絵が描かれた場所があります。多分、ナイトクラブなのでしょう。



(写真:アメリカ橋付近のクラブ-01)



(写真:アメリカ橋付近のクラブ-02)



(写真:アメリカ橋付近のクラブ-03)



セントロから南部へ (2010年 8月25日)

セントロから南部のカラコトなどの間にも帯状に街が広がっています。セントロから少し下りますと大きなサッカー競技場があります。ボリビアの国際試合にはほとんどこの競技場が使用され、アウェーのチームは高山病に苦しむ事が多いので有名です。



(写真:サッカー競技場)

競技場の前には半地下構造になっておりティワナクを模した公園があります。、



(写真:サッカー競技場前のティワナク遺跡を模倣した公園)

競技場の前はロータリーになっており、多くの自動車が通行しています。



(写真:競技場の前-01)



(写真:競技場の前-02)

高層ビルが多くあります。



(写真:高層ビル)

カラコト地区へ向かう道路の様子です。



(写真:セントロと南部との間-01)



(写真:セントロと南部との間-02)



(写真:セントロと南部との間-03)



(写真:セントロと南部との間-04)



(写真:セントロと南部との間-05)



(写真:セントロと南部との間-06)



(写真:セントロと南部との間-07)



(写真:セントロと南部との間-08)



(写真:セントロと南部との間-09)



(写真:セントロと南部との間-10)



学生が多い (2010年 8月24日)

人口が急激に増えているボリビアですので当然ですが若い人が目立ちます。街は学生で溢れていました。年配のご婦人はまだ民族衣装の方も多いのですが多分この世代はかなり異なった生活様式になると思います。



(写真:学生が多い-01)



(写真:学生が多い-02)



(写真:学生が多い-03)



(写真:学生が多い-04)



(写真:学生が多い-05)

学生が道を横断する時には日本では緑のおばさんなどが活躍しますがラパスではシマウマさんが交通整理を行っていました。



(写真:交通整理をするシマウマさん-01)

停まれの標識を持って自動車を停めて安全に学童を渡らせます。



(写真:交通整理をするシマウマさん-02)



路上で商売をするご婦人達 (2010年 8月24日)

路上で色々な商売をする人が居ましたが、そのほとんどが女性です。多いのはやはりお菓子、飲料などを売る人、ポップコーンやジュース販売もよく見掛けました。後は花を売っているおばあさんも居ました。



(写真:路上で商売をする女性-01)



(写真:路上で商売をする女性-02)



(写真:路上で商売をする女性-03)



(写真:路上で商売をする女性-04)



(写真:路上で商売をする女性-05)



(写真:路上で商売をする女性-06)



(写真:路上で商売をする女性-07)



(写真:路上で商売をする女性-08)



(写真:路上で商売をする女性-09)



(写真:路上で商売をする女性-10)



(写真:路上で商売をする女性-11)



(写真:路上で商売をする女性-12)



(写真:路上で商売をする女性-13)



デモ行進  (2010年 8月26日)
ボリビアのニュースを見ていますとよく抗議デモが行われている様子が紹介されています。実際に見たものは田舎の人達が中心のようでラパスのような都会には余り来た事が無いのしょう、何となく大人しくおどおどとした感じで静かに行進していました。



(写真:デモ行進-01)



(写真:デモ行進-02)



(写真:デモ行進-03)



(写真:デモ行進-04)



新しい橋 (2010年 8月25日)

谷底を横断する橋はアメリカ橋の南側には無かったのですが、新しい橋が完成して開通まで最後の準備、調整を行っていました。この半月後には開通するという事でしたので現在は既に使われている事でしょう。



(写真:新しい橋-01)



(写真:新しい橋-02)



(写真:新しい橋-03)



(写真:新しい橋-04)



(写真:新しい橋-05)



(写真:新しい橋-06)



(写真:新しい橋-07)



(写真:新しい橋-08)



(写真:新しい橋-09)



ボリビアとパラグアイ (2010年 8月22日)
南米には12の独立国がありますがその中で内陸国はパラグアイとボリビアだけです。隣同士の二つの国は似ている点も多くあり、また地勢的に置かれている立場も共通するのですが、70年ほど前に列強の思惑もあり、地下資源が豊富にあるのではないかと考えられたチャコを巡り戦争となり未だにそのしこりが残っているように感じます。例えば勿論両国は陸続きで道路で結ばれてはいますが、通常の自動車が通行出来る道路は一本だけでそれも国境付近が未舗装のまま放置され簡単には往来が出来ない状況です。また空路にしても両国の首都であるアスンシオンとラパスを結ぶ直行便が就航したのは今年で、それも深夜の非常に不便な時間に「おまけ便」として飛んでいるだけで、到底隣国とは信じられない現状があります。日本の人は地図を見てアスンシオンから簡単にボリビアに抜けられると思っているようで、実際に当地に来て苦労される方も多いようです。相手への関心も薄くパラグアイでボリビアを思い出すのはサッカーの南米予選の時と盗難された自動車のマーケットとしてだけという話もある程です。

歴史的にはパラグアイはアルゼンチンなどのラプラタ諸国の一員という感じなのに対してボリビアは元々はアルトペルー(ペルーの高い部分)と呼ばれていたようにペルー等のアンデス諸国との繋がりが強く文化的にはペルーとよく似ていて、隣国パラグアイよりも国境を接していないエクアドルやコロンビアに親近感を抱いているように見えます。同じラテンアメリカそれも隣国でこれだけ差異が大きいというのも珍しいと思います。ただ、両国には意外に補完関係にあり、将来的には協力関係が確立出来れば良いパートナーになって行く可能性があると思います。人口を比較しますとボリビアは1千万人を超えたところ、一方のパラグアイは650万人とかなりの差がありますが、ドル建てのGDPを比較しますとほとんど同じ規模で推移しています。経済の内容は大きく異なりボリビアは鉱山資源が中心なのに対してパラグアイは農牧産品が主体です。地下資源特に化石エネルギー資源が未だに発見されていないパラグアイですのでボリビアの天然ガス等は魅力です。

両国とも人口の増加と共に急速に経済発展を遂げており、この勢いが続けば近い将来お互いの存在をより強く意識する時代が到来すると想像しています。ブラジル、アルゼンチンの南米の両大国とは異なる路線を進み、自国の国益を主張するには立場を同じにする仲間が必要で両国が協力して行けば双方の利益になると思います。しかしながら実際にはアスンシオンで周囲の人にボリビアについて尋ねてもほとんど知らず、チャコ戦争に勝利した事で見下す傾向もあり、低所得人ばかりの貧乏な国と信じ込んでいるのが実情で、ラパスに観光旅行に行くと言いますと不思議そうな顔をされてしまいます。このような人にラパスの方がアスンシオンより大きく近代的と説明しても信じず、撮影した写真を見せると発展ぶりに驚きようやく関心を示します。将来的にはパラグアイとボリビアで色々なレベルで特に若い人たちの間で交流が進み、理解が進めば状況は変わり、近くて遠い両国の関係が真に隣国の関係になり南米の中央部に位置するだけに面白い展開になる事でしょう。


[世] [画像] - 名目GDP(USドル)の推移(1980〜2010年)の比較(パラグアイ、ボリビア)[世] [画像] - 実質経済成長率の推移(1980〜2010年)の比較(パラグアイ、ボリビア)
[世] [画像] - 人口の推移(1980〜2010年)の比較(パラグアイ、ボリビア)[世] [画像] - インフレ率(2000=100)の推移(2000〜2010年)の比較(パラグアイ、ボリビア)



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