スピードレース 

 Speed Race

 発売日 日本1974年11月 北米1975年2月

 開発 パシフィック工業  販売 タイトー、ミッドウェイ

 見所 世界初の縦スクロールTVゲーム

 総合値   知名度


 レーサーの頭上視点で展開される、業務用TVゲームでは世界初の縦スクロールレーシングゲーム。

 プレイヤーはハンドルコントローラとアクセルペダルで車を操作し、90秒間でどれだけスコアを稼げるかを競う。

 走行距離で得点が増え、400点に達すると残り時間が延長される。スコア表示は画面外の上部に表示される。

 開発は1969年にタイトーの開発子会社のパシフィック工業に入社した西角友宏(後の「スペースインベーダー」の生みの親)が担当している。

 誕生のきっかけは、1970年の同社のエレメカのヒット作「スーパーロードセブン」をTVゲーム化しようと思い立った事から始まっている。

 スピード感が素晴らしく、日米ともにヒット作となっている。エレメカ同様、TVゲームでも日本の技術力を示した最初の作品となった。

 当時の日本のアーケードゲームは1プレイ50円が平均だったが、「スピードレース」で1プレイ100円に引き上げて成功し、以後定着する事になる。

 米国ではミッドウェイから「レーサー」のタイトルで、タイトーの許諾を得て販売されており、タイム表示とシフトレバー(ギアは2段階)が追加されている。

 その1ヶ月後に、ミッドウェイは「ホイール」のタイトルで再販売し、これにはゲームと連動したスピードメーターが筐体に設置されている。

 これらの要素はタイトーが翌年に販売する「スピードレース デラックス」にも採用されており、両社のギブ&テイクな友好関係を窺い知る事が出来る。


   copyright,taito,1974  


 タイトーは、セガ、ナムコと並んでゲーム黎明期を盛り上げた日本の3大業務用TVゲームメーカー。
 創業者はロシア生まれのユダヤ人で親日家のミハイル・コーガン。
 1950年の創業時は東京で太東洋行という社名で輸入雑貨を販売する。
 1953年に太東貿易という社名に変更し、日本初のロシア酒であるウォッカ「トロイカ」を販売する。
 ピーナッツの小型自動販売機やジュークボックスの輸入・設置・販売、米国産ピンボールの輸入・販売、
 クレーンゲームの製造・販売等で業績を伸ばし、日本でセガ社に次ぐ業界大手となる。
 1963年に開発子会社として横浜にパシフィック工業を設立する。
 1964年にスロットマシンに初めてストップボタンを搭載した「オリンピア」を開発・販売し、人気を得る。
 1965年に日本初の国産クレーンゲーム「クラウン 602」を開発・販売し、人気を得る。
 1970年に日本自動販売機のエレメカ「ロードセブン」の許諾を得て改良した「スーパーロードセブン」を発売し、人気を得る。
 1971年にエレメカのガンシューティングゲーム「スカイファイター II」をヒットさせた後、1972年に社名をタイトーに変更する。
 1973年3月にイリノイ州のシカゴにタイトーアメリカを設立し、情報収集拠点とする。
 同年7月に日本初の業務用TVゲーム「エレポン」(アタリの「ポン」の類似品)を発売する。


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