燃料廠長・総務部長

本稿では、燃料製造と開発を担当した6個正規燃料廠の廠長と総務部長を取り上げた。

艦船用の燃料は石炭から始まり、やがて石油が主要なものとなったため、燃料廠の前身となる組織は石炭工業から始まった。

4燃の前身となった採炭所・5燃の前身となった鉱業所が石炭採掘を担当し、3燃の前身となった煉炭製造所で精錬した。

石炭から石油に燃料が転換したため、石炭精錬施設を煉炭製造所に併設し、燃料廠に改称した。

ロンドン条約破棄とともに、石油精製施設を各地に増設し、1燃・2燃・6燃に発展した。

第1燃料廠

昭和14年、手狭になった本廠から神奈川県大船に転出した研究部が1燃の原型となる。

さらに実験部・精製部・化成部を置き、主に石油精製技術の研究開発と民間石油企業の指導を担当した。

ジェット戦闘機秋水の試作に合わせて呂号ジェット燃料を製造した一方、松根油など代替燃料開発も担当した。

廠長

 

廠長氏名

本籍

前職

後職

最終職

兼職

昭和16年4月21

柳原 博光

20

東京

軍務局御用掛

機関学校長

機関学校長

 

昭和181025

小畑 愛喜

21

鹿児島

第2燃料廠長

軍務局御用掛

軍務局御用掛

 

昭和20年5月1日

山口 信助

23

佐賀

造船造兵監督長

予備役

第1燃料廠長

 

昭和2011月1日

 

 

 

 

 

総務部長

 

部長氏名

本籍

前職

後職

最終職

兼職

昭和16年4月21

中野 貞雄

24

石川

第1遣支艦隊機関長

大阪警備府機関長

近畿軍需監督部長

 

昭和1611月1日      

島田藤治郎

24

愛媛

第2遣支艦隊機関長

102工作部長

呉軍需部長

 

昭和18年4月1日

 

 

 

 

 

 

 

昭和201130

 

 

 

 

 

 

第2燃料廠

昭和16年、手狭になった本廠の製造能力を補うべく、三重県四日市に増設した施設で2燃を立ち上げた。

言うまでもなく、戦後の高度成長期に活躍した四日市コンビナートの原型となる施設である。

化成部・合成部・精製部という、純粋な増産ラインで構成されている。

廠長

 

廠長氏名

本籍

前職

後職

最終職

兼職

昭和16年4月21

別府 良三

21

三重

精製部長

馬公警備府幕僚

第6燃料廠長

 

昭和1710月1日

小畑 愛喜

21

鹿児島

空技支廠長

第1燃料廠長

軍務局御用掛

 

昭和181025

榎本隆一郎

24

和歌山

昭南在勤武官

軍需省燃料局部長

軍需省燃料局長

 

昭和19年7月1日

山口 真澄

22

宮城

軍需省燃料局部長

待命

第2燃料廠長

 

昭和19年9月15

並河  孝

26

東京

第1燃料廠研究部長

予備役

第2燃料廠長

 

昭和2011月1日

 

 

 

 

 

総務部長

 

部長氏名

本籍

前職

後職

最終職

兼職

昭和16年4月21

秋永 守一

24

佐賀

第6戦隊機関長

大湊軍需部長

造船造兵監督官

 

昭和17年1月10

 

 

 

 

 

 

 

昭和201130

 

 

 

 

 

 

燃料廠

第3燃料廠(昭和16年4月10日−)

明治39年、山口県大嶺炭鉱の無煙炭を精錬するため、徳山に建設した煉炭製造所を前身とするが

大正10年に「燃料廠」と組織改編して以後の廠長について述べ、製造所時代は煉炭部長の項に譲る。

こちらも徳山コンビナートの原型となる施設であり、燃料積載のため要港部こそ設置しなかったが要港に指定された。

煉炭部・石油部で構成され、1燃に研究部を転出、2燃に製造工程を増設した形式となる。

昭和16年に1・2燃を開いたため、東から順番にナンバリングされ、3燃と称した。

廠長

 

廠長氏名

本籍

前職

後職

最終職

兼職

大正10年4月1日

木佐木幸輔

旧4

鹿児島

呉鎮守府機関長

待命

燃料廠長

 

大正111120

重村 義一

機3

広島

第1艦隊機関長

待命

燃料廠長

 

大正1212月1日

水谷光太郎

機5

兵庫

平壌鉱業部長

待命

燃料廠長

 

大正1312月1日

山下巍八郎

機7

石川

第1艦隊機関長

機関学校長

軍需局長

 

昭和3年1210

岸本 信太

10

岡山

工機学校長

待命

燃料廠長

 

昭和6年12月1日

吉岡 保貞

11

鳥取

佐世保工廠長

待命

燃料廠長

 

昭和8年1025

上田 宗重

13

東京

技術研究所

科学研究部長

機関学校長

艦政本部長

 

昭和9年5月10

山中 政之

14

神奈川

技術研究所

理学研究部長

待命

燃料廠長

 

昭和1112月1日

吉成 宗雄

16

徳島

艦政本部5部長

呉工廠長

呉工廠長

 

昭和1212月1日

御宿  好

17

宮城

海軍大学校教官

軍需局長

軍需局長

 

昭和14年8月30

鍋島 茂明

19

長崎

海軍大学校教官

機関学校長

施設本部長

 

昭和16年9月10

御所  静

19

大分

工機学校長

待命

第3燃料廠長

 

昭和19年4月1日

沢   達

22

和歌山

101燃料廠長

造船造兵監督長

造船造兵監督長

 

昭和20年5月1日

渡辺伊三郎

26

岡山

第1燃料廠研究部長

予備役

第3燃料廠長

 

昭和2011月1日

 

 

 

 

 

総務部長

 

部長氏名

本籍

前職

後職

最終職

兼職

昭和12年4月6日

上田儀右衛門

20

山口

採炭部員

呉鎮守府機関長

第4燃料廠長

 

昭和131215

種子田 栄

21

宮崎

呉軍需部3課長

製油部長

第3燃料廠精製部長

 

昭和151115

中村 悟郎

23

山口

工機学校教頭

連合艦隊機関長

航空本部総務部長

 

昭和16年9月20

小林  淳

26

群馬

第7戦隊機関長

大阪警備府機関長

第6燃料廠長

 

昭和17年6月15

 

 

 

 

 

 

 

昭和2011月1日

 

 

 

 

 

 

採炭所長

燃料廠採炭部長(大正10年4月1日−)

第4燃料廠長(昭和16年4月21日−)

燃料精製工場である1・2・3・6燃と違い、4・5燃は原料採掘鉱山である。

明治22年に採掘を始めた福岡県糟屋郡の新原炭鉱を、海軍直営としたもので、燃料廠発足とともに採炭部に改編した。

新原鉱だけでなく、終戦間際に徳島・大阪の炭田や新潟の油田開発にも着手したものの、成果を出せず敗戦を迎えた。

純粋な炭鉱であるために、主計官が所長・廠長を勤めるのが通例であった。

新原鉱は戦後に国鉄へ移管され、蒸気機関車廃止まで採炭を続け、竪坑が現存していることでも知られている。

所長・部長・廠長

 

廠長氏名

本籍

前職

後職

最終職

兼職

明治45年5月22

山崎  位

主計

高知

経理局員

佐世保工廠会計部長

横須賀経理部長

 

大正4年2月1日

徳永  晃

主計

熊本

青島要港部主計長

横須賀工廠会計部長

横須賀工廠会計部長

 

大正7年1114

秋葉鉱太郎

主計

東京

横須賀工廠会計部長

舞鶴経理部長

舞鶴経理部長

 

大正8年12月1日

宇土 兵蔵

主計

長崎

経理局2課長

佐世保経理部長

佐世保経理部長

 

大正1012月1日

斎藤芳太郎

主計

山梨

軍令部6課員

待命

燃料廠採炭部長

 

大正111110

 

 

 

 

 

 

 

大正121115

服部 正之

主計

熊本

火薬廠会計部長

技術研究所会計課長

佐世保経理部長

 

大正1312月1日

棚町五十吉

主計

福岡

横須賀経理部1課長

待命

燃料廠採炭部長

 

大正141120

淡輪 敏雄

主計

福岡

経理局3課長

呉工廠会計部長

呉経理部長

 

昭和2年4月13

長田 正義

主計

長野

佐世保工廠課長

呉工廠会計部長

横須賀経理部長

 

昭和4年1130

元松 直人

主計

熊本

経理局2課長

造船造兵監督会計官

呉経理部長

 

昭和7年12月1日

大束 健夫

主計

東京

経理局2課長

横須賀軍需部長

経理学校長

 

昭和101010

金谷 隆一

主計

岡山

造船監督会計官

横須賀経理部長

経理学校長

 

昭和121115

加納金三郎

主計

長野

舞鶴要港部経理部長

待命

燃料廠採炭部長

 

昭和131115

片岡覚太郎

経1

岡山

舞鶴要港部経理部長

呉軍需部長

経理学校長

 

昭和141115

上田儀右衛門

20

山口

呉鎮守府機関長

待命

第4燃料廠長

 

昭和18年4月1日

倉富朋五郎

経3

福岡

第3燃料廠会計部長

待命

第4燃料廠長

 

昭和20年1月10

 

 

 

 

 

 

 

昭和2011月1日

 

 

 

 

 

 

朝鮮総督府平壌鉱業所長

平壌鉱業部長(大正11年4月1日−)

鉱業部長(昭和12年4月6日−)

第5燃料廠長(昭和16年4月21日−)

4燃と5燃は炭鉱であることは共通しているが、4燃の石炭は低質ながらそのまま使用したのに対し、

5燃で採掘した石炭は徳山の煉炭製造所に送り、さらに精錬して高純度の煉炭に加工する。

総督府が平壌郊外に開いた炭鉱へ出向させる形式で管理し、燃料廠発足後に鉱業部へと組織変更した。

4燃と違い、同じ炭鉱ではあるが、こちらは機関科将校が部長を担当した。

所長・部長・廠長

 

廠長氏名

本籍

前職

後職

最終職

兼職

明治44年5月9日

水谷千万吉

19

愛知

海軍省員

待命

燃料廠平壌鉱業部長

 

大正111110

水谷光太郎

機5

兵庫

煉炭部長

燃料廠長

燃料廠長

 

大正121115

松原 彦七

10

愛媛

舞鶴工作部長

待命

燃料廠平壌鉱業部長

 

大正1411月1日

吉沢 作造

10

神奈川

横須賀鎮守府機関長

待命

燃料廠平壌鉱業部長

 

昭和3年1210

伊地知四郎

12

鹿児島

連合艦隊機関長

待命

燃料廠平壌鉱業部長

 

昭和6年12月1日

角  佐七

15

三重

連合艦隊機関長

待命

燃料廠平壌鉱業部長

 

昭和8年1115

江坂 徳蔵

16

新潟

連合艦隊機関長

待命

燃料廠平壌鉱業部長

 

昭和101115

須田  稔

17

宮城

佐世保鎮守府機関長

佐世保軍需部長

佐世保軍需部長

 

昭和1112月1日

石井常次郎

18

大阪

艦政本部総務部課長

造船造兵監督長

舞鶴工廠長

 

昭和131115

宮田  一

20

佐賀

佐世保鎮守府機関長

横須賀軍需部長

横須賀軍需部長

 

昭和141115

和住篤太郎

21

兵庫

支那方面艦隊機関長

横須賀鎮守府幕僚

九州軍需監督部長

 

昭和151115

紺野 逸弥

経1

宮城

舞鶴経理部長

経理学校長

経理学校長

 

昭和18年4月20

野宮 三郎

22

広島

舞鶴軍需部長

102燃料廠長

102燃料廠長

 

昭和19年5月20

小川 得一

24

広島

101軍需部長

予備役

第5燃料廠長

 

昭和2011月1日

 

 

 

 

 

 

 

第6燃料廠

昭和19年、高雄に本拠地を置く6燃を稼動させた。

本土の燃料廠と違い、高雄・新高・新竹に施設が分散しており、農産物を原料としたアルコール発酵物に重点を置いた。

新高・新竹の施設建造をしつつアルコール製造に取り組まねばならず、稼働率が低いまま終戦を迎えた。

廠長

 

廠長氏名

本籍

前職

後職

最終職

兼職

昭和19年4月1日

別府 良三

21

三重

馬公警備府幕僚

待命

第6燃料廠長

 

昭和19年6月10

福地 英男

24

佐賀

佐世保軍需部長

造船造兵監督長

造船造兵監督長

 

昭和20年4月21

小林  淳

26

群馬

化成部長

予備役

第6燃料廠長

 

昭和2011月1日

 

 

 

 

 

総務部長

 

部長氏名

本籍

前職

後職

最終職

兼職

昭和20年4月1日

小林  淳

26

群馬

第2燃料廠精製部長

第6燃料廠長

第6燃料廠長

化成部長

整備部長

合成部長

昭和20年4月21

 

 

 

 

 

 

 

昭和201130