●山中温泉・ビンボマガジン 37

Yamanaka Unperiodical Magazine 37

■ ビンボマガジン37号のもくじ

菊の湯・決死の人命救助作戦 /  2006.9.7

 数年前のある閑かな午後、私がいつものように「のんべんだらり」と湯船で体を浴していると、湯煙の向こうで人が集まり、何かただならぬ気配に気づきました。

「大変やあ! とーちゃん。しっかりしろ。風呂番、早く救急車呼ばんと、死んでしまうぞ」

 その方に近づけば、とあるお年寄りが苦悶の表情を浮かべ、アゲで横たわっているではありませんか。「わしの診たてによると、これはチアノーゼといって、狭心症の特徴じゃ。きのう孫とテレビでブラックジャックとかいうアニメを見たばかりだから、間違いない」と所見を述べ始めるや、「とにかく脱衣場へ運び、体を冷やさんと命にかかわる」というのが素人医師団の下した診断でした。が、駆けつけた風呂番のおばちゃんも、「私、こんなガタイのでかいのは運べんわ・・」と困惑気味に言い、その瞬間周囲の視線が一斉に私に集まりました。え? 私にこのじじいを脱衣場まで運べということ?

 もちろん、私だって人命の尊さは百も承知であり、一刻を争うことも分かります。ま、それはそれとして、素人の下手な手出しは取返しのつかない失敗につながりかねず、ここは事態の推移を慎重に見守り、とりあえず救急車の到着を待って・・・・と、要は私も関わり合うのは御免蒙りたく、傍観者を決め込んだつもりが、とんだ風向きになったのです。

「早くせんかい!」と怒鳴られ、(何で私が怒鳴られたのか、今でも不明)私は止むを得ず、痙攣をしている失神老人を小脇に抱きかかえました。「とうちゃん。心配するな。すぐに手当をするからな」と、殊勝な言葉を吐きながらも、内心は『ハダカの娘を小脇に抱えるならともかく、なんでこんな干からびたじじいを抱かにゃならんのや』とやるせない気持ちで一杯でした。

 そのときです。この老人の体が濡れていたため、右足が抱えていた左手から半分ずり落ちました。それだけではありません。半開きになった老人の股からひからびたきんたまぴちゃーああと私の二の腕に張り付いたのです。「うぎゃああ〜」不気味な感触を受けた瞬間、私は湯船にこの老人を放り投げたい衝動に駆られました。そればかりではありません。ほとんど同時に、私の腕に生温かい液体の感触が走ったです。「あら、このじいちゃん。小便チビっとるがいね・・」 「ほんとや。でも、フロのアゲでよかったわ。掃除の手間も省けるし」 『よくないわあ あぐえりゃぇ〜ちゃあ』 意味不明の感嘆符で内心絶叫しながら「早く、早く、脱衣場にタオルでもなんでも敷いてくれえ!」と私は叫びました。

 きんたまの生温かい不気味な感触だけでなく、小便までひっかけられ、私にとって脱衣場までのたかだか10mは長い地獄の行脚に感じられました。「とうちゃん、がんばれ」と誰かが失禁じいさんを励ましているのに、私にはなんの激励もありません。脱衣場につくなり、私はこの老人を放り投げるように寝かせると、風呂場にとんで帰りシャワーで何度も体を洗いました。

 後日話を聞いたところ、幸いこのお年寄りは心臓発作でも何でもなく、単に「風呂に酔っただけ」ということで、すぐに回復したとのことでした。長年私がこの話を封印したのは

 結局、捨身の人命救助作戦は一体なんだったのでしょうか? 少なくとも、そのとき、初めて「びんぼうくじ」という言葉が私の頭をよぎったのは間違いありません。

宇宙旅行のお取扱い、始めました /  2006.9.3

 (モノローグ風に)

 今日はおったから祭りだった。JC始め、関係者は本当にご苦労様という他はない。不愉快な思いをした人も多いようだが、結構な賑わいもあった。国内最大手旅行代理店がかんでいるらしい。そのJTBが宇宙旅行を売り出したっていうから驚きだ。何だって、月旅行の費用が一人120億円!? 山中温泉の宿泊平均単価をひとり2万と見積もっても、60万人分。1年分の観光客を優に超える売上げだ。なるほど、そんな客一人つかまえればいい訳か。でも、そんな奴、いるのかな・・・?

 いた!! 元ライブドアの役員で榎本・・なんとか。え? でも直前になって足止め? しかも、22億円は既に支払済みだって?? 資金繰りに窮したロシア宇宙船の一席を買ったらしい。これも旅行代理店が仲介しているのか。ヤバ系のクスリやってたか知らないが、22億も払っといて、こんなのサギじゃん。でも、その後延々と希望者が並んでいる、というのが凄い

 ま、まてよ・・・ 10億を越えるような世界になると、サギもへったくれもないのかも。そうだ。どん底の貧乏にあえぐオレもここは一発勝負に出るか。ちょうど冥王星が惑星陥落問題がメディアをにぎわせている。今こそ宇宙旅行サギは旬だ。月まで120億円なら1万倍の距離にある冥王星までは、120兆円でも高くはない。ここは激安価格の12兆円ならまことにリーズナブルだ。よ、よし! この手で行こう。かあさん。喜べ。これで俺たちは億万・・いや兆億長者だああああああ!!!

  1. このツアーはJTBi社とスペース・アドベンキ社が共同で進める企画で、太陽系の8惑星と冥王星をめぐる、壮大かつロマン溢れる宇宙の旅です。
  2. 飛行用には当社が開発中のビンボ・エクスプローラー・ビークルを用いることで、格安の価格を設定することができました。負担費用は申込時に全額前金にてお願いします。
  3. 標記金額は旅費、及び宿泊費(食費を含む)で、その他の経費(例えば三途の川の渡し守チップなど)はお客様負担になります。
  4. 出発は平成30年をメドに計画しておりますが、諸般の事情によりお客様に予告なく出発日時の変更、あるいは中止する場合があります。その際、費用は一切返金致しませんので、予めご了承ください。
  5. 弊社の都合でツアーを中止しても返金しないのですから、お客様のご都合でキャンセルされた場合、当然ながらお預かりした費用はすべて没収いたします。
  6. 価格構成は本体価格12兆円+消費税6000億円です。これは平成18年9月時点における税体系に基づいており、消費税改正の際には追加負担を願うことがありますが、その際の苦情は日本政府にお申し付けください。
  7. 弊社はJTB(日本交通公社)とはなんら関係のない、別個の団体です。

申し込まれたお客様の声

タウン誌 URALA が突撃取材に  /  2006.8.25

 取材に訪れたURALAのお二人。本当はもっとハイエンド商品を紹介して欲しかったのだが、と思いつつ時間に追われエコノミー商品の紹介に。上がカメラマンのTさん。下はインタビュアーのKさん。
「福井のタウン誌から取材の申込みがあったんだが・・」
 「それ、ひょっとして『うらら』のこと?」
 「そう言ってた。あんた、何でURALA知ってるの」
 「そんなの常識だよ」
 その客の指摘を受けるまで『北陸3件でタウン誌は金沢CLUBだけ』と思ってましたから情報発信メディアのハシクレとしてはお恥ずかしい限りです。今回の趣旨を示すコピーが

 創刊18周年企画 きっとあなたが『知らなかった』と唸る実力店

 でも、それって、一度も取上げられなかった、つまり負組特集ってことじゃ・・、と思っているうち、「URALA」さんから取材がありました。

 このタウン誌の編集コンセプトは「驚きと発見」とのこと。ビンボマガジンの「マンネリとおちょくり」とは対極をなすものです。もっとも、福井県一円どころか、南加賀の有力書店に並ぶ堂々たる印刷媒体。引き合いに出すこと自体、失敬千万ですが。

 インタビュアーとカメラマンのお二人が来店。挨拶後はてきぱきとした取材ぶりです。
「おお、凄いデジカメ。EOS KISS ですか」機材を見て私が聞くと
「ゴルァ! なめんなよ」とカメラマンT氏が激怒。元祖EOS-1 DSでボディだけで100万近くしたそうです。うひゃあああ!ちなみに、私はデジカメを1万円以内で狙ってますが・・
「その点僕は気楽でいいです。紙と鉛筆だけですから。あはは」と、インタビューに回るK君。以前、おんぼらーとの取材にこられたタカヤナギさんのことを思い出します。静かで落ち着いた雰囲気のタカヤナギさんに対し、コンビで現れた二人は、仕事を進めるのも、お笑い系のノリです。私の軽快なトークに乗せられて・・ と言いたいのですが、手際の悪さのため、むなしく時間を空費。あんたのせいで、時間が押しちゃったじゃないか、と言いたいのをこらえ、笑顔で次の取材へと向かったお二人です。どうも、ご苦労様。罪滅ぼしに、URALA のサイトをご紹介。

* ブログでつくる福井のまちネタコミュニティ URALA CHANNEL -ウララチャンネル-

温故知新・元祖岩盤浴ヌード /  2006.8.25

 画像は「山中町史」昭和34年発行・山中町史刊行会発行による・山中図書館蔵。
 ワケがあって山中温泉の古い資料を探していたところ、こんな写真を見つけました。ある旅館の観光リーフレットの一部のようです。岩窟内の温泉にいる母子、という設定の画像。「なんか妙にそそる」とはある中年男性の感想でした。そのほか旅館の浴場で撮った、胸ポロ写真がいくつかありました。かつて、年頃の子どもはこんな写真を発見し、心臓バクバクだったかも。

 現在はヘアヌードも当たり前のご時世ですが、母らしきモデルに背を向けている子ども。かえってこの方が「幼児ポルノ」としてコードに引っかかるかもしれません。ちなみに、岩盤浴を先取りしたこの旅館も今はありません。

 ※ この テキストをクリックすると、大きめの画像が現れます。

「我田引湯」だった日本三名湯 /  2006.8.15

 芭蕉の館正門の石碑にある温泉頌の解説文。温泉頌そのものは芭蕉から逗留先の泉屋に贈呈されたが、その後人手に渡り、現在は石川県立美術館蔵。
 「山中温泉は日本三名湯の一つとして讃えられている」山中温泉の観光案内書やウェブサイトにはそのような記載があります。事実、山中では子どもの頃からそう教え込まれ、かつて小学校歌の歌詞にも織り込まれていたくらいです。

 ところが、やがてこの「有名な事実」は山中の人間以外誰も知らないことに気づき、「学級松竹梅方式」とともにカルチャーショックになります。試しにウェブで色々な「三大温泉」を検索してみましょう。まず、江戸時代初期の儒学者・林羅山が選定した日本三名泉がとりあえず、その後の標準になっているようです。これによると、
  有馬温泉  草津温泉  下呂温泉 
 また、その昔、清少納言が枕草子で述べているベスト3は 
 有馬温泉  ななくりの湯(榊原温泉) 玉造温泉

 その他、多種多様の「三温泉」が時代を越えて選定され、別府、箱根、湯布院、熱海、秋保、道後・・ 等名だたるライバル温泉地が顔を出しているのですが、ありゃ? 山中の名前だけが出てきません。山中温泉が日本三名湯の一つと喧伝しているのは、なんと、地元山中だけなのです。

 「山中=日本三名湯」は松尾芭蕉の著作に拠る、とされています。しかし、彼は代表作の「奥の細道」で「其の効、有明に次ぐと云う」つまり、「温泉の薬効は有明温泉の次らしい」と述べているにすぎません。だいたい、有明などという得体の知れない温泉が日本のどこにあるのでしょう。

 さらに、決定的な根拠とされるのが「温泉頌」と呼ばれるメモです。これは芭蕉が投宿した旅館に寄贈したもので、恐らく宿泊費をタダにしてもらい御礼の意味を込めた「色紙」程度のものでしょう。しかも、ここに記されている一文とは、次のものなのです。
 「里人の曰、このところは芙桑の三の名湯の一つなりと」
 分かりましたか? 「里人の曰く」 なんのことはありません。山中は日本三名湯のひとつ、と言っているのは芭蕉ではなく、里人、すなわち山中の人間自身なのです。「土地の人がそう自慢しているようだが、井の中の蛙のくせして、よく言うよ」これが芭蕉の真意でしょうが、あからさまに言えば、気分を害した主人から宿泊代を請求されかねません。そこで、芭蕉は暗に皮肉をこめて表現したのです。

 いずれにせよ、こんな走り書き程度の古文書で芭蕉を担ぎ出し、今また山中温泉の権威付けに利用するとは我田引水、いえ「我田引湯」もいいところでしょう。これでは、三名湯どころか、三流の湯だと、受取られかねません。それより、この「温泉頌」は「山中人間の大ぼら性癖が、少なくとも元禄時代にさかのぼる」ということを示す、貴重な資料としての価値があるかも。

めざせ『三大ガッカリ名所』 こおろぎ橋

 広報戦略を誤ると、マスコミから袋叩きにあい、「三名湯」どころか「三流湯」のレッテルを貼られかねないご時世。しかし、ここは一発逆転の奇策があります。と言いますのも、わが国には「三大ガッカリ名所」というカテがあります。「高知のはりまや橋」と「札幌の時計台」が双璧ですが、最後の指定席をめぐっては有力候補がしのぎを削っています。「ガッカリ」と言いますが、そこまで期待させるだけの、グレートな観光スポットでなければなりません。ここで、こおろぎ橋を見て「な〜んだ、こんなショボイのか」と感想を述べた観光客の多いこと。うーむ、その資格は充分にあり。こうなったら、こおろぎ橋を三大ガッカリ名所の最後の席に送り込み、その勢いで山中温泉の知名度アップ大作戦・・ やはりダメかな・・

河濯明神祭 /  2006.7.31

 山中温泉の住民からは、お薬師さんの通称で親しまれている医王寺。その周囲にはいろいろな祠や社が祭られており、お薬師さんではさまざまな年中行事を担っています。そのひとつ、河濯(カワウソ)明神祭が今日7月31日、ひっそりと執り行われました。

 カワウソを祭るとは? と奇妙に思うでしょうが、この動物は落命した遊女を暗に示しています。古くから山中温泉では芸妓を「獅子」と呼んでいました。これなど山中検定では初級レベルの知識です。でも、遊女の死後、「カワウソ」と呼び習わしたのを知る人は、よほどの山中通、あるいは粋人でしょう。

 事情があって日本各地から山中温泉に流れ着き、遊女、あるいは芸妓としてその生涯を終えた女性たち。身元を隠し通したゆえ、通例なら無縁仏として葬られる定めです。ところが、いつしかその薄幸の魂を供養をする慣わしが、この温泉町に生まれたようです。

 ちなみに、今日は旧暦の七夕です。ジンクスどおり梅雨は明け、「おりひめ」と「ひこぼし」両星が見えました。旧暦の七夕では必ずしし座の東に上弦前の月が見えます。旧暦の七夕にひっそりと行われたカワウソ忌。地元住民にもほとんど知られることなく、今でも連綿と受継がれています。

水無山遊園地 vs 山代ヘルスセンター /  2006.7.9

 40年前当時、水無山山嶺に広がる遊園地は山中温泉栄華の象徴でした。

 2台のゴンドラがひっきりなしに麓と山頂を行き交っていました。遊園地といえば滑り台にブランコと、せいぜいジャングルジムしか知らない当時の私にとって、それは素晴らしいファンタジーの世界でした。成層圏を突き抜けようかというジャンボ観覧車。トーマスを先取りした夢の機関車が山嶺を巡ります。展望台に設置された巨大双眼鏡で下界のすべてが手に取るようでした。私はこの双眼鏡にひたすら10円玉を投入し続け、小学校3年生で自己破産を宣告されました。

 数世紀間は磐石と思われた水無山遊園地。その栄光の座をゆるがせたのが「山代温泉・ヘルスセンター」のオープンでした。ヘルスといえば、つい怪しげな風俗を連想しがちですが、この施設は文字通り健康な施設でした。そればかりではありません。石川県では初めてと思われるプラネタリウムが併設。さらに、目玉である植物園は「東洋一」の触れ込みでした。レジャー指向の山中温泉に対し、山代温泉は高邁な文化の香りが漂っていました。

 いずれにせよ「アジア最大のテーマパーク」(どんなテーマを持っているのか、よく分かりませんが)と「東洋一の植物園」 アジアがどこで、東洋が何かは当時の私に理解できませんでしたが、二つあわせると世界一の凄いもの、というイメージが固まりつつありました。柔道で言えば、技ありふたつで「いっぽーん!」みたいな。少なくともこの当時、確かに山中・山代の両地域は時代の先端を走っていたのです。

※水無山ロープウエーのパンフレットは「芭蕉の館」蔵。

40年前の山中温泉とビートルズ来日公演 /  2006.7.3

 柏戸と大鵬が土俵を沸かせていた40年前、思い起こせばその時代こそが山中温泉史における繁栄のピークでした。我谷ダムの竣工や薬師バイパスの開通。水無山の頂に広がる広大なテーマパークは「アジアのディズニーランド」と讃えられていました。(と、役場に勤めていた隣のおじさんが言っていた)

 空前の好況に支えられ、憧れのテレビが山中でも普及し始めました。当時の子どもたちは「おはなはん」や「巨人の星」を食い入るように見たものです。とりわけ、エキサイティングな映像だったのは武道館でのビートルズの来日公演でした。

 情報伝達の遅い田舎では、流行にタイムラグがあります。1966年当時、橋幸夫や三田明などのニュー・アーティストが都会ではブレイクしていました。しかし、ローカル版山中温泉・ヒットチャートでは、依然として三橋美智也や淡谷のり子が上位を独占し、軍艦マーチなどの軍歌もしぶとくベストテン入りしていたのです。(ちなみにスパイダーズは超マイナーで、ブルコメは論外)そんな中でのビートルズは、ぶっとび仰天以外の何者でもありませんでした。日本が世界のロックシーン制覇を狙って送り込んだ刺客、その人物こそウルトラQこと「坂本九」。しかし、ビートルズを見たとき、その幻想は吹っ飛びました。カリスマ性違いすぎ。それはWカップサッカーにおける日本とブラジルの比ではありません。ああ、スキヤキ敗れたり・・・

 休み時間、クラスメートは武道館公演の話で持ちきりです。私もウル覚えの「From me to you」をトイレでひそかに口ずさんだものでした。信じられないかもしれませんが、当時地元の小中学校では生徒が「流行歌」を歌うことは校則で禁止されていました。まして、ビートルズを歌おうものなら、職員室へ呼ばれ厳しく処罰されました。今では音楽の教科書にイエスタディが載っているなどと、とても信じられません。まさに隔世の感です。

 そのビートルズは、40年前のちょうどこの日この時刻、4日間の滞在を終え日本を飛立っていきました。

※映像はビートルズの離日シーンで、NHK BS2 の放映画像をキャプチャ。

加藤としえ氏 詩(うた)のある書・絵展のご案内

 「書・絵・詩」この3つの要素をタペストリーのように織り交ぜ、人への愛と希望、そして安らぎの詩を謳いつづける加藤としえさん。その個展が今度小松市で開催されることになりました。山中温泉から会場の小松市原町は自動車で約40分の距離になります。近隣の方は是非お越しを。

詩のある書・絵展
期日:2006年9月18日(月)〜9月24日(日)
 10:00〜19:00(最終日 〜17:00)
場所:小松市原町87−1 味茶房 句庵
電話;0761−47−0345

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