イシンカの巻


日程    7月1日〜7日 メンバー  藤田(Berg松涛)、楠原(このはな)、八木(はりま)
6月30日
    関空17:30出発、ダラスに約1時間遅れで到着、ダラス空港の天候不順でそちらも遅れてた為、無事トランジット
    帰りのトラブルを思うとよくぞうまくいったものだ。
    同日リマ01:50着。エージェントのAlfonz氏と空手の後輩のマサオが出迎えてくれる.ホテルでしばしの睡眠。
7月1日
    ホテルを9:00に出発、Huaraz行きのバスが10:00発。Cruz del Sur の大手の長距離バス。値段は$25程度で快適。
    7時間あまりもそんなに長くは感じなかった.
    途中4,000mの峠超えも富士山の順応トレの成果か難なく通過。Huaraz 17:00 さっそくホテルへ。
    El Patio 高級ホテルだ。次回はこんなのいらない。
7月2日 
    今日はturup湖への順応登山。4,500mにある湖までの早ければ3時間の楽チンハイキング...しかし
    ホテル9:00、登山口10:30、慎重過ぎる運転で予定より時間がかかった。
    途中の村がいかにもアンデスらしく興味をそそられる。
    4,000mあたりから急にペースダウン。がっくり、富士山での自信がこの高さになると全くだめ。またしても
    あの苦しさに悩まされる。湖で30分の休憩。他の二人は割と順調のようで、「くっそう!俺だけか」
    PL:110,OX:82%(PL=心拍数、OX=血中酸素濃度)、しばらく休憩後はPL:90,OX:90% いいのか悪いのか?
    くだりの途中で遅れついでにそーめんで遅めの昼食。食欲はある。車まで着いたときも気分は悪くない。
    しかし車に揺られるうちに最悪の状態(高度障害は時差をもって現れるのだ)。Alfonzとの打ち合わせも
    上の空、推薦のコカの葉っぱといものサンドイッチを額に巻きつけるもの、信用ならずついにダイヤモックス
    を使用する.他の二人の食欲を恨めしげにベッドに入る.
7月3日 
    ダイヤモックスの成果はわからんが、なにせ夜中に小便の連続。しかしかなり熟睡が出来たのは効果か?
    ノックで起こされるまで爆睡状態であった。もう少し睡眠が欲しい。この日を休養にすれば良かった。
    それはその後の結果からも計画の失敗であった。
    ホテル7:30、コロン村に8:30。
 [ 出発を前にリャマが怪訝な顔で見送る ]

    歩き始めると予想以上に苦しい。二人にも完全に遅れをとり、こうなりゃ長期戦だ。と腹をきめる。
    しばらくは待ちながらのガイドと楠原だったが、諦めたのか何時か先行して見えなくなった.八木さんも
    急に遅れ始め、二人でポタポタ、ヨタヨタといつ終わるとも見えない道のりを...
    14:30 3,4時間の標準タイムを6時間かけてBCに到着. しばし休憩後 PL:110,OX81%
    ハプニング 3人の東洋人がテントの近くを通るな、と思って眺めてたら「日ほんの方ですか?」こちらに
    来て始めて出会う日本人、じっと俺を見てた若者が「甲斐駒で一緒だった方では?」そうAフランケでザイル
    組んだ「めっこ」の佐藤君ではないか。こんなところで出会うとは世間は、山は狭い。チャンスがあれば
    一緒に登ろうと話すうちに高度障害のことも忘れ元気が出てくる。快適な睡眠を期待してシュラフへ。
    寝れない、吐き気も感じてきたのでテントを出、少しゆっくり歩きまわる.満天の星空。
    明日は休養としたいところだ、他の二人も余り調子は良くなさそう。
7月4日 
    3:00ポータが声をかけてる。雲行きがよくない。たぶんそれで中止だろうと勝手に判断。しかし4:00 また
    お越しに来る。登るんだって! 空を指差し「無理だろう」と頼む思いで言い寄るが、OK 行くんだって。
    八木と自分は全くその気はないが、しかたない「行ける所まで行くか」と諦めて出発、4:30 
    これでもか、とゆうほどゆっくりと進む。
    8:00 4,900m 快調とはいかないまでも、他の二人も追い越し調子が出てきた.
    キャリアのありそうな外人(俺も外人か?)に八木さんの調子がおかしいから下ろすようアドバイス。
    頭痛のみならず、嘔吐も。楠原を連れ登るよう、ポーターに通訳してもらい二人で降りることにする。
    楠原は昨年、このイシンカは登ってので「自分が連れて降りる。。」を期待したが、、、残念、とゆう
    より内心は、ほっと してた。
    何か氷河が目の前に見えると未練が残るのか、もう少し登りたそうにする八木さんに負け、危険も感じたが
    末端まで行く事にする。氷を見ると元気が出るのが山屋の習性か、見る間に着く。此処までくれば、
    せっかくだ、アイゼンも付け、コルまで上がる.快調に見える.ついには5,000m地点まで来る.
    もう満足、リンゴをかぶり、後は一気にBCへ直行。
    と思ったら、遅れる八木さんへの気使いどころか、こっちまで調子がおかしい。高度障害は時差があるのだ。
    よれよれになって、BCのテントに倒れこむ. 12:30

[ アイゼンの食い込みも快調だったんだが... ] 「 途中、小さな子供達が放牧からの牛、羊、アルパカを帰すのと出会う 」

    さあ 夜が大変だ。息苦しい、眠れない、吐き気。  PL:110,OX:57% 信じられない値 八木さんは咳き
    が止まらない様子。鈍感な楠原も寝れないらしい。
7月5日
    長がああ−−−い夜が明けた。10:00 出発。
    食欲は在る.PL:100,OX:75 まあまあじゃないか。昨夜、ポータが馬が5頭来ると、確か言ってた筈なのに
    聞き間違いか。何せ貧しい俺のスペイン語。でもたしか「チンコ」と言ってた。それが「5」とは俺でもわかる。
    だって最初に覚えたスペイン語だ。(ちなみに次は「8」=「オチョ」)
    何かあったのか2頭だけ。つまり荷物だけで馬に乗ってルンルン気分での下山は夢となった。
    まあ歩き出すとかなり調子はいい、しかし心配してた八木さんが異常、変だ。「あっ!」昨夜のあの咳き。
    周辺に風邪が流行ってたので、うっかりしてた。「肺水腫」だ。一瞬、頭が真っ白になる。
    BCに引き返しても馬があるか分からない、最も元気な楠原をコロン村まで急がし、とにかく無理をせず、
    ゆっくり4,000mあたりまでは、何とか下ろしたい。焦る二人とは逆に、本人が一番のんびりしてる。
    しかしいい性格だ。この世におよんでも何時もにこにこ、辛さも他人事のように話しながら、ポタポタ。
    こいつは、まともじゃない ?????
    5時間たってもまだ半分と下ってない。もうあかん、後は下からの馬だのみである。
    4,000m、森林限界も過ぎた。人間の体は正直なもの。かなり元気になってきた。酸素の濃い差を感じる。
    いくら呼吸を強くさしても上がらなかったOX:50%、程度が、75%まで回復するようになった。やっと一安心。
    こいつを殺さずにすんだ。
    気が付けば責任と心配で己の体調のことなど忘れてたが、気のもんだ。俺のほうはすっかり良くなっていた。
    15:30 やっと馬が到着。当初「揺れると頭が痛くなる」と渋っていた八木さんも快適な乗り心地に上機嫌。
    気が利くやつ、しばし遅れて俺用の馬も到着。さっそうとカーボーイにでもなった気分で乗馬」ツアー。
    約1時間でコロン村に到着。ここでもらった「芋虫」に似たじゃがいもが実に美味かった。
    安心感に胸を撫で下ろしながら、ゆったりとした気分でホテルへの送迎バスに揺られる。
    Hotel El_PATIO リゾート気分で夜は豪勢に牛と虹鱒のステーキにビールにそして何故かチリ.ワイン。
「 BCでこの顔を見ると疲れも吹っ飛ぶ 」
7月6日 
    冗談と本気が半分で八木さんの部屋をノック「生きてる?」死んでない。しかもすっかり元気。
    リマへ、そして日本へと向かう八木さんを見送り、楠原との次への買出しとレストランでの食事。これは
    飯尾さんとゆう人の紹介だったのだが、本当に美味い。レストラン”PTRICK" お勧めである。
    そしてやっぱりセルベッサ(ビール)で、明日からのピスコ登山に備える。
    
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