ハワイ王国旗

ハワイ王朝最後の王国旗は日本にあった!

NEWS Letter 2006.1.19

〜最後のハワイ王国旗と日本移民の活躍〜


その王国旗はどうやって日本へやってきたのか?

 今日のハワイの開拓には日本移民が著しく貢献していたことをご存知でしょうか?
 ハワイへの移民は、
1868年(明治元年)元年者と呼ばれる153人の日本人移民が無許可渡航したことにはじまり、1882年(同14年)ハワイ国王デービッド・カラカウアが来日し移民を希望しました。
そして翌年から本格的に移民が開始され、ハワイ開拓に貢献しました。

 1893年、ハワイ王朝がアメリカ共和党勢力により崩壊を迎えた時、ハワイ王国の多くの調度品が処分され、ホノルルのイオラニ宮殿で掲揚されていたこの最後の王国旗もオークションで処分されることになりました。

 最初の移民(元年者)の中にいた桑田松五郎氏(僧衣仕立人)は
王朝崩壊を聞きつけるとともに、王国旗を手に入れるためにハワイ島からオアフ島へ船で
1週間かけて渡ったといいます。


なぜ日本人である桑田氏がその旗を入手しようとしたのか?

 この旗は1881年、カラカウア王が世界旅行中にイギリスで発注したものだといわれ、桑田氏がなぜそれを手に入れたのかは判りませんでした。僧衣仕立人である彼は、旗で袈裟を作ろうとしたのではないかという人もいましたが動機は不明瞭でした。



      デービッド・カラカウア王

 しかし、近年発見された資料から、この王朝旗は桑田氏が作成し、カラカウア王に献上したものではないか、という見方が強まってきました。

 当時ハワイで活躍していた彼は、ハワイ王国と日本の国境を越えた関係が旗への愛着となりハワイ王朝終焉を悔やんだことから、せめて旗だけでも救おうとしたのではないかといわれています。
(判断材料となった資料詳細は後述)


 伊豆大島とハワイ島が姉妹島盟約

 その後、王朝旗は桑田氏の子、孫と3代に渡り引き継がれ、1962年にハワイ島と東京の大島が、活火山や信仰のつながりなどから姉妹島の盟約を締結した時、桑田氏の孫であるトーマス・K(桑田)・クック氏から大島町に「ハワイの日系移民と日本を繋ぐ確かな記念の品」として、そのカラカウア王朝旗を寄与しました。

   姉妹島盟約の記念碑(リリウオカラニ公園)

 以来、43年もの間、ハワイ王国最後の旗は日本に存在したのです。王国旗は大島町で7年、愛知県にある明治村のハワイ移民資料館で36年間、非公開で保管されてきました。


 返還の意識高まる

 近年、大島町やハワイ島の交流グループらをはじめ、多くの人々の「その旗はハワイのものなのでハワイに戻すべきだ」という声が高まり、昨年、その旗を返還する準備が整い、明治村から大島、そしてハワイ島と、ようやく里帰りの日を迎えることになったのです。


 東京都大島町から藤井町長をはじめ100人以上がハワイ島入り

1月17日、ハワイ島ヒロ空港へ藤井大島町町長をはじめ100人を超える日本人が降り立ちました。
一行はこの日の夜、ヒロハワイアンホテルでハワイ島のメイヤー代理や要人、交流グループらと交流会を行いました。
 奇しくもこの1月17日は、ハワイ王朝終焉の日。イオラニ宮殿から最後の王朝旗がおろされた日です。

また、返還式の翌日、大島からの一行はホノルルへ移動し、イオラニ宮殿などを視察しましたが、この日、1月20日はカラカウア王が亡くなった日です。

   到着した大島町からの一行 ヒロ空港で



「この日程が歴史にあわせ予定されたものではないとしたら、この縁は単なる偶然ではないでしょう」

交流会に参加した王族の子孫でもあるネイティブハワイアン「アカ・ドゥーリー」(写真中央)はそのように語りました。








返還式・藤井静男大島町長から故トーマスkクック氏の妻へ

そして119日、その旗が43年ぶりにハワイに戻ることになり、ハワイ島のヒロで返還式典が行われました。
 式典ではハワイ島の姉妹島である東京都の大島町から、ハワイ島の日系人に手渡されました。

返還された王国旗はハワイ島ヒロにある日系移民の資料を展示している「ハワイジャパニーズセンター」に寄贈されることとなっています。


   返還式典 ハワイ島ヒロのハワイジャパニーズセンターにて
    JAN.19.06
 

 返還に至る経緯

ハワイ島の発展に寄与した日本人ジャーナリスト大久保清氏がある人に伝えた内容に、
「大久保氏が私に、その旗は桑田氏が作らせたものらしい、という意味のことを話した」という記述が見つかったといい、
大久保氏は火の無いところに煙を立たせるような不確実なことを一切いわない厳しい人柄であったことから、桑田氏が作らせたものだという信憑性が高まったといいます。

    大久保清氏の墓前に参る藤井大島町長



このことから、桑田氏の孫で大島町と姉妹盟約締結時に王朝旗を寄贈した、故トーマス・K・クック氏の妻が現在92歳でご健在であることから、大島町としてはこのミセスクックにお返しするのが筋であるとしました。





   左から藤井大島町長 メイ・クック 姉妹島締結に功労した中村和尚







           ※ 式典の模様は関西テレビ☆京都チャンネルの番組
              「根本はるみの神秘と癒しのハワイ島〜アロハとマナを求めて〜」の第5話
              で紹介されています。(2007年5月に放送終了)

           ※ DVD 「神秘と癒しのハワイ島〜根本はるみアロハとマナを求めて〜」には
                 挿入されておりません




       
 





★取材資料のご提供先★

 東京都大島町町長室、ハワイ大学本田教授、ハワイジャパニーズセンター、メイ・クック氏、
 アカドゥーリー氏、デレック中村氏、小田まゆみ氏ほか。

★ また取材にあたり、お世話いただいた大島町町長室の河野様には
  この場をお借りしてお礼申し上げます。


    
本件の映像資料・番組制作に関してはテイクスリープロデュースにお問い合わせください


日本から年間140万人もの観光客が訪れる楽園ハワイ。アメリカ合衆国の50番目の州です。
 ハワイの旗はもともとカメハメハ大王に始まる「ハワイ王朝」時代のもので、イギリスのユニオンジャックと
8つの島々を現す横縞が併合されたデザインです。
1816年に作成されハワイ島のコナで初めて掲揚されたといわれています。

ハワイ州の前身である「ハワイ王国」のシンボルであった王国旗。
王朝が崩壊する日までホノルルのイオラニ宮殿で掲揚されていたといわれる
最後の王朝旗は、実はこの43年間、日本に存在していたのです

そして今年
119日、その旗が43年ぶりにハワイに戻ることになり、
「ハワイ島ヒロ」で返還式典が行われました。

式典では岩谷滋雄・在ホノルル日本総領事やハリー・キムハワイ郡長らが見守る中、ハワイ島の姉妹島である伊豆大島の藤井町長から、ハワイ島の日系人トーマスKクック夫人へ返還されました。

では、なぜ日系人の手に返還されたのでしょうか?

ハワイ王国旗(現ハワイ州旗)

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