ペルーアンデス

コーディエラブランカ失敗とOlleros−チャビン遺跡トレッキング


日程    7月10日〜30日 メンバー  藤田,吉岡,崎向(Berg松涛)、園田,森本(こぶし)、丸尾(神戸)
                             記 トレッキング隊 藤田
7月10日
    伊丹、成田、シカゴ、マイアミ、そしてやっとリマ。
7月11日
    Marcosの出迎えでホテルへ。
    午後はLIMA市内観光とセビッチェ。
7月12日 
    藤田はペルー国際松涛館の仲間と練習。他はのんびり、そしてパーティ。
7月13日
  09:00 やっとHUARAZへ出発。疲れが何となく残っている感じで、順応に不安を覚える。
    練習の仲間に紹介してもらっていた"LOS PORTALES"のオーナーの出迎えでバスターミナル
    の近くにあるHOTELへ。16:45着。早くも頭が痛い。"PICCORO"で食事、この頃は体調もやや良く
    気分もいいのでビールと濃い目の食事(これは調子乗りすぎたのか?)。
    ダイヤモックスを一錠、飲んで睡眠。数時間の熟睡の後、まだ時差ボケか眠れない。 PL:76,OX88%
7月14日
    早朝、なにか胃の調子がおかしい? 「嘔吐」まずい。今日はCHURUPへの順応ハイクなんだが、どうし
    もやっておきたいし、ゴンザレス(ホテルのオーナ)も車に居てもいいから..と誘う。ならばしばらく
    様子見をと出発を一時間遅らしてもらう、しかし出発しようとしたらまた「嘔吐」。完璧に高度障害だ。
    早くもこんな所で。がっくりである。しかたなく園田、丸尾両名だけで行ってもらう。
    ゴンザレス "communication How?”と不満顔。
    夕方になってやっと食欲も出てきた。19:00頃、両名が帰ってきた。園田さんはもちろん快調、CHUP湖で
    釣りも試みたらしい。丸尾さんはまあまあなんとか湖まで行けたようだ。      PL:84,OX70%
HOTELからみるCordiara Blanca COPA周辺
7月15日
    今日は何としても順応ハイクをしておかないと、しかし一挙に3,090mから5,000mは厳しいか。
    丸尾さんは休養。園田さんと二人、ゴンザレスの車で送ってもらう。約2時間で駐車場。もう頭が痛い。
    とても氷河までは行けない、と云うよりがんばってしまえば、後が苦しくなるのは明らか。トボトボ
    と、とりあえず4,900mまででストップ、そして時間かせぎ。園田さんの方は快調に氷河を登って行く
    のが見える。羨ましい。13:00 揃って、やっとHUARAZに帰れると思ったら、車のエンジンがかからない。
    周辺の仲間や関係ない人たちも「あれや、これや」とやってはみるが、結局は諦めゴンザレスの友達の
    コレクトボに便乗させてもらう。それにしても皆、御節介で親切だ。そう思えば昔の我々の村の住民達は
    こんな近所付き合いと連帯感があったよな。
7月16日
    やっぱり今日は休養日になる。買い出しと後はHUARAZ市内を散策。このゴッタが好き。
7月17日
    ピスコへ順応を兼ねての登山。前回に登っているので気は進まないが、小生の安な体調では無難な所
    がいいか。8:00ホテルを出発。例によって今日もゴンザレスの世話になる。10:30パンパ手前
    で車を降り、4,600mのBCまでの行程。丸尾さんはかなり悪そう。小生は脈拍をチェック(130以下)しな
    がら、14:20に到着。休憩をしているとだんだん調子が悪くなる。高度障害が出るまでの時間差だ。
    夜はほとんど寝れず、気分は最悪。完全にやる気をなくしてしまい「もう高所登山はしないぞ!」と硬く、
    心に誓う。こんどこそ絶対に止める。俺の体質には無理なんだ。そして何もこれでなくとも他に山を
    楽しむ方法はいくらでもある。...もうイヤダ!いやだ!嫌だ!
    今度こそもう、こんなことしないと硬く硬く心に誓う。        PL:110,OX69%
7月18日
    朝から頭が痛い。もちろんこうなりゃ下山。ポーターの一人と丸尾さんと三人、トボトボとDemandapampa
    に2時間程で下る。朝 PL:80,OX71% だったのもキャンプ地で休憩してると PL:70,OX78% 
    気分も良くなってきた。登攀を諦めた安堵感もあるのかもしれない。
    出発前から富士山でのこともあり、こんなことも覚悟はしていたが、やっぱり淋しい。こんな時は心の
    友か? ケーナでちょっと気を紛らわす。
7月19日
    Yanapacchaへのハイキング。完全にトレッカーになってしまった。しかし結構な距離があり、10:00
    出発でキャンプ地に戻ったのは15:00近くになっていた。園田さんもピスコ登頂後、一気にここまで
    降りてきた。早い、こんな人と付き合えん。
    のんびりとした午後の草原を楽しむ。ポータにもらったオレンジが美味い。
7月20日
    HUARAZに戻り、夕方には森本、吉岡両氏が到着。初めて全員5名は揃う。でもこれが最初で最後。明日から
    はトレッキング組と登攀組に分かれる。
   「最後の晩餐」はアルパカのステーキ。硬くて、味も甘すぎる。こらは選択ミス。
7月21日
    吉岡、森本両氏はCHURUPへ順応ハイク。我々はまた休養。
7月22日
    今日も休養。そして明日からの打ち合わせとと準備。市内の博物館も見学。
7月23日
    Hotelを8:00、Ollerosの村に9:00前に着いたが、中学生ぐらいの生徒たちが、何か祭りの稽古にしばし
    行く手を遮られる。まあ急ぐこともない、のんびり眺めながらブーロとアリエロを待つ。9:30やっと
    出発。しばらく村の中を通り、30分ほどで開けた草原にでる。遠くにはこのトレッキング中では最も
    名の知れたHUATSANがみえる。たしかに登りのゆるい、易しいコースだ。高度順応に失敗した我々に
    はちょうどいい。ガイドブックに覚えの有る「三つの谷に囲まれたキャンプ地」Shuncopampaに着く。
    標準タイムよりやや遅れて15:30. のんびり山を眺めながらの食事、そして夜は満点の星空。
    < Donky、arerio、Guid 3泊4日で3名でトータル$325 >
7月24日
    8:00出発。いくら易しいコースと言えども、今日は4,700mの峠を通過するとなれば、少しはハードか?
    昨日のキャンプ地が少しずつ下に見、放牧のどこまでも続く道をたらり、たらりと。
    この辺からの住人はケチュア族と云うことをガイドから教えてもらう。
    みんなよく働く、子供もそして犬もりっぱに羊等の番をやっている。写真を撮ってると吼えるだけかと
    思ったら突然、ズボンの裾を噛み付かれた。びっくり、そして思わず高度障害のもとも忘れて、本気に
    この番犬と戦いに、挑んでしまった。「勝った」やつは逃げたぞ!...でもアンデスの山の中で俺は
    何を剥きになってるんだろう。
    急な登りもなく、4,700mの峠に着いた。峠の反対側は急なくだり。プレインカ道とも交わりながらの楽
    しいハイク。山の斜面の奇妙な形に「アンデスもヒマラヤと同様に隆起で出来あがった」のが見れる。
    途中、ケチュアの村で二人の女の子に写真を取らせてくれるようガイドに頼む。何かケチュア語で...
    いいのかダメなのか? OK!とガイド。恥ずかしそうに顔を隠すが、ちらっと見る目は何と綺麗なのだ。
    十数年前、その日、その日を一生懸命生きている時は、我々も皆、こんな目をしてたのでは。
    「豊かになる」方向がひょっとして間違ってたのではないだろうか? いい車を乗ったり、ブームに便乗
    した遊びに忙しく走り回るのは「豊か」でも何でもない。「豊かさ」で出来た時間と経済的余裕でより
    多くの国や人と接触でき、視野を広め、より高い次元から物事を考えれる能力を持つことではないだろう
    か? 日本に帰り「トローン」とした目の若者を見るとき、また彼等の生き生きした生き様を思い出すこ
    とであろう。
    昼過ぎキャンプ地Sacracanchaにつく。14:20
    明日の夜はチャビンの町での食事。いらなくなる食料の整理。ポータ達は日本食では食った気がしないの
    か、手持ちぶたさにテントでごそごそやっている。
プレインカ道の向こうは元は海だったのか
7月25日
    8:15 さあ最終地"Chavin"への出発。今日ははただただ下り続けてCHAVIN遺跡の見学があるだけ。
    途中幾つかのの村を通過するもこれ全てケチュア族の村。ただ時々「カラメル..」と甘いものが
    ほしいのだろう、遠慮気味にせがむ子供たちに文明の汚染を感じる。しかしネーパールほどにはまだ
    しつこくないのが救われる。
    村で葬式に出会う。下のCHAVIN村からこの急坂を死者を担いで上がってくる体力にも関心させられる。
    12:00 CHAVINに着く。ホテルでシャワーを浴びすっきりしたところで、遺跡の見学。
    田舎の小さなものとたかをくくっていたが、すごい。ある意味ではマチュピチュよりすごいかもしれん。
    いろいろと詳細に聞きたかったが、何せこのガイド、スペイン語とケチュア語しかしゃべらない。
    わかったような振りして、後は想像、「帰ってガイド本でしらべようっと」
    夜は久しぶりのそれらしき食事。油を使った料理に「あたらないか?」と夜は恐々だったが、なんとか
    みんな無事に朝を迎えることができた。 Hotel:"Gran Hotel Rickay" $6
ケチュア族の子供たち、実に目が綺麗。
7月26日
    途中の峠での道が工事中とかで出発が早朝それも5:00発。真っ暗の中工事中の怪しいガタガタ道を走る
    のは違った意味で緊張する。HUARAZに8:00には着いた。何かこのHOTEL LOS PORTALESが我が家に
    帰ってきたように落ち着く。オーナGonzlesの親しみやすさもいい。

    出発前から体調が優れず、また富士山でも調子が悪かったので、かなりの確立で、トレッキングになる
    だろうなあ。とは思っていたが。。。CHAVINもケチュア族の村も興味深く面白かったが、やっぱり登れ
    なかった悔しさ、と云うより寂しさはどうしても拭いきれない。
    とは云っても「だめなものはダメ」で、しかたなし。自分らしい山行に絞らねばならん。
    岩をやってる時に時々味わえる、いわゆる「アドレナリン」がでるような快感を高所登山では俺の場合、
    絶対に出来ないことは間違いない。それなら楽しめる山をやるべき。
    最近は時々、種目を絞らねば、、、何でもかんでも、では急がしすぎるし、かえって何も出来ない...
    と思いかけていた時期。これが踏ん切りところ。
    でもアンデスは好きだなあ!
                                            
    最後に「高所順応」について、今回は体調が優れず、半ば諦めていたこともあり、あまり真剣にデータを
    記録しなかったが、大まかに結論すると
    (1)「低酸素室」の効果について。まずほとんどなし。「低酸素」より「低圧」に体は大きく反応した。
    (2)「高度障害」はかなりの時間が経ってからでる。自分の場合は「調子いい」と思って行動した、
       その夜中、極端なときは、朝方になってから悪くなった。
    (3)最初の高さで順応に失敗すると疲れが残り、最後まで上手く順応できない。
    (4)分かっていたことだが、体質によって極端に差がでる事を改めて思い知らされる。
       非常に強い「園田」族、確実に順応していける「森本」族、どうしようもない「丸尾、藤田」族
       よく分からない「吉岡、楠原」族。