前穂高北尾根 敗退記

L:朝日(こぶし)、藤田、安達、竹谷(はりま)

 諸般の事情により、寄せ集めの軍団での計画。思い返せばここ1年は会のメンバーとのクライミングはほとんどやってない。良く言えば「他の会との交流がうまくいっいてる」ことか?しかし逆に言えば、「当会でクライミングに熱のある者がない」ってことか?

 

 29 21:43 臨時の「ちくま」に乗車。県連の中級のメンバーも同じ列車だった。正月前も夜行で移動するのは今や「山や」だけか、非常に空いていた。04:00 松本着。中級講師の長岡さんが心配げに我々を見送りに席に現れる.なにせ気象予報でも冬型が強まりつつあり、確かに天候の不安は十分ある。

 タクシーで釜トンネルまで、入山届を出し、トンネルを出発.途中数十名の団体を追い越す(なんでこんなに大勢で山に行くのか?)。

 上高地バスターミナルで休憩。ヤッケ、スパッツ等を着ける。雪は昨年の暖冬よりまだ少ない。順調に明神、徳沢とピッチをとりながら、奥又の出合。慶応尾根はどうもやぶこぎになりそうで、パノラマラインの夏道を行けるとこまで進むことにする。

 膝下程度のラッセルをしながら、ややきつい登りになる頃、6名のパーティーの下山と出会う.ラッセルがないので撤退とのこと。??良く分からない.慶応尾根との交差点の手前の急斜面で3名の下山者とまた出会う.これも撤退。たしかに我々もこの先の天候を思うと「どこまで行けるやら」なんとなく不安で、なえた気力で足取りも重くなる.

 13:25 慶応尾根との交差点をやや過ぎた所で、小雪が舞う中をテントの設営。今日だけはまともな食事。明日からはジフィーズだから。

 

 06:00雪はまだ大したことない。膝上の急登のラッセル。かなりキツイが、夕べは快調な眠りを得た為、順調にラッセルは進む。夜の明ける頃、八峰手前のピークに着く。天候は何故か青空も見えるほど悪くない。嵐の前の静けさか?昨日の天気図からは想像しがたく、気味が悪い.

 この後、八峰まで一度下ってのまた急登。途中アイスバーンの上にのった雪にやや緊張させられる。しかしここまでのラッセルで竹谷君の若さあふれる馬力に圧倒された。24才じゃ、このおっちゃんなど勝てっこない。会に入って始めて己の年を痛切に感じさせられてしまった.まあしかたない、こいつは我が娘と同じ年ではないか。

 頂上でハーネスを着け、いよいよ本番である。七峰へのトラバースは足元が決まらず、きわめて不安定.「このまま突き進んでも今日は五六のコルまっでか。先が思いやられる.」と思ったその時、リーダーの朝日さんが「やばい。引き返そう」やや意外だったが、リーダーとしての責任からの安全を考えた苦渋の選択だったのだろう。出発前、我が会の事情を説明したのが、朝日さんを悩ましたのか。

 悔しさ半分、ほっとする気持ち半分。「何で?」とけげんな顔をする竹谷君を引戻し、前へ突き進む2パーティーを気にしながら一路、下山。こうなればもうこの山から一刻ま早く離れ、下界の正月が気になる.今夜の夜行を目指して、ひたすら下りつづけた.

 出発前のもやもやと、良くない天候の予報などで、すっきりしなかった今回の山行の出だしだった。こんな結果もこんなもんかと諦めようとするが、未だに「悪天を押しても突っ込むべきだったか?停滞を含めても完登していたら?」と悔やまれ、欲求不満の残る山行であった。

 

 

行動記録

29日 21:43 「ちくま」

30日  04:00 松本

06:15 釜トンネル出発

07:50 上高地バスターミナル

09:10 明神池

10:15 徳沢園

12:00 1950m地点

13:25 テント

31日 06:00 出発

08:00 2600m地点

09:40 八峰頂上

<撤退>

11:00 八峰出発

12:00 テント地点

13:00 奥又出合

13:40 徳沢

14:30 明神池

15:30 上高地

17:15 釜トンネル

23:09「ちくま」

 1日 07:00 大阪

 

記  藤田