7月 7日 午前9時40分 関西空港 発

  午後6時30分 ウイーン 着 <雄二 宅>

7月 8日 ウイーン市内観光       <雄二 宅>

7月 9日 ドロミテ ファルツアレーゴ峠     <コルチナ>

WIENから車で40分程南に下がった田舎町TERNITZを友人(雄二)のベンツで天気の回復を願いながらいよいよアルプスの麓への出発だ。

アウトバーンで約1時間でGRAZを過ぎる.時々雨もぱらつく不安定

な天候。車はそれでも順調にひたすら山の麓へと急ぎ,VILLACH

LIENZを通過。このあたりはTIROLの東部にあたる。写真でよく見る

それらしき風景が窓からその広がりを眺める。いよいよ車は南に方向を

変え、DOLOMITENに向かう。イタリアとの国境はゲートがあるだけ

、パスポートを見せるわけでもなく通過。なるほどEUだ。もうヨーロ

ッパは一つの国になっている。

1000数百mのそれほど急な登りを感じない峠を下ると今日から3日間

の宿泊場所CORTINAである。途中休憩も入れて約3,4時間のドライ

ブであった。

「山間のリゾート地」って感じで、上高地と軽井沢を合わせたよう雰囲

気を感じる。チェックイン後、FALZAREGOへ走り,昼食の手作り弁

当を食べた。TOFANA3225m)と思われる手前の岩稜から岩登りを追

えての帰りの中年夫婦クライマーに出会う。満足そうにドイツ語でしゃ

べりまくる。うらやましいい。おれも岩、やりたいい。せめて取り付き

まで行って岩を触るだけでもと思いきも、はや雨がぱらつき始めた。

本日はこれまで。と諦めてホテルへと引返す。

7月10日 ベニス観光      <コルチナ>

時差ぼけで3時過ぎからめが覚め、窓の外を覗うも、雨。何時間待っても

雨。友人の提案で雨の中こんなところにいてもしかたない、「ベニスに行こう。車で数時間」何か気が乗らないが雨を眺めててもぐちが出るだけ。

昼前にはベネチアの運河の上でシーズンで超込み合った風景を見てた.

アルプスへ来たはずなのになんで俺は海抜0mに居るのだ。悲しくなる.

 

7月11日 ミズリー湖、ドライチンネ取付    <コルチナ>

祈る気持ちで朝、目を空ける.振ってないが雲は厚い。取りあえず予定通りにドライチンネを目指す。30分程でミズリーナ湖。約1時間の湖の周辺を散歩。物足りないが、海抜0mよりましだ。しかしドライチンネに向かう途中からはまたしても雨。オーロンツオ小屋ではどしゃぶり。雨の合間をぬってせめてもとドライチンネの岩肌<でもこれは後で分かったことだが、その前にある小さな岩峰であった>に触れに行く。

イタリア風食事をして今日も諦めホテルに帰る.

7月12日 グロース・グルックナ  <ダッハシュタイン>

ヨーロッパに来てから4日間は雨ばかり,もう俺は一生青空を見ることなく地獄へ落ちて行くのかと思うほど。どうなってんだ。雄二が曰く、「異常だな。」これも地球の異常気象でかたずけられてしまった。

それでも途中のグロース・グルックナーの峠ではほんの少しだけ青空が見え、アルプスらしい景色を垣間見ることができた。明日への期待をもたせる。そういえば何時も1日一回だけほんの数十分間はこんな雰囲気で期待させ、翌日にはきっちり裏切られてる。  さあ明日は ?

7月13日 ホーエ・ダッハシュタイン縦走  <ダッハシュタイン>

友人はいったん帰る。残された我々は言葉の通じないホテルの主人、兼ガイドと過ごす。今日は主峰ホーエル・ダッハシュタインへの縦走。女房はガイドのHANS氏にザイルで確保されながらの登攀。結構3級程度の岩場もある。しかしよく整備されてる、やばい所にはボルトと太いワイヤーが張ってあり、通常はそれぞれが自分のゼルブストから1mほどのテープ2本にカナビナが付いてるギヤー(スポーツ具店に売っている)で自己確保しながら登っていた。約4時間だが、体調のせいもあるが疲れた。しかし久ぶりに体を動かしたせいか心地よい疲れである。

  ハンスのガイドでダッハシュタイン頂上

7月14日 登攀  4+,A0 350m  <ダッハシュタイン>

空模様が心配ななかとりあえず登攀時間の比較的短いルートを選んでもらった.それにしても9ピッチ350mを2時間とは早い.

詳細は http://village.infoweb.ne.jp/~fwgk3588/

 

7月15日 グロース・グルックナ ドロミテ    <オーロンツオ小屋>

ダッハシュタインも天気の回復が遅く、雄二の天気予報では南の方が良い.明日は必ず晴れる。(いままだ何回も裏切られたが)

再びドロミテを目指す。北へ南へとよくもまあ行ったり来りする、こまめなヤーパンだ。この粘りとがんばりを仕事に生かせばすごいのに、しかしそれを分かっててあえてしないのは育ちの良さか?

今回はグロース・グルックナーも頂上は見えないもののまず晴天。マーモットも愛嬌のある顔で迎えてくれた。双眼鏡でグルックナーから下山中の3人パーティを眺めるとわくわくしてくる。これも登りたくなるってもんだ。未練を残しながらまたイタリアとの国境を超える、ここは3回目。後もう1回越すことになるはず。いやはやこの粘りがあれば根性悪の異常気象も諦めて我々にまいったするだろう。今日の泊まりは山小屋って感じのホテル。少しガスが出てきたが、空の明るさが違う,明日は大丈夫。

7月16日 ドライチンネ ハイキング、ファルツアレーゴ   <オーロンツオ小屋>

5時にめが覚める。まずまずの天気。ドロミテ山群は頂きまですっかりその姿を見せてくれてる。ヨーロッパに来て9日目にしてやっと安心できる晴天に恵まれた。午後にはガスが上がってくるかもしれんとあせる気持で

6時には小屋を出発。軽快に景色を楽しみながら30分後には、ラバレド小屋の手前まで来る。ここで3人のクライマーが岩壁に取り付くのを発見。

皆に待ってもらい、直下まで見学にガレ場を駆けあがる。上部はよくわからないが4,5級程度のルートか?

8時ごろラバレロの鞍部2457m。朝食。ゆっくり1時間ほど休憩で素晴らしい眺めと空気を満喫する。ついでに高齢者の初心者を連れてのクライミングを見学。おじいさん腰が引けてなかなか取り付けない。ついにはリーダーらしきに手を引かれての登攀開始。「大丈夫か?こんなん連れてきちゃいかんべ」と思い気もなんとか引き上げられようにして、1ピッチを終了。高所恐怖症の友人にまで「俺も登れるかも?」と自信をつけさせてしまった。そんな一幕でした。ロカテリ小屋でまた小休止。ドライチンネが3本、きれいに見える絶好の場所だ。ここからは牧場まで一気に下ってまた宿泊のオーロンツオ小屋への最後の登り。のんびりと草を食べたり,

寝転んだりのこんな牛からできた牛乳はもちろんチーズを何か特別に栄養価が高く、美味いと思えてくる。

それにしても3000m余りに突き出た、彫刻で作られたようなこの針峰は見事。そしてやっぱり登りに来たいなあ。

昼食のあとはもう1度、ファルツアレーゴまで車で移動。1時間程度のハイキングとケーブルでの眺望。駅では陽気なイタリアのおばちゃんにすっかり捕まり、話込まれてしまう。ドロミテ戦争、とか何かその内容と日本との関係などをしゃべってたように思う。なにせこちらがイタリア語を解

しようと、しまいとお構いなくしゃべり続けるんだから。まいった!

夕食は久ぶりに(5日か?)戻ったコルチナで。スパゲティが美味かった。

7月17日 エーデルワイズとトーブラッハ湖  <雄二 宅>

5時 起床。快晴である。我々が帰る日を知っての嫌がらせのごとく全く雲一つない、文句無しの快晴。せっかくだ、午前中は小屋から南の方向へカンペデレ?への尾根を朝食をもってのハイキング。ここで今回の最後に訪れたハイライト。鹿の親子が人の気配を感じて逃げる。母親と子供達は谷底の方へ、一頭、父親らしきが尾根の方に逃げる。「家族を守る本能だなあ」と話しながらその方向へ近づいたその時、毎回、山を歩くたびに探していたエーデルワイズを雄二の奥さんが見つけたのだ。登山道から谷への崖に向かった斜面に群生。日ごろ「こまくさ」のほうが可憐で品がある、エーデルワイズなんぞ。ってうそぶいてた自分もこれは感動だ。こっちのほうが品格では上かな。帰りは深緑に湖水の色のきれいなプラグザー湖に寄った後は、いかにもチロルの静かな田舎町のリエンツで昼食を取る。

そして渋滞の中、ウイーン手前の雄二の邸宅で今宵は最後の晩餐会だ。

7月18日 午前10時40分 ウイーン 発

7月19日 午前 7時40分 関西空港 着

前回のネパールとはまた一味違った意味で楽しいトレッキング旅行であった。また友人のお陰でダッハシュタインにすばらしい文明ずれした登攀

仲間を得て、今後の俺の山生活にまた夢が増えた。

  雄二夫妻とドライチンネ