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    差出人  :INET GATE         JZT07164@nifty.ne.jp
    送信日時:1999/07/27 09:27
    題名    :[hermes:8] 天地創造と錬金術 その1
 
 
どーも BH参加の皆さん

ゲベル問題の途中ですが、ある参加者からテーマのリクエストがありました。

「天地創造と錬金術」の関係です。もうちょっと言うと、旧約聖書の『創世記』とルネサンス期の「化学哲学」の関係です。今日はその入門編。

一般的に錬金術とユダヤ−キリスト教の創造神による7日間の天地創造の物語である『創世記』との関係は、深いような気がしますが、(新旧訳聖書という同じ聖典を共有することはする)アラビア世界は別として、ラテン世界では、この両者を結びつける伝統は、それほど古いわけではありません。確かに、中世(ま、15世紀までとしておきます)でも、2−3、あることは、あるのです。が、手稿段階でとどまって、たいした普及をみせなかったというのが現状です。最近はそう言うものに対しても研究者の関心が向いて出版されたものがあります。 有名なのは、以下の二つ。

なんと聖トマス・アキナスがその著者と見なされ、現代では、あの有名な心理学者で錬金術研究家のユング、の弟子のヴォン・フランツが、聖トマスは「脅威のトランス状態」でそれをモノにしたと途方もない結論を下した『昇るオーロラ』 Aurora consurgens です。ま、この結論を信じる人は、今では殆どいませんが、そのテクスト分析は緻密で素晴らしいです。 Ps. -Thomas d'Aquin, Aurora consurgens : A Document Attributed to Thomas Aquinas on the Problem  of Opposites in Alchemy. ed. et trans. by Marie-Louise von Franz. (orig. ed. in German, Zurich, 1957). Pantheon, N. Y. , 1966. この『昇るオーロラ』のテクストは、新旧訳聖書の引用を駆使して錬金術とキリスト教の合一性を証明しようとした15世紀頃のもので、きちがい沙汰としか言い様のないほど緻密で、それでいて理路整然の全くないパッチワークのような著作で、理論的な構造と言うのはほとんど無視されています。16世紀末のかなりラジカルな錬金術関係専門の出版業者であったペトルス・ペルナでさえ出版を断念したというシロモノです。そのテクストの中では、もちろん『創世記』もパッチワーク作業の対象となっています。

もっと古い成立年代で、ずっとしっかりした科学的な著作が、近年、研究出版されました。斜塔で有名なあのピサ出身のコンスタンティンという人による『錬金術の秘密の書』です。Constantine of Pisa, The Book of the Secrets of Alchemy. ed. by Barbara Obrist. E.J.Brill, Leiden, 1990. こちらは、12世紀終わりのアリストテレス哲学が大学教育のベースとなっていく時代に、丁度アラビア世界から翻訳で錬金術がラテン世界に導入されていく時代と重なるのですが、そう言う頃、錬金術を大学教育課程に組み入れようと努力した人物の著作です。これもつい最近まで手稿の山に埋もれて人目につかなかったもので、アリストテレス主義以前の主流のアウグスティヌスの神学の影響も色濃く残っている時代精神の生産物です。宇宙生成論が聖書とアリストテレスとアウグスティヌスの奇妙なブレンドとして展開されています。
 
でも、こうした著作は、実際上の『創世記』を錬金術的な用語と思考形式で読み解くと言う一つの流行を作るまでには行きませんでした。それを最初に行ったのがルネサンス期の化学哲学の巨人パラケルスス(1493-1541)です。
 
パラケルススその本人については、また別の機会にするとして、ここでは、彼の行った、『創世記』とキミア chymia との融合作業について見てみましょう。 彼は、本当の意味での錬金術師ではゼンゼンありません。ファンの人には、残念なお知らせかもしれませんが。しかし、錬金術師達の用いる道具やテクニック、そして基本概念等はそれなりに熟知していました。
 
ただ彼は、錬金術師の作業場内で見られるようなケミカルなプロセス、蒸留だとか分解だとか、合成だとか、そういったプロセスが自然のあらゆるところに繰り広げられていると考えたのです。そして、ここが重要なところですが、神による天地創造も一個のケミカル・プロセスであると取ったわけです。彼はいくつかの著作の中でこの問題に立ち向かいます。そして、天地創造を化学的な用語(物質やプロセス)で記述して行きます。
 
「始めは神と共にあり。始まり、それは、マテリア・ウルティマ(究極の物質)である。神はそれをプリマ・マテリアに変えた。別の果実を生むべく果実が種子を持つようにプリア・マテリアの中には種子がある...」 『鉱物の書』から
 
(注:プリマ・マテリア=錬金術用語で始原的な物質、全ての事物の起源であるとされた)
 
 
ただパラケルススは、不遇の生涯を送り、彼の生前に日の目を見た著作はホンの少ししかありませんでした。実際に彼の主要な著作が出版されるようになるのは1560年代からです。

1560年代の始めのパラケルスス主義者は、主にパラケルススの著作の掘り出し、出版と翻訳そして普及に力を注ぎます。人々は、最初、実用的な側面、特に彼の示した新しい病気の治療法(薬の化学的な調合法:それまでは薬草による薬が主流でした)に興味を集中させます。

彼の主要な著作を網羅して最初の統合的な著作をモノにしたのがデンマーク人であるセヴェリヌスです。(ティコの文献説明で登場しました。注:BH通信5) セヴェリヌスの著作『哲学的医学のイデア』 Idea medicinae philosophicae (1571)は、パラケルススの自然哲学の真髄を集大成整理した素晴らしい著作です。これは、すぐに「隠れた」ベスト・セラーになります。商業的には成功しなかったはずです。一般受けするような「スグ利く」薬の調合法や療法など一切含んでいない純粋に理論的な著作だったからです。それでも、パラケルススの自然哲学の真髄を知りたいと考えていた人間には、格好のものでした。

セヴェリヌス著作を通してパラケルススの天地創造に対する考えに接し、そして影響をうけた化学哲学者達は、パラケルススのお気に入りのテーマを随時発展させて行きます。それが、特に16世紀末から17世紀前半にかけて大流行していく『創世記』の錬金術的と言うよりは、パラケルスス流の化学哲学による解釈です。もっと後代の純粋に文学的な錬金術文献における天地創造のテーマは、このムーヴメントのエコーと言えるものなのです。
 

『大ニュース』!!!!
今秋ついにパラケルスス主義に関する決定的な研究であるアレン・ディーバス氏の『ケミカル・フィロソフィ』が翻訳出版されるそうです。詳しくは、当BH−ML にて、共訳者の方がたからその内に連絡してもらえるはずです。

それに関連して、今回の「天地創造と錬金術」(その1)の文献解題を次回行いまーす。