物語におけるキリスト教と聖書信仰者主義の一考察


来日公演も中日に入り、毎日観劇レポートが届けられています。 ほとんどのレポートはとてもポジティブなのですが、ネットを彷徨って見つける レポートの中には時にストーリーが理解できないと戸惑われる方も いらっしゃるみたいなのです。ですから、この作品の背景を少し説明していた ほうがいいのでは、と思いました。でもこれはあくまでも私の解釈ですので 「こうなんだ!」ということではなく「こういう見方もある」と頭の隅にでも置いといていただければ幸いです。

10月21日追記:私の解釈についてプロデューサーのビル・オブライエンに質問してみたところ、丁寧な返答があり、それをサイトに掲載することを承諾してくださいました。こちらからお読みください。


まずちょっとストーリーが苦手、と思うのには奴隷問題について日本人はあまり深い 知識がないため、華やかな舞台上で 奴隷制度のことを目のあたりにさせられるのに抵抗がある、というのはありそうです。 この奴隷問題に馴染みがないというのは仕方がないですよね。 私だって日本に住んでいた頃は歴史の時間に習っただけだし。でも当事者であるマイケル・マッケロイがどのような気持ちで毎回演じているかを「マイケルとおしゃべり」で読んでいただくと少しは気持ちが舞台に近づいていくかもしれません。

そして後半でハックが捉えられたジムを助けようかどうしようかすごく 悩むところがあるのですが、普通の原作を読んでいない(日本人の)観客は それが不可解に思えるらしいです。この作品はハックとジムの友情冒険ストーリー として売り出されているのに、悩むのはどうしてかな思えるそうです。

そこで関わってくるのが一つ日本人に苦手なものはキリスト教と聖書信仰者主義ですよね。後者は苦手と言うより理解できない、知らない 部類に入りますけど。冒頭で「聖書を読め、読まないと天国に いけないぞ」がありますよね、あれは聖書信仰者主義からき ています。だから舞台のなかで何度かハックが「あ〜ちゃんと 日曜学校にいっていれば、もっと聖書を勉強していれば よかった」って思うところがあるでしょう?勉強していないか らその迷える魂は天国にいけない、と本気で心配しているので す。そしてその当時の価値観((聖書信仰者-南部バプティスト教会)のご都合主義) で「聖書だって奴隷制度を否定し ていないのだから、奴隷を主から盗み出すなんてことは大罪だ 」ということになっているのです。

だからあのモノローグで自己の 葛藤があるのです。神様にいつも行動を見られている、奴隷制 度を否定しない(とみなからいわれている)神様にそむいてジ ムを助けたらいったいどうなるのだろう、とものすごく不安に なるのですが、

ここからネタバレ

最後には自分のヒューマニティが打ち勝って、 神や天国と決別する決心をする。そしてあのWaiting For the Light To Shineにつながるのです。歌われ方も(その意味も) 最初と違うのです。最初に歌われたときは本当に「救いが もたらされてほしい」と願って歌っていますが、リプライズでは 前述の決心をしたため、そんな願いも捨て去るぞ、だってもともと

I have lived an undirected life,
a cloudy way I knew
and the things I done,
in fact each and every one is
the way that I wastaught to run

と開き直ってこれから大罪を犯そうとする自分を奮い立たせて いるのです。本当にあのAlright, I'll go to hell!は並大抵 の決心のセリフではないのですが、その裏の意味がわからないと 大げさだ、と思われる人もいるのですね。たしかにあそこは舞台では長ゼリですが 実際の原作だともっと長いし(笑)。
ネタバレおしまい。

これを「なんでそんな悩む必要あるの、友達じゃん、助けてあ げるのが当たり前」と思ってしまうと、全然感動の仕方が違っ てくる可能性があります。(おっとまたネタバレ)ただ手話だけで歌われるあのワンコーラスのみ が注目を浴びることになる、あの歌の持つ意味は気がつかない。 仕方がないこととはいえ、それが文化の違いの限界なのでしょう。

ですから観劇なさるときは舞台の背景文化や、当時の価値観などを少し わかって臨むと感動がよりいっそう深くなると思います。

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