佐久神社


 甲府盆地は、むかし湖であったという伝承が古くからある。風土記の丘の辺りから眺めると、ここに水がたたえられていれば大きな湖であったろうと思われる地形である。

 この風土記の丘の北麓、中道町下向山地区に鎮座するのが佐久神社である。

 
左:鳥居(背後は風土記の丘)                 右:参道


神社正面の鳥居

 東山梨郡誌によると、「むかし綏靖天皇のころ、彦火火出見命の末裔である向山土本毘古王(むこうやまともひこおう)が、長田足(おさだのたる)などを道案内として甲斐国に入ってきた。その頃の甲府盆地は一面の湖水であった。そこで西山の六道仙人と右左弁羅(うさべら)という者が協力し、向山土本毘古王と三人で南方鰍沢禹の瀬を切り開き、やがて盆地は立派な田畑になった。」とのことであり、この功を讃えて向山土本毘古王を祭ったのが起こりだという。

 
左:拝殿                   右:本殿

 神社が鎮座する場所からは甲府盆地は見えないが、背後の神奈備山が現在の風土記の丘であり、丘の上に登れば甲府盆地を見渡すことが出来る。

本記載内容の一部は「習志野のてつ」さんに御協力頂きました。  


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