作 品 WORKS


2014

ドラゴン&ドラクル

『ドラゴン&ドラクル― DRAGON&DRACUL』(ドラマ 49分 HD ステレオ)

魑魅魍魎が跋扈する明治日本。妖(あやかし)を斃すことで糧を得る賞金稼ぎたちと血を啜った相手を意のままに操る正体不明の「鬼」との戦い。
出演: 齋藤宏行 鈴愛 小泉萌 内海敦 ほか 『DRAGON&DRACUL』キャスト出演者募集ブログ

2011

チュンタマシイメージ

『チュンタマシ ― Chun-tamashi : Will-o'-the-wisp』(ビデオアート 12分 HDV ステレオ)

古来、奄美地方・徳之島では人魂火のことを島ことばで「チュンタマシ」と呼んでいた。
その光は人が死ぬひと月ほど前に海から山へ飛び、死の数日前に山から海へ飛ぶ―ビデオアートの文法によって語る公と個の2011年。
作者の故郷・神奈川県現・相模原市緑区(旧・藤野町)在住の創作音楽家ガイネさんの音楽を使用させて頂きました。

2010

幽女十夜イメージ

『幽女十夜 ― YumeJuya』(ドラマ 50分 mini-DV ステレオ)

人々の夢に巣食い、精気を喰らう妖怪=夢魔と、その夢魔に取り憑かれた女との闘い。 夢と現実が交錯する怪奇ファンタジーホラー。
出演: 肩谷真由美  大野由加里  山本卓也 / 鈴木一功 ほか   『幽女十夜』予告篇ほか詳細データ

2009

あたたかい亀裂イメージ

『あたたかい亀裂 ― Warm cracks』(ビデオアート 12分 mini-DV ステレオ)

永い歳月は地面や岩肌に亀裂を走らせ、人間の皮膚にも同様の痕跡を刻み込む。 デジタルビデオカメラによって生成された映像に、痕跡を刻む皮膚=映画フィルムの持つ物質性はない。
より生々しい印象を観る者に与えはするものの、ビデオ映像の本質は 記録と記憶の曖昧な境界線に漂う残り香のようなものかもしれません。

2008

これも息子ではないイメージ

『これも息子ではない CECI N` EST PAS UN BEBE, AUSSI』 (ビデオアート 11分 mini-DV ステレオ)

作者の息子を撮影対象に、映像の特性を考察するシリーズ第2弾。具象イメージを排した光像としての世界=無色界、 「内」と「外」との結合の可能性をめぐる色界、あらかじめ規定された象徴の境界をめぐる欲界の3部構成。
第1作はカメラの機構的な部分からのアプローチでしたが、 本作は観る者の意識を主な問題にしています。

MN372381OHイメージ

『MN372381OH』 (ビデオアート 4分 mini-DV ステレオ)

写真や映画の登場は「複製されること」を前提として生産される、という性質から「芸術」そのものの意味を変容させた。 さらに現代では電子ネットの普及により人間の意識も拡張され続けている ― より強固なものとなっている複製技術時代 における芸術を再考した小品。「情報」やその真偽もモチーフにしていますが、 それを信じるか信じないかは貴方次第です。

2007

土竜の対話イメージ

『土竜の対話 ―Talks between moles』(2面マルチ映像作品 7分/ループ DVD ステレオ)

<見る―見られる>というビデオ・アート的な概念において、本来<顔>は存在しない。自己と他者との視線の対峙の中に 生まれるのは「まなざしのかち合い」だけであり(多田智満子『鏡のテオーリア』)、そこに顔という対象を認識する術は、ない ― 本作における土竜とは、 <見る―見られる>関係の中で互いの<顔>を掴みとることのできない我々自身のことかもしれません。

GOODLUCK JASRACKイメージ

『GOODLUCK JASRACK』(ビデオアート 5分 mini-DV サイレント)

音楽=ある時間軸で、一定の法則に基づいた音を組み合わせ、人の聴覚に訴える芸術。
詩=思想や感情を、一定の韻律などを有した言葉によって表現する文学の一形式。
音のない「音楽」と、言葉のない「詩」に添付したミュージック・ビデオ。あるいは某歌姫に捧ぐ個人的供物。

2006

これは息子ではないイメージ

『これは息子ではない CECI N` EST PAS UN BEBE』(ビデオアート 9分 mini-DV ステレオ)

我が師、映像作家・相内啓司氏の作品『UNDRINkBLWATER・飲めない水』(2002)「Cecin’ est pas un pipe・これは父ではない」(ルネ・ マグリット「Cecin’ est pas un pipe」からのあからさまな引用と相内氏が自説)のひそやかな引用。 私の「息子」を直接的に他者の前に映像として提示することは今なお許されてはいません。 その禁忌について映像の特性を逆説的に用いて再現化する試み。

波間の密会イメージ

『波間の密会 ―Secret meeting in waves』(ビデオアート 10分 mini-DV ステレオ)

愛と美の女神アフロディテはキプロス島の海の泡から生まれました。 半ば永久的に押しては返す波の運動に、人々は生の鼓動、性の情動を見出したのです。
映像史の中で繰り返され、これからも反復されつづけるであろう海の光景。 その記憶の波間に揺れる密やかな逢瀬は、ノスタルジーへの懐疑と、堂々巡りのナルシズムだけを残すのでしょうか。

2005

眠れる森のVISIONイメージ

『眠れる森のVISION ―Sleeping “View”ty 』(ビデオアート 30分 mini-DV ステレオ)

童話やお伽話の世界には性的な象徴が数多くみられますが、 シャルル・ぺロオの『眠れる森の美女』は、少女や処女の「性」を巡る物語として広く解釈されています。 この名高い童話をモチーフに月、鏡、水、血など古来より人々が「処女」に対し抱いてきた低温のイメージを重ね、 映像で「モノ語る」と同時に、映像という表現そのものも再考する、という二重の意味合いを希求した作品。

2001

吸血蜘蛛女イメージ

『吸血蜘蛛女 ―Spiral spider 』(ドラマ 40分 mini-DV モノラル)

「あやかし」や「まじない」が人々の生活の中に息衝いていた頃の、或いはもうひとつの日本。閉鎖された邑を護る血族同士の愛憎劇。 登場人物である長女/長男/次女の関係性の入れ替わり、現在と過去が重複的に反復する構成といった要素を配し、無数の歯車が廻る「からくり」をイメージして制作しました。 2000年度日本大学芸術学部映画学科選奨受賞。  『吸血蜘蛛女』予告篇ほか詳細データ

2000

未完成咬恐曲イメージ

『未完成咬恐曲』(ビデオアート 20分 mini-DV モノラル)

習作の域は出ていませんが、現在にも続く作者のテーマ「五感」「吸血鬼」「メタ・フィクション」といった 萌芽が見られる。ような気がする(笑)。

顔々々イメージ

『顔々々』(アニメーション 2分 VHS モノラル)

逆さ達磨をモチーフにした短篇アニメーション。
「顔」「ドッペルゲンガー」「格闘技」といった 作者お気に入りの要素がバランスよく配されたモノクロアニメーション。

1999

フジノスタルジアイメージ

『フジノスタルジア』(ビデオアート 10分 VHS モノラル)

藤野シリーズ完結。一応、行き当たりばったりで作っていた割りには全体的な一貫性もあり、著作権の問題 などで公の上映はできませんが学生ならではの勢いがあったシリーズでした。

えせ中央線ラプソディイメージ

『えせ中央線ラプソディ』(ミュージックイメージ 10分 VHS モノラル)

藤野シリーズ3。これも色々な意味で犯罪チィックな作品。

闘亡者イメージ

『闘亡者』(ドラマ 10分 VHS モノラル)

藤野シリーズ2。不条理カンフー映画を制作している吉本大介氏との共作。 このあたりから完全にお笑い路線に。

フジノ中の懲りない面々イメージ

『フジノ中の懲りない面々』(ドキュメンタリー 5分 VHS モノラル)

作者の故郷・神奈川県現・相模原市緑区(旧・藤野町)をモチーフにした『FUJINO 4life』(当時NWOが流行)その1。
全編ギャグだが、ビデオの特性を考察しようとする姿勢は伺える。本作はコミュニケーションツールとしての ビデオを実践。そこらの子供達にテキトーに声をかけ撮影。今だと捕まりかねん・・・

1998

BODY HAMMER結成


1997

日本大学芸術学部映画学科映像コース入学。学科の課題や 学生映画の手伝いなどから、なんとなく映像作品をつくりはじめる




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