

ハワイ王朝最後の王国旗は日本にあった!
NEWS Letter 2006.1.19
〜最後のハワイ王国旗と日本移民の活躍〜
この旗は1881年、カラカウア王が世界旅行中にイギリスで発注したものだといわれ、桑田氏がなぜそれを手に入れたのかは判りませんでした。僧衣仕立人である彼は、旗で袈裟を作ろうとしたのではないかという人もいましたが動機は不明瞭でした。
その後、王朝旗は桑田氏の子、孫と3代に渡り引き継がれ、1962年にハワイ島と東京の大島が、活火山や信仰のつながりなどから姉妹島の盟約を締結した時、桑田氏の孫であるトーマス・K(桑田)・クック氏から大島町に「ハワイの日系移民と日本を繋ぐ確かな記念の品」として、そのカラカウア王朝旗を寄与しました。
1月17日、ハワイ島ヒロ空港へ藤井大島町町長をはじめ100人を超える日本人が降り立ちました。
そして1月19日、その旗が43年ぶりにハワイに戻ることになり、ハワイ島のヒロで返還式典が行われました。
ハワイ島の発展に寄与した日本人ジャーナリスト大久保清氏がある人に伝えた内容に、
「大久保氏が私に、その旗は桑田氏が作らせたものらしい、という意味のことを話した」という記述が見つかったといい、大久保氏は火の無いところに煙を立たせるような不確実なことを一切いわない厳しい人柄であったことから、桑田氏が作らせたものだという信憑性が高まったといいます。
大久保清氏の墓前に参る藤井大島町長

このことから、桑田氏の孫で大島町と姉妹盟約締結時に王朝旗を寄贈した、故トーマス・K・クック氏の妻が現在92歳でご健在であることから、大島町としてはこのミセスクックにお返しするのが筋であるとしました。
左から藤井大島町長 メイ・クック 姉妹島締結に功労した中村和尚
※ 式典の模様は関西テレビ☆京都チャンネルの番組
「根本はるみの神秘と癒しのハワイ島〜アロハとマナを求めて〜」の第5話
で紹介されています。(2007年5月に放送終了)
※ DVD 「神秘と癒しのハワイ島〜根本はるみアロハとマナを求めて〜」には
挿入されておりません
日本から年間140万人もの観光客が訪れる楽園ハワイ。アメリカ合衆国の50番目の州です。
ハワイの旗はもともとカメハメハ大王に始まる「ハワイ王朝」時代のもので、イギリスのユニオンジャックと8つの島々を現す横縞が併合されたデザインです。
1816年に作成されハワイ島のコナで初めて掲揚されたといわれています。
ハワイ州の前身である「ハワイ王国」のシンボルであった王国旗。
王朝が崩壊する日までホノルルのイオラニ宮殿で掲揚されていたといわれる最後の王朝旗は、実はこの43年間、日本に存在していたのです。
そして今年1月19日、その旗が43年ぶりにハワイに戻ることになり、
「ハワイ島ヒロ」で返還式典が行われました。
式典では岩谷滋雄・在ホノルル日本総領事やハリー・キムハワイ郡長らが見守る中、ハワイ島の姉妹島である伊豆大島の藤井町長から、ハワイ島の日系人トーマスKクック夫人へ返還されました。
では、なぜ日系人の手に返還されたのでしょうか?
ハワイ王国旗(現ハワイ州旗)
本サイトに掲載されている写真・映像等は、テイクスリープロデュースハワイに著作権があるか
テイクスリープロデュースハワイが原著作者から許諾を得て使用しているものです。
これらの写真・映像・文章などを無断で転用することは法律で禁じられています。
Copyright(c) 2004-2005 Take-three Produce Hawaii All
Rights Reserved.
