海軍機関学校長・教頭

海軍艦艇の心臓部である機関部を中心に、艤装品をはじめ装備の維持管理・さらには研究開発を推進する技術者を養成する。

当初は基礎工学が貧困なために、地味な機関科は敬遠されがちで一時閉校の憂き目にあった。

しかし6年のブランクを経て再開した機関学校は、

機関のみならず需品・兵器、さらには燃料など化学の開発や整備を進める要員として重視され、次第に地位を確立してきた。

機関科将校は誰一人として大将まで昇進できなかったが、科学技術の浸透を深め、縁の下の力持ちとして活躍した。

機関学校は長らく横須賀に設置されたが、関東大震災で被災したため、兵学校に間借りしたのちに舞鶴へ移転した。

また、17年度から機関科と兵科を統合したため、舞鶴の機関学校から機関科生徒が全員卒業した19年度から、舞鶴分校に改称している。

本稿では、兵学校舞鶴分校を校長の末尾に連記するとともに、

工機学校統廃合時に、教頭職に準じて「生徒科」を統括した生徒科長を教頭一覧に含めて連記する。

また、兵科統合にともない、工機学校が「機関学校」の名を引き継いだが、これは工機学校の項に譲る。

 

海軍機関学校長T

 

学校長氏名

本籍

前職

後職

最終職

兼職

明治131126

麻生武平校長心得

 

 

 

 

明治15年6月16

仁礼 景範

鹿児島

東海鎮守府司令長官

中艦隊司令官

海軍大臣

東海鎮守府

司令長官

明治151012

中牟田倉之助

佐賀

東海鎮守府司令長官

東海鎮守府司令長官

軍令部長

明治18年6月29

真木 長義

佐賀

総務局長

将官会議幹事

呉鎮守府建築委員長

海軍省

御用掛

明治19年6月15

有地品之允

山口

参謀本部1部長

兵学校長

常備艦隊司令長官

横須賀軍港

司令官

明治20年7月15日閉校

 

 

 

 

海軍機関学校長U

海軍兵学校舞鶴分校教頭(昭和1910月1日−)

 

学校長氏名

本籍

前職

後職

最終職

明治261129

吉田 貞一

滋賀

厳島機関長

常備艦隊機関長

横須賀鎮守府機関長

明治30年2月28

湯地 定監

鹿児島

軍務局機関課長

教育本部2部長

教育本部2部長

明治361231

永嶺 謙光

静岡

横須賀予備艦部機関長

連合艦隊機関長

機関学校長

明治3811月4日

山本安次郎

静岡

連合艦隊機関長

艦政本部4部長

艦政本部4部長

明治41年8月28

永嶺 謙光

静岡

舞鶴鎮守府機関長

待命

機関学校長

明治4312月1日

下條於兎丸

山形

教育本部3部長

待命

機関学校長

明治4412月1日

市川清次郎

旧3

三重

横須賀鎮守府機関長

教育本部3部長

機関局長

大正2年12月1日

武田 秀雄

高知

教育本部3部長

待命

機関学校長

大正3年4月1日

賀茂 厳雄

旧3

静岡

教育本部3部長

待命

機関学校長

大正5年4月1日

木佐木幸輔

旧4

鹿児島

教育本部3部

呉鎮守府機関長

燃料廠長

大正6年12月1日

船橋 善弥

旧4

三重

教育本部3部長

機関局長

機関局長

大正10年9月1日

平塚  保

19

東京

舞鶴工廠長

機関局長

軍需局長

大正12年5月25

池田岩三郎

機3

広島

教育本部3部長

佐世保工廠長

軍需局長

大正13年7月25

岡崎 貞伍

機2

宮城

佐世保工廠長

待命

機関学校長

大正14年4月15

清水 得一

機5

山形

横須賀艦船部長

軍需局長

軍需局長

昭和3年1210

山下巍八郎

機7

石川

燃料廠長

軍需局長

軍需局長

昭和4年1130

黒田 琢磨

11

岡山

広工廠長

佐世保工廠長

佐世保工廠長

昭和6年12月1日

小野寺 恕

12

岩手

造船造兵監督官

軍需局長

軍需局長

昭和9年5月10

上田 宗重

13

東京

燃料廠長

軍需局長

艦政本部長

昭和1012月2日

兼田 市郎

16

山口

技術研究所

理学研究部長

待命

機関学校長

昭和131115

平岡  巌

17

鹿児島

艦政本部3部長

待命

機関学校長

昭和161120

鍋島 茂明

19

長崎

第3燃料廠長

軍需局長

施設本部長

昭和181025

柳原 博光

20

東京

第1燃料廠長

待命

機関学校長

昭和1910月1日      

日高 為範

25

鹿児島

機関学校教頭

予備役

兵学校舞鶴分校教頭

昭和2010月1日閉校

 

 

 

 

 

機関学校教頭

機関学校生徒科長(大正3年1月30日−)

機関学校教頭(昭和3年6月25日−)

 

教頭氏名

本籍

前職

後職

最終職

明治321218

田辺男外鉄

機関

石川

浅間機関長

佐世保鎮守府機関部長

呉鎮守府機関長

明治36年7月7日

伊東 茂治

機関

長野

呉鎮艦政部員

第4艦隊機関長

工機学校長

明治38年6月14

賀茂 厳雄

旧3

静岡

日進機関長

艦政本部員

機関学校長

明治41年9月14

入沢 敏雄

旧4

東京

横須賀工廠検査官

呉鎮守府機関長

横須賀工廠造機部長

明治44年6月15

木佐木幸輔

旧4

鹿児島

横須賀水雷団機関長

教育本部3部長

燃料廠長

大正2年5月24

 

 

 

 

 

 

大正2年12月1日

岩辺 季貴

機1

熊本

河内機関長

第2艦隊機関長

横須賀鎮守府機関長

大正5年12月1日

藤江 逸志

機3

大阪

第2戦隊機関長

練習艦隊機関長

機関学校練習科長

大正7年12月1日

川路 俊徳

機7

岡山

海軍大学校教官

欧米出張

呉艦船部長

大正8年6月10

 

 

 

 

 

 

大正9年10月5日

岸田東次郎中佐科長心得

 

 

 

大正9年12月1日

神崎  保

10

宮崎

伊勢機関長

練習艦隊機関長

呉艦船部長

大正10年4月20

山下巍八郎

機7

石川

教育本部員

連合艦隊機関長

軍需局長

大正1212月1日

村田豊太郎

12

鹿児島

第1潜水戦隊機関長

造船造兵監督官

横須賀工廠長

大正14年1月6日

上田 宗重

13

東京

欧米出張

病気療養

艦政本部長

大正14年2月12

竹内 泰民

12

三重

燃料廠研究部長

練習艦隊機関長

燃料廠製油部長

昭和2年2月1日      

金谷 三松

14

石川

機関学校教官

練習艦隊機関長

呉艦船部長

昭和3年1210

川原  宏

15

佐賀

第5戦隊機関長

連合艦隊機関長

工機学校長

昭和6年12月1日

兼田 市郎

18

山口

教育局3課長

海軍大学校教官

機関学校長

昭和8年12月1日

鍋島 茂明

19

長崎

第7戦隊機関長

横須賀鎮守府機関長

施設本部長

昭和101115

和住篤太郎

21

兵庫

第8戦隊機関長

第2艦隊機関長

九州軍需監督部長

昭和1212月1日

山中朋二郎

21

岡山

大湊要港部機関長

佐世保鎮守府機関長

第20連合航空隊司令官

昭和141115

沢   達

22

和歌山

第2艦隊機関長

呉軍需部長

造船造兵監督長

昭和161015

山中朋二郎

21

岡山

佐世保鎮守府機関長

103工作部長

第20連合航空隊司令官

昭和1710月5日

福地 英男

24 

佐賀

第1艦隊機関長

佐世保軍需部長

中国軍需監督部長

昭和18年9月25

日高 為範

25

鹿児島

横須賀艦船部長

兵学校舞鶴分校教頭

兵学校舞鶴分校教頭

昭和2010月1日閉校